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2015年6月22日月曜日

東京ミッドタウンのゴジラ-最近なぜかゴジラブームが再燃しているようだが・・・

(東京ミッドタウンに出現したゴジラ像 筆者撮影)

サントリー美術館にいくために、ひさびさに六本木のミッドタウンにいったのだが、知らないうちにゴジラがいた!
   
写真の取り方にもよるが、子どもの大きさと比べると,ゴジラの大きさがよくわかる(・・ちなみに、この子は知らないよその子です)。地上に出ているのは胸から上だけだからねえ。全身ともなれば、ビルディングなみの大きさか?

それにしても、東京のあちこちにゴジラ出現だねえ。だが、ここまで大きい、実物サイズのゴジラを見るのは初めてだ。

ゴジラ・ブーム(?)の背景にあるのは、少年時代へのノスタルジー?
 
それこそ、ゴジラだけじゃなく、ガメラ、モスラと、かつては巨大生物ものが大流行した時代があった。「♪ 大きいことは いいことだ~」というCMもあったくらいだ。1960年台から1970年台にかけての高度成長期のことである。ウツトラマンも巨大生物(?)ものか?

ミッドタウンの巨大ゴジラは、東京のパワーをシンボライズしたものか? 東京は壊滅する、その前兆? それとも東京を破壊してしまいたいという密かな願望?

日比谷のTOHOシネマズシャンテ前の広場にあるゴジラ像は有名だが、じつは世田谷・砧の東宝スタジオ前にもゴジラ像があることを、ちょっと前のことだが仕事の関係で訪れてはじめて知った。これもまた突然の遭遇だ(・・写真下)。

(東宝スタジオ前のゴジラ像 筆者撮影)

『核と日本人- ヒロシマ・ゴジラ・フクシマ-』(山本昭宏、中公新書、2015)という本が出版されているが、放射能というキーワードでみると、ゴジラを媒介にして1945年8月6日の広島と2011年3月11日の福島がつながる。 もちろん、そのなかには1945年8月9日の長崎も含まれる。

ゴジラは放射能を受けて巨大化したとされている。そういう設定だ。1954年のビキニ環礁の水爆実験に巻き込まれて被爆し被曝した第五福竜丸の悲劇が背景にあるとされる。直近でも放射能被害があった。「3-11」による福島第一原発の事故である。

となると、これは福島から来たものと考えるべきなのだろうか? 福島発の世直し願望?

新宿にもゴジラのあるホテルが開業したという話だが、そちらはまだ見に行ってない。ゴジラとは遭遇するものであって、あえて見に行くものではないのだ。向こうから、いきなりやってくるものだ。こちらの都合には、いっさいおかまいなく。

ある日突然、気がついたらそこにゴジラがいることに気がつく。そのとき、すでに東京は破壊されている。もはや人間の力ではどうにもならない・・・。

だが、それはゴジラではないのかもしれない。ではいったい何か? 大地震か、津波か、空爆か、大噴火か・・・。「想定内」にできるのか、どうか。






<ブログ内関連記事>

遅ればせながらアニメ 『進撃の巨人』を第10話からローカル局の東京MXで見始めた-戦わなければ生き残れない!
・・巨人がシンボライズしているものはいったい何か?

「夢の島」にはじめて上陸(2014年11月15日)-東京都江東区の「夢の島」に日本戦後史の縮図をみる
・・ビキニ環礁で被爆した第五福竜丸の実物が夢の島にあるミュージアムで保管されていることを知った

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる
・・自民党は第五福竜丸の水爆被害もその一つもキッカケとなった反原水爆運動と反米運動をいかに乗り切って原発政策を推進したのか

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!

「天災は忘れた頃にやってくる」で有名な寺田寅彦が書いた随筆 「天災と国防」(1934年)を読んでみる
・・天災は、こちらの都合にはおかまいなく、いきなりやってくる!

書評 『東京劣化ー地方以上に劇的な首都の人口問題-』(松谷明彦、PHP新書、2015)-東京オリンピック後がこわい東京。東京脱出のすすめ!?




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2014年3月15日土曜日

マンガ『テロルの系譜 ー 日本暗殺史』(かわぐち かいじ、青弓社、1992)ー 日本近現代史をテロルという一点に絞って描き切った1970年台前半の傑作劇画

(『テロルの系譜-日本暗殺史-』  1992年青弓社版)


『テロルの系譜-日本暗殺史-』(かわぐち かいじ)は、日本近現代史をテロルの系譜で描き切った傑作劇画である。

このテーマは、文字で読むよりも、実写版で見るよりも、劇画という媒体のほうがはるかにショッキングでありインパクトがある。テロとテロリストを外面と内面の両面で描くことができるからだ。

かわぐちかいじといえば、いまでは『沈黙の艦隊』や『ジパング』などの傑作長編マンガで知られているが、この『テロルの系譜-日本暗殺史-』はきわめて初期の作品だ。もともと日本文華社(現・ぶんか社)の「週刊ジャンボ」に1975年(昭和50年)に連載されれたものらしい。かわぐちかいじの原点にある政治マンガである。

幕末の動乱期以来、明治・大正を経て昭和時代、そして現在に至るまで、未遂も含めて要人暗殺というテロ行為がまかりとおってきたのがこの近代日本であった。問題解決を一気に暴力的に行うテロは、それを行う側にとって大義名分というものがある。

だが、殺人という形で行われたテロは。殺された側に反論の余地をいっさい与えないという卑劣な行為でもある。そして社会全体に恐怖=テロル(terror)を与えて震撼させる。

そうしたテロを実行してきた来島恒喜(くるしま・つねき)、朝日平吾(あさひ・へいご)、難波大助(なんば・だいすけ)、小沼正(おぬま・しょう)といった若者たちは、いったいどんな環境で、どんな思想信条のもとにテロを実行してきたのか。テロリストの人物像に劇画で迫ったのが、この『テロルの系譜-日本暗殺史-』である。

「本書は収録した作品は、歴史的事件を題材にしたフィクションです」という注記がある。

創作である以上、作者の主観や史実とは異なるものも含まれていると考えるべきだろう。そもそも誰も目撃者がない暗殺シーンや暗殺実行前の動向、架空の登場人物は作者のイマジネーションが発揮されたもの。虚実皮膜というべきだ。


 (『テロルの系譜-日本暗殺史-』 2002年ちくま文庫版)

わたしがもっているのは1992年にはじめて復刊された青弓社版だが、これはハードカバーの上製単行本。「目次」は以下のとおり。


目 次

明治篇
 斬ノ一 紀尾井坂の兇刃
 斬ノ二 綺異譚 来島恒喜(くるしま・つねき)
 斬ノ一 大逆なり
大正篇
 斬ノ四 一人一殺-朝日平吾の場合-
 斬ノ五 謀殺大尉-甘粕正彦-
 斬ノ六 魔弾の狙撃者
昭和篇
 斬ノ七 血盟団
 斬ノ八 戒厳令(前編)
 斬ノ九 戒厳令(後編)
 斬ノ十 一人だけの聖戦
あとがき
解説 山崎岩男

各編の「事件」と主人公は以下のとおりだ。

「斬ノ一 紀尾井坂の兇刃」は、東京・赤坂の紀尾井坂における大久保利通暗殺
「斬ノ二 綺異譚 来島恒喜(くるしま・つねき)」は大隈重信爆殺未遂事件
「斬ノ一 大逆なり」は、近代日本最大のフレームアップ事件である「大逆事件」
「斬ノ四 一人一殺-朝日平吾の場合-」は、安田財閥総帥暗殺事件
「斬ノ五 謀殺大尉-甘粕正彦-」は、関東大震災のどさくさにまぎれたアナキスト大杉栄一家惨殺事件
「斬ノ六 魔弾の狙撃者」は、摂政宮(=後の昭和天皇)狙撃事件
「斬ノ七 血盟団」は、日蓮主義者・井上日召と小沼正などの弟子たち
「斬ノ八と九 戒厳令(前・後編)」は、二・二六事件。徳川貴臣はフィクションの人物
「斬ノ十 一人だけの聖戦」は、東條英機首相暗殺未遂事件の中野正剛の自決後のフィクション・・・

その後、ちくま文庫(2002年)、朝日新聞社出版(2008年)と出版社をかえて復刊されている。それだけ、読む価値ある名作ということだ。

 (『テロルの系譜-日本暗殺史-』 2008年朝日新聞社出版版)

いずれも品切れのようだが、そろそろ重版をかけるか、別の出版社でもいいので三度目の復刊を期待したい。時代がそれを必要としているはずだからだ。

2011年の「3-11」を体験し、さらなる巨大地震を「想定」しなくてはならない現在、もっともリアリティがあるのは大正編の関東大震災だろう。「斬ノ五 謀殺大尉-甘粕正彦-」は、関東大震災のどさくさにまぎれたアナキスト大杉栄一家惨殺事件」がそれである。

(「斬ノ五 謀殺大尉-甘粕正彦-」 冒頭)

またテロの時代がくるのではないかという暗い予感のある「閉塞感」のただよう日本である。しかもその閉塞感は、無差別殺人事件や排外的なヘイトスピーチなどの形で噴出しつつあるのが、残念ながら現在の状況だ。

かぐちかいじ氏の「あとがき」の後半部分を引用しておこう。日付がないが、1992年の青弓社版のものである。

学生の頃、東京大学をはじめとする大学紛争がまっ盛りでした。私たち学生はもその否応なくその現場に立ち会わされました。運動家であれノンポリ野次馬であれ、「ヴェトナム戦争とは何だ」「権力とは何だ」と問題を等しくつきつけられた毎日でした。
やがて漫画を描き、プロになるにつれてもその命題は私の頭から離れませんでした。その問いに少しでも自分なりの解答を出したいという気持ちで描いたのがこの「テロルの系譜」です。当然これだけでその解答が描き込めたわけではなく、いまも自分の作品でその答えを捜しています。でもあの時代の学生の闘争現場を観たことは、漫画家である自分にとってとても大切な体験であった気がしています。

かわぐち氏には、続編として現代を描いてほしいとも思う。浅沼稲次郎社会党書記長刺殺、三島由紀夫割腹などの右翼によるテロ、三菱重工爆破事件、浅間山山荘などの極左テロ、左右両翼のテロが減少し、それとは性格を異にするが、国家転覆をはかろうとしていたオウム事件など別種のテロについても。

だが、時代が現在に近づくにつれて、「美学」不在の時代となる。

かつては存在した任侠の世界や侠気(おとこぎ)といった、身勝手だとはいえ、ある種のロマンともいうべき、情緒あふれる美学をもっていた時代の「刺客」というアウトローたちは、すでに遠い世界のものとなりつつある。いや、それは殺し側の刺客だけでない、美学が消え去った点においては殺された側の要人にとっても同様だ。

もはやその手のテーマで映画やドラマが製作されることもない。回顧されることはあっても、パロディの対象としてアナクロニズムな存在でしかない。

作品には、それが誕生するにはベストタイミングというものがある。『テロルの系譜-日本暗殺史-』は、1970年代初頭という時代に、当時20歳代後半の青年だったからこそ描けた作品なのだろう。

その意味でも記念碑的な作品なのである。


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<ブログ内関連記事>



明治・大正時代


・・壮士、大陸浪人としての与謝野鉄幹の「人を恋ふる歌」






・・「われは知る、テロリストのかなしき心を-」(石川啄木)

昭和時代前半








極左と極右、エコ・テロリスム






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2014年3月12日水曜日

マンガ『ビビビの貧乏時代 ー いつもお腹をすかせてた!』(水木しげる、ホーム社漫画文庫、2010)ー 働けど働けど・・・


このアンソロジーは「ビビビの貧乏時代」と題されている。「ゲゲゲの鬼太郎」にひっかけたタイトルだろう。「ビビビ」といえば、本来はネズミ男のはずなのだが(笑)

昭和20年の敗戦前後から昭和30年代いっぱいにかけてという時代。西暦でいえば1945年前後から1965年前後にかけて。ちょうど戦後復興期から高度成長期にかけてである。この時代はマンガ家・水木しげるにとっては、文字通りの「貧乏時代」であった。

この貧乏ものアンソロジーは、昭和40年代半ば以降に描かれた短編マンガを集めて一書に編集されたものだ。自分自身やその周辺人物を題材にしているが、虚実とりまぜたものであり、あくまでも創作と受け取るべきだろう。主人公のマンガ家には、水木先生にはない左手が描かれている作品もある。

収録作品は以下のとおり。最後の一編を除いて、いずれも昭和時代の作品である。初出の掲載誌がわからないが、このアンソロジーに収録されたマンガはいずれも大人向けである。

落第王 (昭和49年=1974年)
突撃!悪魔くん (昭和48年=1975年)
さびしい人 (昭和44年=1969年)
街の詩人たち (昭和48年=1973年)
ドブ川に死す (昭和48年=1975年)
なめちゃん (昭和50年=1975年)
わが退魔戦記 (昭和45年=1970年)
残暑 (昭和44年=1969年) 
国際ギャング団 (昭和44年=1969年)
漫画狂の詩-池上遼一伝- (昭和48年=1975年)
招かれた三人 (昭和46年=1971年)
2001年 現世の旅 (昭和44年=1969年)
貸本末期の紳士たち (平成9年=1997年)

マンガ家として食っていくということは、いかに大変なことか。「漫画狂の詩」というのは「野球狂の詩(うた)」のもじりだろうが、マンガ家・池上遼一が主人公である。絵柄も作風もまったく違うのだが、『クライングフリーマン』などの劇画で名をなしたマンガ家も、水木しげるのアシスタント時代があったのである! 

そして水木しげるが「悪魔くん」を発想したのは、みずからもそのなかであがいている「働けど働けど・・」という社会の理不尽さに対する不満、憤懣が根源にあったことが「突撃!悪魔くん」に明かされている。不正に満ちた世の中を一気に変えてしまおうという、民衆思想としての「世直し」願望のあらわれである。


(「突撃!悪魔くん」より 私憤を公憤に変える「世直し」願望)


「悪魔くん」は、モノクロ実写版特撮ドラマとしてテレビ放映された(1966~1967年)。わたしも子どもの頃、この番組は再放送を見ていて、「♪ エロイムエッサイム~」と歌っていたものだ。

現在ではマンガが日本を代表する一大産業として成長し、「クールジャパン」と称して日本政府までがそれに乗っかろうなんていう状況だ。だが、当時はマンガは子どもが読むものと大人向けと二分されており、その中間層を対象にしたマンガはなかった。読者層は現在よりはるかに狭かったのである。

マンガ家が描いた貧乏物語は多いが、この水木しげるのアンソロジーにでてくるのは、ひたすらマンガを書いては零細のマンガ出版社に売り込む話である。しかも支払いは悪く、零細出版社は次から次へとバタバタと倒産する。食うために稼ぐ生活。住んでいる家の立ち退きが要求される「貧窮問答歌」の世界。自営業者の悲哀である。

巻末に「毎日が戦い」という文章が収録されている。自伝エッセーの 『ほんまにオレはアホやろか』からの転載だ。一部抜粋しておこう。

年中無休で、しかも一日に16時間はかく、生きるために仕事をするのか、仕事をするために生きるのか、まるでわからないような毎日なのだ。寝ている間だけにしかシアワセはなかった。

マンガ家として成功したからこそ回想される貧乏時代であるが、2010年代に読むと、時代はふたたび逆戻りしたかのような既視感のようなものを感じてしまう。不思議にリアリティをもった作品群に吸い込まれるようにして読んでしまう。

グローバル化世界のなか国家として生き残っていくために、国民を犠牲にする新自由主義という選択が行われた日本。今後ますますワーキングプアという貧乏人が増えていくことは間違いない。

好きな道を選んだから貧乏を我慢しているのではなく、窮乏化するなかで貧困から脱出できなくなっている日本人が増えている。「いつか来た道」ではないが・・・

貧乏物語というものは、本来は貧乏を脱した作者が描き、それを読者は読むものだ。「むかしは大変だったんだよね~」なんて思いながら。だが、このアンソロジーを読んでも「昭和時代」がなつかしいという気分にはまったくなれない。

「働けど働けど なおわが暮らし 楽にならざり じっと手を見る」と歌った石川啄木を思い出してしまう。不確かな「希望」を絶対に語らないリアリズムは、水木しげるもまた同じである。

生きるとは、まずなによりも食うことだ、食うためにはとにかく稼がなくてはならないというテーマは、まさに人間の真実そのものである。ウソのない世界である。

読んで落ち込むことはないだろう。とにかく生まれた以上、人間は死ぬまで生きていかなければならないわけだから。





PS 一部の字句と文章をを修正して読みやすくした。 (2014年9月11日 記す)


<ブログ内関連記事>

水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)

『水木しげるの古代出雲(怪BOOKS)』(水木しげる、角川書店、2012)は、待ちに待っていたマンガだ!

マンガ 『漫画家残酷物語(完全版 全3巻)』(永島慎二、ジャイブ、2010)-1960年代初頭の若者たちを描いた「マンガによる私小説」
・・これもまた「マンガ家貧乏物語」

書評 『高度成長-日本を変えた6000日-』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した
・・マンガ家という好きな道で生きていこうとした若者たちがいる一方、世の中の大半は「高度成長」に邁進していた

マンガ 『俺はまだ本気出してないだけ ①②③』(青野春秋、小学館 IKKI COMICS、2007~)
・・40歳で仕事を辞めて自分探しする主人公。マンガ家になると宣言

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・

マンガ 『闇金 ウシジマくん ① 』(真鍋昌平、小学館、2004)
・・「格差社会」日本の現実

書評 『ゼロから学ぶ経済政策-日本を幸福にする経済政策のつくり方-』(飯田泰之、角川ONEテーマ21、2010)・・所得「再分配」は、経済政策のなかではテクニカルな側面だけでは議論できないこと

韓国映画 『嘆きのピエタ』(キムギドク監督、2012)を見てきた-「第69回ベネチア国際映画祭」で最高賞の金獅子賞を受賞した衝撃的な映画
・・「超格差社会」韓国の底辺

書評 『10年後に食える仕事 食えない仕事』(東洋経済新報社、2012)-10年後の予測など完全には当たるものではないが、方向性としてはその通りだろう

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・「希望」よりも「勇気」!


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