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2012年2月3日金曜日

「GRIPS・JBIC Joint Forum"After Fire and Flood: Thailand's Prospects"」と題したタイの政治経済にかんする公開セミナーに参加してきた(2012年2月2日)


昨日(2012年2月2日)、政策研究大学院大学(GRIPS)で開催された「GRIPS・JBIC Joint Forum"After Fire and Flood: Thailand's Prospects"」と題した公開セミナーに参加してきた。JBIC は日本の国際協力銀行のことである。

セミナーのタイトルは "After Fire and Flood" と、F ではじまる英単語で頭韻を踏んでいるが、それぞれ、2010年のバンコク市街戦と、2011年の大洪水のことを指している。テーマは、現在のタイの政治経済についてである。講演者は、英国人のクリス・ベーカー博士とタイ人のパースック博士。タイ研究の世界では知らない人のいない著名人である。

ふたりの共著『タイ国-近現代の経済と政治-』(北原淳/野崎明/日タイセミナー 訳、刀水書房、2006) という大著が日本語にも翻訳されているほか、英文で数多くの著書が出版されている。

また、パースック博士の著書のうち、『マッサージ・ガール-タイの経済開発と社会変化-』(パスク・ポンパイチット、田中紀子訳、同文舘出版、1990)と『タイの経済発展とインフォーマル・セクター (ASEAN等現地研究シリーズ)』(パスク・ポンパイチット/糸賀滋=編集、アジア経済研究所、1997)が日本語訳されている。

一方、英国人のクリス・ベーカー氏は、タイで何か問題が起きる度にTVのコメンテーターとして意見を述べているので、英語で情報収集をしている関係者は、顔を見たことはあるはずだろう。パースック博士は今回はじめて見たが、優しい声できれいな英語をしゃべる方であった。

公開セミナーの概要についてはJBICの公式サイトに掲載されているので、そのまま引用させていただこう。


国際協力銀行(JBIC)は、国立大学法人政策研究大学院大学の協力を得て、2012年2月2日(木曜日)に、「GRIPS・JBIC Joint Forum"After Fire and Flood: Thailand's Prospects"」と題した公開セミナーを開催いたします。
 タイは、日本人にとって最も親しみのある国のひとつです。また、多くの日本企業にとって有望な進出先であり、自動車、電機・電子、精密機械、食品加工などの分野で長年にわたり直接投資が行われています。
 一方、2011年後半には、タイを襲った洪水が甚大な被害をもたらしました。このため、自然災害などに対して堅固な国土の整備・開発の重要性への認識が高まっており、とりわけ都市や広域のインフラ整備とそのためのファイナンスが新たな課題となっています。
 こうした経済面での新たな課題に加え、2011年8月のインラック政権発足後も、タイ国内ではタクシン派と反タクシン派との対立を背景とする政治問題が存在しています。
このような背景から、タイの政治と経済の将来展望を得る試みの一環として、当該分野の研究業績により国際的にも極めて高い評価を得ている研究者をお招きし、公開セミナーを開催致します。本セミナーに、是非とも多くの方々にご参加頂きたく、謹んでご案内申し上げます。

記
1.日時: 2012年2月2日(木曜日) 15時00分~17時00分
2.場所: 政策研究大学院大学 1階 想海樓ホール
3.主催: 株式会社日本政策金融公庫 国際協力銀行(JBIC)
4.協力: 国立大学法人政策研究大学院大学(GRIPS)
5.参加費: 無料
6.使用言語: 英語(英日同時通訳あり)
7.プログラム(予定) 15:00-15:10
ご挨拶  西沢利郎 JBIC 外国審査部長
歓迎の辞  原 洋之介 GRIPS 特別教授
15:10-15:50  共同講演
パースック・ポンパイチット(チュラーロンコン大学教授)
クリス・ベイカー(京都大学東南アジア研究所 外国人研究員)
15:50-16:20  パネルディスカッション
(モデレーター 原 特別教授)
16:20-16:55  質疑応答
16:55-17:00  総括

クリス・ベーカー博士からは政治面、パースック博士からは経済面にかんするプレゼンテーションが行われたが、ビジネスマンの立場からは当然のことながら後者の経済面の話に関心がある。

だが、現在のタイが「middle income gap」、いわゆる「中進国のワナ」にはまって、プラトー(停滞)状態にある以上、政治面でのブレークスルーがないと、経済発展にも支障が生じていることは言うまでもない。政治と経済の両面からポリティカル・エコノミーとして見なければならないのはそのためだ。

フォーラムの内容をすべて紹介することはしないが、わたしにとって印象的だったのは、タイは1997年のIMFショック以降、インフラ投資が十分に行われてこなかったため、2011年の大洪水が、ある意味では「目覚ましコール」になったというパースック博士の指摘である。

実際問題、財政面の限界があるので、どこまで洪水対策に予算が割けるのかわからないし、抜本的な対策を行うためには財政を強化しなくてはならない。そのためには増税も視野に入ってくる。

勅令によって現在7%に据え置かれているV.A.T.(=付加価値税)を、本来の10%に戻すことは、おそらく行われるだろう。現在のタイの首相は、タクシン元首相の妹であるインラックであるが、基本的には経済政策はタクシノミックス(=タクシン経済)を継承しており、経済的不均衡解消策の一環として最低賃金引き上げ策を昨年2011年に導入した。これは同時に、国内需要を拡大策にもなっているので、この状態なら付加価値税を引き上げることは可能だろう。

付加価値税以外、とくに富裕層をターゲットにした資産税やキャピタルゲイン課税を実施するのは、政治的にはきわめて困難であろう。そもそも、相続税も存在しないのがタイである。国会議員の多くが富裕層であることから、富裕層をターゲットにした課税強化はきわめて困難だと考えるのが自然である。

このようなことがわたしの関心であるが、会場から「Xデイ後のタイ」について質問があった。不敬罪(lese majeste)が存在するタイ国内ではタブーな質問であるが、日本国内でかつ学術目的のセミナーであるから、大きな問題はないと思われる。

クリス・ベーカー博士は、「安定要因としての国王の役割は過度に評価されすぎている」として、大きな混乱が起こることはないだろうという回答をされていた。わたしもこの見解には賛成である。おそらく今後は、日本の天皇のように儀礼的な存在となっていくだろうというのがベーカー博士の見解であった。

わたしは、かつてこの二人が共著として書いたタクシンにかんする研究書を通読して、大いに得るものがあった。「Thaksin(Second Edition), Silkworm Books, 2010」 という本で、タイの英文出版社から刊行されている。

わたしが読んだのは2004年の初版だが、この本は十分な発行部数が期待できないと思われるので、日本語訳されることは残念ながらなさそうだ。だが、タクシンの登場を境にタイの政治経済が劇的に変化したことを考えれば、タクシンについてはメディア報道以上の突っ込んだ分析を背景知識として知っておくことは必須である。機会があればこの本もぜひお読みいただきたいと思う。

政策研究大学院大学は今回はじめてなかにはいったが、このようなセミナーは、ぜひ積極的に開催してほしいものである。


(*両博士の発言内容は、英語での発言をわたしの解釈において記したものであり、文責はわたしにあります。同時通訳者がどう日本語訳したかは知りません)









<関連サイト>

GRIPS・JBIC Joint Forum"After Fire and Flood: Thailand's Prospects"(JBIC公式サイト 日本語)

GRIPS・JBIC Joint Forum"After Fire and Flood: Thailand's Prospects"(GRIPS公式サイト 英語)


<講演者プロフィール>

パースック・ポンパイチット (1946~) (Wikipedia 日本語版 略歴)
Chris Baker (writer) (1948~) (Wikipedia 英語版 略歴)


<ブログ内関連記事>

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)
・・タクシン政権誕生以後の現在のタイをしるうえでの必読書

書評 『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』(大泉啓一郎、中公新書、2011)-「新興国」を消費市場としてみる際には、国全体ではなく「メガ都市」と「メガリージョン」単位で見よ!
・・経済的不均衡の問題について考えるための好著

『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World』(足を知る経済)は資本主義のオルタナティブか?-資本主義のオルタナティブ (2)・・プミポン国王が説いておられる「足るを知る経済」哲学

書評 『国家債務危機-ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2011)-公的債務問題による欧州金融危機は対岸の火事ではない!

「タイ・フェスティバル2010」 が開催された東京 と「封鎖エリア」で市街戦がつづく騒乱のバンコク(2010年5月27日)

「バンコク騒乱」について-アジアビジネスにおける「クライシス・マネジメント」(危機管理)の重要性

「バンコク騒乱」から1周年(2011年5月19日)-書評 『イサーン-目撃したバンコク解放区-』(三留理男、毎日新聞社、2010) 

来日中のタクシン元首相の講演会(2011年8月23日)に参加してきた

バンコクへの渡航は自粛を!-タイの大洪水と今後の製造業立地の方向性について(2011年10月26日)

「緊急企画 日タイ洪水復興セミナー」(JETRO主催 東京)が開催されます(2011年12月9日 入場無料)






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2012年1月18日水曜日

書評『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』(大泉啓一郎、中公新書、2011)-「新興国」を消費市場としてみる際には、国全体ではなく「メガ都市」と「メガリージョン」単位で見よ!

■新興国の経済をみるには国全体ではなく「メガ都市」と「メガリージョン」単位で見よ!

中国を含めたアジアの「新興国」が世界経済の牽引車となっていることは、ビジネス界だけでなく一般社会でも常識となってひさしい。

だが、生産基地としてではなく、消費市場としてアジアを考えるためには、「新興国」の経済を国全体のGDPという統計数字で見ていたのでは見誤ってしまうのではないか? これが著者の問題意識であり、本書の出発点である。

本書のキーワードは、「メガ都市」と「メガリージョン」である。

メガ都市とは、東アジアの中国でいえば上海のような大都市、メガリージョンとはその上海とその周辺に拡がる長江デルタ経済圏のことである。

タイに詳しい著者は、東南アジアではタイのバンコクとその周辺地域を取り上げてくわしく分析している。上海もバンコクも、いずれもすでに「脱工業化」のステージに入っているメガ都市である。

アジアの経済分析を専門とする著者が本書で取り入れたのは、都市社会学を専門とする米国の社会学者リチャード・フロリダの議論だ。

フロリダは、「クリエイティブ・クラス」という概念を打ち出して有名になった学者だが、衛星写真で捉えた夜間の光源の強さと広がりからメガリージョンを割り出した。

アジアでは、東京圏、大阪・名古屋圏、九州北部、広域札幌圏、ソウル・釜山、香港・深セン、上海、台北、広域北京圏、デリー・ラホール、シンガポール、バンコクの12地域あげている。これらはみな「途切れることなく明かりが灯っている地域」である。

基本的に経済地理学の観点からみた議論を展開しているので、本書ではまったく言及がないのだが、メガ都市とは世界文学である村上春樹の小説が翻訳版として読まれている都市であるという定義も可能だろう。

村上春樹が描く都市のライフスタイルは、まさに消費都市としてのメガ都市の風景と重なり合う。本書で考察された経済学的な見方とあわせ考えれば、消費市場としてのメガ都市について考えるヒントになるはずだ。

新興国におけるメガ都市は、いわば巨大な農村地帯という大海に浮かぶ孤島のような存在だ。その意味では、国としてのタイとメガ都市としてのバンコクの関係よりも、同じメガ都市であるバンコクとシンガポール、さらには香港や上海、そして東京や大阪といった関係のほうがリアリティをもつことになる。メガ都市どうしはお互いを意識し合い、競争する関係にある。

本書では、メガ都市とそれを取り囲む膨大な農村との関係、中進国化する新興国の政治問題までマクロな議論を行っているが、メガ都市がメガ都市として存在する都市国家シンガポールのような例外を除いては、いずれの新興国においても考慮のなかに入れておかねばならないことは言うまでもない。シンガポールですら、都市の貧困層問題は避けて通れない。

消費市場としてのメガ都市とメガリージョンを論ずる際には、まずは本書で指摘されておる経済的な状況を押さえておくことが、アジアでのビジネス戦略を考えるための基本的な前提となるだろう。ビジネスパーソン以外にも広く読むことを薦めたい一冊である。






目 次

はじめに
第1章 消費市場の拡大と高まる期待
1. 消費市場へと向かわせる二つの力学
2. アジアの消費市場をどう捉えるか
3. 消費市場はどう広がってゆくのか
第2章 メガ都市の台頭
1. 都市化するアジア
2. 過剰都市化からメガ都市へ
3. アジアの新しい発展メカニズム
第3章 浮上する新しい経済単位-メガリージョン化するアジア
1. 中国経済をどう捉えるか
2. 長江デルタ経済圏の形成
3. 拡大するメガリージョン
4. グローバル・シティへの道 
第4章 成長力は農村まで届くか  
1. 所得格差がどこに向かっているのか
2. 都市と農村の人口ボーナス格差
3. 地方・農村の持続的発展の課題
第5章 アジア新興国の政治不安  
1. 国内の南北問題
2. なぜタイは政治不安に陥ったのか
3. メガリージョン時代の政治学
第6章 アジアの持続的市場拡大の条件-新しい日本の立ち位置1. 激しさを増す資源獲得競争
2. アジア版「成長の限界」を超えて
3. アジアの未来市場としての日本
あとがき
参考文献
索引

著者プロフィール

大泉啓一郎(おおいずみ・けいいちろう)
1963(昭和38)年大阪府生まれ。1986年、京都府立大学農学部卒業、1988年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。東レ・ダウコーニング・シリコーン株式会社、京都大学東南アジア研究センターを経て、1990年に三井銀総合研究所(現・株式会社日本総合研究所)入社。現在、調査部環太平洋戦略研究センター主任研究員。東京大学非常勤講師、法政大学非常勤講師。著書に『老いてゆくアジア』(中公新書、2007年、アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<書評への付記>

著者による第一作『老いてゆくアジア-繁栄の構図が変わるとき-』(中公新書、2007)は、「人口ボーナス」という概念によって、少子高齢化が進展しているのは日本だけではないことを示してくれた本である。まさに、れわれの盲点をついて蒙を啓いてくれた本であったといえよう。

「人口ボーナス」とは、著者の表現を借りれば、「出生率の低下にともなう生産年齢人口(15~64歳)の人口比率の上昇が、労働投入量の増加と国内貯蓄率の上昇をもたらし、経済成長を促進するという考え方」(上掲書)、である。

つまり、若年人口が豊富にいると、労働集約型の組立製造業においては優位性を発揮するのであり、それが所得の向上と貯蓄率の向上につながるということだ。

これは、高度成長期の日本が体験したことであり、1980年代から90年代にかけての中国やタイが体験したことである。

だが、この「人口ボーナス」が享受できる期間が永遠に続くわけではなく、所得が向上するにつれて、出生率は低下し、労働力の供給が減少していくことになる。これもまた日本が先行して体験していることである。

中国やタイでも、経済成長にともなって、日本を後追いする形で「少子高齢化」が進展し始めると、若年人口が多いという「人口ボーナス」を享受できなくなってきたわけだ。

しかも、日本とくらべて社会保障の充実が進まないまま「高齢化」を迎えつつあることは、先行きの不安材料としてアジアの「中進国」には大きくのしかかっているのである。

しかし、大都市の吸引力が若年人口を引き寄せ、地方には高齢者が残されることをとってみても、大都市とそれ以外の地方農村との格差は歴然としている。同じ国にありながら、ほとんど違う世界を形成していることを直視しないといけないのだ、と。

これが著者にとっての最新作につながる問題意識となったわけだ。

というわけなので、書評では「消費市場としてのアジア」に焦点を絞った書き方をしているが、じつはそのれぞれの「新興国」は経済だけでなく、それに起因する社会的な矛盾も抱えており、これが政治問題化する可能性がつきまとうことを考慮に入れておかなくてはならないのである。

つまりは、所得の再分配にかかわるテーマなのだが、そのためにはより一層、メガ都市が発展してメガリージョンを強化していくことが重要なテーマであると同時に、社会基盤の強化も同時に進めなければならないことを意味する。

経済成長と社会的安定をどう両立させるかという大きなテーマを抱えながら、メガ都市間の競争がさらに激化していくという構図である。

一国の繁栄が永続しないのと同様に、メガ都市であっても繁栄が永続するとはいえないだろう。

メガ都市とメガリージョンでのビジネスを展開することにおいては、社会問題は直接的なイシューではないが、CSR(=コーポレート・ソーシャル・リスポンシビリティ:企業の社会的責任)は意識しておくことが重要であることは言うまでもない。

『老いてゆくアジア-繁栄の構図が変わるとき-』(中公新書、2007)、『消費するアジア-新興国市場の可能性と不安-』はともに経済分析の本なので、ビジネスやマネジメントに直接かかわるものではないが、読み方次第では、得るものが多いといえるだろう。





『老いてゆくアジア-繁栄の構図が変わるとき-』 目次
はじめに  少子高齢化の波/「まぼろしのアジア経済」を超えて
第1章 アジアで進む少子高齢化
1. 世界人口とアジア
2. アジアにおける出生率低下の背景
3. 高齢化地域としてのアジア
第2章 経済発展を支えた人口ボーナス
1. 「東アジアの奇跡」はなぜ生じたか
2. 人口ボーナスとは何か
3. アジア各国は人口ボーナスの効果を享受できたか
第3章 ポスト人口ボーナスの衝撃
1. 人口ボーナスから高齢化へ
2. 高齢化による成長要素の変化
3. 中国、ASEAN4の高成長の壁
4. ベビーブーム世代の生産性
5. ベトナムとインドの参入
第4章 アジアの高齢者を誰が養うのか
1. アジアの社会保障制度
2. 社会保障制度構築の課題
3. 開発途上国が直面する困難
第5章 地域福祉と東アジア共同体
1. 福祉国家から福祉社会へ
2. 日本の地域福祉の取り組みと教訓
3. 真の東アジア共同体形成に向けて
あとがき
参考文献
索引


<ブログ内関連記事>

タイのあれこれ 総目次 (1)~(26)+番外編

「メガ都市バンコク」では日本のスマホはまったく目にすることもない-これが「ガラパゴス化」の現状だ! (2012年1月)

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い
・・大都市はすでに「後近代」だが、タイでも農村部では現在も「近代化」が進行中

書評 『赤 vs 黄-タイのアイデンティティ・クライシス-』(ニック・ノスティック、めこん、2012)-分断されたタイの政治状況の臨場感ある現場取材記録
・・「黄色」=バンコク大都市部の支配層と都市中間層(前近代+後近代)と、「赤色」=東北部と北部の農民層(前近代+近代化まっただなか)の対立が反映されていると考えることも可能

「バンコク騒乱」から1周年(2011年5月19日)-書評 『イサーン-目撃したバンコク解放区-』(三留理男、毎日新聞社、2010)

書評 『バンコク燃ゆ-タックシンと「タイ式」民主主義-』(柴田直治、めこん、2010)-「タイ式」民主主義の機能不全と今後の行方

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)
・・関連書もふくめて、ややくわしくタイの政治経済に言及

(2014年2月1日 情報追加と関連記事再編集)





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2010年10月28日木曜日

『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World』(足るを知る経済)は資本主義のオルタナティブか?-資本主義のオルタナティブ (2)




 先週(2010年10月20日)バンコクにいった際に、サイアム・パラゴン内の紀伊国屋書店で買ってきたのが、この『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World. 100 Interviews with Business professionals.』である。

 The Thai Chamber of Commerce と Board of Trade of Thailand の編著になるもの。出版社は Amarin Publishing Services. 定価は B90、初版第1刷は2010年、発行部数は 3,500部。

 Sufficiency Economy は、タイ王国のラーマ9世プーミポン国王が、1974年から提唱している経済哲学である。タイ語では、セタキット・ポーピアン、日本語でいえば、「知足経済」、「足を知る経済」とでもなろうか。

 表紙は、刈り入れの終わった田んぼを歩いて視察する壮年時代のプーミポン国王。

 「足を知る」という日本語表現からも類推できるように、江戸時代の日本のような農本主義にフィットした経済哲学であることはベースにあることは間違いない。

 いまでもタイは、世界最大のコメ輸出国で、世界のコメ相場を決定するメージャー・プレイヤーであるが、1970年代と2010年代の現在を比較すれば、農業と工業の調和のとれた発展というよりも、やや工業化の道への傾斜具合が大きい・・かもしれない。

 近年、サステイナブル経済(sustainable economy)というコトバが話題に上ることも多い。サステイナブル経済とは、急激な経済成長のもたらすネガティブな側面を回避するため、身の丈にあった経済成長を志向する経済思想である。

 その意味においては、「足を知る経済」も「サステイナブル経済」と歩調をあわせたものだといえるだろう。むしろ経済哲学の表明としては、「足を知る経済」のほうが先行しているのかもしれない。

 では、「足を知る経済」は、「資本主義のオルタナティブ」なのだろうか?

 いやそうではない。あえていえば、資本主義の一(いち)バリエーションとして捉えるべきだろう。プーミポン国王自身、経済発展そのものを否定はしない。ただ、環境破壊ももたらさず、人間精神の破壊ももたらさない、調和のとれた発展が望ましいということなのだ。

 実際、本書においては、「足を知る経済」についての、100人のビジネス・プロフェッショナルへのインタビューを収録しているが、経済諸団体から11人、食品産業を含む農業から12人、製造業から24人、医療産業から3人、不動産業から6人、メディア産業から6人、小売業から18人、金融保険業から10人、教育産業から6人、観光ホテル業から4人の構成となっている。いずれも、タイを代表する経済人の面々であり、もちろん華人系が大半であるが、どのような経営哲学をもって経営にあたっているか語っており面白い。

 もちろん、国王陛下が提唱する経済哲学にコンプライアンスすることは、自らのビジネス追求にあたっても損になることはないだろう。そういった計算が働いているのも当然だろう。

 同じく華人系とはいえ中国大陸の「中国人」とは共通性もありながら、かなり異なる印象を受けるのは、移民先のホスト国であるタイ国民として受け入れられていることが成功の条件となっている以上、当然の行動様式であるといっても当然のことなのである。

 ただ、華人といっても、エスタブリッシュメントに限りなく近い層と、新興成金層(ニューリッチ)とでは、経済哲学においても行動様式においても大きく異なるのは、どの国においても観察できることである。

 タイという文脈において、後者の新興成金層の代表は、クーデターで追放されたタックシン・チナワット元首相のことだ。

 以前、私は、書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)において、以下のようにエスタブリッシュメント層と新興成金層との、資本主義に対する態度の違いについて書いたので、再録させていただく。

 本書を読むと、中進国となった工業国タイの問題とは、米国が主導するグローバル資本主義にいかに対応するかという課題に対する、二つの解答のあいだのせめぎ合いであると見ることもできる。
 ひとつは、1997年の金融危機以後、タイの政治では例外的な、5年以上にわたる長期政権を実現したタクシン元首相の、積極的にアングロサクソン流のグローバル資本主義の流れに乗っかっていこうとした経済・社会政策。
 もうひとつは、現国王ラーマ9世(=プーミポン国王)が提唱する「足るを知る経済」。後者は、仏教の経済思想に立脚し、サステイナブル経済を志向する、いわばオルタナティブ資本主義といえる。


 今回取り上げた「Sufficiency Economy」(足を知る経済)とは、ある意味では、タイ王国という文脈においては、エスタブリッシュメントの経済哲学、経済思想といえなくもない。すでに成り上がって時間のたつ事業家と、それに対するアンチテーゼとして成り上がってきた一代目の事業家との違いである。一代目の事業家であっても、前者の志向する側に立つ者がいるのは、処世術という観点からいえば当然である。

 このように整理してしまうと、誤解があるかもしれないが、ある意味では当てはまる話であると思われる。

 もちろん、プーミポン国王の提唱する「Sufficiency Economy」(足を知る経済)の中身については、私としては異論はない。

 タイ王国という文脈を離れても成立可能だと思うし、上座仏教の経済思想という点においては、シューマッハーの「Small is Beautiful」において展開された思想(・・シューマッハーはスリランカで考えた)とも共通するものがある。

 仏教は儒教とは異なり、イスラームと同様に商人層を主たる支持層として発展した宗教であることは、知っておいて損はないだろう。少なくとも原始仏教の段階ではそうなのであった。

 アジア発の経済思想として、「Sufficiency Economy」(足を知る経済)を取り上げる意味があると、私はと思うのである。





<関連サイト>

Sufficiency Economy 公式サイト(英語)

New Mandala: New perspectives on mainland Southeast Asia に掲載された書評
・・表紙カバーがなぜ農村地帯なのかと皮肉めいたツッコミがされているのは、豪州の大学関係者の執筆によるためだろう。


<ブログ内関連記事>

「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)

資本主義のオルタナティブ (1)-集団生活を前提にしたアーミッシュの「シンプルライフ」について

資本主義のオルタナティブ (3) -『完全なる証明-100万ドルを拒否した天才数学者-』(マーシャ・ガッセン、青木 薫訳、文藝春秋、2009) の主人公であるユダヤ系ロシア人数学者ペレリマン

大飢饉はなぜ発生するのか?-「人間の安全保障」論を展開するアマルティヤ・セン博士はその理由を・・・

アマルティア・セン教授の講演と緒方貞子さんとの対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」(日立創業100周年記念講演)にいってきた

シンポジウム:「BOPビジネスに向けた企業戦略と官民連携 “Creating a World without Poverty” 」に参加してきた
・・マイクロファイナンスを実践するグラミン銀行総裁のムハンマド・ユヌス博士





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2009年11月26日木曜日

タイのあれこれ (20) BITECという展示会場-タイ人の行動パターンと仕事ぶりについて



(バンコク最大の展示場 BITEC)


 "卒業論文"の意味もこめて集中的に書いてきた、この「タイのあれこれ」もそろそろ終わりに近づいてきた。

 私がバンコクにいたのは、あくまでもビジネスマンとして事業経営に携わっていたためなので、一回くらいはビジネス関連の話も取り上げておこう。
 
 バンコクで開催されているビジネス関係の展示会(あるいは国際見本市、トレードショー)について取り上げる。

 一般観光客は当然のことながら、展示会のテーマに関係した者でなければ、その展示会にでかけたり、あるいは出展企業として参加することもないだろう。その意味ではきわめて限定された体験である。


■東南アジア最大の工作機械の展示会 METALEX (メタレックス)について

 ここではとくに、バンコク最大の展示会場 BITEC (Bangkok International Trade & Exhibition Center)で毎年開催される、東南アジア最大の工作機械の展示会 METALEX (メタレックス)について紹介する。今年度2009年の展示会は11月19日から22日までの開催、ちょうど終わったばかりではあるが、旬のテーマといえるだろう。

(東南アジア最大の工作機械の展示会メタレックス)

 工作機械(machine tool)とは機械部品を作り出す機械のことで、主だったものにはプレス機や切削機、産業ロボットなどがある。

 工作機械関連の展示会としては、かつてはシンガポールが東南アジア最大だったようだが、もはや見る影もない。シンガポール政府が金融やバイオ産業など、高度技術産業に産業政策をシフトさせており、機械産業や電子産業などがシンガポールで活動を続けるインセンティブがもはや乏しいからだ。何よりもビジネスコストが高すぎるからだ。

 タイには、自動車産業を筆頭に、日本の主だったメーカーはほぼすべて進出済みであり、東南アジアでは当然のことながら工作機械への需要がもっとも大きな地域になっている。

 こういった背景と、もちろん主催者である英国企業 Reed社 のタイ現地法人の企業努力もあり、バンコクで開催されるMETALEXが大規模になったのである。日本でも Reed が日本最大の展示会運営企業となっており、ドイツ系のハノーファー・メッセやフランクフルト・メッセの存在余地はない。

 こういう状況だから、METALEX は当然のことながら出展料(=小間代)も高く、機械部品の販売会社をバンコクで立ち上げた私は単独では出展することは不可能なので、非常に懇意にしていた日系の機械専門商社のスペースを借りて展示会に出展することとした次第。

 何事もやってみるものである。出展企業になって自社ブースのカウンターに立つということは、百聞は一見にしかずをはるかに超えるものがある。

 展示会は見学者としてみるだけでなく、出展企業として実際にブースに立って営業してみると、まったく異なるものが見えてくるものだ。もちろん商売第一だが、それに付随してさまざまな面白いことが観察できるし、実際に経験もできるわけだ。

 機械部品産業については、その業界の内部の人でないとあまり関心がないだろうから内輪ネタはここでは割愛して、もっぱらタイ人の行動パターンについて観察したことを書いてみることとする。

 まずブースの設営が展示会開始のギリギリまで終わらない。専門業者にまかせているのだが、前夜までに設営が終わってくれれば、こちらもたいへん安心できるのだが、なんせ追い込まれるまで本気になって動き出さないのがタイ人の特性である。日本人としてはハラハラさせられるが、なんとか間に合わせてしまう、というのもタイならではである。この仕事ぶりはなんだかイタリア人にも似ているような気がする。

 会期中にいきなり停電になって、終了時間まで30分をのこして終わりにしたこともある。国際展示場じゃなかったのか・・・何のアナウンスもなし、これもまたバンコクの現実である。

 設営はギリギリでなんとか間に合わせるが、展示会の日程が終了すると、ブースの展示スペースの飾りを手撤去するのはものすごい早くてスムーズである。一般的な不動産物件もそうだが、あっという間に更地にしてしまう早業にはいつも関心させられている。

 以上、タイ人の仕事ぶりの紹介でした。


■展示会におけるコンパニオンについて

 展示会の観察者として、何といってもまず目につくのは、コンパニオンである。しかしコンパニオンのあり方が日本とは異なるようだ。

(漫才のような掛け合いでトークする二人組コンパニオン)

 ほぼ必ず女性二人がペアで配置されている。しかも、二人一組で掛け合い漫才のようなトークを行っている。展示企業の製品紹介を、観客を巻き込みながら掛け合いでしゃべりまくる、いやはやタイ人コンパニオンは関西系というか、しゃべくり系なのだ。

(コンパニオンのいない展示会はありえない)

もちろんきれいなコンパニオンが多いが、きれいなだけじゃコンパニオンはつとまらない。しゃべりが要求されるのである。コンパニオン目当てに来場するタイ人はもちろん多い。
 
 入場フォームに記入しさえすれば、基本的に入場無料なので、実にいろんな人たちが入場してくる。新製品を探しに来る人はもちろんのこと、社会科見学を兼ねてやってくる工業高校の学生、工場の制服をきたまま集団でやってくるワーカーたち、デート会場として活用しているカップル、軍人、お坊さん、などなど。近隣諸国からもエンジニアや調達担当者などが来ている。

(短期出家の多いタイではエンジニアのお坊さんもいる)

とくに産業用ロボットの前ではいつも人だかりで、食いいるような目つきで眺めているタイ人をみていると、なんだかそのナイーブさがほほえましいというか、好奇心の旺盛さには感心させられるものだ。これならタイもしばらくは工業国としてやっていけるだろう。

 展示会場にはフードコートが併設されており、リーズナブルな値段で昼食を食べることができるのはありがたい。またなんと足マッサージのコーナーがり、展示会ブースで立ちんぼ状態の出展者にとってはありがたい存在だ。私は一回も利用するヒマはなかったが、日本の展示会場にもあればなあ、というサービスである。

(これはありがたいフット・マッサージ)


■ブースのカウンターからタイ人を定点観察

 何よりも最大の体験は、展示会の出展者企業として自社ブース(=小間)のカウンター越しにみるタイ人の顔が、いかにバラエティに富んだものであるかを知ったことだ。ブースのカウンターとは、いわば定点観測するポイントであった、ということである。

 ややエキゾチックな感のある、いかにもタイ人っぽい顔、東北タイであるイサーン人の顔、日本人とあまり変わらない華人系の顔、黒人のようなアフロヘア、真っ黒な顔のクメール系、ああタイという国はまことにもって多民族国家で、かつまた移民国家なのだなあ、と強く実感されるのである。

 日本人も雑種民族で顔のバラエティは、韓国人とくらべるとはるかに多様なのだが、タイ人はその比ではない。実際この目で見て納得したのは、まことにもって得難い経験であった。
 雑種民族である日本人が1000年かかったことを、タイはこの200年くらいで猛スピードでやっているといういいいかたも可能だろうか。

 中国革命の立役者であった孫文は、その主著である『三民主義』(安藤彦太郎訳、岩波文庫、1957)のなかで、「中国人はひとにぎりのバラバラな砂だ」(下巻 p.170)と嘆いている。これはおそらく、非常に関係の深かった日本人と対比しての発言だろうが、タイ人についても全般的にこの指摘はあてはまるようだ。

 タイ人も、多様性には富んでいるのは評価できるとして、その反面、個人個人のタイ人は砂のようにバラバラで凝縮力のない人々のあつまりだ。行動原理はきわめて個人主義的で、利害関係者のあいだのネットワーク社会をつうじた情報はきわめて早い。

 こんなタイ人だが、なぜか制服好きという特性があり、会社関係でもちょっと規模の大きな組織なら揃いのT-シャツを着ることをことのほか喜ぶ。会社に対する忠誠心というよりも、制服を着るという喜びなのではないか、と私は思うのだが。とはいえ、労務管理のテクニックとしては有効なものの一つではある。


■「ナショナリズム」のおかげでタイは経済発展したが・・・

 タイは、東南アジアではもっともナショナリズムの形成に成功した国だという評価がある。

 フィリピンがなぜ経済成長にテイクオフできなかったか、その理由はフィリピンはナショナリズムの形成に成功しなかった、という説を主張する人もいるように、ナショナリズムはドイツでも、日本でも"後発資本主義国"がテイクオフするための必要条件であったことは、経済史における定説である。

 タイの場合は、多様な人々をまとめる求心力として働いてきたのは、カリスマ的な現国王ラーマ9世の存在であり、国民の圧倒的多数を占める上座仏教であり、外敵あるいは競争相手としての近隣諸国の存在であろう。この点にかんしては、一度も植民地になったことのないタイは、きわめてプライドの高い国民性であり、ときには増長した発言が多いのは困ったことではあるものの、国民として一つにまとまる瞬間であることもまた確かである。

 元首相のタクシンがクーデターで追放される以前の党名はタイ・ラック・タイ、すなわちタイ愛国党であったことは、かなり意味するところが大きい。

 この意味で、健全なナショナリズムが形成されたタイはある時点まではサクセス・ストーリーとして語られるものであったが、"黄色服組"と"赤服組"の対立が激化して沈静化の兆しのみえず、その先行きに懸念をもつのは私だけではあるまい。


■2008年のリーマンショック以降のタイ経済

 さて、今年の出展企業は世界的な不景気の影響もあって、とくに工作機械メーカーの売り上げは激減したこともあり、主点企業数も出展スペースも減少しているのではないかと思うが、マーケティング手法としての展示会は、すでにタイの産業界では完全に定着しているといってよいだろう。

 私が先週バンコクにいってみたときの感じとしては、1997年の「アジア金融危機」後の壊滅状況にくらべれば、暗さは少ないのではないか、という印象であった。

 2009年のタイは、1997年のタイと比較して、間違いなく経済的な底力をつけた存在になっている。
 今後は中国とインドという政治経済大国の狭間でいかに生き抜いていくか、それが問われているといえよう。

 タイではしばらく仕事をするつもりはないが、遠くから見守っていくつもりだ。

 来年の今頃には、オンヌットから先まで BTS が延伸して BITEC まで簡単にいけるようになっているはずである。



* タイのあれこれ(21)につづく。次回もビジネス関連ネタ



                 
P.S. 2011年8月に BTSスクンビット線がバンナー以東に延伸(オンヌット⇔ベーリン、5.3km)して、バンコク市内中心分からそのまま乗り換えなしで BITEC 会場まで行けるようになった。なお、BITEC のより駅はバンナー(Bang Na)駅となる。現在は無料運航中。正式開業は 2012年1月の予定。(2011年9月27日)

参考:バンコク国際貿易展示場 BTSスクンビット線延長によりバンナー駅よりアクセス可能に


PS2 改行を増やして小見出しをつけ読みやすくした。また写真を大判に変更してキャプションをつけた。ただし、本文には手は加えていない。「"黄色服組"と"赤服組"の対立が激化して沈静化の兆しのみえず・・」と書いたが、国内分裂状態がいっこうに解決する見込みはない。 (2014年1月17日 記す)

                  



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タイのあれこれ (3)-新聞という活字メディア
・・タイの外資系(日系含む)ビジネスパーソンは英字新聞を読む

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・・タイ仏教とタイ人の思考法について

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書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い ・・タイ人と働く方法もわかる

(2014年2月1日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)








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2009年8月25日火曜日

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)-急激な経済発展による社会変化に追いつかない「中進国タイ」の政治状況の背景とは




■"微笑みを失いつつある"中進国タイ-急激な経済発展による社会変化に追いつかない政治状況の背景とは■

 16年前に出版された名著 『タイ-開発と民主主義-』(岩波新書、1993)の続編として、満を持して登場した本書は、現在のタイを、政治・経済・社会から捉えるために不可欠な知識と視点を与えてくれる。読者は充実した読後感を得ることであろう。


 前著の出版は、1992年の第二次民主化運動のさなかで発生した「五月流血事件」によって、報道をつうじてタイが全世界にクローズアップされたあとのことでであった。

 今回の新著は、もはやあるまい思われていたが、2006年に15年ぶりに発生した「無血クーデター」から3年たったいまでも、いっこうに政治的混乱に終止符がうたれないタイの現状について詳細に分析している。

 この二冊の本のあいだに存在する16年間とは、まさにタイが中進国として急激に経済発展し、様々な社会問題を発生させてきた時期でもある。

 著者は、タイ現代史の分岐点となった1988年から筆を起こすことによって、この20年間でタイが"微笑みの国"から、"微笑みを失いつつある国"へと変化してきたことを解説、現在まで続く政治的混乱の原因は何かについての見取り図を読者に与えてくれる。


 タイにかんする本といえば、専門書を別にすれば、ほとんど同じ内容の観光ガイドブックばかりが出版される昨今の日本の出版状況だが、本書は久々に登場した、日本語で読める本格的な一般書である。観光地としてのタイではなく、現代のタイ社会について、根本から理解するための必読書といってよい。

 著者がカバーする領域はかなり広く、経済・政治・社会だけでなく、新興財閥の具体的な企業名もあげて言及しており、ビジネスマンにも読むに値する内容の本になっている。

 著者による 『進化する多国籍企業-いまアジアで何が起きているのか?』(岩波書店、2003)とあわせて読めば、1997年のアジア金融危機後IMF管理下におかれたタイビジネスの変化、消費社会化した現在のタイについて深く理解できるだろう。


 本書を読むと、中進国となった工業国タイの問題とは、米国が主導するグローバル資本主義にいかに対応するかという課題に対する、二つの解答のあいだのせめぎ合いであると見ることもできる。

 ひとつは、1997年の金融危機以後、タイの政治では例外的な、5年以上にわたる長期政権を実現したタクシン元首相の、積極的にアングロサクソン流のグローバル資本主義の流れに乗っかっていこうとした経済・社会政策。

 もうひとつは、現国王ラーマ9世(=プーミポン国王)が提唱する「足るを知る経済」。後者は、仏教の経済思想に立脚し、サステイナブル経済を志向する、いわばオルタナティブ資本主義といえる。

 タクシンが積極的に推進した変革は、ある意味でタイを日本以上にアメリカナイズされた社会に変貌させた。これは、ビジネスでタイにかかわり、バンコクに住んでいた私にはよく実感できることである。

 しかし、タクシンが実行した経済社会改革があまりにも急進的であったために、タイ国民は正直いって疲れてしまったというのが実情だろう。これが2006年クーデターが国民に受け入れられた背景にあるようだ。

 日本の小泉首相とほぼ同時期(!)に政権の座にあったタクシンがもたらしたものは、日本と同様、功罪両面から評価しなければ本当のことは理解できないのだ。


 "微笑みの国"というのは、有名なタイの観光キャッチフレーズだが、実際にタイに暮らしていると、タイ人から"微笑みが失なわれつつある"ことを日々実感することになる。微笑みはいったいどこに行ってしまったのだ、と。

 日本を上回るスピードで急速に変化をとげているタイ社会には、先進国日本がすでに経験ずみの問題もあれば、少子高齢化というまさにいま直面している問題もある。またタイ固有の問題もあり、先進国日本の経験で、中進国タイが抱える問題のすべてを推し量ることはできない。


 著者は最終章で「タイ社会と王制の未来」について扱っている。これは、タイの将来を考える上で避けて通ることができない最重要のテーマである。

 しかし、タイについて多少でも知っている人は承知していると思うが、これは正直いって実に扱いにくいテーマなのだ。私は、このテーマを項目として立てたこと自体、著者を高く評価したいと思う。

 しかしそうはいっても、この章にかんしては、行間を読む必要に迫られる。だが、最初から最後まで注意深く本書を読んだ読書なら、今後の方向性についてはかなりの見通しをを得ることができるはずだ。
  

 トリビアルなものまで含めて、タイにかんする知識がぎっしりつ詰め込まれた本書は、一回読んだあと読み捨てにするには実に惜しい。

 ぜひ1冊購入して、読んだあとも手元に置いて、折に触れて参照する価値のある本である。


■bk1書評「"微笑みを失いつつある"中進国タイ-急激な経済発展による社会変化に追いつかない政治状況の背景とは」投稿掲載(2009年8月22日)
■amazon書評「"微笑みを失いつつある"中進国タイ-急激な経済発展による社会変化に追いつかない政治状況の背景とは」投稿掲載(2009年8月22日)
 *なお、再録にあたって字句と表現の一部を修正した。








<書評に対する付記、あるいは「タイのあれこれ 番外編」>

 文中にも書いたが、タイにかんする一般書はガイドブック以外はほとんど出版されない、たいへんお寒い昨今の日本の出版状況である。

 なぜほとんど内容が同じガイドブックが、次から次へと異なる出版社から出版され続けるのか理解に苦しむ。はっきりいって、バンコクででているフリーペーパー(無料情報誌)のほうがはるかに役立つのだが・・・

 結局のところ、タイやバンコクにかんする陳腐な決まり文句が再生産されているだけである。観光を振興したいタイ政府としては、それでまったくかまわないのかもしれないが、もう少し日本人も勉強すべきではないか。

 同じガイドブックでも、英語圏では定番の Lonely Planet シリーズは、知的な読み物としても面白く、かつためになる知識がつまった本だ。Lonely Planet Thailand は読んでないが、Lonely Planet Laos はひまつぶしにラオスのルアンプラバン空港のカフェで読んだ。ラオスの環境保護の問題など面白くてたいへんためになった記憶がある。アングロサクソン的知性との違いといってしまえば、それまでなのだが・・・


 『国際スパイ都市バンコク』(村上吉男、朝日文庫、1984 原題は『バンコク秘密情報』、朝日新聞社、1976)とか、『血の水曜日-軍事クーデターとタイ民衆の記録-』(タイ民衆の闘いの記録編集委員会=編、亜紀書房、1977)、『革命に向かうタイ-現代タイ民衆運動史-』(タイ民衆資料センター訳、柘植書房、1978)なんてタイトルの骨太で硬派な本が過去に出版されているのだ、というのはタイ通でも、専門研究者以外は知らないのではないかな?? とくに『国際スパイ都市バンコク』は、私は二冊もっており、二度熟読している。タイについて知りたい人にはぜひ薦めたい。

 軍事政権下の発展途上国で主人公が血湧き肉躍る活躍をするというのは、俳優で作家そして政治家・中村敦夫の国際謀略小説『チェンマイの首』(講談社文庫、1988 絶版。原版は1983)のイメージだが、いまのタイはそういった状況からはもはやほど遠いのかもしれないな。ちなみにこの小説と先にあげた『国際スパイ都市・・』はバンコクの紀伊國屋書店が復刻してタイ国内で販売している。いずれもタイ国内への持ち込み禁止指定はないから安心してよい。

 ベトナム戦争がとうの昔に終結、カンボジアの和平も定着しインドシナ半島が平和になってからは、すでに共産主義の脅威は去り、開発時代に突入したわけだ。「インドシナを戦場から市場へ」というスローガンはまさに時代の雰囲気を表していた。


 開発時代になってからのタイで私がもっとも面白いと思ったイチオシの本は、執筆当時、日本輸出入銀行 (現国際協力銀行)のバンコク駐在員であった金子由芳(かねこ・ゆか)が書いた『幻想の王国タイ-聖なる功徳・俗なる開発-』(南雲堂、1996)である。これほどタイ政府や投資委員会(BOI)のホンネを描き出した本はほかにない。 

 よく赴任してから1年という短期間で、執筆当時28歳の著者に、これだけ鋭い観察ができたものだと、出版された直後に読んで大いに感心した。いや、希望した赴任地でもなく、予備知識なしで飛び込んだのがよかったのかもしれない。怖いもの知らずの、政府系機関の女性駐在員ならではの内容だ。

 タイとタイ人のしたたかさは、お人好しの日本人をはるかに上回る。なんせ日本のような島国ではないからね。植民地にならずにうまくやり過ごしたという事実は過小評価すべきではないのだ。あたりが柔らかいからといって油断してはいけない。ホンネとタテマエが違うのはアジア人だから当然だが、日本人以上にかけ離れているのである。

 この本を読めば、日本人ももっとうまくタイに対応できるのに・・・と思う。どうも日本人は西洋人以外では自分が一番だと思い込んでいるようだが、これはとんだ勘違いだろう。実務だけわかればいいというわけではないのだ、国際ビジネスというものは!


 それはさておきジャイ・ジェン・ジェン(=冷静に!頭を冷やしなよ!というタイ語)、本書についてだが、タイはすでに、「開発独裁」状態からはすでに卒業し、「中進国」としての悩みを抱えて状況になっていることを描き出した点、大いに評価できる本である(・・評価できるなんて、なんかエラそうないいかただな、何様だお前はといわれそうだが・・・これは日本語の問題)。

 これだけ水準の高い新書本は、中身のない軽い新書本がはんらんしている現在、腰を据えて読む必要があるので、実際はそれほど読まれないかもしれない。しかし、大学生がレポート書く際の指定図書としては間違いなく使用されるだろう。それだけ中身のある本である。


 本書のなかで重要な指摘だと思ったのは、タイの「消費社会化」についての記述である。

 購買力はバンコクを10とすれば地方都市は6、地方の農民は3と、格差はむしろ以前より縮小傾向にある(!)との指摘(P.105)は非常に重要である。一般的にはタイの地方農村は貧しいと思われがちだが、バンコク都市部の可処分所得の上昇に伴って、地方でも伸びがみられるとういうことである。

 末廣氏は、このブログでも以前にふれた「ビア・チャーン」(=象さんビール)の消費量の伸び--なんと1986年以来一貫して右肩あがりだ!--、それにコンビニのセブン・イレブンの店舗数の統計を使用して、その状況を裏付けている。これに本書では触れられていないが、日本のビデオレンタルの TSUTAYA ですらチェンラーイのような地方都市にも店舗があるのが、現在のタイの実態である。

 フランチャイズ(FC)よりも直営店が多いと著者はいうが、バンコクの国際展示場 BITEC で開催されるFCショーの熱気にはすごいものがある。FCオーナーとして独立したいという人間は、タイにも大勢いるということだ。

 ビア・チャーンのオーナーであるチャルーン(・シリワッタナパクディ、またの名を蘇旭日。潮州系)はタイで一番の大富豪として Fortune Asia Edition のランキングにも毎年登場している常連である。その娘は米国でM.B.A.を取得しており、ファミリーの不動産ビジネスを任されている。

 一般大衆向けの消費財(・・このケースでは食品飲料産業)で財をなし、運用は不動産で行うという、華人が完全に同化されたタイならではの金儲け方法であり、かれらは絵に描いたような富裕層ファミリーである。

 本書はは、経済だけではなく、かなりミクロな企業経営まで踏み込んでいるので、ビジネスマンにとっても読み応えがある。


 本書で特筆すべきことは、2006年9月に勃発したクーデター後の政治状況について、キーワードとして「司法による政治のコントロール」をあげていることである。

 「司法によるクーデター」といってすらよい事態によってバンコク・スワンナプーム国際空港封鎖事件が解決したことは記憶に新しい。つい昨年11月のことである。このときはえらい苦労をしたものだと今になっても回想する。

 また、国王の諮問機関としての枢密院についての記述も重要である。この点にかんしていえば、詳細は別としても、戦前の日本も似たような構造である。


 特に重要なのが、タクシン元首相の功罪についても、功績の面に対して公平な評価をしていることである。

 タクシンがその代表的存在である新興財閥(・・極言すれば成金である)と王族や陸軍を頂点とする旧来型の支配層との勢力争いは、1997年のアジア金融危機への対応をめぐる経済思想の違いとも捉えることもできる。書評の中では、私自身の問題に引きつけて、そのように書いておいた。


 本書を注意深く読めば、主要な人物の背景についても重要な知識を得ることができる。

 たとえば、タクシン(・チナワット、またの名は丘達新)は客家(ハッカ)系、戒厳司令官でないほうのソンティ(・リムトーングン、またの名は林明達)は海南(ハイナン)系と、いずれもタイではマジョリティの潮州(チャオチュウ)系ではないことなど。

 詳細な索引をつけてくれると、本書の使用価値もグンとあがったのだが。
 

 「王制の未来」について行間を読めと私が書いたのはどういうことかというと、これも戦前の日本と同様、タイ王国には「不敬罪」(lèse majesté:フランス語)が存在することだ。不敬罪とは、国王や王妃をはじめとする王族に対して非難中傷を行う行為や言動全般を犯罪とみなす刑法上の概念である。

 2006年のクーデター後は「不敬罪」の適用が頻繁になってきており、たとえ外国人であっても、使用言語が日本語であっても、うかつなことでは発言できなし、書かないほうがよいという「空気」が醸成されている。このへんの感覚については、天皇制のもとにある日本人なら、ある程度まで理解は可能だろう。

 また、以前はまったくなかった空港での荷物チェックを昨年の秋に実施されたことが一回だが経験した。その際は、スーツケースを開けさせられたうえで、日本語の本のタイトルまで一冊一冊チェックしていた。国内持ち込み禁止本リストがあり、もし所有物にリストにある本が見つかった場合は間違いなく没収されることになる。銀行制度が信用されない某国に、多額の米ドルの現金を持ち込んだときのイミグレーションよりもスリルがあった、とまではいわないが。

 こういった背景から、著者はそうとう用心して記述を進めているな、ということが読み取れるのである。これは参考文献についてもいえることだ。したがって、行間を読まないと本当のことは見えてこない。

 もちろんタイは、東南アジアではシンガポールにくらべるとはるかに自由で、ある意味かなり"ゆるい"国で、基本的には言論は自由なのだが、ただ一点だけタブー領域があるということなのだ。
 こんなことを書くだけでも、実はかなり気を使っているのである。誤解による無用なトラブルは避けなければならない。

 極論をいえば、21世紀初頭のタイ王国という国は、戦前の大日本帝国が、最先端のグローバル資本主義に巻き込まれた状況に近いのかもしれない。もちろん安易な比喩は危険だが、用心するに越したことはないのである。よその国なのだから、それは当然の礼儀でもある。


 この本はある程度タイについて知っていると面白く読めるが、まったくタイを知らない人が読むためには前提となるものが多すぎるかもしれない。

 正直いって、この書評はあまりうまく書けていない。私自身ある程度までタイを知っているので、ついついある種の"インサイダー意識"が前面に出てしまったような気がする。ディテールにまで踏み込みずぎた書評になってしまった。

 もう少し短くて、読みやすい内容にしないといけないと思うのだが、これは難しい。知っていて知らないふりをする訓練、これも節度ある文章を書くためには必要だ、と痛感する次第。

(以上)

        


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「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)                   
     





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