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2012年6月28日木曜日

『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』、いよいよ来週の7月3日以降、書店に配本予定です!



来たあ、来ました~!

出版社から「見本」が送られてきました。

拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』、いよいよ来週から書店に配本です。

来週月曜日(2012年7月2日)に、出版社から出版取次(=卸)に出荷されますので、書店の店頭に並ぶのは、早くても翌日の7月3日以降となります。

聞くところによると、日本全国には書店が 1万5千店あるそうです。ですから、よほど売れっ子の著者でない限り、全国津々浦々の書店に配本されるということは、ありえないわけなのですね。

初版部数をどれだけに設定するかというのは、まさに出版社にとっては大きな賭けであるという要素があります。

本というものは、おカネを出して買うものですが、図書館で借りたり、プレゼントとしてもらうこともああります。本というものは、著者にとっては書くものであり、書いた内容は知識や情報というデジタルなものだが、印刷されると手にとって触ることができるものです。
   
本というものは、出版社や書店にとっては「商品」であるわけですね。ですから、商品としての本をどう買って頂くかということは、関係者のぞれぞれにとって大きな課題であるわけです。もちろん著者にとっても・・・。
 
それが、おカネを媒介にした「流通」というものであり、「資本主義」というものなわけなのです。

でも、著者にとっては、本というものは、なんといっても伝えたい想いをいれた器なんですね。本はビーイクルでもあるわけです。ビーイクル(vehicle)とは乗り物のこと。思いを乗せた器は乗り物でもあるわけです。

アマゾンでは、まだ「なか見! 検索」ができないので、とりあえずは出版社の こう書房 のサイトをご覧ください。 
http://www.kou-shobo.co.jp/book/b102659.html 
「もくじ」 「はじめに」(全文) を読むことができます。

よろしくお願いします!






<ブログ内関連記事>

書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法

書評 『脳を創る読書-なぜ「紙の本」が人にとって必要なのか-』(酒井邦嘉、実業之日本社、2011)-「紙の本」と「電子書籍」については、うまい使い分けを考えたい






(2012年7月3日発売の拙著です)







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2012年6月27日水曜日

「アート・スタンダード検定®」って、知ってますか?-ジャンル横断型でアートのリベラルアーツを身につける



「アート・スタンダード検定®」って、知ってますか?

「アート・スタンダード検定®」は、芸術(アート)全般にかんする基礎知識と教養の理解力を問う「検定」です。「アート・スタンダード検定」は、登録商標です。

個別の分野だけでなく、芸術(アート)にふくまれる分野はすべて網羅しており、音楽・美術・演劇・舞踊だけでなく建築や工芸までふくんだ幅広い分野の基礎知識が、レベル1から5までの5段階で検定される仕組みになっています。

まだまだ知名度が高くないのは当然、2011年4月に玉川大学芸術学部で始まったばかりだからです。基本的に、芸術学部の学生が、自分の専攻分野以外の関連領域について、横断的に知ることが重要だという考えに基づいたものです。

ことし2012年の春に出版されたばかりの『アート・スタンダード検定®公式テキストブック』(玉川大学芸術学部編、玉川大学出版部、2012)には、項目数が500ありますが、ほんとにおどろくほど幅広く収録されています。

「レベル1」は大学入学前程度なので簡単ですが、さすがに芸術学部卒業レベルの「レベル5」になると、わたしも知らない項目が多いので、冷や汗がでますねえ・・・。芸術の基礎知識や基礎教養は、かなり奥が深いものがあります。

この公式テキストが面白いのは、芸術ジャンル別ではなく、50音順にすべての項目が並んでいることにあります。試験勉強用のテキストというよりも、芸術にかんする基礎用語事典みたいなつくりになっています。

現代美術の項目のつぎにクラシック音楽の項目があったり、ジャンルを横断して芸術分野のすべたがカバーされています。しかも、「レベル1」の項目のとなりに「レベル5」の項目があったりしますので、ついつい続けて読んでしまいます。  
       
そうなんです、芸術はすべての分野が、じつは連動しあっているのですね。音楽と美術は切り放して考えてはいけないのです。たとえば、バロック音楽とバロック美術は、おなじ文脈のなかで考える必要があるのです。その他の芸術分野も、それぞれがお互い密接に関連しあっているのです。

ネット検索があたりまえになってしまった現在、自分がいま調べている項目しか読まないことが当たり前になってしまってますが、あまり関係ない項目も一緒に読んだり、寄り道することはすごく重要です。そういう読み方をしていると、知識が関連づけられて文脈ができあがります。だからこそ、アナログの紙媒体のテキストに意味があるのです。

この構成は、じつはかなり考え尽くされたものであるようです。芸術にかんするリベラルアーツの実践を目的にしているようです。このテキストに書いてあることが全部アタマのなかに入っていたら「レベル5」です。それでも、大学4年終了程度なんですね。

世の中は「検定」ブームですが、いま全体でいくつの「検定」があるのかわからないほどです。しかし、意外とありそうでないのが、アートにかんする検定です。 「アート・スタンダード検定®」は、もっと広く知られていいんじゃないかなと思って、この機会に紹介いたしました。

芸術学部出身者の方だけでなく、一般のアート愛好家の方もご興味があれば、いちどぜひこのテキストの中身をのぞいてみてください。その価値は十分にあると思います。





目 次

アート・スタンダード検定公式テキスト(50音配列)

芸術関連専門事典・入門書一覧
文庫クセジュ(Collection QUE SAIS-JE ?)・芸術関係文献一覧
「知の再発見」双書・芸術関係文献一覧
玉川選書・芸術関係文献一覧


<ブログ内関連記事>

アートスタンダード検定 公式テキスト(玉川大学芸術学部 学生向け説明)

毎年恒例の玉川大学の「第九演奏会」(サントリーホール)にいってきた-多事多難な2011年を振り返り、勇気をもって乗り越えなくてはと思う

玉川大学の 「植物工場研究施設」と「宇宙農場ラボ」を見学させていただいた-一般的な「植物工場」との違いは光源がLEDであること!

東南アジア入門としての 『知らなくてもアジア-クイズで読む雑学・種本-』(アジアネットワーク、エヌエヌエー、2008)-「アジア」 とは 「東南アジア」 のことだ!

書評 『私が「白熱教室」で学んだこと-ボーディングスクールからハーバード・ビジネススクールまで-』(石角友愛、阪急コミュニケーションズ、2012)-「ハウツー」よりも「自分で考えるチカラ」こそ重要だ!






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2012年6月26日火曜日

お茶は飲むもの、食べるもの-ミャンマーのティーハウスと食べるお茶ラペットウ



(一番奥のラペットウとスナック2種の盛り合わせ 筆者撮影)

お茶は飲むもの、食べるもの。

いちばんはじめにミャンマーに行ったのは1996年の「ミャンマー観光年」(Visit Myanmar Year 1996-そんなのがあったのですよ!)でしたが、そのときはじめて、ミャンマーではお茶の葉は食べるためにあるということを知って、たいへん驚いたものです。

食べるお茶のことを、ラペットウといいます。

ただし、でがらしのお茶っ葉ではなく、お茶の葉を発酵させて辛くして食べるスナック菓子のようなもの。お茶の葉じたいがカフェインを含有しているので苦みがあり、大人のおつまみとしてはビールによく合うのではないかと思います。

ミャンマーではお茶といっしょに食べることが多く、物心ついた頃から食べているようですね。これは、わたしのミャンマー人の友人から聞きました。


もちろん、お茶は飲むものです。

さて、紅茶でも飲んで一服するかな。ミャンマーでは、もちろんお茶も飲みますよ。写真は、ミャンマー第二の都市マンダレーと首都ネーピードーの途中にあるティーハウス(Tea House)です。


(ティーハウスにて筆者撮影)

左上には、まるっこいビルマ文字(=ミャンマー文字)、お店のなかにいる人たちは、腰巻きのロンジー姿。テーブルのうえのポットのなかに入っているのはミルクティー

ミャンマーを代表する麺のモヒンガーや揚げパンなどの軽食もとれるので、日本の喫茶店に似ているかもしれませんね。

インドで茶の原木が発見されたアッサムは、ミャンマーからも近いのですが、それが喫茶の習慣につながっているのかどうかは、わかりません。ミャンマーで飲まれる紅茶がミルクティーであることから考えれば、植民地時代の英国の影響の名残でしょう。

インドでは小型の耐熱ガラスのコップでミルクティーを飲むことが多いですが、ミャンマーではティーカップで飲むことが多いのも、インドの影響というよりは、英国の影響とみるべき理由の一つだと思います。    

(同上)

わたしがはじめてミャンマーにいった1996年のことですが、宿泊した中級のホテルでは朝食はイングリッシュ・ブレックファストで、アフタヌーンティーもありましたから。

ミャンマーではいたるところにティーハウスがあり、ミルクティーは一般市民の飲み物として深く浸透しています。


■「ちゃぶ台」で食事

わたしは人類学者ではないですが、世界各地でいろんな方のお宅にお邪魔して食事をいただく機会をもっています。これはそんな一枚。



これも、「ミャンマー観光年」(1996年)の際に訪れたときのものですが、ミャンマーを代表する観光地ゴールデンロック近くの民家で撮影したネガフォルムをデジタル化したものです。

食事風景を写真に撮りたいと、ムリにお願いして一緒に写ってもらったものですが、男性二人がなんだか神妙な感じなのは、そんな理由があるからです(笑)。

おお、なんと、むかしなつかし「ちゃぶ台」ですね! わたしのヘアスタイルも、なんだか若い頃の秋篠宮様みたいな感じです(笑) 秋篠宮様は、ミャンマーではなく、タイやラオス派ですが。このように家庭内では、ちゃぶ台の前に車座で座って食べるのはふつうです。  

ミャンマー料理については、ミャンマー再遊記 (3) ミャンマー料理あれこれ・・・「油ギチギチ」にはワケがあった! とミャンマー再遊記 (4) ミャンマー・ビールとトロピカルフルーツなどなど をご参照ください。

ミャンマー料理は、とくに現地で食べるとじつに旨いですよ!    

ただし、調理法の関係から油ギチギチですので、食べ過ぎでお腹をこわさないように(笑)



<ブログ内関連記事> 

「ミャンマー再遊記」(2009年6月) 総目次 ・・記事が8本

「三度度目のミャンマー、三度目の正直」 総目次 および ミャンマー関連の参考文献案内 ・・記事が10本

3つの言語で偶然に一致する単語を発見した、という話
・・ナーメーというミャンマー語(=ビルマ語)は

書評 『紅茶スパイ-英国人プラントハンター中国をゆく-』(サラ・ローズ、築地誠子訳、原書房、2011)-お茶の原木を探し求めた英国人の執念のアドベンチャー

(2014年5月29日 情報追加)




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2012年6月25日月曜日

書評 『紅茶スパイ-英国人プラントハンター中国をゆく-』(サラ・ローズ、築地誠子訳、原書房、2011)-お茶の原木を探し求めた英国人の執念のアドベンチャー


お茶の原木を探し求めたプラントハンターの執念のアドベンチャーを描いた歴史ノンフィクション

アメリカ人の女性ジャーナリストが書いた、英国と植民地インドと中国をめぐる歴史ノンフィクションである。

訳者が「あとがき」で書いているように、まさにこの歴史ノンフィクションの主人公である、スコットランド人プラント・ハンターのロバート・フォーチュンは、スピルバーグの娯楽映画超大作の主人公インディー・ジョーンズそのものだ。

ハリソン・フォードが演じるインディー・ジョーンズは考古学者という設定だが、ロバート・フォーチュンのほうはプラント・ハンターは植物学者である。ともに文字通りのフィールドに出て土をいじるという点は共通している。

しかも、インディ-・ジョーンズの第2作『魔宮の伝説』(1984年)は、上海から出発する設定であった。北京原人を発見した古生物学者のフランス人イエズス会司祭テイヤール・ド・シャルダンがモデルなのか、それとも英国の居留地(=租界)のあった上海から出発したロバート・フォーチュンをモデルにしたのだろうか?

プラント・ハンターとは、有用な植物が無限の富を生み出していた19世紀という時代に、西洋にはない植物を求めて東洋世界の野山をかけめぐって収集につとめた「植物の狩人」たちのことである。

植物学者として植物分類学につうじて「いるだけでなく、園芸家としてじっさいに植物を栽培する技術をもち、しかもビジネスマンとしての嗅覚も備えた狩人たちであった。

大英帝国と東インド会社にとって、植物が生み出した富ははかりしれないのであった。キニーネもそうだし、この物語の主題のチャノキもまたそうである。つまり、有用な植物とその栽培技術は、知的財産であるというわけだ。

スコットランドに生まれて高学歴をもたないフォーチュンも、苦労のすえに園芸家として、また植物学者として身を立てた人だが、当時は輸出禁止であったチャノキ(=お茶の木)を中国に潜入して発見し、財産をつくりあげた人であった。そのなのとおり、多大な苦労をともなったのではあるがフォーチュン(=運)に恵まれ、しかもフォーチュン(=富)を獲得したというわけだ。

(フォーチュンの 『中国とインドの茶の産地への旅』(1847年)の扉見開き)

フォーチュンが末期の東インド会社から請け負ったミッションは、最高級のチャノキの苗とタネを中国国内でゲットし、内陸部の出身で茶の製法につじた中国人の茶職人を探し出して、これらをそっくりそのまま英国の植民地インドにもっていくというものであった。

英国人にとって必需品となっていたお茶の生産を中国からの輸入に頼るのではなく、植民地インドでの生産に代替させようといいうものであった。まさに、帝国主義的プロジェクトそのものであったといっていい。

多大な苦労というのは、アヘン戦争後に清国政府からは香港を割譲させ、上海に租界をつくった英国であったが、外国人が内地を自由に移動することまでは認められていなかったゆえの苦労である。しかも、太平天国の乱がすでに勃発していたのである。苦労というよりも冒険といったほうがいいのかもしれない。

なんと、フォーチュンはアタマの毛を剃って、かつらの弁髪をつけた変装で中国人のあいだに紛れ込んだというのだ。中国の通訳と荷物運びの苦力(クーリー)の二人をつれて。長身で鼻も高いスコットランド人であったが、なぜか変装はばれなかったという。なぜかについては、ぜひ本文を読んでみてほしい。     

そして重要なのは、ウォードの箱(=テラリウム)という技術イノベーションもあずかって大きなチカラがあったことだ。このイノベーションのおかげで、長い航路の旅にもかかわらず、精細なチャノキという植物を生きたまま枯らすことなく、中国からインドに移動させることに成功したのであった。

プラント・ハンターが大活躍した19世紀の大英帝国とアジアとの関係を知る上でも興味深い内容の歴史ノンフィクションである。大いに楽しんでいただきたいと思う。






目 次

プロローグ
第1章 一八四五年 中国のビン江
第2章 一八四八年一月十二日 イギリス東インド会社本社
第3章 一八四八年五月七日 ロンドン、チェルシー薬草園
第4章 一八四八年九月 上海から杭州へ
第5章 一八四八年十月 杭州寄りの浙江省
第6章 一八四八年十月 長江の緑茶工場
第7章 一八四八年十一月 安徽省にあるワンの実家
第8章 一八四九年一月 上海
第9章 一八四九年三月 カルカッタ植物園
第10章 一八四九年六月 インド北西州サハランプル植物園
第11章 一八四九年五月~六月 寧波から武夷山脈へ-大いなる茶の道
第12章 一八四九年七月 武夷山脈
第13章 一八四九年秋 上海
第14章 一八五一年二月 上海
第15章 一八五一年二月 上海
第16章 一八五一年五月 ヒマラヤ山麓
第17章 一八五二年 ロンドン、王立造兵廠
第18章 ヴィクトリア時代の人々にとっての紅茶
第19章 フォーチュン余話
謝辞
参考文献
訳者あとがき



著者プロフィール

サラ・ローズ(Sarah Rose)
ジャーナリスト・作家。シカゴ出身。ハーバード大学とシカゴ大学で学位を取得。数社の新聞社に勤務し、香港、マイアミ、ニューヨークで国際政治、経済、金融、ビジネスなどを担当した。現在は男性向け雑誌 Men's Journal、グルメ雑誌 Bon Appetite などに旅行と料理の記事を寄稿している。North American Travel Jounalists Association (北米旅行記者協会)の Grand Prize in Writing を受賞し、ニューヨーク芸術基金(NYFA)から研究助成金を授与された(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

築地誠子(つきじ・せいこ)翻訳家。東京都出身。東京外国語大学ロシア語科卒業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

アドベンチャー的色彩の濃厚な歴史ノンフィクションにしては、日本語の訳文がやや読みにくいのが難点。訳文にリズム感のある日本語にしてほしかったものだと思う。

経済学の知識が訳者にはあまりなさそうなので、訳語があまり適切でないものも散見される。最初から英語原書で読めばよかったかもしれない。ただし、英語の原書では、おそらく中国の地名や人名などの固有名詞を確定しにくいと思われるので、その意味では日本語訳がいいかもしれない。


紅茶と世界経済の関係にかんしては、『茶の世界史-緑茶の文化と紅茶の社会-』(角山栄、中公新書、1980)という経済社会史の名著がすでに日本にはあるので、こちらを読むことをつよくすすめたい。

この本は、前半は、英国に重点をおいた紅茶の世界史で、
後半は開国後の日本の輸出商品であった「緑茶」が世界市場で奮闘したものの紅茶に敗れ去った話。ただし、この本にはアッサムでのチャノキ発見の話はでていても、ロバート・フォーチュンによるチャノキを中国から持ち出した件については、まったく言及がない。

プラントハンターについては、『プラントハンター』(白幡洋三郎、講談社学術文庫、2005 単行本初版 1994)、フォーチュンの日本滞在記は、『幕末日本滞在記』(三宅馨訳、講談社学術文庫、1997 単行本初版 1969)後者は、翻訳がやや古くさいのが難点。

ウォードの箱の発明者キングトン・ウォードの著書も日本語訳されている。『植物巡礼-プラント・ハンターの回想』(塚谷裕一訳、岩波文庫、1999)。横組みで写真も豊富な回想録で、13章ではインドにおける茶の原木の探索の話が回想されている。この本もまた訳文が読みにくいのが難点だ。

また紅茶と砂糖が結びつくことで産業革命が起こった経済史については、書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!を参照したいただきたい。







<関連サイト>

・・著者自身が語るビデオも視聴可能

「プロが語る紅茶の世界」(YouTube)
・・原麻里子のグローバル・ビレッジ2012年2月15日放送)で、「ビジネスマンが語るタイ王国のいま」というわたしの話のあとで、一緒に出演した藤井敬子さんが「プロが伝授する紅茶の世界」というテーマで、語っています


(中国・上海にて中国茶の実演販売 筆者撮影)



(インド紅茶の最高級品ダージリン)



(トルコのイスタンブールにてカフェで飲むチャーイ 筆者撮影)


(リプトンのティーバッグで紅茶をロシア風にチャーイとして飲む)




<ブログ内関連記事>

お茶と中国、インド関連、ミャンマーの紅茶

岡倉天心の世界的影響力-人を動かすコトバのチカラについて-

「特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 平成館)にいってきた

タイのあれこれ (15) タイのお茶と中国国民党の残党

お茶は飲むもの、食べるもの-ミャンマーのティーハウスと食べるお茶ラペットウ

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)


大英帝国の興亡




「東インド会社とアジアの海賊」(東洋文庫ミュージアム)を見てきた-「東インド会社」と「海賊」は近代経済史のキーワードだ


■知的財産権

書評 『グラハム・ベル空白の12日間の謎-今明かされる電話誕生の秘話-』(セス・シュルマン、吉田三知世訳、日経BP社、2010)
・・知的財産としての技術特許

(2016年3月1日 情報追加)



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2012年6月24日日曜日

書評 『ヤシガラ椀の外へ』(ベネディクト・アンダーセン、加藤剛訳、NTT出版、2009)-日本限定の自叙伝で名著 『想像の共同体』が生まれた背景を知る




名著『想像の共同体』の著者で東南アジア比較政治学者アンダーセンの日本限定の自叙伝

社会科学の古典的名著 『想像の共同体』で有名な、東南アジア比較政治学者ベネディクト・アンダーセンの「日本限定」の学問的自叙伝である。

タイトルの意味は、「大学や母国といった "ヤシガラ椀" の外に出よ」ということ。「ヤシガラ椀のなかの蛙」ということわざは、日本の「井の中の蛙」に似ているがニュアンスがやや異なるらしい。しかし、著者によれば、東南アジアのインドネシアとタイでは、ほぼ同じ意味の表現があるというのも興味深い。

この自叙伝が「日本限定」なのは、英語圏では学者が自伝を書くことはほとんどないため、英語で発表することは著者自身が望んでいないためだという。だから、オリジナルの原稿は英語であるが、日本語版だけが出版されたのである。

欧米では政治家はかならずメモワールを書き残すが、それは政治家にとっては「歴史に対する義務」であるとみなされているためである。学者による自叙伝が当たり前の日本語環境ではなかなか想像しにくいことだが、欧米においては学者はそうではないらしい。

弟子であり訳者でもある加藤氏と編集者に口説き落とされて、なんとか重い腰をあげて、日本の若い研究者のためになるとして英語で執筆したものであるという。日本語がよめる読者はじつに幸いだ。

「何かが違う、何かが変だという経験は、私たちの五感を普段よりも鋭くし、そして比較への思いを深めてくれる。実は、フィールドワークが、自分が来たところに戻ってからも意味がある理由は、ここにこそある。フィールドを通して観察と比較の習慣を身につけ、やがて自分の文化についても、「何かが違う、何かが変だ」と考え始めるように促され、あるいは強いられるようになるからだ。前提になるのは、注意深く観察し、絶え間なく比較し、そして人類学的距離を保つ、ということだ」(P.143)

比較による観察については、これほど明確に書かれたものはないのではないかと思われる一節である。

また、ナショナリズム論の名著『想像の共同体』が書かれた背景を明らかにしている箇所がじつに興味深い。先行するナショナリズム論の多くは、戦後英国に集まっていた左派のユダヤ系知識人によってなされたものが大半であったというのは、意外と知られてない話だろう。

アイルランド人の血を引く著者の大英帝国に対するつよい違和感国民統合の原理であるナショナリズムに対する一筋縄ではない思いが、ただたんに学問的な関心である以前にアイデンティティそのものに由来するものであることが理解される。

東南アジア、とくにインドネシアを中心にして、タイやフィリピンに知的な関心を抱いている読者にとっては、研究者以外もぜひ読んでおきたい内容の本だ。

繰り返すが、こんな内容の濃い学問的自叙伝を読める日本語読者は、じつに恵まれているのだ。日本語限定だからこそ書けた内容なのかもしれなからだ。


(ヒシャクとしてつかわれるヤシガラ椀 タイで筆者が購入)


<初出情報>

■amazon書評「名著『想像の共同体』の著者で東南アジア比較政治学者アンダーセンの日本限定の自叙伝」投稿掲載(2012年4月4日)

*再録にあたって大幅に書き直した







<書評への付記>

『想像の共同体』など

本来はインドネシア研究者であった著者は、スハルト体制のもと入国拒否となり、仕方なくタイやフィリピンとの比較研究を余儀なくされるが、しかしこれが名著を生み出すことにつながったのである。

訳者による補足もあわせて読むと、英国と米国の大学のあり方の違いなどインサイダー的な情報もじつに興味深く読むことができる。

この自叙伝を読んでいると、アンダーセンが受けたギリシャ語とラテン語の古典語教育がいかに大きな意味をもっているかがわかる。けっして現在の米国や日本の大学からはでてこない学者であることが理解されるのだ。そして、もはやでてこないであろうことも。

いまさらながらではあるが、ナショナリズム論の古典的名著、『想像の共同体』(Imagined Communities)について簡単にふれておこう。

すでに社会学の古典的名著として定着している『想像の共同体』は、内容をかいつまんで要約すれば、「国民」というものは自明の存在ではなく、構築されたものだということである。「国家」があるから「国民」があるわけではなく、「国家」という社会的機構に意味を与えるものが「想像された共同体」である「国民」なのだ。

これは日本にあてはめて考えてみればよく理解できることだろう。江戸幕府が倒れて明治維新体制が成立した時点に、「日本国民」が存在したわけではない。義務教育と徴兵制を実施し、日清戦争と日露戦争という二度の対外戦争をつじて、ようやく「国民」意識が形成されたのである。

こうして形成された日本国民であるが、しかしながら実体として「国民」が存在するわけではなく、あくまでも自らがそう思うからそうである過ぎないのだ。国家による国籍と国民意識がかならずしも一致しないのはそのためである。だから「国民国家」(nation-state)というのは、「国家」と「国民」の合成語なのである。

だからこそ、イスラームの少数派であるシーア派が過半を占めるイラクでは、宗派を越えた「国民国家」が定着しなかっただけでなく、アメリカによる軍事介入によって開いてしまった地獄の蓋は依然として完全に閉まることなく、現在に至るまで情勢が落ち着かない原因となっている。むしろシーア派の中核国家であるイランの求心力がつよく、サッダーム・フセインのもとにおいても完成にはほど遠かったイラク国民の形成は、ふたたび振り出しに戻ってしまったわけである。            
あまりにもおおざっぱな説明であるが、『想像の共同体』(白石隆・白石さや訳、書籍工房早川、2007)については、ぜひ読んでほしいと思う。それがむずかしいのであれば、『新・現代歴史学の名著-普遍から多様へ-』(樺山紘一編、中公新書、2010)に、『想像の共同体』の翻訳者の一人であるインドネシア研究者の白石隆教授が『想像の共同体』について簡潔な紹介文を寄稿しているので、ご覧になっていただきたい。

米国のコーネル大学がなぜ、東南アジア研究の中心になっているのか、この自叙伝では書かれているが、アメリカにおける社会科学と政治の関係という観点からも興味深い。コーネル大学には、日本の大企業からも東南アジア要員が研修生として送り込まれてきたことは、意外と知られていないようだ。









<ブログ内関連記事>

「恵方巻き」なんて、関西出身なのにウチではやったことがない!-「創られた伝統」についての考察-
・・おなじく英国の左派の歴史家ホブズボーム

日本語の本で知る英国の名門大学 "オックス・ブリッジ" (Ox-bridge)
・・英国のエリート大学のインサイダー情報

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い

書評 『帰還せず-残留日本兵 60年目の証言-』(青沼陽一郎、新潮文庫、2009)
・・主にインドネシアの事例

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説-追悼 大島渚監督
・・日本占領時代のジャワ捕虜収容所が舞台

映画 『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・英国、2012)をみてきた(2014年4月)-インドネシア現代史の暗部「9・30事件」を「加害者」の側から描くという方法論がもたらした成果に注目!

(2014年5月22日 情報追加)





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2012年6月23日土曜日

書評 『ことばを鍛えるイギリスの学校-国語教育で何ができるか-』(山本麻子、岩波書店、2003)-アウトプット重視の英国の教育観とは?


アウトプット重視の英国の教育観とインプット重視のは日本の教育観との違いを具体的に知る

言語教育、とくに英国社会にとっての「国語」である英語教育に焦点をおいた、英国の教育システムとその具体的な内容について書かれた本である。

言語教育を専門として博士号を取得した著者が、英国企業で働く日本人ビジネスマンの配偶者とのあいだにもうけた三人の息子たちの、ナーサリー(保育所)から大学までの経験を親の立場から観察し、考察した内容だから臨場感がある。

なお著者の配偶者は、英国のビジネス界で奮闘している日本人である。『グローバル仕事術-ニッポン式ビジネスを変える-』 (山本 昇、明治書院、2008) で知る、グローバル企業においての「ボス」とのつきあい方 を参照。

同じ島国という性格をもつ英国と日本であるが、世界全体で通用するにいたった英語と、日本を中心に通用する日本語という違いのほかに、英国の英語教育と日本の国語教育とでは、決定的な違いがあることに気づかせてくれる。

一言でいえば、英国の教育は徹底的にアウトプット重視であることだ。

日本の教育は「学び」というインプット中心であるが、英国はアウトプット中心であり、アウトプットのためのインプットが徹底している。これはアメリカも同じである。

英米においては、まずはコトバの運用能力を築き上げることが基本中の基本なのだ。

著者自身はアメリカで高等教育も受けているが、事例は息子たちが受けた英国の教育が中心となる。本書を読んでいて印象的なのは、英国ににおいては、アウトプット重視の姿勢は未就学児の段階から一貫しており、「子どもは話すことによって学ぶ」という考えが根底に流れていることだ。

読むのも書くためであり、また書くのはしゃべるためでもある。これはきわめて理に適ったことである。その延長線上に自己表現やパフォーマンス力向上のための演劇も含まれるところが、日本の「国語」教育の範囲を超えているものがあると思わされるのである。

そして重要なことは、聞くことは話すことのためにあるという考えだ。日本でもコーチングでのアクティブ・リスニング(=傾聴)の重要性が言われるようになってきたが、英国ではすべてがアウトプット志向であることが、こういうったことからもうかがい知ることができるのである。

そしてこの能力は、より具体的に分類すれば、コミュニケーション能力、問題解決能力、チームワーキングとなる。つまりは日本でもビジネス社会で強調されている能力が、英国では学習の早い段階から身につけさせらるというわけだ。

個人が社会で生き抜いていくための言語運用を技術として捉えた思考であり、本書で見る限り、かなり高度な教育を行っている。しかも実践的だ。プラグマティズムは、英米に共通した特性であるといってよいだろう。

英米では、コトバのチカラを強化することをすべての核に据えた教育を行っているわけだが、これに日本人が得意であった(・・最近は弱体化しているようだが)行間を読む能力が掛け合わされば、まさに鬼に金棒であろう。

ただ、英米とひとくくりにはせず、英国と米国は教育にかんしては別個だと考えたほうがよさそうだ。英国は、サッチャー政権時代の1988年に「教育改革」が行われた。それまでの労働党のものではなく、保守党による自由競争の考えが根底にある。この教育改革によって、いわゆる「古き良き英国」は消え去っていったようである。また、英国はあまりにも早い段階で専門を決めすぎであり、大学院段階で専門を確立する米国のリベラルアーツ教育との違いも印象に残る。

「国語」というコトバがやや気になるが、著者も本書で書いているように「母語」と置き換えてもかまわないようだ。それは、英国人にとっては英語であり(・・もちろん多少の留保は必要だが)、日本人にとっては日本語である。

このほか、英国特有の制度である「ギャップイヤー」(・・大学入学前に一年間、さまざまな経験を積むことのできる制度)や、軍事教練、職業訓練など、英国にあって日本にはない制度にかんする記述も参考になる。

最後に、「発信型」にかんする警告がおこなわれているが、これは要傾聴だ。英国社会は発信型ではあるが、言うべきこと言わない方がいいことは、英語話者である英国人には十分に理解されていても、英語を外国語として習得する外国人には、わからないことも多々ある。

日本で日本語をしゃべる際と同じことが、英国社会で英語でしゃべる際にもあるということだ。学校ではまったく教えていないが、日本人が英語でしゃべるにあたっては要注意事項といえるだろう。

読むときわめて得るものの多い本なので、詳細な目次を紹介しておきたい。ぜひ、一読をすすめたい本である。



目 次

はじめに
第一章 イギリスの学校に行く
-1. どういう学校を選ぶか
-2. 私立学校と公立学校
-3. 校長に決定権
-4. グラマースクールとコンプリヘンシブスクール
-5. めまぐるしく変わる教育制度
-6. 年々強化されるナショナルカリキュラム
第二章 統一試験から大学入試へ
-1. 各ステージでの統一試験とGCSE試験
-2. 「個性的」な大学入試
-3. 「ヨーロピアン・スタンダード」への道
第三章 何より重要な「国語」
-1. 熟達度別クラスは英流の成績で編成
-2. 英語の授業時間数と日本人の子どもの英語習得
第四章 まず、話す
-1. 幼児語を使わない
-2. ナショナルカリキュラムとその取り組み
-3. ディスカッションとディベート 
-4. 明確に・流暢に・説得的に
第五章 小さいうちからどんどん読ませる
-1. シェイクスピアから実務文まで
-2. 内容について詳細に考える
-3. 読み方について語り合う
-4. 「批判的」に「詳しく」読む
第六章 幅広い「書く」教育
-1. 作文・物語・論文・新開記事まで
-2. さまざまな読み手を想定する
-3. 構成力をつける
-4. 表現方法の工夫
-5. 仕上げと見た目を整える
第七章 誰もが脚本家、俳優、批評家
-1. 全員参加で劇作り
-2. 表現の研究
-3. 他人の演技を批評する
-4. 演出の経験
第八章 教科書のない授業
-1. 教師が作る独自授業
-2. スタディスキルの重視
-3. チームワークが求められる課外活動
-4. 社会に根付いたチャリティ・ボランティア
-5. 親の強い関わり
第九華 人学入学前の訓練と日険
-1. ギャップイヤー制度とはどういうものか
-2. 学生軍事教練
-3. 職業体験
-4. 自分の将来を意識した大学のコース
第十章エリート教育の光と陰
-1. 階級社会の中での模索
-2. 競争社会の重圧-厳しい教師、学校へのインスペクション
-3. 重い教師の負担と厳しい待遇
-4. 多民族社会の軋轢(あつれき)
終わりに
参考文献
あとがき


著者プロフィール  

山本麻子(やまもと・あさこ)

前橋市出身。1986年より家族と共に在英。現在レディング大学言語識字センターにて講師および研究調査官。専門は日本人の子どもの英語学習、日英両言語の同時学習、英国の国語教育。1992年レディング大学言語学科にて日本人児童の英語習得をテーマに博士号(PhD)取得。ボストン大学院英語教育修了、お茶の水女子大学大学院修了、津田塾大学卒(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。







<ブログ内関連記事>

英国社会

『グローバル仕事術-ニッポン式ビジネスを変える-』 (山本 昇、明治書院、2008) で知る、グローバル企業においての「ボス」とのつきあい方

日本語の本で知る英国の名門大学 "オックス・ブリッジ" (Ox-bridge)
・・あわせて読んでいただきたいブログ記事

映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた


言語技術

「人生に成功したければ、言葉を勉強したまえ」 (片岡義男)
・・アメリカのエリート教育

書評 『言葉でたたかう技術-日本的美質と雄弁力-』(加藤恭子、文藝春秋社、2010)
・・アメリカのエリート教育

書評 『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)
・・スピーチ

書評 『思いが伝わる、心が動くスピーチの教科書-感動をつくる7つのプロセス-』(佐々木繁範、ダイヤモンド社、2012)-よいスピーチは事前の準備がカギ!

書評 『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三、光文社新書、2007)

書評 『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか、白水社、2003)

書評 『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)





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2012年6月22日金曜日

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である


面白い、じつに知的刺激に満ちた「大英帝国論」だ!

面白い、じつに知的刺激に富んだ「大英帝国論」である。

ストーリーテリングの勝利といっていいだろう。導入から本文まで、構成とストーリー展開によって読ませる本である。

ところどころに引用される文学作品も、また意外な印象をもって「えっ!そうなの?」という気持ちにさせてくれる。まさか、大英帝国について書かれた本で、『風と共に去りぬ』の話を読むことになるとは!(・・ただし、映画ではなく原作のほうだが)。

大英帝国は、「アメリカ喪失」から始まったのである、と。そうか、たしかによくよく考えてみればそうだろろう。アメリカは、英国の植民地だったのだ。

アメリカ植民地の喪失という、まさにその時期に執筆されベストセラーになったのがギボンの『ローマ帝国衰亡史』であった。この事実からも、その当時の英国社会に満ちていた「空気」を感じることができる。英国は、はげしいアイデンティティ・クライシスを体験していたのだ。

世界史の教科書にも書いてあるとおり、アメリカ独立革命の思想的バックボーンは大陸の啓蒙主義であり、アメリカは独立戦争を戦うなかで、英国の宿敵であったカトリック国フランスと手を組んだのであった。プロテスタント国の英国に与えた衝撃は甚大なものがあったようだ。プロテスタント国 vs. カトリック国対立の図式はこのとき終わったからだ。

英国史の専門家は、アメリカ植民地喪失をはさんで、「第一次大英帝国」 と 「第二次大英帝国」というらしい。このふたつの大英帝国に断絶はないが、 植民地統治のあり方には大幅に改革が行われたというのが、本書のメインテーマである。

カリブ海の西インド諸島植民地で行われたサトウキビ栽培は、西アフリカからつれてこられた黒人奴隷に担われており、収穫したサトウキビから砂糖を精製するプロセスは消費地の英国で行われて「三角貿易」という経済システムが形成されていたことは、  書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!  を参照していただきたい。
     
アメリカ喪失後の「第二次大英帝国」においては、奴隷貿易の支配者から博愛主義の旗手へと転換し、ブルジョワジーをチカラを持ち始めたことから、東インド会社に代表される保護貿易から自由貿易への転換が推進されていく。そして、あらたな「三角貿易」は、英国=インド=中国で形成されるが、それはお茶が死活的な意味をもつようになったからだ。

わたしなりに整理すれば、大英帝国は、西インド諸島から東インド、すなわちカリブ海をふくんだ大西洋から、インド植民地を中心としたインド洋への大規模なシフトが行われたのである。

喪失した「アメリカ植民地」にかわって、大英帝国にとっての打ち出の小槌となったのは、あらたに版図に組み込んだインドである。いまや植民地のほぼすべてを喪失して大英帝国は存在しないが、この歴史の延長線上に、現在のわれわれは生きているのである。「見えないネットワーク」として大英帝国は、21世紀の現在でも生きているのだ。

それだけでなく、「目に見えるモノ」をつうじて、大英帝国は「現代文明」を形作っているのである。これは本書後半のテーマである、19世紀のヴィクトリア朝時代の大英帝国最盛期である。近代スポーツ、紅茶、博物館、ボーイスカウト・・・枚挙のいとまもないほど、多くのものがこの時期に生み出されて、大英帝国のネットワークをつうじて全世界に拡散していったのである。

しかも、後半のこのテーマにおいては、著者が得意な女性や少年といったテーマによって、ついつい男中心になりがちな大英帝国の歴史を、生活史を見る女性の目によって、立体化することに成功しているといえよう。

19世紀末の南アフリカにおけるボーア戦争や、オスマン帝国崩壊後のイラク王国成立にかんしても、植民地での戦争に参加した男性ではない、看護婦やそれ以外の形で現地におもむいた女性たちの視点がじつに新鮮な印象を受けるのだ。

『大英帝国衰亡史』を書いた保守派の論客・中西輝政氏のような男性の著者は、どうしても「衰退」に焦点を置きがちだが、女性の視点からみると、「衰退論」からは見えてこないべつの側面も見えてくる。

英国は、これまれの歴史のなかで、なんどもアイデンティティを再確認してきた国であることが本書を読むとよく理解できる。

その意味においては、第2次大戦後に植民地のほぼすべてを喪失した大英帝国、英国という島国にもどるうえで体験したアイデンティティ再確認について読みたいところであるが、それは400ページの本書では不可能な課題だろう。著者には、ぜひ本書の続きを取り扱った本を書いてほしいと思う。






目 次

はじめに
第1章 アメリカ喪失
 -ローマ帝国の衰亡とアメリカ喪失
 -「イギリス人」だったアメリカ人
 -アメリカ喪失の教訓
第2章 連合王国と帝国再編
 -問い直される愛国心
 -スコットランド帝国という幻想
 -ジェラルド・オハラの青春
第3章 移民たちの帝国
 -アメリカ喪失と移民活動の再開
 -「帝国の時代」のカナダ移民
第4章 奴隷を解放する帝国
 -奴隷貿易の記憶
 -共犯者としての帝国
 -奴隷貿易廃止運動の諸相
 -よみがえる奴隷貿易の記憶
第5章 モノの帝国
 -紅茶の国民化-女性、家庭、そして帝国
 -巨大睡蓮と万博
 -モノたちを見せる帝国
第6章 女王陛下の大英帝国-女王・帝国・君主制
 -女王陛下の要請によりて
第7章 帝国は楽し
 -大英博物館はミステリーの宝庫
 -ゴードン将軍を救出せよ-観光と帝国
 -ミュージック・ホールで歌えば帝国も楽し!
第8章 女たちの大英帝国
 -女たちの居場所
 -帝国に旅立つ女たち
第9章 準備された衰退
 -女たちの南アフリカ戦争
 -子どもたちの堕落をくい止めよ!
 -日英同盟の顛末
第10章 帝国の遺産
 -イラクに迷う大英帝国
 -帝国の逆襲?
あとがき
参考文献
年表
主要人物略伝
索引



著者プロフィール


井野瀬久美惠(いのえ・くみえ)

1958年、愛知県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。甲南大学文学部教授。専門はイギリス近現代史、大英帝国史。兵庫県長期ビジョン委員会、大阪府河川整備委員会、朝日放送番組審議会などの委員を歴任。著書に『植民地経験のゆくえ』(人文書院、第19回青木なを賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

そもそも「連合王国」(UK:United Kingdom)とは何かについても、本書をよむとよく理解できる。
18世紀のはじめ、イングランドと合併したスコットランド、財政破綻の結果。しかしこの機会をうまく活用し、多大な血を流しながらも連合王国のなかで地歩を築くことに成功。
一方、イングランドの穀物供給基地となったアイルランドは、主食のじゃがいも飢饉で餓死者続出し、アイルランド人は大量にアメリカに流出、現在でも国外在住者のほうが圧倒的に多く、「遠隔地ナショナリズム」として反英闘争の資金を提供してきたのである。これはアメリカ理解にとっても重要なことだ。

このほか、読んで面白い本であることは間違いない。

同じ時代を扱った本に 『大英帝国-最盛期イギリスの社会史-』(長島伸一、講談社現代新書、1989)がある。

ヴィクトリア女王の時代の19世紀の100年を扱ったものだが、ナイチンゲールのいう「高度文明社会」を成立させた大英帝国の最盛期を、大衆社会化という視点から描いたものだ。

あわせて読むと、この時代のイメージをさらにふくらませることができるだろう。こちらは、男性の視点であり、より社会経済史に力点をおいた社会史であり生活史である。

紅茶やボーイスカウトなどについては、それぞれ個別の本もいろいろ出版されているので、それらを参照するといいだろう。






<ブログ内関連記事>

■大英帝国の興亡

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!

書評 『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」

書評 『民衆の大英帝国-近世イギリス社会とアメリカ移民-』(川北 稔、岩波現代文庫、2008 単行本初版 1990)-大英帝国はなぜ英国にとって必要だったのか?

「東インド会社とアジアの海賊」(東洋文庫ミュージアム)を見てきた-「東インド会社」と「海賊」は近代経済史のキーワードだ




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2012年6月21日木曜日

書評 『民衆の大英帝国-近世イギリス社会とアメリカ移民-』(川北 稔、岩波現代文庫、2008 単行本初版 1990)-大英帝国はなぜ英国にとって必要だったのか?


大英帝国はなぜ英国にとって必要だったのか?

人口過剰の解決策としての「棄民政策」と、植民地の経済開発のための人材供給がうまくかみ合ったのが、大英帝国であったのだ!

落ちぶれて貧民となった者たちにとっては、社会問題解決を処理する場として植民地を必要としたのである。それを促したのは、「自発的年季奉公」という17世紀英国の独特の労働慣行であったというのが著者の見解である。

つまり、ひとことでいってしまえば、棄民と拓殖は背中あわせの存在であったということだ。

当時のイギリスが、犯罪現象やその前提となる失業や貧困といった社会問題の解決を、かなりの程度まで帝国形成のプロセスそのものに押しつけた事は明らか・・(後略)・・(P.150)

いわゆる「囲い込み」で土地を失った農民が新天地へ渡ったわけだが、海を渡ったのは農民だけではない。兵士も、流刑者もまたそうなのであった。

植民地の獲得と開発の過程は、イギリス本国の「社会開発問題押し出し」政策としての意味・・(後略)・・(P.151)

犯罪者は、当時は植民地であったアメリカに移送されていたのであった。独立戦争によってアメリカを喪失して以後は、その役割はオーストラリアが果たすことになる。

本書で興味深いのは、かのロイヤル・ネイビーとしての英国海軍も、草創期においては、まったく栄光も人気もなかったということだ。

海軍は英国にとって、「海洋帝国」形成のために不可欠であったのだが、海軍兵士のリクルートは強制徴募によって行われていたのである。リクルーターによって酒場で捕らえられた酔っぱらいたちは、否応なく軍艦に放り込まれるという、かなり乱暴な人集めが行われていたらしい。

しかも、孤児院もまた海軍兵士の供給源として一石二鳥の活用をされていたというのだ。この背後にあった、捨て子、孤児をめぐるカトリックとプロテスタントの考え方の違いも興味深い。

英国の特徴は、18世紀の重商主義戦争は、英国本土とは対岸のヨーロッパ大陸で戦われたことににもある。このため、戦争の財政負担の問題はさておき、海軍帰還兵問題も発生することになる。

本国で雇用がつくりだせない以上、増大する失業者が社会問題にも発展しかねない。そこで活用されたのが、植民地だったのである。

そして、この基本姿勢は、大英帝国がもはや存在しなくなった現在も続いているのである。

最後の拠り所を植民地に求めるこのような傾向は・・(中略)・・現在に至るまでも、多少形を変えながら継続している。かくてイギリスは、旧帝国各地から大量のイミグラントを受け入れつつ、他方では、相変わらず一旗あげようとする人びとの、アメリカやコモンウェルス各国への出移民をも記録し続けているのである」(P.278~279)

本書は比較社会史ではないので言及はないが、日本の例でいえば、戦国時代が終わり、行き場を失った武士が、シャムにわたって傭兵となった事例や、戦前の日本が国内では食えない人たちを満州に開拓移民として送り出してきたことを想起すべきだろう。

現在もっとも人口過剰、とくに若年層の失業問題に悩んでいるのは中近東諸国であるが、かつての大英帝国や大日本帝国のように、植民地に失業者を大量に送り出すことは、もはや叶わない話である。自国の意のままになる植民地もつことは、21世紀の現在はありえないからだ。

本書で展開されている議論は、英国とアメリカ、英国と英連邦の成り立ちを考えるうで、ぜひアタマにおいておきたい重要な視点である。

研究書ではあるが、文庫化されてハンディで読みやすくなった。ぜひ一読することをすすめたい。







目 次

序 近世イギリス民衆にとって、帝国とは何だったのか
Ⅰ 自発的に年季奉公人となってアメリカに渡った人びと
Ⅱ イギリス近世社会と通過儀礼としてのサーヴァント
Ⅲ 強制されてアメリカに渡った移民たち
Ⅳ 海軍兵士リクルートの問題-「板子一枚の世界」(ウッドン・ワールド)
Ⅴ 囲い込みと移民-帝国を形成する農民たち
おわりに

あとがき
岩波原題文庫版あとがき

著者プロフィール

川北 稔(かわきた・みのる)

1940年生。京都大学文学部史学科卒業。大阪大学名誉教授。京都産業大学文化学部教授。イギリス近代史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




<ブログ内関連記事>

人口爆発と失業問題の解決策

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く
・・「しかるべきポジションをゲットできず居場所がない野心的な若者たち。過剰にあふれかえる彼らこそ、暴力やテロを生み出し、社会問題の根源となっている。これは現在だけでない、歴史的に見てもそうなのだ。「少子高齢化」ばかり耳にする現在の日本では考えにくい事態であるが、これが世界の現実だ。イデオロギーや主義も、しょせん跡付けの理由に過ぎない」

書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)
・・過剰人口、とくに若年層の失業問題をかかえる現在の中近東諸国は、大英帝国とおなじ問題をかかえているのだが、はたして解決策は・・・?

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!

「JICA横浜 海外移住資料館」は、いまだ書かれざる「日本民族史」の一端を知るために絶対に行くべきミュージアムだ!
・・かつて過剰人口問題に悩んでいた日本もまた「移民」送り出しで問題解決を行っていた


「近代システム」と大英帝国の興亡

書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!

書評 『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である

(2014年6月10日 情報追加)



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書評 『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」



「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」

本書は、著者自身が抱いている、かなり切迫感をもった危機感から語り始められている。大学受験で世界史を選択する者が減少しているだけでなく、世の中で歴史学はすでに終わった学問だと見なされているというのだ。日本人の歴史的思考能力が劣化しつつあるのだ、と。

著者のいいたいこともわからなくはないが、わたしに言わせれば、「歴史的思考の劣化」ではなく、もともと日本人は「歴史的思考」は身についていないと思うのだが、それはまあそれは脇においておこう。

しかし、日本人の問題意識から出発した歴史学が必要だという著者の姿勢には、まったく賛成だ。

というのも、『自分のなかに歴史をよむ』という名著を書いた阿部謹也ゼミナールに学んだ者としては、当たり前すぎるほどに「常識」だと考えているからだ。阿部謹也の師である上原専禄には、検定不合格教科書を書籍化した『日本国民のための世界史』(岩波書店、1960)という本もある。

その意味では、本書は現代に生きる日本人にとっては、ひじょうに関心のつよいテーマである「衰亡論」に正面から取り組んだものであるだけに、出版以来版を重ねており、比較的よく読まれているのであろう。本書は衰亡史だけではなく、興隆史も描いているので、あわせて興亡史というべきだろう。

「衰退論」は、歴史学の議論であるが、政治的に大いに利用されてきたと著者は本書のなかで語っている。たしかに、「衰亡論」のさきがけとなった 『ローマ帝国衰亡史』を書いた英国の政治かエドワード・ギボン自身、アメリカ植民地喪失の時代の英国人であった。現代もまた政治的な観点から語られるのが「衰亡論」である。

中西輝政の『大英帝国衰亡論』が、日本の衰退を嘆く立場から全盛期の英国を讃えながら、現在の日本人にカツをいれるような筆致であるのもまた、その流れのなかにあるといってよい。中西氏は政治学者であり、いうまでもなく保守の論客である。

本書の著者・川北稔氏の政治的立場は知らないが、危惧するのは歴史学の復権であることは間違いない。それも、日本人による日本人のための歴史学である。


英国社会史とヨーロッパ「世界システム」の歴史の枠組みのなかイギリス近代史を考える

本書は、イギリスという国の成り立ちと、「衰退」プロセスを、メカニズムに着目して、内側から描こうという姿勢に特徴がある。

著者は、ウォーラステインの主著 『近代世界システム』の翻訳によって「世界システム論」という歴史学の理論を積極的に日本に紹介してきたとともに、一般大衆に焦点をあてたイギリス社会史の著作を何冊も出版して、日本の一般読者向けに提供してきた人でもある。

本書は、その理論的関心と地道な生活史の成果が、うまく結合したものだといえよう。本の成り立ちが、編集者を前に語り下ろしたものを文字化したものであるだけに、話の筋が一貫しており、ひじょうに読みやすい内容になっている。

「世界システム論」からは地球全体で考える思考生活史を中心とした社会史からは、家族構成と人口問題や都市化というライフスタイルを考える思考がでてくる。前者のウォーラステインがブローデルの延長線上にあるとすれば、後者の社会史もまた、アナール派などのあたらしい潮流のなかにあるものだ。

近代システムの多くが英国で始まったことは、社会科学を学んだことのある人間にとってはある種の常識だ。そういう人間にとって、なぜ産業革命が世界にさきがけて英国で発生したのか、それにもかかわらず、なぜ英国は現在では金融立国として生き残っているのか、など魅力的なテーマが多い。

「サッチャー革命」による金融街シティの変貌が、ジェントルマン資本主義から新自由主義への完全な移行をもたらしたことも、著者の問題意識が歴史家でありながら、きわめてアクチュアルなものであることを感じさせる。現在のシティは、すでに白洲次郎が語っていたような金融界ではない。

なぜ大英帝国という植民地帝国が英国には必要だったのかについては、より研究書の色彩のつよい『民衆の大英帝国-近世イギリス社会とアメリカ移民-』をあわせて読むことで立体的な理解が可能となる。

中西輝政の『大英帝国史』をすでに読んだ人も、政治史というよりも、経済史に力点をおいた社会史でもある本書をぜひ読んでほしいと思うのである。

もちろん、いかなる教訓を読み取るかは、あくまでも読者一人一人によって異なるのは当然だ。






目 次
プロローグ 歴史学は終わったのか
第1章 都市の生活文化はいかにして成立したか-歴史の見方-
第2章 「成長パラノイア」の起源
第3章 ヨーロッパ世界システムの拡大とイギリス
第4章 世界で最初の工業化―なぜイギリスが最初だったのか
第5章 イギリス衰退論争-陽はまた昇ったのか
-イギリスは衰退したのか-基礎データ
エピローグ 近代世界の歴史像
さらに学びたい人のために


著者プロフィール

川北 稔(かわきた・みのる)
1940年生。京都大学文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程中退。文学博士。大阪大学大学院文学研究科教授、名古屋外国語大学教授を経て、京都産業大学文化学部客員教授、国際高等研究所副所長を経て、現在、佛教大学特任教授。大阪大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものにカバー記載の情報を加えたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!

書評 『民衆の大英帝国-近世イギリス社会とアメリカ移民-』(川北 稔、岩波現代文庫、2008 単行本初版 1990)-大英帝国はなぜ英国にとって必要だったのか?


大英帝国衰亡史と英国の底力の源泉

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である

書評 『紳士の国のインテリジェンス』(川成洋、集英社新書、2007)-英国の情報機関の創設から戦後までを人物中心に描いた好読み物

麹町ワールドスタジオ 「原麻里子のグローバルビレッジ」(インターネットTV 生放送) に出演します(2012年6月13日 21時から放送)-テーマは、『「近代スポーツ」からみたイギリスとイギリス連邦』

映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた

書評 『大英帝国の異端児たち(日経プレミアシリーズ)』(越智道雄、日本経済新聞出版社、2009)-文化多元主義の多民族国家・英国のダイナミズムのカギは何か?


英国社会と固有の「文化」

書評 『「イギリス社会」入門 -日本人に伝えたい本当の英国-』(コリン・ジョイス、森田浩之訳、NHK出版新書、2011)
・・「文明」ではない固有の「文化」について日本通の英国人が語る

(2016年2月21日 情報追加)




(2017年5月18日発売の新著です)


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2012年6月20日水曜日

書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!


紅茶と砂糖という奢侈品が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!

現代人であるわれわれは、砂糖を消費しないで過ごすことは、おそらく一日たりともないはずだ。たとえ、直接コーヒーや紅茶に砂糖を入れて飲まない人であっても、さまざまな加工食品には原材料として砂糖が使用されているからだ。

しかし、砂糖が現在のように、世界中どこでも使用される「世界商品」となったのは、そんなに古い話ではない

砂糖もまた、さまざまな商品と同様、先進地帯であったイスラーム世界から、十字軍とともに後進地帯であるヨーロッパにもたらされたものだ。だが、砂糖が本格的に普及したのは、英国がカリブ海の西インド諸島に確保した植民地で、奴隷労働を酷使してプランテーションでサトウキビを栽培するようになった、17世紀後半から18世紀にかけてからのことなのだ。

中国から輸入された奢侈品のお茶と、おなじく奢侈品の砂糖が、出会ったことによって、英国が世界の砂糖生産において中心となったのである。需要が供給をつくりだしたわけである。

そして、 砂糖を入れた紅茶は、英国社会では上流社会から下層階級にまで拡がり、家庭生活に定着していくことになる。大陸のフランスでは、英国ほど紅茶は普及しておらず、現在でも基本はワインとカフェで飲むコーヒーである。この違いに注目しておこう。

消費地の英国、奢侈品であるお茶を供給する中国、労働力を供給するアフリカ、そして生産地である西インド諸島。これらをひとつのシステムにまとめあげたのが英国であり、その結果、英国は世界貿易の中心となる。そして、これこそがいわゆる「近代世界システム」というものなのだ。

カリブ海の「砂糖革命」から「近代世界システム」が始まったのである。砂糖のように、ごくごく身近な「世界商品」から近現代史を読みとることができるのだ! これぞ歴史を深掘りする楽しみであろう。

ただし、砂糖をめぐる歴史の舞台は、日本人には一般になじみのないカリブ地域である。英国を中心にもってくると、大西洋をはさんだカリブ世界とアフリカが等距離で視野に入ってくる。その意味で、この本は「視点の取り方」と「ものの見方」について教えてくれる本でもある。

そして、この視点に気がつくことによって、なぜ英国が世界貿易の中心となり、「近代世界システム」として世界が一つになったのかが理解できるようになる。そのカギの一つが砂糖という「世界商品」だったのだ。

カリブ海の砂糖プランテーションで収穫されたサトウキビは、英国に持ち込まれて精製され砂糖となる。英国の「産業革命」は、カリブ海の砂糖プランテーションと同時代に、並行的に進展した同じ一つの現象であることも知ることになる。

「世界システム論」と「歴史人類学」で、近代史を考えるとこのように見えてくるのである。歴史的思考とはこういうものだというひとつの見本である。

ジュニア新書から出版された本だが、地球レベルで歴史を考えるための、またとない手引きとなる一冊である。読めば間違いなく、視野が広がるのが実感できるはずだ。





目 次


プロローグ 砂糖のふしぎ
第1章 ヨーロッパの砂糖はどこからきたのか
第2章 カリブ海と砂糖
第3章 砂糖と茶の遭遇
第4章 コーヒー・ハウスが育んだ近代文化
第5章 茶・コーヒー・チョコレート
第6章 「砂糖のあるところに、奴隷あり」
第7章 イギリス風の朝食と「お茶の休み」-労働者のお茶-
第8章 奴隷と砂糖をめぐる政治
第9章 砂糖きびの旅の終わり-ビートの挑戦-
エピローグ モノをつうじてみる世界史-世界史をどう学ぶべきか-
あとがき


著者プロフィール
    
川北 稔(かわきた・みのる)

1940年生。京都大学文学部史学科卒業。大阪大学名誉教授。京都産業大学文化学部教授。イギリス近代史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

「アメリカ独立以前」の「第一次大英帝国」においては、西インド諸島(West Indies)が、アメリカ独立後、つまり英国からみればアメリカ喪失後の「第二次大英帝国」においては、東インド(East India)が英国にとって最重要な意味をもってくる。

砂糖は、カリブ海植民地において生産することに成功したものの、奢侈品であるお茶は依然として中国からの輸入に頼らざるをえなかった。輸入するお茶の支払い代金が、貿易不均衡を生む。この貿易不均衡を解消するために英国が目をつけたのが、インドのアヘンだった。

そして、「英国=インド=中国」をむすぶ、あらたな「三角貿易」が成立するのだが、これについては本書では触れられていない。

とはいえ、アジアと密接な関係をもるわれわれ日本人は、その後の『砂糖の世界史』についても知っておかねばならない英国は、19世紀後半の「アヘン戦争」によって、中国をも植民地化していくことになる。その背後には紅茶と結びついた砂糖があったのだ。



日本における砂糖生産については、『明治維新のカギは奄美の砂糖にあり-薩摩藩 隠された金脈-(大江修造、アスキー新書、2010)という本がある。

奄美は薩摩藩が実質的に植民地扱いして甘藷栽培のモノカルチャーを行わせており、砂糖からあがる収益が財政の下支えをしていた。これが西南雄藩の財政的原動力であり、薩英戦争において英国と互角の戦いを行うことを可能とさせたのである。

全体として統一した主張が練り上げられていないので、何を主張したいのかが見えてこない本だが、部分的な事実関係の記述には納得させられるものもあるので参考になる。ほかにあまり類書がないので、参考として掲載しておく。







<ブログ内関連記事>

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評 『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」

書評 『民衆の大英帝国-近世イギリス社会とアメリカ移民-』(川北 稔、岩波現代文庫、2008 単行本初版 1990)-大英帝国はなぜ英国にとって必要だったのか?

「東インド会社とアジアの海賊」(東洋文庫ミュージアム)を見てきた-「東インド会社」と「海賊」は近代経済史のキーワードだ

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する

(2014年1月26日、7月29日 情報追加)





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2012年6月19日火曜日

書評 『「イギリス社会」入門 -日本人に伝えたい本当の英国-』(コリン・ジョイス、森田浩之訳、NHK出版新書、2011)-イギリス人が書いたイギリスあれこれ


イギリス人が書いたイギリスあれこれ

英国人のフリージャ-ナリストが書いた随筆のような作品。

階級、天気、国旗、住宅、料理、王室、結婚、表現、蘊蓄(うんちく)、英雄、私淑、紅茶、飲酒、酒場、歴史、留学、風物、伝統、品格という全19章。

1970年生まれでオックスフォード大学卒業の著者が書く「最近の英国」は、日本と米国で過ごした18年間の不在を取り戻すプロセスのなかで考察されたものだ。異邦人の目でもって。

むかし、高校時代に英語の教科書で、ジョージ・ミケシュ(George Mikes)の "How to be an Alien" という英国と英国人論を読まされた記憶があるが、ハンガリー人のミケシュは英国に惚れ込んだ異邦人であった。著者は英国人であって、かつ異邦人の目ももっているのが特色である。

あるものは廃れ、あるものはあたらしく生まれ、しかしほとんど大半は変わらぬイングランド。現在の王室がドイツ出身など学校でならっているはずなのに意外と知られていない事実から、階級社会にかんする日本人の思い込みを戒め、ユニオンジャックの秘密から、多民族国家の英国の現状まで語られる。

ストレートに語らない語り口は、まさに英国的としかいいようがない。

冗談や皮肉、人を食ったようなユーモアや韜晦(とうかい)の多い、あまり素直ではない語り口は、「入門」としてはいかがと思う人もいるだろうが、これぞ英国的だと思うべきだろう。海外生活が長いとはいえ、著者はやはり英国人である。

英国でしか放送されないローカルなTV番組がいろいろ紹介されているので、見てみたいという気も起こるが、おそらく英国人しか面白いとは思わない内容なのだろう。英語のコトワザでも英国でしかつかわれないものは、使い道はないが読んでいると興味深い。

もはや世界の覇権国の地位から降りて60年以上、衰退した英国はユーラシア大陸西端の島国として、世界標準としての「文明」としての要素もさることながら、本来の「文化」としての要素が面白い。イングランドの文化は、日本人の目から見てもかなり変わっている。日本に入って定着したものは、文化ではなく。普遍性がある文明なのだということが逆説的に理解できるのである。

GMT(グリニッジ標準時間)など、英国文明は現代文明のすみずみにまで刻印されているとはいえ、特定の分野をのぞいては、今後あらたに普遍的に世界全体をリードするものがでてくることはなさそうだ。英国ですら、アメリカ文明の前には抵抗できないのが現在の姿だからだ。その意味では極東の日本とは、おもしろい好対照なのかもしれない。

アメリカの影響でストレートな語りも増えた日本ではあるが、たまにはこの英国人著者のような語り口も悪くない。なんだか、ややぬるくなった英国ビールのようでもあるが。




目 次


異邦人の目で見た母国イギリス
1. 階級-みすぼらしい上流、目立ちたがる労働者
2. 天気-今日も「くもり時々雨、時々晴れ」
3. 国旗-ユニオン・ジャックは優れた輸出品だ
4. 住宅-イギリス人がいちばん好きな話題
5. 料理-フランス人にはわからない独創性
6. 王室-昔、英語を話せない国王がいた
7. 結婚-ロイヤル・ウェディングの新常識
8. 表現-スズメバチをかんでいるブルドッグ
9. 蘊蓄-てっとり早くイギリス通になる方法
10. 英雄-「偉大」なイギリス人
11. 私淑-敬愛するジョージ・オーウェル
12. 紅茶-お茶は世界を生き返らせる
13. 飲酒-酔っぱらいはこうして生まれる
14. 酒場-パブは歴史、文化、伝説の宝庫だ
15. 歴史-ぼくのお気に入り英国史
16. 風物-好事家向けスポーツカレンダー
17. 伝統-ニュー&オールド・ブリテン
18. 品格-これぞ、イギリス
著者あとがき
訳者あとがき


著者プロフィール   
コリン・ジョイス(Colin Joyce)
1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。1992年来日し、高校の英語教師、『ニューズウィーク日本版』記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。2007年に渡米し、2010年に英国に帰国(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
森田浩之(もりた・ひろゆき)
ジャーナリスト。立教大学兼任講師。早稲田大学政経学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)メディア学修士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<書評への付記>

英国的ユーモアについては、『笑う大英帝国-文化としてのユーモア-』(冨山多佳夫、岩波新書、2006)をあわせて読むことをすすめたい。国王や王族すら笑い飛ばす英国人の笑いは、けっして最近のことではないことがわかる。それもまた「伝統」なのだ。英国人以外には、きわめてわかりにくいものだが・・・。

著者には、おなじくNHK出版から出ている 『ニッポン社会入門-英国人記者の抱腹レポート』(谷岡健彦訳、生活人新書、2006)がある。観察力と見る視点の面白さは、日本社会レポートも、英国社会レポートにも共通している。




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日本語の本で知る英国の名門大学 "オックス・ブリッジ" (Ox-bridge)

ボリウッドのクリケット映画 Dil Bole Hadippa ! (2009年、インド)-クリケットを知らずして英国も英連邦も理解できない!

麹町ワールドスタジオ 「原麻里子のグローバルビレッジ」(インターネットTV 生放送) に出演します(2012年6月13日 21時から放送)-テーマは、『「近代スポーツ」からみたイギリスとイギリス連邦』

映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた

書評 『ふしぎなイギリス』(笠原敏彦、講談社現代新書、2015)-「EU離脱」をめぐる「国民投票」実施前の現代英国をまるごと理解できる充実した内容

(2017年6月19日 情報追加)




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2012年6月18日月曜日

書評 『紳士の国のインテリジェンス』(川成洋、集英社新書、2007)-英国の情報機関の創設から戦後までを人物中心に描いた好読み物

英国の情報機関の創設から戦後までを人物中心に描いた好読み物

英国といえば情報機関、そんな印象を形づくっているのは、なんといっても 007ジェームズ・ボンドの存在だろう。

ジェームズボンドは架空の存在だが、本書にも登場するイアン・フレミングの創作だ。本書にも、第8章で 『007』ジェームズ・ボンドの生みの親イアン・フレミングとして取り上げられている。そのイアン・フレミングの生涯じたい、いかにも英国的だなと感じさせるものだ。

また、かつてはよく読まれた作家サマセット・モームには『秘密諜報員』という日本語訳になっていた『アシェンデン』という作品があるので、本人にもスパイ経験があることは知っていたが、本書の記述を読むと、その人間性までわかって、なんともいえない気分になったりもする。

祖国に尽くしたスパイがいれば、その反対に祖国を裏切ったスパイもいる。

映画 『アナザー・カントリー』は、戦前のパブリックスクールにおける、将来のエリートである美少年たちのゲイライフに焦点があてられているので、その面では女性にも好まれている作品であるが、かれらの人生もまた、一人一人についてその末路までふくめて語られている。

こんな感じで、気になった人物から読み始めると、結局のところ全部読んでしまうことになる。

英国は、歴史の重要なプレイヤーとして登場した16世紀以来、いわゆるヒューミント、つまりヒューマン・インテリジェンスをフルに活用した歴史をもっているのである。国家組織としてスパイ情報を活用した政治家が英国の歴史をつくってきたことが、本書であらてめて納得することになる。

大英帝国を成立させたのもまた、この人的ネットワークによって張り巡らされた諜報網の存在ぬきにはありえなかったわけだ。

情報、諜報、スパイ・・・ 響きはあまりよくないとはいえ、情報活動は外交活動の基礎である。それが合法か非合法かだけの違いでしかない。

こういう側面から近代英国史を振り返ってみるのも面白いことだ。





目 次


第Ⅰ部 祖国に尽くしたスパイ
-第1章 エリザベス朝イングランドを支えた「イギリス秘密情報部の父」フランシス・ウォルシンガム(1530?~1590)
-第2章 秘密を握ったとみなされた天才劇作家の顛末クリストファー・マーロー(1564~1593)
-第3章 「グレート・ブリテン王国」誕生の陰の立役者ダニエル・デフォー(1660~1731)
-第4章 「ボーア戦争の英雄」と謳われた偽装作戦の名手ロバート・ベーデン=パウエル(1857~1941)
-第5章 貴族に叙せられた変装と語学の天才ポール・デュークス(1889~1967)
コラム ① 20世紀イギリスのスパイ組織の歴史-MI5とMI6の誕生
-第6章 世界的な有名作家をカバー(偽装)に利用したスパイサマセット・モーム(1874~1965)
-第7章 不朽の名画『第三の男』の原作者グレアム・グリーン(1904~1991)
-第8章 『007』ジェームズ・ボンドの生みの親イアン・フレミング(1908~1964)
コラム ② 対独レジスタンスに輝いた二つの綺羅星-特殊任務機関の女性スパイ

第Ⅱ部 祖国を裏切ったスパイ
-第9章 イギリス犯罪史上最長の懲役42年に処せられた男ジョージ・ブレイク(1922~?)
-第10章 人も羨むような「文武両道」の才に恵まれた男ガイ・バージェス(1911~1963)
-第11章 未来の「外務次官」の席を棒に振った男ドナルド・マクリーン(1913~1983)
-第12章 歴史にその名を残した20世紀最大のスパイ キム・フィルビー(1912~1988)
-第13章 「エリザベス女王のご親友」と謳われた美術史学界の重鎮アンソニー・ブラント(1907~1983)
-第14章 「私は雑魚にすぎない」とうそぶいた「第五の男」ジョン・ケアンクロス(1913~1995)
あとがき
参考文献


著者プロフィール
川成 洋(かわなり・よう)
1942年、北海道生まれ。1966年、北海道大学文学部卒業、1969年、東京都立大学大学院修了。ロンドン大学・ケンブリッジ大学客員研究員を経て、1977年より法政大学教授。社会学博士(一橋大学)。専攻はイギリス文学、スペイン史。書評家としても活躍(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

インテリジェンス・ナウ 「お好きなトイレの使用を」-スパイの世界を変える「LGBT」 (春名幹男、フォーサイト、2016年6月23日)
・・ホモセクシュアルであることは隠しているが故に、脅迫の対象となるという弱みがあったが、公式に認めてしまえば弱みにはなり得ないというロジック

(2016年6月29日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

書評 『ジェームズ・ボンド 仕事の流儀』(田窪寿保、講談社+α新書、2011)-英国流の "渋い" 中年ビジネスマンを目指してみる

本の紹介 『交渉術』(佐藤 優、文藝春秋、2009)

「サンダーバード博」(東京・科学未来館)にいってきた(2013年7月17日)
・・登場人物の紅一点であるレディ・ペネロペは「ロンドン・エージェント」

(2014年9月11日 情報追加)





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2012年6月17日日曜日

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!



梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!・   

梅棹忠夫の代表作といえば、『文明の生態史観』であることは、誰にも異存はないだろ。それだけインパクトの大きな論文であったのだ。

わたしがはじめてこの論文が収録された文庫本を読んだのは大学2年のときだったと記憶している。1981年頃の話であるから、いまから30年前の話になる。

正確な記憶がないのだが、この本を知ったキッカケは、推薦図書のリストの一冊にあげられていたのではないかと思う。

社会科学の総合大学に入学したわたしが真っ先に取り組んだのは、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(・・いわゆる通称「プロ倫」)であったが、『文明の生態史観』もまた、それに劣らず重要な文献であるとされていたはずだ。

1981年当時は、社会科学の分野では、まだまだマルクス主義が勢力を保っていた。ソ連が崩壊したのはそれから10年後、1991年のことであるから、すでに凋落の兆しが見えていたとはいえ、ウェ-バーとならんでマルクスは必読書であったのだった。

梅棹忠夫の 『文明の生態史観』 は、ある意味では自然科学の観点からみた、マルクス主義とは異なる意味での「唯物論的」なものの見方であったといえるかもしれない。

もともと理科少年で、しかも生物と地学が大好きなわたしのような人間にとっては、『文明の生態史観』は、文学作品よりもピンとくる内容であったことは確かだった。しかも、高校時代には小室直樹の一般デビュー作『ソビト帝国の崩壊』をリアルタイムで読んでいたので、共産主義や社会主義に対する幻想をもたないどころか、嫌悪感すらもっていたことも大きい。


大学キャンパスではいまだに社会主義幻想の残滓(ざんし)とでもすべきものは残っていたが、それはビジネスマン養成大学とは、学問的には社会科学が研究対象であったことも大きいだろう。この点については、書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論 も参照していただきたい。


もっとも、バブル経済前夜であり、「西の京大、東の一橋」と語られていたキャンパスは、ちょうどその頃に開業したディズニーランドになぞらえて語られることも多かったのだが。

しかも、わたしが学んだ一橋大学の歴史学においては、社会科学の先達としてのマルクス本人には敬意を表しながらも、唯物史観にもとづく「発展段階説」には否定的であった。つまり、社会科学者としてのマルクスは尊敬しても、唯物史観はイデオロギーに過ぎないという姿勢が強かったのは幸いであった。

この見方は、唯物史観(=マルクス主義) VS. 生態史観(=梅棹理論) という枠組みで、あざやかに整理して見せた歴史学者・川勝平太の一連の著作を読んだことで、おぼろげながらその意味がわかってきたのだが、これはまた別の機会に取り上げることとしよう。


文明とは? なぜ文化ではなく、文明か?

日本語では、「文化」と「文明」はあまり意識して区別されていないような気もするが、梅棹忠夫はこの両者を明確に区分して使っている。

文化はドイツ語のクルトゥーア(Kultur)に該当するのに対し、文明はフランス語のシヴィリザシオン(civilisation)に該当するという理解もあるが、ドイツ語にもフランス語起源のツィヴィリザチオン(Zvilisation)、フランス語にも文化を意味するキュルチュール(culture)というコトバはある

『文明の生態史観』のなかで、梅棹忠夫はつぎのような表現で、文化と文明の違いについて書いている。引用は「文明の生態史観」という同名の論文から。

戦前は文明国ということばをよくきいた。戦後はもっぱら文化国で、文明をいわなくなったのはどういたことだろうか。戦争にまけて、鼻べちゃになったので、文明国の名を返上したのだろうか。しかし日本は、戦争にまけても、依然として高度の文明国である。ある部分では、戦前よりも文明の度がすすんでさえいる。
いちいち文明の特徴をあげるまでもないが、たとえば、巨大な工業力である。それから、全国にはりめぐされたぼう大な交通通信網。完備した行政組織、教育制度。教育の普及、豊富な物資、生活水準の高さ。たかい平均年齢、ひくい死亡率。発達した学問、芸術。

以後、梅棹忠夫は一貫して「日本文明」という表現を使用していることは、梅棹忠夫の読者なら十二分に了解していることだろう。

なお、『文明の生態史観』(中公文庫版)は、以下の論文から構成されている。( )内は論文の初出年度(・・発表されてない場合は執筆年度)である。


東と西のあいだ (1962年)
東の文化・西の文化 (1956年)
文明の生態史観 (1957年)
新文明世界地図-比較文明論へのさぐり (1957年)
生態史観から見た日本 (1957年) 
東南アジアの旅から-文明の生態史観・つづき (1958年) 
アラブ民族の命運 (1958年)
東南アジアのインド (1958年)
「中洋」の国ぐに (1961年)
タイからネパールまで-学問・芸術・宗教 (1962年)
比較宗教論への方法論的おぼえがき (1965年)


なお、「東南アジアの旅から-文明の生態史観・つづき」(1958年)の内容を発展させたものが、『東南アジア紀行』となっている。この本については 『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある を参照していただきたい。



「生態史観」とは何か?-簡単に振り返っておこう

「戦後の日本人に元気を与えた論文」として評価の高い「文明の生態史観」であるが、基本的には「中洋」の発見ということがもっとも大きなポイントであることは言うまでもない。

「中洋」とは「西洋」でも「東洋」でもない、その中間地帯にあるもの。具体的にいえばインド亜大陸(sub-continent)がそれに該当する。

先にも引用したように、梅棹忠夫は「日本は高度文明国」であるという認識を根底においている。中国文明の影響を受けながらも、独自の一つの文明を成立させているのが日本文明である、と。

従来の見方によれば、日本は「東洋」の一国ということになるのだが、日本は東洋という枠組みにはおさまるものではない。中国文明とは異なる文明である。

そこで、梅棹忠夫が提示したのが「生態史観」という考え方である。文明の発達度合いによって、世界を第一地域、第二地域に分け、西ヨーロッパの数カ国と日本という高度文明国の第一地域とし、それ以外のユーラシア大陸全土を第二地域とした。

ユーラシアでものを考えるための基本的フレームワーク(枠組み)が、「東南アジアの旅から-文明の生態史観・つづき」に収録された2つの概念図である。斜線が引かれた乾燥地帯が、東洋でも西洋でもない「中洋」に該当する。


a図の説明
(出典:「東南アジアの旅から-文明の生態史観つづき」(1958)


b図の説明
(出典:「東南アジアの旅から-文明の生態史観つづき」(1958) 



この2つの概念図で明らかなのは、ユーラシア大陸をはさんで反対側に位置している西ヨーロッパと日本が、構造的にには同じポジションに位置しているということだ。

つまり、生態学的に地球規模でみれば第一地域に属する日本と西欧はきわめて似た存在なのであり、そこで発生し発達した「文明」が似通っているのは、ある意味では当然なのである。

梅棹忠夫によれな、文明というものは、自然環境とその社会自体の変化によって起こるものであり、地域により違った発展がありうるのは当然である。これを、生態学用語から転用した「遷移」(succession:サクセッション)という概念でもって説明しているのだが、この発想が、もともと自然科学者から出発した梅棹忠夫の独創的なところなのである。

『文明の生態史観』が発表されてから約40年後に書かれた『文明の生態史観はいま』(梅棹忠夫、中公叢書、2001)で、梅棹忠夫は、この概念図について、どのような発想のもとに作製されたのか、歴史学者の川勝平太との対談みずから語っているので引用しておこう。


あれは気候学をベースにしているんです。気候学の基本概念には「理想大陸」というものがあります。たとえば北半球の大陸では、地球自転の影響で偏西風がおこり、それが地球自転の偏向力によって北へ曲がるのです。その結果、理想大陸の中央には乾燥地帯が斜めに走る。この図ではトポロジー(位相幾何学)の関係性を図にする手法を用いており、あえて距離や方向性については捨象してあります。
・・(中略)・・
もうひとつ、やはり『文明の生態史観』には書いていませんが、そのベースにあるのはケッペンの精密な気候区分なんです。森林の樹種をタイプ分類すると、西ヨーロッパは硬葉樹林のゾーンで、日本は照葉樹林のゾーンになる。これは対応します。
・・(中略)・・
そうなんです、生態史観の基本には、地球幾何学があるんです。その美しさが文科の人にはわかってもらえない。世界文明というものは合理的にできているのです。それは地球の構造からきているわけです。

(出典:『文明の生態史観はいま』 P.42~44)

(ケッペンの気候区分 wikipediaより)


■「中洋」の発見
   
基本的には「中洋」の発見ということがもっとも大きなポイントであると書いたが、これについては、梅棹忠夫も編集委員の一人に名をつらねて、最終巻の『人類の未来』を書く予定であった河出書房版の『世界の歴史 19 インドと中近東』というタイトルに注目していただきいたい。

インドは、梅棹忠夫が『文明の生態史観』で指摘したように、そこは西洋でも東洋でもない「中洋」としかいいようのない世界なのだ。日本や中国、韓国をふくんだ東アジア世界とはまったく異質の世界である。

「インド世界」はむしろその西側に位置する、いわゆる中近東に近いことは、歴史をみれば明らかなのである。その意味では、現在にいたるまで『世界の歴史 19 インドと中近東』(岩村忍・勝藤猛・近藤治、河出文庫、1990)の価値は減じてない。これもまた、東洋学をベースにした京大歴史学の成果である。

文庫版のカバーの左側にある、かの有名なタージ・マハールはムガル帝国の皇帝が建設させたものだが、ムガル帝国はイスラーム王朝であり、しかも公用語はペルシア語であったのだ!

文庫版は現在でも入集可能なので、機会があればぜひ手にとっていただきたい歴史書である。

インドを考える際には、英国の植民地となる以前、ムスリム帝国であったムガール帝国が長く支配していた歴史的経緯を考えれば、「中洋」という枠組みで考えたほうがしっくりといくはずなのだが。ちなみに、ムガール帝国の公用語はペルシア語であったことは、世界史で大学受験をする受験生にとっても、盲点の知識かもしれない。

なお。インド西部には、イスラーム化されたイラン(=ペルシア)から、ゾロアスター教徒が逃れてきてコミュニティを形成している。パルシーと呼ばれる民族集団である。

梅棹忠夫が提唱した「中洋」という文明地域概念であるが、かならずしも一般化しているとはいいがたい。

国会図書館のデータベースで「中洋」をタイトルに含む本を検索してみても、『文明の生態史観』を収録した『梅棹忠夫著作集 第4巻』(石毛直道ほか編、中央公論社、1990)を除いては、『中洋の商人たち-インド・ペルシャ・アラブの商才民族-』(日本経済新聞社 編、日本経済新聞社、1982)くらいしか見つからない。『中洋の歴史と文化-杉勇古代オリエント学論集-』(杉勇、筑摩書房、1991)という本もあるが、これは専門研究者の専門論文集であろう。

「新興国」として中国とならんで話題になることの多いインドであるが、『中洋の商人たち』という新聞連載をもとにした書籍を出版している日本経済新聞じたいが、「中洋」というコトバと概念をすっかり忘れてしまっているようである。

梅棹忠夫が、最晩年に残したコトバを引用しておきたい。

梅棹 「文明の生態史観」は、少なくともアジアとヨーロッパの両方が見えていて、ちゃんとわかっていないと理解できないと思う。わたしは若いとき、学生時代から、いまの東方文化研究所、東洋学センターの流れのなかにはいっている。・・(中略)・・「文明の生態史観」も東洋学のなかに入っていると思ったらいいやろうな。そして、名前のとおり「生態学」。生態学という流れを理解してほしい。・・(中略)・・そう、みな「生態」がぬけてしまっている。とくに生態史観の基本になっているのはサクセッション理論、これは歴史論なんです。・・(後略)・・

(出典:『梅棹忠夫語る』P.34~36

(特別展「ウメサオタダオ展」 の図録 『知的先覚者の軌跡』(2011年)より )



「日本はアジアではない」(梅棹忠夫)-日本は「海洋国家」である

梅棹忠夫は、『文明の生態史観』で、日本と西ヨーロッパが文明として対応する関係にあるとしたが、「西欧文明」はさらに「海洋文明」と「大陸文明」に区分しなくてはならない。この両者は、まったく異なる文明のタイプである。

ユーラシア大陸をはさんだ日本と英国とのポジションの近似性について考えることが必要だろう。日露戦争前に、なぜ「日英同盟」が成立したのか、これは政治だけでは理解できないことだ。地球儀を回してみることではじめて理解できることである。

これについては、梅棹理論の創造的発展となった歴史家・川勝平太の『文明の海洋史観』(中公叢書、1997)に言及しなくてはならない。

英国が大陸ヨーロッパではないのと同様、日本はアジアではないのである!!

このことは、 書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010) でも詳しく書いたが、いまだ日本人の常識となってないのが残念なことだ。

日本と大陸の距離よりも、英国と大陸の距離のほうが短いので、英国はより大陸の影響を受けているのであるが、それでも地政学的にみて日本と英国がきわめて似たポジションにあることは、梅棹忠夫と同時代人であった京都大学教授・高坂正堯(こうさか・まさたか)の『海洋国家日本の構想』を読めば、納得できることだ。書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008) を参照。

たしかに、アングロサクソン世界の衰退が始まっており、海洋国家・米国を中心にしたアングロサクソン世界の重要なメンバーとして国際社会のなかで生きてきた日本は、今後の進路について思考停止状態になっていけないことは言うまでもない。

しかし、新興国と呼ばれる中国もインドもしばらくは勃興するが、ふたたびユーラシア大陸の動乱に巻き込まれて没落していくことも否定できないことだ。いまこれを書いているわたしが生きているあだは、中国やインドはさらに成長するであろうとしても、その後については衰退は必至であろう。

文明の中心は移動するだけなのだ。この重要な教訓は、地球レベルで生態学的に考える「生態史観」からは、当然のように導き出される結論である。

なお、日本と英国の比較については、梅棹忠夫の理論とはまったく独立に英国側から行われた『イギリスと日本-マルサスの罠から近代への跳躍-』(アラン・マクファーレン、船曳建夫監訳、北川文美/工藤正子/山下淑美訳、新曜社、2001)という大著がある。

まだこの本は読んでいないので、ここではコメントはできないが、歴史人類学の立場から、同じ島国という生態系が、同じような文明を生み出してきたことを解明したものである。近い将来、一読してコメントを書いてみたいと思っているのだが・・・。


文庫版裏表紙に記された小松左京のコトバ

最後に、梅棹忠夫とは同じ関西人で盟友でもあった小松左京の『文明の生態史観』評を引用して、この記事の締めとしたい。文庫版の裏表紙に記されている文章である。

『文明の生態史観』は、戦後提出された最も重要な「世界史モデル」の一つであろう。それは、これまで東と西、アジア対ヨーロッパという、慣習的な座標軸の中に捉えられてきた世界史に革命的といっていいほどの新しい視野をもたらした。この視野によって複雑に対立し、からみ合う世界の各地域の文明が、はじめてその、「生きた現実」の多様性を保ったまま、統一的に整理される手がかりが与えられたといっていい。発表後数年を経てなお色あせぬのみか、将来、一層みのり多い成果が、この視野からもたらされるであろうと期待している。(小松左京、1974年発行の中公文庫版初版) 

この「予言」は、そのコトバとおりに実現した。さすが、SF作家であり未来学的な著作も多い小松左京氏ならではの評言であろう。小松左京もまた今年2011年に亡くなったのは残念である。










PS 画像を一枚追加した(2014年3月27日 記す)。



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長期的スパンで歴史を読むために

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)
・・ブローデルの日本の封建制にかんする発言は、自然科学から出発した梅棹忠夫が提唱した「文明の生態史観」と一致している。ブローデルの発想も自然地理学からのものであることは大きな意味をもっていると考えてよいのではないか

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)

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「想定外」などクチにするな!-こういうときだからこそ、通常より長いスパンでものを考えることが重要だ

「理科のリテラシー」はサバイバルツール-まずは高校の「地学」からはじめよう!


海洋国家としての日本

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)
・・通商国家日本の生存条件について書かれた戦後日本の古典的名著。梅棹忠夫とともに戦後日本の論壇をリードした京大の知性

書評 『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み

書評 『江戸時代のロビンソン-七つの漂流譚-』(岩尾龍太郎、新潮文庫、2009)


(海洋国家としての英国)

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評 『「海洋国家」日本の戦後史』(宮城大蔵、ちくま新書、2008)

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)


「封建制」について

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)
・・ブローデルの日本の封建制にかんする発言は、自然科学から出発した梅棹忠夫が提唱した「文明の生態史観」と一致している。ブローデルの発想も自然地理学からのものであることは大きな意味をもっていると考えてよいのではないか

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書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論


ユーラシア大陸国家の興亡-海洋国家・日本の反面教師

書評 『モンゴル帝国と長いその後(興亡の世界史09)』(杉山正明、講談社、2008)
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書評 『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」-機密公電が明かす、戦前日本のユーラシア戦略-』(関岡英之、祥伝社、2010)

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

書評 『ノモンハン戦争-モンゴルと満洲国-』(田中克彦、岩波新書、2009)


地球の法則

「理科のリテラシー」はサバイバルツール-まずは高校の「地学」からはじめよう!
・・地学とは地球科学の略。地学の知識は現代人の教養であるべき

書評 『ああ正負の法則』(美輪明宏、PARCO出版、2002)-「正負の法則」は地球の法則である
・・地球が自転しているから、地軸が傾いているから、地球には昼夜の区別があり、四季がある


梅棹忠夫関連

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・最晩年の放談集。日本人に勇気を与える元気のでるコトバの数々

書評 『梅棹忠夫のことば wisdom for the future』(小長谷有紀=編、河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論

梅棹忠夫の幻の名著 『日本探検』(1960年)が、単行本未収録の作品も含めて 2014年9月 ついに文庫化!

(2014年10月30日、2016年1月20日 情報追加)




(2017年5月18日発売の新著です)


(2012年7月3日発売の拙著です)






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