『新しい教養としてのポップカルチャー マンガ、アニメ、ゲーム』(内藤理恵子、日本実業出版社、2022)という本を読んだ。宗教学者が読み解く「ポップカルチャー15回連続講義」が面白い。
1979年生まれでオタクの著者が、ドストエフスキーの作品や『ドン・キホーテ』などの文学作品や哲学者の著作を引き合いに出し、自分史の語りを織り交ぜて、「教養」としてのマンガ、アニメ、ゲームがもつ意味を解読する。アニメやゲームの世界観を理解したいから大学で哲学を専攻し、最終的に宗教学に進んだ著者ならではのものだと言っていいだろう。
これらの分野は当然のことながら、個人レベルの好き嫌いがはっきりしている分野なので、独断と偏見は避けられないことは言うまでもない。自分が好きな作品なら、著者とは違う見解もあって当然だ。だから自分史をからませた記述が必要になる。
現在は、ポップカルチャーとハイカルチャーは相互浸透する状況にある。日本発のポップカルチャーが世界中に浸透している現状では、これは世界的な現象だといっていいだろう。すでにハイカルチャーと対(つい)になるのはサブカルではないのだ。
著者のいう「教養」とは、大上段に振りかぶったものではない。古典的な意味での「教養」でもない。 ポップカルチャーに身を浸してきた人それぞれが、それによって生き方を学ぶ材料であり、さらには知的探求の出発点となるものだと言っていいだろう。
1962年生まれで、物心ついた頃からTVアニメにどっぷり浸かって自己形成した「第一世代」であるわたしには、十分に納得のいく見解である。 「新人類」とレッテル貼りされた世代である。
■「異世界転生もの」アニメがなぜ流行るのか?
1979年生まれということは、大学卒業時点でバブル崩壊後の1991年、就活がうまくいかずに大学院進学しても依然として就職状況は厳しかった世代である。
つまり、著者は「就職氷河期世代」世代であることを意味している。著者自身もそうとうな苦労を経てきたようだ。
そんな著者だからこそ、「第2部/アニメ」の「第9回講義 就職氷河期の救済は異世界転生モノにしかない?」は説得力のあるものになっている。
わたし自身は「異世界転生もの」には食指が動かないのだが、なぜ「就職氷河期世代」がはまってしまうのか、ようやく理解できた。
そうか、「救済」なのだな、と。現実世界(=現世)ではまったく報われることのない状況から脱するため、モニターの先の異世界(=来世)に転生して、楽園で報われることに希望をつなぐ。そんな心情の反映なのか。
宗教学者の著者が指摘するように、マンガやアニメの作者が意識しているか無意識なのかは別にして、中世に爆発的に流行した「浄土思想」がベースにあるようだ。現世を「厭離穢土」(おんりえど)とみなす世界観である。現実世界があまりに過酷なので、汚れた現世からら脱出して空想世界に逃避したいという願望。
21世紀前後の日本では、バーチャルとしての「浄土」がリアリティをもつようになったのか? もちろん、それは「浄土」というより「楽園」というべきかもしれないが。
著者は言及していないが、「異世界転生もの」が発信地である日本に限らず、世界中に熱烈なファンがいるということは、いまの若い世代が置かれている状況とかれらの心情が反映しているのかもしれない。
このほか、さまざまな角度から解読が試みられたこの本は面白い。「コロナ時代」の2022年に出版されたものだけに、VRゲームに没入することでやり過ごした著者の考察はさらに深まったようだ。
■「教養」のあり方が時代とともに進化していくのは当たり前
マンガ、アニメ、ゲームにかんしては、さまざまな論者が、さまざまな角度から分析を行ってきた。専門家でもない限り、あまりにも多すぎてとてもフォローしきれるものではない。
本書のような宗教学者によるアプローチが面白いのは、マンガ、アニメ、ゲームがメインストリームになった時代における「教養」のあり方が、それ以前とは変化していることへの理解があるからだ。
そもそも、バーチャルなフィクション世界とリアルな現実世界を往還することで生きてきたのが人類であり、それは全世界的に共通するものである。そのあり方が、活字が「教養」の中心であった時代、つまりマンガ、アニメ、ゲームそれぞれの誕生以前と、生成発展から爆発的成長以後で異なるのである。
さらにいえば、日本が発信源であるマンガやアニメは、スピリチュアルなものとの親和性が高いのである。 大正時代から始まった「教養主義」が、1970年代に死に絶えたことは当然といえば当然なのだ。
だからこそ、「教養」のあり方が変化するのも当然であり、今後もさらに変化、いや進化していくと考えるべきなのだ。これは日本に限らず、世界的な現象と考えるべきである。
マンガ、アニメ、ゲームから始まって、「活字」の世界に踏み分け入って知的探求を行っていくルート。これが著者のいう「新・教養主義」ということなのだろう。
とはいえ、あえて「新・教養主義」を提唱する必要もないとは思うのだが・・・ それほど「教養主義」論者がアカデミアの世界にはいまだに跋扈(ばっこ)しているのかな?
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目 次はじめに第1部/マンガ 第1講~第5講第2部/アニメ 第6講~第10講第3部/ゲーム 第11講~第15講おわりに参考文献と作品
著者プロフィール内藤理恵子(ないとう・りえこ)1979年、愛知県に生まれる。宗教学者、ゲーム開発者、イラストレーター。南山大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了、博士 (宗教思想)。南山大学客員研究員(宗教文化研究所非常勤研究員)。善通寺勧学院専門研究員。日本ペンクラブ会員。著書多数。(Wikipedia情報を編集)
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・・日本のマンガやアニメに体現されたスピリチュアルな心性に世界中が惹かれるようになってきた
・・とはいえ、依然として浄土真宗が日本最大の仏教宗派である理由はなぜか?
・・ポップカルチャーとハイカルチャーの垣根は低くなってきた
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