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2014年7月17日木曜日

書評『明治キリスト教の流域 ― 静岡バンドと幕臣たち』(太田愛人、中公文庫、1992)― 静岡を基点に山梨など本州内陸部にキリスト教を伝道した知られざる旧幕臣たち



『明治キリスト教の流域-静岡バンドと幕臣たち-』(太田愛人、中公文庫、1992 単行本初版 1979)は、静岡から山梨県や長野県など本州内陸部に向けて伝道活動を行った旧幕臣のキリスト教徒たちの、知られざるエピソードを取り上げた人物伝である。

「明治キリスト教」というタイトルだが、日本文学史においては明治時代はキリスト教の時代であったというのはある意味では「常識」だろう。

だがもちろん文学だけではない、きわめて広い分野にわたってキリスト教の影響が及んだことを無視しては明治時代というものを真に理解することはできないのである。

「明治キリスト教」の特徴は、フレーズ的に要約してしまえば、「英語・アメリカ・キリスト教」となる。つまりアメリカを中心とする宣教師たちによって、英語で伝道されたプロテスタントのキリスト教なのである。これが戦国時代後期から末期にかけてのキリシタンとは異なる点だ。

ただし、本書の副題にある「静岡バンド」においては、それはアメリカが先鞭をつけ、のちにカナダが引き継ぐことになる。



■静岡に移封された旧幕臣たちとキリスト教

「静岡バンド」のバンド(band)とは同志的結合という意味だ。Boys, be ambitious ! のクラーク博士の感化を受けた内村鑑三や新渡戸稲造の「札幌バンド」、いちはやく開港して世界への窓口となった横浜の「横浜バンド」は比較的よく知られている。

「熊本バンド」についても、昨年(2013年)のNHK大河ドラマ『八重の桜』において、同志社の初期の主要メンバーとして登場していたのでご記憶の方も多いだろう。

だが、「静岡バンド」については、意外と知られていないようだ。静岡バンドという表現が著者の造語によるものであることらしいのもその理由の一つだろうが、地方伝道を中心としたカナダ・メソジスト教会の方針とも関係があるのかもしれない。

そもそも維新の「負け組」となった徳川将軍家と旧幕臣たちが静岡に減封された歴史に密接にかかわっているからだ。

歴史というものはつねに勝者の側からのみ語られがちである。明治維新もまた勝者である薩長の側からつねに語られてきた。そのため、減封されて静岡藩に移動した約8万人の旧幕臣とその家族たちが、困窮のなかで塗炭の苦しみを味わったことも語られることはほとんどないのである。

そんな苦難のなかで出会ったのがキリスト教であった。維新の「負け組」となった彼らのなかには、英学を中心とする洋学とともにキリスト教を受け入れ、キリスト教を精神のよりどころ、学門を武器にして再起を図ったのである。

その象徴的存在が静岡学問所で教鞭をとった元儒者の中村正直(敬宇)であった。明治時代の一大ベストセラー『西国立志篇』の訳者である。英語の Self Help(自助論)をリズミカルな文語体で訳したこの本は、旧幕臣のみならず多くの若者たちをインスパイアしたのであった。中村正直が洗礼を受けたのは40歳になってからのことだという。

中村正直をキリスト教に向かわせた「静岡のクラーク」と呼ばれたアメリカ人教師、カナダ・メソジスト教会の宣教師で医師のマクドナルド、最初の日本人牧師となった土屋彦録や山中共古、ジャーナリストの山路愛山といった人物が本書に取り上げられられている。

その多くが薩長主導の藩閥政府に出仕することを拒み、在野の立場を守りながら、あくまでも地方の精神的指導者として教育や社会運動に身を挺した人たちである。

まさに山路愛山が喝破したように、「精神的革命」の担い手は維新の「負け組」であったのだ。 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)に描かれている人たちと合わせ読むと、この意味がよく理解できることだろう。野にあってプリンシプルとプライドを貫き通した人たちがいたのである。

牧師である著者自身、長く地方の教会にいて、地方からの視点でものを見てきた人らしい。とかく中央の目線になりがちなのは、プロテスタント教会においてもかわらないようだ。そんな地方からの目線で捉えられたのが「静岡バンド」という存在なのである。


(静岡と山梨は富士川「流域」としてつながっていた)



■山梨とカナダ・メソジスト教会

NHKの連続テレビ小説 『花子とアン』の主人公・村岡花子は、カナダの少女文学『赤毛のアン』の翻訳で有名だが、山梨県の甲府出身である。カナダ・メソジスト教会が設立した東洋英和女学校で英語を学んだのは、山梨県が「静岡バンド」の伝道の結果、カナダ・メソジスト教会の布教地域となったことと関係しているのである。

「静岡バンド」の日本人牧師たちは、静岡県から富士川をさかのぼって甲府方面に布教を行ったのである。だから、いまでも静岡と山梨、東京のトライアングルに東洋英和が存在するのである。

その布教にあたった牧師の一人が山中共古(やまなか・きょうこ)。本名は山中笑(えむ)といい、彼も旧幕臣の出身であった。静岡でカナダ・メソジスト教会の宣教師になった。

民俗学にくわしい人であれば、山中共古といえば柳田國男の先駆者として記憶していると思う。共古は失われ行く民間の風俗習慣を記録として残すことに意義を感じて、布教先でフィールドワークを行い、聞き取り内容を記録としてまとめている。民俗調査は、布教対象の人々をよく知るためという意味もあったらしい。牧師としての山中共古について書かれているのは本書ならではの特徴だ。

ちなみに共古は、信仰というものは心から欲する人が受け入れればいいのであって、押しつけるものではないと考えていたらしい。このエピソードは、中国の青島(チンタオ)に派遣されていたドイツのプロテスタント神学者で宣教師であったリヒャルト・ヴィルヘルムを想起させるものがある。

中国文明に心酔し、『易経』や『黄金の華の秘密』をドイツ語に翻訳して心理学者のユングに激賞されたリヒャルト・ヴィルヘルムは、ドイツの植民地であった青島には25年間滞在していながら、一人の中国人もキリスト教に改宗させなかったことを誇りにしていたという。プロテスタント系の宣教師のエピソードとして、余談ながら付記しておく。



■永井荷風とキリスト教の深い関係

「永井荷風とキリスト教」もまた、牧師としての著者の幅広い関心が取り上げたきわめて重要な視点である。

なるほど、戯作者を自称し、『腕くらべ』や『墨東綺譚』など、遊里の世界や私娼窟などの世界を好んで書いてきた永井荷風だが、書くものに一本筋の通ったプリンシプルが感じられるのは、明治の初期にプロテスタントのキリスト教を受け入れた家系の人であったことが大きいようだ。

長身で黒い背広を着ていた荷風は、ときどき牧師と間違われたらしい。本人はキリスト教信仰からは距離を置いていたとはいえ、次弟の貞二郎は牧師でもあった。しかも母親もキリスト教徒、父親は洗礼は受けていなかったがキリスト教式の葬儀を希望したという。そもそも儒者の妻であった祖母が明治の早い時期にキリスト教徒になった人であった。

戦時下には毎日フランス語の聖書を読んでいたという荷風は、フランス的なモラリストの側面もありながら、キリスト教的なものが知らず知らずのうちにその骨格を形成していたのかもしれない。

この本を最初に読んだのは、1992年に文庫化された直後のことであったが、そのとき強く印象にのこったのが山中共古と永井荷風のエピソードであった。22年ぶりに通読してみて、やはりこの二人の印象がきわめて強いのを感じた。



■「外面的な近代化」と「内面的な近代化」

日本の「近代化」は、維新政府による上からの制度改革として進行したのだが、倫理という側面で人間精神の内面に大きな影響を与えたのが、アメリカを中心としたプロテスタント系のキリスト教であったことは強調すべきであろう。

禁酒禁煙、廃娼や孤児救済などの社会福祉、家庭(ホーム)重視や女子教育など、維新政府が近代化にあたって重視することなく後回しにした、精神面の改革を担ったのがキリスト教の影響を受けた人たちであった。


政治経済など「外面的な近代化」がとうの昔に完成した日本であるが、いまだに「内面的な近代化」が完全に進まないまま現在に至っている。

「外面的な近代化」は、義務教育や軍隊という「制度」という形から入って、時間厳守などの規律を日本人に内面化させたが、倫理面では旧態依然とした前近代的な状態が続いているような気がしてならない。

シヴィリティ(=文明的礼節)を欠いたまま、人権問題などさまざまな問題が噴出しているのが現在の日本である。その原因がどこにあるのか考えてみることは必要なことだ。「近代化」が完成し、「近代」がすでに終わっている日本だが、積み残しの課題があることを忘れてはならない。

その意味でも、読みやすくて内容豊富なこの本は、ぜひなんらかの形で復刊してほしいと思う。中公文庫からでもいいし、あるいは講談社学術文庫や岩波現代文庫あたりでもいいかもしれない。

「地方の時代」である現在、顧みてしかるべき良書である。


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目 次

はしがき
Ⅰ 静岡バンドの人びと
 1. 維新と幕臣-時代の陰の人びと
 2. 化学教育の先駆者-静岡のクラーク
 3. 御儒者の回心-中村正直 
 4. 洋学者の家系-杉山孫六と土屋彦六
 5. 医療宣教師-マクドナルド
 6. 民俗学の開拓者-山中共古 
 7. 在野の史家-山路愛山
Ⅱ  明治プロテスタント的人間像
 1. 明治女学校と小諸議塾の創設者-木村熊二
 2. 社会主義的運動の指導者-安部磯雄
 3. 北方の人-新渡戸稲造 
 4. 永井荷風とキリスト教 
 5. 信州穂高の研成義塾と井口喜源治
あとがき
文庫版あとがき
参考文献


著者プロフィール

太田愛人(おおた・あいと)
1928年、岩手県盛岡市生まれ。東京神学大学大学院修了。日本キリスト教団の大町(長野県)、柏原(同)上星川(神奈川県)の各教会で牧師を歴任。現在は社会福祉法人愛の家ファミリーホーム理事長。著書『羊飼の食卓』(現・中公文庫)で第28回日本エッセイストクラブ賞を受賞(2009年出版の著書に記載の情報)。



<参考> 山梨県におけるカナダ・メソジスト教会の宣教

『日本の近代社会とキリスト教(日本人の行動と思想 8)』(森岡清美、評論社、1970)は、 ぜひ復刊を望みたい基本書
・・山梨県におけるキリスト教の布教については以下の目次を参照

4. 日下部メソジスト教会 (・・カナダ・メソジスト教会系、勝沼方面)
  日下部教会への関心/教線勝沼方面に伸びる
  指導的信徒像/日下部教会の成立
  教勢伸張の背景/東方区の分割
  小野と自給独立/自給問題の背景
  自給への歩み/信徒の苦心
  自給の達成/自給達成への契機
  勝沼教会との比較/教勢の発展

  組合を足場として/禁酒運動との結合
  禁酒運動と地域社会/西保村の禁酒運動
  各地の禁酒運動


<参考>


・・「静岡バンド」の背後にある知的リーダーであった中村正直、アメリカ人教師クラークなどは、みな静岡藩が設置した静岡学問所関係の人たちであった。洋学として、先進国である英仏の学を中心としていた。「もう一人のクラーク」の感化でキリスト教の洗礼を受ける者もでた。「静岡バンド」はクラークの後任のカナダ人宣教師マクドナルドである

目 次
はじめに
1. プロローグ
2. 江戸幕府の遺産
3. 新しい教育
4. 全国への影響
5. 学校の内実
6. 廃藩後の存廃と廃校
7. エピローグ
静岡学問所の教授・職員一覧
静岡学問所関係年表
参考文献
あとがき
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<ブログ内関連記事>

■「静岡バンド」の影響圏

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む
・・「敗者」(=負け組)となった旧士族たちがキリスト教を選択したのはなぜか?

書評 『聖書を読んだサムライたち-もうひとつの幕末維新史-』(守部喜雄、いのちのことば社、2010)-精神のよりどころを求めていた旧武士階級にとってキリスト教は「干天の慈雨」であった

『自助論』(Self Help)の著者サミュエル・スマイルズ生誕200年!(2012年12月23日)-いまから140年前の明治4年(1872年)に『西国立志編』として出版された自己啓発書の大ベストセラー
・・日本に紹介した中村正直は幕臣で儒者出身のキリスト教徒

NHK連続ドラマ小説 『花子とアン』 のモデル村岡花子もまた「英語で身を立てた女性」のロールモデル
・・カナダ・メソジスト教会が設立した東洋英和というミッションスクール

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃、多くの関連本が出版されていた-『誇りてあり-「研成義塾」アメリカに渡る-』(宮原安春、講談社、1988) 
・・「Ⅱ-5 信州穂高の研成義塾と井口喜源治」について参考になる


■明治生まれの文学者とキリスト教

永井荷風の 『断腸亭日乗』 で関東大震災についての記述を読む
・・「この度の災禍は実に天罰なりと謂ふべし」と『断腸亭日乗』に記した荷風。この「天罰」という表現には、旧約聖書の怒れる神のイメージが投影されているのかもしれないと考えてみることも必要かもしれない

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる
・・国文学者で民俗学者であった折口信夫は大東亜戦争末期に聖書を読んで衝撃を受ける。折口信夫は「明治時代はキリスト教の時代」とも語っている


■日本近代化の歪み

『近代の超克ー世紀末日本の「明日」を問う-』(矢野暢、光文社カッパサイエンス、1994)を読み直す-出版から20年後のいま、日本人は「近代」と「近代化」の意味をどこまで理解しているといえるのだろうか?
・・近代化の成果である「日本国B」の下に厳然として存在し続ける「日本国A」の存在。シヴィリティ(=文明的な礼節)を欠いた日本人は「近代化」の歪みの反映


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2013年10月15日火曜日

書評『聖書を読んだサムライたち ― もうひとつの幕末維新史』(守部喜雄、いのちのことば社、2010)― 精神のよりどころを求めていた旧武士階級にとってキリスト教は「干天の慈雨」であった

(表紙カバ-は、宣教師フルベッキと若き武士たち)


明治時代はキリスト教の時代といわれるほど、じつに多くの青年や若い女性がキリスト教に触れ、キリスト教の洗礼を受けたのであった。

それはキリスト教を伝道する側の熱情だけではなく、キリスト教を受け入れる側にも生まれていた熱情からきたものなのであった。第二次グローバリゼーションの大波のなか、近代化を西洋化として開始した日本にとって、キリスト教はそのバックボーンとして、受け入れるにせよ排除するにせよ、けっして無視できない存在であった。

本書『聖書を読んだサムライたち ー もうひとつの幕末維新史』は、オランダ人宣教師フルベッキからはじまる流れを、人物中心のエピソード集として一冊にまとめたものである。

基本的にキリスト教宣教の立場から書かれているので、やや主張の展開に強引ではないかと思う個所がなくもないが、幕末維新から明治時代前半にかけての流れを知るには手ごろな一冊といえるだろう。

『武士道』(Bushido)の新渡戸稲造や、『余は如何にして基督信徒となりし乎』の内村鑑三がその典型であるが、明治時代以降キリスト教徒になった初期の日本人には旧武士階級出身者が多い。

第一次グローバリゼーションの戦国時代末期に伝来したカトリックとは異なり、聖書を読むことに重きをおいていたプロテスタント諸派にとって、儒教を中心として漢学を修めていたことで武士階級は読み書きの基礎学力があった点、伝道相手としては格好の存在であったことだろう。

旧武士階級、なかでも精神のよりどころを求めていた没落士族にとっては「干天の慈雨」というべきものだったのだろう。武士として仕えるべき主君を失い、渇きを求めた精神は水を吸うようにキリスト教を吸収したのであった。

終章で福澤諭吉を取り上げているのは、著者が慶應義塾大学卒業というだけではない。キリスト教排撃論者として知られていた福澤諭吉は、じつはキリスト教には理解があり、のちには自分の考えを改め、それを新聞論説で公表している。

おそらくかの有名なフレーズ「天は人の上に・・・」にでてくる「天」は、キリスト教の「天」(Heaven)も念頭にあったのかもしれない。

著者は言及していないが、西郷隆盛の有名な「敬天愛人」もキリスト教と関係があるという説もあるくらいだ。『自助論』の翻訳者・中村正直をつうじて知ったものらしい。中村正直は儒者でキリスト教徒になった人だ。

個々の人物についての深掘りはないのがやや物足りないが、一般にはあまり知られていないエピソードを多くとりあげている点はよい。

NHK大河ドラマ『八重の桜』の後半を見て、明治時代とキリスト教の関係について気になった人には、読んで損はない一冊として薦めておきたい。


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目 次

はじめに
プロローグ
第1章 洋上に浮かんでいた聖書
第2章 坂本竜馬を斬った男-今井信郎
第3章 自由民権運動の嵐の中で-坂本直寛
第4章 梅子、八歳のアメリカ体験-津田梅子
第5章 欧米使節団と密航青年-新島襄1
第6章 小刀で漢訳聖書を求める-新島襄2
第7章 会津のジャンヌダルク-新島八重
第8章 十字屋を開いた元・与力の商才-原胤昭
第9章 少年よ大志を抱け-クラーク博士の教え子たち
第10章 イエスを愛し日本を愛す-内村鑑三
第11章 われ太平洋の架け橋とならん-新渡戸稲造
第12章 一万円のあの人の話-福沢諭吉
エピローグ

著者プロフィール 

守部喜雅(もりべ・よしまさ)
1940年、中国上海市生まれ。慶応義塾大学卒業。1977年から97年まで、クリスチャン新聞・編集部長、99年から2004年まで月刊『百万人の福音』編集長。ジャーナリストとして、四半世紀にわたり、中国大陸のキリスト教事情を取材(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

敬天愛人の原拠(田村貞雄 日本近代史)
・・西郷隆盛といえば「敬天愛人」。この「敬天愛人」の根拠は漢訳聖書にあるらしい。直接の典拠は儒者でキリスト教徒であった中村正直にあるようだ。さらにさかのぼれば康煕帝の「敬天愛人」に


<ブログ内関連記事>

書評 『武士道とキリスト教』(笹森建美、新潮新書、2013)-じつはこの両者には深く共通するものがある

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・まず日本に入ってきたのは漢訳聖書であった

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに

書評 『山本覚馬伝』(青山霞村、住谷悦治=校閲、田村敬男=編集、宮帯出版社、2013)-この人がいなければ維新後の「京都復興」はなかったであろう
・・新島襄の盟友であった山本覚馬は旧会津藩士。かれも洗礼をうけてキリスト教徒となる

グンゼ株式会社の創業者・波多野鶴吉について-キリスト教の理念によって創業したソーシャル・ビジネスがその原点にあった!
・・同志社の伝道によってキリスト教徒となった京都府綾部の人

『自助論』(Self Help)の著者サミュエル・スマイルズ生誕200年!(2012年12月23日)-いまから140年前の明治4年(1872年)に『西国立志編』として出版された自己啓発書の大ベストセラー
・・翻訳者の中村正直は儒者として身を立てたが英国留学を機会にキリスト教徒となった

書評 『明治キリスト教の流域-静岡バンドと幕臣たち-』(太田愛人、中公文庫、1992)-静岡を基点に山梨など本州内陸部にキリスト教を伝道した知られざる旧幕臣たち

福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ!

書評 『なんでもわかるキリスト教大事典』(八木谷涼子、朝日文庫、2012 初版 2001)一家に一冊というよりぜひ手元に置いておきたい文庫版サイズのお値打ちレファレンス本

(2014年7月18日 情報追加)


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2010年12月24日金曜日

書評『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)― 日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに



 いまだに全人口の 1%を越えることのない日本のキリスト教人口、なぜそうなのかについての探求はこれまでにも多くなされてきた。

本書『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)の特徴は、これまであまり着目されることの少なかった「キリスト教土着」に大きな焦点をあてたことにある。

 私自身はキリスト教徒ではないが、キリスト教そのものは知的に理解する必要があるとは思ってきた。また、近年非常に増えている「キリスト教式結婚式」を持ち出すまでもなく、日本人はとくに若年層を中心に「キリスト教的なもの」に親近感を抱いているようだ。

 しかし、今後も日本では信者になろうとする者はきわめて少数だろう。人生の通過儀礼の一つである結婚式をキリスト教式にしたとしても、信者でもないのに、出生や葬儀をキリスト教式にする者が増えるとは、とうてい考えられない。

 明治維新以後のキリスト教布教は、もっぱら米国のプロテスタント系教会が中心となってきた、(・・P.20~26に日本で伝道を行ったキリスト教団のリストが掲載されているが、驚くべきほどの多さである!)。

 しかし、キリスト教徒となった日本人のなかには、外国人宣教師のミッションのやり方にはしっくりこない者や拒否反応を示した者がいた。

 旧士族の儒教的エートスの持ち主であった内村鑑三の無教会運動を筆頭に、独特の聖書解釈により日本人のためのキリスト教の展開をはじめた者が少なからず存在する。

 これらはみな、キリスト教を普及させたい側の論理ではなく、キリスト教を受容したい側の論理からの強い熱望がそうさせたのであった。

 内村鑑三にインスパイアされた人たち(・・すべて男性である!)は、日本の伝統である精神修養、自己修養の道としてのキリスト教を開拓している。しかし、これらの教団に従ったのは、主として知識人を中心にした、知的な中産階級に留まった。

 なおざりにされた一般大衆は、「キリスト教土着」という方向に進み始める。ペンテコステ的という、異言や癒しなどの心霊主義的、体験型の信仰なキリスト教の道へと進んだのである。

 しかし、この道の行き着く先は、そもそもの土着型新興宗教と同じ土俵に入っていくこととなり、敗戦後の社会変動に際して、一時的には信者は増えたものの、ついには日本に定着することなく今日に至っている。

 土着型もカリスマは創設者一代限り、カリスマは継承されないまま家が組織を引き継いでいるが、信者の高齢化だけでなく、少子化のなか、新たな信者も獲得できずに衰退していくのは致し方のないところであろう。


■ビジネスの観点から布教活動を考えてみる

 「魂の争奪戦」としての布教活動は、ビジネスでいえばマーケティングと同じ活動であるが、この活動において、キリスト教は日本市場では失敗したといってもいい過ぎではない。韓国と比べるとその差は歴然である。

 キリスト教が日本に定着しなかった理由には、日本人自身による「無意識の取捨選択」が働いているというべきだろう。

 著者もいうように、日本の民俗信仰にける「祖先と死者の霊をめぐる土着の信仰や慣習」はきわめて根強いものがあり、たびたびの社会変動を経ても根本的に変化することはなかったのである。  

 現在ではこれが、マスコミと連動したいわゆるスピリチュアル・ブームとなって、さらに顕在化され強化される方向にあるとすらいえる。現代的な衣装をまとっていても、日本人の民間信仰の本質は「祖先と死者の霊」を抜きにしては成り立たないのである。

 そしてまた、生きた人間と人間の関係が、自立した個人を基礎にした社会ではないことも、キリスト教の浸透を阻んでいる大きな理由の一つである。近代化された日本においても西洋的な意味での社会は存在せず、人間関係は依然として「世間」が中心である。
 キリスト教は「世間」からみれば他者以外の何者でもない。土着化したときには「世間」のなかに取り込まれており、すでにキリスト教ではなくなているというべきかもしれない。

 「免疫系」の比喩でいえば、キリスト教という「異物」に対する「免疫反応」は、拒絶するか、取り込んで自分のものとしてしまうかの二つしかない。その意味では、キリスト教はもはや日本では増えることはないだろうが、多くの日本人は無意識のうちに取捨選択してキリスト教の要素をすでに何らかの形で取り込んでしまっているといってもよいかもしれない。しかも自分に都合のいい、「いいとこ取り」という形で。これは冒頭で言及した「キリスト教式結婚式」に端的にあらわれている。


■浮かび上がってくるのは日本人が作り上げている「世間」

 本書は、さまざま観点から読むことのできる興味深い研究書である。

 キリスト教の土着運動を描くことによって浮かび上がってくるのは、日本というもの、日本人というもの、つまり「世間」についてであり、また新しい思想や教義を異なる文脈をもつ文化に移植することの困難さについてである。

 ビジネスマンとしての私が興味をもつのは、とくに後者の点である。布教の成功とは、その教えによってどれだけの数の魂を救うことができたかということで測ることができるが、どこまでオリジナルな本質を保ったまま、現地に土着化するかという課題として残る。

 これはビジネス用語を使えば、カスタマイズによる「ローカリゼーション」であるが、宗教も思想の一つである以上、同様のメカニズムが働いているとみて問題ないであろう。

 万人向けの本ではないので、すべての人に薦めるつもりはないが、日本とは何かを考える人には、面白い視点を提供してくれる本であることは間違いない、といっておこう。



<初出情報>

■bk1書評「宣教(=キリスト教布教)をマーケティグの観点から考えるヒントに」投稿掲載(2010年12月23日)
■amazon書評「宣教(=キリスト教布教)をマーケティグの観点から考えるヒントに」投稿掲載(2010年12月23日)

* 1年前に執筆していながら未発表だった文章を、大幅に圧縮して「書評」として投稿。ブログでは、原型に戻したうえで字句の修正を行った。

*さらに読みやすくするため、行替えを行い、小見出しを挿入した。(2026年2月14日 記す)


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目 次
まえがき
第1章 日本製キリスト教という問題
 1. 宗教伝播の問題
 2. 日本の場合
 3. 土着運動という盲点
第2章 さまざまなキリスト教
 1. ローマ・カトリック教会とプロテスタント・ミッション教会
 2. 超教派から教派へ
 3. 札幌バンドと熊本バンド
 4. 明治期のミッション教会
 5. 国家主義への適応
 6. 戦後の状況
 7. 多彩な土着運動
 8. 土着化の新たな類型論
第3章 カリスマと準教祖
 1. 日本人が拒否したもの
 2. 日本文化の多様性と聖書の多元性
 3. カリスマと準教祖
 4. 「霊の世界」のあらわれ方
第4章 無教会運動とは何か
 1. 日本製キリスト教の源泉
 2. 内村鑑三の精神遍歴
 3. 士族の儒教倫理
 4. 預言者としての内村鑑三
第5章 自己修養の道
 1. 松村介石と道会
 2. 川合信水と基督心宗教団
 3.    宗教体験と自己修養
第6章 第二波の土着運動
 1. 村井じゅんとイエス之御霊教会
 2. 大槻武二と聖イエス会
 3. 手島郁郎と原始福音運動
 4. 日本製使徒キリスト教の特徴
第7章 日本人キリスト教徒と死者の世界
 1. 祖先崇拝と霊魂信仰
 2. プロテスタント神学と祖先崇拝の衝突
 3. 民俗宗教への取り組み
 4. 日本人の目で聖書を読む
 5. イエス之御霊教会の身代わり洗礼
 6. 死霊の救済
 7. 世界の再呪術化
第8章 何がキリスト教移植を阻むのか
 1. 成長と衰退のパターン
 2. 土着化は万能薬か
 3. 日本におけるキリスト教のジレンマ
 4. 黙殺された次元
 5. 押し寄せる韓国キリスト教
 6. 韓国キリスト教のシャーマニズム化
 7. パウロ・チョー・ヨンギの日本宣教
 8. 日本グレースアカデミーにおける癒し
 9. 韓国ペンテコステ派と現世利益
第9章 日本製キリスト教のとらえ方
 1. 日本製キリスト教の「道」
 2. カリスマとその継承
 3. 現代日本人のキリスト教観
 4. 土着運動が示唆するもの
キリスト教土着運動教団別資料
訳者解説

著者プロフィール
マーク・マリンズ(Mark R. Mullins)
1954年アメリカ合衆国アラバマ州に生まれる。アラバマ大学卒業、リージェント大学(カナダ)を経てマックマスター大学(カナダ)で博士号取得。宗教社会学専攻。1985年から日本在住。四国学院大学、明治学院大学を経て、上智大学比較文化学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

高崎恵(たかさき・めぐみ)
1963年生まれ。国際基督教大学卒業、同大学大学院で博士号取得。文化人類学専攻。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所COE特別研究員、オックスフォード大学クィーンエリザベスハウス客員研究員を経て、国際基督教大学、東京女子大学、東洋大学非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 「第5章 自己修養の道」の「2. 川合信水と基督心宗教団」で、川合信水を描いて実弟の肥田春充(ひだ・はるみち)に触れていないのは大いなる不満である。

 なぜ、肥田春充が創始者の「強健術」がグンゼで普及したのか(・・川合信水は教育担当者として私企業のグンゼに招かれて労働者の指導にあたっていた)、そしてまた「肥田式強健術」の極意の型といわれるものに「聖十字架操練法」なんて技法があるのか、この本を読んではじめて、そのミッシングリンクが「川合信水と基督心宗教団」であることがわかった。

 肥田春充の「肥田式強健術」については、あらためてこのブログで紹介したいと考えている。

 「第6章 第二波の土着運動」の「3. 手島郁郎と原始福音運動」で、「幕屋(まくや)運動」について詳しく書かれているのはありがたい。「土着したキリスト教」において、創始者の息子ふたりが、原始キリスト教を突き抜けてユダヤ教の専門研究者になっているのは面白い。日本人の原点追求志向のなせるわざか。
 米国でもキリスト教原理主義者がユダヤ教に改宗して、イスラエルの入植者になっているケースが多々あることも知っておくべきことだろう。



追記(2011年2月18日)

 なお、この書評(初出)は投稿先の bk1 でも紹介していただいている。
 bk1 書評ポータルにて紹介 2010年12月30日 


追記(2011年9月17日)

 『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる! と題して肥田春充の「肥田式強健術」について紹介する記事を書いた。これで少し肩の荷が下りた




<ブログ内関連記事>

イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」
・・「異文化マーケティング」の先駆者に学ぶものとは

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・「新しい思想を受容するに際しては、受容する側にその思想を理解するための回路を作らなければならないのだが、その際には従来からの思考の枠組みとコトバが多く利用される」

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・「日本におけるキリスト教の不振」について文化人類学者・泉 靖一が、ひろく「儒教文化圏」全体をみわたして、その原因について語っている

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)
・・「霊性」(スピリチュアリティ)について言及

書評 『テレビ霊能者を斬る-メディアとスピリチュアルの蜜月-』(小池 靖、 ソフトバンク新書、2007)
・・「先祖供養」について考える。同時に韓国についても考察。

本の紹介 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)
・・「芸能界」と「霊能界」の双方にまたがって生きる美輪明宏という存在について

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)
・・日本人が生きているのは「社会」ではなく「世間」

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!

書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ
   
書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー

(2016年2月1日 情報追加)


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2009年6月10日水曜日

イエズス会士ヴァリニャーノの布教戦略 ― 異文化への「創造的適応」




 ビジネスマンとして日本で30年以上を過ごしたイタリア人ヴィットリオ・ヴォルピ(Vittorio Volpi)の、イタリア人向け著書2冊を続けて読了した。  
 
 『巡察師ヴァリニャーノと日本』(原田和夫訳、一藝社、2008) と 『賢者の「営業力」-日本進出の成功例ヴァリニャーノの教え-』(大上順一訳、PHP研究所、2006)である。それぞれオリジナルのタイトルは、『IL VISITATORE』(2004)、『MARKETING MANAGEMENT: Come conquistare un mercato internazionale. Le straordinarie lezioni di Alessandro Valignano, gesuita italiano del Cinquecento』(2005)。  

 前者の『巡察師』は、巡察師ヴァリニャーノの生涯を、主に日本布教にかかわることに絞って、イタリア人読者に紹介した本。  

 後者の『賢者』は、ヴォルピ氏のビジネス経験をもとに、ヴァリニャーノの手法を異文化ビジネスの方法論として、いかにすぐれたものであるかを、イタリアの一般読者向けに書いた本。  
 
 前者の内容は、先に紹介した若桑みどりの『クアトロ・ラガッツィ』の叙述のほうが、ヴァリニャーノの存在を生き生きと紹介しているので、正直言ってあまり新鮮味がなかったが、もともとの執筆意図がイタリア人向けの日本紹介という性格の本であるので、その点は割り引いて読む必要があろう。  



■著者のヴォルピ氏は日本通のイタリア人ビジネスマン

 日本通のヨーロッパ人ビジネスマンの日本知識の確かさは、かなりのものがある。友人にフォスコ・マライーニがいたことでも大きな力となったことだろう。むしろ翻訳者の日本史にかんする知識不足がやや散見されたが、ささいな間違いを訂正しない編集者にも責任がある。   

 Wikipedia でみると、ヴァリニャーノの記述は日本語版の方がイタリア語版より長いのは、イタリアでの認知度がやや低いことを意味しているのだろうか。  

 海外で活躍しながら日本では知られていない日本人がいるが、ヴァリニャーノはこの反対のケースのようだ。著者の問題意識は、この知られざるイタリア人をイタリアにあらためて紹介したいということにあった。  



■ヴァリリャーノ布教方針はローカリゼーション(現地化)のさきがけ

 イエズス会本部から34歳にして全権委譲されたヴァリニャーノは、アフリカから日本に至るまでの地域を「巡察」する責任権限を与えられていた。

 もともとザビエルのことを知って日本で布教したいという熱烈な思いから出発したヴァリニャーノは、結局日本には3度にわたり滞在し、日本布教の黄金期から黄昏の予感を感じる時期までを日本にかかわったことになる。  

 ナポリ近郊に生まれたヴァリニャーノは、日本にくるまでにすでに、パドヴァ、ヴェネツィア、ローマ、スペイン、ポルトガル、モザンピーク、インド、マラッカ、マカオと異文化を豊富に体験していた。この経験の上にたったヴァリニャーノのアプローチが画期的だったことは、著者自身のコトバを借りれば以下のようになる。


原始キリスト教のモデルに倣い、布教しようとする土地の文化を尊重するという健全な教理に基づいたメソッドは、すぐさま予想もしなかった成功を得た。しかし同時に、イエズス会の内外の多くの人によって反対され、アジアでまたとない布教の機会を逃す原因となった。有効で正統(オーソドックス)なアプローチとして認められ、公式に承認を受けるために、この彼の教えは、20世紀の後半の第二バチカン公会議まで、実に400年近い歳月を待たねばならなかったのである」 (『巡察師』P.68~69)。


 ヨーロッパで発展したキリスト教であるが、ヨーロッパ的要素をそぎ落とした原始キリスト教の精神を、ユダヤキリスト教的な伝統がまったくない日本や中国といった高度文明の異文化に移植するには、キリスト教の原理原則を曲げることなく、その土地の文化を内在的に理解し、自らを適応させ、その上で教えを無理なく伝えるべきだ、とということでえある。

 いわば、「現場発の方法論」であるといえよう。ヴァリニャーノの意義は、現場で苦労してきた宣教師たちの実践に「理論づけ」をし、布教の「方法論として体系化」したことに意義がある、といえる。    

 ヴァリニャーノが体系化した方法論のエッセンスは、以下のとおりである。


●現地語に習熟、現地の文化と風習を学んで適応することから始める
●現地に大幅な権限委譲を行い、かつ現地人の担当者を育成する
●将来、現地の統轄をまかせることのできる現地人責任者を育成する教育を現地で行う


 海外現地進出にあたっての心得そのものではないか。そのままビジネスに応用できるメソッドである。これを400年前に実践から導き出したのは、すぐれた頭脳による知的財産であるといえよう。 

 中国では、ヴァリニャーノの弟子であるマッテーオ・リッチが、徹底的に中国語をマスターし、文人たちと幅広く交友することから始めたのは、メソッドの忠実な実行者であったことを示している。
 
 しかしながら、現在では「インカルチュレーション」(inculturation)として公認されているこのメソッドは最終的にローマ教皇庁では否定され、中国布教も失敗に終わることとなった。    

 日本の布教が結局失敗に終わった原因の一つが、スペインのフランシスコ会士たちが、日本の現状を無視して、自分たちのやり方をダイレクトに押しつけようとしたこともあったようだ。
 
 若桑みどりの前掲書によれば、秀吉はフランシスコ会士のことを「蓑虫(みのむし)」といって軽蔑したらしいが、たしかに言い得て妙である。

 清貧も文化を異にすると、まったく理解されない、という好例である。もちろん信長・秀吉の時代は、いわば日本版バロックのような豪華絢爛な時代であったから、裸足できたない修道服をまとったフランシスカンがあの時代の日本にいたということ自体、なかなか想像しにくい。

 南蛮屏風に描かれたのはイエズス会士のみなので、フランシスコ会士の画像は見たことがない。 もしあれば面白いのだが。 



■異文化でビジネスをするという実践(プラクティス)

 異文化でビジネスをするには、まずその現地の文化をよく理解して、できれば現地語も学んで、というのは現在の日本でも常識になっているはずだが、必ずしもそうでないことは、アメリカでもタイでも多数目撃してきた。  
 
 海外の現地企業では、日本人が日本人だけで固まり、日本語のできる人間に「おんぶにだっこ」の状態になる。
 
 日本にある外資系企業もまた、バナナと呼ばれる日本人が幅をきかしている。その心は、見た目は黄色いが、中身は白い、ということ。 英語はできても実務はうとい。これではいつまでたっても、本当の成果は上がらないわけである

 理論というものは、言うは易く行うは難し。実行するに当たっては、それなりのノウハウが必要になるが、これは教科書だけで学ぶことは不可能である。実践の場で鍛えられて初めて自分のもののなるという性格をもつもののなのだ。



PS 読みやすくするために改行を増やし、小見出しをあらたに加えた。「インカルチュレーション」(inculturation)にかんする加筆と<関連サイト>における説明を加えた。 (2014年2月5日)


<関連サイト>

「インカルチュレーション」(inculturation) wikipedia英語版(日本語版はない)
・・以下のように定義がされている。 "Inculturation is a term used in Christianity, especially in the Roman Catholic Church, referring to the adaptation of the way Church teachings are presented to non-Christian cultures, and to the influence of those cultures on the evolution of these teachings." (「インカルチュレーション」とはキリスト教、とくにカトリックで使用される用語で、教会の教えを非キリスト教文化に適応させ、キリスト教の教えの進化に非キリスト教文化の影響させる方法を指している)。 
マッテーオ・リッチの中国布教において「中国化」が問題であったとして、のちに「典礼問題」としてバチカンで大問題になったことが説明されている。なお、日本のカトリック作家・遠藤周作の生涯のテーマは「インカルチュレーション」であったといえるかもしれない



<ブログ内関連記事>

■異文化マーケティングと布教

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)
・・日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)-新しい考え方を普及させるためには必要なことは何だろうか
・・「新しい思想を受容するに際しては、受容する側にその思想を理解するための回路を作らなければならないのだが、その際には従来からの思考の枠組みとコトバが多く利用される」

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010) 
・・アラブ・ナショナリズムにつながるアラビア語復興運動は、聖書をアラビア語に翻訳する事業に携わったアラブ人キリスト教徒が指導的役割を果たした事実は、ルターによる聖書のドイツ語訳とのアナロジーを思わせるものがある


■ローカリゼーション(現地化)

書評 『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか-世界で売れる商品の異文化対応力-』(安西洋之、中林鉄太郎、日経BP社、2011)-日本製品とサービスを海外市場で売るために必要な考え方とは?

なぜ「経営現地化」が必要か?-欧米の多国籍企業の歴史に学ぶ




■イエズス会とカトリック

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
・・「クアトロ・ラガッツィ」とはイタリア語で「遣欧少年使節」の4人のこと。第一次グローバリゼーション時代の異文化との出会いと葛藤を描いた大作

「泥酔文化圏」日本!-ルイス・フロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』で知る、昔から変わらぬ日本人
・・イエズス会士のフロイスは日本布教の記録である『日本誌』を編纂

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである
・・イエズス会の創始者・聖イグナティウス・ロヨラの『霊操』(スピリチュアル・エクササイズ)についても触れている

「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)-科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5) ・・フランシスコ会の始祖フランチェスコ

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える

(2014年2月5日 情報追加)


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