「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 古代 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 古代 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年1月12日土曜日

大神神社(おおみわ・じんじゃ)の「巳(み)さん」信仰 ー 蛇はいまでも信仰の対象である!



日本最古の神社といわれる奈良の大神神社。大神と書いて「おおみわ」と読ませます。

独特なつくりの鳥居をもつ大神神社には本殿がなく、三輪山そのものがご神体とされています。そしてまた、蛇もまた信仰の対象になっていることは比較的よく知られているのではないでしょうか。

ことし2013年は巳年、すなわち蛇の年なのですが、どうも積極的に話題にされることがないような気がするのはわたしだけでしょうか。蛇は現代人からはあまり好かれていないような印象を受けます。

しかし、蛇は日本人にとって神であったのです。古代日本人は蛇の神秘性に感じ入って、蛇を自分たちの祖先神と考えていたのです。このことは、このブログで 蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう に書いておきました。

『大神神社(改訂新版)』(中山和敬、学生社、1999 初版 1971)によれば、「大神神社の主たる御祭神は大物主大神(おおものぬしのかみ)である・・(中略)・・大物主大神が鎮まられたのは、『古事記』、『日本書紀』にでているように、遠い神代のことであり、日本国中で一番古いお社とされている」、とあります。大物主大神は国作りにつくされた神です。

大神神社と蛇がなぜ関係あるのでしょうか? 

おそらく、大神神社のご神体である三輪山が、神奈備(かんなび)信仰の対象そのものであったことが大きいのでしょう。

神奈備とは、神霊(神や御霊)が宿る御霊代(みたましろ)や依り代(よりしろ)を擁した領域のことですが、民俗学者の吉野裕子氏が説かれたように、三輪山のような形態の低山が、とぐろを巻いた蛇と見立てられたものだと考えられます。

大神神社の宮司をながく務められた中山和敬氏のような人は、そういうことは述べていませんが、三輪信仰と蛇との関係については、『大神神社(改訂新版)』の11章「蛇と杉」で触れておられます。

拝殿前、斎庭の右側に、玉垣でかこまれた二股の老杉を、巳(み)の神杉とよんでいる。燈籠が一対、お賽銭箱までが設けられていて、その上には、いつもお供えの卵がのっているのが目につく。・・(中略)・・この「雨降りの杉」の大木の根方にポッコり穴があいており、いつの頃からか棲みついた蛇が、御祭神の化身とまで畏敬されるようになったものである。・・(中略)・・長さ2㍍を越える青大将4、5匹だが、とにかくきれいな体である。太陽の光線によって時には全身黄金に輝き、ときには真っ青にも変わる。

この蛇たちが神の化身の「巳(み)さん」として、信仰の対象になっているようですね。

巳(み)さんの信仰者にはとくに芸能人・飲食業の人が多い。願いの向きは心願成就ときいている。さらにくわしく説明をきくと、これとねらえばそれに向かって直進する。尻尾をつかんで引っぱっても後へは退らないこととか、何でも呑みこんでしまう姿が縁起が良いとか、穴から出たときの形で吉凶をうらなう人、つまり真っ直ぐにじっとこっちを見つめているのが吉であるとか、人それぞれの見方、考えようがある(*太字ゴチックは引用者=わたし)。

なるほど! 蛇のように、狙った獲物はぜったいに逃がさないという姿勢に共感を感じているわけですね。わたしも蛇にはあやかりたいものです。

ところで、この巳(み)さんは絶対に写真を撮ってはいけないそうです。家庭不和、家族に病人や死人が出るそうですので、心しておいたほうがいいでしょう。

これはけっして迷信とは片づけられないようで、中山和敬氏によれば、賽銭箱には白紙に包まれた巳(み)さんの写真やフィルムが還納さえてきることも多く、その理由には上記のような家庭不和などがあったためらしいのです。

スマホで撮影してツイッターやフェイスブックに投稿、なんてことは考えないほうがよさそうですね。そうでなくても蛇ですから、しつこく、ねちこい。なんといっても神様であるわけですから。

わたし自身は大神神社には一度だけいったことがありますが、巳(み)さんはまだ拝んだことがないのは残念です。拝む機会に恵まれた際には写真撮影はしないよう心したいと思います。

それだけ蛇のもつパワーはすごいということなのでもありますね。


(画像をクリック!)



<ブログ内関連記事>

蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう

『水木しげるの古代出雲(怪BOOKS)』(水木しげる、角川書店、2012)は、待ちに待っていたマンガだ!
・・スサノヲと大蛇(おろち)

お神楽(かぐら)を見に行ってきた(船橋市 高根神明社)(2009年10月15日)
・・大蛇(おろち)の舞もある

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである

『ブッダのことば(スッタニパータ)』は「蛇の章」から始まる-蛇は仏教にとっての守り神なのだ

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ

(2014年8月26日、2016年6月21日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

蛇は古代日本人にとって神であった! ― 独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう


ことし2013年の年賀状に、以下のように書きました。
2012年は「昇龍」の年。2013年は「蛇」の年。
昨年の「ホップ」を「ステップ」へ、さらには
「ジャンプ」へと「脱皮」してまいります。

辰年は「昇龍の年」ということで話題になりますが、どうも巳年の蛇は積極的に話題にされることがないような気がするのはわたしだけでしょうか。

巳年は蛇の年ですから、しぶとく、ねちこく、といきたいのですが、どうも蛇は現代人からはあまり好かれていないような印象を受けます。

しかし、蛇は日本人にとって神であったのです。

このことは無意識のなかにはあるかもしれませんが、古代日本人は蛇の神秘性に感じ入って、蛇を自分たちの祖先神と考えていたのです。

その痕跡は、さまざまなものに見出すことができるということを、独創的な民俗学者であった吉野裕子氏が名著 『蛇 ― 日本の蛇信仰』(吉野裕子、講談社学術文庫、1999)に事細かに書いています。



この本は、もともと法政大学出版局から 1979年に出版されたものですから、最初の出版からすでに35年近くたっていますが、現在まで読み継がれてきた名著であるといってよいでしょう。

日本人に限らず、古代人は蛇を観察して、さまざまな意味で蛇にあやかりたいと考えていたようです。

とぐろを巻いた蛇は何かの形に似ていませんか?

はい、古代日本人は山をとぐろを巻いた蛇になぞらえて信仰の対象としていたようなのです。じっさいに、日本最古の神社といわれる奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)には本殿がなく、山そのものがご神体とされているだけでなく、蛇もまた信仰の対象になっています。

蛇は脱皮する生き物です。哲学者ニーチェに「脱皮できない蛇は滅びる」という名文句がありますが、まさに蛇は脱皮を繰り返して成長していく生き物です。これはカニやエビなどと同じですね。脱皮に失敗すると、蛇は死んでしまいます。

古代日本人は、この脱皮するということに、生命力が更新されることの象徴を見出したようなのです。そのため、脱皮する蛇のように、年のあらたまりごとに生命の更新を祝ったのがお正月だったのですね。イセエビがめでたいのも脱皮と関係があるはずです。

そして、いまでもお正月といえば「鏡餅」が定番ですが、この鏡餅も形がとぐろを巻いた蛇に似ているといわれたらそう思いませんか? 吉野説にしたがえば、それは当たり前だということになるのですね。

また蛇にはまぶたがないので、まばたきをしません。蛇の目と書いて「じゃのめ」と呼んでいますが、日本人はまた蛇の目(じゃのめ)をこのんで意匠として愛してきました。蛇の目傘の蛇の目です。

鏡餅を上から見ると、まんなかのみかんのしたに小さい丸もち、そのしたに大きな丸もちがあって、蛇の目のようになっています。言われたらなるほど!と思わざるをえません。

こんな話題が書かれている 『蛇 - 日本の蛇信仰』(吉野裕子、講談社学術文庫、1999)は、ぜひお読みすることをおすすめします。やや強引な感じがなくもないですが、大胆な謎解きを行う推理小説のような展開の読み物にもなっています。




また、山にとぐろを巻いた蛇の形を見たてた古代日本人の信仰は、縄文時代から稲をもたらした渡来人である弥生人の信仰とも習合して、大陸の高度な陰陽五行説と融合していくことが 『山の神 ー 易・五行と日本の原始蛇信仰』(吉野裕子、講談社学術文庫、2008 単行本初版 1989)です。

ぜひあわせてお読みいただければと思います。





そして最後に、『山の霊力 ー 日本人はそこに何を見たか』(町田宗鳳、講談社選書メチエ、2003)をいっしょに紹介しておきます。

吉野説をベースにして山に対する日本人の信仰を説き起こし、修験道にまで発展した日本の山岳信仰について宗教学者がわかりやすく説いた好著です。

なぜ日本人が山に対してさまざまなものを感じるのか、その秘密はすべて蛇信仰から始まっているわけです。蛇に対する畏敬の念と恐怖の念。これは裏表の関係にあるものです。

蛇というと現代では嫌われがちな生き物ですが、古代日本人が見出した蛇信仰は、日本人であればかならずDNAのなかに流れ続けているはずといっていいのです。

そもそも日本人に限らず、進化論の観点からいって、脳の旧皮質には爬虫類時代の痕跡が残っているわけですから、蛇は人間のなかにも住んでいるわけです。

ぜひ今回の巳年(2013年)を機会に、原始蛇信仰についても考えてみたいものです。




目 次 『蛇-日本の蛇信仰』

講談社学術文庫収録にあたって
序
第1章 蛇の生態と古代日本人
第2章 蛇の古語「カカ」
第3章 神鏡考
第4章 鏡餅考
第5章 蛇を着る思想
第6章 蛇巫の存在
第7章 日本の古代哲学
あとがき


著者プロフィール

吉野裕子(よしの・ひろこ)
1916年東京生まれ。旧姓赤池。女子学習院、津田塾大各卒。学習院女子短期大学講師。1977年、東京教育大学より文学博士の学位を授与される。著者多数。2008年没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである

2013年、新年明けましておめでとうございます-蛇の年は脱皮の年
・・セミも幼虫が脱皮してセミになるが、これはメタモルフォーシスというべき

猛暑の夏の自然観察 (1) セミの生態 (2010年8月の記録)

大神神社(おおみわ・じんじゃ)の「巳(み)さん」信仰-蛇はいまでも信仰の対象である!

『水木しげるの古代出雲(怪BOOKS)』(水木しげる、角川書店、2012)は、待ちに待っていたマンガだ!
・・スサノヲと大蛇(おろち)

お神楽(かぐら)を見に行ってきた(船橋市 高根神明社)(2009年10月15日)
・・大蛇(おろち)の舞もある

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている

『ブッダのことば(スッタニパータ)』は「蛇の章」から始まる-蛇は仏教にとっての守り神なのだ

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ

(2014年8月26日、2016年6月21日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2011年7月7日木曜日

「お姫様さま」 の対語(ついご)は 「王子さま」 じゃない!?-日本語をもっと究めてみよう!


 お姫さまといえば王子さま。これがいまの日本では、間違いなくかえってくる答えでしょう。いまの日本では 「お姫さま」の対語(ついご)は「王子さま」というのが "常識" でしょうね。

 プリンセスに対してプリンス。『グリム童話』や『ディズニーの白雪姫』の影響でしょうか。救われるのはお姫様、救う役目は王子様。王子さまの対語は王女さま。

 ところが、もともと日本語では「姫」(ひめ)の対語は「彦」(ひこ)なのですね!  

 きょうは七夕(たなばた)。そう、織姫(おりひめ)に彦星(ひこぼし)の伝説です。一年に一回、織姫と彦星はあえるのでしょうか?

 七夕伝説そのものは中国起源の五節句のひとつ七夕(しちせき)ですが、日本には奈良時代に伝わり、棚機津女(たなばたつめ)伝説と合体して七夕(たなばた)となったのだそうです。

 だから、中国の伝説にあった織女や牽牛は、織姫と夏彦に入れ替わり、織姫(星)と彦星の対(つい)になったのですね。

 そうなんです。「姫」の対語は「彦」なんですよ~!

 漢字にとらわれず、ひらかなで見ればもっとよくわかるはずです。「ひ-め」と「ひ-こ」。ローマ字で書けば Hi-me と Hi-ko、あきらかに対になっていますね。共通するのは「ひ」(hi)というコトバです。

 たまには、古語辞典も引いてみましょうか。高校時代に使っていた『岩波 古語辞典』(大野晋/佐竹昭広/前田金五郎、岩波書店、1974)の「補訂版」(1990)をみてみましょう。

ひ・こ【彦】
《「姫」(ひめ)の対。ヒは日・太陽。ムスヒ(産霊)・ヒモロキ(神籬)のヒと同じ。コは男子の意味。太陽の子、あるいは太陽の神秘的な力をうけた子の意。尊称として男神の名に冠せられ、また男の名前の下につけられて使われた。後に、一般的に男の尊称。なお「彦」の字は美男の意》

 ちなみにムスヒ(産霊)とは、現在は濁音でムスビといいます。ヒモロキ(神籬)も濁音でヒモロギといいます。同じく『岩波古語辞典』から。

むす・ひ【産霊】
《草や苔などののように、ふえ、繁殖する意。ヒはヒ(日)と同根。太陽の霊力と同一視された原始的な観念における霊力の一》生物がふえてゆくように、万物を生みなす不思議な霊力。

ひ・もろ・き【神籬】
《ヒは霊力の意。モロはモリ(森・杜)の古形、神の降下して来る所。キは未詳。ヒボロギとも》上代、神の降下を待つ所として作るもの

 つまり「ヒ」とは太陽のことで、古代の太陽信仰の産物だというわけですね。彦(ひこ)は日子(ひこ)、すなわち太陽(ひ)の子(こ)というのがもともとの意味です。「○彦」さんは、ほんとうはスゴイ意味をもった名前なんですね~。

 ちなみに世界的な板画家・棟方志功(むなかた・しこう)の志功(しこう)は、青森弁で「ひこ」が「しこ」となまった名付けであって、まぎれもなく本名なのであると「私の履歴書」に書いていました。

 最近は男の子の名前に「彦」をつけることもめっきり減りましたが、この事実を知ると、ちょっと残念な気もします。

 さて、七夕ですが、なんだか、七夕の夜に限って雨が降るというのは「マーフィーの法則」なのかもしれないと思ってみたりもして....

 せめて今年は星空になるといいのですが。




<関連サイト>

素材屋花子
・・今回使用した画像は「素材屋花子」さまの「フリーイラスト」を使用させていただきました。ありがとうございます。


<ブログ内関連記事>

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)
・・中沢新一の『古代から来た未来人』(ちくまプリマーブックス、2008)に言及。同書で中沢新一は、ムスビの神の増殖原理が日本型資本主義の原理であることについて語っている

書評 『漢字が日本語をほろぼす』(田中克彦、角川SSC新書、2011)
・・漢字にとらわれず、日本語ほんらいの息吹を取り戻したい


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2010年12月25日土曜日

書評『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981) ― イエスとその教団の活動は精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動




■原始キリスト教におけるイエスとその教団の活動を、精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動と捉えることも可能■


 そもそも「治癒神イエス」とは何か? イエスが「治癒神」とは何を意味しているのか?

 この卓抜なネーミングで読者の心を掴んだ一般書が、再びオリジナルのタイトル『治癒神イエスの誕生』に戻して文庫版として再登場した。

 小学館の「創造選書」の一冊として初版がでたのは1981年、この間に何度か版を改めているが、すでにいまから30年前のことである。

 「治癒神」(ちゆしん)と書くとわかりにくいが、ひらたくいってしまえば「病気治しの神様」のことだ。こう書くと、なんだか日本の新興宗教のようだが、本質的には同じことだといっていい。

 もしかすると、キリスト教会内部では、イエスを「病気直しの新興宗教」と一緒にするとは何事か(!)という声があったのかもしれないが、キリスト教徒ではない私には何ともいえない。

 いずれにせよ、イエスと使徒たちの教団もまた、最初は「新興宗教」だったことは、間違いのない事実なのである! 多国籍巨大企業も、始まりはすべてベンチャーだったのと同じことだ。

 本書によれば、「治癒神」であったイエスとその教団と、先行するアスクレピオス教団との、病気直しをめぐる競合が、古代地中海世界を舞台に展開したのである。アスクレピオス教団は、その代表的人物である医聖ヒポクラテスにみられるように、麻酔を使用した外科的治療も行っていた。

 古代ギリシア世界が崩壊し、ヘレニズム時代の大変動期に生きた人々は大きな不安をかかえながら生きていたのである。こういう時代背景のもと、「救い=癒し」の観点から、魂の病である精神疾患に「ニッチ分野」を発見したイエス教団は、地中海では最大勢力となっていたアスクレピオス教団との直接的な対峙と競合をうまく回避しながら、着々と自分たちの地歩を固めて行き、最終的には地中海世界での病気治しの勝利者となる。

 生老病死が最大の悩みだった時代、むしろ現代社会を先取りしたかのように、精神疾患の治癒に重点をおいたイエスとその教団の姿勢は、強い訴求性があったに違いない。これは、新興宗教のさかんな日本という国に住む日本人には、比較的理解しやすい枠組みである。

 キリスト教徒ではない私にとっても本書が非常に面白く感じられるのは、著者の山形孝夫氏がキリスト教徒でありながらも、けっして護教論的な立場からではなく、宗教人類学という学問的立場から、日本民俗学の成果も大きく吸収した視野の広い柔軟な視点で、原始キリスト教について研究しているからだ。

 その意味では、哲学者の梅原猛、ゴリラ研究者の河合雅雄、社会学者の作田啓一、牧畜社会のフィールドワークを行っていた人類学者の谷泰、中東史を専攻する歴史学者の三木亘といった異色のメンバーが参加したシンポジウムの内容は、30年たったいま読んでも、きわめて新鮮である。学際的な研究の見本としても格好の事例となっているといってよいだろう。

 イエス教団に敗れ去ったアスクレピオス教団が、その後どうなってしまったのだろうか? 本書では触れられていないが、アスクレピオス教団の地中海世界におけるイエス教団への敗北が、近代医学発生を遅らせた可能性についても考えたくなってしまうのだが・・・。

 さまざまな読み方が可能な、もはや古典といってもいいような一冊である。読みやすい本なので、ぜひ一読を薦めたい。


<初出情報>

■bk1書評「原始キリスト教におけるイエスとその教団の活動を、精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動と捉えることも可能」投稿掲載(2010年10月29日)
■amazon書評「原始キリスト教におけるイエスとその教団の活動を、精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動と捉えることも可能」投稿掲載(2010年10月29日)

*再録にあたって加筆した。


 
(画像をクリック!)

目 次

「病気のメタファ」とその呪い
第1部
 治癒神イエスとイエスの運動-治癒神アスクレピオスとの競合と葛藤
 治癒神イエス登場の地中海的背景
 イエスにおける“触”のドラマトゥルギー
 遊行する治癒神イエス―G・タイセンの描く遍歴のカリスマ集団
第2部
 病いと癒し-傷ついたシャーマン
 砂漠の変貌-治癒神イエス誕生の構図
第3部
 治癒神イエスの誕生
 キリスト教神話の構造“シンポジウム”(梅原猛、河合雅雄、作田啓一、谷泰、三木亘)


著者紹介

山形孝夫(やまがた・たかお)

1932年生まれ。東北大学文学部卒。同大学院博士課程修了。宮城学院女子大学教授、学長を歴任し、現在同大学名誉教授。専攻は宗教人類学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 書評 『聖母マリア崇拝の謎-「見えない宗教」の人類学-』(山形孝夫、河出ブックス、2010)もあわせて読んでいただくと、山形孝夫の志向するところができると思う。
 また、先行する『レバノンの白い山-古代地中海世界の神々-』(未来社、1976)をあわせ読むと、古代地中海世界とキリスト教の発生について、より深く理解ができるであろう。この本はレバノン内戦が勃発する前に現地フィールドワークした記録でもある。


<ブログ内関連記事>

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)
・・キリスト教徒が「人口の 1%」である日本、なぜそうなのか

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)
・・キリスト教が発生した古代東地中海世界に現在に至るまで生き残ったキリスト教諸派。圧倒的なマジョリティであるイスラーム世界の内側で 1% 以下のマイノリティとして生きる彼らは、本来のキリスト教の姿をとどめている

書評 『聖母マリア崇拝の謎-「見えない宗教」の人類学-』(山形孝夫、河出ブックス、2010)

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている
・・ヘルメスの杖には蛇2匹、アスクレピオスの杖には蛇1匹

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end