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2021年1月20日水曜日

『トゥキディデス 戦史』を読了(2021年1月)― 2020年代のいま進行する事態と重ねあわせたくなる「アテネ民主制の崩壊」は、アテネとスパルタの覇権争いのなかで発生した

 

今年2021年の年始のことだが、トゥキディデスの『戦史』をようやく読了した。久保正彰訳の岩波文庫で全3巻。かなりのボリュームである。年末年始の課題の1つをクリアしことになる。  

古代ギリシアの「歴史の父」と称されるヘロドトスの『歴史』をおなじく岩波文庫の3巻本で読了したのが、いまから40数年も前の古代ギリシアにはまっていた中学生時代のことなので、ようやく肩の荷が下りたという気持ちだ。古典的名著であり、腰を据えてかからないと、日本語訳でもそう簡単に読めるというわけではない。なんと、積ん読歴40数年であった。 

『戦史』で扱っているのは、古代ギリシアの都市国家アテネ(・・正確にいえばアテーナイだが、通例のアテネとしておく)とスパルタの27年抗争「ペロポネソス戦争」の最初の20年である。両雄並び立たずというが、新興国アテネの台頭に不安を感じた軍事国家スパルタが、どちらも望まないのに戦争に巻き込まれていく姿を、同時代に生きた著者が、戦争当事者双方と利害関係国の情報を精力的に収集し、ファクトベースの記述を進めていく。 


(プーシュキン博物館所蔵の頭像 Wikipediaより)


圧巻は、岩波文庫版の下巻で描かれる、増長するアテネによる遠方のシケリア(現在のシチリア)遠征と、有力都市国家シラクサを相手にした壊滅的敗北と敗走である。

指導者層による希望的観測にたった見通しの甘さと、戦争を熱狂的に支持した市民たち。その真逆ともいうべき敗戦と敗走。行き詰まるような描写がつづく。 遠征の失敗によって国家的危機に瀕したアテネで民主制が崩壊していく様子が手に取るように描かれており、2020年現在の世界情勢を見ているかのような印象さえ受けるのだ。 

「歴史の父」といえば一般にヘロドトスを指しているが、戦争を事実関係に即して時系列で記述し、しかも戦争の構造的要因を考察した点において、トゥキディデスに軍配があがる。これは実際に読んでみた確認できたことだ。 

トゥキディデスは、戦争と政治の関係だけでなく、戦争と経済の関係についての考察も深い。軍資金と補給(ロジスティクス)の重要性都市国家内部の支配構造と利害対立が交戦国につけいるスキを生み出す脆弱性にかんする考察など、まさに古典的名著というにふさわしい。 



「トゥキディデスの罠」と覇権争い

「トゥキディデスの罠」(The Thucydides Trap)というフレーズがある。米国の政治学者グレアム・アリソン教授が提唱しているものだ。『米中戦争前夜-新旧両大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ-』(ダイヤモンド社、2017)で詳しく解説されている。 

「トゥキディデスの罠」とは、チャレンジャーとしての新興国(=古代ギリシアの場合はアテネ)が示す「野心」に対して、チャレンジを受ける側の覇権国(=スパルタ)が感じる「不安」がエスカレートするに従い、双方に生み出されるワナのことだ。 

このワナにはまった結果、覇権国交替が戦争によって決着されたケースが過去に多数発生している。端的にいって米中対立の構造を「トゥキディデスの罠」で解説してみせたのが、この議論のキモである。 

歴史を振り返れば、新興国アテネと覇権国スパルタの抗争は、新興国中国と覇権国米国の関係に対比されるだけでなく、その結末さえ予想させるものがある。長年にわたる抗争で、拮抗する両国はともに消耗し尽くし、共倒れになる可能性すら否定できないという結末だ。そして、第3の新興国が台頭する。

古代ギリシアにおいては、アテネもスパルタもともに疲弊し、この状況のなか「漁夫の利」を得たマケドニアが台頭という流れになる。その後、マケドニアからアレクサンドロス大王が誕生する。

米ソ冷戦時代には米国のパワーが勝っていたために、ソ連が自壊したことで冷戦は終わった。そして第3勢力としての中国が勃興することになっった。

そして、今回の覇権争いの結果、米中双方が疲弊して共倒れになったと仮定すると、漁夫の利を得るのは誰になるのだろうか? 


(地図を上下(=南北)逆さまにすると『戦史』の世界がよく見えてくる。真ん中がギリシア、右上がシチリア) 



■古代ギリシアと日本。その共通点と相違点

トゥキディデスの『戦史』を現代に引きつけて読むと、覇権国の米国人アリソン教授のような読み方にもなろう。だが、政治学の立場を離れて、1つの作品として読んでいると、日本人読者として感じるものがある。 

どういうことかというと、古代ギリシアは日本とよく似ているという感想をあらためてもつことだ。基本的にセム的な一神教が支配する以前の古代ギリシア世界は、日本とおなじく多神教世界であり、感覚的によく似ているものを感じるのだ。古代ギリシアの精神世界は、神道世界のようなものだからだ。「神託」だけでなく、何度も言及される「清め」の重要性。

とはいえ、大きな違いがあるのは、本居宣長がいうように「言挙げせずを良し」とする日本と違って、古代ギリシアでは「弁論」が大きなチカラをもっていたという点だ。 

トゥキディデスは『戦史』において、戦争とその関連情報のファクトベースの時系列による詳細な記述だけでなく、戦争の構造を浮かび上がらせるために「演説」(スピーチ)を多数引用している。 

演説のもつロゴスとパトスで相手を説得し、共同体(=都市国家)としての政策コースが決定されていく。この姿勢は、古代ギリシアから古代ローマに受け継がれ、西欧世界の根幹をつくりあげているのである。民主主義の根幹に、このスピーチのもつコトバのチカラがあることは、何度も繰り返しておくべきであろう。コトバへの不信感が強い現在の日本においては、とくに強調すべき事項だ。


以上、こんな感想をつれづれと書き連ねてみたが、やはり古典というものは、そのものを読む意味があるなと強く感じた次第。たとえ翻訳であっても、著者の息吹をそのまま感じることができるからだ。 


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トゥーキュディデース(紀元前460年頃~ 紀元前395年)。
ヘーロドトス(生没年不詳:前490年~前480年の間に生まれ、前430年から前420年の間に、60歳前後で死亡したとするのが一般的)


訳者プロフィール
久保 正彰 (くぼ まさあき)
1930年10月10日生まれ。西洋古典学者。広島県呉市出身。戦後、日本人として初めてハーバード大学を卒業し、日本における西洋古典学の地平を切り拓いた久保正彰教授。東京大に西洋古典学の研究室をつくり、世界的な拠点に育て上げた。
18歳で日本の成蹊高校を中退し、単身アメリカに渡り、フィリップス=アカデミーに編入。1953年、ハーバード大学卒業(古典語学・古代インド語学専攻)、1957年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。
1959年東京大学教養学部助手、1965年成蹊大学文学部助教授、1967年東京大学教養学部助教授、1975年に文学部教授、文学部長(1985~87年)、1991年退官し名誉教授、東北芸術工科大学初代学長(1992-98年)・名誉教授。
1992年12月に、日本学士院会員に選任、人文科学部門の第1部長・幹事を経て、2007年10月に第24代院長に就任(任期は3年で、2期を限度とする)。2013年任期満了し退任。2014年7月に松尾浩也の後任で学士会理事長に就いた(2016年6月に退任、後任は佐々木毅)。なお日本学士院第1部長在任中に「皇室典範に関する有識者会議」メンバーも務めた。
著訳書多数。(Wikipedia情報などをもとにした)。


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end

2020年9月28日月曜日

書評『帝国としての中国 ― 覇権の論理と現実』(中西輝政、東洋経済新報社、2004)― 「中華秩序」の本質に迫る



中国と日本の関係は、きわめて難しい。ただ単に地政学という観点からだけでは理解できない力学が働いているからだ。

日中の二国間関係を理解するためには文明史論的アプローチが必要だとして、それを実践した思索の軌跡が、本書『帝国としての中国-覇権の論理と現実-』(中西輝政、東洋経済新報社、2004 新版2013)の内容である。中国史の専門研究者ではなく、政治学者による「中華秩序」の本質に迫る試みである。

ただ本書は、思索の軌跡であって、結論ありきの本ではない。その意味では、整理されきった内容を説明するというよりも、読者と一緒になって過去にさかのぼりながら考え、一歩一歩手探りで進むという叙述の仕方になっている。著者の思考プロセスを追体験することになる。


■「帝国としての中国」が主導した東アジアの国際秩序

本書で考察が加えられるのは、「帝国としての中国」である。現在は中華人民共和国という共産主義国家で「皇帝」はいないが、中国は秦の始皇帝以来「帝国」という枠組みで統治が行われてきた。

「帝国」といえば、古代ローマ、ペルシア、トルコ、インド、ロシア、英国・・と世界史上に大きな存在感を示してきた。だが、「帝国」といっても、十把一絡げにはできないのである。さまざまな形態が存在してきたのであり、文明の個性がそのまま帝国の個性となっている。

中国もまた秦の始皇帝以来、ラストエンペラー溥儀に至るまで、2000年以上にわたって「帝国」として存在してきたが、きわめて特殊な統治形態をとってきたことはいうまでもない。

端的にいえば「華夷秩序」というあり方である。みずからを文明の中心とみなす中国を「華」とし、その周辺を非文明的な「夷」という存在が取り囲んでいるという世界認識にもとづく秩序のあり方だ。

政治経済的には「朝貢体制」にもとづき、「帝国としての中国」とのその周辺諸国家との関係で形作られる国際秩序のことだ。上下関係と階層構造で成り立っている「垂直的な秩序」である。

17世紀半ばの西欧で生まれて、現在ではデファクト・スタンダードとなっている「ウェストファリア体制」という、主権国家どうしの対等な関係をもとにした「水平的な国際秩序」とは異なり、華夷秩序は基本的に上下関係と階層構造をもって秩序である。

もちろん、主権国家どうしの関係が対等であるとする西欧のウェストファリア体制においても、現実には「覇権国」が存在し、政治経済そして軍事におけるスーパーパワーとして君臨し、国際秩序を維持してきた。19世紀の英国と20世紀の米国というアングロサクソン勢力である。

面白いことに、第2次世界大戦後の米国主導の秩序のあり方と、伝統的な華夷秩序は似ていると著者は指摘している。米国中心の国際関係において「同盟国」の位置づけが、実質的に上下関係となっているからだろう。現在の日本を考えれば、容易に理解できることだ。ということであれば、現在2020年代の米中対立は、似た者どうしの対立ということになる。



■「帝国」と周辺諸国家との「関係」に着目する

著者の中西教授は、「中国という帝国」そのものを真っ正面から分析しているわけではない。帝国の内部には、さまざまな少数民族が包含されているが、帝国の「内部」ではなく、帝国の「外部」に着目した分析だ。あくまでも中国の周辺諸国との「関係」のあり方に着目した分析である。

「中国という帝国」が、その影響力の及ぶ範囲内で、いななる「関係」を結んできたか、そしてその結果できあがった秩序とはいかなるものかに着目した、いわば搦め手のアプローチである。

中国の「中」は、中心の「中」ではないという指摘は重要だ。国(=國)という漢字が
意味するのは、囲いのなかに囲まれているという発想だ。

中国文明は「都市」において、商業活動を囲い、すなわち城壁のなかに囲い込むことで成立したのである。中国語で都市のことを「城市」というのはそのためだ。

中国文明の本質は、都市と商業であって、地方の農村ではない。この姿勢は現在まで一貫してつらぬかれてきたことは、現在においても「都市戸籍」と「農村戸籍」が別個の存在として併存し、国民として同等の権利を認められていないことにも示されている。

「ウチ」が中国であれば、当然のことながら中国の「ソト」との関係が問題になってくる。

中国大陸はユーラシア大陸の北東に位置し、東側の沿海部で海に節している。前者が「陸の中国」であれば、後者は「海の中国」となる。陸地でつながっている以上、ユーラシア大陸に発生した文明の影響を受けるのは当然だが、中国の「ソト」は内陸部だけではない。海の向こうにも存在することになる。海からの影響もあるということになる。

問題は、中国のウチとソトの境界がどうなるのかということだ。言い換えれば、中華秩序の限界についての認識はいかなるものかということだ。

具体的には、大陸においては西はトルキスタン、東は朝鮮半島となる。そして北はモンゴルなどの遊牧民南はベトナムなど海の向こうには日本と琉球があった(・・ここではかつて「化外の地」とされていた台湾は考察からはずしておく)。直接の脅威を防ぐバッファーとして西にトルキスタン、東に朝鮮があったと考えることも可能だ。帝国としての中国には、なくてはならない存在である。

東アジアの歴史的世界における中国と周辺諸国と諸民族の関係は、以下の3つの要因の相互作用と対峙のあり方で見るべきだと著者はいう。

① 中国と周辺各国とのあいだの政治・軍事的な力関係
② 華夷思想にもとづく、相互の「地位」と権威の上下関係(ハイアラキー)および、その実態や真の意図にかかわる現実との乖離
③ 周辺の側における、中国ないし「中華」との交流を求める貿易・文化的な動機

膨張と収縮を繰り返してきたのが「中国という帝国」だ。辺勢力がが軍事的に弱体化すれば膨張し、周辺勢力が軍事的に強大化すると収縮する。中華というのは文明概念であるが、タテマエ的な要素も強い。

国際政治においてモノをいうのは、なんといってもハードパワーとしての軍事力であり、そしてそれを支える経済力だ。ソフトパワーとしての文化はもちろん重要だが、それはあくまでも平時に限られる。有事にはむきだしの軍事力が浮上する。これは中国においても、なんら変わりはない。




■「朝貢国」であった朝鮮とベトナム、中国とはひたすら距離をとってきた日本の共通点と相違点

日中韓の東アジア3カ国というくくりは日常的に行われるが、儒教と道教、そして大乗仏教を受け入れたのは日中韓(・・韓国は朝鮮といいかえてよい)だけではない、ベトナムもまたそうだったのだ。

朝鮮とベトナム、そして日本の対中関係を歴史的に比較すると見えてくるものがある。

ベトナムは、地理的には東南アジアに位置し、現在の枠組みではASEAN加盟国家だが、インド文明の影響下にある上座仏教圏のタイやカンボジア、イスラーム圏のインドネシアやマレーシア、キリスト教圏のカトリック国フィリピンなどの国々とは異なる性格をもっている。

ベトナムは、日本や朝鮮とおなじく、儒教・道教・仏教の中華文明圏三点セットを受け入れた「中国文明」に属する国である。ただし、その濃淡に差異があることはいうまでもない。しかも、ベトナムは近代になってから西欧文明のフランスの植民地支配を受けている。

だが、中華文明に対する「求心力」と「遠心力」、地政学的なポジションから、東アジアの日本、朝鮮、ベトナムでは、中国との関係において共通点と相違点がある。

著者の枠組みにしたがえばこうなる。①順応、②対峙(たいじ)、③対決 である。対峙はもうすこしくわしく紹介しておこう。対峙と対決は、いっけんすると似ているが異なる概念である。


①順応: 積極的に華夷思想にもとづいて、いわゆる王化と事大の中華理念に則って行動するパタン。典型は、朝鮮
②対峙: 重大な齟齬を双方が認識しつつ「相互の沈黙」を基調とする永続的な「対峙」。典型は日中関係。
③対決: ときとして正面から力の論理によってぶつかり合う。典型はベトナム


「対決」の事例は3つの類型があった。中華が積極的な「外征」に出るケース。北方民族の「中原」進出によって逆に「征服王朝」として中華に君臨するケース。「北虜南倭」のような、周辺が恒常的に侵略してくるケースである。

地政学上の立ち位置から、朝貢国として「順応」して生きることを余儀なくされてきた朝鮮。おなじく朝貢国でありながら、中国文明以外との接点をもってきたため、「対決」と「融和」を巧みに使いこなしてきたトナム。そして、中国とは一貫して距離をとって「対峙」してきた島国・日本

とくに重要なのが、日本ではあまり顧みられることのない「中朝関係」について、過去事例を題材にかなり突っ込んだ分析を行っていることだろう。

ベトナムはさておき、日中韓の三国間の枠組みのなかで、朝鮮と日本は対照的な位置にあるからだ。朝貢国として生きてきた朝鮮と、そうならなかいよう距離をとってきた日本の大きな、そして根本的な違いである。

余談だが、日中関係と日米関係にかんしては膨大な蓄積がありながら、米中関係にかんして蓄積がないのと同様である。どうも日本人は三国間関係のなかで自分とは直接関係ない二国間関係について関心が薄いようで、イマジネーションするのが不得意のようだ。

朝鮮の朝貢負担の重さは、気の毒とさえいわねばなるまい。朝貢は、じつは経済的にうまみのある行為だったという理解されることが多くなっているが、朝鮮の場合はそうではなかったのである



16世紀末の「朝鮮出兵」、19世紀末の「日清戦争」、20世紀半ばの「朝鮮戦争」の共通性

16世紀末の「朝鮮出兵」、19世紀末の「日清戦争」、20世紀半ばの「朝鮮戦争」は、いずれも大陸勢力の中国と海洋勢力の日本(その後、日本を飲み込んだ米国)との戦いが朝鮮を舞台に行われたことが共通している。

この状況は「H」というローマ字の大文字で理解が可能だ。著者の中西氏は、『歴史としての冷戦-超大国時代の史的構造』(ルイス・ハレー、サイマル出版会、1970)の記述に言及しているので、ここではこの本から当該部分を長くなるが直接引用しておこう。

国際政治学者のルイス・ハレー氏は、冷戦時代の「朝鮮戦争」を地政学的現実だけでなく、歴史的背景を踏まえて的確に指摘している(*引用に際しては、仮名遣い等にかんして引用者=さとうが適宜修正を加えている)

(引用)
「戦略につうじた人が地図を眺めたら一目瞭然である。もし、中国と日本をHという字の2本タテの線と考えると、朝鮮半島は2本の線をつなぐヨコの線である。それは双方にとってお互いの侵略ルートであり、その結果双方の安全は、朝鮮半島を軍事的に占領するか否かいかかっていた。これは朝鮮人にとって不幸なことであった。ちょうどドイツ人とロシア人のあいだに挟まれたポーランド人が不幸であるのと同様であった。しかしそれは、北東アジアの安全と安定を考える上で、見逃すことのできない戦略的事実であった」(P.146)


引用を続けよう。ハーレー氏のような歴史的な見方をすると、1950年代の「朝鮮戦争」における米中激突が、けっして偶発的なものでなかったことが理解されるのである。


(引用 つづき)
朝鮮戦争をめぐる中国と日本の争いは、日本の建国以来絶えず続けられており、現在は米国が日本に代わって行っている。660年代には中国と日本は朝鮮で戦い、中国が勝った。  
 1590年代の朝鮮戦争は、1950年代の朝鮮戦争と驚くほど形が似ている日本は当時も、今日と同じく中鮮国境であった鴨緑江まがけて前進し、中国の大規模な反撃にあって、38度線以南に追い返された
 1890年代には、中国の国家が崩壊しつつあった反面、日本の勢力が増大し、ふたたび行われた朝鮮戦争では、今度は日本が勝って朝鮮は1945年まで日本の属領となった。
 しかし、米国が日本の力を継承し、同時に朝鮮の南半分を占領したとき、米国は以上の長い歴史が何を意味をするか気がついていなかった。朝鮮半島をめぐって、後に米国が中国と対決したのが、まったくの偶然的出来事であったというのは疑わしい
 

「1590年代の朝鮮戦争」とは、いわゆる「朝鮮出兵」のことである。明の征服を目的とすた秀吉が朝鮮半島に大軍を送った戦争のことだ。「1890年代の朝鮮戦争」とは、「日清戦争」のことである。清朝末期の日本との対決は、朝鮮半島と台湾を舞台に行われたのである。

大文字のHは、2本のタテ棒にはさまれた1本の横棒。2本のタテ棒は、それぞれ中国と日本(and/or 米国)、1本のヨコ棒は朝鮮である。大国に挟まれた小国という、半島という地政学上のポジションがもたらす苦難と悲哀である。

著者の中西氏は、16世紀末の「朝鮮戦争」に1章をあてて分析を行っている。朝鮮からの援軍要請に対して宗主国の明は、当初は援軍覇権を渋っていたという事実がある。朝貢国の朝鮮がひそかに日本と通じて中国に侵略してくるのではないかと疑っていたからだ。

援軍が派遣され明軍が日本軍と向き合うと、今度は明は朝鮮の頭越しに日本と講和交渉を開始している。宗主国にとっては、あくまでも自国が危険を感じたからこそ援軍を派遣したのであり、その脅威を取り除くために戦争をするか講和するかは、あくまでも宗主国次第なにだ。無条件で朝貢国を支援したわけではない。この冷厳たる事実こそ、「帝国としての中国」の支配の本質があると著者は見ている。

こういった歴史上の事例を追っていくと、おのずから中国と朝鮮の関係が明確になってくる。日清戦争の際もまた、朝鮮の頭越しに日中間で講和条約が交渉され、締結している。朝鮮戦争においても、実質的に米中戦争であったというのが、その本質というべきだろう。

となると、21世紀の現在、朝鮮半島情勢がどう動くか予断は許さないが、「旧宗主国」としての中国がどう朝鮮半島を「属国」とするかに注目すべきなのである。朝鮮が日本の植民地であった期間も、米国の同盟国となった韓国の歴史も、中国史のなかで見たら、ひじょうに短い期間であったに過ぎないのだ。


■「西洋の衝撃」(ウェスタン・インパクト)への対応

清朝の乾隆帝の時代、「三跪九叩頭礼」を拒否した英国使節のマッカートニー(・・同時期にオランダ使節はそれを苦もなくおこなっている)から約50年後、「アヘン戦争」(1840年)に中国はアングロサクソン勢力に屈服する。

そして、それからさらに約50年後、今度はいち早く「西欧近代化」路線を採用し、「ウェストファリア体制」に入った日本が「日清戦争」(1894年)で清朝を屈服させ、朝貢国の朝鮮を失ったことで、中華帝国は崩壊したのである。以後、中国は伝統的な支配システム放棄を余儀なくされることになった。

だが、「辛亥革命」(1911年)による清朝崩壊から、現在はまだ100年と少ししか立っていないのである。秦の始皇帝以来2000年に及ぶ中国王朝史の、わずか100年にしか過ぎないのである。

無意識レベルにまで浸透している華夷意識が、はたしてそう簡単に消えてしまうものかどうか、答えは自ずから出ているというべきだろう。国際協調を主張する中国だが、その根底部分では華夷意識が払拭されていないことは、北朝鮮と韓国への対応に明らかである。

本書が最初に出版されてから、すでに16年になるが、分析内容は古びていない。出版時点での「現在」はすでに過去のものだが、それよりはるかに古い「過去」を分析しているから、その分析内容には古びないものがあるのだ。

読者としては、その分析結果を「現在」にあてはめ、自分なりの現状分析に応用してみることに意義がある。


 (画像をクリック!



目 次  *( )は、内容の括りとして引用者(=さとう)が追加

まえがき
第1章 中国とアングロ・サクソンとの対峙

(「中国」とは、その本質)
第2章 「外に対する中」こそ「中国」の本質
第3章 中華秩序の膨張論理
第4章 「中華」と「周辺」との距離感覚
第5章 「アジア的粉飾」としての中華秩序

(中国と朝貢国・ベトナムとの関係)
第6章 「アジア的本質」を映す中越関係
第7章 中越のアジア的平和の構造

(中国と朝貢国・朝鮮との関係)
第8章 極東のコックピット(=闘鶏場)
第9章 北東アジアの「歴史的モザイク構造」 
第10章 中朝「唇歯の関係」の本質

(中国と異文明の北方遊牧民、異文明の西方との関係)
第11章 中華文明に対抗する「北方の壁」 

(中国と「西欧近代」を体現したアングロサクソン勢力との対峙と対決)
第12章 中国は「西欧の衝撃」を超えられるか 
第13章 現代中国が抱える「大いなる歴史の宿題」 
第14章 21世紀の中国と世界、そして日本

結びにかえて
参考文献


著者プロフィール
中西輝政(なかにし・てるまさ)
1947年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。この間、本書のテーマであるインテリジェンスを研究。京都大学助手、三重大学助教授、スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授、京都大学大学院教授(総合人間学部教授を兼任)等を経て、現在、京都大学名誉教授。情報史研究会理事長。 石橋湛山賞(1990年)、毎日出版文化賞・山本七平賞(1997年)、正論大賞(2002年)、文藝春秋読者賞(2001年、2005年)受賞。 主な著書に、『アメリカ外交の魂』(集英社)、『日本の「覚悟」』(文藝春秋)、『大英帝国衰亡史』(PHP文庫)、『なぜ国家は衰亡するのか』(PHP新書)、『帝国としての中国』(東洋経済新報社)、インテリジェンスの20世紀』(編著、千倉書房)等がある。(*出版社サイトより)



PS 本文の内容を増補して小見出しを1つ付け加えた。(2020年10月4日 記す)


現代中国


現代中国を考えるために読んだ5冊(2019年11月24日)ー『幸福な監視国家・中国』・『スッキリ中国論』・『習近平のデジタル革命』・『戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊』・『食いつめものブルース』

書評 『語られざる中国の結末』(宮家邦彦、PHP新書、2013)-実務家出身の論客が考え抜いた悲観論でも希望的観測でもない複眼的な「ものの見方」
・・「中国崩壊」をシミュレーションする

書評 『中国外交の大失敗-来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ-』(中西輝政、PHP新書、2015)-日本が東アジア世界で生き残るためには嫌中でも媚中でもない冷徹なリアリズムが必要だ
・・「近代以降の中国にとっての重要な課題は日本対策。重要なことは、すでに建国から70年を経過した中国は成熟段階に達しており、習近平のあとにつづく指導者も、毛澤東以来の「中国の夢」(チャイナ・ドリーム)の実現を追求する、という著者の指摘である。問題は、特異なパーソナリティの持ち主の習近平だけではない。中国共産党そのものにある、とする」

書評 『習近平-共産中国最弱の帝王-』(矢板明夫、文藝春秋社、2012)-「共産中国最弱の帝王」とは何を意味しているのか?


書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!

近代世界の国際秩序への挑戦者 カリフ制復活を主張する自称イスラーム国もまた


ユーラシア大陸の「専制国家」-ときに崩壊するがけっして死滅しない専制国家の本性

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ
・・中国はユーラシア大陸の「中心」に位置する「大陸国家」である

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・ユーラシア大陸と接していない島国の日本は「海洋国家」である

書評 『自由市場の終焉-国家資本主義とどう闘うか-』(イアン・ブレマー、有賀裕子訳、日本経済新聞出版社、2011)-権威主義政治体制維持のため市場を利用する国家資本主義の実態
・・「こういった権威主義政治体制のもとにおいては、なによりも国内問題を意識し、体制維持のための財源が必要だからだ。王政のもとにおいては臣民、それ以外の政治体制のもとにおいての一般民衆、かれらをすくなくとも経済的に満足させておけば、体制転換という誘惑を回避させることができるからだ。そのために国家は富を蓄積する必要がある」

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

ジャッキ-・チェン製作・監督の映画 『1911』 を見てきた-中国近現代史における 「辛亥革命」 のもつ意味を考えてみよう
・・なぜ孫文は「革命いまだ成らず」と言い残して死んだのか?


朝鮮半島問題は中国問題

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である

書評 『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』(鈴置高史、日本経済新聞出版社、2013)-「離米従中」する韓国という認識を日本国民は一日も早くもたねばならない
・・「離米従中」という国際秩序への貴族をめぐる朝鮮半島の先祖返り的状況

書評 『朝鮮半島201Z年』(鈴置高史、日本経済新聞出版社、2010)-朝鮮半島問題とはつまるところ中国問題なのである!この近未来シミュレーション小説はファクトベースの「思考実験」


「海洋国家」日本の取るべき道

「脱亜論」(福澤諭吉)が発表から130年(2015年3月16日)-東アジアの国際環境の厳しさが「脱亜論」を甦らせた

書評 『新 脱亜論』(渡辺利夫、文春新書、2008)-福澤諭吉の「脱亜論」から130年、いま東アジア情勢は「先祖返り」している

書評 『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」-機密公電が明かす、戦前日本のユーラシア戦略-』(関岡英之、祥伝社、2010)-戦前の日本人が描いて実行したこの大構想が実現していれば・・・

(2020年10月13日 情報追加)


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2015年5月7日木曜日

書評『なぜ中国は覇権の妄想をやめられないのか ― 中華秩序の本質を知れば「歴史の法則」がわかる』(石平、PHP新書、2015)― 首尾一貫した論旨を理路整然と明快に説く



テレビのコメンテーターとして、舌鋒鋭く日中問題について語る石平(せき・へい)氏。日頃から、石平氏が執筆する記事は読んでいるが、書籍としてまとまったものを読むのは今回が初めてだ。

『なぜ中国は覇権の妄想をやめられないのか-中華秩序の本質を知れば「歴史の法則」がわかる-』(石平、PHP新書、2015)は、まさに「首尾一貫」して「理路整然」という四文字熟語を二つ並べたような、簡潔でかつ密度の濃い一冊である。本書はこの問題にかんしては決定打ともいっていい内容ではないかと思う。

「覇権」とは「ヘゲモニー」(hegemony)ともいう。国際政治学の用語をつかえば「国際秩序」ということにある。
  
現代の国際秩序は、第二次世界大戦に勝利をおさめた米国主導のパックス・アメリカーナ(=アメリカによる平和)である。全盛期にくらべると弱体化がみられるが、それでも「法と正義」にもとづく「海洋自由の原則」による国際秩序は、第二次世界大戦後の経済的繁栄を支えてきた。

石平氏は、アジア太平洋地域という「場」における「国際秩序」を、前近代の「中華秩序」近代日本が主導した大日本帝国による「大東亜共栄圏」、そして日本を打ち負かした米国による「パックス・アメリカーナ」の3つを、歴史的に跡づけることで鳥瞰している。そして、現在の状況を「パックス・アメリカーナ」とふたたび復活しつつある「中華秩序」との覇権争いであるとする。

「中華秩序」とは、正式な歴史用語をつかえば「華夷秩序」となる。「冊封(さくほう)体制」ともいう。ユーラシア大陸東部の覇者・中国を中心とした国際秩序のことである。朝貢をともなう関係である。中国の皇帝が「天命」によって「天下」を司る「天子」として認知されるためには、国内だけでなく周辺諸国を中華秩序のもとに服させることが不可欠であった。

中国の周辺勢力に対して弱いときには「徳」を語り、周辺勢力が弱体化するとみるや「武」の力で圧倒するという二段構えである。「中華」という概念は、価値観の表明でもある文明概念であるが、じっさいには武力との両輪で理解しなくてはならないのである。

「中華秩序」の構築に成功すれば安泰であるが、構築に失敗するとあっという間に滅ぼされて取って代わられるという冷徹な現実。中国の王朝がすべて軍事力にもとづく「易姓革命」によって交代してきたことは歴史的事実である。

歴史的事実として、とくに日本人が想起する必要があるのは、300年ぶりに中国を統一した隋王朝についてであろう。聖徳太子が遣隋使に「日出づる処の天子、書を日没する 処の天子に致す、恙(つつが)なきや」という国書をもたせたことが有名だが、隋は朝鮮半島の軍事的制圧に失敗した結果、わずか37年で滅亡している。国内統一には成功したものの、「中華秩序」の構築に失敗したからである。

「権力は銃口より生まれる」といったのは毛澤東である。中国共産党はまさにそのとおりに実行し、1949年に国民党との戦いに勝利して中国の覇権を握った。中国数千年の戦略「養光韜晦」(ようこうとうかい)にもとづきチカラを蓄えてきた中国が、いま海洋進出にやっきになっているのは、そういう文脈から考えることができるのである。

「中華秩序」による中国の生存にとって、とくに不可欠なのが朝鮮半島と越南(=ベトナム)である。だがこの両者には大きな違いがある。歴史的に従属してきた朝鮮半島、歴史的に対抗してきたベトナム。歴史を知れば、おのずから現在を理解できる。

この「中華秩序」を破壊したのが近代日本であったという事実。これはしっかりとアタマのなかに入れておかねばならない。琉球処分と日清戦争における日本の勝利によって、「中華秩序」は破壊された。だからこそ、中国の指導者は絶対に日本を許せないのである。

国際社会に遅れて参入し、西欧近代化を選択して富国強兵路線をとった日本。だが、帝国を形成した日本は、帝国を維持することが自己目的化してしまい、大東亜戦争においては完膚無きまでに叩きのめされる。太平洋の覇権は、最終的にアメリカの勝利に終わった。米国の圧倒的な強さを肌身をつうじて知った日本は、太平洋地域においてはアメリカの「ナンバー2」として生きる道を選択して現在に至る。

このアメリカの覇権に対抗しようとしているが中国共産党なのである。中国共産党もまた、「中華秩序」構築に失敗すれば、その行く末はあえて書くまでもない結果となる。これは、本書を読めばおのずから明らかになることだろう。

みずから「新日本人」と語る石平氏は、生まれながらの「日本人」よりもはるかに意識が高い。なぜなら、みずからの意志であえて日本人になることを意志決定した人だからだ。だからこそ、自分がその国民の一人となった日本に対しては、生まれながらの日本人以上に、その命運にかんしては他人事では済まされないのである。

日本国民の一人としての真摯な発言であり、かつ「新日本人」だからこそ、フツーの日本人とは異なる視野でものをみることもできる。日本と日本人が、アジア太平洋地域で中国の属国とならずに生きていくためにはどうすればいいのか。熱い思いを底に秘めた、冷徹な分析に徹した一書である。

この一冊を読めば問題の本質が理解できる本として、つよく推奨したい。


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目 次

序章 「習近平アジア外交」に見え隠れする中華思想の亡霊
第1章 2000年の帝国史が教える「中華秩序」の実体と虚構
第2章 「中華秩序」を粉々に破壊したのは近代日本だった
第3章 毛沢東が失敗した中華帝国の再建、鄧小平の隠忍自重戦略
第4章 パックス・アメリカーナ in アジア VS 新中華秩序
終章 日本民族は「アジアの最終戦争」をどう乗り越えるべきか


著者プロフィール

石平(せき・へい)
1962年中国四川省成都市生まれ。1980年北京大学哲学部に入学後、中国民主化運動に傾倒。1984年同大学を卒業後、四川大学講師を経て、1988年に来日。1995年神戸大学大学院文化学研究科博士課程を修了し、民間研究機関に勤務。2002年『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)の刊行以来、日中・中国問題を中心とした評論活動に入る。2007年に日本国籍を取得。2008年4月拓殖大学客員教授に就任。2014年『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

現代中国

書評 『語られざる中国の結末』(宮家邦彦、PHP新書、2013)-実務家出身の論客が考え抜いた悲観論でも希望的観測でもない複眼的な「ものの見方」
・・「中国崩壊」をシミュレーションする

書評 『中国外交の大失敗-来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ-』(中西輝政、PHP新書、2015)-日本が東アジア世界で生き残るためには嫌中でも媚中でもない冷徹なリアリズムが必要だ
・・「近代以降の中国にとっての重要な課題は日本対策。重要なことは、すでに建国から70年を経過した中国は成熟段階に達しており、習近平のあとにつづく指導者も、毛澤東以来の「中国の夢」(チャイナ?ドリーム)の実現を追求するのだ、という著者の指摘である。問題は、特異なパーソナリティの持ち主の習近平だけではない。中国共産党そのものにある、とする」

書評 『習近平-共産中国最弱の帝王-』(矢板明夫、文藝春秋社、2012)-「共産中国最弱の帝王」とは何を意味しているのか?

書評 『中国台頭の終焉』(津上俊哉、日経プレミアムシリーズ、2013)-中国における企業経営のリアリティを熟知しているエコノミストによるきわめてまっとうな論 ・・中西輝政氏もこの本を詳しく取り上げている

書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!


ユーラシア大陸の「専制国家」

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ
・・中国はユーラシア大陸の「中心」に位置する「大陸国家」である

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・ユーラシア大陸と接していない島国の日本は「海洋国家」である

書評 『自由市場の終焉-国家資本主義とどう闘うか-』(イアン・ブレマー、有賀裕子訳、日本経済新聞出版社、2011)-権威主義政治体制維持のため市場を利用する国家資本主義の実態
・・「こういった権威主義政治体制のもとにおいては、なによりも国内問題を意識し、体制維持のための財源が必要だからだ。王政のもとにおいては臣民、それ以外の政治体制のもとにおいての一般民衆、かれらをすくなくとも経済的に満足させておけば、体制転換という誘惑を回避させることができるからだ。そのために国家は富を蓄積する必要がある」


ユーラシア大国の「専制国家」の崩壊

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

ジャッキ-・チェン製作・監督の映画 『1911』 を見てきた-中国近現代史における 「辛亥革命」 のもつ意味を考えてみよう
・・なぜ孫文は「革命いまだ成らず」と言い残して死んだのか?


「海洋国家」日本の取るべき道

「脱亜論」(福澤諭吉)が発表から130年(2015年3月16日)-東アジアの国際環境の厳しさが「脱亜論」を甦らせた

書評 『新 脱亜論』(渡辺利夫、文春新書、2008)-福澤諭吉の「脱亜論」から130年、いま東アジア情勢は「先祖返り」している

書評 『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」-機密公電が明かす、戦前日本のユーラシア戦略-』(関岡英之、祥伝社、2010)-戦前の日本人が描いて実行したこの大構想が実現していれば・・・


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2014年4月7日月曜日

書評『そのとき、本が生まれた』(アレッサンドロ・マルツォ・マーニョ、清水由貴子訳、柏書房、2013)― 出版ビジネスを軸にしたヴェネツィア共和国の歴史



日本でも観光地としてはもちろん、テーマとしても人気の高いヴェネツィアだが、活字印刷による出版がビジネスとして花開いたヴェネツィアを描いたこの歴史ノンフィクション作品は、ヴェネツィアをみる新たな視点を提供してくれる。ヴェネツィア共和国は、出版ビジネスの中心であったのだ。

『そのとき、本が生まれた』という日本語版タイトルの巧みさに引きつけられて読み始めたが、じつはヴェネツィア共和国の歴史なのだとわかり、「うれしい誤算」を喜びながら最後まで読んだ。なぜなら、わたしは本好きではあるが、それに劣らず旅好きであり、しかもヴェネツィア好きでもあるからだ。

これまでヴェネツィアは二度訪問している。最初はウィーンから直通夜行列車で、二度目はスロヴェニアの首都リュブリャーナから直通列車で入った。ともにかつてのハプスブルク帝国ゆかりの地であるが、駅から一歩出て目に飛び込んできた運河に驚いた初回は、とくに強く印象に刻まれている。
    
イタリア語の原題は、L'alba dei Libri. Quando Venezia ha fatto leggere il mondo (2012)。つい最近でたばかりの本である。直訳すれば、『本の夜明け:ヴェネツィアが世界を読んだとき』とでもなろうか。著者はヴェネツィア(Venezia)生まれ。ヴェネツィア大学で地元のヴェネト(Veneto)地方の歴史を専攻した週刊誌ニュース責任者。その意味では地方史あるいは地域史でもあるわけだ。




なぜ15世紀から16世紀にかけてのヴェネツィア共和国に出版ビジネスが確立し、欧州の一大中心地となったのか? そしてどんなタイトルの本が出版され、ヴェネツィア共和国内、そしてで欧州全土で流通し、さらには地中海世界やその他の輸出されていたのか? 知的好奇心を大いに刺激してくれる内容である。


「16世紀メディア革命」の担い手はヴェネツィアであった

本書は、活字印刷による出版業の産業史であり、情報史であり文化史でもある。書籍、出版、印刷業、情報、貿易、商業史、経済史、産業史、文化史、ヴェネツィア、経済覇権、メディア革命と、さまざまな観点からカレイドスコープのようにヴェネツィアの黄金時代を振り返る。

ヴェネツィアには、豊富な資本、商業ネットワーク、そして世界各国から人とモノが集まる港湾都市ならではの言論の自由があった。出版が成功するための要素が揃っていたのだ。出版ビジネスは、その本質において印刷機と金属活字への固定資産投資をともなう印刷業であり、かつ商品としての知識と情報を商う情報産業でもあった。どうやらこの時代には分業モデルは存在しなかったようだ。

ヴェネツィアで出版ビジネスが繁盛したのは、ヴェネツィアが海洋国家で貿易を中心とした商業国家であったことが大きい。つまり、海運と海軍力を必要とする国家であり、文字通り海外に雄飛するという進取の気性というマインドセットと「実学」が背景にあったことが大きい。

だからヴェネツィアで出版された本は、現在の日本と同様に実用書が多いというのも十分にうなづける話である。本書にはトピックとしての聖書印刷やヘブライ語のタルムードやアラビア語のコーラン印刷の話もでてくるが、出版点数が多かったのは軍事関係、医学書に美容書、料理本、そして楽譜といった実用書であった。

活版印刷の発明とメディア革命というと、どうしても15世紀ドイツのグーテンベルクの名前ばかりがでてくる。だが、実際に印刷を印刷業として、そしてその発展形である出版業として確立し、ヨーロッパ世界で覇権を握ったのは16世紀、すなわち近世(=初期近世)に入ってからのヴェツィア共和国である。だから「16世紀メディア革命」はヴェネツィアが担い手であり、その中心地であったというほうが正確なのだ。


「東方への窓」であった海港都市国家ヴェネツィア

ヴェネツィアというと、現在の日本では観光地以外で話題になるのは、「ヴェネツィア国際映画祭」「ヴェネツィア・ビエンナーレ」といった文化面でのイベントであろう。北野武監督など日本人も含めたアジア人アーチストが受賞することも多いこれらのイベントは、ヴェネツィアが「東方への窓」であった時代をほうふつさせるものがある。

欧州における経済と文明の中心が南部から北部にシフトし、海洋国家ヴェネツィアは英国に取って代わられるが、全盛期には欧州大陸内では中東欧、地中海ではクレタ島を領有し、商業ネットワークはオスマン・トルコやコーカサスまで及んでいたのである。

1453年のコンスタンティノープル陥落による東ローマ帝国(=ビザンツ帝国)滅亡により、ギリシア語をつかう知識人たちがヴェネツィアに亡命してきたが、ヴェネツィアの後背地にあるパドヴァ大学を活性化し、その結果ルネサンスで復興したギリシア・ラテンの古典が印刷出版される。1492年のレコンキスタによってスペインから追放されたユダヤ人はヴェネツィアに定住し、その地でヘブライ語の聖書とタルムードを印刷出版する。アラビア語の活字でコーランを印刷し輸出しようとしていた(!)というのも興味深い。

だが、教皇庁のおひざ元ローマで1542年にはじまった「異端審問」はヴェネツィアにも及び、禁書リストの作成と焚書も行われたのは、一時的とはいえヴェネツィアの出版ビジネスには打撃となったようだ。

アドリア海をはさんだ対岸のバルカン半島のセルビア人はセルビア語の、コーカサスのアルメニア人はアルメニア語の宗教文書をヴェネツィアで出版し、世界に散らばるエスニックコミュニティ向けに輸出していた。なんと1792年からソ連崩壊の1992年まで200年にわたり、ヴェネツィアがアルメニア語出版の中心地だった(!)のである。

本書は、ヴェネツィア好きの日本人読者向けに書かれたものではないので、やたら登場する日本人になじみのない固有名詞がわずらわしいかもしれない。イタリア人の名前は長ったらしいのだ。また、数字が異様にまで細かいので、文化史というよりも商業史としての要素もつよい。

本好きだが小説など文学作品しか読まないような人はすこし面食らうかもしれない。本書に登場するのはピエトロ・アレティーノのポルノ作品だけだから(笑)

だが、本が好きなら、しかもヴェネツィアが好きなら、もう言うことはない一冊である。翻訳もこなれていて読みやすい。


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目 次

第1章 本の都、ヴェネツィア
第2章 出版界のミケランジェロ、アルド・マヌーツィオ
第3章 世界初のタルムード
第4章 消えたコーラン
第5章 アルメニア語とギリシャ語
第6章 東方の風
第7章 世界と戦争
第8章 楽譜の出版
第9章 体のケア-医学、美容術、美食学
第10章 ピエトロ・アレティーノと作家の誕生
第11章 衰退、最後の役割、終焉
訳者あとがき

参考文献

 
著者プロフィール

アレッサンドロ・マルツォ・マーニョ(Alessandro Marzo Magno)
ヴェネツィア生まれ。ヴェネツィア大学でヴェネト史を専攻。週刊誌『ディアーリオ』の海外ニュース担当責任者として活躍中。おもな著書に、La guerra dei dieci anni. Jugoslavia 1991-2001 (10年戦争・ユーゴスラビア1991-2001)、Atene 1687. Venezia, i turchi e la distruzione del Partenone(アテネ 1687 ヴェネツィア、オスマントルコ、パルテノンの破壊)などがある。現在ミラノ在住(出版社サイトより)。

訳者プロフィール

清水由貴子(しみず・ゆきこ)
東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業。翻訳家。おもな訳書に、セルヴェンティ、サバン『パスタの歴史』(原書房)、カッリージ『六人目の少女』(早川書房)、ウェイクフィールド『早送りの人生 愛につつまれた最後の日々』(ソフトバンククリエイティブ)、シャーウィン『ドリーム・チーム  佐々木、イチロー、長谷川のマリナーズ2002』(朝日新聞出版)などがある(出版社サイトより)。


<ブログ内関連記事>

本についての本

書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ

書評 『脳を創る読書-なぜ「紙の本」が人にとって必要なのか-』(酒井邦嘉、実業之日本社、2011)-「紙の本」と「電子書籍」については、うまい使い分けを考えたい

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法

スティーブ・ジョブズの「読書リスト」-ジョブズの「引き出し」の中身をのぞいてみよう!


水の都ベニス(=ヴェネツィア)

かつてバンコクは「東洋のベニス」と呼ばれていた・・

三度目のミャンマー、三度目の正直 (2) インレー湖は「東洋のベニス」だ!(インレー湖 ①)


ヴェネツィアにおける出版物と「16世紀メディア革命」

エラスムスの『痴愚神礼讃』のラテン語原典訳が新訳として中公文庫から出版-エープリルフールといえば道化(フール)③
・・「異端審問」によって焚書となったエラスムスの『痴愚神礼讃』

「東洋文庫ミュージアム」(東京・本駒込)にいってきた-本好きにはたまらない!
・・ヴェネツィア人マルコー・ポーロの『東方見聞録』(・・しかも、ヴェネツィア1626年バージョン)が東洋文庫に所蔵されている。写真あり

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?


人類史におけるヴェネツィア共和国

世界史は常識だ!-『世界史 上下』(マクニール、中公文庫、2008)が 40万部突破したという快挙に思うこと
・・アメリカを代表する歴史学者マクニールのヴェネツィア史

盧溝橋事件(1937年7月7日)から77年-北京の盧溝橋が別名マルコポーロ橋ということを知るとものの見方が変わってくるはずだ
・・13世紀のヴェネツィア人マルコ・ポーロ

エル・グレコ展(東京都美術館)にいってきた(2013年2月26日)-これほどの規模の回顧展は日本ではしばらく開催されることはないだろう
・・当時ヴェネツィア共和国領であったクレタ島生まれのエル・グレコ

ひさびさに倉敷の大原美術館でエル・グレコの「受胎告知」に対面(2012年10月31日)

「自分の庭を耕やせ」と 18世紀フランスの啓蒙思想家ヴォルテールは言った-『カンディード』 を読む
・・オスマントルコとの交易拠点であったヴェネツィア

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)-「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか「考えるヒント」を与えてくれる本

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために

書評 『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2008)-12世紀からはじまった資本主義の歴史は終わるのか? 歴史を踏まえ未来から洞察する


「東方への窓」であったヴェネツィア

書評 『物語 近現代ギリシャの歴史-独立戦争からユーロ危機まで-』(村田奈々子、中公新書、2012)-日本人による日本人のための近現代ギリシア史という「物語」=「歴史」
・・クレタ島は長期にわたってヴェネツィア共和国領であった。その時代に生まれてスペインのトレドで活躍したのが画家のエル・グレコ(=ギリシア人)である

ブランデーで有名なアルメニアはコーカサスのキリスト教国-「2014年ソチ冬季オリンピック」を機会に知っておこう!

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)
・・レバント(東地中海)のキリスト教とイスラーム

(2014年7月14日 情報追加)


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