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2014年4月22日火曜日

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典



『「経済人」の終わり ー 全体主義の起源』(The End of Economic Man: The Origins of Totalitarianism, 1939年)は、"社会生態学者"(socio-ecologist) ピーター・ドラッカーの実質的な処女作である。

「近代」の行き詰まりを欧州で体験し、深い教養をベースに社会研究の立場から分析した名著である。ドラッカー自身が出版から45年後(!)の「1994年版序文」で書いているように、リアルタイムに進行する社会問題を社会学的に分析したものだといえる。

その意味ではドラッカー自身が書いているように、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーや、イタリアの経済学者で社会学者のヴィルフレッド・パレート(・・「パレート分析」のパレート!)、それに同郷のウィーン出身で父親の友人でもあった理論経済学者で社会学者シュンペーターの系譜につらなるものだ。

「あの経営学者ドラッカーの原点」という読み方ではなく、社会科学の一古典として読むべきではないだろうか。ドラッカーが「経営学者」となるのは、戦後アメリカにおいてである。

そろそろドラッカーからは「経営学者」という肩書きをはずしてあげようではないか! 虚心坦懐にテキストそのものを読んでみようではないか!


「経済人」(ホモ・エコノミクス)とは?

『「経済人の終わり』というタイトルだが、「経済人」の終わり(?)といってもすぐにはピンとこないかもしれない。

「経済人」(economic man)とは、ドラッカー自身が第2章で説明しているように、18世紀の経済学の父アダム・スミス以来の「ホモ・エコノミクス」(homo economicus)概念のことだ。

「ホモ・エコノミクス」とは、経済活動において自己の利益の最大化を図ることを目的にした完全に合理的な人間のことを指した経済学の仮説のことである。


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このように絵にかいたような「経済人」(ホモ・エコノミクス)が、じっさいには多数派ではありえないことは、健常な「常識」をもった人にとっては当たり前だろう。

そもそも人間は非合理的な存在であることを前提にした「行動経済学」が近年発達してきたが、それでも主流の経済学においてはまだまだ「ホモ・エコノミクス」仮説が幅をきかせている。

なぜなら、自然現象を厳密に研究する「自然科学」とは異なり、人間が構成する社会そのものを対象とする「社会科学」においては、どうしてもドグマ的な支えを必要とするからだ。ドラッカーのこの指摘は重要だ。

ドラッカーは、「ブルジョワ資本主義」も「共産主義」も、ともに「ホモ・エコノミクス」仮説を前提とした経済モデルであり、その双方に失望した大衆は、「全体主義」に魅力を感じてなびいていったという分析を行っている。

つまり、ドラッカーはすでに1939年の時点で「ホモ・エコノミクス」仮説が現状理解には役立たないモデルであることを示していたのである。21世紀の現在、『「経済人」の終わり』が「古典」であるというのはそういう意味だ。


若き日のドラッカーによるリアルタイムの「社会分析」

ドラッカー(1909~2005)は、オーストリア=ハンガリー帝国(・・通称ハプスブルク帝国)の首都ウィーンに生まれ育ち、ドイツで学問を修めて法学博士号を取得しジャーナリストとして働いていた。ドラッカーは経済記者としてヒトラーにも取材を行っている。

『「経済人」の終わり』は、ヒトラー率いるナチス党が政権をとった1933年に執筆を開始し、英国を経て米国に渡った1937年には執筆はすでに終えていたという。出版は1939年である。

当時の状況は、1918年に終了した「世界大戦」によって欧州の既存の秩序が大きく崩壊(・・ドラッカーの生まれたハプスブルク帝国も崩壊)、さらにニューヨーク発の「大恐慌」(1929年)で欧州も大打撃をこうむっていた。

10代の好奇心旺盛で多感な時代であったドラッカーにとって、生きた経済と社会の勉強となっていたことであろう。そしてまた欧州の未来には懐疑的であったからこそ、最終的に米国に移民することを決意したのであろう。


(ナチス党が政権を執った1933年当時24歳の若き日のドラッカー)


『「経済人」の終わり』は、リアルタイムで進行する事態を肌感覚で体験しつつ徹底的に観察し、欧州の伝統である「教養」(=リベラルアーツ)をベースに徹底的に分析したものだ。

ナチス党政権の推移をみて内容に確信をもったうえで、やっとのことで出版社をみつけ、アメリカの出版社から英語で出版された。出版後たちまちベストセラーになったという。

ドラッカーは当時の欧州の知的世界では主流であったマルクス主義には立脚せず、エドマンド・バークに代表される英国的「保守主義」の立場に共感を示している。

そういう理由もあるのだろう、本書は英国を救ったチャーチルの座右の書となったとドラッカーは書いている。

では、『「経済人」の終わり』の内容についてみておこう。


■「近代合理主義」の行き詰まりが「全体主義」に大衆を引き寄せた

本書は、「全体主義の起源」という副題に表現されたテーマを探究したものであり、ふつうは序文からはじめて順を追って読んでいくことになろう。

だが、それぞれの章が執筆された順番は異なり、内容的にもよく書けている章とかならずしもそうでない章がある。また全体的に記述が簡潔すぎて、十分な説明がなされていないという印象を受けないでもない。

そこで、章立ての順番ではなく、順不同に内容を見ていくこととしよう。

「第6章 ファシズム全体主義の脱経済社会」は、全体主義国家の「統制経済」の問題点について検証したものだ。

この分析を読めば、全体主義の「統制経済」がどう考えてもうまくいかないことが経済学的に自明であることが理解できる。これは第7章で分析される全体主義国家における「組織」との関連で理解されることが重要だ。

ドラッカーは、計画性という近代合理主義のワナについて語っているのである。


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「全体主義」は否定のための否定である。アンチとしてのみ存在する主義である。みずからがあたらしい価値を生み出したわけではない。

階級なき脱経済社会実現を妨げる階級闘争を説く共産主義は、全体主義にとっては絶対悪なので全否定された。

だが否定する対象は共産主義だけだったのではない。ブルジョワ資本主義もまた否定の対象とされた。大衆は、平等な社会を実現すると謳った「マルクス主義の失敗」にも、「.資本主義の約束不履行」にも激しく失望していたのだ。

この両者を否定したことによって一般大衆の不満を吸い上げることに成功したのが「全体主義」なのである。

英国やフランスのような先進資本主義国とは異なり、一般大衆に民主主義への愛着がなく、遅れて統一されたイタリアとドイツから全体主義がでてきた理由はそこにある。

イタリアとドイツの違いはどこにあるかについての分析も読みごたえがある。「第5章 ファシズム全体主義の奇跡-ドイツとイタリア」である。

イタリアのファシズムとは違って、ナチズムを最初から「革命運動」であったとする分析はじつに鋭い。ナチス(NSDAP)とは「ドイツ国家社会主義労働者党」の略称である。「国家社会主義」を標榜していた政党であった。


■なぜユダヤ人が憎悪の対象とされたのか?

ブルジョワ資本主義と密接に結びついていたユダヤ人が憎悪の対象とされたのは、フランス革命のような「ブルジョワ革命」が成功しなかった後進国ドイツの事情がおおきくかかわっている。

ドイツではブルジョワ階級の地位が低く、ユダヤ人の権利獲得とブルジョワ階級の成長が同時進行であった。そのため、ドイツではブルジョワ資本主義の担い手とユダヤ人がおおきく重なっていたのである。

だから、「悪魔との聖戦」としての「ユダヤ人絶滅政策」が全体主義維持のために必須のものと位置づけられたのである。

以上の点について分析した「第7章 奇跡か蜃気楼か」は本書の白眉である。ただし、ドラッカーは共産主義運動の担い手が、ドイツにおいてもユダヤ人が多かったことにはまったく触れていない。

第4章の「キリスト教の失敗」については、全体のなかではちょっと異質な感じのする章である。背景となる文脈はいまひとつ理解しにくいということがある。場合によっては飛ばしても全体の趣旨は追うことはできる。

聞いたことのないような人名が次からつぎへとでてくるが、要は知的エリートたちが「経済人」モデルの問題点を解決するためにキリスト教倫理に戻ってきたのに対し、一般大衆は慣習以上の関心をキリスト教に対しては抱いていなかった、ということが指摘されているのだ。

つまり、キリスト教はすでにヨーロッパにおいて熱情を失っていたのであり、そのために宗教的な熱情をともなう「全体主義」に引き寄せられたという分析だ。この点については、『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011) が詳しいのであわせて読むとよく理解できるだろう。


「社会科学の古典」としての一つの読み方の提案

以上、わたしなりの観点から『「経済人」の終わり』について簡単に解説したが、ドラッカーをマネジメントという側面からのみ見てきた人にとっては、この本の内容はすこしむずかしいかもしれない。

じっさい、記述が簡潔すぎるので、内容を読みとるのがややむずかしい。だが、さすがドラッカーの全著作を翻訳し、ドラッカーの「伴走者」として実質的なパートナーとして、その思想のすみずみまで理解しつくしている上田惇生氏の翻訳だけあって、日本語訳だけ読んで理解できるものとなっている。

2007年の新版では、さらに「チャーチルによる書評」など付録が増えたようだが、「人名索引」はあっても、「事項索引」がないのは残念なことだ。

そのかわりではないが、訳者がドラッカーと相談してつけくわえて見出しが内容の要約になっているのでおおいに参考にすべきだ。そのためは、読みだす前にじっくりと「目次」を読みこむことをすすめたい。

いまから約75年前に出版された本であり、その意味ではもはや「社会科学の古典」としての位置付けがなされるべき本であろう。

社会科学専攻の大学生でも気軽に読めるように、できれば岩波文庫や講談社学術文庫あたりで文庫化してくれるといいのだが・・・。だがダイヤモンド社にとってはドル箱のドラッカーを手放すことなどないだろう。

『「経済人の終わり』は、すくなくとも「初期ドラッカー」思想の中核をなすものである。「ドラッカーの思想の原点」かどうかは脇において、虚心坦懐に読むことをすすめたいのである。



目 次 (1997年版)

新版への序文(1994年)
1969年版への序文

第1章 反ファシズム陣営の幻想
 1. ファシズムへの誤解
 2. ファシズムの諸症状
 3. 大衆心理の不思議
 4. 「背理ゆえに信ず」
第2章 大衆の絶望
 1. マルクス主義の失敗
 2. 資本主義の約束不履行
 3. 「経済人」の破綻
 4. 合理の喪失
第3章 魔物たちの再来
 1. 世界大戦と世界恐慌が明らかにしたもの
 2. 魔物たちの追放
 3. 自由の放棄
 4. ファシズムの登場
第4章 キリスト教の失敗
 1. キリスト教の戦果
 2. 知的エリートとキリスト教
 3. 教会の無意味性
 4. ファシズムとキリスト教
第5章 ファシズム全体主義の奇跡-ドイツとイタリア
 1. ドイツ人とイタリア人の国民性
 2. 与えられた民主主義と獲得した民主主義
 3. ムッソリーニとヒトラー
 4. ドイツのナチズムとイタリアのファシズムの違い
第6章 ファシズム全体主義の脱経済社会
 1. 産業社会の脱経済化
 2. 社会有機体説
 3. 軍国主義
 4. 全体主義の経済
 5. 資源の輸入問題
第7章 奇跡か蜃気楼か
 1. 戦争と平和
 2. 聖なる戦い
 3. 反ユダヤ主義の原因
 4. ブルジョワ資本主義の化身としてのユダヤ人
 5. 組織がすべて
 6. 指導者原理
第8章 未来
 1. 独ソ開戦への期待
 2. 独ソの利害
 3. 新しい社会

年表-あの頃の歴史(第一次大戦から第二次大戦へ)
人名索引
訳者あとがき

*2007年新版では、より説明的な見出しに変更されている



<参考書>

ドラッカー思想における『「経済人」の終わり』の位置づけについては、さまざまな書籍や論文を参考にする必要がある。

経営学者によるものとしては、『ドラッカー、その思想-自由・管理・社会-』(三戸公、未来社、1971)をあげてきたい。

このほか、『現代思想 2010 Vol.38-10 特集 ドラッカー-マネジメントの思想』(青土社)に収録された諸論文が参考になる。



<関連サイト>

経済は「利己心」だけで動くのではない アダム・スミスが説く「共感」の哲学(1) (アマルティア・セン)  
・・『諸国民の富』(国富論)以前にアダム・スミズが出版したのは『道徳感情論』。厚生経済学の研究者で経済倫理にくわしいアマルティア・セン博士ならでは。「共感」と「利己心」というキーワードアダム・スミスは「経済人」(ホモ・エコノミクス)だけを強調したのではない!

スミスを「純粋な資本主義」の擁護者とみなすのは誤り アダム・スミスが説く「共感」の哲学(2)(アマルティア・セン) 

グローバル時代に有効な「中立な観察者」の視点 アダム・スミスが説く「共感」の哲学(3) (アマルティア・セン) (日経ビジネスオンライン、2014年5月7日)
・・「中立的な観察者」を設定するスミス流のアプローチと「超越論的制度」である社会契約アプローチの違い

あらゆる偏見と差別に立ち向かったグローバルな宣言書アダム・スミスが説く「共感」の哲学(4) (アマルティア・セン) (日経ビジネスオンライン、2014年5月14日)
・・「スミスが階級、ジェンダー、人種、国籍の壁を軽々と飛び越えて人間の潜在能力は等しいとみなし、天与の才能や能力に本質的な差異を認めなかったことは注目に値する」  スコットランド人としてのアダム・スミスの立ち位置は「経済人」といった狭いものではない



<ブログ内関連記事>



「全体主義の起源」

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・ドラッカーとは異なる「政治思想」という観点から「全体主義の起源」を思想的に解明した哲学者アーレント

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く
・・「ユース・バルジ」という「人口爆発」による若年層男子の行き場の無さがファシズムにつながったと説く著者の見解は、なによりも「青春」を礼賛したムッソリーニやヒトラーユーゲントとして「若者」を組織化したヒトラーを考えると納得がいく

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
・・キリスト教による世界観が衰退した「近代」の行き詰まりを宗教学の立場から跡付けた著作

『はじめての宗教論 右巻・左巻』(佐藤優、NHK出版、2009・2011)を読む-「見えない世界」をキチンと認識することが絶対に必要


「第一次大戦後」と「第二次大戦後」のドイツ社会

人生の選択肢を考えるために、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』と『職業としての政治』は、できれば社会人になる前に読んでおきたい名著
・・第一次大戦の敗戦後のドイツの百家争鳴状況にウェーバーが訴えたかったこと

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・第二次大戦後」のドイツ。1968年ドイツ。ドイツ赤軍と極左テロの時代は何だったのか? ヒトラー世代の親たちへの反旗を翻した「若者」たち

書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ-』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論
・・第二次大戦後」のドイツ。



ファシズム

書評 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(片山杜秀、新潮選書、2012)-陸軍軍人たちの合理的思考が行き着いた先の「逆説」とは

書評 『国の死に方』(片山杜秀、新潮新書、2012)-「非常事態に弱い国」日本を関東大震災とその後に重ね合わせながら考える

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!
・・フランス人からみたドイツの指摘が興味深い


「経営学者」としてのドラッカー

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)-ドラッカー自身による「メイキング・オブ・知の巨人ドラッカー」

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)
・・「経済よりも社会のほうがはるかに重要だ」というドラッカーの発言がすべてを言い表している。「マネジメントはサイエンスでもアートでもない、プラクティス(実践)である」という発言も

書評 『ドラッカー流最強の勉強法』(中野 明、祥伝社新書、2010)-ドラッカー流「学習法」のエッセンス

NHKのアニメ 『もしドラ』 最終回(5月6日)後に全10回のおさらい-ミッションの重要性と「顧客」は誰か?

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要
・・ホリエモンの興味深い発言を参照のこと

経営計画の策定と実行は、「自力」と「他力」という仏教の考えをあてはめるとスムーズにいく

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2012年7月26日木曜日

書評 『赤 vs 黄-タイのアイデンティティ・クライシス-』(ニック・ノスティック、めこん、2012)-分断されたタイの政治状況の臨場感ある現場取材記録



買ったまま読んでなかった 『赤 vs 黄-タイのアイデンティティ・クライシス』(ニック・ノスティック、めこん、2012)を読んだ。

2006年以来、赤シャツと黄シャツという、わかりやすい対立構造が続いているタイの政治状況だが、2010年の3月から5月にかけては、「バンコク騒乱」というカタチで、ほとんどバンコク市内が内戦状態になったことは日本でも大々的に報道されたので、覚えている人も多いのではないかと思う。

本書は、2006年のタクシン政権以来、対立が顕在化した「赤 vs 黄」を、現場で取材をつづけてきたドイツ人のフォトジャーナリストの著者が、豊富な写真とともに一冊にまとめたものだ。

原著が出版されたのは2009年なので、2010年の「バンコク騒乱」は扱っていないのが残念。ただし、対立の基本構造を時系列で追っているので、あとからトレースするにはありがたい一冊になっている。著者はタイ語にも堪能で、事件現場で体当たり取材をしている人なので、記述には臨場感がある。

わたしは、クーデター前後から頻繁に訪問するようになり、2008年のバンコク国際空港封鎖事件の頃はバンコクに住んで仕事していた。まさに、本書が扱っている時期にバンコクに住んでいたわけだ。

もちろん、現地の英語紙やテレビで時々刻々と変化する情勢は追っていたが、ビジネスパーソンの本業は当然ながらビジネスであるので(!)、ディテールまでは把握仕切れていなかった。

著者は、赤シャツ(UDD)側であると見なされて、命の危険も感じていたようだが、黄シャツ(PAD)とくらべて赤シャツ(UDD)のほうが、外部に対してより開放的で、ジャーナリストの取材も受け入れているということも背景にあるようだ。

赤シャツ(UDD)側から見れば、日本のエスタブリッシュメントからはいまだに評価の高いチャムロン氏と彼が率いるサンティ・アソーク(Santhi Asoke)という新興仏教教団の性格も見えてくる。黄シャツ(PAD)がカルト化しているという指摘は、なるほどと思わされるのだ。

いままで政治的な「声」をもたなかった農民を中心とする一般大衆が、はじめて政治的主張を行うようになったのが赤シャツ(UDD)の政治活動の本質である。これは歴史の必然的流れといっていい。一般大衆が歴史の主人公になってきたのである。タクシンの政治的カリスマ性とは別個の現象として捉えるべきなのだ。

日本でも、いま原発反対デモが活発化してきているが、党派性を廃した開かれたデモである限り、政治的な「声」としての意味をもつといってよいのではないだろうか。

たとえ暴力的な性格がつよいとはいえ、この点については、タイのほうが民主主義の追求にかんしては積極的であるような印象を受けるのである。もちろん、日本はそういった暴力的な時代はすでに「卒業」しているというべきかもしれないが、ようやく日本人も草の根レベルで目覚めてきたというべきかもしれない。

そんなことを考えながら、バンコク時代の日々を思い出しつつ、読み終えた次第。

訳注が訳文のなかに折り込まれているのが、ややうっとおしいことを除けば、読みやすい記録だといえよう。






*PADは、People's Alliance for Democracy の略。民主市民連合。黄シャツ。
*UDDは、National United Front of Democracy Against Dictatorship の略。反独裁民主戦線。赤シャツ。



目 次

年表 PADとUDDから見たタイ政治の動き*2006年-2011年9月
地図
はじめに
プロローグ
第1章 2001~2005年:タックシンの時代
第2章 2005~2006年:黄色派の形成
第3章 2006~2007年:クーデタと赤シャツの誕生
第4章 ゲーム開始
第5章 2008年8月29日:法治社会の崩壊
第6章 2008年9月2日:マカーワン橋の闘い
第7章 2008年10月7日:黒い火曜日
第8章 余波、幕間
第9章 最後の決戦
第10章 アピシットへの抗議
第11章 ゲームは終わらない
後記
原註
訳者あとがき-PADとUDDは、何を問題にして対立しているのか


著者プロフィール

ニック・ノスティック(Nick Nostitz)
1969年生まれ。1993年以来バンコクに居住して働いているドイツ人写真家のペンネーム。タイ語に堪能で、一般旅行者が見ることのないタイ社会の底辺を専門にしている(the professional name of a German photographer who has lived and worked in Bangkok since 1993. Fluent in the Thai language, he specializes in the lower levels of the country's society seldom seen by casual visitors.)(wikipedia 英語版の記述による)。

翻訳者プロフィール

大野 浩(おおの・ひろし)
1956年東京生まれ。1979年、慶応義塾大学経済学部卒、太陽神戸銀行入行。シンガポール支店、ロンドン支店勤務を経て、1998~2001年、タイさくら金融証券会社、タイさくら金融会社勤務。2007~2010年、財団法人日本タイ協会事務局長、常務理事。2011年、三明化成株式会社勤務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<書評への付記>

原書のタイトルは、Red vs. Yellow: Volume 1: Thailand's Crisis of Identity で、タイの英語出版社 White Lotus(白蓮出版) から2009年に出版されたもののようだ。


日本語版には、つづきは続編として執筆するとあったが、それは Red Vs. Yellow, Vol. 2: Thailand's Political Awakening (タイの政治的覚醒)として2011年に出版されていることもわかった。



とくに第2巻の副題である「政治的覚醒」は、著者の歴史認識のただしさを示しているといえよう。ぜひ読んでみたいが、日本語訳がでるのかどうかは現時点では不明。

原著は、バンコクでならまだ入手可能かもしれない。


PS なお、第2部は『赤vs黄 第2部-政治に目覚めたタイ-』(めこん)として、2014年10月にに日本語版が出版された。(2015年9月5日 記す)





<ブログ内関連記事>

「バンコク騒乱」から1周年(2011年5月19日)-書評 『イサーン-目撃したバンコク解放区-』(三留理男、毎日新聞社、2010)

書評 『バンコク燃ゆ-タックシンと「タイ式」民主主義-』(柴田直治、めこん、2010)
・・「バンコク騒乱」については、日本語で読めるこの二冊を推奨したい。前者は日本人フォトジャーナリストによる写真集、後者はバンコク駐在の新聞記者によるドキュメント

来日中のタクシン元首相の講演会(2011年8月23日)に参加してきた

「第67回 GRIPSフォーラム」で、タイ前首相アピシット氏の話を聞いてきた(2012年7月2日)

書評 『クーデターとタイ政治-日本大使の1035日-』(小林秀明、ゆまに書房、2010)

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)
・・タイ社会の変化の深層を知るための必読書

書評 『タイに渡った鑑識捜査官-妻がくれた第二の人生-』(戸島国雄、並木書房、2011)
・・タイ社会を治安維持の観点から警察官の視点でみる

タイのあれこれ 総目次 (1)~(26)+番外編




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2011年8月27日土曜日

書評『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)― 「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!


「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!

 「歴史にはイフはない」とは凡庸な歴史家たちの常套句である。だが、歴史が人間の営みの軌跡である以上、その時点その時点における判断と意志決定がその後の歴史の流れを大きく左右していく。

 その判断と意志決定がなぜ、いかなる状況のもとでなされたかを、当事者意識でもって自分のアタマで考えることこそが、ほんとうの歴史を知ることの意味であるのだ。

 これは政治リーダーだけではなく、日本国民の一人一人に求められていることだ。なぜなら、国民は投票や世論形成など、その他さまざまな形によって意思表示し、歴史の流れを変えることも不可能ではないからだ。

 この「授業」は、受験界でも有名な私立男子校・栄光学院の歴史研究部のメンバーを対象に行ったものだそうだが、ビジネスマンのわたしからみると、ある意味ではハーバード・ビジネス・スクールで用いられる経営史のケーススタディにも近いものがある。歴史を傍観者としてではなく、当事者として考えて見よという姿勢が一貫しているからだ。

 とはいえ、そのときどきの政治指導者や軍事指導者の立場にたって、最善の政策を考えよという授業は高校生にはきわめてヘビーなものだっただろう。大人でも考えながら読むのはヘビーなのだから(笑)。しかし、知的好奇心が強く、向上心のある人間にとっては最高に刺激的な授業であろう。

 その授業がまとめられて1冊になった「それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009は、順序に従って「まえがき」と「序章」から読み始めたが、第3章からはがぜん面白くなり始めた。大衆社会が進展するなか、その当時はまだ男子に限られていたとはいえ、一般人が歴史の動きに、さまざまな方法によって参画し始めることが可能となってきたためであろう。

 英雄豪傑や傑出した指導者の人物史ではなく、本書の主人公はじつは「日本国民」そのものである。その時代、その時代を、地政学的条件や社会資本の蓄積がいまだ十分ではないといったさまざまな制約条件のもとで精一杯生きてきた日本国民である。それはわれわれ自身であり、われわれの父母や祖父母、そしてそのまた先の世代の話でもある。

 明治維新以来、徴兵制や義務教育の普及によって「国民国家」(nation state)の「国民」(nation)として成長してきた「日本国民」。名もなき市井の一般人が「国民」の一人として「声」を持ち、「声」の集合がチカラを発揮していったプロセスが日本近現代史そのものである。

 このプロセスは、日清戦争と日露戦争からすでに始まっていたことが著者によって示される。国民の意思が何らかの形で反映していたのである。「総力戦」の時代においては、すでに戦争は政治家と軍人のものだけではなくなっていたのである。戦死という多大な犠牲を払うことになる国民の支持なくしては、たとえ軍部といえども勝手に動くわけにはいかなかったのである。これが著者のいう「社会契約」というものだ。戦争へという「空気」をつくりだしたのは、じつは国民自身による世論であった。

 第3章と第4章がとくに面白いのは、今年(2011年)初頭から始まった中東世界の「民主化革命」、中国やタイの状況を、デジャヴュー感覚でみているような気がするからだろう。

 「フランス革命」後のナポレオン時代のフランスがその典型であったが、国民国家は国民統合の求心力を外敵との戦争に求めやすい傾向がある。軍が権力の中心にいて、農民比率の高い社会というのは、近代化をすすめる発展途上国ではよくある話だ。もちろん安易な比較は禁物であるが。

 第3章と第4章にくらべて、第5章がやや精彩を欠くのは、分量的にすくなく、やや物足りない気がするだけでなく、誰もがその破局的な結末を十分すぎるほど知りすぎているからかもしれない。

 「大東亜戦争」(・・著者は「太平洋戦争」としているが)の結末を知らないという前提で、昭和16年(1941年)までの状況を直観的に理解するのは、じつはなかなか困難な課題なのだ。本書でも、後付けの説明にならないように、著者もかなり努力をして説明を行っているのだが、読者の側にそうとう程度の知的な取り組みとイマジネーションがなければ、ありのままの事実を受け止めるのは難しい

 本書は、かなり刺激的なタイトルであるが、中身はいたってロジカルなレクチャーと議論がぎっしり詰まった本である。著者の主張に賛成であれ反対であれ、「アタマの体操」として、ぜひ一度は読んでみることを多くの人にすすめたい。


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<初出情報>

■bk1書評「「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!」投稿掲載(2011年8月21日)
■amazon書評「「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!」投稿掲載(2011年8月21日)



目 次

はじめに
序章 日本近現代史を考える
  戦争から見る近代、その面白さ
  人民の、人民による、人民のための
  戦争と社会契約
  「なぜ二十年しか平和は続かなかったのか」
  歴史の誤用
1章 日清戦争-「侵略・被侵略」では見えてこないもの
  列強にとってなにが最も大切だったのか
  日清戦争まで
  民権論者は世界をどう見ていたのか
  日清戦争はなぜ起きたのか
2章 日露戦争-朝鮮か満州か、それが問題
  日清戦後
  日英同盟と清の変化
  戦わなければならなかった理由
  日露戦争がもたらしたもの
3章 第一次世界大戦-日本が抱いた主観的な挫折
  植民地を持てた時代、持てなくなった時代
  なぜ国家改造論が生じるのか
  開戦にいたる過程での英米とのやりとり
  パリ講和会議で批判された日本
  参加者の横顔と日本が負った傷
4章 満州事変と日中戦争-日本切腹、中国介錯論
  当時の人々の意識
  満州事変はなぜ起こされたのか
  事件を計画した主体
  連盟脱退まで
  戦争の時代へ
5章 太平洋戦争-戦死者の死に場所を教えられなかった国
  太平洋戦争へのいろいろな見方
  戦争拡大の理由
  なぜ、緒戦の戦勝に賭けようとしたのか
  戦争の諸相
おわりに
参考文献
謝辞


著者プロフィール

加藤陽子(かとう・ようこ)


1960年、埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。1989年、東京大学大学院博士課程修了。山梨大学助教授、スタンフォード大学フーバー研究所訪問研究員などを経て現職。専攻は日本近現代史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


PS 2016年6月に新潮文庫から文庫化された。(2016年7月18日 記す)





<書評への付記>

 正直いって前評判どおり面白かった。いや前評判以上というべきだろう。以下に、書評に書ききれなかったことをいくるか書いておきたい。


「人口膨張」が戦前の日本にとっては大きな問題であった

 地政学的状況、安全保障の観点からの「植民地拡大」という戦略を採用した日本国家。「海洋国家」という地政学的条件について、本書ではあまり強調されていないのが残念だ。

 英国にとってのインドが、日本にとっての台湾と朝鮮、そして満洲であった。日本はそれ以外の植民地は、まさに「海洋国家」としての「安全保障」の観点から、面ではなく、点と線で押さえていたに過ぎない。

 あとは膨張する人口問題解決という意味もあったことは、もっと強調すべきであった。

 現在は、人口減少トレンドにある日本だが、かつては膨張する人口をどう食わせるかが、最大の課題だったのだ。だからこそ、移民問題で米国とは険悪な関係になったのである。


民主主義が未発達であったために戦前の日本は・・・

 本書のなかで重要なポイントだと感じたのは、日本の場合は国会で第一党をとったナチス党のドイツとは異なるということだ。このドイツの事例は、ワイマール共和国体制の崩壊は民主主義そのものによってなされた「民主主義の鬼子(おにご)」だという議論がよくなされている。
 
 これに対して、日本では、政党政治では要求を満たされなかった農民や中小商工業者を中心とした国民大衆が、軍部を支持したことにあったのだ。これが第4章の内容であり、きわめて重要なことである。

 とくに1925年には25歳以上の成人男子に限定されたとはいえ、「普通選挙」が実現したが、現在2011年の状況と同様、政党政治に対するきわめて大きな失望感が世の中全体にみなぎるに至った。


事実をベースにした是々非々の「対話」が必要だ
 
 ところで、Amazon でも、bk1 でも、わたしがネット書店に投稿した書評(レビュー)でも賛否両論のようだ。どうもい著者の好き嫌いが、そのまま発言の好き嫌いに反映しているようだ。

 加藤陽子は「贖罪史観」だとかいって非難する論者もいるが、そんなことはどうでもいいことだ。この授業の記録を読んでみれば、かならずしもそうでないことがわかるはず。

 このような非難をする論者は、自分色の色眼鏡をかけたまま、曇った目でレッテル貼りをして、虚心坦懐に読むという知的行為を放棄しているに過ぎないことを、悲しいかな、みずから露呈しているわけだ。

 書評のなかでも書いているように、わたしは「大東亜戦争」と書くべきだという意見の持ち主なので、「太平洋戦争」と書く著者には、その点においては賛同できない。これは、かつてこのブログでも、書評 『新大東亜戦争肯定論』(富岡幸一郎、飛鳥新社、2006) でも書いたことである。現在の東南アジアを舞台に、英国やオランダと戦われた戦争が太平洋戦争ではないからだ。

 米国との戦争は、その大半が「太平洋」を舞台にしたものであり、「太平洋戦争」というのも不思議ではない。ただ、米国に完膚無きまでにたたきのめされたという日本人の記憶が、占領中の米軍による「洗脳工作」とあいまって、日本人の脳裏に焼き付いてしまったのだろう。この点は、江藤淳が明らかにした「米軍による手紙検閲」など、すでに定説となっている。

 そういった点はあるにしても、日本近現代史を「対話型授業」でやってのけた著者の能力と暴勇(?)は、素直に賞賛すべきである。読者は、授業に参加したつもりになって著者や高校生たちとの知的格闘を楽しむべきなのだ。

 ただし、「対話型授業」とはダイアローグ(対話)をベースにしたものであり、ダイローグはディベートではない。これを混同している人が多いので注意が必要だ。

 ものの見方は多元的、複眼的であるべきこと、これこそ歴史を学ぶ意義である。



(amazon レビュー 2011年8月28日現在 右クリックで拡大)


<関連サイト>

日本史近代を楽しむ野島研究室のページ
・・論文執筆名は加藤陽子、戸籍名は野島陽子とのこと。プロフィールと研究活動の履歴など


<ブログ内関連記事>

民衆(ピープル)が「声」をもっていくのが歴史の不可逆の流れ-これがただしい歴史観というものだ

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと
・・民なくして国家なし、されど国家なくして国民なし、とは言っていい。

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門
・・ナショナリズムは「近代」の産物

書評 『近代の呪い』(渡辺京二、平凡社新書、2013)-「近代」をそれがもたらしたコスト(代償)とベネフィット(便益)の両面から考える
・・フランス革命そのものよりもナポレオン戦争が「近代」のカギであった

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 
・・日本近代史を100年単位で、連続性と断絶をみる

エジプトの「民主化革命」(2011年2月11日)
・・ついにアラブ世界でも「主権在民」の流れがメインストリームに

書評 『バンコク燃ゆ-タックシンと「タイ式」民主主義-』(柴田直治、めこん、2010)
・・いかなる政治的思惑があろうと、大衆に「声」を与えたタクシン元首相は、ただしい歴史観の持ち主だ

映画 『イメルダ』 をみる
・・「ピープル革命」といえばフィリピン。革命された側の視点も重要だ

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む 
・・「応仁の乱」以降の日本史についての、内藤湖南の発言を引用しておいた。


日本近現代史と戦争

書評 『持たざる国への道-あの戦争と大日本帝国の破綻-』(松元 崇、中公文庫、2013)-誤算による日米開戦と国家破綻、そして明治維新以来の近代日本の連続性について「財政史」の観点から考察した好著
・・加藤陽子氏が文庫版の解説を執筆している

書評 『新大東亜戦争肯定論』(富岡幸一郎、飛鳥新社、2006)-「太平洋戦争」ではない!「大東亜戦争」である! すべては、名を正すことから出発しなくてはならない
・・無謀な戦争であったが、その事実を直視するためには「大東亜戦争」と名付けた当時を想起しなくてはならない

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)

NHK連続ドラマ「坂の上の雲」・・・坂を上った先にあったのは「下り坂」だったんじゃないのかね?

秋山好古と真之の秋山兄弟と広瀬武夫-「坂の上の雲」についての所感 (2) 

書評 『ノモンハン戦争-モンゴルと満洲国-』(田中克彦、岩波新書、2009)

書評 『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹、中公文庫、2010、単行本初版 1983)-いまから70年前の1941年8月16日、日本はすでに敗れていた!


「対話型授業」とダイアローグ(対話)

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは

ダイアローグ(=対話)を重視した「ソクラテス・メソッド」の本質は、一対一の対話経験を集団のなかで学びを共有するファシリテーションにある

「◆未来をつくるブック・ダイアログ◆『国をつくるという仕事』 西水美恵子さんとの対話」に参加してきた-ファシリテーションについて

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)
・・これは経済史の授業。加藤陽子教授の授業に近いかもしれない。ただしエグゼクティブ向け

「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ

(2014年7月24日 情報追加)


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