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2014年8月27日水曜日

米倉斉加年画伯の死を悼む ― 角川文庫から1980年代に出版された夢野久作作品群の装画コレクションより



個性派俳優の米倉斉加年(よねくら・まさかね)さんが亡くなったというニュースを知った。2014年8月26日に急逝されたという。享年80歳。

米倉斉加年というと、わたしにとっては俳優としてもさておき、特異な画風の絵師としてのイメージがひじょうに強い。だから米倉画伯と呼ばせていただきたい。

冒頭に掲載した写真は、机上に並べた米倉画伯の装画による角川文庫の夢野久作の作品群。いずれも1980年代に集中して角川文庫で文庫化されたものだ。大学時代、夢野久作の作品に入れ込んでいて、角川文庫で片っ端から読み込んでいたのだ。

その画風は、作品世界とマッチし、相乗効果を生み出している。耽美的というよりも、幻想的でかつ猟奇的といっていいかもしれない。夢野久作は福岡出身の作家、米倉氏も福岡出身であった。

この集合写真のなかに夢野久作の代表作『ドグラ・マグラ』がないのは、角川文庫ではなく、いまは亡き現代教養文庫で読んでいたから。マイ・コレクションの欠落である。

米倉斉加年画伯のご冥福をお祈りします。合掌。


(米倉画伯の装画になる角川文庫版『ドグラマグラ』(上)は、現在でも入手可能)

(米倉画伯の装画になる角川文庫版『ドグラマグラ』(下)は、現在でも入手可能)


<関連サイト>

米倉斉加年 - Wikipedia
・・米倉斉加年(よねくら・ まさかね、1934年7月10日~ 2014年8月26日)は、日本の俳優・演出家・絵本作家・絵師。

夢野久作 - Wikipedia
・・夢野久作(ゆめの・ きゅうさく、1889年(明治22年)1月4日~ 1936年(昭和11年)3月11日)は、日本の禅僧、陸軍少尉、郵便局長、小説家、詩人、SF作家、探偵小説家、幻想文学作家。


(米倉斉加年×夢野久作 コラボレーション)


<ブログ内関連記事>

夢野久作の傑作伝記集『近世怪人伝』(1935年)に登場する奈良原到(ならはら・いたる)と聖書の話がめっぽう面白い

「自分のなかに歴史を読む」(阿部謹也)-「自分発見」のために「自分史」に取り組む意味とは
・・夢野久作の傑作『ドグラ・マグラ』について触れてある

「魂」について考えることが必要なのではないか?-「同級生殺害事件」に思うこと
・・夢野久作の『猟奇歌』について触れてある

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!
・・「夢野久作といえば『ドグラマグラ』という小説で知られているが、その父は杉山茂丸という右翼の巨頭であった。茂丸の交友関係のなかに登場する最重要人物が頭山満であり、その姿は『百魔』(講談社学術文庫、)に活写されているだけでなく、息子の夢野久作(・・本名・杉山泰道)の『近世怪人伝』(昭和10年)に愛情をこめて描かれていることは知る人ぞ知ることだ。わたしの愛読書の一冊でもある。現在は、ちくま文庫に収録されているので、興味のある方はぜひお読みいただきたい」(・・ちくま文庫版は現在は入手困難。本文中に書いたように青空文庫で)

「旧江戸川乱歩邸」にいってみた(2013年6月12日)-「幻影城」という名の「土蔵=書庫」という小宇宙

書評 『猟奇博物館へようこそ-西洋近代の暗部をめぐる旅-』(加賀野井秀一、白水社、2012)-猟奇なオブジェの数々は「近代科学」が切り落としていった痕跡

「幻想耽美-現在進行形のジャパニーズエロチシズム-」(Bunkamura ギャラリー)に行ってきた(2015年6月18日)-現代日本の耽美派アーティストたちの作品を楽しむ

(2015年6月29日 情報追加)

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2011年11月22日火曜日

書評『霊園から見た近代日本』(浦辺登、弦書房、2011)― 「近代日本」の裏面史がそこにある


■「近代日本」という時代の激変を福岡で体感した人びとが東京を舞台に■

 「近代日本の裏面史」である。日本史の教科書にでてくる有名人も数多く登場するが、お墓を媒介にして見えないところでつながっている人脈をたぐりよせると、日本史の教科書にはでてこない世界が浮かび上がってくる。

 幕末に「開国」を迫られ、欧米中心で弱肉強食の厳しい国際社会のまっただなかに放り込まれた小国・日本。「近代日本」とは、日本と日本人が生き残りをかけた生存競争の時代であった。その状況のもと、日本人の潜在能力が解き離たれ、さまざまな分野で爆発した時代でもあった。

 本書は、著者が東京に散在する霊園をたずねて、死者たちと交わした対話記録といってもいい本である。墓が墓を呼び、イモヅルをたぐりよせるようにして現れてきたのは「見えないネットワークでつながっている人脈」であった。

 その中心にあって、本書の通奏低音として流れているのは、福岡に源流を持つ政治結社「玄洋社」に連なる人びとである。そしてその背後にあった名も無き日本人たちだ。
 東京にいくよりも朝鮮半島のほうが近い、東京までの距離と上海までの距離はほぼ同じという地理的条件をもった国際都市・福岡。福岡出身の著者が、福岡の出版社から出したこの本は、福岡出身者でなければ書けない内容だといっていいかもしれない。関心のありかたが、福岡出身者以外とはやや違いがあることを感じさせるからだ。

 幕末から明治維新にかけての動乱期、当時の藩主・黒田長溥(くろだ・ながひろ)の致命的な情勢判断ミスによる意志決定のため、本来は倒幕派であったのにかかわらず、佐幕派とみなされて維新後の社会において苦杯を飲まされることになった福岡藩。明治維新の敗者となった「負け組」は、会津藩や越後長岡藩といった東北だけではなかったのである。

 その環境のなかからでてきたのが「玄洋社」であった。いまだに右翼団体というレッテルを貼られたままの玄洋社だが、最初の頃は自由民権運動の担い手の一つだったことに、少なからぬ読者は驚くのではないだろうか。この玄洋社が民権から国権に比重を移していったのもまた「近代日本」である。

 面白いことに本書には、ただの一枚も肖像写真は掲載されていない。出てくるのはひたすら墓、墓、墓...

 著者みずからが撮影した墓石と墓碑銘の写真ばかりである。東京はある意味では、近代日本のオモテだけでなく、ウラの歴史もあわせた巨大な霊園地帯なのかもしれないという気さえしてくる。

 霊園で死者たちの声を聴き取った著者は、さながら霊媒のような存在だといったら著者からは叱られるだろうか。むしろ、タイトルは『霊園で聴いた近代日本』とするべきだったかもしれない。

 すでに中途半端なままに終わってしまった「近代日本」とは何であったのか、本来どういう方向にむかう可能性があったのか。このことを考えることは意味のあることだろう。だから「近代日本の裏面史」である本書は、オルタナティブな可能性をもっていた「近代日本史」でもあるのだ。

 本書には珍しく「主要人名索引」が完備しているので、索引から人名をたぐりよせてみる読み方も面白いかもしれない。ぜひ一読を薦めたい。


(画像をクリック!)


<初出情報>

■bk1書評「「近代日本」という時代の激変を福岡で体感した人びとが東京を舞台に行ったこととは?」投稿掲載(2011年9月13日)
■amazon書評「「近代日本」という時代の激変を福岡で体感した人びとが東京を舞台に行ったこととは?」投稿掲載(2011年9月13日)


目 次

第1章 朝鮮半島をめぐる外交摩擦
 青山霊園のあたり
 外人墓地から
 日清戦争の背景
 金玉均の墓所にて
第2章 幕末から西南戦争まで
 黒田長溥の墓所から
 維新の策源地「延寿王院(えんじゅおういん)」
 戦国大名の争奪地「博多」
 西南戦争という価値転換
第3章 アジアとの関わり
 玄洋社の看板、頭山満
 自由民権団体の玄洋社
 ロシアの南下政策とヒンターランド構想
 宮崎滔天の「落花の歌」
第4章 近代化のはざまで
  日露開戦の予言
 新興宗教と病気なおし
 宮沢賢治という宗教と科学を極めた人
 エスペラント語と革命
第5章 日本近代化の総仕上げに向けて
  「五箇条の御誓文」という近代化
 ハルビン学院と杉原千畝
 大杉栄と後藤新平の関係
 犬養毅、後藤新平の産業立国主義
あとがき
参考文献
索引

著者プロフィール

渡辺 登(うらべ・のぼる)

1956年(昭和31年)福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌への投稿を行う。オンライン書店bk1では「書評の鉄人」の称号を得る。著書に『太宰府天満宮の定遠館』(弦書房)。



<書評への付記>

 ことし2011年は奇しくも「中国革命100年」の年にあたる。

 革命家・孫文につらなる縁で、本書にもその多くが登場している玄洋社につらなる人びとや、その周辺にいた日本人たちに脚光が浴びたのは、たいへん喜ばしい。

 東西冷戦が崩壊してすでに20年、左翼の崩壊にともない右翼もその意味を失った結果、右でも左でもない日本と日本人を見直すにはじつによい時代となった。 

 本書の出版は、「3-11」という、未曾有の大地震と大津波という自然災害と、それ原発事故という人災に苦しむ国難が発生する以前に書かれたものだ。「3-11」によって「戦後」も完全に終わったことは、ある意味では、さらに物事を虚心坦懐に見ることを可能としたといってもいいだろう。

 ところで、文化人類学者の山口昌男に『敗者の精神史』という大著がある。明治維新の敗者の側から描いた近代日本史もまた、オルタナティブな日本近現代史となっている。

 福岡生まれの著者が福岡の出版社から出版した本であると言うことは、東京のまなざしとはイコールではないということを意味している。

 本書は、やや玄人ごのみの内容だが、索引もしっかりつけてあるので、人物エピソードで読む近代日本裏面史として、あるいは東京の墓地めぐりガイドとしてもいいかもしれない。

 それぞれの墓地の案内図はつけていないが、これはみずから足を運んで、自分で墓探しをすべしというメッセージだろうと受け取った。

 維新後、1/10の規模に縮小させられた谷中墓地、あらたに造成された青山霊園。

 「人間、至る所に青山あり」という詩句があるが、青山(あおやま)と青山(せいざん)は同じ漢字を書く。青山(せいざん)とは墓のことであり、青山霊園というのは、なにかトートロジー(=同語反復)なものを感じてしまう。霊園とファッションは、なぜか親和性が高そうだ。

 本書には、お墓の写真以外、人物写真はいっさい収録されていない。写真資料が満載の『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』(読売新聞西武本社編、海鳥社、2001)とあわせて読むことを望みたい。



PS 2024年に「新装版」が発売された

福岡在住で、精力的に調査と執筆をつづけておられる地方史家の浦辺登さんから、7月にでたばかりの『霊園から見た近代日本』(弦書房)の「新装版」をいただいた。  




本書は、著者が東京在住時代に青山霊園をはじめとする各地の霊園をたずねて、たぐりよせた「近代日本の見えないネットワークでつながっている人脈」である。 

その中心にあって、本書の通奏低音として流れているのは、福岡に源流を持つ政治結社「玄洋社」に連なる人びとである。そしてその背後にあった名も無き日本人たちだ。 

つい最近、新宿中村屋創業者の相馬愛蔵・黒光夫妻と亡命インド人のラス・ビハリ・ボースの関係に言及したばかりなので、ちょっとしたシンクロには驚きを感じている。まったく意識してなかったので・・・ 

それにしても「新装版あとがき」の内容は考えさせられるものがある。 

現代中国人の「玄洋社」への関心の強さと、それに反して一般的な日本人の認識の低さ。日本人の認識が変化しつつあるとはいえ、いまだ道半ばである。 

それは、日本人自身の認識においても、「福岡を中心とした九州から見える東アジア」と、「東京から見える東アジア」との落差でもある。そう言い換えることも可能だろう。視点の違いは、認識の違いにつながっている。 

まあ、そんな話は別にしても、めずらしく「完備された人名索引」を頼りに「東京の霊園めぐりガイドブック」としても使う、そんな読み方もありなので、本書はぜひ手にとっていただきたいと思う。 

(2024年7月17日付けのFBへの投稿を改稿して、2024年7月25日に掲載)


<ブログ内関連記事>

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!
・・玄洋社につらなる人たちの肖像写真は、この写真集でとくとご覧いただきたい






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