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2013年9月24日火曜日

書評『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)―「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ



本書『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)は日本近代政治史の第一人者が描いた明治維新「革命」における「革命家」西郷隆盛へのオマージュである。

たしかに現在76歳の著者がいうように、西郷隆盛ほど「虚像」がまかりとおってきた存在もないかもしれない。上野公園の銅像を筆頭に。だが、それは主に政治的志向のつよい知識人の世界の話ではあるまいか?

教育をつうじた「虚像」は、きわめて悪質なものであったと言わねばなるまい。

やれ征韓論を強硬に主張したとか、やれ西南戦争における不平士族の反乱の指導者であると、西郷に着せられた汚名の数々はそうした誤った史観の反映である。

それは左翼だけでなく右翼においても同様だった。その点は著書の見解には賛同する。

だが、鹿児島の人たちによる圧倒的な支持は当然のこととして、鹿児島出身者以外でも一般庶民のレベルにおいては、多くの一般人は一貫して西郷隆盛支持をつづけてきた。

だから、これまでじつに多くの人が西郷隆盛について書いてきたわけだ。

本書はその最新の一冊である。


■西郷隆盛こそ明治維新「革命」の構想者にして実行者

著者は本書のなかで何度も強調しているように、西郷隆盛こそ明治維新「革命」の構想者であり、かつ実践者であったということだ。


(お雇い外国人キヨッソーネ筆になる西郷隆盛の肖像画)

もちろん、革命といっても、かつて左翼のいわゆる「進歩派」の歴史学者たちが主張していたブルジョア革命ではまったくない。革命の主体がブルジョワ階級(・・商工業の経営層である中上層市民)ではなく、下級武士であったからだ。

西郷がやり抜いたことは、下級武士階級による武士の身分そのものの解体という過激な内容であった。これは、ただ徳川幕府を倒しただけではなく、クーデターという非常手段であるとはいえ、鎌倉幕府開設以来つづいてきた日本封建制700年の歴史に完全に終止符を打った(!)のである。これを「革命」と言わずして何が革命か!

西郷隆盛という人物が百年に一人の逸材というよりも、日本史においては「千年に一人の人物」であったことを意味していると受け取るべきかもしれない。

「革命家としての西郷」が、「土地本位の地方分権制としての封建制」に終止符をうつ廃藩置県まで構想していたということ、そしてその実現によって革命家としての西郷の使命は終わったこと。これは重要なことだ。日本が生き残るため、当時の情勢では強力な中央政府が不可欠であるという思想に基づいたものだが、西郷自身は中央集権制の建設者になるつもりはなかったのだ。

廃藩置県以降の西郷はすでにその使命(=ミッション)を終えていたのであるが、残る問題は革命の推進力となった「革命軍」をもてあましたことにある。、これはフランス革命でも、中国革命でも、イラン・イスラーム革命でも、「革命は銃口から生まれる」(毛澤東)という点において共通する事情だ。

西郷には軍事指導者としての卓越したリーダーシップがあっても、政治を動かすマネジメント能力が不足していたのは否定できない。奄美への島流しにあい、投獄もされ、その間の約4年半に政治的実践の場からは遠ざけられていたからだ。学問や胆力を積むことはできたが、この4年半の損失は政治家にとってはじつに痛かった。

だが重要なことは、生涯において一度たりとも攘夷主義者ではなかったという点。その点が、科学技術による開国を主張していた佐久間象山を尊敬し、その流れにある勝海舟とも気脈をつうじあえた所以である。吉田松陰の流れをくむファナティックな攘夷主義者との大きな相違点だ。

そして福澤諭吉の『文明論之概略』を愛読し大いに評価していたこと。福澤諭吉が西南戦争に際して西郷隆盛を政府の横暴に対する抵抗であると弁護したことは、たとえ会ったことはなくても、両者が互いにリスペクトしあっていたことを物語るものだ。


■日本近代政治史における西郷隆盛という存在

本書にかんしては、引用文に現代語をつけないのは、幕末の志士たちの息遣いがそのまま伝わってくるのが利点ではあるが、漢語の教養の乏しい現代の一般人にはやや厳しいかもしれない。

また最後の最後まで本書で不満に思ったのは、ではその政治構想がいかなるところから西郷に生まれたのかという点が不問に付されていることである。著者が政治史を専門とし、思想史は専門外であるためだろう。

「打てば響く」という大器の西郷を描くのはきわめて難しい。あまりにも人物が大きすぎるためだ。これまでじつに多くの人が西郷隆盛について書いてきたが、これからもまだまだ多くの人が書き続けていくことでであろう。

本書は、もっぱら西郷の視点で描いた幕末から明治維新にかけての13年間の政治史であり、壮年期のほとんどを「革命」に身をささげた西郷隆盛へのオマージュである。

熱い思いのこもった一冊である。


(西郷隆盛終焉の地とされる城山の洞窟 筆者撮影)


PS 西郷隆盛の終焉(1877年9月24日)

本日(2013年9月24日)は、奇しくも西郷隆盛が西南戦争最後の激戦地となった城山で没したした日である。

いまから126年まえの1877年(明治10年)のことであった。「もう、ここらでよか」という一言を残して部下に首をはねさせたのであった。享年51歳。

明治6年に新暦(グレゴリオ暦)が導入されていたので、まさにきょうこの日が西郷隆盛の命日にあたる。合掌。


(画像をクリック!)


目 次

はじめに
第1章 「攘夷」なき「尊王」論者
 1. 西郷登場のタイミング
 2. 「外圧」と挙国一致
第2章 安政の大獄と西郷隆盛
 1. 先達の挫折と西郷の登場
 2. 西郷と「留守薩摩」
第3章 西郷の復権
 1. 流刑中の中央政治
 2. 幕府の復権と西郷の復活
 3. 「公儀輿論」か「武力倒幕」か
第4章 大名の「合従連衡」から藩兵の「合従連衡」へ
 1. 「薩土盟約」と「大政奉還」
 2. 「官軍」の形成と二院制
 3. 西郷隆盛の限界
第5章 「革命」の終了と政権復帰
 1. 議会制か御親兵か
 2. 西郷における「革命」の終了
第6章 廃藩置県後の西郷 終章 西郷の虚像と実像
 1. いわゆる征韓論
 2. 台湾出兵と西郷
終章 西郷の虚像と実像
おわりに


著者プロフィール

坂野潤治(ばんの・じゅんじ)
1937年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。文学修士。東京大学社会科学研究所教授、千葉大学法経学部教授を経て、東京大学名誉教授。専門は日本近代政治史。主な著書に、『近代日本の国家構想-1871~1936-』(岩波書店、吉野作造賞)、『日本憲政史』(東京大学出版会、角川源義賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

(西郷隆盛終焉の地に建つ石碑 筆者撮影)


<関連サイト>

敬天愛人の原拠(田村貞雄 日本近代史)
・・西郷隆盛といえば「敬天愛人」。この「敬天愛人」の根拠は漢訳聖書にあるらしい。直接の典拠は、儒者でキリスト教徒であった中村正直にあるようだ。さらにさかのぼれば康煕帝の「敬天愛人」にある。福澤諭吉の『文明論之概略』を読み込んでた西郷隆盛ならありうる話だ



<ブログ内関連記事>

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)-近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本
・・著者による革命としての明治維新論。これもあわせて読むべき名著

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲)
・・壮年期の5年を離島への島流しのためフイにした西郷隆盛ならでこその名言

庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性
・・旧庄内藩士たちに与えた西郷隆盛の圧倒的な影響

書評 『封建制の文明史観-近代化をもたらした歴史の遺産-』(今谷明、PHP新書、2008)-「封建制」があったからこそ日本は近代化した!

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった
・・経済オンチの参議・西郷隆盛を、新政府の大蔵官僚として出仕した渋沢栄一がたしなめるシーンがある。西郷隆盛が政治的に封建制に終止符を打った「廃藩置県」だが、スムーズな実行を財政面から実現した立役者が渋沢栄一であったことは明記しておく必要がある

福澤諭吉の『文明論之概略』は、現代語訳でもいいから読むべき日本初の「文明論」だ

(2014年12月30日、2018年1月4日 情報追加)


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2011年12月29日木曜日

書評『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち ― 帝政転覆の主役を演じた背景を探る』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)― ユダヤ人と社会変革は古くて新しいテーマである



■ロシア革命とユダヤ系ロシア人の深い関係

「ロシア革命」に、社会変革を求める多くのユダヤ人たちが身を投じたことは、トロツキー(・・本名はブロンシュテイン)などの有名人を除けば一般にはあまり知られてこなかった事実かもしれない。

今年(2011年)、『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち-帝政転覆の主役を演じた背景を探る-』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)という本が出版された。

一般人の目に触れることはあまりない本だと思われるので、この機会に紹介しておきたい。関心があれば図書館で閲覧してみてほしい。

本書は、参考文献と目次までふくまれば600ページを超す大著であるが、人名索引は完備されているので、「ロシア革命におけるユダヤ人革命家辞典」として使うこともできるだろう。

ただし、固有名詞のロシア語表記がないのが玉に瑕ではあるが。また、表紙の肖像写真は、革命によって殺害されたニコライ二世なので内容にはあまりふさわしくないのだが。

本書で取り上げられたユダヤ人革命家は 500名で、著者はこれでほぼ9割はカバーされたのではないかと述べている。

これを意外と多いと思うか、あるいは少ないと思うかは読者の判断にゆだねられる。ユダヤ人とは何かという定義は、イスラエルでは「ユダヤ人の母から生まれた人」となっているが、本書ではなんらかの形でユダヤ人の血が流れている人が収録されている。かのレーニンでさえ、ユダヤ人のクオーターなのである。

近代に入って「解放」が進んで市民社会に参入し「同化」する道を選択した西欧社会のユダヤ人とは大きく異なる状況のもとに、ロシアのユダヤ人は生きていた。そしてアシュケナージ系ユダヤ人の大半の居住地域はロシア帝国内にあった。

当時のロシアに住むユダヤ人たちは、「社会主義」に社会変革の夢を託すという道か、あるいは父祖の地であるパレスチナに入植するという「シオニズム」の運動に身を託すという方向性があった。この両者のあいだにはグラデーションを描いてさまざまな運動があり、社会主義シオニズムという方向性もあった。

そもそもユダヤ人には、「メシア思想」と「終末論」がある。キリスト教に改宗したユダヤ人であったカール・マルクスの思想自体、「メシア思想」と「終末論」を色濃くもっていることは、「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む にも書いておいた通りである。

近代教育を受けた知識階層に社会主義思想がアピールしたのは、社会主義の根底に「千年王国的」な「ユートピア思想」があったこともその理由の一つであろう。知識階層の多くがユダヤ律法学者であるラビの家系に生まれている。ただし、近代教育を受けた社会主義者たちのようにユダヤ教の伝統を拒否した者たちと、むしろユダヤ教の伝統に還ることを志向した者にわかれたのも当然だろう。おそらく知識人以外の大多数を占める一般人はその中間であったろうが。

社会主義を選択したユダヤ人知識層は、社会主義革命によって民族問題は解決すると考えて、社会主義革命に理想を託したわけだった。その夢は「ロシア革命」後に、ユダヤ人差別が消滅しなかったため、無残にも打ち砕かれることになるのだが、あまり先走りすぎてもいけないだろう。

本書では、ロシア革命にいたる前史もふくめて、ユダヤ人革命家たちが分類されている。


●ナロードニキ(人民主義者)
●シオニスト
●エスエル(=社会革命党)
●ブンド(=リトアニア・ポーランド・ロシア・ユダヤ人労働者総同盟)
●メンシェヴィキ(=ロシア社会民主労働党が分裂して形成された社会主義右派)
●ボルシェヴィキ(=ロシア社会民主労働党が分裂して形成された、レーニン率いる左派の一派)
●秘密警察に属したユダヤ人革命家


まずは「目次」を見ておこう。

目 次

第1章 革命に走ったユダヤ人の原点
(1) 帝政末期とソヴィエト時代初期のユダヤ人の環境
(2) ユダヤ教の教え
(3) ユダヤ人の教育
(4) トロツキーの出自
(5) 非ユダヤ的ユダヤ人
第2章 19世紀最初のツァーリ二代とユダヤ人
(1) ユダヤ人弾圧の長い歴史
(2) エカチェリーナ二世の時代
(3) アレクサンドル一世の時代
(4) ニコライ一世の時代
第3章 「解放皇帝」のユダヤ政策
(1) 「解放皇帝」のユダヤ人に対する緩和政策とその停止
(2) 「解放皇帝」の暗殺にかかわた唯一のユダヤ人
(3) ウラジーミル・レーニンに流れるユダヤ人の血
(4) アレクサンドル二世時代のユダヤ人革命家リスト
(5) ドストエフスキーのユダヤ人観
第4章 ユダヤ人ナロードニキ
(1) ナロードニキ運動の誕生
(2) ナロードニキ運動にかかわったユダヤ人革命家リスト
第5章 反改革皇帝アレクサンドル二世
(1) アレクサンドル三世による虐殺と「慈悲を与えない政策」
(2)  追放されるユダヤ人
(3) 反ユダヤ政策への国際的批判
(4) アレクサンドル三世時代のユダヤ人革命家リスト
(5) トルストイ、チェーホフらのユダヤ人観
第6章 最後の皇帝ニコライ二世とユダヤ人
(1) ニコライ二世によるさらなる弾圧
(2) 反ユダヤ主義者とその暗殺者
(3) 次々と起こるポグロム(ユダヤ人集団虐殺)
(4) ラスプーチンとユダヤ人秘書シマノヴィチ
(5) ニコライ二世一家処刑にかかわったユダヤ人革命家
第7章 シオニズム運動の先駆者たち
(1) ロシアから始まったシオニズム運動
(2) 帝政末期、ロシアでのシオニズム運動にかかわた人々
第8章 社会主義諸政党のユダヤ人活動家
(1) 十月革命に奔走したユダヤ人革命家
(2) エスエル党所属のユダヤ人革命家リスト
(3) エスエル党以外のユダヤ人革命家リスト
(4) 「ユダヤ民主主義グループ」の活動家
第9章 ブンドで活躍した革命家たち
(1) ユダヤ人労働運動とブンド
(2) ブンドにおける革命家リスト
第10章 ユダヤ人メンシェヴィキ
(1) ロシア社会民主労働党とユダヤ人メンシェヴィキ
(2)  メンシェヴィキに属したユダヤ人革命家リスト
第11章 ボリシェヴィキの主要ユダヤ人
(1) 十月革命は「ユダヤ人の革命」
(2)  ボリシェヴィキに属したユダヤ人革命家リスト
第12章 秘密警察のユダヤ人リスト
(1) 秘密警察におけるユダヤ人革命家
(2)  秘密警察 に属したユダヤ人革命家リスト

付記 メドヴェジェフ・ロシア大統領の出自
「ロシア・ユダヤ人革命家」 年表
主な参考文献一覧
人名索引

目次を通読してみれば、ロシア帝国におけるロシア革命の歴史の概要が把握できるだろう。




■ロシアではなぜユダヤ人たちの多くが革命に身を投じたのか?

では、なぜユダヤ人たち帝政ロシアにおいて社会変革をつよく望んでいたのか。

それにはポグロムについて説明する必要があろう。ポグロムとは一般民衆やコサックなどによるユダヤ人虐殺のことである。

キリスト教世界では、ユダヤ人はイエス・キリストを磔(はりつけ)にかけたとして中世以来、憎悪の対象となってきたが、とくにロシアでは政府によって、計画的、組織的に徹底して行われたことを指摘しなくてはならない。

ある意味では、ナチスドイツによるホロコーストの先駆ともいえるもので、ポグロムを避けるために多くのユダヤ人が米国やパレスチナに移民したのである。『屋根の上のバイオリン弾き』でも、移民たちのことが描かれている。

ポグロムについてはと『ロシア社会とユダヤ人-1881年ポグロムを中心に-』(黒川知文、ヨルダン社、1996)が日本語で読めるもっとも詳細な研究書である。

もともとアシュケナージとよばれる東欧系ユダヤ人の多くはポーランドに居住していたのだが、三回にわたる「ポーランド分割」の最後となった1795年の「第三次ポーランド分割」によって、ポーランド・リトアニア共和国が完全に消滅し、東半分がロシア帝国に併合された結果、イディッシュ語をしゃべるユダヤ人たち約100万人がロシア帝国の臣民となったのである。

ポーランド時代は国王によって保護されていたユダヤ人たちは、東方正教会の盟主であるロシア皇帝の治世のもとでは、過酷な運命を迎えることとなった。それがポグロムというユダヤ人集団虐殺に代表される弾圧や差別である。

こういう状況のなか、「座して死を待つ」わけにはいかないと思ったユダヤ人たちの選択肢には大きく分けて二つあったのである。

それは、米国やパレスチナに移民として移住するか、あるいは革命家として積極的に内側から社会変革を行うかの道であった。

革命家としてロシア国内で内側から体制変革する道を選択したのは、いずれも知識階層である。

だが、大多数のユダヤ人は、資本家でも革命家でもなく、また移民したくてもそのカネがなければロシアにとどまらなくてはならなかったので、ロシア国内にとどまることとなった。


■ロシア革命と日露戦争

そういう状態であったロシアと日本が戦争になる可能性が高いと知ったユダヤ人投資銀行家が、自らのビジネスをつうじてロシアに圧力をかける道を選択している。

米国のドイツ系ユダヤ人の投資銀行家ジェイコブ・シフが日本の戦時公債を引き受けたのは、ロシアにおけるユダヤ人同胞の生存状況を改善させるため、ニコライ二世に圧力をかけるのが目的の一つであったことは、すでに高橋是清の盟友となったユダヤ系米国人の投資銀行家ジェイコブ・シフはなぜ日露戦争で日本を助けたのか?-「坂の上の雲」についての所感 (3) にも書いたとおりである。

また、明石元二郎陸軍大佐による後方攪乱工作もあった。

ロシアの帝政を倒そうとしていた革命家たちに資金援助をつうじた工作は、日本海海戦におけるロシアの敗北直後に発生した「血の日曜日事件」に実を結んでいる。一説によれば、スイスのチューリヒから封印列車によってレーニンを送り込んだのは明石大佐だと言われるが、真偽は定かではない。

このようなこともあって、ロシアのユダヤ人たちの存在は、近代日本にとってもけっして無縁ではなかったのである。

また、帝政ロシア時代に秘密出版されて出回った偽書『シオンの長老の議定書』(通称 プロトコル)というものがある。

これは現在でもユダヤ陰謀説の原典となっているが、ロシアから出てきたことに注意しておきたい。

ロシア革命によるソ連成立後に行われた干渉戦争である「シベリア出兵」の際、出征した日本陸軍が日本国内に持ち帰って日本国内でも広まることになった。

これがいまだに消え去っていないのはまことにもって残念なことだ。


■社会変革の二つの方法-革命家としてか、資本家としてビジネスをつうじてか?

「ロシア革命」によって、はたしてユダヤ人は「解放」されたのか? 社会主義革命は民族問題を解決したのか?

このテーマはまた運命の皮肉を語ってやまないものだ。革命に参加したユダヤ人の比率が高かったことがかえって、あだになったとさえ言えるかもしれない。

ユダヤ人革命家たちの多くが、スターリンのの粛清で命を失っていいるだけでなく、ソ連時代をつうじてユダヤ人がけっして幸せな生活を送っていたわけではないことは、出国を希望する者が多かったことにも表れている。

ソ連崩壊後は、民族国家が分離独立しただけでなく、多くのユダヤ系市民が、米国とイスラエルに移住して現在に至っている。

グーグルの共同経営者であるセルゲイ・ブリンもまた、少年時代にソ連から米国に移民したユダヤ人の一人。

一方、ソ連崩壊後にソ連出身のユダヤ人が大活躍したことは、エリツィン政権下ではユダヤ系の政治家が多かったことと、いわゆるオルガルヒヤの存在に端的に表れている。

オルガルヒヤとは英語のオリガーキー(oligarchy)、いわゆる寡占資本家のことである。ひらたくいえば、ソ連崩壊から民有化への移行期に財産を形成した大富豪たちのことだ。

だが、かれらの多くは行き過ぎたため反感を買い、弾圧の対象となって、その多くが国外逃亡したり、投獄されている。かえってソ連崩壊後に反ユダヤ主義が拡大しているありさまだ。

大富豪となると私財を使って政治に進出する誘惑にかられる。そして一線を越えたことに気がつかず、真の権力者の虎の尾を踏んでしまうことになったわけだ。

この点においては、日本の戦時国債を引き受けたドイツ系ユダヤ人の米国人投資銀行家ジェイコブ・シフは政治家をめざしはしなかったものの、自らのビジネスをつうじて社会変革を行おうとした人であったことがわかる。

みずからが政治に乗り出さなくても変革を行う手段はいくらでもある。先に名前をだしたセルゲイ・ブリンは革命家ではないが、「検索」によって世界を変革する夢を実行している点において「革命家」といっても言い過ぎではないかもしれない。

このように、左派であれ右派であれ、変革を志向する傾向がユダヤ人には強い。左派は社会主義者として、右派は資本家や実業家として。もっとも、左派と右派はそう簡単には区分はできないものであるが。

したがって、「革命とユダヤ人」というテーマは、古くて新しいのである。だからこそ、ロシア革命に多くのユダヤ人革命家たちが身を投じたことは、歴史的事実として知っておきたいことなのだ。


<参考文献>

『ロシア社会とユダヤ人-1881年ポグロムを中心に-』(黒川知文、ヨルダン社、1996)

『葛藤の一世紀-ロシア・ユダヤ人の運命-』(サイマル出版会、1997)は、『ロシア・ソヴィエトのユダヤ人100年の歴史』(ツヴィ・ギテルマン、池田智訳、明石書房、2002)として再刊。ソ連成立後のユダヤ人の歴史についても詳しい。果たして「ロシア革命」によってユダヤ人は「解放」されたのか?



PS ロシアとユダヤ人の関係について、手っ取り早く知りたい人は、『ロシアとユダヤ人-苦悩の歴史と現在(ユーラシア・ブックレット)』(高尾千津子、東洋書房、2014)をすすめます。63ページの小冊子なのでザッとつかむにはよいでしょう。(2014年5月31日 記す)



<ブログ内関連記事>

高橋是清の盟友となったユダヤ系米国人の投資銀行家ジェイコブ・シフはなぜ日露戦争で日本を助けたのか?-「坂の上の雲」についての所感 (3) 
・・ロシアのユダヤ人を救うことも目的の一つであった

「メキシコ20世紀絵画展」(世田谷美術館)にいってみた
・・ウクライナの富農の家に生まれたトロツキー(・・本名レフ・ブロンシュテイン)もまたロシア革命に身を投じたユダヤ人。晩年はメキシコに亡命し、その地でスターリン主義者に暗殺された

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む
・・社会主義のメシア主義的な構造について

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・
・・強制収容所のテレージエンシュタットを生きのびたユダヤ思想家の著者でユダヤ教の本質を知る

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)

書評 『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?

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