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2026年10月8日木曜日

書評『爆弾犯の娘』(梶原阿貴、ブックマン社、2026)― 特異な体験をすることになったこの半生には読み捨てにできないものがある

 

 すごく気になっていた本を読んだ。『爆弾犯の娘』(梶原阿貴、ブックマン社、2026)という本だ。ことし7月にでた新刊。  女優から脚本家に転身した著者が書いた半生記である。

半世紀を生きてきた著者による半生記のライフヒストリーであり、自分史といってもいいかもしれない。 

いつもそこにいるけど、いないことになっている男。名前も知らないが父である男。それは、潜伏生活を送っていた「爆弾犯」であった。そんな父をまじえた母子を中心にした親子3人暮らし。 

そんな特異な14年間の記録が、この本の前半である。 

「爆弾犯の娘」はどんな暮らしを送っていたのか、そんな好奇心から読み始めたのだが、半世紀を生きてきた著者の内省の記録を読んでいるうち、違う感想をもち始めることになる。

後半は、自立をはたしていく著者自身の人生との格闘、そして父親に対する愛憎まじえた確執と内省の記録である。

1973年生まれの著者は、わたしとは11歳違うが、共通する話題もあって具体的なイメージを描くことができる。 著者がそのときどきに読んだマンガ、映画、音楽が具体的なタイトルとともに記されるからだ。ただし、決定的な違いは、著者がそのど真ん中である「尾崎豊世代」であるかどうかということになる。

著者は、映画『「桐島です」』の脚本を書いた人だ。 

 桐島とは桐島聡のこと。「指名手配書」に長きにわたって顔写真が載っていた超有名人である。黒めがねをかけた、やさしそうな顔をした若者として。

半世紀にわたって偽名による潜伏生活を送っていたが、突然世の中に現れて本名の「桐島です」と名乗ったのち、あっという間にこの世を去っていった。2024年1月のことだ。 

そんな桐島聡を主人公にした映画の脚本は、潜伏生活を送っていた父をもつ著者でなければ書けないだろう。

正義感が強く、社会の不正に怒る熱い気持ちをもち、まじめで純粋であるがゆえに影響を受けやすく信じやすい若者たち。どんな時代にもいるが、とりわけ1960年代後半から1970年代初頭に存在した時代の空気に過剰なまでに反応し、道を誤り人生を棒に振ってしまった若者たち。 

そんな若者の一人を父にもったために、特異な人生を送ることを余儀なくされた著者。


演劇人で活動家になった父親に対する複雑な思いをつづった文章は、その一語一語に感情のひだが記されていて読み捨てできない。人生とはなにか、家族とはなにかという問いが、なんども形を変えながら内面の声としてていねいにつづられる。 

「おわりに」に記された、「どんな環境に生まれても、努力次第で人生は切り拓けるというものではありません」というメッセージが響く。そう、努力だけでは道は拓けない。運とコネも必要だ。いずれにせよ、どんな形であれ人は生きていかなくてはならないのだ。 

インパクトのあるタイトルに惹かれて手に取った本だが、読み終えたいまもなお、静かで深い余韻を感じている。 


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目 次
はじめに
逃亡生活 1973 ― 1985 
逃亡~服役 1986 ― 1991 
父出所~家族解散 1991 ― 1993 
脚本家になろうとする 2023 ― 
おわりに 

著者プロフィール
梶原阿貴(かじわら・あき) 
1973年東京都出身。1990年、『櫻の園』(監督/中原俊)で俳優デビュー。2007年「名探偵コナン」で脚本家デビュー。その後、アニメ、テレビドラマを経て、2022年『夜明けまでバス停で』(監督/高橋伴明)でキネマ旬報ベスト・テン、日本映画脚本賞など多数の脚本賞を獲得。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2026年10月5日月曜日

書評『わたしは楳図かずお』(楳図かずお、聞き手=石田汗太、中央公論新社、2025) ― 聞き語りによるこの「自伝」は、その対象者だけでなく、聞き手にとっても読み手にとっても「自分史」となる

 


最近の若い世代についてはわからないが、楳図かずお先生を知らない日本人はいないはずだ(と思う)。 数々の傑作を残した日本を代表するマンガ家の一人である。

いや、マンガ家を越えた多才な個性の持ち主で、トレードマークの赤白のボーダー柄が目に焼き付いている、その存在そのものが突出した人であった。惜しくも2024年に88歳でお亡くなりになった。 

そんな楳図かずお(以下、敬称略)の聞き語りをまとめて「自伝」としたのが、本書である。1960年生まれの読売新聞の文化部の記者がインタビューによって引き出したものだ。「時代の証言者/楳図かずお 『怖い!』は生きる力」として連載され、再構成のうえ大幅に加筆されたものだということだ。  

カバーのカラー装画は、楳図かずお自身によるもの。マンガ家を休筆してのち芸術家に進化した2022年の作品だ。後期の傑作『わたしは慎吾』を絵画化した連作ものの『ZOKU-SHINGO』の「追想」という作品である。 

本書のタイトル『わたしは楳図かずお』は、言うまでもなく『わたしは慎吾』をもじったものだ。楳図かずおが亡くなったあとの出版なので、聞き手によるオマージュといっていいのかもしれない。 

聞き手とほぼ同世代のわたしは中学生時代、『おろち』など少女マンガのホラーもの作者として知ったのが、楳図かずおのマンガとの最初の接触であった。担任教師が学級文庫に持ち込んでいたから読んだのである。あんな怖いマンガは本当にないといっていいいのではないか。本当に怖いのは人間の心なのである。 

その後、国民的マンガとなった『まことちゃん』には、また違う意味で驚かされた。「グワシ」のポーズを覚えているだろうか? ホラーもの作者だと思い込んでいたのに、ギャグマンガとのあまりもの落差に驚かされたからだ。自分が中学から高校時代にかけての連載だった。 

楳図かずおといったら、代表作は『漂流教室』だとする人が多いのではないだろうか。わたしもそうだが、これは社会人になってから青年マンガ誌の連載をで毎週読んでいた。現在は当たり前になったパラレルワールドものの先駆的な作品である。傑作である。 

中学生時代から折に触れ読んできた楳図かずおのマンガ作品だが、本書を読むことで、和歌山県の山中に生まれた楳図かずおの発想の原点がどこにあったのか、手塚治虫の影響を脱して「独自の絵柄」が確立するまでの苦労がいかに大変なものであったか、そして時代の先を行く直観による鋭い考察力など、聞き手が引き出してくれたおかげで知ることができた。 

あらためて驚いているのは、楳図かずおの作品はまったくアニメ化されていない(!)という事実である。複雑な思いもなくはないのだろうが、楳図かずお自身はそれを誇りだと語っている。早い時期から『ゲゲゲの鬼太郎』がアニメ化されていた水木しげるとの大き違いである。

まずはアニメが先にあって、その原作であるマンガへと進むのが、年少読者としては一般的な取り組み方だろう。英語に anime and manga という表現(・・順番に注目!)が一般化していることが、その関係をよく示している。その意味では、マンガ作品だけで読まれ、高く評価されてきた楳図かずおは、特異な存在といっていいのではないか。

マンガを休筆したあとの絵画作品を見れば、マンガ家時代から芸術性の高いものであったことがよく理解できる。日本国内での評価だけでなく、フランスでも高く評価されていることが、それを物語っている。 

聞き語りによるこの「自伝」は、その対象者だけでなく、聞き手にとっても、読み手である読者にとっても「自分史」となりうる。 

リアルタイムで読んでいたマンガの読書体験は、「自分史」を形成する重要な材料なのである。日本人にとっては、ほぼ間違いなくそうだと言えるのではないだろうか。 しかも、自分にとっては、楳図かずおは亡父と同年生まれである。

そのなかでも、楳図かずおの絵柄とストーリーのもつチカラは、マンガ体験のなかでも特異なものとして、記憶のなかに強く刻印されている。アニメ化されない、特異なマンガ作品として。 


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目 次
第1章 恐怖マンガの時代 1936~1968 
第2章 心理サスペンスの時代 1969~1981 
第3章 人類滅亡SFの時代 1982~2024 
あとがき(楳図かずお) 
楳図かずおの森―聞き書きインタビューを終えて(石田汗太) 
主要参考文献

著者プロフィール
楳図かずお(うめず・かずお) 
1936年9月3日、和歌山県に生まれる。19555年「森の兄妹」でマンガ家デビュー。1960年代に少女誌で恐怖マンガブームを巻き起こし、1970年代以後はスケールの大きいSFや、ギャグ分野でも数々の傑作を生み出す。2022年に連作絵画「ZOKU‐SHINGO」を発表し、芸術へ創作活動を広げる。「漂流教室」などで小学館漫画賞(1975年)、「わたしは真悟」で仏アングレーム国際漫画祭遺産賞(2018年)を受賞。2024年10月28日、88歳で死去。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

聞き手プロフィール
石田汗太(いしだ・かんた) 
読売新聞東京本社編集局文化部記者。1960年、東京に生まれる。1984年に読売新聞社入社、1994年から文化部で文芸、マンガ、サブカルチャーなどを担当。中央公論新社文庫統括本部長などを経て、2017年から2023年まで文化部編集委員。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2021年11月18日木曜日

書評『80's エイティーズ ある80年代の物語』(橘玲、太田出版、2018)― 1959年生まれの元「宝島」編集長による「80年代体験」の活字化

 

『80's エイティーズ ある80年代の物語』(橘玲、太田出版、2018)を読んだ。ベストセラー作家の1980年代の「記憶のなかの物語」。  

元「宝島」編集長は1959年生まれ。1962年生まれのわたしとは3年しか違わないので同時代人といっていいと思うが、10代後半から20代前半における3年間の違いはかなり大きなものもある。 

「人生はほぼ20歳までの経験で決まってしまう」という英国の作家の発言もある。この本もまた、同時代体験の捉え方の共通点と相違点を興味深く感じながら読んだ。 

著者は、「80年代」は「1995年に終わった」としているが、この点にかんしてはまったく同感だ。 

1995年は、阪神大震災に始まりオウム事件を体験した年だ。大地震動の時代が始まり、精神世界が前面に浮上してきた年だ。前者はバブル時代の余波への終止符、後者はバブル時代の鬼子として。 

たまたま学生時代(1980年代前半)の大学ゼミの写真をさがしてほしいという友人からの依頼を受けて作業していたら、前回の地震で本棚から落ちて転がり落ちていた『80's』というタイトルの本が目に入った。買っていたことすら忘れていたのだった。 

不思議な偶然に驚きながら、さっそく読んでみた。偶然の一致(=シンクロニシティ)は夢のなかだけでなく、現実(うつつ)のなかでも起きることなのだな、と。 

著者は、あとがきの末尾をこう結んでいる。「振り返ってみれば、バカな頃がいちばん面白かった。だけど、ひとはいつまでもバカではいられない。そういうことなのだろう」 。この実感には、大いにうなづくものを感じる。

1980年代とは、そんな時代だった。 


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<ブログ内関連記事>

・・「20歳までにその人の人生の大まかなところは決まってしまうと言ったのは、私の記憶ではたしか『長距離走者の孤独』を書いた英国の作家アラン・シリトーのことだったようだ」





(2021年11月28日 情報追加)


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2021年3月20日土曜日

書評『統一教会と私 ― 挫折、幻滅、そして希望。』(仲正昌樹、論創社、2020)― 同世代の人物の「自分史」が興味深い

 

『統一教会と私-挫折、幻滅、そして希望。』(仲正昌樹、論創社、2020)を読んだ。ドイツ思想を中心にした思想史研究者の自分史ともいうべき回想録。昨年12月にでた新刊だ。  

18歳の大学入学とほぼ同時に統一教会に入会し、20歳台に11年半に及ぶ入信生活を送ったのち脱会して研究者の道に進む。その間の体験と苦労、その後の人生にもつきまとう偏見と差別につい冷静に分析した記録。

ただし、自分ですべてを書き下ろしたのではないという。担当編集者に著者の専門を踏まえた質問をしてもらい、その問いに答える形で語ったものを編集して再構成してもらったものだ。 

自分で自分を語るとどうしても主観的な性格が強くなりすぎるので、自己弁護や自己韜晦、あるいは逆に自己否定になるのを防ぐためにそうしたようだが、他者の視点が入っていることはポジティブに働いているといっていいだろう。 

とはいえ、担当編集者が引き出した著者の「自分史」は、「中の人」であった著者ならではのリアルな描写が読ませるのだ。


■なぜ私はこの本を読んだのか-異質なキャンパスライフを送った同世代への関心

この本を読んだ理由はいくつかある。まず、新興宗教の体験手記はさまざまあるが、統一教会の信者だった人の記録があまりないこと。先日のことだが、著者による思想家としてのドラッカーについて書いた本を興味深く読んだことがある。

しかも、1963年2月生まれの著者と私とは同学年(*私は1962年12月生まれ)であることも大きい。著者の「自分史」を読むことは、私にとっては「同時代体験」を一部でも追体験することになるからだ。 

著者の仲正氏は広島県呉市出身で、1981年に地元の県立高校から現役で東大理科一類に合格後、しばらくしてキャンパスで「原理研」に勧誘されて、そのまま統一教会の入信生活に入っている。 

いまはもまったくそんな状況ではないだろうが、1981年当時、キャンパスでは「原理研」の存在は大きかった。ましてや「原理」といえば、「統一教会」という恐ろしい新興宗教で、悪の代名詞のように語られていたものだった。霊感商法や、桜田淳子で有名になった集団結婚がメディアをつうじて一般化する前でも、すでにそうだったのだ。 

私が入学した一橋大学の前期課程は、東京都小平市にある小平キャンパスであったが、そのすぐ近くにも原理研の学生が共同生活を行う「ホーム」があった。 

というのは、私の知り合いにも原理研に入ったいた者がいて、なんとか脱会させようと説得したこともあったから、そのからみで知っていたのだ。(*だが、この本を読んでから、それはまったく無意味なことであるだけでなく、本人にとってはまったくもって余計なお世話だったのだな、と感じるようになった)。 

地方出身の著者は、東大の駒場寮が「左翼の巣窟」であることを知らずに入寮してしまい、そこから脱出するために、原理研の誘いに応じてついていってしまったようだ。著者の場合は大学には合格したものの、優秀な同級生の存在に自信を喪失し、自分の居場所を求めていたことが動機だったようだ。 日本の最高峰である東大の場合、よくある話なのだろう。

私も前期課程の2年間は寮生活を体験しているが、幸いなことに一橋の場合は、東大とは違って、キャンパスも学生寮も、左翼や新左翼に牛耳られてはいなかった。早稲田や法政のような(京大もそうだったようだ)立て看だらけのキャンパスでもなかった。 

当時は「五月病」というものがよくいわれており、受験を終えて大学に入学して開放感を味わったものの、方向性を見失って無気力に陥ってしまう学生が少なくなかった。 

たしかに、こういう状態に陥ってしまうと、なかなかそんな無気力状態から抜けられなくなるものだ。だから、多くの学生は「居場所」を求めて、なんらかの部活やサークルなどに所属するようになる。あるいは弁護士や会計士などの資格試験を目指して勉強会に入り、禁欲的な生活を送る者もいる。いずれにせよ「居場所」を見つけることで精神的な「安心感」を得ることになる。

東大生の著者の場合は、原理研に入って「居場所」を見つけたようであり、それはそれで良かったのではないかという印象を受けた。

著者自身も、自分自身の体験をことさら否定したりはしない。過去は過去として変えようがないだけでなく、その組織のなかで本人なりの自己成長を遂げているからである。ただし、最終的に脱会しており、その後は無縁となっている。 

私の場合は、そもそもが文化系サークル嫌いでカネもないので、学生寮に住みながら体育会合気道部に入部し、ほとんど寮と道場の往復で過ごしていた。キャンパス内からまったく出ない日がほとんどであった。朝昼晩の三食はすべて寮で食べていた。寮は当時は4人部屋であった。 

一橋大学の場合は、「クラチャン」(*クラスチャンピオンシップの略)というボートレースがあって新入生が全員参加することになっている。これを機会に体育会に入部する学生が少なくない。財界がうるさく言う前は、クラブ活動が学生生活の中核にあった。

同時期に大学に入学しても、じつに「特異な大学生活」を送っていた者がいたことを知るのは興味深い。世の中の出来事は共通していても、誰にとっても自分の身の回りの生活は大きく異なるのである。


■「世代論」には意味がある

それでも、著者と私は、同時代、同世代の人間なのだなと感じるものがある。「世代論」には意味があるわけだ。

思想や宗教、そして「1980年代という時代」について考えてみたい人には、興味深い内容の本になっている。1980年代後半はいわゆる「バブル時代」であったが、そんな時代にあっても、著者のような生き方をしていた人もいたわけなのだ。とはいえ、冷戦構造の崩壊が著者自身の人生にも転換を迫ることになった。 

文章も平易でわかりやすい。著者に対しては好き嫌いがあるだろうが、そんな人もいるのだと思って読めばよいのではないだろうか。万人向けの本でないが、関心のある人には一読を薦めたいと思う。
 

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目 次
序章 消せない記憶 
第1章 広島県呉市 
第2章 統一教会との出会い
第3章 原理研究会と左翼
第4章 信仰の日々
第5章 疑念のはじまり
第6章 脱会
第7章 宗教を考える
終章 体験としての統一教会
あとがき


著者プロフィール
仲正昌樹(なかまさ・まさき)
1963年広島生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は、『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。著書に『集中講義! 日本の現代思想』、『集中講義! アメリカ現代思想』(以上、NHKブックス)、『今こそアーレントを読み直す』、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』(以上、講談社現代新書)、『〈戦後思想〉入門講義』、『マルクス入門講義』(以上、作品社)ほか多数。


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