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2013年7月25日木曜日

書評『誰も書かない中国進出企業の非情なる実態』(青木直人、祥伝社新書、2013)-「中国ビジネス」をただしく報道してこなかった日本の大マスコミの大罪


中国経済の減速はもはや誰の目にも明らかになっている。すでに英語圏においては「中国経済の奇跡」は終焉したという論調が支配的だ。ことしの経済成長率予測は 7.4% と ついに 8%を下回ったが、じっさいには 5%台ではないか、という予測すらでているくらいだ。

まさにこのタイミングにあわせるかのように痛快な本が出版された。『誰も書かない中国進出企業の非情なる実態』(青木直人、祥伝社新書、2013)である。中国問題の取材では定評のあるジャーナリストによる最新刊だ。

日中関係には 「井戸を掘った人を大事にする」というフレーズがある。なにごとであれ、最初に貢献してくれた人の恩はずっと忘れないという内容だが、じっさいは「美辞麗句」に過ぎなかったようだ。

昨年(2012年)夏に爆破した「反日暴動」で青島(チンタオ)のパナソニックの工場も襲撃されたが、パナソニックは "井戸を掘った" 松下幸之助が創業した会社であっただけに、日本サイドの衝撃は大きかったのだ。

1972年の日中国交回復を実現した田中角栄と周恩来にまつわるえエピソードとして、"井戸を掘った" 角栄の娘の田中真紀子が中国を訪問するたびにマスコミに撒き散らしてきたものであるが、もはやこのフレーズは中国サイドでは完全に死語となっているようだ。いやむしろ、日本サイドはこの美辞麗句に象徴される甘い認識に付け込まれてきたようだ。

本書には、パナソニックのほか、おなじく "井戸を掘った"全日空、上海に建設した「世界一」の森ビル、王子製紙の巨大プロジェクト、「中国最強商社」伊藤忠の実態、労働争議の標的とされる日系自動車企業などについての事実が取り上げられている。

本書に取り上げられた事項はすべてが本邦初公開というわけではない。著者自身がさまざまな媒体に記事として書いてきたし、部分的には大新聞以外のネットもふくめさまざまなメディアで取り上げられてきたものでもある。中国ビジネスにかかわる者であれば、直接間接を問わず耳にしてきたはずだ。

だが、こうして2013年現在の事実を一冊にまとまった形で読みとおすと、暗澹たる気持ちにならざるをえない。著者も強調しているように、大口広告主に気兼ねした日本の大マスコミが書いてこなかったことこそが大きな問題なのだ。だから、中国ビジネスを知らない人はある意味では騙されてきたのである。

とくに丹羽某なる元中国大使のひどさについては、よくぞ書いていただいたという気持ちでいっぱいだ。過去の経緯もさることながら、丹羽元大使の出身企業においては、経営をあずかる立場にある社長が「反日暴動」が勃発する一年前の 2011年8月8日時点で、事実上の中国撤退論を、なんと日本経済新聞(!)のインタビューで述べていたという事実はアタマのなかにいれておいたほうがいい。

この記事はその当時の丹羽大使との主張の違いが話題になったものだが、総合商社という情報ビジネスの経営者の立場としては、きわめてまっとうなものであるというべきだろう。インテリジェンスを重視してきた元大本営参謀・瀬島龍三の影響のよい側面であろう。

著者は「中国から撤退せよ」と主張しているが、じっさいに中国から撤退するのはかならずしも容易ではない。もし撤退するにしても、中国への投資は放棄することも覚悟しなくてはなるまい。

かつてソ連時代のロシアへの投資に際しては、共産主義という異なる政治体制でのビジネスであり、撤退する際には工場も爆破するという覚悟をもった日本人経営者もいたものだ。だが、中国に対してはなぜ催眠状態に陥ってしまったのか・・・。これもまた日本人の悪癖である「希望的観測」(wishful thinking)のあらわれか。

ただ思うのは、中国から脱出したとしても、東南アジアにおいても中国と同様の事例は存在することを忘れてはならないということだ。「親日」や「反日」だけでものごとを判断するのはきわめて危険である。

「アウェイ」における海外ビジネスというものが「ホーム」である日本国内のビジネスとはいかに異なるものかを認識するとともに、中国ビジネスの失敗はきちんと検証しておくことが今後のためにも絶対に不可欠なことだろう。必要なのは『失敗の研究』である。

どうも日本人は一般的に過去の失敗をきちんと整理検証しないまま、つぎの戦線に「転進」してしまう悪癖があるようだ。ビジネスパーソンは、とくに心しなくてはならない。






目 次

序説 本当は恐ろしい中国ビジネス
 なぜ、日本からの中国投資だけが突出しているのか
 二〇一二年と二〇〇六年との、三つの違い
 中国人労働者の高まる権利意識
 習近平指導部は、「紅衛兵内閣」
 大手メディアが決して報じない怖い話
 操作される経営の実態
第1章 全日空-「井戸を掘った人」が受けた仕打ち
 日中経済交流のパイオニア、岡崎嘉平太氏
 「北京新世紀飯店」の中国人社長は、なぜ突然姿を消したのか
  「いまの中国人は、水道水を飲んでいます」
 松下幸之助に対する忘恩の仕打ち
第2章 王子製紙-ストップした工事の行方
 投資額二〇〇〇億円、巨大プロジェクトの突然中止の衝撃
 進出企業が合弁事業を嫌がる理由
 なぜ、工事が止まったのか
 ある日突然、順法が違法に変わる恐ろしさ
 環境問題に関する中国国内の対立
 中国進出企業が一様に抱いた幻想
第3章 森ビル-上海に建てた「世界一」の高層ビル
 日本の資本援助でできた上海の近代化
 「日の丸プロジェクト」と浮かれ立つ日本のメディア
 一年で六センチ以上、地盤沈下する土地
 なぜ、絶対に中止することが許されないのか
 一夜にして巨大な富を手に入れる地元の政治家
 度重なる中国からの無茶な追加要求
 失われた景観、笑うしかない仕打ち
第4章 労働争議に立ち向かう自動車メーカー
 ある中小部品メーカーの倒産
 破綻したマイカー・バブル、迫りくる過剰在庫
 中国に全国レベルの市場は存在しない
 「地方主義」がもたらす大きな落とし穴
 人件費の高騰、人員整理、労働争議の止まらぬ悪循環
 ホンダを襲った広州の大規模ストライキ
 トヨタと胡錦濤、GMと江沢民
 宋慶齢基金会に対するトヨタの巨額献金
 なぜトヨタ・バッシングが起こったのか
第5章 伊藤忠-人脈ビジネスの破綻
 中国における伊藤忠の大きな存在感
 伊藤忠が他社を出し抜いた理由
 誰もが断れない政治献金
 鄧小平の息子たちに群がる海外企業
 日本の円借款だけが持つ特異な性格
 伊藤忠・室伏社長と、江沢民との会談
 王震と伊藤忠を結ぶ黒い糸
 元伊藤忠・中国総代表の開き直り発言
 日経新聞に載った岡藤社長発言の大いなる波紋
 「利益は中国現地に寝かせずに、日本に持って帰れ」
 一党独裁国家における人脈ビジネスの末路
第6章 伊藤忠の代理人、丹羽「中国大使」の退場
 なぜ、一企業のトップが中国大使になれたのか
 対中ODAの継続を主張した丹羽大使
 尖閣諸島問題に関しての妄言
 ビジネスのことしか頭にない中国大使
 あまりに軽率なチベット訪問
 なぜ丹羽大使は石をもて追われたか
終章 中国をつけ上がらせた歴代中国大使の「大罪」
 なぜ、歴代の中国大使は中国に迎合するのか
 中国大使退職後の天下り先一覧


著者プロフィール  

青木直人(あおき・なおと)
ジャーナリスト。ネット紙「ニューズレター・チャイナ」編集長。1953年、島根県生まれ。中央大学卒。中国問題に関する緻密な取材力と情報収集力に定評があり、中国・東アジア関連の著作多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

「中国経済のリスク インフレ抑制難しく」(日本経済新聞 2011年8月8日)

Recognizing the End of the Chinese Economic Miracle Geopolitical Weekly TUESDAY, JULY 23, 2013 ・・米国の民間インテリジェンス分析機関ストラットフォー主筆ジョージ・フリードマン氏の論考「中国経済の奇跡の終焉を認識する」。英語圏のビジネスが中国経済を見るまなざしに変化。潮目は急速に変化(sea change)しつつある。変わり身の早い英米の投資家マインド。

周到に準備された防空識別圏-日本は2016年まで孤立状態が続く (イアン・ブレマー、インタビュアー=石黒千賀子、日経ビジネスオンライン 2013年12月20日)
・・「ブレマー氏: 今回、日本に滞在している間に会った2人の日本企業のCEO(最高経営責任者)が、今後の中国への投資は欧州の関係会社や子会社を通じて行うことにしたと明かしてくれました。賢明な判断だと思います。 日本企業による中国投資は今後リスクが増すでしょう。欧州、特に経済の強いドイツにおける子会社や合弁会社を使って投資するのは1つの選択肢と考えられます・・(中略)・・中国に投資するリスクについては今まで以上に警戒する必要があります。中国市場は極めて危うく、中国事業は赤字に陥るリスクさえあると認識すべきです」

「俺は中国から脱出する!」ある中小企業経営者の中国撤退ゲリラ戦記 (ダイヤモンドオンライン、2014年7月4日)
・・「風林火山」はもともと孫子の兵法の一説であり、現代中国のビジネス社会でも有効な戦術。A社長は無意識のままにこれを実践」 ⇒読む価値ある好記事!

(2014年7月4日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

書評 『中国ビジネスの崩壊-未曾有のチャイナリスクに襲われる日本企業-』(青木直人、宝島社、2012)-はじめて海外進出する中堅中小企業は東南アジアを目指せ!

書評 『中国台頭の終焉』(津上俊哉、日経プレミアムシリーズ、2013)-中国における企業経営のリアリティを熟知しているエコノミストによるきわめてまっとうな論

書評 『誰も語らなかったアジアの見えないリスク-痛い目に遭う前に読む本-』(越 純一郎=編著、日刊工業新聞、2012)-「アウェイ」でのビジネスはチャンスも大きいがリスクも高い


書評 『中国貧困絶望工場-「世界の工場」のカラクリ-』(アレクサンドラ・ハーニー、漆嶋 稔訳、日経BP社、2008)-中国がなぜ「世界の工場」となったか、そして今後どうなっていくかのヒントを得ることができる本

書評 『新・通訳捜査官-実録 北京語刑事 vs. 中国人犯罪者8年闘争-』(坂東忠信、経済界新書、2012)-学者や研究者、エリートたちが語る中国人とはかなり異なる「素の中国人」像

書評 『官報複合体-権力と一体化する新聞の大罪-』(牧野 洋、講談社、2012)-「官報複合体」とは読んで字の如く「官報」そのものだ!

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる

「希望的観測」-「希望」 より 「勇気」 が重要な理由


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2012年10月24日水曜日

書評 『空洞化のウソ-日本企業の「現地化」戦略-』(松島大輔、講談社現代新書、2012)-いわば「迂回ルート」による国富論。マクロ的にはただしい議論だが個別企業にとっては異なる対応が必要だ



日本国内の製造業の収縮と工場の海外移転は、今後さらに進むということを前提にしなくてはならない。おそらく、多くの人がこのような考えをもっていることと思う。

こういう前提にたつと、では国内雇用をどうするのかという議論が間違いなく起こってくるものだ。

工場の海外移転には断固反対し、国内雇用を死守せよという議論はさておき、たとえば経済学者の野口悠紀雄教授のように、日本経済の基本的な構造を変え、産業構造の基本を変え、新しい産業を育成することによってしか対応できないという論点もまた、じつは実効性に乏しいのではないかという感想を抱いている人も少なくないのではないだろうか。

改革というものは、内部にいるものがいくらがんばっても挫折することが多い。内側からの動きと外からの動きがうまく呼応してかみあったときに実現するものだ。

その意味では、本書の著者・松島大輔氏のような論点はひじょうに重要であることがわかる。帯にかかれた「国内で生き残るために新興アジアへ!」というコピーは、ややアジテーション的な響きがあるものの、あながち間違いではないことが、本書を通読すれば理解されることと思う。

日本の製造業が、東南アジア、とくにタイにおける産業集積を基盤に、さらにインドまで進出することによって、日本のつよみである「すりあわせ型ものづくり」を中心とした、新興アジア圏とでもいうべき広域な製造業地帯が実現していく。

日本企業は新興アジア圏に積極的にコミットすることによって、地域全体の繁栄に貢献し、そこで得た利益を日本国内に還元することによって日本そのものの経済的底上げも実現するという資金環流モデルである。

いわば「迂回ルート」による国富論といってもいいかもしれない。じっさい、日本はすでに貿易収支よりも在外資産からの資本収支のほうが上回っているストック経済の国である。そしてその在外資産の中心をなすのが、事業への投資である海外直接投資(FDI)の累積である。

東南アジアでビジネス活動に従事している立場からみれば、あまりにも楽観的なマクロの話という印象がなくもないが、すくなくとも野口悠紀雄教授が主張してきたような、日本国内でITや金融で高度サービス業を育成するという議論よりもはるかに現実的である、といっていいのではないかと思う。

本書における IT や金融の位置づけは、あくまでも製造業を側面支援するというものである。これは、敗戦後日本において経済を世界レベルにしたモデルであり、この成功をモデルを日本国内ではなく、まだまだ成長余力の大きい「新興アジア」全域で実行しようというわけだ。

「モジュール型」が中心の中国とは異なり、「すりあわせ型」が得意な日本企業のつよみを活かそうという戦略構想であり、その点からいっても実現性が高い。もっとも、「すりあわせ型」といっても、純粋な「すりあわせ型」はありえないので、「ハイブリッド型」というべきだろう。

製造業にとってはもちろん、サービス業にも「新興アジア」にチャンスがあるというのはその通りであり、わたしも異論はない。ただし、マクロ的にみれば「空洞化はウソ」であるが、ミクロの対応は千差万別だ。一般論と個別論は明確に区別する必要がある。

経済済産業省に本籍をもち、現在はタイ王国政府政策顧問として出向中というい著者の立ち位置はアタマのなかに入れておく必要がある。所属する機関の見解ではないという留保つきだとしても、その点は、割り引いて読むことが必要だろう。あくまでも「水先案内人」というアドバイザーであって、当事者として現地経営の現場で汗をかいている人ではないからだ。

しかも、「王道楽土」などという無邪気な表現には「あやうさ」を感じるのは、わたしだけではないかもしれない。かつて満洲開拓移民をあおったスローガンであることを想起するからだ。そこらへんは、ちょっと脇が甘いような印象を受ける。

とはいえ、新興アジアにはビジネスチャンスがまだまだある「ブルーオーシャン」であることは間違いない。この本は、チャンスについてのみ語った本なのである。

チャンスがあれば当然のことながらリスクがある。チャンスとリスクは裏腹の関係だ。リスクがあるからこそリターンがあるのだ。

だから、個別企業の立場からは、当然のことながらリスクは徹底的に洗い出したうえで、リスクを「想定内」にしたうえで成功への道をつかんでほしいと思う。

チャンスを活かしきれるかどうかは、あくまでも個別企業と一人一人のビジネスパーソンのマインドとアクションにかかっているからだ。






目 次

はじめに

第1章 「空洞化」を怯えてはいけない
 1 未来が空洞化するとき-「空洞化」はほんとうに起こっているのか?
 2 海外で稼いだお金は日本国内に還流しない?
 3 日本企業の海外進出が技術水準を低下させる?
 4 日本企業の海外進出で国内雇用は減る?
 5 「空洞化」論が招く未来の空洞化

第2章 「新興アジア」における「現地化」のススメ
 1 「新興アジア」で進行していること-日本経済との対比で
 2 「新興アジア」のほんとうの意味
 3 「新興アジア」各国の日本企業誘致合戦
 4 ルール作りゲーム-「賭金」としての日本企業
 5 日本企業の「新興アジア」における「現地化」の意義-モノ(企業)の「現地化」
 6 ひきこもる日本企業
 7 和僑のススメ-ヒトの「現地化」
 8 日本型「投資立国」-カネの「現地化」

第3章 「新興アジア」を活用した日本改造
 1 日本というシステムの課題
 2 「新興アジア」戦線で露呈する日本の課題
 3 「作れるもの」から「欲しいもの」へ
 4 「日本入ってる」で「新興アジア」をめざせ
 5 「新興アジア」が日本を変える
 6 日本に錦を飾る出世魚中小企業-下請構造からの卒業
 7 日本のアジア化とアジアの日本化

おわりに


著者プロフィール

松島大輔(まつしま・だいすけ)
1973年金沢市生まれ。東京大学経済学部卒業、ハーバード大学大学院修了(修士)。通商産業省入省後、2006年から4年近くインドに駐在し、インド経済の勃興と日本企業のインド進出を支援。DMIC構想やインドのチェンナイ、グジャラートの他、タイ、ミャンマーなどで数々のプロジェクトの立ち上げと推進を通じ、アジアにおける日本企業のビジネスを実地に見聞してきた。現在、タイ王国政府政策顧問として日本政府より国家経済社会開発委員会に出向(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

『東南アジアを学ぼう「メコン圏」入門-』(柿崎一郎、ちくまプリマー新書、2011)で、メコン川流域5カ国のいまを陸路と水路を使って「虫の眼」でたどってみよう!
・・日本が推進する「東西回廊」と中国の南下ルートである「南北回廊」

書評 『戦いに終わりなし-最新アジアビジネス熱風録-』(江上 剛、文春文庫、2010)

東南アジア入門としての 『知らなくてもアジア-クイズで読む雑学・種本-』(アジアネットワーク、エヌエヌエー、2008)-「アジア」 とは 「東南アジア」 のことだ!

書評 『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』(大泉啓一郎、中公新書、2011)-「新興国」を消費市場としてみる際には、国全体ではなく「メガ都市」と「メガリージョン」単位で見よ!

『ドキュメント アジアの道-物流最前線のヒト・モノ群像-』(エヌ・エヌ・エー ASEAN編集部編、エヌ・エヌ・エー、2008)で知る、アジアの物流現場の熱い息吹

書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!

書評 『ものつくり敗戦-「匠の呪縛」が日本を衰退させる-』(木村英紀、日経プレミアシリーズ、2009)

本の紹介 『シブすぎ技術に男泣き!-ものづくり日本の技術者を追ったコミックエッセイ-』(見ル野栄司、中経出版、2010)

書評 『中古家電からニッポンが見える Vietnam…China…Afganistan…Nigeria…Bolivia…』(小林 茂、亜紀書房、2010)

書評 『製造業が日本を滅ぼす-貿易赤字時代を生き抜く経済学-』(野口悠紀雄、ダイヤモンド社、2012)-円高とエネルギーコスト上昇がつづくかぎり製造業がとるべき方向は明らかだ




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2010年12月24日金曜日

書評『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)― 日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに



 いまだに全人口の 1%を越えることのない日本のキリスト教人口、なぜそうなのかについての探求はこれまでにも多くなされてきた。

本書『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)の特徴は、これまであまり着目されることの少なかった「キリスト教土着」に大きな焦点をあてたことにある。

 私自身はキリスト教徒ではないが、キリスト教そのものは知的に理解する必要があるとは思ってきた。また、近年非常に増えている「キリスト教式結婚式」を持ち出すまでもなく、日本人はとくに若年層を中心に「キリスト教的なもの」に親近感を抱いているようだ。

 しかし、今後も日本では信者になろうとする者はきわめて少数だろう。人生の通過儀礼の一つである結婚式をキリスト教式にしたとしても、信者でもないのに、出生や葬儀をキリスト教式にする者が増えるとは、とうてい考えられない。

 明治維新以後のキリスト教布教は、もっぱら米国のプロテスタント系教会が中心となってきた、(・・P.20~26に日本で伝道を行ったキリスト教団のリストが掲載されているが、驚くべきほどの多さである!)。

 しかし、キリスト教徒となった日本人のなかには、外国人宣教師のミッションのやり方にはしっくりこない者や拒否反応を示した者がいた。

 旧士族の儒教的エートスの持ち主であった内村鑑三の無教会運動を筆頭に、独特の聖書解釈により日本人のためのキリスト教の展開をはじめた者が少なからず存在する。

 これらはみな、キリスト教を普及させたい側の論理ではなく、キリスト教を受容したい側の論理からの強い熱望がそうさせたのであった。

 内村鑑三にインスパイアされた人たち(・・すべて男性である!)は、日本の伝統である精神修養、自己修養の道としてのキリスト教を開拓している。しかし、これらの教団に従ったのは、主として知識人を中心にした、知的な中産階級に留まった。

 なおざりにされた一般大衆は、「キリスト教土着」という方向に進み始める。ペンテコステ的という、異言や癒しなどの心霊主義的、体験型の信仰なキリスト教の道へと進んだのである。

 しかし、この道の行き着く先は、そもそもの土着型新興宗教と同じ土俵に入っていくこととなり、敗戦後の社会変動に際して、一時的には信者は増えたものの、ついには日本に定着することなく今日に至っている。

 土着型もカリスマは創設者一代限り、カリスマは継承されないまま家が組織を引き継いでいるが、信者の高齢化だけでなく、少子化のなか、新たな信者も獲得できずに衰退していくのは致し方のないところであろう。


■ビジネスの観点から布教活動を考えてみる

 「魂の争奪戦」としての布教活動は、ビジネスでいえばマーケティングと同じ活動であるが、この活動において、キリスト教は日本市場では失敗したといってもいい過ぎではない。韓国と比べるとその差は歴然である。

 キリスト教が日本に定着しなかった理由には、日本人自身による「無意識の取捨選択」が働いているというべきだろう。

 著者もいうように、日本の民俗信仰にける「祖先と死者の霊をめぐる土着の信仰や慣習」はきわめて根強いものがあり、たびたびの社会変動を経ても根本的に変化することはなかったのである。  

 現在ではこれが、マスコミと連動したいわゆるスピリチュアル・ブームとなって、さらに顕在化され強化される方向にあるとすらいえる。現代的な衣装をまとっていても、日本人の民間信仰の本質は「祖先と死者の霊」を抜きにしては成り立たないのである。

 そしてまた、生きた人間と人間の関係が、自立した個人を基礎にした社会ではないことも、キリスト教の浸透を阻んでいる大きな理由の一つである。近代化された日本においても西洋的な意味での社会は存在せず、人間関係は依然として「世間」が中心である。
 キリスト教は「世間」からみれば他者以外の何者でもない。土着化したときには「世間」のなかに取り込まれており、すでにキリスト教ではなくなているというべきかもしれない。

 「免疫系」の比喩でいえば、キリスト教という「異物」に対する「免疫反応」は、拒絶するか、取り込んで自分のものとしてしまうかの二つしかない。その意味では、キリスト教はもはや日本では増えることはないだろうが、多くの日本人は無意識のうちに取捨選択してキリスト教の要素をすでに何らかの形で取り込んでしまっているといってもよいかもしれない。しかも自分に都合のいい、「いいとこ取り」という形で。これは冒頭で言及した「キリスト教式結婚式」に端的にあらわれている。


■浮かび上がってくるのは日本人が作り上げている「世間」

 本書は、さまざま観点から読むことのできる興味深い研究書である。

 キリスト教の土着運動を描くことによって浮かび上がってくるのは、日本というもの、日本人というもの、つまり「世間」についてであり、また新しい思想や教義を異なる文脈をもつ文化に移植することの困難さについてである。

 ビジネスマンとしての私が興味をもつのは、とくに後者の点である。布教の成功とは、その教えによってどれだけの数の魂を救うことができたかということで測ることができるが、どこまでオリジナルな本質を保ったまま、現地に土着化するかという課題として残る。

 これはビジネス用語を使えば、カスタマイズによる「ローカリゼーション」であるが、宗教も思想の一つである以上、同様のメカニズムが働いているとみて問題ないであろう。

 万人向けの本ではないので、すべての人に薦めるつもりはないが、日本とは何かを考える人には、面白い視点を提供してくれる本であることは間違いない、といっておこう。



<初出情報>

■bk1書評「宣教(=キリスト教布教)をマーケティグの観点から考えるヒントに」投稿掲載(2010年12月23日)
■amazon書評「宣教(=キリスト教布教)をマーケティグの観点から考えるヒントに」投稿掲載(2010年12月23日)

* 1年前に執筆していながら未発表だった文章を、大幅に圧縮して「書評」として投稿。ブログでは、原型に戻したうえで字句の修正を行った。

*さらに読みやすくするため、行替えを行い、小見出しを挿入した。(2026年2月14日 記す)


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目 次
まえがき
第1章 日本製キリスト教という問題
 1. 宗教伝播の問題
 2. 日本の場合
 3. 土着運動という盲点
第2章 さまざまなキリスト教
 1. ローマ・カトリック教会とプロテスタント・ミッション教会
 2. 超教派から教派へ
 3. 札幌バンドと熊本バンド
 4. 明治期のミッション教会
 5. 国家主義への適応
 6. 戦後の状況
 7. 多彩な土着運動
 8. 土着化の新たな類型論
第3章 カリスマと準教祖
 1. 日本人が拒否したもの
 2. 日本文化の多様性と聖書の多元性
 3. カリスマと準教祖
 4. 「霊の世界」のあらわれ方
第4章 無教会運動とは何か
 1. 日本製キリスト教の源泉
 2. 内村鑑三の精神遍歴
 3. 士族の儒教倫理
 4. 預言者としての内村鑑三
第5章 自己修養の道
 1. 松村介石と道会
 2. 川合信水と基督心宗教団
 3.    宗教体験と自己修養
第6章 第二波の土着運動
 1. 村井じゅんとイエス之御霊教会
 2. 大槻武二と聖イエス会
 3. 手島郁郎と原始福音運動
 4. 日本製使徒キリスト教の特徴
第7章 日本人キリスト教徒と死者の世界
 1. 祖先崇拝と霊魂信仰
 2. プロテスタント神学と祖先崇拝の衝突
 3. 民俗宗教への取り組み
 4. 日本人の目で聖書を読む
 5. イエス之御霊教会の身代わり洗礼
 6. 死霊の救済
 7. 世界の再呪術化
第8章 何がキリスト教移植を阻むのか
 1. 成長と衰退のパターン
 2. 土着化は万能薬か
 3. 日本におけるキリスト教のジレンマ
 4. 黙殺された次元
 5. 押し寄せる韓国キリスト教
 6. 韓国キリスト教のシャーマニズム化
 7. パウロ・チョー・ヨンギの日本宣教
 8. 日本グレースアカデミーにおける癒し
 9. 韓国ペンテコステ派と現世利益
第9章 日本製キリスト教のとらえ方
 1. 日本製キリスト教の「道」
 2. カリスマとその継承
 3. 現代日本人のキリスト教観
 4. 土着運動が示唆するもの
キリスト教土着運動教団別資料
訳者解説

著者プロフィール
マーク・マリンズ(Mark R. Mullins)
1954年アメリカ合衆国アラバマ州に生まれる。アラバマ大学卒業、リージェント大学(カナダ)を経てマックマスター大学(カナダ)で博士号取得。宗教社会学専攻。1985年から日本在住。四国学院大学、明治学院大学を経て、上智大学比較文化学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

高崎恵(たかさき・めぐみ)
1963年生まれ。国際基督教大学卒業、同大学大学院で博士号取得。文化人類学専攻。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所COE特別研究員、オックスフォード大学クィーンエリザベスハウス客員研究員を経て、国際基督教大学、東京女子大学、東洋大学非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 「第5章 自己修養の道」の「2. 川合信水と基督心宗教団」で、川合信水を描いて実弟の肥田春充(ひだ・はるみち)に触れていないのは大いなる不満である。

 なぜ、肥田春充が創始者の「強健術」がグンゼで普及したのか(・・川合信水は教育担当者として私企業のグンゼに招かれて労働者の指導にあたっていた)、そしてまた「肥田式強健術」の極意の型といわれるものに「聖十字架操練法」なんて技法があるのか、この本を読んではじめて、そのミッシングリンクが「川合信水と基督心宗教団」であることがわかった。

 肥田春充の「肥田式強健術」については、あらためてこのブログで紹介したいと考えている。

 「第6章 第二波の土着運動」の「3. 手島郁郎と原始福音運動」で、「幕屋(まくや)運動」について詳しく書かれているのはありがたい。「土着したキリスト教」において、創始者の息子ふたりが、原始キリスト教を突き抜けてユダヤ教の専門研究者になっているのは面白い。日本人の原点追求志向のなせるわざか。
 米国でもキリスト教原理主義者がユダヤ教に改宗して、イスラエルの入植者になっているケースが多々あることも知っておくべきことだろう。



追記(2011年2月18日)

 なお、この書評(初出)は投稿先の bk1 でも紹介していただいている。
 bk1 書評ポータルにて紹介 2010年12月30日 


追記(2011年9月17日)

 『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる! と題して肥田春充の「肥田式強健術」について紹介する記事を書いた。これで少し肩の荷が下りた




<ブログ内関連記事>

イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」
・・「異文化マーケティング」の先駆者に学ぶものとは

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・「新しい思想を受容するに際しては、受容する側にその思想を理解するための回路を作らなければならないのだが、その際には従来からの思考の枠組みとコトバが多く利用される」

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・「日本におけるキリスト教の不振」について文化人類学者・泉 靖一が、ひろく「儒教文化圏」全体をみわたして、その原因について語っている

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)
・・「霊性」(スピリチュアリティ)について言及

書評 『テレビ霊能者を斬る-メディアとスピリチュアルの蜜月-』(小池 靖、 ソフトバンク新書、2007)
・・「先祖供養」について考える。同時に韓国についても考察。

本の紹介 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)
・・「芸能界」と「霊能界」の双方にまたがって生きる美輪明宏という存在について

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)
・・日本人が生きているのは「社会」ではなく「世間」

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!

書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ
   
書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー

(2016年2月1日 情報追加)


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