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2023年1月23日月曜日

書評『炎の陽明学 ― 山田方谷伝 ―』(矢吹邦彦、明徳出版社、1996)― 江戸時代後期から幕末、そして維新後まで生きた「財政の巨人」の生涯、その全容を知る

 


「構造改革」が流行語だった当時に山田方谷(やまだ・ほうこく)の存在を知って以来、読もう読もうと思いながら幾年月。 

読み終えて思うのは、やはり読んでよかったということだ。人物の概要だけ知っていてもダメなのだ。その全容を知らなくてはならないのだ、と。 


(帯のオモテ)

山田方谷(1805~1877)は、知る人ぞ知る存在である。方谷は号であり、通称は安五郎であった。

陽明学に傾倒した儒者。農民出身でありながら藩校の学頭に取り立てられ、備中松山藩の「ナンバー2」として、藩主から絶大な信頼を受け、藩政改革をやり遂げた「財政の巨人」。財政破綻していた藩政を短期間で立て直し、富国強兵を実現した才能と手腕、そして胆力の持ち主であった。 

藩政改革といえば、上杉鷹山という連想がすぐに働くだろう。内村鑑三が英文の『代表的日本人』で取り上げて以来、世界的に有名だが、その詳細を見たら、はるかに山田方谷には及ばない。


(山田方谷 Wikipediaより *方谷は写真撮影を嫌っていたという)

山間の小藩の財政とはいえ、山田方谷のとった手法と実行力は、現在でも財政立て直しの教科書とされるほどすぐれたものだ。その肝は、徹底的な経費削減と新規事業投資であった。もっとも有名な産品が「備中鍬」である。この手法は成功し、愛弟子の河井継之助が長岡藩で再現している。

しかも、その手法も実行もみな中国の史書にモデルを求めたということがすごい。儒者ならではのケーススタディ活用法である。当時はターンアラウンドの教科書などなかったのだ。

佐藤一斎の門下で塾頭をつとめた俊才であり、佐久間象山と並んで「佐門の二傑」と呼ばれた存在であったが、象山ほど世に知られていない。だが性格は真逆で、しかも人物としては、方谷ははるかに象山を上回る存在であったというべきだろう。 方谷が陽明学に傾倒したのに対し、象山は朱子学に徹底的にこだわった。

(帯のウラ)

司馬遼太郎の長編小説『峠』の主人公は、長岡藩の家老として戊辰戦争を戦った河井継之助だが、その継之助が内弟子として親しく教えを受け、死の直前まで心底から敬っていたのが山田方谷である。そう言えば、ああ、あの人かとわかるのではないだろうか。 

そんな山田方谷の盟友として人生を伴走したのが、著者の先祖にあたる庄屋の矢吹久次郎であった。本書は、山田方谷が矢吹久次郎にあてた密書を含む書簡を一次資料とし、残された漢詩から山田方谷の心情をさぐった評伝である。 山田方谷の情報網は、やり手の商売人でもあった矢吹久次郎にあったらしい。

(河井継之助 Wikipediaより)

陽明学というと、先に名を出した河井継之助だけでなく、大塩大塩中斎や西郷隆盛がすぐ連想される。だが、それだけが陽明学ではない。そのことを一身で示したのが山田方谷の生涯というべきだろう。 

方谷は陽明学そのものも突き抜けて、「活学」としての自分自身の哲学を作り上げていたというべきかもしれない。朱子学をベースに陽明学を修めていただけでなく、禅仏教や老荘思想の影響も受けていた博識の人であった。


■「ナンバー2」としての生き様

山田方谷がかつて師として教え、かつ「ナンバー2」として仕えた藩主の板倉勝静(いたくら・かつきよ)は、松平定信の孫であった。定信はまた八代将軍吉宗の孫である。

藩主の絶対的な信頼のもとに全面的に任されていたからこそ、山田方谷は大胆な改革を実行することができたのだ。いわば同志的結合である。 

(板倉勝静 Wikipediaより)

分析力と洞察力に富み、幕府の命運が長くないことを早くから予見していた方谷の反対にもかかわらず、「最後の老中」として徳川幕府と命運をともにした、「ナンバー1」である藩主との愛憎に満ちた関係。その結果、板倉勝静と備中松山藩は「朝敵」とされてしまう。

四方を新政府側に包囲されるという苦難に満ちた状況のなか、山田方谷は「無血開城」を実現する。長州藩にさきがけて農民兵を組織し、西洋式軍隊を常備していた備中松山藩だが、冷静な計算のもとに無用な衝突を避けることに成功した。

この点は、新政府側に中立を拒否されたため徹底抗戦の末に敗れ去り、結果として長岡を廃墟にしてしまった河井継之助との違いが大きく現れている。

継之助の墓碑銘の執筆を関係者からたのまれた山田方谷は、弟子の非業の死に筆をとることができなかったという。碑銘を書いたのは、方谷の一番弟子であった三島中洲である。

板倉勝静と山田方谷という主従関係を軸にした幕末史もまた、一般に流通している官軍サイドの幕末史とは違った側面から歴史を読む面白さがある。

財政立て直しの手腕が買われて、維新政府から6年にわたって何度も出仕を求められたが、最後まで断り続けた。その理由もまた興味深い。慶喜の直属の家来であった渋沢栄一との違いである。 

すぐれた手腕を示し、信念を貫き、見事なまでの出処進退を示した山田方谷であった。だが、私生活にはかならずしも恵まれなかったようだ。まあ、人生とはそういうものかもしれない。成功した経営者もそうであるが、偉人とよばれる人の多くがそうであるのと同様に。 

ずしりと重いこの本を読み終えて、人間の生き方、生き様にかんして、さまざまなことを考えている。そうさせるだけの人物が山田方谷であった。 


(画像をクリック!)


目 次
序文にかえて
第1章 もとめるは陽明学
 1 神童といわれて /2 両親の死、家業を継ぐ 
 3 儒教と武士道 /4 京都遊学
 5 武士への出世とおかげ参り
 6 陽明学との出会い /7 師の白鹿との対立
 8 江戸へ、佐門の塾頭 /9 佐久間象山の登場
 10 死をみつめて /11 藩校有終館学頭となって
 12 アヘン戦争勃発
 13 若き獅子たち /14 幕府諸藩の改革
第2章 風塵の嵐「藩政改革」 
 15 世子の御国入り /16 変身
 17 元締役拝命 /18 衝撃地帯
 19 帳簿公開 /20 節約令と産業振興
 21 藩札の改新 /22 文武奨励
 23 黒船襲来 /24 改新は進む
 25 方谷の危機 /26 火宅の人、方谷
 27 寺社奉行勝静の誕生
 28 安政の大獄と、勝静の失脚
第3章 幕末の政治顧問 
 29 孤灯の家 /30 河井継之助の来訪
 31 桜田門外の変 /32 勝静、幕閣に返り咲く
 33 老中勝静の政治顧問 /34 舞台は京都へ
 35 大政奉還と方谷の密書
第4章 明治維新 ― 森の人方谷 
 36 国破れて山河あり /37 江戸城開城と勝静流転
 38 青き竜、河井継之助の咆哮 /39 勝静の自首と藩再興
 40 新しい出発 /41 閑谷学校よ再び
 42 再会、勝静の来訪と久次郎の死
 43 春風と共に帰っておいで、生徒達
あとがき

著者プロフィール
矢吹邦彦(やぶき・くにひこ)
1940年、石川県加賀市塩屋生まれ。本籍、鳥取県日野郡阿毘縁。京都大学文学部社会学科卒。長きにわたるビジネスマン生活に別れをつげ、2000年4月より山田方谷の故郷・岡山県高梁市にある吉備国際大学教授に就任(新設された政策マネジメント学部および社会学部で、吉備文化論・実践マネジメント・実践マーケティング論を講義)。中小企業診断士(2004年刊行の著者につけられたプロフィール)


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2013年11月2日土曜日

「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)でリーダーシップの真髄に開眼せよ!-ケネディースクール(行政大学院)のハイフェッツ教授の真剣授業



「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)がすばらしい! 

第1回放送が2013年11月1日(金)から始まりましたが、この授業は全6回をTVにかぶりつきで「参加」したいという気持ちにさせられます。それだけ内容の充実した1時間なのです。

ダイアローグ(=対話)をベースにしたワークショップ型の授業であり、授業をリードするハイフェッツ教授はリーダーシップ研究30年(!)というキャリアの持ち主。しかも授業に参加している学生は社会人であり多士済々。

いずれもリーダーシップ経験をもった人たちが世界各国から集まっている学生なので、ワークショプで展開されるのは、まさに教師と学生たちのあいだの真剣勝負の世界。

これが大学学部の授業と専門大学院の授業の違いなのです。

専門大学院はプロフェッショナルスクール(professional school)のこと。アメリカではロースクール(法科大学院)、ビジネススクール(経営大学院、いわゆるMBA)、メディカルスクール(医科大学院)、それにディヴィニティスクール(神学大学院)などがあります。

いずれも社会で活躍するプロフェッショナルを育成するのが目的ですが、アメリカでは学部でリベラルアーツ(・・いわゆる教養教育)をしっかり行ったうえで、社会にでて問題意識をもった人が専門能力を身につけるために専門大学院でみっちり鍛えられるというという仕組みが確立しています。

学部生をアンダー・グラジュエイト(undergraduate)というのは、大学院生(graduate)を基準にした言い方です。専門教育は大学院が中心となるからです。

今回の「白熱授業」の舞台であるハーバード大学ケネディスクールは行政大学院です。取得できる学位は Master of Public Administration(公共管理学修士)。ビジネススクールは Master of Business Administration(ビジネス管理学修士)。P と B の違いです。

行政大学院は公共政策分野で活躍するプロフェッショナルを養成するのが目的で設置された大学院で、ケネディスクールの名称は言うまでもなくケネディ大統領から来ています。世界各国から政治家や外交官が集まって研鑽を積んでいます。

今回のワークショップでも、アジア各国の地方政治家や「国境なき医師団」で働いている医師、アメリカ海軍軍人など、さまざまなバックグラウンドをもった一家言をもつ学生が集まっていますが、こうしたダイバーシティ(=多様性)をもった人たちが集まって対話を重ねることに意味があるのです。

それが現実の社会だからです。アメリカ海軍軍人の発言にみられたような、同質性の高い組織に属していたのではけっして得られないことを、参加者どうしで学びあうことができるのです。「学び」にとって、こうした多様性のある環境は最高といっていいでしょう。

とはいえ、多様性のある集団に対してワークショップ型の授業を行うというのはじつに難しい。教師の力量が問われるのはまさにこういうタイプの授業なのです。教師自身にファシリテーション能力とすぐれたリーダーシップ能力がないと、多様性のある人間集団を導いていくことはできません。

その意味では、この授業そのものがリーダーシップの実践である。そういった観点で「参加」しながら視聴すべき番組であるといっていいでしょう。リーダーシップは知識(ナレッジ)ではなく、実践(プラクティス)においてこそ意味をもつのです。




では「番組概要」をNHK・Eテレのサイトから引用しておきましょう。

「リーダーシップの必要性、リーダーの不在がいわれて久しい。しかし、そもそもリーダーシップとは何なのだろうか?
ハイフェッツ教授はまず「権威とリーダーシップは別物である」と言う。
私たちが暮らす現代社会は、複雑に入り組んでおり、権威の存在なしには機能することは不可能である。しかし、ときには人は難題に立ち向かうために、権限を越えてリーダーシップを発揮する必要がある。権限の制約を乗り越えて人々を動かし、協力する必要があるのだ。
世界が多くの難問を抱えている今だからこそリーダーシップとは何なのか、あらためて問い直すことから番組はスタートする。(*太字ゴチックは引用者=わたし)


授業は全6回連続。授業のタイトルは現時点では以下のようになっています。

●第1回 リーダーシップとは何だ?(2013年11月1日)
●第2回 リーダーシップは素質ではない!(2013年11月8日)
●第3回 大統領はなぜ失敗したのか (2013年11月15日)
●第4回 1%の変革が世界を変える(2013年11月22日)
●第5回 難題と向き合おうじゃないか (2013年11月29日)
●第6回 世界が君を待っている (2013年12月6日)


白熱教室もオックスフォードのつぎはケンブリッジかな(?)と思ってたらふたたびハーバードに戻りったわけですね。

とはいえ、よくよく考えてみたら、ハーバード大学はマサチューセッツ州ケンブリッジ(Cambridge, MA)にあるので、オックスフォードの次はケンブリッジという想定は間違えではなかったわけか・・。

それはさておき、ビジネス世界に限定されない、真のリーダーシップを「参加」型で学べる授業です。変革のリーダーシップの本質は何かを知ることのできるワークショップです。

最後まで欠席することなく視聴してほしいものです。リーダーシプは当事者意識をもって自分の問題として受け止めることが大事なのです。


(画像をクリック!)



<関連サイト>

「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)

ハーバード・ケネディスクール(Harvard Kennedy School) (wikipedia日本語版)

Ronald A. Heifetz(ロナルド・ハイフェッツ) (wikipedia英語版)
・・ハイフェッツ教授については英語版のwikipediaはあっても、日本語のものがないのは残念。今回の番組をつうじて日本での知名度が上がることを期待したい。ハイフェッツというと有名な音楽家の名前だが、本人も授業のなかでみずから語っていたがユダヤ系であり、音楽の造詣も深い人である。
もともとは精神科医としてキャリアを開始した人だ。医者としての原点は第三回のワークショップでもかなり突っ込んで語られていた。医学の限界を感じて、医者から政治家や革命家などリーダーに転進する人は少なくない。日本でいえば後藤新平がそうだし、中国革命の父である孫文もそうであった。みずからの事業拡大のために政治家になる医者もいるが、それが果たして真のリーダーといえるどうかは大いに疑問。

Ronald Heifetz: The nature of adaptive leadership (YouTube映像)
・・ハイフェッツ教授みずからが語る "adaptive leadership"(適応力あるリーダーシップ)

ハイフェッツ教授の『リーダーシップとは何か!』(産能大学出版部、1996)は、元アナウンサーの幸田シャーミン氏が翻訳していますが、日本語訳は品切れ状態です。幸田シャーミン氏自身、ハーバード・ケネディスクールに留学経験の持ち主です。

内容(「BOOK」データベースより)深い霧の中をさまよう現代の政治、経済、社会―。厳しい問題に直面して解答の見つからない不安から、「リーダーシップ」を求める声が、高まりつつある。だが、私たちはリーダーシップに間違った期待を抱いていないだろうか。リーダーシップとは、問題の解答を人々に与えるリーダーのことではない。リーダーも含めて誰にも簡単な解答が見つからない難問だからこそ、リーダーシップが必要なのだ。その場合のリーダーシップとは、いったい何か。私たちは、どのようにして、困難な挑戦に立ち向かい、問題を解決していくことができるのだろうか。リーダーシップ研究の世界的な権威が、10年間の研究のエッセンスをこの1冊の書に著した。

英語版は、いまから約20年前の1994年に出版されてますが、現在でも入手可能です。

Leadership Without Easy Answers, Ronald A. Heifetz, Belkanp/Harvard University Press, 1994 


2018年10月3日に Leadership on the Line with New Preface の全訳が『最前線のリーダーシップ  ―  何が生死を分けるのか』が「新序文」をつけた「新訳」として英治出版から登場(2018年10月15日 記す)


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■「NHK白熱教室」関連

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NHK・Eテレ 「スタンフォード白熱教室」(ティナ・シーリグ教授) 第8回放送(最終回)-最終課題のプレゼンテーションと全体のまとめ

コロンビア大学ビジネススクールの心理学者シーナ・アイエンガー教授の「白熱教室」(NHK・Eテレ)が始まりました

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「オックスフォード白熱教室」 (NHK・Eテレ)が面白い!-楽しみながら公開講座で数学を学んでみよう

慶応大学ビジネススクール 高木晴夫教授の「白熱教室」(NHK・ETV)

ビジネスパーソンにもぜひ視聴することをすすめたい、国際基督教大学(ICU)毛利勝彦教授の「白熱教室JAPAN」(NHK・ETV)


■ハーバード大学関連

ハーバード・ディヴィニティ・スクールって?-Ari L. Goldman, The Search for God at Harvard, Ballantine Books, 1992
・・「教師の役割は、ソクラテスの産婆術に擬して語られることも多く、ケースメソッドは別名 Socratic method ともいわる。 この教育メソッドのキモは、ビジネスでは唯一の解答というものはありえない、ということを学生に体得させることにある」 記事ではプロフェッショナルスクール(専門大学院)の一つである「神学大学院」について、ビジネススクールとの対比で書いている

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)
・・ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)における、国際ビジネスをめぐる政治経済についてのディスカッション用ケーススタディ

書評 『私が「白熱教室」で学んだこと-ボーディングスクールからハーバード・ビジネススクールまで-』(石角友愛、阪急コミュニケーションズ、2012)-「ハウツー」よりも「自分で考えるチカラ」こそ重要だ!

映画 『ソーシャル・ネットワーク』 を日本公開初日(2011年1月15日)の初回に見てきた
・・ハーバード大学の学部の寮生活から生まれたフェイスブック

JFK暗殺の日(1963年11月22日)から50年後に思う
・・ケネディスクールという名称はもちろんJFKにちなむもの


■権威に服従させることがリーダーシップか?

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・『権威への服従』と社会心理学者ミルグラムの「アイヒマン実験」

映画 『es(エス)』(ドイツ、2001)をDVDで初めてみた-1971年の「スタンフォード監獄実験」の映画化

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ


■目的の明確なプロジェクトの遂行-チームワークとリーダーシップ

アムンセンが南極に到達してから100年-西堀榮三郎博士が説くアムンセンとスコットの運命を分けたチームワークとリーダーシップの違い
・・英国海軍軍人スコットにみられる典型的な軍人型リーダーはなぜ失敗したのか?

映画 『コン・ティキ』(2012年 ノルウェー他)をみてきた-ヴァイキングの末裔たちの海洋学術探検から得ることのできる教訓はじつに多い
・・プロジェクトメンバー選択とプロジェクト遂行中のコンフリクト解消


■草の根のリーダーシップとは?

書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)-真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本
・・元世界銀行南アジア担当副総裁が書いた、貧困撲滅のための戦いの現場体験を描いた回想集。政治家のリーダーシップと、草の根でリーダーシップを発揮した一般人を取り上げて真のリーダーシップとはなにかについて具体的に語っている


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2010年12月24日金曜日

書評『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)― 日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに



 いまだに全人口の 1%を越えることのない日本のキリスト教人口、なぜそうなのかについての探求はこれまでにも多くなされてきた。

本書『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)の特徴は、これまであまり着目されることの少なかった「キリスト教土着」に大きな焦点をあてたことにある。

 私自身はキリスト教徒ではないが、キリスト教そのものは知的に理解する必要があるとは思ってきた。また、近年非常に増えている「キリスト教式結婚式」を持ち出すまでもなく、日本人はとくに若年層を中心に「キリスト教的なもの」に親近感を抱いているようだ。

 しかし、今後も日本では信者になろうとする者はきわめて少数だろう。人生の通過儀礼の一つである結婚式をキリスト教式にしたとしても、信者でもないのに、出生や葬儀をキリスト教式にする者が増えるとは、とうてい考えられない。

 明治維新以後のキリスト教布教は、もっぱら米国のプロテスタント系教会が中心となってきた、(・・P.20~26に日本で伝道を行ったキリスト教団のリストが掲載されているが、驚くべきほどの多さである!)。

 しかし、キリスト教徒となった日本人のなかには、外国人宣教師のミッションのやり方にはしっくりこない者や拒否反応を示した者がいた。

 旧士族の儒教的エートスの持ち主であった内村鑑三の無教会運動を筆頭に、独特の聖書解釈により日本人のためのキリスト教の展開をはじめた者が少なからず存在する。

 これらはみな、キリスト教を普及させたい側の論理ではなく、キリスト教を受容したい側の論理からの強い熱望がそうさせたのであった。

 内村鑑三にインスパイアされた人たち(・・すべて男性である!)は、日本の伝統である精神修養、自己修養の道としてのキリスト教を開拓している。しかし、これらの教団に従ったのは、主として知識人を中心にした、知的な中産階級に留まった。

 なおざりにされた一般大衆は、「キリスト教土着」という方向に進み始める。ペンテコステ的という、異言や癒しなどの心霊主義的、体験型の信仰なキリスト教の道へと進んだのである。

 しかし、この道の行き着く先は、そもそもの土着型新興宗教と同じ土俵に入っていくこととなり、敗戦後の社会変動に際して、一時的には信者は増えたものの、ついには日本に定着することなく今日に至っている。

 土着型もカリスマは創設者一代限り、カリスマは継承されないまま家が組織を引き継いでいるが、信者の高齢化だけでなく、少子化のなか、新たな信者も獲得できずに衰退していくのは致し方のないところであろう。


■ビジネスの観点から布教活動を考えてみる

 「魂の争奪戦」としての布教活動は、ビジネスでいえばマーケティングと同じ活動であるが、この活動において、キリスト教は日本市場では失敗したといってもいい過ぎではない。韓国と比べるとその差は歴然である。

 キリスト教が日本に定着しなかった理由には、日本人自身による「無意識の取捨選択」が働いているというべきだろう。

 著者もいうように、日本の民俗信仰にける「祖先と死者の霊をめぐる土着の信仰や慣習」はきわめて根強いものがあり、たびたびの社会変動を経ても根本的に変化することはなかったのである。  

 現在ではこれが、マスコミと連動したいわゆるスピリチュアル・ブームとなって、さらに顕在化され強化される方向にあるとすらいえる。現代的な衣装をまとっていても、日本人の民間信仰の本質は「祖先と死者の霊」を抜きにしては成り立たないのである。

 そしてまた、生きた人間と人間の関係が、自立した個人を基礎にした社会ではないことも、キリスト教の浸透を阻んでいる大きな理由の一つである。近代化された日本においても西洋的な意味での社会は存在せず、人間関係は依然として「世間」が中心である。
 キリスト教は「世間」からみれば他者以外の何者でもない。土着化したときには「世間」のなかに取り込まれており、すでにキリスト教ではなくなているというべきかもしれない。

 「免疫系」の比喩でいえば、キリスト教という「異物」に対する「免疫反応」は、拒絶するか、取り込んで自分のものとしてしまうかの二つしかない。その意味では、キリスト教はもはや日本では増えることはないだろうが、多くの日本人は無意識のうちに取捨選択してキリスト教の要素をすでに何らかの形で取り込んでしまっているといってもよいかもしれない。しかも自分に都合のいい、「いいとこ取り」という形で。これは冒頭で言及した「キリスト教式結婚式」に端的にあらわれている。


■浮かび上がってくるのは日本人が作り上げている「世間」

 本書は、さまざま観点から読むことのできる興味深い研究書である。

 キリスト教の土着運動を描くことによって浮かび上がってくるのは、日本というもの、日本人というもの、つまり「世間」についてであり、また新しい思想や教義を異なる文脈をもつ文化に移植することの困難さについてである。

 ビジネスマンとしての私が興味をもつのは、とくに後者の点である。布教の成功とは、その教えによってどれだけの数の魂を救うことができたかということで測ることができるが、どこまでオリジナルな本質を保ったまま、現地に土着化するかという課題として残る。

 これはビジネス用語を使えば、カスタマイズによる「ローカリゼーション」であるが、宗教も思想の一つである以上、同様のメカニズムが働いているとみて問題ないであろう。

 万人向けの本ではないので、すべての人に薦めるつもりはないが、日本とは何かを考える人には、面白い視点を提供してくれる本であることは間違いない、といっておこう。



<初出情報>

■bk1書評「宣教(=キリスト教布教)をマーケティグの観点から考えるヒントに」投稿掲載(2010年12月23日)
■amazon書評「宣教(=キリスト教布教)をマーケティグの観点から考えるヒントに」投稿掲載(2010年12月23日)

* 1年前に執筆していながら未発表だった文章を、大幅に圧縮して「書評」として投稿。ブログでは、原型に戻したうえで字句の修正を行った。

*さらに読みやすくするため、行替えを行い、小見出しを挿入した。(2026年2月14日 記す)


(画像をクリック!)


目 次
まえがき
第1章 日本製キリスト教という問題
 1. 宗教伝播の問題
 2. 日本の場合
 3. 土着運動という盲点
第2章 さまざまなキリスト教
 1. ローマ・カトリック教会とプロテスタント・ミッション教会
 2. 超教派から教派へ
 3. 札幌バンドと熊本バンド
 4. 明治期のミッション教会
 5. 国家主義への適応
 6. 戦後の状況
 7. 多彩な土着運動
 8. 土着化の新たな類型論
第3章 カリスマと準教祖
 1. 日本人が拒否したもの
 2. 日本文化の多様性と聖書の多元性
 3. カリスマと準教祖
 4. 「霊の世界」のあらわれ方
第4章 無教会運動とは何か
 1. 日本製キリスト教の源泉
 2. 内村鑑三の精神遍歴
 3. 士族の儒教倫理
 4. 預言者としての内村鑑三
第5章 自己修養の道
 1. 松村介石と道会
 2. 川合信水と基督心宗教団
 3.    宗教体験と自己修養
第6章 第二波の土着運動
 1. 村井じゅんとイエス之御霊教会
 2. 大槻武二と聖イエス会
 3. 手島郁郎と原始福音運動
 4. 日本製使徒キリスト教の特徴
第7章 日本人キリスト教徒と死者の世界
 1. 祖先崇拝と霊魂信仰
 2. プロテスタント神学と祖先崇拝の衝突
 3. 民俗宗教への取り組み
 4. 日本人の目で聖書を読む
 5. イエス之御霊教会の身代わり洗礼
 6. 死霊の救済
 7. 世界の再呪術化
第8章 何がキリスト教移植を阻むのか
 1. 成長と衰退のパターン
 2. 土着化は万能薬か
 3. 日本におけるキリスト教のジレンマ
 4. 黙殺された次元
 5. 押し寄せる韓国キリスト教
 6. 韓国キリスト教のシャーマニズム化
 7. パウロ・チョー・ヨンギの日本宣教
 8. 日本グレースアカデミーにおける癒し
 9. 韓国ペンテコステ派と現世利益
第9章 日本製キリスト教のとらえ方
 1. 日本製キリスト教の「道」
 2. カリスマとその継承
 3. 現代日本人のキリスト教観
 4. 土着運動が示唆するもの
キリスト教土着運動教団別資料
訳者解説

著者プロフィール
マーク・マリンズ(Mark R. Mullins)
1954年アメリカ合衆国アラバマ州に生まれる。アラバマ大学卒業、リージェント大学(カナダ)を経てマックマスター大学(カナダ)で博士号取得。宗教社会学専攻。1985年から日本在住。四国学院大学、明治学院大学を経て、上智大学比較文化学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

高崎恵(たかさき・めぐみ)
1963年生まれ。国際基督教大学卒業、同大学大学院で博士号取得。文化人類学専攻。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所COE特別研究員、オックスフォード大学クィーンエリザベスハウス客員研究員を経て、国際基督教大学、東京女子大学、東洋大学非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 「第5章 自己修養の道」の「2. 川合信水と基督心宗教団」で、川合信水を描いて実弟の肥田春充(ひだ・はるみち)に触れていないのは大いなる不満である。

 なぜ、肥田春充が創始者の「強健術」がグンゼで普及したのか(・・川合信水は教育担当者として私企業のグンゼに招かれて労働者の指導にあたっていた)、そしてまた「肥田式強健術」の極意の型といわれるものに「聖十字架操練法」なんて技法があるのか、この本を読んではじめて、そのミッシングリンクが「川合信水と基督心宗教団」であることがわかった。

 肥田春充の「肥田式強健術」については、あらためてこのブログで紹介したいと考えている。

 「第6章 第二波の土着運動」の「3. 手島郁郎と原始福音運動」で、「幕屋(まくや)運動」について詳しく書かれているのはありがたい。「土着したキリスト教」において、創始者の息子ふたりが、原始キリスト教を突き抜けてユダヤ教の専門研究者になっているのは面白い。日本人の原点追求志向のなせるわざか。
 米国でもキリスト教原理主義者がユダヤ教に改宗して、イスラエルの入植者になっているケースが多々あることも知っておくべきことだろう。



追記(2011年2月18日)

 なお、この書評(初出)は投稿先の bk1 でも紹介していただいている。
 bk1 書評ポータルにて紹介 2010年12月30日 


追記(2011年9月17日)

 『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる! と題して肥田春充の「肥田式強健術」について紹介する記事を書いた。これで少し肩の荷が下りた




<ブログ内関連記事>

イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」
・・「異文化マーケティング」の先駆者に学ぶものとは

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・「新しい思想を受容するに際しては、受容する側にその思想を理解するための回路を作らなければならないのだが、その際には従来からの思考の枠組みとコトバが多く利用される」

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・「日本におけるキリスト教の不振」について文化人類学者・泉 靖一が、ひろく「儒教文化圏」全体をみわたして、その原因について語っている

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)
・・「霊性」(スピリチュアリティ)について言及

書評 『テレビ霊能者を斬る-メディアとスピリチュアルの蜜月-』(小池 靖、 ソフトバンク新書、2007)
・・「先祖供養」について考える。同時に韓国についても考察。

本の紹介 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)
・・「芸能界」と「霊能界」の双方にまたがって生きる美輪明宏という存在について

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)
・・日本人が生きているのは「社会」ではなく「世間」

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!

書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ
   
書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー

(2016年2月1日 情報追加)


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