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2014年3月15日土曜日

マンガ『テロルの系譜 ー 日本暗殺史』(かわぐち かいじ、青弓社、1992)ー 日本近現代史をテロルという一点に絞って描き切った1970年台前半の傑作劇画

(『テロルの系譜-日本暗殺史-』  1992年青弓社版)


『テロルの系譜-日本暗殺史-』(かわぐち かいじ)は、日本近現代史をテロルの系譜で描き切った傑作劇画である。

このテーマは、文字で読むよりも、実写版で見るよりも、劇画という媒体のほうがはるかにショッキングでありインパクトがある。テロとテロリストを外面と内面の両面で描くことができるからだ。

かわぐちかいじといえば、いまでは『沈黙の艦隊』や『ジパング』などの傑作長編マンガで知られているが、この『テロルの系譜-日本暗殺史-』はきわめて初期の作品だ。もともと日本文華社(現・ぶんか社)の「週刊ジャンボ」に1975年(昭和50年)に連載されれたものらしい。かわぐちかいじの原点にある政治マンガである。

幕末の動乱期以来、明治・大正を経て昭和時代、そして現在に至るまで、未遂も含めて要人暗殺というテロ行為がまかりとおってきたのがこの近代日本であった。問題解決を一気に暴力的に行うテロは、それを行う側にとって大義名分というものがある。

だが、殺人という形で行われたテロは。殺された側に反論の余地をいっさい与えないという卑劣な行為でもある。そして社会全体に恐怖=テロル(terror)を与えて震撼させる。

そうしたテロを実行してきた来島恒喜(くるしま・つねき)、朝日平吾(あさひ・へいご)、難波大助(なんば・だいすけ)、小沼正(おぬま・しょう)といった若者たちは、いったいどんな環境で、どんな思想信条のもとにテロを実行してきたのか。テロリストの人物像に劇画で迫ったのが、この『テロルの系譜-日本暗殺史-』である。

「本書は収録した作品は、歴史的事件を題材にしたフィクションです」という注記がある。

創作である以上、作者の主観や史実とは異なるものも含まれていると考えるべきだろう。そもそも誰も目撃者がない暗殺シーンや暗殺実行前の動向、架空の登場人物は作者のイマジネーションが発揮されたもの。虚実皮膜というべきだ。


 (『テロルの系譜-日本暗殺史-』 2002年ちくま文庫版)

わたしがもっているのは1992年にはじめて復刊された青弓社版だが、これはハードカバーの上製単行本。「目次」は以下のとおり。


目 次

明治篇
 斬ノ一 紀尾井坂の兇刃
 斬ノ二 綺異譚 来島恒喜(くるしま・つねき)
 斬ノ一 大逆なり
大正篇
 斬ノ四 一人一殺-朝日平吾の場合-
 斬ノ五 謀殺大尉-甘粕正彦-
 斬ノ六 魔弾の狙撃者
昭和篇
 斬ノ七 血盟団
 斬ノ八 戒厳令(前編)
 斬ノ九 戒厳令(後編)
 斬ノ十 一人だけの聖戦
あとがき
解説 山崎岩男

各編の「事件」と主人公は以下のとおりだ。

「斬ノ一 紀尾井坂の兇刃」は、東京・赤坂の紀尾井坂における大久保利通暗殺
「斬ノ二 綺異譚 来島恒喜(くるしま・つねき)」は大隈重信爆殺未遂事件
「斬ノ一 大逆なり」は、近代日本最大のフレームアップ事件である「大逆事件」
「斬ノ四 一人一殺-朝日平吾の場合-」は、安田財閥総帥暗殺事件
「斬ノ五 謀殺大尉-甘粕正彦-」は、関東大震災のどさくさにまぎれたアナキスト大杉栄一家惨殺事件
「斬ノ六 魔弾の狙撃者」は、摂政宮(=後の昭和天皇)狙撃事件
「斬ノ七 血盟団」は、日蓮主義者・井上日召と小沼正などの弟子たち
「斬ノ八と九 戒厳令(前・後編)」は、二・二六事件。徳川貴臣はフィクションの人物
「斬ノ十 一人だけの聖戦」は、東條英機首相暗殺未遂事件の中野正剛の自決後のフィクション・・・

その後、ちくま文庫(2002年)、朝日新聞社出版(2008年)と出版社をかえて復刊されている。それだけ、読む価値ある名作ということだ。

 (『テロルの系譜-日本暗殺史-』 2008年朝日新聞社出版版)

いずれも品切れのようだが、そろそろ重版をかけるか、別の出版社でもいいので三度目の復刊を期待したい。時代がそれを必要としているはずだからだ。

2011年の「3-11」を体験し、さらなる巨大地震を「想定」しなくてはならない現在、もっともリアリティがあるのは大正編の関東大震災だろう。「斬ノ五 謀殺大尉-甘粕正彦-」は、関東大震災のどさくさにまぎれたアナキスト大杉栄一家惨殺事件」がそれである。

(「斬ノ五 謀殺大尉-甘粕正彦-」 冒頭)

またテロの時代がくるのではないかという暗い予感のある「閉塞感」のただよう日本である。しかもその閉塞感は、無差別殺人事件や排外的なヘイトスピーチなどの形で噴出しつつあるのが、残念ながら現在の状況だ。

かぐちかいじ氏の「あとがき」の後半部分を引用しておこう。日付がないが、1992年の青弓社版のものである。

学生の頃、東京大学をはじめとする大学紛争がまっ盛りでした。私たち学生はもその否応なくその現場に立ち会わされました。運動家であれノンポリ野次馬であれ、「ヴェトナム戦争とは何だ」「権力とは何だ」と問題を等しくつきつけられた毎日でした。
やがて漫画を描き、プロになるにつれてもその命題は私の頭から離れませんでした。その問いに少しでも自分なりの解答を出したいという気持ちで描いたのがこの「テロルの系譜」です。当然これだけでその解答が描き込めたわけではなく、いまも自分の作品でその答えを捜しています。でもあの時代の学生の闘争現場を観たことは、漫画家である自分にとってとても大切な体験であった気がしています。

かわぐち氏には、続編として現代を描いてほしいとも思う。浅沼稲次郎社会党書記長刺殺、三島由紀夫割腹などの右翼によるテロ、三菱重工爆破事件、浅間山山荘などの極左テロ、左右両翼のテロが減少し、それとは性格を異にするが、国家転覆をはかろうとしていたオウム事件など別種のテロについても。

だが、時代が現在に近づくにつれて、「美学」不在の時代となる。

かつては存在した任侠の世界や侠気(おとこぎ)といった、身勝手だとはいえ、ある種のロマンともいうべき、情緒あふれる美学をもっていた時代の「刺客」というアウトローたちは、すでに遠い世界のものとなりつつある。いや、それは殺し側の刺客だけでない、美学が消え去った点においては殺された側の要人にとっても同様だ。

もはやその手のテーマで映画やドラマが製作されることもない。回顧されることはあっても、パロディの対象としてアナクロニズムな存在でしかない。

作品には、それが誕生するにはベストタイミングというものがある。『テロルの系譜-日本暗殺史-』は、1970年代初頭という時代に、当時20歳代後半の青年だったからこそ描けた作品なのだろう。

その意味でも記念碑的な作品なのである。


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<ブログ内関連記事>



明治・大正時代


・・壮士、大陸浪人としての与謝野鉄幹の「人を恋ふる歌」






・・「われは知る、テロリストのかなしき心を-」(石川啄木)

昭和時代前半








極左と極右、エコ・テロリスム






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2011年12月20日火曜日

「没後150年 歌川国芳展」(六本木ヒルズ・森アーツセンターギャラリー)にいってきた(2011年12月20日) ー KUNIYOSHI はほんとうにスゴイ!



「没後150年 歌川国芳展」にいってきた。東京の六本木ヒルズにある森アーツセンターギャラリーが会場。

固有名詞だから、ほんとうは國芳と表記したほうがいいのだろうが、ここでは国芳と書いておく。いや、KUNIYOSHI とローマ字のほうがいいのかもしれない。

国芳は劇画であり、マンガやアニメの源流といってもいい。だから現代人にはアピールするチカラが強いのだ。実際に、観客は若い層が多いように思われた。

それも日本人だけじゃない、外国人にも大いにうけているようだ。

すでにロンドンとニューヨークと開催された展覧会でも KUNIYOSHI は大好評を博したという。

今回の展覧会は没後150年の大回顧展。生誕150年ではなくて没後150年。幕末の 1861年に 65歳で没した、そんな昔の人の作品なのに、古さをまったく感じさせない。不思議なのだ。

もちろん風俗習慣もまったく異なるものになってしまった現代日本と江戸末期では描かれる題材そのものが違うのは当たり前。だが、着想の斬新さ、自由さ、奇妙さは、時代をはるかに超えている。

まさに奇才。イマジネーションあふれる浮世絵の数々。

面白ければそれでいい。国芳については、あれこれくだくだ述べるよりも、実際に絵そのものを見るに限る


マンガなんだから。マンガは批評するものよりも、そのまま読むべきものだ。せめてポスターだけでも、あるいは画集で、できれば本物を美術館で。

いちばん有名なのは、冒頭に掲載したポスターにも採用されている 「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」だろう。マニエリスムの画家アンチンボルドにも、野菜で構成した図書館司書という有名な絵があるが、国芳のほうがはるかに面白い。

とにかく動物戯画は圧巻だ。ネコや金魚が擬人化された戯画は、あまりにも奇妙に面白いので、ほんとうはうれしくて会場で大笑いしたくなる 。

ネコ尽くしも面白い。ネコ文字(ネコの当て字)。下に掲載したのは、かつをの当て字。このほか、ふぐ、た古(たこ)などもある。国芳自身が、ものすごくネコ好きだったようだ。


もちろん、正統派の浮世絵も自在にこなす技量の高さが基礎にある。歌川といえば浮世絵だから当然といえば当然だが、ありとあらゆるジャンルをこなしたそのスキルには、ほんとうに感嘆させらる。

いま同時期に『ゴヤ展』もやっているが、どちらか一方だけ選べといわたら、正直なところ『国芳展』のほうを選ぶ。ゴヤはすでにマドリードのプラド美術館でじっくり見ているので、今回は見なくてもいいかという気持ちがあるだけでなく、面白いほうがいいという選択がはたらくからでもある。

日本人というのはほんとにすごいなあ、とあらためて思う。

こういう絵を描き続けた国芳という画家だけでなく、それを受け入れて、喜んでお金を払って浮世絵版画を買っていたのが、また当時の日本人だ。

遊び心。これがキーワードなのかな。落書きを写したという設定にしているヘタウマ風の役者絵は、マンガそのもの。『ガリバー旅行記』のガリバーのような巨人とこびとたちの浮世絵も笑える。

浮世絵は基本的に版画なので、サイズが小さいのは美術展としては残念。

だから、会場ではざっと見て、図録を買って帰宅してからじっくり見ながらまた笑うのもよい。図録は大部なもので 2,500円もするが、買うだけの価値は十分にある。図録を開いて見ていると、あまりにも面白いで、きりがないのだが。

江戸時代の人たちも、浮世絵版画を買ってきては、ニヤニヤしながら見て笑っていたのではないかな? ほんとうはそういう楽しみ方がただしいのだろう。

今回の大回顧展は巡回展で、すでに大阪と静岡での展示は終了している。見逃したひとはこの機会にぜひ!


 「没後150年 歌川国芳展」
会場: 森アーツセンターギャラリー 六本木ヒルズ森タワー52F 
会期: 2011年12月17日(土)~2012年2月12日(日) 計57日間
後期:2012年1月19日(木)~2月12日(日)
開館時間: 月・水~日曜日 午前10時~午後8時
火曜日 午前10時~午後5時(最終入館時間は閉館30分前まで)
休館日: 2012年1月18日(水)-作品展示替え
-会期中に展示替えあり。前期:2011年12月17日(土)~2012年1月17日(火)




<関連サイト>

没後150年 歌川国芳展(1/17~2/12) 森アーツセンター(六本木ヒルズ)

150年の時を経ても楽しい歌川国芳 その1「なぜ今、国芳か?」(岩切 友里子、日経ビジネスオンライン 2011年12月16日)





<ブログ内関連記事>

特別展 「五百羅漢-増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師・狩野一信」 にいってきた・・これもまた幕末の奇想画家

「知の風神・学の雷神 脳にいい人文学」(高山宏 『新人文感覚』全2巻完結記念トークイベント)に参加してきた・・知のマニエリスムについて

書評 『若冲になったアメリカ人-ジョー・D・プライス物語-』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007)

『酒井抱一と江戸琳派の全貌』(千葉市美術館)の初日にいってきた-没後最大規模のこの回顧展は絶対に見逃してはいけない!


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2010年2月22日月曜日

本の紹介 『人を惹きつける技術-カリスマ劇画原作者が指南する売れる「キャラ」の創り方-』(小池一夫、講談社+α新書、2010)




「キャラ」を起てよ!-あまりにも読みやすいので、読み飛ばしてしまってそれで終わり、というのでは実にもったいない

 マンガは主人公の「キャラ」ですべてが決まる。キャラが起てば、ドラマや物語はあとからついてくる。そう主張して実践してきたプロの劇画原作者による、クリエーター志望者のための、実践的「キャラ」の創り方。

 非常に読みやすいので、あっという間に読み終えてしまうのは、この本自体が語り口調で書かれていることと、著者による「つかみ」が実に優れているからだろう。また人間心理の洞察力、旺盛な好奇心など、マンガ原作者として40年以上にわたって最前線を走り続けてきた実績が有無をいわさぬ説得力をもっているためだろう。

 『子連れ狼』『クライイングフリーマン』など数々のヒット作を生み出してきた著者のいうことは、すべてが具体的で、抽象的な話はいっさいない。

 この本は、マンガ家を目指している人のために、1977年から著者が主催している「劇画村塾」大阪芸大での「キャラクター原論」の講義録を一般向けに公開したものだ。

 この本のなかで繰り返し強調されているのは、マンガなら最初の7ぺージ映画や演劇なら最初の3分で人の心をつかまなければ、誰も最後まで読まないし、最後まで見ないという厳然とした事実である。

 あくまでもお客さんに受け入れられてなんぼの世界である。自己満足ではカネにならない

 カギとなるのは主人公のキャラであり、主人公を間接的にもりたてる役割を果たすライバルであり、引き回し役である。

 では主人公の「キャラを起てる」にはどうしたらいいのか。著者自身が原作者となった数々のマンガや、弟子たちのマンガ作品から、実例を具体的に紹介している。第2章 ヒットするキャラの「三角方程式」、第3章 ヒットキャラが持つ「九ヵ条」、第4章 キャラを魅力的にする「プロファイリング」、第5章 キャラクター作りのマル秘テクニック。

 具体的なテクニックは直接読んでのお楽しみ。

 とはいっても、テクニックは読んだだけでは何の意味もない。いろんな場面で実際に応用してみて、はじめてその意味がわかってくるものだろう。この本では一般向けの応用として、相手の立場にたって考えるために、相手のキャラをプロファイリングしたらいいというアドバイスを第4章でしているが、応用をそれだけにとどめていてはもったいない。

 マンガ家でも、プロのクリエーターでなくても、ビジネスパーソンにもクリエーター的センスが求められる時代となっているからだ。

 あまりにも読みやすいので、読み飛ばしてしまってそれで終わり、というのでは実にもったいない。自分の関係する世界で、著者のアドバイスやテクニックをどう活かしていくか、日々考えるためのヒントにしたいものだ。


<初出情報>

■bk1書評「キャラを起てよ!-あまりにも読みやすいので、読み飛ばしてしまってそれで終わり、というのでは実にもったいない」投稿掲載(2010年2月19日)





<書評への付記>

 「キャラクター」の省略形である「キャラ」というコトバは、すでに日本語に定着したといってもいいだろう。英語のキャラクターは、もともと「性格」という意味だが、「キャラ」と短縮形で使うとき、それは「際だった個性」のことを意味している。
 あの芸人は「キャラが立っている」とか、本社の××さんは「キャラが濃いいからなあ」、とか日常的によく使う表現になっている。

 私がこの本を取り上げるのは、マンガ家や脚本家などクリエーターだけに「小池理論」を限定させていてはもったいない、と思うからだ。
 小池一夫原作のマンガはどちらかといって劇画が中心なので、男性週刊誌をよむ男性サラリーマンなら原作者として知らない人はいないと思う。
 出版社サイドも、マンガ家志望者やクリエーターだけでなく、広く一般人向けに売りたいという希望があって、『人を惹きつける技術』なんてタイトルにしたのだろう。
 
 米国では会社に雇われる勤め人が減少し、日本語でいえば自営業、あるいはフリーエージェントとでもいうべき人たちが増えている。これは自らそう望んだというよりも、景気の悪化で余儀なくされた結果ではあるが、self-employed(自営)は、自分で仕事を取っていかなければならないので、自分自身を「キャラ」化する必要に迫られる。「一人法人」でも同じことだ。
 私自身も現在コンサルティングで起業準備中であり、自分をいかに「キャラ起ち」させるか、日々考えを練っているところである。
 そのためにも、小池理論による「キャラの創り方」は、分身としてのキャラ創りだけでなく、自分自身をいかに「キャラ」にするかのための、よい手引きになると思うのだ。

 「セルフ・ブランディング」なんて難しい表現使うよりも、ひとことで自分を「キャラ」化する、といったほうがインパクトも強い。今後、日本も米国と同じ途を進むことになるだろうから、個人も「キャラ立ち」しなくてはならないのだ!

 買って読んで損のない一冊でしょう。おすすめです。


<参考サイト>

小池一夫公式ホームページ
  ●新書「人を惹きつける技術」が発売されました。(2010年1月20日)




            



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