「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 神道 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 神道 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2022年1月17日月曜日

書評『折口信夫』(安藤礼二、講談社、2014)―「折口信夫という謎」に迫った「集大成」となる大著

 


読みたくて購入したのだが、あっというまに7年もたってしまった。意を決して538ページの大冊にとりかかるも、途中に空白が生じたりして読み終わるまで結局まる4日もかかってしまった。

「折口信夫という謎」に長年にわたって取り組んできた著者による「集大成」ともいうべき大著である。文芸評論家・小林秀雄の晩年の大著『本居宣長』に匹敵するといっていいかもしれない。おそらく著者自身も意識していることだろう。 


■折口信夫とは

折口信夫というと、日本民俗学の創始者・柳田國男の弟子でライバルであったというのが一般的な理解であろうが、わたしは折口は本質的に国文学者であり、かつ釋釈迢の名による文学者とが一元化した存在であったと考えている。日本語ではうまく表現できないが、ラテン語でいう poeta  doctus というのがふさわしい。 

折口本人が認識していたように、学問が細分化される以前の「国学者」だとするべきであろう。それも本居宣長よりも、より神道神学の方向をくわめた平田篤胤の系譜につらなる国学者である、と。




「万葉集」をつうじて古代人の生活と思考に迫るために、さまざまな学問を身につけた上で柳田國男の民俗学との出会いが大きな意味をもったのだ、と。本書を読んで、わたしの理解は固まりつつある。 

『更級日記』や『伊勢物語』をはじめ、王朝文学は好きだったが、高校三年のときに「自分はまったく日本のことがわかってないな」と自覚して深く反省し、文庫本で柳田國男を読み始めた。 

大学に入ってからは、寮で同室となった親友の影響もあって折口信夫を読み始めた。当時は、中公文庫から『折口信夫全集』も出ていたので手に取りやすかったこともある。


■「安藤礼二氏の折口信夫」は「評伝」ではあるが「伝記」ではない 

わたし自身の回想はさておき、安藤礼二氏の『折口信夫』は、折口信夫の弟子筋を中心に積み上げられた膨大な回想録や評論などとは一線を画している。 

折口信夫の知られざる生涯、とくに大学時代の青年期の神道系の宗教実践活動と、柳田國男の民俗学の出会うまでの学問遍歴に焦点をあてている。著者による長年の調査研究による数多くの新発見が反映されており、読みごたえは十二分にある。 

青年期の神道系の宗教実践活動は、神道教義研究団体の「神風会」におけるものであった。キリスト教プロテスタントの米国発の「救世軍」に対抗する街頭活動も行っていた。

国家神道体制のもと、宗教性を欠いた神道へのアンチテーゼとして敗戦後に打ち出されたのが「神道宗教化」の構想だが、その萌芽はすでに青年時代に芽生え、培われていたのである。 

しかも、仏教とキリスト教の一致を説く、浄土真宗系の謎の青年僧・藤無染との出会いをつうじて、キリスト教など一神教の本質を深く理解したうえでの「一元論」志向の形成が背景にあった。日米で平行した思想運動である。「純粋経験」(西田幾多郎、ウィリアム・ジェームズ)、鈴木大拙(仏教、スウェーデンボルグ)なども視野に入れる必要があるのだ。

その一元論とは、プロティノスの「一にして多、多にして一」というべきものである。折口信夫とキリスト教徒の関係は、表面にはほとんど出てこないが、それだけに無視できないものがある。

 そして、「神風会」における謎の女・本荘幽蘭との接点富岡多恵子氏の『釋迢空ノート』や、富岡氏と安藤氏の共著『折口信夫の青春』で、すでに取り上げられたテーマが本書でさらに深掘りされている。神道系新宗教への親近感、霊性の観点からみた女性の男性に対する優位性など、折口信夫の思想のラディカルな性格などがそうだ。

同時代のフランスの民族学者マルセル・モースの「マナ」の影響も指摘されている「外来魂」としての「たま(しひ)」の考察は、血筋だけでなく外来魂としての「天皇霊」(あくまでも作業仮説ではある)が重要だとした折口信夫の学説の基礎となっている。

この折口説を貫けば、「崎門の学」の浅見絅斎(あさみ・けいさい)の「(政治的)正統性」にかんする議論が「尊皇思想」を生み出しとする、山本七平や小室直樹が強調するとは真っ向から対立することになる。安藤氏自身は、その議論は展開していないが、天皇と天皇制をめぐる折口信夫の学説が、いかに危険なものであるかがわかろうというものだ。

その意味でも、折口信夫はまだまだアクチュアルな問題提起をつづける存在だというべきなのだ。


■いまだ解かれるのを待っている「折口信夫という謎」

本書は、「評伝」であり、生涯全体を論じた「伝記」ではない。膨大な資料探索を背景にしているが、狭い意味での研究書ではない。だから、部分部分を論じてもあまり意味はないだろう。それよりも、この大著全体から感じ取るものが重要だろう。 

「折口信夫という謎」に限りなく迫った本書は、2014年時点の「集大成」ではあるが、いまこれを書いている2022年までの7年のあいだにも新発見やあらたな論著が生み出されている。「折口信夫という謎」にかんしては、個々の謎の解明は今後もさらに進んでいくだろう。 

繰り返すが、折口信夫が提起した問題群は、過去のものになったわけではない。きわめてアクチュアルな問題を提起しつづけている存在だというべきなのだ。日本とはなにか、神とはなにか、その他もろもろの問題を考えていくいうえで、きわめて大きな存在である。 

わたし自身は、大学時代に読みはじめた折口信夫だが、まだまだ理解に至るまでほど遠い。中公文庫版の『折口信夫全集』(ただし内容的には旧版)もすべて読み尽くしたわけではない。安藤礼二氏の著作活動も含め、折口信夫については、今後もつよく意識していきたい。

 
画像をクリック!



目 次
はじめに
第1章 起源
 聖父子の墓/藤無染と本荘幽蘭/神風会
第2章 言語
 曼陀羅の花/言語情調論/無我の愛
第3章 古代
 根源の世界/詩と文法/「妣が国」へ
第4章 祝祭
 祝祭の論理/「二色人」(ニイルビト)の発見/民俗学を超えて
第5章 乞食
 魂のふるさと/弑虐された神々/乞丐相(こつがいそう)
第6章 天皇
 大嘗祭の本義/森の王/翁の発生
第7章 神
 餓鬼阿弥蘇生譚/憑依の論理/民族史観における他界観念
第8章 宇宙
 生命の指標/万葉びとの生活/海やまのあひだ
列島論
 国家に抗する遊動社会--北海道のアイヌと台湾の「蕃族」/折口信夫と台湾
詩語論
 スサノヲとディオニュソス--折口信夫と西脇順三郎/言語と呪術--折口信夫と井筒俊彦/二つの『死者の書』--ポーとマラルメ、平田篤胤と折口信夫
後記 生命の劇場
初出誌一覧と謝辞


著者プロフィール
安藤礼二(あんどう・れいじ)
1967年、東京都生まれ。文芸評論家、多摩美術大学美術学部教授。早稲田大学第一文学部卒業。大学時代は考古学を専攻する。出版社(=河出書房新社)の編集者を経て、2002年「神々の闘争――折口信夫論」で群像新人文学賞優秀作を受賞、批評家としての活動をはじめる。2006年、折口の全体像と近代日本思想史を問い直した『神々の闘争 折口信夫論』(講談社)で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2009年には『光の曼陀羅 日本文学論』(同)で大江健三郎賞と伊藤整文学賞も受賞した。他に、『近代論 危機の時代のアルシーヴ』『場所と産霊 近代日本思想史』『祝祭の書物 表現のゼロをめぐって』などの著作がある。(講談社のサイトより一部修正)


<関連サイト>



・・「少なくとも歴史家の資料の読み方とは全く異なるスタイルで、本書は鮮烈に幕を開ける。(・・・中略・・・) 全体を通して痛感する。すさまじい力業である。折口研究にかつてない広大な視野をもたらした。世界思想へ通ずる可能性の扉をつくった。安藤氏の曼陀羅は、政治宗教哲学史など諸分野からの関心を呼び、各発信を編集する自由な交叉の塔ともなった。
もちろん今後、個々の思想家と折口学との結合│「一つの起源」の必然と意味が問われ、考究されてゆくのだろう。知の交歓図の世界的な広がりは極まった。さらには縦の深度が求められてゆくはずだ。安藤氏の曼陀羅は、生産力ある壮麗な仮説なのだと思う。
事実と違うと言い立てて批判することにはあまり意味がない。逆に、曼陀羅図を固定し絶対化することにも意味はない。折口は仮説を愛した。仮説とは自らを強く固めず、つねに流動変化する意志をもつ。評論に独特の、けなげな妙なる美しさでもある。」

(2025年5月31日 情報追加)


<ブログ内関連記事>








・・折口信夫は、たまたま乗り合わせた車中で初対面の長谷川伸に「よいものを書いて頂いてありがとうございました」と直接伝えている。平田派国学に殉じた草莽の志士たちへの挽歌として


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2016年12月10日土曜日

アニメ映画 『君の名は。』(2016年、日本)を見てきた(2016年12月9日)― ラストシーンを見たら、またもう一度最初から見たくなる。そしてこの作品について語りたくなる



アニメ映画の『君の名は。』(2016、日本)をTOHOシネマズで見てきた。

流行り物は一度は自分の目で見て確かめておくべきだというビジネスパーソン的な不純(?)な動機からだが、『君の名は。』の観客動員数1500万人超、興行収入200億円(・・8月26日の公開から3ヶ月での実績)は目を見張る数字である。

こういう映画を見るには、週末の東京都心の週末は避けた方がいい。だから、ウィークデーの地方都市のシネコンで見る。

不純な動機から見ることにしたと書いたが、そんな動機の不純さは映画がはじめってからあっという間に消し飛んでしまった。最初のシーンを見た瞬間から、この作品にすっかり魅了されてしまったのだ。あまりにも美しい映像、リアリティあるディテールの細密な描写。CGを使用しているといっても、東京都心のマンションのベランダから見る東京も、地方の自然もまた、あまりにもリアルで美しすぎる。そして最初から最後まで駆け抜けるようなスピード感。



物語は、現代日本に生きる高校生男女の人格(あるいは、意識、または魂?)の入れ替えと、現実と夢そして時間と空間の交錯に翻弄されながらも、自分の「片割れ」を探しつづけるという「自分探し」がテーマなのであるが、現代人の常識から考えたら「ありえない設定」の物語だからこそ、リアル感あるディテールへのこだわりが徹底しているのだろう。

見る人によっていろんな解釈が可能だろうが、それは濃密に構築されて描きこまれた世界であるがゆえのことだ。下敷きになっているのは、男女の入れ替えをテーマにした日本中世の古典 『とりかへばや物語』であり、発想のインスピレーションは、和泉式部の和歌 「覚めでこそ 見るべかりけれ うつつにも あとはかもなき 夢と知りせば」と監督の新海誠氏はインタビューで語っている。1973年生まれの監督は中央大学文学部の出身だそうだ。

なるほど、この映画は、国文学や民俗学(・・とくに折口信夫)の素養があれば、深く楽しめる。主人公の一人である三葉(みつは)が現代に生きる女子高校生だが同時に実家は神社で巫女としての努めもあり(・・巫女はシャマン、魂の依り代であり、現実(うつつ)と夢、覚醒状態と睡眠状態、この世とあの世を「結ぶ」存在でもある)、神道スピリチュアリズム的な要素に充ち満ちている。

巨大隕石の墜落が強力な磁場を生み出し、そこが聖地になるということも、宗教学の素養があれば応用できる常識といっていいだろう。だから、映画のロケ地への「聖地巡礼」も誘発する。

男女の入れ替えも、現代風にいえばSFのテレポテーションが相互に起こった現象ということができるだろうか。自分の肉体に他人の意識が入り込む現象は、『源氏物語』の登場人物に憑依するする生霊(いきりょう)に前例があると考えてもいいかもしれない。

そもそも日本語の「アニメ」は英語の「アニメーション」の略語であり、アニメーションとは複数の静止画像を高速で連続的に動かすことで無生命の画像に生命を与える行為のことである。パラパラマンガがその原型だ。語源としてのラテン語のアニマ(anima)は、精気のことであり、目に見えない魂をさしている。

アニメが、日本的なアニミズムやスピリチュアリズムと親和性が高いのは当然といえば当然である。日本人がアニメ作品にリアルなドラマ以上に感情移入しやすいのもまた当然というべきだろう。だからこの映画のテーマも、まさに日本アニメの王道をいくものだといえるのかもしれない。



まあ、そういう小難しい話は別にして、日本人ならあまり違和感なく感情移入しながら見てしまうんじゃないかな。セリフも最初から日本語だしね。つくづく日本人で良かったと思う。何よりも情緒を重視し、細かいニュアンスや言語外のしぐさも含めて表現する日本型のコミュニケーションが展開されるわけだから、日本人ならすぐに「感じる」ことができるから。

ラストシーンには感動して目頭が熱くなった。ラストシーンを見たら、またもう一度最初からみたくなる。そしてこの作品について語りたくなる。そんな映画だ。

ぜひ一人でも多くの人に見て欲しいと思う。






<関連サイト>

『君の名は。』公式サイト(日本版)

『君の名は。』大ヒットの理由を新海誠監督が自ら読み解く(上)新海誠・映画『君の名は。』監督インタビュー (ダイヤモンドオンライン、2016年9月22日)
・・「『君の名は。』は、昔話の構造ではなく「夢と知りせば」という和歌がインスピレーションを与えてくれました。夢から覚めてなぜかさみしいという感情は、小野小町のいた平安時代から、いやそれ以前から今にいたるまで人の持つ共通の感覚だろうと思ったのです。そこで、「朝、目が覚めると、なぜか泣いている」と物語を始めることで、観客にも「それは分かる」という気持ちになってもらえるのではないかと考えました。」(新海監督の発言)


「君の名は。」、英メディア絶賛の理由は? 「ディズニーにはなしえない領域に……」 (Newspehre、2016年11月25日)

中国の若者は「君の名は。」のどこに共感するか 「金メダル」と「BL」と「村上春樹」と「孤独」と (福島香織、日経ビジネスオンライン、2016年12月14日)
・・日本人の反応と中国人の反応はまったく違うようだが、日本のアニメやマンガに親しんで育った「新世代」の「80后」(バーリンホウ)はそうではないないのかもしれない。

(2016年12月14日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)-キーワードで読み込む、<学者・折口信夫=歌人・釋迢空>のあらたな全体像

書評 『折口信夫-いきどほる心- (再発見 日本の哲学)』(木村純二、講談社、2008)-折口信夫が一生かけて探求した問題の解明

書評 『聖地の想像力-なぜ人は聖地をめざすのか-』(植島啓司、集英社新書、2000)-パワースポット好きな人、聖地巡礼が好きな人に一読をすすめたい
・・「(宗教学者の)著者による「聖地の定義」を掲載しておこう。 01 聖地はわずか一センチたりとも場所を移動しない  02 聖地はきわめてシンプルな石組みをメルクマールとする  03 聖地は「この世に存在しない場所」である  04 聖地は光の記憶をたどる場所である  05 聖地は「もうひとつのネットワーク」を形成する  06 聖地には世界軸 axis mundi が貫通しており、一種のメモリーバンク(記憶装置)として機能する  07 聖地は母体回帰願望と結びつく  08 聖地とは夢見の場所である 09 聖地では感覚の再編成が行われる」

書評 『河合隼雄-心理療法家の誕生-』(大塚信一、トランスビュー、2009)-メイキング・オブ・河合隼雄、そして新しい時代の「岩波文化人」たち・・
・・河合隼雄には『とりかへばや、男と女』という名著がある

「魂」について考えることが必要なのではないか?-「同級生殺害事件」に思うこと
・・「近代合理主義」の舌でうめいている魂の声に耳を傾けるべきだ

書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経
・・日本的スピリチュアリティの源泉の一つが日蓮関連


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2013年12月30日月曜日

『日本の近代社会とキリスト教(日本人の行動と思想 8)』(森岡清美、評論社、1970)は、ぜひ復刊を望みたい基本書



『日本の近代社会とキリスト教(日本人の行動と思想 8)』(森岡清美、評論社、1970)は、ずいぶんむかしのことだが、1980年代の終わりあたりに当時は日本最大の大型書店であった八重洲ブックセンター(本店)で見つけて購入した本だ。

こういう内容のある本が、重版がかからないまま入手不能になっているのはじつに惜しい。

著者は35年後に『明治キリスト教会形成の社会史』(森岡清美、東京大学出版会、2005)という形で類似するテーマの単行本を出している。専門研究書であり、わたしは未見であるが、「目次」をチェックすると重なっている部分もあるようだ。だが、別個の著作と考えたほうがよさそうだ。

『日本の近代社会とキリスト教』は講談社学術文庫かちくま学芸文庫、あるいは岩波現代文庫あたりがぜひ文庫本として復刊していただきたいと思う。あらたに参入した文春学藝ライブラリー(文庫)でもいいかもしれない。


プロテスタントとの出会いと受容のプロセス

明治時代日本の近代社会とキリスト教の関係については、『日本の近代社会とキリスト教』の目次をみれば、おおよそのところを知ることができるだろう。

明治以降のキリスト教は、アメリカ発のプロテスタントが中心となって推進された。

受け入れたのは「維新の負け組」となった幕臣や東北諸藩の旧武士層が中心である。儒教でトレーニングされてきた知的エリートたちが、マイナスからの人生構築のために受け入れ、かれらが中心になって日本人に伝道を行っていった歴史である。

新島襄や内村鑑三などキリスト教世界の著名人については教科書的な知識はすぐに得られるが、じっさいに、いかにしてキリスト教がひろまり、あるいは広まらなかったかは、社会学的なものものの見方が必要だ。

この本はプロテスタントのキリスト教を受け入れた側、反発した側の双方を押さえて立体的に歴史を再構成していることに意義がある。

以下、小項目をふくめて目次をすべて掲載しておこう。参考にしていただきたい。


目 次

Ⅰ. キリスト教の出現

 1. 宣教師の活動
  艦上での聖日礼拝/ハリスの日本滞在記
  日米修好通商条約第8条/宣教師の渡来
  キリスト教の日本語化/教育
  医療奉仕/宣教師を取り巻く危険
 2. キリスト教への接近
  宣教師をめぐる人々/最初の受洗者
  新しい進行を求めた層/初週祈禱会の初め
  基督公会設立さる/諜者の潜入
 3. 入信の契機とキリスト教理解
  キリストの品性と生活/宣教師の人柄
  熱誠あふれる祈禱/神との倫理的関係
  平民の入信/キリスト教の理解
  生命がけの信仰/公会規則外の三カ条
 4. 信徒に対する迫害
  迫害を避けず/衆人環視のなかの浸礼
  政府による弾圧/藩の重立ちによる糺問(きゅうもん)
  信仰ゆえの離縁/熊本バンドが受けた迫害
  死をもって棄教を迫る/座敷牢に禁固さる
  離婚か棄教か/迫害の論理

Ⅱ. キリスト教会の形成と展開

 1. 日本基督公会
  公会成立の必然性/「長老の官」
  公会の内規定/公会主義
  超教派の立場/公会の信仰
  公会の施設と財政/公会会員の出金
  東京公会の分立/各地公会の成立
  長老派と組合派の分離/公会主義の挫折

 2. 安中組合教会 (・・組合派、群馬県)
  安中教会への関心/新島襄の伝道
  安中教会の成立/安中の伝道圏
  リバイバル/信徒の分布
  四季と教会活動/キリスト教と「家」
  信徒の社会層/伝道圏の変化
  神棚と仏壇/氏神の祭祀
  僧侶の対応/キリスト教側の応戦
  倫理性の強調/高い教育を
  その後の安中教会
 3. 島村美以教会 (・・米国メソジスト監督教会系、群馬県東南端の利根川沿い)
  島村教会への関心/島村の産業
  島村養蚕業の発達/発達を支えたもの
  蚕種輸出の盛衰/蚕種業の収益性
  島村の文化的クライメート/キリスト教のおとずれ
  島村教会の成立/キリスト教の理解
  寺院と神社からの反撃/ヤソ退治
  共同体規制/教会の成長
  信徒の社会層/矯風運動
  神棚と仏壇/先祖祭祀  
  年中行事/その後の島村教会

 4. 日下部メソジスト教会 (・・カナダ・メソジスト教会系、勝沼方面)
  日下部教会への関心/教線勝沼方面に伸びる
  指導的信徒像/日下部教会の成立
  教勢伸張の背景/東方区の分割
  小野と自給独立/自給問題の背景
  自給への歩み/信徒の苦心
  自給の達成/自給達成への契機
  勝沼教会との比較/教勢の発展
  組合を足場として/禁酒運動との結合
  禁酒運動と地域社会/西保村の禁酒運動
  各地の禁酒運動

(明治期プロテスタント教会の教勢 P.176~177)

 5. 教会発展の諸条件
  教会の増加/信徒の増加
  受洗者数の推移/教会発展の諸条件
  大リバイバル/大リバイバルの源
  リバイバルの非日常性/リバイバルの功罪
  自由キリスト教の伝来/新神学の影響
  二十世紀大挙伝道/福音主義論争
  信徒層の変化/新しい信徒層

Ⅲ. キリスト教への迫害と批判

 1. 寺院とキリスト教
  北陸での迫害/敵意をもつ真宗
  『耶蘇教之無道理』/村はちぶ
  葬儀と埋葬の妨害/葬儀の自由を求めて
  墓地問題/二重帰属
  寺院側の対応/仏事禁酒

 2. 神社とキリスト教
  『浸透排斥』/偶像を拝すべからず
  神官僧侶の妨害/祭礼時の嫌がらせ
  「耶蘇退治馬鹿のしんにゅう」/背後にある国家権力
  迫害の担い手/氏子区域と氏子の義務
  児童の神社参拝/神社本来の性質/明治神宮創建是非

 3. 学校とキリスト教
  信徒の小学校教員/教師の子ども
  内村の「不敬事件」/事件あいつぐ
  教育と宗教の衝突/信徒の抵抗
  「訓令第12号」/苦境を脱す
  学校教育とキリスト教

 4. 国家とキリスト教
  宗教政策の変遷/官憲による規制
  本音の底にあるもの/『耶蘇教国害論』
  『耶蘇教亡国論』/天皇制との矛盾
  信徒の反論/『我国体と基督教』
  
Ⅳ. 近代日本におけるキリスト教

 1. 生活暦への影響
  キリスト教の影響/改暦
  安息日を守る/外人との関係
  日曜休日制の実施/その意義
  クリスマス 

 2. 婦人の地位への影響
  女子教育/西洋の技芸
  教会での婦人の地位/婦人会吏の出現
  家庭での婦人の地位/一夫一婦の倫理
  炭谷小梅/愛情にもとづく結婚
  社会での婦人の地位/廃娼運動

 3. キリスト教の土着化
  土着化の準備/土着化の試み
  さまざまな形態/現役か土着化か
  孤立か土着化か/土着化を阻むもの

略年譜
さくいん
図表・写真目次


画像をクリック!


著者プロフィール

森岡清美(もりおか・きよみ)
1923(大正12)年、三重県生まれ。東京文理科大学哲学科倫理学専攻卒業。東京文理科大学助手に就任以降、同専任講師、東京教育大学助教授、同教授、同文学部長、成城大学文芸学部教授、同文芸学部長、民俗学研究所長、淑徳大学社会学部教授、同大学院特任教授などを歴任し、学会では、日本社会学会会長、日本家族社会学会会長、日本学術会議会員(二期)などを歴任。現在は、東京教育大学名誉教授、成城大学名誉教授、大乗淑徳学園学術顧問、中央学術研究所講師。文学博士。専門分野は、歴史社会学、家族社会学、宗教社会学。著書に、、『明治キリスト教会形成の社会史』(東京大学出版会、2005)、『真宗教団と家の構造』(御茶の水書房、2006)『家族社会学』(有斐閣、編著)、『新社会学辞典』(有斐閣、編著)など多数(2012年刊行の最新著書の著者紹介から引用)。




主要目次

第1部 明治前期の士族とキリスト教 
 序章 課題と理論モデル 
 第1章 青年士族のキリスト教入信 
 第2章 キリスト教界指導者たちの家族形成 
第2部  明治期地域社会のキリスト教 
 序章 課題・概念・方法 
 第1章 安中キリスト教会の形成と展開 
 第2章 島村キリスト教会の形成と展開 
 第3章 日下部キリスト教会の形成と展開 
 終章 地域社会におけるキリスト教の受容と定着 
第3部 明治期キリスト教の教派形成 
 序章 課題・概念・視角 
 第1章 日本基督一致教会-長老制教派の形成 
 第2章 日本組合教会-会衆制教派の形成 
 第3章 日本美以教会-監督制教派の形成 
 終章 キリスト教の制度的定着


<内容紹介>
維新の敗戦による喪失感に苦悩しながらも,新たな理想を希求してキリスト教に入信した青年士族たちがいた。試練や迫害に耐えて伝道に励み、明治半ばにはプロテスタント三大教派の礎を築き上げた。――明治近代化の壮大なドラマを個別信徒・教会・教派の三層構造にわたって描き切る。




補論 「日本の近代社会とキリスト教という問題設定」は

明治時代前期は、近代化が西洋化(=欧化)として始まった時代だ。

だが、明治時代のキリスト教を考える際は、日本全体の宗教状況がどうなっていたかを押さえておく必要がある。時代が激変するとき、宗教状況もおおきく変動するのである。

思想史の安丸良夫氏に『神々の明治維新』(岩波新書、1979)という名著があるが、幕末から明治維新にかけての時期は政治の世界だけでなく、宗教の世界でも「維新」が炸裂したのであった。

幕末から明治維新にかけては、「尊王攘夷」運動から「攘夷」が消え、「尊王」がメインストリームになった時代だ。「尊王」の「王」とは天皇のことである。

「尊王家」の先駆者は、いまではまったく顧みられることのない江戸時代中期の高山彦九郎などだが、儒教研究の古学(=古代研究)の触発を受けてはじまった国学が平田篤胤の平田国学に至って、豪農層を中心にした草の根の民衆運動のうねりを生み出す。一方、水戸藩で発展した儒教から生まれた水戸学の「尊王」思想が志士たちを支えるエネルギーとなる。

「浄化」という側面が前面に打ち出された、いわゆる「下からの近代化」である。

きわめて奇妙なかたちで融合した「尊王」思想は、明治維新体制を「祭政一致」という「神権政治」(=テオクラシー)実現の方向へと向かわせる狂的な熱情となる。島崎藤村の『夜明け前』の世界である。

このような状況のなか、「神仏分離令」(1868年)が発令され、「廃仏毀釈」の嵐が吹き荒れる。日本を日本たらしめていた「神仏習合」が暴力的に否定し断罪され、仏教寺院が徹底的に破壊された地域もある。全国レベルで仏教寺院から神社が切り離される。「神権政治」の主張者たちが、外来宗教であるとして仏教に否定的だったからである。

それは仏教を事実上の「国教」として民衆統治の核に据えていた江戸幕藩体制の全面否定という意味もあった。あくまでも比喩的な意味だが、1979年のイラン・イスラーム革命をほうふつとさせるものがあったのだ。あるいは、現代中国の「文化大革命」のような時代であったといえよう。

仏教が外来宗教であるとして排斥されただけでなく、明治維新によってキリシタンは「解禁」されたわけではなく、かえって激しく弾圧された。

キリスト教信仰が公式に認可されたのは、条約改正のために奔走していた政府が、欧米諸国による非難からしぶしぶ認めたものである。その後も、キリスト教が黙許されながらも取り締まりの対象とされていたのである。

西欧化という形で近代化を推進した明治政府の指導者たちは、西洋文明の核にキリスト教があることを重々承知していながら、キリスト教を導入するわけにいかなかった。そのため、苦肉の策としてつくりあげたのが「国家神道」であった。国家神道は宗教ではないというフィクションによって。

「国家神道」は、ある意味ではキリスト教の代替物であったことは押さえておく必要がある。従来の神概念とは合致しない近代の産物だったのである。だからこそ、それに違和感を感じる一般民衆のあいだから、天理教や大本教など、「反近代」としての教派神道がつぐつぎと発生してきたわけなのだ。

キリスト教がもつ政治的な役割は国家神道によって代替し、キリスト教はあくまでも個人の信仰という側面で意味をもつことになる。そのため、キリスト教と国家との緊張関係がその後もながく続くことになった。ただし体制内エリートと体制外ではキリスト教の意味合いは異なる。

「廃仏毀釈」で壊滅的な打撃をこうむった仏教、長年の禁圧がようやく解けて「解禁」されたキリスト教、この二つの「外来宗教」はその後お互いを意識しながら競合関係に入っていく。近代仏教が、じつはキリスト教の影響を受けていることも押さえておきたいところだ。

キリスト教人口は1%を越えることなく推移しているが、キリスト教の影響は日本のすみずみにまでゆきわたり、「キリスト教的なるもの」にどっぷりつかっているのがいまの日本人である。しかし、最初からそうだったわけではないのである。



<ブログ内関連記事>

「神々の明治維新」

庄内平野と出羽三山への旅 (7) 「神仏分離と廃仏毀釈」(はいぶつきしゃく)が、出羽三山の修験道に与えた取り返しのつかないダメージ
・・明治維新以前の神仏習合について安丸良夫の『神々の明治維新』を踏まえて書いた。以下、該当箇所を再録しておく。

 民衆思想史の安丸良夫はが著書のタイトルに『神々の明治維新-神仏分離と廃仏毀釈-』(岩波新書、1979)と使っているように、明治維新は政治経済上の革命であったとともに、宗教革命としての様相を色濃く帯びていた。
 幕末にイデオロギーとして急成長した国学と水戸学、この本来なら相容れるはずのない両者が融合し、「神権国家」構想を現実すべく、新政府への働きかけに成功するや、近代国家のイデオロギーを求めていた新政府との野合が生じたのである。それは短い期間であったが、この間に行われた「文化破壊」が取り返しのつかないものであったことは繰り返し、繰り返し指摘しておきたい。
 「神仏分離」は一言で言ってしまえば、近代には発生しがちな、純化(purification)と合理化(rationalization)の実にストレートな表現である。すなわち、神仏習合状態から、仏を分離して廃棄せよ、という主張に他ならない。
 新政府の方針は、中国や朝鮮とは違う、民族国家として日本を確立するという命題、近代化=合理化であったが、その際に手を組んだ平田派国学が、いきすぎた「祭政一致」の方向に一気に突っ走ろうとした。彼らの脳裏には、ある意味ではイラン・イスラーム革命のような、「神権政治」(テオクラシー)確立を目指していたといってもいいのかもしれない。

書評 『仏教徒 坂本龍馬』(長松清潤、講談社、2012)-その死によって実現することなく消え去った坂本龍馬の国家構想を仏教を切り口に考える
・・明治時代における「仏教復興」

書評 『近世の仏教-華ひらく思想と文化-(歴史文化ライブラリー)』(末木文美士、吉川弘文館、2010)
・・江戸時代に民衆統治の手段として幕藩体制下において公認されていた仏教。以下、該当箇所を再録しておく。
しかし真相は、江戸時代には「仏教はほぼ国教」の位置づけがされていたのである。明治新政府は革命政権としてのイデオロギー明確化の必要からも、徹底的に江戸時代を否定し、近代国家化と神道国教化という奇妙なアマルガムとしての政策を突き進み、大東亜戦争で大きく破綻することになる。
 こういう理解を欠いていると、なぜ明治維新において「神仏分離と廃仏毀釈」という、実質的には激しい仏教弾圧が発生したのか理解できないのである。これについては、修験道について体験記を書いた際に、庄内平野と出羽三山への旅 (7) 「神仏分離と廃仏毀釈」(はいぶつきしゃく)が、出羽三山の修験道に与えた取り返しのつかないダメージ と題して、全面的に取り上げているので参照していただけると幸いである。
 近世初期に仏教が葬祭儀礼(葬式)をがっちりと握って以来、いまに至るまで、儒教も神道も葬式で主導権を握ることはできないままである。江戸時代においても徳川幕府が葬式は仏教式以外は認めなかったので、本居宣長などの国学者も菩提寺に葬られている。したがって、神道式の葬儀も明治以前は公式には存在しなかったわけだ。
 また、儒者たちも墓は儒教式の置き石にしているが(・・実見はしていないが、東京に大塚先儒墓所がある)、葬儀そのものを朝鮮のような儒教式に行えなかった。この事実から、儒教はあくまでも統治のための学問的基礎を与えただけであって、民衆レベルまで浸透していなかったことが明白である。浸透したのは、世俗倫理という形だけであって、儒教にとって肝心要の魂の問題には踏み込めなかったわけだ。
 「葬式仏教」と揶揄(やゆ)され、ときに非難されているが、知識人の世界とは違って、民衆宗教のレベルでは、依然として冥界についてどう捉えるかという課題は避けて通ることはできないのである。だから「葬式仏教」は根強く生き残っていく。仏教のワクがはずれれば、スピリチュアルに流れるだけの話だ。
 儒教の本質と、日本における儒教の意味については、書評 『テレビ霊能者を斬る-メディアとスピリチュアルの蜜月-』(小池 靖、 ソフトバンク新書、2007) に、<書評への付記>として「先祖供養」とはいったい何か?として書いておいた。
 また、書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000) にも、日本が儒教国ではないことを朝鮮との対比で書いておいた。
 もうそろそろ、明治維新史観神話の呪縛という洗脳から、われわれは解放される必要があるのではないか? こういったやや巨視的な歴史理解をもとに、これからの日本再生も考えていかねばならないだろう。」

「日本の近代社会とキリスト教」

書評 『新島襄-良心之全身ニ充満シタル丈夫-(ミネルヴァ日本評伝選)』(太田雄三、ミネルヴァ書房、2005) -「教育事業家」としての新島襄
・・「英語・アメリカ・キリスト教」という共通点だけでなく、「女子留学生」とはアメリカで直接の知り合いであった新島襄

日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について
・・「英語・アメリカ・キリスト教」の三位一体

書評 『武士道とキリスト教』(笹森建美、新潮新書、2013)-じつはこの両者には深く共通するものがある
・・「「賊軍」から青山学院長へ-本多庸一」とも関係のある旧津軽藩士とキリスト教

書評 『山本覚馬伝』(青山霞村、住谷悦治=校閲、田村敬男=編集、宮帯出版社、2013)-この人がいなければ維新後の「京都復興」はなかったであろう ・・新島襄の盟友であった山本覚馬は旧会津藩士。かれも洗礼をうけてキリスト教徒となった

書評 『新渡戸稲造ものがたり-真の国際人 江戸、明治、大正、昭和をかけぬける-(ジュニア・ノンフィクション)』(柴崎由紀、銀の鈴社、2013)-人のため世の中のために尽くした生涯
・・「英語・アメリカ・キリスト教」という共通点でつらなる人脈のひとつの中心は新渡戸稲造は盛岡藩士の息子

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・「江戸時代後期の国学者・平田篤胤(ひらた・あつたね)は、禁書であった漢訳聖書と漢訳キリスト教文献をひそかに入手し、影響を受けているらしい」

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・抜書きしておいた「日本におけるキリスト教の不振」にはぜひ目を通していただきたい。文化人類学者・泉靖一氏の見解に説得力がある

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに


書評 『近代の呪い』(渡辺京二、平凡社新書、2013)-「近代」をそれがもたらしたコスト(代償)とベネフィット(便益)の両面から考える
・・「欧化主義」を推進した知的エリートたちと一般庶民にとっての「近代」は意味合いがおおきく異なっている


日本では「習俗化」したキリスト教

書評 『日本人とキリスト教』(井上章一、角川ソフィア文庫、2013 初版 2001)-「トンデモ」系の「偽史」をとおしてみる日本人のキリスト教観

書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー
・・キリスト教的なるものという西洋への憧れは依然として日本女性のなかにポジティブなイメージとして健在

書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ

書評 『普通の家族がいちばん怖い-崩壊するお正月、暴走するクリスマス-』(岩村暢子、新潮文庫、2010 単行本初版 2007)-これが国際競争力を失い大きく劣化しつつある日本人がつくられている舞台裏だ
(2014年7月18日、8月22日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2013年12月25日水曜日

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説 ― 追悼 大島渚監督



映画監督の大島渚氏が亡くなったのは、ことし2013年の1月のことであった。

世代的な関係から、「日本のヌーベルヴァーグの旗手」といわれていた大島渚監督の、1960年代から70年代にかけての作品を見てきたわけではない。だが、『戦場のメリークリスマス』(1983年)以降、つぎつぎと話題作を製作していた頃の大島渚監督はTV番組をはじめさまざまな媒体で積極的に発言をしていたのであった。

だから、大島渚といえば、わたしにとっては、なんといっても『戦場のメリークリスマス』なのである。いまから30年前の作品だ。

大島渚監督は、作曲家でテクノ系バンド YMO の坂本龍一ブリティッシュ・ロックのデビット・ボウイ、そして「オレたちひょうきん族」が放送されていた頃のお笑い芸人のビートたけしを映画デビューさせるという離れ業をやってのけたのである。きわめて個性的なキャラクター抜きでこの映画は成り立たない。いまみても、これ以外のキャスティングはあり得ないのではないかというほどまったく違和感がない。

その後、『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas Mr. Lawrence)の原作ローレンス・ヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』(The Seed and the Sower)を読む機会があったが、どうしても映画の印象がつよすぎて重ね合わせてしまう。とくにハラ軍曹を演じたビートたけしの演技は、これ以外は考えられないといったものだからだ。




ローレンス・ヴァン・デル・ポスト(Laurens van der Post)は南アフリカ生まれた英語作家である。名前が示しているようにオランダ系移民のボーア人(=ブール人)の末裔。若き日に日本の船長(キャプテン)と知り合い、友人とともに日本に渡航したことのある日本通であった。

第二次大戦がはじまると志願して英国陸軍のコマンド部隊の大佐として各地を転戦することになる。皮肉なことに、日本軍政下のインドネシアのジャワで日本軍に捕まり収容所で捕虜生活を送ることになる。

日本に原子爆弾が投下されたことで日本が降伏し、ヴァン・デル・ポストも収容所から解放されることになるのだが、その件についてはだいぶ前に 原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』 に書いたとおりだ。


(英国陸軍大佐としてのヴァン・デル・ポスト)


ジャワ島での収容所体験をもとに書かれた作品が、『種子と蒔くもの』(オリジナルタイトル:The Seed and the Sower  1963年)という「クリスマス三部作」に収録された3つの中編小説であある。

「第一部 影の獄にて-クリスマス前夜」(The Bar of Shadow)、「第二部 種子と蒔くもの-クリスマスの朝」(The Seed and the Sower)、「第三部 剣と人形-クリスマスの夜」(The Sword and Doll)のうち、大島渚監督は映画『戦場のメリークリスマス』の製作にあたって、最初の2作品を基にしている。

ジャワ日本軍捕虜収容所での英国軍人ローレンスと捕虜虐待を行う日本人鬼軍曹ハラとの逆説的な出会いと友情、戦友セリエと日本人将校ヨノイとの同性愛、セリエと弟との秘話にあかされる人間の裏切りと愛・・・。相反するものたちのコンフリクトと合一。人間存在の不思議さ。

「種子と蒔くもの」は、フランスの画家ミレーの名作 「種まく人」のことである。もともとは『新訳聖書』の「マタイによる福音書」の13章にある寓話からきている。

「影の獄にて」の「影」とはユング派心理学でいう「影」のことである。単行本の帯には、「ユング的世界と人類学的世界の類い稀な小説化」とある。

作家ローレンス・ヴァン・デル・ポストは、東南アジアでの軍務を終えて英国に渡航した際、ロンドンでユングと知り合いになりすっかり魅了されてしまう。。のちにユングの伝記 Jung and the Story of Our Time を執筆しているが、ユングの影響を大きく受けているわけだ。

人間は自分の「影」という監獄につながれた囚人である。そういう認識が『影の獄にて』という小説のタイトルに反映しているわけだ。

「人類学的世界」とは南アフリカに生まれたヴァン・デル・ポストのたぐいまれな異文化理解能力のことをさしている。この小説は捕虜体験という参与観察による日本人の文化人類学的研究を小説化したといってもいいような作品なのだ。

この原作と大島渚監督との出会いこそが、このすばらしい映画が成立する条件であったのだ。





『影の獄にて』について

『影の獄にて』の内容については、映画のあらすじを見ていただければわかると思うが、もちろん原作の小説と映画は同じものではない。

映画には反映されていない「第三部 剣と人形-クリスマスの夜」も捨てがたい作品である。これはぜひ読んでほしいと思う。

『影の獄にて』の日本語訳の翻訳者・由良君美氏は、「本書は(ヴァン・デル・ポスト)氏の多くのファンの間で、英米ではとくに評判の悪いものであるが、心ある人は、氏の小説における傑作のひとつとしている。われわれは逆に、この本こそ、ヴァン・デル・ポスト世界への、日本人のための最良の入り口と考え・・」と書いている。



またこうも書いている。「・・われわれの無意識の深層に眠るものは変わらない。その日本的心性の古態型(アーキタイプ)を、本書の第一部ぐらい、想像的共感によって、美事に造形した作品は少ない。第二部も、<イニシエーション>を描く部分のごとき、凡百の文化人類学者で<通過儀礼>を学ぶよりも、はるかに迫真的に、その実体を味あわせてくれるものがあろう」。
.
日本語訳は由良君美氏と富山太佳夫氏によるもので、第一部と第三部は由良、第二部は富山の分担になっているが、「ただお断りすべきは、第二部末尾の二ページ分は、戦中の神道美学を濃厚に意識した原文であるため、戦中派である由良が訳したことである」という。日本語訳では最後の3ページ分である。




では、「第二部 種子と蒔くもの-クリスマスの朝」の最後の文章を読んでみよう。主人公の日本人将校ヨノイが原作では戦犯に問われることなく釈放され、戦争終了後、故郷の神社に参拝して奉納したという想定の短詩である。英語そのものも味読していただきたい。英語で日本的なものがここまで表現できるのである。


社前に赴いて深く礼をし、鋭く柏手うって、祖先の御霊に帰朝を報告し、祖霊に読んで頂くべく、つぎの詩を奉納してきた、と。

Presenting himself at the shrine, bowing low and clapping his hands sharply to ensure that the spirits knew he was there, he had deposited his verse for the ancestors to read:


春なりき。
弥高(いやたか)き祖霊(みたま)畏(かし)こみ、
討ちいでぬ、仇なす敵を。
秋なれや。
帰り来にけり、祖霊(みたま)前、我れ願う哉(かな)。
嘉納(おさめ)たまえ、わが敵もまた。


In the spring,
Obeying the August spirits.
I went to fight the enemy.
In the Fall,
Returning I beg the spirits,
To receive also the enemy.


「第二部」の結びの文章は以下のようになっている。相反する反対物の一致について語られている。

「風と霊、台地と人間の命、雨と行為、稲妻と悟得、雷(いかづち)と言葉、種子と蒔く者―すべてのものはひとつだ。自分の種子を選んで欲しいと言い、あとは、内部の種子蒔く者に、みずからの行為のなかに蒔いて欲しいと祈ればよい。それだけで、ふくよかな黄金(こがね)なす実りは、すべての人のものとなるのだ」と。

"Wind and sprit, earth and being, rain and doing, lightning and awareness imperative, thunder and the word, seed and sower, all are one: and it is necessary only for man to ask for his seed to be chosen and to pray for the sower within to sow it through the deed and act of himself, and then the harvest for all will be golden and great."


ユング派心理学にも通じ、日本を深いレベルで知っていた行動と思索の人ローレンス・ヴァン・デル・ポストにとって、人生はまさにあざなう縄のごとしであったのだろうか。日本を愛し、そして日本を敵として戦って捕虜となり、そしてまた日本との絆が深まったのである。

彼の日本とのかかわりは、A Portrait of Japan (1976) のほか、Yet Being Someone Other という自伝的作品にも書き込まれている。





映画 『戦場のメリークリスマス』だけでなく、ぜひ映画の原作と読み比べてほしいものである。『戦場のメリークリスマス』は、このヴァン・デル・ポストの原作と大島渚監督があってこそ生まれた傑作だからだ。

大東亜戦争における英国人捕虜を題材にした英米合作映画 『戦場にかける橋』(1957年)が反日的色彩の濃いものであるのに対し、 『戦場のメリークリスマス』は、日本人を熟知した作家と日本人映画監督のコラボレーションといってもいい。

だからこそ、日本人のいやな面も描きこんでいるとはいえ、いたずらに美化することもなく、ありのままの日本人を描いているから日本人が見ても違和感がないのである。稀有な作品といえるだろう。

思索社から「ヴァン・デル・ポスト選集」が出版されているのだが、この知日派の英語作家の作品はどれくらい日本人のあいだで知られているのだろうか。現在は品切れとなってしまっているようだが・・・。

ぜひローレンス・ヴァンデルポストという作家の作品は読んでほしい。


画像をクリック!



<関連サイト>

『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas Mr. Lawrence 1983年) トレーラー

戦場のメリークリスマス ED - Merry Christmas Mr. Lawrence Ending
・・戦争終了後の1946年、立場が完全に入れ替わったローレンスとハラ軍曹の再会と別れ。戦犯となったハラ軍曹はクリスマスの翌朝、処刑が執行される。ローレンスにむけた最後のセリフが Merry Christmas Mr. Lawrence !



PS 追悼デビッド・ボウイ(1947~2016)

『戦場のメリークリスマス』で英国将校の役を演じたデビッド・ボウイが2016年1月10日に69歳で亡くなった。追悼の意味をこめて フランスの女優イサベル・アジャーニが歌う「ボウイのように美しい」(Beau oui comme Bowie)-追悼デビッド・ボウイ(1947~2016) という記事を書いた。あわせてご覧いただければ幸いである (2016年1月23日 記す)



<ブログ内関連記事>

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』
・・ジャワの捕虜収容所で「終戦」を迎えたヴァン・デル・ポスト

スローガンには気をつけろ!-ゼークト将軍の警告(1929年)
・・同じような警句を発している鶴見俊輔について触れている。鶴見俊輔は大東亜戦争中、海軍の軍属として通訳官としてインドネシアのジャワにいた。ローレンス・ヴァンデル・ポストとは接点はないが・・

書評 『河合隼雄-心理療法家の誕生-』(大塚信一、トランスビュー、2009)-メイキング・オブ・河合隼雄、そして新しい時代の「岩波文化人」たち・・・ 
・・ユング派の臨床心理学者の河合隼雄


オランダ領東インドと日本

書評 『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』(ルディ・カウスブルック、近藤紀子訳、草思社、1998)-オランダ人にとって東インド(=インドネシア)喪失とは何であったのか

書評 『五十年ぶりの日本軍抑留所-バンドンへの旅-』(F・スプリンガー、近藤紀子訳、草思社、2000 原著出版 1993)-現代オランダ人にとってのインドネシア、そして植民地時代のオランダ領東インド
・・『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』の2年後に日本で翻訳出版された。ともに健忘症の日本人への警鐘と受け取りたい。重要なことはバランスのとれた「ものの見方」。夜郎自大にならず、卑屈にも自虐的にもならず

書評 『帰還せず-残留日本兵 60年目の証言-』(青沼陽一郎、新潮文庫、2009) ・・主にインドネシアの事例を取り上げている


大英帝国の東南アジア植民地と日本

映画 『レイルウェイ 運命の旅路』(オ-ストラリア・英国、2013)をみてきた-「泰緬鉄道」をめぐる元捕虜の英国将校と日本人通訳との「和解」を描いたヒューマンドラマは日本人必見!

書評 『裁かれた戦争裁判-イギリスの対日戦犯裁判』(林博史、岩波書店、1998)-「大英帝国末期」の英国にとって東南アジアにおける「BC級戦犯裁判」とは何であったのか ・・「英国主導の「BC級戦犯裁判」においては、「泰緬鉄道関連」もさることながら「華僑虐殺裁判」が中心となったという」事実

(2015年8月13日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end