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2018年8月9日木曜日

23年間「積ん読状態」だった藤原作弥氏の『満洲、少国民の戦記』(現代教養文庫、1995)を読んで自問自答する「日本人にとっての満蒙とは何か?」という問い


「満蒙」とは満洲と内蒙古を合わせた表現のことだ。日本から近い順に朝鮮半島があり、満洲、そしてさらにその奥地が内蒙古。 

先日のことだが、内蒙古(=南モンゴル)出身の楊海英氏による『チベットに舞う日本刀-モンゴル騎兵の現代史-』 と『日本陸軍とモンゴル-興安軍官学校の知られざる戦い-』 を読んでいた際に、ところどころで言及されていたのが、本書すなわち藤原作弥氏の『満洲、少国民の戦記』という本だった。 

藤原作弥氏は、金融ジャーナリストで、その後、日銀副総裁に抜擢された人だが、そういえば、この本は買ってもっていたなと思い出して、探してみたら出てきた。 本棚ではなく箱のなかから出てきた。

1995年の新刊の現代教養文庫で、書店で購入したようだ。昔から満洲には大きな関心があるので購入したのは間違いない。まだ読んでいなかったので、これを機会に読んでみることにしたが、購入してからなんと23年目にして初めて読んだことになる。それにしても超長期の積ん読だったことになる。 

内容は、父親の仕事でつれられて少年時代を過ごした内蒙古の大草原の思い出と、その翌年の日本の敗戦によって命からがら脱出し、日本に帰国できるまで1年半にわたって難民として滞在を余儀なくされた満洲の安東(現在の丹東)の体験記。後者は鴨緑江をはさんで現在の北朝鮮の対岸にある地方都市だ。分量的には圧倒的に後者が多い。 

そして、この本にはいわゆる「葛根廟事件」の記述がある。満洲から脱出した民間人が、ソ連軍の戦車隊によって虐殺された事件のことだ。「葛根廟」にかんする文章は、現代教文庫版以降にしか掲載されていない。

「千二百名中千名以上の民間人婦女子が、暴民の襲撃ではなく一国の軍隊の攻撃で、無差別に大量虐殺されたジェノサイド(計画的集団殺戮)という点では、終戦時に旧満洲の日本人難民が遭遇した事件の中でも、最大の悲劇といってよかろう」(P.323)と著者は記す。 

満洲ものは無数といってよいほどあるのだが、満洲には直接には縁のない、ノスタルジーを感じるはずのない私にとっても、なぜか非常に惹かれるものを感じるのはなぜか、と考えてみることもある。もちろん、子供の頃から満洲のことは、学校の教師や親など、さまざまなルートで聞き知っていた。 ただし、両親も祖父母も満洲とは縁はない。

戦前に大陸に渡った日本人たちが、いわゆる「日本人離れ」した言動をしていることに魅力を感じるのだろうか。たとえ最終的には難民となって命からがら逃げることになったとはいえ、島国である「内地」とは異なる世界がそこにあるからだろうか。複数の異民族と日常的に接触することで、日本人自身も変化するのか。 

戦後の日本は、戦前に満洲で実験したものを再現したに過ぎないといった言説は昔から耳にしてきたが、それはその通りだと思う。たとえば、満鉄の特急あじあ号がなければ、戦後の新幹線がなかっただろうとは、子供の時に聞いた話である。 

「満洲もの」は、今後もまだまだ読んでいきたい、きわめて関心の深いテーマなのだ。多くの人がそう思っているからこそ、つきることなく出版され、またドラマ化、映画化され続けているのだ。







<ブログ内関連記事>

書評 『チベットに舞う日本刀-モンゴル騎兵の現代史-』(楊海英、文藝春秋、2014)-モンゴルは現在に至るまで「分断民族」となっているという事実を直視せよ!

書評 『カルピスをつくった男 三島海雲』(山川徹、小学館、2018)-カルピスの背後にはモンゴルと仏教思想がある

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む

書評 『ノモンハン戦争-モンゴルと満洲国-』(田中克彦、岩波新書、2009)-もうひとつの「ノモンハン」-ソ連崩壊後明らかになってきたモンゴル現代史の真相

書評 『有法子(ユーファーズ)-十河信二自伝-』(十河信二、ウェッジ文庫、2010 単行本初版 1959)-「新幹線の父」と呼ばれる前の満洲時代を中心とした貴重な証言

書評 『「くにたち大学町」の誕生-後藤新平・佐野善作・堤康次郎との関わりから-』(長内敏之、けやき出版、2013)-一橋大学を中核にした「大学町」誕生の秘密をさぐる


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2018年8月1日水曜日

書評『カルピスをつくった男 三島海雲』(山川徹、小学館、2018)― カルピスの背後にはモンゴルと仏教思想がある



カルピスが誕生したのは、1919年7月7日。なんと、誕生からすでに99年もたっているのだ! 

子供の頃はよく飲んでいたが、大人になってからあまり飲んでなかった乳酸菌飲料のカルピス。ここのところ猛暑日が続いていることもあって、ほとんど毎日のように、よく冷やしたペットボトルの「カルピスソーダ」と「濃い目のカルピス」ばかり飲んでいる。 

そんなときに、ちょうど時宜を得たかのように出版されたのが『カルピスをつくった男 三島海雲』(山川徹、小学館、2018)だ。 

カルピスを発明した人が三島海雲(みしま・かいうん)であり、その着想を得たのがモンゴルだったことくらいは知っていたが、詳細についてはほとんど知らなかった。なぜなら、この本が出るまで、伝記といえるような本がまったくなかったからだ。 

読んで面白い内容だった。

三島海雲が青春の日々を過ごした100年前のモンゴルと、その生涯に多大な興味をもっている1977年生まれのノンフィクションライターの著者が追体験する現在のモンゴル。三島海雲の生誕の99年後に著者は生誕したことになる。

100年を隔てた時代を行ったり来たりしながら記述していくことで、三島海雲がモンゴルで発見した乳酸菌飲料と、100年にわたって飲み続けられた「国民飲料」としてのカルピスが立体的に浮かび上がってくる。まさに日本とモンゴル(正確にいうと、現在は中国領の内蒙古=南モンゴル)をつなぐ深い関係を象徴するものだたといっていい。 

三島海雲が生まれたのは1878年(明治11年)。生まれたのは浄土真宗の貧乏寺だった。生涯にわたって親鸞と釈迦を尊敬して生きた三島海雲であったが、少年時代に偽善的な信仰にはNOを突きつけ、なんと寺にあった仏像を焼いてしまったという。感情には正直な、直情径行型の人だったようだ。 


  

表紙カバーの写真は、三島海雲が30歳代でモンゴル時代のものだが、好奇心が強く、意志の強そうな面構えではないか! 

小学校中退後に西本願寺文学寮を卒業後、仏教大学に編入するが中退して大陸に渡る。僧籍を得たものの寺を継がなかったのは、狭い日本から飛び出して大陸に渡ればチャンスをつかむことができるかもしれないと考えたからだ。大陸ではまだ清朝が存在した時代のことだ。 

その後、紆余曲折を経て、現地で事業家として身を立て、日本陸軍のための軍馬買い付けのため、さらに奥地の蒙古へと向かう。そこで出会ったのが、遊牧民の日常生活に欠かせない乳酸菌飲料であった。これが、清朝崩壊によって日本に帰国を余儀なくされたあと、カルピスの発明へとつながっていく。 

面白い内容なので、詳細は本を読んでいただければいいが、私がとくに印象を受けたのは、三島海雲が生涯にわたって仏教思想にもとづいて思考し行動していたという点だ。モンゴル時代には、毎日寝る前には『華厳経』を読んでいたらしい。「すべてはつながっている」ことを説いた教典だ。そして、言うまでもなく、モンゴルはチベット仏教がマジョリティだ。そして人生最後の仕事が、『仏教聖典』の編纂と普及であった。 


(三島海雲がかかわった『仏教聖典』。仏教伝道協会のものとは異なる)


三島海雲が経営理念としたのは「国利民福」。前者の「国利」は、国のために利益になることだが、後者の「民福」は民の福祉を重視すること。健康飲料を提供することで国民すべてが健康で幸せな暮らしを送ること願ってのことだ。 

明治時代の人だから「国利」というのは自然な発想だが、「民福」という発想がでてくるのは、仏教思想のたまものだというべきだろう。私利私欲を離れ、物事に執着しないという姿勢が生涯にわたって貫かれたという。経営者としては弱みになりかねなに希有な姿勢も、そう考えれば納得がいく。利益はあとからついてくるのであって、利益追求を目的にしてはならない。 

カルピスの発明者で事業家であった三島海雲の仏教思想に基づく姿勢は、「カルピスという会社」が吸収合併されて消えてなくなったあとも、「カルピスという国民飲料」として生き残り続けている。 

これほど息長く生き続けている飲料は、ほかにはあまり見当たらない。その意味では、その発明者であり事業家であった三島海雲という人物について知ることは、大いに意味あることと思うのである。 


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目 次    
序章 カルピスが生まれた七月七日に  
第1章 国家の運命とともに  
第2章 草原の国へ  
第3章 戦争と初恋  
第4章 最期の仕事  
終章 一〇〇年後へ

著者プロフィール 
山川徹(やまかわ・とおる) 
ノンフィクションライター。1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大學二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。 



<関連サイト>

カルピスが99歳で人気を取り戻せたワケー憧れの「濃いめ」が大人に刺さった(山川徹、プレジデント・オンライン、2018年11月5日)

(2018年11月6日 項目新設



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■満蒙時代の南モンゴル(=内蒙古)

書評 『チベットに舞う日本刀-モンゴル騎兵の現代史-』(楊海英、文藝春秋、2014)-モンゴルは現在に至るまで「分断民族」となっているという事実を直視せよ!


「赤羽末吉スケッチ写真 モンゴル・1943年」(JCIIフォトサロン 東京・半蔵門)に立ち寄ってきた(2016年6月18日)-絵本作家の赤羽末吉が撮影した戦前の内蒙古

『スーホの白い馬-モンゴル民話-(日本傑作絵本シリーズ)』(大塚勇三・再話、赤羽末吉・絵、福音館書店、1967)-「良質な絵本」もまた大事にしていくべき「昭和遺産」だ

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!

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■経営者と仏教思想

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「稲盛哲学」 は 「拝金社会主義中国」を変えることができるか?

書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した!

書評 『7大企業を動かす宗教哲学-名経営者、戦略の源-』(島田裕巳、角川ONEテーマ21、2013)-宗教や倫理が事業発展の原動力であった戦前派経営者たちの原点とは?

(2018年8月2日 情報追加)


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2018年7月19日木曜日

書評『チベットに舞う日本刀 ― モンゴル騎兵の現代史』(楊海英、文藝春秋、2014)― モンゴルは現在に至るまで「分断民族」となっているという事実を直視せよ!



『チベットに舞う日本刀-モンゴル騎兵の現代史-』(楊海英、文藝春秋、2014)を読んだ。長らく積ん読状態だったが、ようやく読むことにしたのだ。

読んでみて、じつに読み応えのある好著だと感じた。モンゴル現代史だけでなく、日本近現代史、中国現代史とチベット現代史に関心のある人にとっても読むべき本だと確信する。 

著者の楊海英(よう・かいえい)氏は、現在は中国領となっている南モンゴル(かつて内蒙古と呼ばれていた地域)出身のモンゴル人の人類学者。モンゴル名はオーノス・チョクト、日本名は大野旭。現在は日本国籍を取得、日本語で著作を旺盛に執筆、司馬遼太郎賞の受賞者でもある。 

この本は、そんな著者が描いたモンゴル現代史である。ビルマ(=ミャンマー)やベトナム、インドネシアなどの東南アジア諸国は、英国やフランス、オランダといった西欧諸国の植民地からの独立を戦ったが、モンゴルの場合は西欧ではなく中国からの独立を戦ったのである。民族の英雄チンギスハーンの時代から700年、かつての栄光ははるか遠く、モンゴル民族は少数民族として圧迫されていた。 

そんなモンゴル民族にとって「近代化」のモデルとなったのが、ユーラシア大陸の西からやってきたロシア(=ソ連)と、アジアではいち早く近代化を達成した日本(=大日本帝国)であった。圧迫された少数民族にとっての悲願は、「民族自決」による独立達成であった。 

ソ連の影響下で独立を達成したのが北モンゴル(=外蒙古)のモンゴル人民共和国で、ソ連についで世界で二番目の社会主義国となった。この件については、『草原の革命家たち』(田中克彦、中公新書、1973)という知られざる名著に活写されている。ソ連崩壊後にはモンゴル国となり、日本の大相撲の力士を多数輩出していることは周知のとおりだ。 

南モンゴル(=内蒙古)もまた北モンゴルにならって独立達成に向けて奮闘、将来のモンゴル民族統一を目指していた。

騎馬遊牧民族のモンゴル人は、日露戦争で大きな活躍を成し遂げた、秋山好古率いる日本陸軍の近代騎兵に着目し、陸軍士官学校への留学を通じて、近代化されたモンゴル騎兵が再生することになる。




その舞台となったのが帝国陸軍の習志野騎兵学校であり、第1部第1章のタイトルが「青春の習志野」となっているのはそのためだ。

この点は、船橋市や八千代市を含めた「広域の習志野」の住民としてはうれしい限りだ。 現在の陸上自衛隊習志野駐屯地は、第一空挺団の本拠地であり、基地内には「日本騎兵之地」の石碑がある。

その後、日本の大陸進出によって創り出された満洲国で、モンゴル騎兵を育成するための興安軍官学校が設立され、日本の影響圏のなかで多くのモンゴル人騎兵が育成されることになる。日本の大陸進出の野心と、民族自決を目指すモンゴル人の意図が合致したのであった。しかしながら、それは同床異夢ではあったが・・。 

1939年のノモンハン戦争(=ハルハ河戦争)は、日本軍とソ連軍との激突であったが、日本側とソ連側の双方でモンゴル人将兵が対峙することになった。まことにもって「分断民族」の悲劇としかいいようがない。日蒙二世の青年を主人公とした安彦良和氏の傑作歴史冒険活劇マンガ『虹色のトロツキー』に活写されているとおりだ。

しかも、「五族協和」を謳った満洲国においては、モンゴル人だけが優遇されることはなく、不倶戴天の敵である中国人と対等の扱いを強いられた。日本人による統治方針とモンゴル人の願望とのズレが拡大していったのだ。民族自決を目指していたモンゴル人の日本への不満が高まっていく。 

日本の敗戦によって日本が大陸から撤退すると、南モンゴルは最終的に中国共産党の支配下に組み込まれる。大戦後の戦後構想を取り決めた「ヤルタ会談」(1945年)において、当事者であるモンゴル人不在のまま、大国間の密約により、スターリンの主張に基づき南モンゴルは中国の勢力圏と決められたからである。 モンゴル統一の夢は潰えたのだった。

そして、1949年の中華人民共和国成立後、モンゴル騎兵も人民解放軍に組み込まれることになる。毛沢東は、モンゴル騎兵の実力を熟知しており、最大限に利用しようと考えていた。 

モンゴル騎兵が実戦に投入され功績をあげたのは、1958年から1960年にかけて実行された「チベット侵攻」である。これが、本書のタイトルである『チベットに舞う日本刀』ということになる。モンゴル騎兵は、中国共産党の傭兵として利用されたのだ。 

抵抗勢力とみなされたチベット民族に振り下ろされたモンゴル騎兵の日本刀、おなじチベット仏教を信仰するチベット人に対する殺戮行為は、モンゴル人にとっては悔やんでも悔やみきれないものとなる。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマのダライは、海(=大草原)を意味するモンゴル語なのである。 

毛沢東は、伝統的な中国人の異民族支配の手法である「夷(い)をもって夷(い)を制す」を実践したのである。自ら手を下すことなく、漢人にとっての異民族であるモンゴル人にチベット人制圧を行わせたのである。この事実は、この本を読むまで知らなかった。チベット侵攻自体が非難すべきだけでなく、モンゴル騎兵が絡んでいたとは・・。

中国共産党がなすことは、じつに極悪非道としかいいようがない。 

チベット侵攻においてモンゴル騎兵の実力を知り抜いた毛沢東は、諸刃の剣であることを認識しており、文化大革命時代には反乱の目をつむためにモンゴル騎兵を解体、モンゴル民族の虐殺を開始する。一説によれば10万人規模のモンゴル人が殺されたのだという。まさにジェノサイドである。チベット人やウイグル人だけではない、モンゴル人もまた抹殺対象となり、土地を奪われていったのである。 

ソ連の影響下で辛酸をなめることになったとはいえ、北モンゴルは独立を獲得し、現在に至るまで独立を確保できているのに対し、南モンゴルは現在に至るまで中国共産党による圧政のもとに、民族固有の生活習慣や文化を否定され、苦しんでいる。 

日本人の認識においては、ドイツとベトナムが統一したあと、朝鮮民族が最後の「分断国家」と認識されているようだが、アジアではモンゴル民族がいまだに「分断民族」のままとなっていることを認識しなくてはならない。 

その意味では、モンゴル現代史やチベット現代史、中国現代史に関心のある人だけでなく、アジアの現状に関心のある人は、読むべき本であると思うのである。






『チベットに舞う日本刀 ー モンゴル騎兵の現代史』 
目 次  
はじめに-日本人よ、「モンゴル」を忘れないでほしい!
主要登場人物紹介 
第1部 民族の自決 
 第1章 青春の習志野   
 第2章 燃ゆる興安嶺   
 第3章 狼煙あがるホルチン草原   
 第4章 馬蹄轟く天安門 
第2部 中国の傭兵  
 第5章 「ヨーロッパの中世よりも暗黒」なチベット   
 第6章 武功輝くタングラ山   
 第7章 血潮滾るジュクンド   
 第8章 サムライたちの崑崙   
 第9章 意気揚々青海湖   
 第10章 女神の崑崙路   
 第11章 悲恋の玄界灘 
おわりに-日本人よ、「自虐」にも「自尊」にもなるな 
参考文献と資料


PS 『モンゴル騎兵の現代史 ― チベットに舞う日本刀 』と副題を書名に改題したうえで、2020年に中公文庫から文庫化されている。文庫版解説は、マンガ家の安彦良和。(2026年7月29日 記す)

(画像をクリック!)



PS2 本書の姉妹編である『日本陸軍とモンゴル-興安軍官学校の知られざる戦い-』(中公新書、2015)とともに読むことをすすめたい。






『日本陸軍とモンゴル ー 興安軍官学校の知られざる戦い』 
目 次  
まえがき 
序章 軍人民族主義者とは何か  
第1章 騎兵の先駆と可愛い民族主義者 
第2章 民族の青春と興安軍官学校 
第3章 植民地内の民族主義者集団 
第4章 興安軍官学校生たちのノモンハン 
第5章 「チンギス・ハーン」のモンゴル軍幼年学校 
第6章 「草原の二・二六事件」と興安軍官学校の潰滅 
終章 「満蒙」残夢と興安軍官学校生の生き方  
あとがき 
参考文献  
関連年表 





<関連サイト>


書評 日本人よ、「モンゴル」を忘れないでほしい! (文: 楊 海英 (静岡大学教授)、2014年11月14日)
・・「はじめに」より転載






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■満蒙時代の南モンゴル(=内蒙古)

「赤羽末吉スケッチ写真 モンゴル・1943年」(JCIIフォトサロン 東京・半蔵門)に立ち寄ってきた(2016年6月18日)-絵本作家の赤羽末吉が撮影した戦前の内蒙古

『スーホの白い馬-モンゴル民話-(日本傑作絵本シリーズ)』(大塚勇三・再話、赤羽末吉・絵、福音館書店、1967)-「良質な絵本」もまた大事にしていくべき「昭和遺産」だ

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!

書評 『ノモンハン戦争-モンゴルと満洲国-』(田中克彦、岩波新書、2009)-もうひとつの「ノモンハン」-ソ連崩壊後明らかになってきたモンゴル現代史の真相

書評 『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」-機密公電が明かす、戦前日本のユーラシア戦略-』(関岡英之、祥伝社、2010)-戦前の日本人が描いて実行したこの大構想が実現していれば・・・


■チベット問題

「チベット・フェスティバル・トウキョウ 2013」(大本山 護国寺)にいってきた(2013年5月4日)

「チベット蜂起」 から 52年目にあたる本日(2011年3月10日)、ダライラマは政治代表から引退を表明。この意味について考えてみる
映画 『ルンタ』(日本、2015)を見てきた(2015年8月7日)-チベットで増え続ける「焼身」という抗議行動が真に意味するものとは



■習志野と馬・騎兵

陸上自衛隊「習志野駐屯地夏祭り」2009に足を運んでみた

「下野牧」の跡をたずねて(東葉健康ウォーク)に参加-習志野大地はかつて野馬の放牧地であった


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