「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル ロシア史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ロシア史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年2月13日木曜日

書評『ロシアとは何か ― モンゴル、中国から歴史認識を問い直す』(宮脇淳子、扶桑社、2023)― モンゴル史の視点から「ロシアとはなにか」について考える

 


ロシアと「軍事同盟」を結んだ北朝鮮の「出兵」は実質的な「参戦」であり、ユーラシア大陸の東西がかかわる「世界戦争」化しつつあるのが現状だ。 

「力による平和」を標榜するトランプ大統領の再登場が局面打開につながることを期待しているが、はたしてウクライナとロシアの双方に納得のいく結論が出るのかどうか、きわめて不透明である。

そんなときだからこそ、あらためて「ロシアとはなにか」という問いが重要になってくる。


●なぜ、ロシアは侵略戦争を仕掛けてくるのか? 

●そもそも、ロシアとはいったい何なのか? 



モンゴル史を中心とした東洋史の専門家の立場からみた「ロシアの本質」。著者が語りおろした内容の、編集協力者による再構成なので読みやすい。  


■歴史を捏造するロシア。歴史の捏造は中国共産党だけではない 

ロシアは、長きにわたってモンゴル帝国の支配下にあって、その支配を脱して17世紀に生まれてきたことは「タタールのくびき」というフレーズに集約的に表現されている。

だが、そのフレーズじたいがロシアによる歴史の捏造であるというのが基本的な論点だ。 

たしかに、13世紀のモンゴル軍は侵略の際は大量虐殺を行っている。だが、平定後は基本的に間接統治を行っており、モンゴル統治下では平和が確保されてきたのが歴史的事実なのである*。

*いわゆる「タタールのくびき」の240年間については、最新研究を踏まえた『「ロシア」はいかにして生まれたか タタールのくびき(世界史のリテラシー)』(宮野裕、NHK出版、2023)を参照。
「ジョチ・ウルス」の統治下では、かならずしも平和が永続していたわけではなく、諸侯どうしの争いがつづいていいたが、基本的にハーンの裁定によって決着がつけられていたことが明らかにされている。最終的にジョチ・ウルスの分裂と衰退が、モスクワ公国を中心としたロシア形成への道を開くことになった。


 (画像をクリック!)


「元朝」という形で支配された中国(シナ)だけでなく、ロシアもまた然り。中国もロシアもモンゴル帝国の支配下にあった歴史を共有している。

そもそも、ロシアの起源は、北方のスカンディナヴィアからの開拓者であってスラブ系ではなく、先にみたように「タタールのくびき」で苦しんだわけでもなく、ギリシア正教を受け入れビザンツ帝国(=東ローマ帝国)の後継者を任じているが、ギリシア=ローマ文明をそのまま継承したわけでもない*。
 
*宮脇氏は言及していないが、ビザンツ帝国の「聖俗一致体制」は継承している。西ローマ帝国とその組織的後継者であるカトリック教会は西欧文明の基礎となったが、東ローマ帝国とギリシア聖教を基礎とする東欧文明との違いは大きい。ロシア語の表記に使用される「キリル文字」は、ギリシア文字からつくられたものである。キリル文字は、ソ連の衛星国であったモンゴル国(=北モンゴル)で採用され現在に至る。


18世紀のピョートル大帝による西欧文明化もけっして成功したわけではない。社会的矛盾を解決するために断行された20世紀のロシア革命の成果も、70年後にはソ連崩壊で消え去り、混乱期を経てアイデンティティ模索のなか、「ユーラシア主義」に大きく傾き、「疑似民主主義」による独裁制をもたらす結果となっている。 

つまり、アイデンティティの核がきわめてあいまいで、揺れ動いている。つかみどころがないだけでなく脆弱なのである。虚勢を張っているのは、劣等感の裏返しだといえなくもない。 

東西に広大な領土を有するロシアは、「一帯一路」を推進して東西を結ぶ大構想をぶちあげている中国と同様に、実質的に「モンゴル帝国再興」を目指していると著者はいう。大いに説得力のある議論だ。ロシアも中国も、モンゴル人抜きの「モンゴル帝国」である*。

*ただし、モンゴル人に対する扱いは中ロで大きく異なる。ソ連の衛星国されたがモンゴル人としての国家を維持できた北モンゴルに対し、中共支配下で母語のモンゴル語を奪う民族浄化が遂行されている南モンゴルの状況に現れている。この点にかんしては、『内モンゴル紛争』(ちくま新書、2021)など楊海英氏の著作群を参照。


モンゴル人が主導した「13世紀のモンゴル帝国」は、わずか1世紀で瓦解した。中ロという、「21世紀のモンゴル帝国」は、はたしていつまでもつのか? 答えはそう難しいものではなさそうだ。わたしにはそう思えてならない。 

「ユーラシアの動乱」がもたらす結果には、日本列島の住民も十分に心の準備をしておく必要がある。 


■「岡田史学」でユーラシアを考えることの重要性

本書は、著者の宮脇淳子氏と、その師匠であり配偶者でもあった岡田英弘氏による、実質的な二人三脚による著作といっていいだろう。 

岡田英弘氏は、「世界史は13世紀のモンゴル帝国から始まった」とする主張を前面に打ち出した、名著『世界史の誕生』(ちくま書房、1992年)で日本人の世界認識に大きなインパクトをあたえた歴史家だ。わたしもこの本の影響を大きく受けている。現在は文庫化されている。  

岡田氏亡きあとは、宮脇淳子氏は「岡田史学」を世に広めることを使命とされている。本書でも岡田氏のロシア認識をベースに、最新の研究動向を踏まえながら、著者自身のことばでロシアについて語っている。 

「岡田史学」のなんたるかについては、「第1章 巻頭特別講義 入門・岡田史学」にまとめられている。冒頭に置くのはどうかなという気もしないではないが、名著『世界史の誕生』(1992年)を読んでいない人は、あとまわしでもいいので読んでおくべきだろう。 

 モンゴル史についても、ロシア史についても詳しくない人は、本書を読んで認識をあらためてほしいものである。モンゴル史を踏まえたロシアの実像は、広く「常識」となってほしいものだ。 


 (画像をクリック!)


目 次
プロローグ いまなぜユーラシアから見た世界認識が必要なのか 
第1章 巻頭特別講義 入門・岡田史学 
第2章 ロシア史に隠された矛盾 ― ユーラシア史からロシアの深層を見る 
第3章 国境を越える相互作用 
第4章 中国がめざす「モンゴル帝国の再現」―「一帯一路」とは 
第5章 ロシア、中国はモンゴル帝国の呪縛から解放されるか? 
エピローグ
参考文献

著者プロフィール
宮脇淳子(みやわき・じゅんこ)
1952年和歌山県生まれ。京都大学文学部卒業、大阪大学大学院博士課程修了。博士(学術)。専攻は東洋史。大学院在学中から、東京外国語大学の岡田英弘教授からモンゴル語・満洲語・シナ史を、その後、東京大学の山口瑞鳳教授からチベット語・チベット史を学ぶ。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究員を経て、東京外国語大学、常磐大学、国士舘大学、東京大学などの非常勤講師を歴任。現在、公益財団法人東洋文庫研究員としても活躍。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>


・・ロシアを考えるには「勢力圏」(sphere of influence)という概念が有効




(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2023年10月5日木曜日

中学生時代の愛読書だった『人間の歴史 上下』(イリーン/セガール、袋一平訳、太田大八=絵、岩波書店、1971)は、プラトンよりも デモクリトスを重視する「唯物論」に貫かれたソ連時代に書かれた異色の「人類史」



「人類史」といえば、近年ではベストセラーになったイスラエルの歴史家で思想家のユヴァル・ハラリによる『サピエンス全史 上下 ー 文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社、2016)という本が想起されることだろう。

だが、自分の場合ば、なによりもまず中学生時代に愛読していた『人間の歴史 上下』(岩波書店、初版1971年)という本である。 

箱入りのハードカバーの単行本で2冊組。「愛蔵版」である。その後、岩波少年文庫にも収録されたようだが、そちらは見ていない。

著者は、ソ連の科学読み物の作家であるイリーンとセガール、ソ連で出版された子ども向けの「人類史」の本である。

岩波書店による書籍紹介には次のようにある。

人間の祖先は力弱い生きものであったが、手を働かせることを発見し、道具を使い、協力して働くことを覚えて以来、今日のような「巨人」にまで発展してきた。人間の歴史の一大ドラマを若い読者に語る。

もともとのタイトルは「人間はいかにして巨人になったか」。ロシア語の原題は、Как человек стал великаном, 1946 (совм. с Е. Сегал; история развития человечества со времен палеолита до Возрождения)。著者は作家のゴーリキーから激励されたという。

歴史家特有のバイアスがある表現だが、「先史時代」から始まって、さまざまな紆余曲折を経ながらも、人類は偉大な存在に進化したという内容だ。

ボリュームが増えすぎたためか、1600年のジョルダーノ・ブルーノの刑死で終わる。ドメニコ会修道士で、思想に殉じたルネサンス期のイタリア人哲学者である。この名前は、わたしのなかに深く刻み込まれた。

基本的に進化と進歩が基調にあり、しかも「唯物論」で貫かれた内容のユニークな本だ。現代から振り返れば、「異色の人類史」ということになるだろう。

ソ連時代の出版物で、子ども向けに書かれたロシア語による出版物なので、当然のことながらロシア史にかんする記述が多い。

私はこの本で、現在では比較的知られるようになった「タタールのくびき」や、日本の世界史の教科書にはでてこない「第三のローマ」や「モノマフの冠」といった、ロシア史特有の概念を知った。

いまでこそポピュラー・サイエンスものといえば英語圏の翻訳が中心になっているが、かつてはソ連の科学読み物も多く日本で紹介されていた。講談社ブルーバックスや現代教養文庫にも、ソ連の科学者や作家による物理や化学にかんする解説本が収録されていたはずだ。わたしもかなり読んでいる。

*****

さて、『人間の歴史』についてだが、手垢で真っ黒になるほど読み込んでいたのは「先史時代」を扱った「上巻」のほうだが、「下巻」も繰り返し読んでいるうちに、プラトンよりもデモクリトスのほうに親しみを感じるようになっていた。

プラトンにかんしては、もっぱらエジプトで発達した幾何学に影響されたことが述べられていたと記憶しているが、重点はデモクリトスの原子論に置かれているのである。つまり、観念論(=イデア論)ではなく唯物論。自然科学思考の強い理科少年には、唯物論はすんなりと納得するものがある。

大学時代になってから知ったが、デモクリトスはもともと哲学専攻であったマルクスが博士論文で取り上げたテーマでもある。いわゆる「初期マルクス」の思想である。

開架式の図書館に並べられていた『マルクス・エンゲルス全集』に『 デモクリトスの自然哲学とエピクロスの自然哲学との一般的な差異』というタイトルがあった。手に取って開いてみると、活字が二段組みでしかも分厚い本であり、さすがに読もうとは気は起きなかった。

デモクリトスは、唯物主義の世界観においては重要な存在なのである。

*****

著者のイリー
ン/セガールは夫婦。夫のイリーンはペンネーム。本名は、イリヤ・ヤコブレヴィチ・マルシャーク(1895~1953)である。

現在はウクライナのドネツク州バフムート生まれ。2022年に始まった「ウクライナ戦争」で、いまなお侵略者のロシア軍とウクライナ軍の攻防戦が行われている土地だ。最初はケミカル・エンジニアとしてキャリアを開始している。

(M. イリーン Wikipediaより)


『時計の歴史』や『書物の歴史』など、子ども向けの啓蒙書を多数執筆しており、日本語にも翻訳されたものもある。スターリン時代を生き抜いた人である。

共著者の妻はエレーナ・アレクサンドロヴナ・セガール(1905~1980)。セガールという名字でわかるようにユダヤ系。セガールは英語圏ではシーガル(Segal)として流通している。

サンクトペテルブルクで裕福な家庭に生まれたが、そのためにロシア革命後の内戦時代、両親は娘のエレーナを親戚に預けてラトビアのリガに避難した。だが、両親はその地でナチスによで死亡しているという。再婚相手のイリーンとはレニングラード(=サンクトペテルブルク)で出会ったようだ。

こういった事実は、『人間の歴史』の日本語版には書かれていない。インターネットの発達によって、はじめて知ることができた。


(エレーナ・セガール Wikipediaより)


夫のイリーンの兄は『森は生きている』で有名なマルシャークである。サムイル・ヤコブレヴィチ・マルシャーク。イリーンの本名もマルシャークであり、ユダヤ系である。

『サピエンス全史』のユヴァル・ハラリはユダヤ系のイスラエル人である。

「人類史」を書きたがるのは、ユダヤ人の特性なのだろうか? ただ単に知識階層だからという理由だけではないような気がする。





<ブログ内関連記事>

・・「人類史」を書きたがるユダヤ人。『人間の歴史』のイリーン/セガールもユダヤ系

書評 『1417年、その一冊がすべてを変えた』(スティーヴン・グリーンブラット、河野純治訳、柏書房、2012)-きわめて大きな変化は、きわめて小さな偶然の出来事が出発点にある
・・唯物論が「再発見」されたのは、埋もれていたルクレティウスの写本がルネサンス時代に見つかって以降のこと。19世紀以降に唱えられた原子論でデモクリトスも復活

映画「百合子、ダスヴィダーニヤ」(ユーロスペース)をみてきた-ロシア文学者・湯浅芳子という生き方
・・湯浅芳子によるマルシャークの『森は生きている』の日本語訳は、いまでも読み継がれている


・・ウクライナにはかって大規模なユダヤ人コミュニティが存在した


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2021年4月2日金曜日

「タタール」について知ることの重要性 ― 曲がりなりにもイスラム教徒との「共生」が実現しているロシアにもっと注目すべきであろう

 


既存の宗教が衰退し「世俗化」が進展している西欧諸国において、聖俗分離を認めないイスラム教は、特異な存在として嫌悪の対象となっている。いわゆる「イスラモフォビア」(=イスラム嫌い)である。

もちろん、だからといって西欧諸国からイスラム教徒がいなくなるわけではない。これからも「共生」への模索が続けられることになるわけだが、イスラム教とムスリム(=イスラム教徒)への反発は消えるどころか、ますます増大しつつあるのが現状だ。政治的理由から反イスラムを前面に出す政治家も後を絶つことはないであろう。

だが、イスラム教徒との「共生」の可能性について考える際、重要なピースが欠落しているのではないだろうか?

その重要なピースとはロシアだ。ソ連時代には唯物論で無神論を標榜していたが、ソ連崩壊後のロシアは革命以前に戻って、ロシア正教会のキリスト教徒が中心と思われがちだ。だが、その内部に大量のイスラム教徒を抱えていることは意外と知られていない。

ソ連崩壊後に激化した「チェチェン問題」が記憶に鮮明であるため、どうしてもロシアではイスラム教徒が徹底弾圧されているというイメージが消えないが、実態はかならずしもそうではないのである。

大国ロシアは、トルコやイランなどイスラーム圏と隣り合わせで、16世紀以降の東方進出の過程で、イスラム世界とムスリムを領土のなかに包含することになった。クリミア半島からボルガ川流域、そして中央アジアとカフカス(=コーカサス)である。
 
中央アジア諸国は、ソ連崩壊後に独立したのでロシアではないが、現在でもタタール人がロシアに生きている。

カフカースのチェチェンがロシアに併合されたのは19世紀とそれほど昔の話ではないのに対して、タタール人は16世紀以降にロシアに編入されて現在に至っている。タタール人は、ユーラシアの遊牧民テュルクの末裔である。トルコ人もまたテュルクである。

ロシア史には「タタールのくびき」というフレーズがある。

13世紀の「モンゴル西征」で支配されたロシアのステップ地帯は、約300年間にわたってモンゴル系のキプチャク・ハーン国の支配下にあった。これをさして「タタールのくびき」というのだが、「タタール」と「モンゴル」が混同されてしまった結果だ。言うまでもなく、スラブ人からみた表現である。

ちなみに、「タルタルソース」や「タルタルステーキ」の「タルタル」は「タタール」のことだ。このタタール人は、紆余曲折があったもののロシアという国家のなかでキリスト教徒のスラブ人と「共生」してきた歴史をもつ。


■タタール人は「共生」のモデル

曲がりなりにも「共生」が実現しているロシアにもっと注目すべきであろう。

現在のトルコやイランと地理的に近いタタールだが、ロシアの版図に入ったことで、イスラム圏から切り離されてしまった。このため、ロシア共和国のど真ん中にタタールスタン共和国とバシコルトスタン共和国というイスラム教徒が多数を占める地域が存在するのである。

ロシア帝国の統治下では、「同化政策」の一環としてイスラム教徒をキリスト教に「改宗」させる政策が強力に推進されたこともあり、キリスト教徒に改宗したタタール人もいる。タタール人貴族がキリスト教に改宗してロシア貴族になった例は多い。19世紀ロシア文学を代表する作家の1人であるツルゲーネフもタタール系らしい。

だが、大多数はイスラム教の信仰を捨てていない。「改宗」したように見せかけて、「隠れムスリム」として何世代も生き抜いた人たちもいたようだ。いったんイスラム教徒になったら改宗が許されないとはよく言われることだが、たしかにイスラム教徒を改宗させることは難しいことが、タタール人のケースからもわかる。

現代ロシアを代表する歌手の1人がアルスーだが、彼女もタタール人だ。本名は、アルスー・ラリーフ・クズ・アブラモヴァ。ボルガ系のタタール人で、宗教はイスラム教であるが、そのことに言及されることはほとんどない。

(ロシアで発行されたアルスーの楽譜集 マイコレクションより)


■16世紀ロシアと16世紀スペインの違いに注目

16世紀ロシアと16世紀スペインの違いにも注目したいものだ。

カトリックのスペインは、イスラーム教徒もユダヤ教徒もその領土から排除したが、東方正教会のロシアは逆に占領地としてあらたにその領土のなかに取り込んだ。おなじくキリスト教という一神教であり、しかもおなじ16世紀であるが、対応が異なるのである。

ロシアも「同化政策」の観点から、改宗を迫ったが成功したとは言い難い。しかも、「無神論」を標榜するソビエト体制のもとでは、キリスト教徒もイスラム教徒も仏教徒も不自由を強いられたことを忘れるべきではない。

とはいえ、この紆余曲折に満ちた400年の歴史を振り返る意味は大きい。曲がりなりにも「共生」が実現しているケースとしてロシアについて考える必要があるのだ。


<参考書>

・・ロシア革命前のロシア帝国時代の状況について。啓蒙専制君主であったエカチェリーナ2世の時代に自由化が進んだことがわかる。

・・「タタールよいとこ一度はおいで」という内容のガイドブック。ロシアを代表するタタール人歌手アルスーについても言及されている

・・タタール人を含めたテュルク全般について扱っている。トルコ人もウイグル人もまた、広い意味のテュルクである

上記の3冊で、現在の状況とそこにいたる前史を知ることができる。


(チェリヤビンスク出身の在日ロシア人「あしや」による YouTube動画。本人もじつはタタール人とのこと。見た目は白人のロシア人だが、じつはタタール人というケースは多々ある)

(2022年5月2日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

・・第2章までにロシアにおけるタタール人の歴史が、ロシア革命の前史として書かれている

・・タタール系ロシア人のアルスーが、2000年代のロシアで愛国軍歌を歌う意味について考えてみるといいだろう

・・タタール系に近いバシコルトスタン共和国に本拠地を置いていたバシネフチ事件の顛末

タイのあれこれ (18) バンコクのムスリム
・・タイもまた、ロシアとおなじくムスリムがマイノリティである社会

書評 『日本のムスリム社会』(桜井啓子、ちくま新書、2003)
・・日本もまた、言うまでなくムスリムがマイノリティである社会

(2021年4月12日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end