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2010年12月26日日曜日

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)-科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯




科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯

 充実した科学ノンフィクションであり、思想の自由をめぐって戦った一人の勇敢な科学者の生涯でもある。
 統計学が専門の数学教授で科学ノンフィクション作家アミール・アクゼル最新刊の日本語訳だが、読み物としては面白い。

 イエズス会士にして古生物学者であったフランス人ピエール・テイヤール・ド・シャルダンの生涯を縦糸に、進化論と形質人類学の発展史を横糸として織り上げた作品である。したがって、どちらに重点をおいて読むかによって、感想は違ってきて当然だろう。この両者をからませたから面白いと受け取るか、それとも両者ともに扱いが中途半端になっているので満足できないと感じるか。

 そもそも、科学と信仰という、いっけんして両立しがたいと思われていたテーマを生涯かけて追求したのが、本書の主人公であるイエズス会司祭テイヤール・ド・シャルダンである。最終的に『現象としての人間』という本に結実したテイヤールの思想は、進化論とキリスト教信仰を合致させたことにあった。テイヤールの思想に賛同するかどうかは、また別の問題である。
 20世紀のガリレオであるテイヤール神父が衝突したのは、進化論とくに人間の進化を否定する教会の教説であり、それはキリスト教の教義であるアダムとイヴの原罪説にダイレクトに抵触するものであった。


 欧州に置いておくことは危険すぎるとみなされたテイヤール神父は、たまたま派遣された北京にいたために、人類と猿人のミッシングリンクとなる北京原人(シナントロプス・ペキネンシス)発見の一人となった。これはまさに、シンクロニシティというべきか、セレンディピティというべきか、宗教者としてはさておき、科学者としてはきわめて幸運の持ち主であった。

 一方、科学上の知見をもとに、キリスト教教義の再解釈に手をつけることになったテイヤール神父の思想は、所属していたイエズス会からは過激思想であるとして、公にすることを徹底的に拒否されつづける。テイヤール神父が亡くなる1955年まで、イエズス会からは出版許可が下りなかったということは、いまから考えると驚くべきことである。

 イエズス会に属する組織人として、組織に忠誠を誓った司祭の、思想の自由をめぐっての静かで、かつ持続的な戦いは、最終的に本人が死ぬ事によって、初めて本当の勝利がもたらされることになる。

 第一次世界大戦でヨーロッパが壊滅的破壊をうけ、さらに第二次大戦において宗教への信頼が大きく喪失した時代のカトリック教会。
 「科学時代」に生きるわれわれは、一方ではスピリチュアルなものを求める気持ちが強い。晩年のテイヤール神父が、教会よりもイエスそのものを重視していたという事実は、「進化する神」というコンセプトとともにきわめて「ニューエイジ」的である。時代に先駆けていた先駆的思索者としての意味合いがきわめて大きかったことが理解される。

 進化論そのものはすでにカトリック教会も公認しているが、しかし依然として最初の生物発生の第一原因はいまでもわからないままだ。また、本書におけるテイヤール神父の思想の掘り下げはやや浅いように感じられる。カトリックの側からの評価をもっと知りたいところだ。
 現代でも、米国を中心に福音派(エヴァンジェリカル)のキリスト教徒は、進化論そのものを頭から否定している。これもまたごくごくフツーの日本人からしてみれば、不可解な話なのだが、この件については本書にはまったく言及はない。

 残念なことに、佐野眞一の解説は不要である。科学と信仰という2つのテーマを専門に追ってきたわけではないこの人は、本質からはまったく外れた解説に終始している。まったくのミスキャストであり、単行本初版にこのような解説をつけるのは意味がない。その意味では、むしろ立花隆のほうが適任であった。

 そのかわりに、人名索引と事項索引をつけるべきであった。これが本当の、読者への知的サービスというものではないだろうか?

 とはいえ、『現象としての人間』というロンセラーの作者の名前として、また北京原人の発見者の一人として、本書をきっかけにテイヤールの名前が再び日本で再認識されるきっかけになれば、本書の出版も意味があったことになるだろう。


<初出情報>

■bk1書評「科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯」投稿掲載(2010年8月26日)
■amazon書評「科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯」投稿掲載(2010年8月26日)

*再録にあたって加筆修正を行った。




目 次

プロローグ
第1章 晩餐会
第2章 進化のプレリュード
第3章 ダーウィンの飛躍的前進
第4章 石器と洞窟芸術
第5章 ジャワ原人
第6章 テイヤール
第7章 内モンゴルでの発見
第8章 アウストラロピテクスとスコープス裁判
第9章 流刑
第10章 北京原人の発見
第11章 テイヤール、ルシール、スワンと出会う
第12章 黄の遠征とモンゴルの王女
第13章 ルシール、スワン、北京原人を復元する
第14章 北京原人、姿を消す
第15章 ローマ
第16章 余波
第17章 化石の発見はつづく
第18章 北京原人はどうなったのか?
謝辞
付録1 
付録2 放射性炭素などの科学的測定法
訳者あとがき
解説=佐野眞一
参考文献


著者プロフィール

アミール・アクゼル(Amir D. Aczel)

1950年、イスラエルのハイファに生まれる。統計学者にして、世界的に評価の高い科学ノンフィクション作家。カリフォルニア大学バークレー校にて数学を専攻し、オレゴン大学で統計学の博士号を取得。各地の大学で数学や科学史を教えるかたわら、数理科学や科学者の伝記を織り交ぜたノンフィクション作品を精力的に執筆している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに増補)。



<原書タイトル>

Amir Aczel, The Jesuit and the Skull: Teilhard de Chardin, Evolution, and the Search for Peking Man, Riverhead Hardcove, 2007 
原題は直訳すれば、『ジェズイット(イエズス会士)と頭蓋骨-テイヤール・ド・シャルダン、進化論と北京原人の追跡』。
・・amazon.com のレビューが参考になるだろう。


<書評への付記>

 ピエール・テイヤール・ド・シャルダン(Pierre Teilhard de Chardin)は、1881年にフランスに生まれたイエズス会のカトリック司祭。中国の天津に派遣され際に「北京原人」の発見にかかわった古生物学者で地質学者でもある。そしてキリスト教と科学的知見を合体した,進化論をベースにした独特の思想を展開した人。1955年ニューヨークで死去。
 なお、名前がピエールで、テイヤール・ド・シャルダンが名字であるが、通称ではテイヤール神父と表記されることが多い。

 日本でもカトリック系のミッションスクールにはイエズス会経営のものが多いように、何よりも知性と教育を重視してきた会派である。

 イエズス会には、きわめて高い知性をあわせもった近代人が多い。中国の布教に従事したマッテーオ・リッチ、ヒエログリフの解読に挑んだパイオニアであるアタナシウス・キルヒャー、精神医学的歴史学のミッシェル・ド・セルトーなどなど。

 これはイエズス会のとってきた布教戦略と密接にかかわっている。現地布教にあたって、何よりも布教先の現地に役に立つ知的貢献を行うことで進出を容易にしようと試みたことだ。これについては、イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」をご覧いただきたい。
 イエズス会は多国籍企業の原型として、海外布教は国際進出のモデルケースとして、ビジネスマンからみると実に興味深い存在だ。


 本書のタイトルになっている「頭蓋骨」(スカル)は、聖遺物としての頭蓋骨ではなく、北京原人(シナトロプス・ペキネンシス)の頭蓋骨のことである。
 『北京原人追跡』(中薗英助、新潮社、2002)が日本側からみた「北京原人の行方」について追跡しているが、いまだに真相が明らかになっていないことは、 『神父と頭蓋骨』にあるとおりだ。
 北京原人が発見されたのは 1929年(昭和4年)、これがその後の日中戦争のなかで行方知れずになってしまったのである。


 聖遺物(relics)としての頭蓋骨といえば、イタリアのシチリアはシラクーザ(・・アルキメデスの故地)のカプチン修道院で頭蓋骨の山を見たことがある。ローマでもカプチン修道会の僧院の地下室で見た。
 修道士の頭蓋骨を保存するのはカトリックはもとより、ギリシア正教でも同様のようだ。まだいったことはないが(・・いや一生行くことはないかもしれないが)、聖山アトスにはそういった修道院があるようだ。

 Mememto Mori とは「死を忘れるな」というラテン語の文句だが、これはキリスト教に限らない。

 チベット仏教の高僧の頭蓋骨が販売されているのをラサのホテルで見たことがある。価格は2万円くらいだったので、一瞬買おうかという考えがアタマをよぎったが、次の瞬間、悪趣味なのでやめた。悪趣味なだけでなく失礼なことである。
 唯物主義の中国に実効支配されているチベットでは、頭蓋骨は聖遺物ではんく、単なる商品になってしまっているのかもしれない。

 タイの上座仏教では、人間の骸骨を前に行う瞑想法があるとも聞く。仏教版の Mememto Mori である。

 日本でも頭蓋骨含めた蓋骨が崇拝の対象になっている地域がある。庄内平野と出羽三山への旅 (12) 庄内平野の湯殿山系「即身仏」(ミイラ仏)を見て回るを参照されたい。

 そういえば、ブッシュ(ジュニア)前大統領も所属していたという、イェール大学のフラタニティ(兄弟団)に「スカル・アンド・ボーンズ」(Skull & Bones)というものがあった。頭蓋骨と骨をシンボルとする学生秘密結社である。


 アミール・アクゼルの科学ノンフィクションでは、『天才数学者たちが挑んだ最大の難問-フェルマーの最終定理が解けるまで-』(吉永良正訳、ハヤカワ文庫、2003)を読んだ。著者はもともと数学者であり、この本では、必ずしも日本人科学者に対して敵対的といった印象は受けないのだが、『神父と頭蓋骨』では日本側の記述を十分に活用しないで書いており、日本人に批判的な印象を受ける。

 「北京原人」の頭蓋骨が行方不明になった原因が、日本軍の華北進駐があることは疑いえないものであり、この点にかんして著者には思うところがあるのだろう。とはいえ、科学者にしては公平を欠くように思われる。
 

 テイヤール神父の生涯は、大きな業績を残した科学者であったが、生前には思想家としての業績は出版が許可されなかった。当時ローマ教会が進化論を完全否定していたこと、イエズス会という組織に属していたためである。しかしながら、司祭に叙階されていたがゆえに、イエズス会もその資格を剥奪することはできなかった。

 個人と組織の関係においても、テイヤール神父の生涯はいろいろ考えさせられるものがある。






<ブログ内関連記事>

書評 『正統と異端-ヨーロッパ精神の底流-』(堀米庸三、中公文庫、2013 初版 1964)-西洋中世史に関心がない人もぜひ読むことをすすめたい現代の古典

書評 『身体巡礼-[ドイツ・オーストリア・チェコ編]-』(養老孟司、新潮社、2014)-西欧人の無意識が反映した「文化」をさぐる解剖学者の知的な旅の記録
・・修道士にとって人間の骸骨は観想(メディテーション)のための材料である

『ウルトラバロック』(小野一郎、小学館、1995)で、18世紀メキシコで花開いた西欧のバロックと土着文化の融合を体感する
・・骸骨とメキシコの民俗文化

庄内平野と出羽三山への旅 (12) 庄内平野の湯殿山系「即身仏」(ミイラ仏)を見て回る
・・「即身仏」とは骸骨に袈裟を着せたものだ。2010年の9月、山形県にある「即身仏」を見て回った私の旅行記。カトリック聖者の聖遺物についても言及。

『バロック・アナトミア』(佐藤 明=写真、トレヴィル、1994)で、「解剖学蝋人形」という視覚芸術(?)に表現されたバロック時代の西欧人の情熱を知る

書評 『ドラッカー流最強の勉強法』(中野 明、祥伝社新書、2010)
・・イエズス会の目標管理制度と6年ごとの配置転換について言及

イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」
・・日本で布教に従事したイタリア人イエズス会士ヴァリリャーノ

「説教と笑い」について
・・東京カテドラルで行われた、カトリック司祭の叙階式に参加したときのことを中心に書いたもの

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!
・・梅棹忠夫は、直接会話はかわしていないが北京でテイヤール神父を見たと回想している

(2014年10月26日、11月25日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)







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