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2021年1月27日水曜日

書評『異文化理解力-相手と自分の真意がわかるビジネスパーソン必須の教養』(エリン・メイヤー、樋口武志訳、英治出版、2015)-ビジネスパーソンにとって真の「教養」となる「急がば回れ」の方法論

 
最近、その分野ではベストセラーかつロングセラーになっている本を読むことにしている。売れ続けている本とは読まれている本のことであり、それにはそれぞれ理由があるはずだからだ。 

今回はビジネスにおける異文化コミュニケーションの好著『異文化理解力-相手と自分の真意がわかるビジネスパーソン必須の教養』(エリン・メイヤー、樋口武志訳、英治出版、2015)。この本も気になっていて購入はしていたものの、しばらく積ん読状態となっていた。  

というのは、自分が以下のようなビジネス人生を送ってきたからだ。 


そんな時代には、米国の文化人類学者エドワード・T・ホールによる異文化理解のための本が、「実用書」としてよく読まれていた。当時は現在のように「ビジネス書」というジャンルが巨大化していなかったと思う。

私自身もその手の本はよく読んでいたし、実際にさまざまな国の人たちと公私の別なくかかわるようになってからは、異文化コミュニケーションは試行錯誤を経ながら実地で学んで、それなりにわかったつもりになっていたからだ。 

ところが、この本を読み始めたら、一気に魅了されてしまった。 日米間や日中間のような二国間の異文化問題ではなく、グローバル企業の多国籍状態の異文化コミュニケーション問題に本格的に対応した内容だったからだ。 

ビジネスの現場で遭遇する具体的な事例が万遍なく豊富に散りばめられており、しかもアドバイスがきわめて実際的で実践的だからだ。著者はもともと米国出身で、フランス人の配偶者とパリで暮らしている。著者の専門は、異文化マネジメントに焦点をあてた組織行動論である。 

ベースにあるのは、自分から見た異文化に対するリスペクトの意識である。敬意と礼節を踏まえたコミュニケーションが相手にアクションを促し成果をあげることにつながる以上、相手が属する異文化の背景と特徴を知ることは「急がば回れ」のマインドセットであり、ビジネスパーソンにとっての「教養」となるのである。飾りとしての「知識」ではなく、ビジネス界を生き抜くために必要な「教養」という意味において。


■「カルチャーマップ」でコミュニケーション問題を考える

本書の原題は "The Culture Map: Breaking Through The Invisible Boundaries Of Global Business”  である。「カルチャーマップ」とは、「見えない障壁」となっている「文化の壁」を8つの要素で見える化したものだ。以下のとおりである。 

1. コミュニケーション(ローコンテクストかハイコンテクストか) 
2. 評価(ネガティブ・フィードバックが直接的か間接的か) 
3. 説得(原理優先か応用優先か) 
4. リード(平等主義か階層主義か) 
5. 決断(合意志向かトップダウンか) 
6. 信頼(タスクベースか関係ベースか) 
7. 見解の相違(対立型か対立回避型か) 
8. スケジューリング(直線的な時間か柔軟な時間か) 

このように8つの要素で分析すると、単純でステレオタイプな文化理解がいかに浅はかなものか実感されるし、異文化間の違いがあくまでも相対的なものであることも実感されることになる。 

日本文化がどう位置づけされるかは直接本文を読んで確かめてみてほしいが、この本で有益なのは、日本人にとっての自文化と異文化の違いだけでなく、自分にとっては異文化どうしの関係についても理解できることだ。 

たとえば、アメリカ人とドイツ人の違いなど、日本人からみると意外な感じさえするのである。これはぜひ読んで確かめてみてほしい。欧米人とひとくくりにするのが無意味であるだけでなく、西欧人のあいだでも差異は大きいのである。もちろん言うまでもなく、アジア人のあいだの差異も大きい。 


■日本人と中国人の文化ギャップの大きさ

圧巻は、エピローグの「4つの文化のカルチャーマップ」であろう。フランスの自動車部品メーカーのバイスプレジデント(VP:日本企業でいえば部長クラス)の、深刻で切実な訴えに対する著者の回答とアドバイスだ。 

どういう訴えかというと、そのVPが率いるチームでもっとも深刻な課題は、フランス人と日本人や、フランス人と中国人のあいだではなく、中国人と日本人のあいだにあるものだという。 

その課題に対して、著者は「カルチャーマップ」の「8つの要素」で分析し、中国人と日本人が似て非なる存在であることを、じつに見事に「見える化」している。似て非なるとは、似ている側面と異なる側面の双方が存在するということだ。 


日本語タイトルの副題が「相手と自分の真意がわかるビジネスパーソン必須の教養」となっているが、本書で展開されている内容こそ、まさに「教養」というものだろう。「教養」とは、単なる「知識」ではないのである。勘違いしないことが重要だ。

「多国籍=多文化状態」のなかで仕事をしている人はもちろん、直接かかわっていなくても、異文化コミュニケーション問題に関心のある人は読んでまったく損のない本として推奨したい。 





目 次 
イントロダクション
1 空気に耳を澄ます-異文化間のコミュニケーション
2 様々な礼節のかたち-勤務評価とネガティブ・フィードバック
3 「なぜ」VS「どうやって」-多文化世界における説得の技術
4 敬意はどれくらい必要?-リーダーシップ、階層、パワー
5 大文字の決断か小文字の決断か-誰が、どうやって決断する? 
6 頭か心か2種類の信頼とその構築法 
7 ナイフではなく針を-生産的に見解の相違を伝える 
8 遅いってどれくらい?-スケジューリングと各文化の時間に対する認識
エピローグ
詳細目次


著者プロフィール
エリン・メイヤー(Erin Meyer)
フランスとシンガポールに拠点を置くビジネススクール、INSEAD客員教授。異文化マネジメントに焦点を当てた組織行動学を専門とする。異文化交渉、多文化リーダーシップについて教鞭をとり、グローバル・バーチャル・チームのマネジメントや、エグゼクティブ向けの異文化マネジメントなどのプログラム・ディレクターを務めている。世界で最も注目すべき経営思想家のひとりとして、「Thinkers50」ほかで紹介されている。


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