「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 左翼 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 左翼 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年2月28日日曜日

書評『パステルナーク事件と戦後日本 ―「ドクトル・ジバゴ」の苦難と栄光』(陶山幾朗、恵雅堂出版、2019)― 1958年の日本の知識階層の精神風景を丹念に跡づけた好著

 

 先日のことだが、『パステルナーク事件と戦後日本-「ドクトル・ジバゴ」の苦難と栄光』(陶山幾朗、恵雅堂出版、2019)という本を読んで、たいへん充実した読後感を抱いた。  1958年の「パステルナーク事件」という知られざる事件にまつわる日本の知識階層の精神風景を描いたものだ。 

パステルナークはソ連時代に生きたロシアの詩人。ロシア革命とその後に続いた内戦を舞台にしたヒューマン・ドラマの映画『ドクトル・ジバゴ』(1965年)の原作者である(*現在に至るまで原作を読む機会がないのが残念だ。映画のほうはなんども繰り返し見ているのだが・・)
 



そのパステルナークが心血を注いで完成させたものの、当時のソ連では出版できなかった大河小説『ドクトルジバゴ』が、1957年にイタリアで出版されたことに始まるのが「パステルナーク事件」(1958年)だ。 当時すでに「ハンガリー動乱(あるいは革命)」(1956年)によって、ソ連と共産主義への支持に陰りが見え始めていた時期である。 

1958年度のノーベル文学賞が、パステルナークに授与されることが発表され詩人が受諾したにもかかわらず、わずか1週間で辞退するに至った。ソ連の体制側からの激しい誹謗中傷と圧力がかかったからである。ロシアにとどまりたかった詩人は、受賞を断念することを余儀なくされた。本書の記述を読めば、それはもう、すさまじいの一言に尽きる。これが第3章までの内容だ。 

このうような「パステルナーク事件」について、世界中の文学者たちから「表現の自由」を守れとして大きな非難が起こったのだが、日本のペンクラブではかならずしもそうではなかった。 

日本国内と日本以外では、温度差の違いと要約できるもの以上のものがあったこと、「1958年の日本の知識階層の精神風景」を綿密に描き出したのがこの著作である。 

戦前の挫折した社会主義運動という屈折した前史をもつ、この特殊ともいえる「1958年の日本の知識階層の精神風景」をあぶり出すことになったのが、日本ペンクラブの外国人会員であった米国人の日本文学研究者で『源氏物語』の英訳者である)エドワード・サイデンステッカーによる異議申し立てであり、ちょうどその頃に来日した著作家のアーサー・ケストラーであった。 

1958年は、「反米ナショナリズム」が燃えさかった「60年安保」の前夜であり、当時の日本ではアメリカの大衆文化が圧倒的な影響力をもちながらも、同時に反米意識がかなり強く存在した時代だ。そんな時代に、米国人からの異議申し立てに対して左翼的傾向の強い文学者たちが、どのような反応を示したかというと、現在では想像するのも難しい。 

さらにいえば、もともと熱心な共産党員であったが、その後共産党と縁を切った経験をもつケストラーにとって、日本の文学者たちの姿勢は当然容認できるようなものではなかったのである。ケストラーの『真昼の暗黒』(1940年)は、そんなソ連の体制を徹底批判して世界的ベストセラーになっている。 

冷戦時代のソ連、そして日本。獲得形質は遺伝するとしてソ連で公認されていたルイセンコ学説をめぐる興亡。せっかく著作家ケストラーとルイセンコ学説の双方を別個に取り上げながら、ケストラーの『サンバガエルの謎』(1971年)に触れなかったのは、画竜点睛を欠くというか、ちょっと残念だったような気もする。だが、こんな内容を400ページのボリュームでまとめたこの著作は、じつに充実した内容で読みごたえがあった。 


驚いたことに、著者の陶山幾朗氏は、なんと『パステルナーク事件と戦後日本-「ドクトル・ジバゴ」の苦難と栄光』の出版直前に78歳で急逝されていたらしい。「刊行への経緯」に記されている。だから。この本が文字通りの遺作となったことになる。 

それにしても、素晴らしい内容の著作を残していただいたものである。万人向けの本でないが、このテーマに関心のある人は、読んでけっして損のない本であると言っておきたい。 


(画像をクリック!)


目 次
序章 発端-1958年10月23日
第1章 祝福から迫害へ-1958年10月23日~11月6日
第2章 「事件」前史-1956~58年
第3章 日本語版『ドクトル・ジバゴ』狂騒曲
第4章 糾弾者エドワード・サイデンステッカー
第5章 「文士」と政治-高見順(1)
第6章 「怖れ」と「美化」と-高見順(2)
第7章 「モスクワ芸術座」という事件
第8章 《害虫》のポリティクス
第9章  “ワルプルギスの夜” の闇
第10章 『真昼の暗黒』の来日-アーサー・ケストラー(1)
第11章 「目に見えぬ文字」への道程-アーサー・ケストラー(2)
第12章 “勝利” の儀式?-第3回ソビエト作家大会(1)
第13章 クレムリン宮殿の中野重治-第3回ソビエト作家大会(2)
第14章 「事件」の終わり-かくて人びとは去り…
補遺
わが国メディアに現れた「パステルナーク事件」関連論評(1958~1967)
「パステルナーク事件」関連年表
跋 天上のことばを、地上にあって 工藤正廣
あとがき
刊行までの経緯


著者プロフィール
陶山幾朗(すやま・いくろう)
1940年生まれ。1965年早稲田大学第一文学部卒。著書に『シベリアの思想家ー内村剛介とソルジェニーツィン』(風琳堂)、『内村剛介ロングインタビュー』(恵雅堂出版)、『現代思潮社という閃光』(現代思潮社)、編集『内村剛介著作集』全七巻(恵雅堂出版)。 雑誌『VAV』同人。 2018年11月2日 急逝(78歳)。



(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2015年2月20日金曜日

『単一民族神話の起源 ―「日本人」の自画像の系譜』(小熊英二、新曜社、1995)は、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ



『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、すでに出版されて20年になるが、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ。

これからの日本は、移民受け入れも含めて「人口減少問題」に対処していかねばならないのだが、ヘイトスピーチに代表されるような、「単一民族神話」にもとづいた「偏狭なナショナリズム」がその動きを阻害しかねないことを、わたしはつよく懸念している。

わたしはこの本を東京駅前の八重洲ブックセンターの店頭でみかけて、高くて分厚いハードカバーだが買い求めてすぐに読んだ。1997年のことだ。その時点ですでに第5刷となっている。

小熊英二氏は、どちらかといえばリベラル派ということにカテゴライズされるのではないかと思うが、そういう分類じたいきわめて恣意的なものであることが、この本を読むとわかるようになるはずだ。

「革新」といえば、「戦後」は「革新政党」というフレーズにみられるように左翼だが、戦前は「革新官僚」や「革新将校」などのフレーズにみられるように、右翼こそ革新だったことが本書を読むとよくわかる。

「戦前」は「外向きに開いていったナショナリズム」の時代、「戦後」は「内向きの閉じたナショナリズム」の時代。植民地を抱えていた大日本「帝国」としての「戦前」は多民族国家が常識であったのに対し、植民地を失って縮小した「島国」としての「戦後」は単一民族国家が常識となったのである。

だから、「戦後」になってから日本共産党は民族独立を主張(!)したわけだし、その延長線上にあって、現在の喫緊(きっきん)の問題である尖閣諸島については、奇妙なことに自民党と同じスタンスに立っている。

敗戦によって日本は植民地をすべて失い縮小し、左右が反転したのであった。敗戦前の日本は「日本国」ではなく「大日本帝国」だったのである。植民地を保有する「帝国」だったのだ。だから、多民族によって構成される「帝国」は当時の常識だったわけだ。

「戦後」の状況だけをみて決めつけ的なレッテル張りをすることが、いかにナンセンスなことか。

「戦前」の保守政治家たちは、価値観多様化という現実を認めたがらない「偏狭な復古主義者」たちとは違うのである。現代の日本人の多くが思っている「戦前」と、実際の「戦前」はイコールではないのである。

そんな感想を抱いたのがこの大著である。本書の内容は、一言でいえば「脱神話化」がテーマである。「日本人は単一民族」という「戦後」の言説が、いかに「神話」に過ぎないかを実証したものだ。

そのための方法は歴史学と社会学のアプローチの融合であり、とにかく膨大な量の資料を収集し、予断を排して資料そのものに即して語らせるという手法をとっている。事実関係の分析と整理にかんしては圧倒されるの一言だ。

まさに「へえ!」の連続が、その時代の知識人たちの引用発言によってくつがえされるのだから、ある意味では反論のしようがない。「事実をもって事実を語らしめよ」というオーソドックスな歴史学の手法を思想史にもちこんだといえよう。

だからこそ、400ページを越える著書だが、できれば最初から最後まで読みとおすことによって、自分なりの感想をもつことが重要だろう。読み進めることが、さまざまな「発見」につながり、自分の「常識」が裏切られていくという得難い感覚を著者と共有することができるだろう。


 
(画像をクリック!)

目 次

序章
 問いの設定
 「単一民族神話」の定義
 社会学と歴史学
第一部 「開国」の思想 
 第1章 日本民族論の発生-モース・シーボルト・小野梓ほか
 第2章 内地雑居論争-田口卯吉・井上哲次郎
 第3章 国体論とキリスト教-穂積八束・加藤弘之・内村鑑三・高山樗牛ほか
 第4章 人類学者たち-坪井正五郎ほか
 第5章 日鮮同祖論-久米邦武・竹越与三郎・山路愛山・徳富蘇峰・大隈重信ほか
 第6章 日韓併合
第二部 「帝国」の思想 
 第7章 「差別解消」の歴史学-喜田貞吉
 第8章 国体論への再編成-国体論者の民族論
 第9章 民族自決と境界-鳥居龍三・北一輝・国定教科書ほか
 第10章 日本民族白人説-ギリシア起源説・ユダヤ起源説ほか
 第11章 「血の帰一」-高群逸枝
第三部 「島国」の思想 
 第12章 島国民俗学の誕生-柳田国男
 第13章 皇民化対優生学-朝鮮総督府・日本民族衛生協会・厚生研究所ほか
 第14章 記紀神話の蘇生-白鳥庫吉・津田左右吉
 第15章 「血」から「風土」へ-和辻哲郎
 第16章 帝国の崩壊-大川周明・津田裁判ほか
 第17章 神話の定着-象徴天皇制論・明石原人説ほか
結論
 社会学における同化主義と人種主義
 「日本人」概念について
 近接地域・同人種内の接触
 家族制度の反映
 保守系論者の単一民族論批判
 神話からの脱却
注
あとがき
索引


著者プロフィール

小熊英二(おぐま・えいじ)
1962年、東京生まれ。1987年、東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、1998年、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。著書は、『単一民族神話の起源』や『“日本人”の境界』『<民主>と<愛国>』など多数。



PS ヘビー級の重厚な著書をつぎつぎに出版する著者

修士論文が単行本化されるというのも珍しいが、この本の後に出た本もいずれも重量級(・・神の本としては文字通り重い!)のものばかり。書くほうもすごいが。読むヒトもすごいといえばすごい。

『「日本人」の境界-沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで-』(新曜社、1998)、『<民主>と<愛国>-戦後日本のナショナリズムと公共性-』(新曜社、2002)は、いまだに読んでいない。『1968 <上> 若者たちの叛乱とその背景』(新曜社、2009)と『1968<下>叛乱の終焉とその遺産』(新曜社、2009)となると、もはやとどまることのない。よく出版社も出版を決意したものだとすら思う。

『"癒し"のナショナリズム-草の根保守運動の実証研究-』(小熊英二・上野陽子、慶應義塾大学出版会、2003)は、まさに「つくる会」が話題であったときに読んだが、これもすぐれた研究。

『対話の回路-小熊英二対談集-』(小熊英二、新曜社、2005)が、『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』にはじまる三部作(・・いずれもすごいボリュームだ)にまつわる話題で「対話」を行っている。読みでのある、中身の濃い対話集である。こんも対話集を読むと、方法論がよlく理解できる。

 『インド日記-牛とコンピュータの国から-』(小熊英二、新曜社、2000)については、このブログに書評を書いているのでご参照いただきたい。



<ブログ内関連記事>

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する


■近代とナショナリズム

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門
・・「第6章 民族独立行動隊、前へ!-革命のナショナリズム 小熊英二『<民主>と<愛国>』で取り上げられている


■戦前の革新であった右派と戦後の革新であった左派、そしてその後

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ


■大日本帝国の範囲

書評 『民俗学・台湾・国際連盟-柳田國男と新渡戸稲造-』(佐谷眞木人、講談社選書メチエ、2015)-「民俗学」誕生の背景にあった柳田國男における新渡戸稲造の思想への共鳴と継承、そして発展的解消


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2014年3月20日木曜日

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む



『テロルの決算』と『危機の宰相』は、「戦後」の転換点となった1960年(昭和35年)を沢木耕太郎の傑作ノンフィクションである。

1960年とは「安保反対」が国民的な運動になった年であり、そしてその挫折後に「高度成長」が「所得倍増」というスローガンのもとに開始された年でもある。

2014年という現在から振り返れば、1868年の明治維新以来の課題であった日本の「近代化」を完成させるステッピングボードになった年だといえるだろう。

『テロルの決算』と『危機の宰相』は、文春文庫からそれぞれ新装版と新刊として2008年に出版されたが、この二冊はあわせて読むべきだ。もしまだ読んだことがなければ、まずは『テロルの決算』を読み、そのうえで『危機の宰相』を読むべきだろう。

『テロルの決算』(文春文庫、2008、1982 単行本初版 1978)
『危機の宰相』(文春文庫、2008 単行本初版 2006、2004 雑誌発表 1977)
『未完の六月』(ついに「未完」に終わった)

この二冊はもともと三部作として構想されていたものが二部作で終わってしまったものなのだという。『危機の宰相』の「あとがき」で著者自身が語っているが、『テロルの決算』『危機の宰相』『未完の六月』が書かれる予定だったらしい。「安保闘争」そのものを描くはずだった『未完の六月』はついに「未完」に終わってしまった。



■『テロルの決算』-「苦悩と信念」

『テロルの決算』は、1960年の浅沼稲次郎(社会党委員長)暗殺事件をテーマにした超有名な傑作ノンフィクションだ。暗殺の決定的瞬間を撮影した写真はあまりにも有名だが、じつはいまのいままで読んだことがなかったのだ。

(画像をクリック!)


主人公のテロリスト・山口二矢(やまぐち・おとや)は17歳の憂国の右翼少年であった。多くの読者は『テロルの決算』の、とくに17歳の山口二矢に感情移入に近いものを感じるだろうなと、読みながら思った。

単行本として出版されたのが1978年、そのときわたしは16歳から17歳にかけての年であったのだが、本の存在すら知らなかったのは幸いだったのか、それとも不幸だったか。おなじく反共で右翼的傾向をもっていた1978年当時の自分が読んでいたら、いったいどんな感想をもったことだろうか。

17歳のとき読まなくてよかったかもしれない、そう思うのは正直なところだ。

17歳男子というのは観念論に傾きがちな年頃である。高校を卒業すると踏み入れることになる「大人の世界」という清濁あわせた現実をよく知らないため、どうしても観念論が肥大化しがちであり、肥大化したな観念論はも過激な行動に結びつかないとも限らない。ピュアといえばそのとおりなのだが、イノセントというのは無知と同義語でもある。

三〇 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。此の仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。

近代日本の「行動主義」の源流にそびえ立つ「革命家」西郷郷隆盛が『西郷南洲遺訓』でそう語っているとおりである。そうでないと突破力は生まれない。

1960年当時17歳(セブンティーン)であった「憂国」の右翼少年は、よくよく考えてみれば1943年(昭和18年)生まれであり、団塊世代より前の世代である。

「自分のアタマで考え、自分で実行した」この少年は、自らの命もまた自分で決めて始末(=自決)したので、「永遠の17歳」として結晶化されてしまったのだが、もし現在まで生きていたとしたら71歳(=セブンティーワン)である。セブンティーンとセブンティーワン。ふとそんなことに気がついた。

もう一人の主人公、暗殺された側の浅沼稲次郎も、暗殺されなかったらおそらく歴史に名を残すことはなかっただろう。

わたしもこの名前は暗殺された人としてのみ記憶していたが、『テロルの決算』を読みながら思ったのは、年齢の問題よりも、厳しい時代に社会主義者として彼が生きてきた人生の軌跡がじつによく描かれているからだ。

本来ならまったくなんの関係もなかった17歳の憂国少年と61歳の庶民派の老政治家。この二人の人生を交錯させながら描いた『テロルの決算』は、傑作としか言いようがない。文体もまた完全に三人称を貫いていながら主人公の二人に寄り添ったものであり、安易な感情移入を排していながら根底には熱い思いがあることを感じさせるからだ。

だが、『テロルの決算』についてのみ感想を記すのはすごくむずかしい。主人公の少年が暗殺者でありテロリストであるからだ。

『テロルの決算』には、「事件後」のてんまつとして、つぎのような記述がある。

玉川学園は二矢(おとや)がかつて在籍したことを隠したり恥じたりするようなことはしなかった。小原国芳(おばら・くによし)は事件後も二矢を自分の大切な生徒とみなし、山口夫妻をその両親として以前と少しも変わらぬ暖かい遇し方をした。(P.302)

高校を中退して「縁」が切れていたはずの少年を、「事件後」も自分の生徒として受け止めた教育者の大きな「愛」に深い感銘を受けたと書いておきたい。



■『危機の宰相』-「夢と志」

『危機の宰相』の主人公は、「所得倍増」というスローガンで「高度成長」を実現した自民党の池田勇人首相を中心とした三人の明治生まれの元大蔵官僚たちである。


(画像をクリック!)


池田勇人を支えた二人とは、「高度成長」のイデオローグとなった官庁エコノミストの下村治、池田勇人と下村治をつなぐ役割を果たした自民党の宏池会事務局長であった田村敏男。

『危機の宰相』の主人公は、みな大蔵官僚出身で旧制高校と東京帝大の出身者という絵に描いたようなエリートである。だが共通するのはそれだけではない。みな病気やその他の理由で、キャリアと人生において大きな挫折を経験した「敗者」(=ルーザー)であったという点だ。

日本じたいが「敗戦」によって大きな挫折を経験したのである。広い意味でいえば大東亜戦争の敗戦によって、日本人すべてが「敗者」となったわけである。

だが、大きな挫折を経験し、敗者として傍流に追いやられた人たちだからこそ、民族のエネルギー解き放ち、日本の復興と発展を実現するプロモーターになったという逆説。これが『危機の宰相』に一貫して流れるテーマである。

『危機の宰相』は、「ジャパン・ミラクル」誕生の物語でもある。ハーバード・ビジネススクールのヴィートー教授は、日本の「高度成長」を空前絶後の「ジャパンミラクル」と呼んでいる。

西欧先進国にキャッチアップするという明治維新以来の夢は、東京オリンピック(1964年)と大阪万博(1970年)というセットによって実現し、大東亜戦争の敗戦でいったん大きく「挫折」した日本にとっての「近代」という見果てぬ夢は、1970年前後にはほぼ完成することになる。まさにこの「軌跡」は「奇跡」(ミラクル)であったのだ。

『危機の宰相』という本は、借り物ではなく独自の理論を生み出したにかかわらず、世に知られることがなかった経済学者・下村治を正当に評価したいという「義侠心」が出発点にあると著者自身が語っている。 『テロルの決算』の主人公・山口二矢を書いたのとおなじ「義侠心」である。

『危機の宰相』 のもう一つのテーマは、満洲国の存在と戦後日本におけるその意味である。

満洲国建設に人生を賭けた官僚・田村敏男は、日本の敗戦による満洲国解体後にはシベリア抑留も体験しているが、人生の意味を喪失して虚脱状態となっていた。戦後の黒子としての縁の下の活躍は、戦後日本復興と高度成長を、挫折に終わった満洲国建設の再現と考えていたのではないかと思わせるものがある。

「敗者」となっても、それを精神的なバネとして再起を図ること。その意味を読む人につよく感じさせるノンフィクションなのでもある。

『危機の宰相』は人物ノンフィクションでありながら、すぐれた文章による経済ノンフィクションでもある。著者が経済学部出身であるだけでなく、じつに綿密に取材を行い、経済文献も読みこんでいるからだ。



■『テロルの決算』と『危機の宰相』はあわせて読むべき

「1960年」という戦後の転換点になった年を人物に即して描いた二部作。この二冊はあわせて読むべきだ。もしまだ読んだことがなければ、まずは『テロルの決算』を読み、そのうえで『危機の宰相』を読むべきだろう。

「反米」意識をつよくもっていた左翼、「反共」の立場でつよい危機感を感じていた右翼、ともにナショナリストの心情から発した「アンチ」という性格を根底にもった政治姿勢であったことは共通している。

その左右両翼の政治的ナショナリズムを最終的に無力化したのが、自己肯定感に満ちた「経済ナショナリズム」であった。「アンチ」というネガティブな感情ではなく、経済成長というポジティブな意識。

左翼でも右翼でもない中道保守路線への鮮やかな転換。「所得倍増」というスローガンに率いられた「高度成長」の物語。「所得倍増」という卓抜なスローガンを国民の多くが支持したからこそ、日本の復興は実現したのである。

『テロルの決算』につづけて『危機の宰相』を読むことで、「政治の季節」にとどめ刺したのが一本の短刀であったことを立体的に理解できる。どちらか一方だけでは足りないのである。その意味では、『テロルの決算』と『危機の宰相』はセットなのである。

ほんとうは安保闘争そのもの描くはずだった『未完の六月』があったらよかったのだろうが、安保闘争についてはあまりにも多くのことが語られてきたので、それはそれでいいだろう。別に読むべき本はたくさんある。

『テロルの決算』には、17歳の少年と61歳の老政治家という二人の人生の一瞬の交錯に「生から死への跳躍」がある。『危機の宰相』には、「所得倍増」にかけた三人の「敗者」(=ルーザー)に、死から生への道をつけた情熱がある。そして共通するのは、いずれも信念と志をもった人たちであったということだ。

1960年前後を描いたこの二冊は、「1960年」という年が「戦前」と「戦後」をつなぐ年であっただけでなく、1868年の明治維新以後の日本近代史を一貫して流れるテーマが凝縮した年であったといえるかもしれない。

そう思うのは、この二冊の主人公の五人が、いずれも「戦前」の生まれであったことだ。「戦前」と「戦後」は当然のことながら断絶しているわけではない。若い順に並べてみよう。

山口二矢(やまぐち・おとや 1943~1960) 右翼少年
下村治(しもむら・おさむ 1910~1989) エコノミスト(経済学博士)
池田勇人(いけだ・はやと 1899~1965) 自民党総裁
浅沼稲次郎(あさぬま・いなじろう 1898~1960) 社会党書記長
田村敏男(たむら・としお 1896~1963) 宏池会事務局長


『危機の宰相』では1960年までの国家官僚は「国士」としての意識を濃厚にもっていたことが語られている。国のために尽くす、国と国民のために貢献したいというつよい思い。

右翼少年の山口二矢は当然のことながら、浅沼稲次郎もまた国家社会主義として出発した人であり、国士的なものをもっていた。

そう、みな「国士」だったのだ。ナショナリズトだったのだ。しかも、みな「敗者」であり「傍流」であり「時代への違和感」をつよく感じていた人たちであった。だからこそ、「自分のアタマで考え、自分で実行した」人たちとなったのかもしれない。とかく少数派はものを考えざるをえない。

忘れてはならないのは、生き残った「敗者」たちの背後にある大きな犠牲についてだ。日本近代史は、きわめて大きな犠牲のうえに成り立っているということ。高度成長もまた同じだ。

いまさら「1960年」なんてむかしのことを考えてどうするのだという疑問もあるだろう。だが、日本と日本人が「世界の静かな中心」として生き続けていく限り、民族の底力がどこにあるかを感じとるためにも、沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 は読む必要があるのだとつよく思うのである。

「世界の静かな中心」というフレーズは、 『危機の宰相』で沢木耕太郎が引用している三島由紀夫のコトバである。




『テロルの決算』

目 次
序章 伝説
第1章 十月の朝
第2章 天子、剣をとる
第3章 巡礼の果て
第4章 死の影
第5章 彼らが見たもの
第6章 残された者たち
第7章 最後の晩餐
終章 伝説、再び
あとがきⅠ
あとがきⅡ
あとがきⅢ
主要参考文献


『危機の宰相』

目 次
序章 ささやかな発端
第1章 黄金時代
第2章 戦後最大のコピー
第3章 第三のブレーン
第4章 敗者としての池田勇人
第5章 敗者としての田村敏雄
第6章 敗者としての下村治
第7章 木曜会
第8章 総理への道
第9章 田文と呉起
第10章 邪教から国教へ
第11章 勝者たち
第12章 やがて幕が下り
終章 世界の静かな中心
あとがきⅠ
あとがきⅡ
主要参考文献
解説 父が見た「危機の宰相」(下村恭民)

著者プロフィール

沢木耕太郎(さわき・こうたろう)1947年東京生まれ。1970年に横浜国立大学経済学部卒業。若きテロリストと老政治家のその一瞬までのシーンを積み重ねることで、浅沼稲次郎刺殺事件を描ききった『テロルの決算』で79年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『一瞬の夏』(1981年 新田次郎文学賞)、『凍』(2005年 講談社ノンフィクション賞)など常に方法論を模索しつつノンフィクションに新しい地平を開いてきた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

マンガ 『テロルの系譜-日本暗殺史-』(かわぐち かいじ、青弓社、1992)-日本近現代史をテロルという一点に絞って描き切った1970年台前半の傑作劇画

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲)

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)

「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

書評 『「鉄学」概論-車窓から眺める日本近現代史-』(原 武史、新潮文庫、2011)-「高度成長期」の 1960年代前後に大きな断絶が生じた

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)
・・「ジャパン・ミラクル」(=日本の奇跡)というケーススタディから本書が始まるのは、現在に生きる日本人ビジネスパーソンにとっては実に新鮮に写る。 なぜかというと、「ジャパン・ミラクル」とは、1954から1971年までの17年間も続いた、年率10%以上の高度成長期のことだが、これをただ単に手垢のついた表現である「高度成長」と表現してしまったのでは、ああその話ですかと黙殺してしまう可能性が高い。 しかし、これがヴィートー教授の手にかかると、現在の国際ビジネスを取り巻く環境を理解するための出発点になる。  なぜなら、これだけの長きにわたる高度成長は空前絶後であり、これほど国情と国家戦略がフィットして機能した例は他にないからだ。  この「日本モデル」とその応用発展系である「シンガポール・モデル」を押さえて進める議論は、すんなりとアタマに入りやすい。 いまやシンガポールの一人あたりGDPは日本を越えている」

書評 『「ビジネス書と日本人』(川上恒雄、PHP研究所、2012)-高度成長期の日本で一大ジャンルに成長した「ビジネス書」とは何か?

「いまこそ高橋亀吉の実践経済学」(東洋経済新報社創立115周年記念シンポジウム第二弾) に参加してきた-「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

Be a Good Loser !
・・2009年8月の総選挙で敗れ政権交代の道を開いた自民党に向けたメッセージ

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2014年3月16日日曜日

書評『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)―「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー



『近代日本の右翼思想』というタイトル。このシンプルだが重いタイトルは、それを見た人を驚かし、あるいはひるませるものがあるのではなかろうか? いや忌避感を呼び覚ますというべきかもしれない。

そもそも「右翼」に思想などあるのか? 「思想」に値するような思想が右翼にあったのか? 戦後の「右翼」には「知的」という連想がまったくむすびつかないではないか?

「知性」よりも「行動」、「知性」よりも「心情」。そしてその心情は「近代」というよりも「前近代」的ではないかという理解。これが、たとえ好意的であったとしても一般的な理解ではないだろうか。

「革命」、「教養主義」、「時間」、「身体」、「超-国家主義」と「超国家-主義」、万世一系と「永遠の今」、「玉」・「恋闕」(れんけつ)・「崇拝」、「動と静の逆ユートピア」、「大正教養主義」、「錦旗革命論」、「中今」(なかいま)、「俗流西田主義」、「現人神」(あらひとがみ)・・・。

本書にでてくるキーワードをピックアップしてみた。はたしてこれらのキーワードでどのように「思想」が語られるのだろうか?



■そもそも「右翼」に思想などあるのか?

「左翼」全盛時代の「戦後日本」においては、「右翼」は「反動」と同一視されてきた。こういった事情が、「右翼」には思想がないという評価の一因になっていることもあろう。

「右翼」を「反動」とみなす考えは現在でも払拭されているとは言い難い。これは「左翼」の側からみた「右翼」の蔑視と断罪であり、「上から目線」による批判のための批判でもある。

だが、「保守」と「右翼」は、じつはまったくの別物だ。「保守」と「反動」もまた別物だ。さらにいえば「右翼」と「ファシズム」も別物だ。

「右翼」は「左翼」と対(つい)になる政治的概念である。右翼は変革思想である点において左翼と共通しているのである。

違いはどこに軸を置くかにある。「戦前」に主流であったの右翼思想においては、「理想」をすでに消え去った「過去」を美化することに求めるものであった。「戦後」に主流であった左翼思想においては、「理想」をまだ見ぬ「未来」を美化することに求めるものであった。

「革新」といえば「左翼」を意味したのは「戦後」の話であって、「戦前」においては「革新」は「右翼」を意味した。日本近現代史に精通している人にとっては常識だろうが、「革新官僚」や「革新将校」といった存在が幅を利かせたのが1930年代の日本であったのだ。

戦前の右翼の「国家改造」とは「変革思想」そのものである。だが、「変革思想」だけが「右翼思想」なのではない。



■「右翼思想」を「内在的右翼批判者」の立場で考える

著者は、「内在的右翼批判者」という表現で、先行世代を2つに分類している(P.72)。

「内在的右翼批判者」とは、超越的な「上から目線」からする批判のための批判ではなく、思想家によりそいながら思想の内側から内在的に理解したうえで批判すべきものは批判するという、健全な姿勢をもった思想研究者のことである。

「戦後」に素直になじめなかったのが「はぐれ者第一世代」。この世代の代表は戦中派の政治学者・橋川文三(1922~1983)である。日本浪漫派の研究でよく知られている。都知事を辞職したジャーナリストの猪瀬直樹氏は法政大学の大学院で橋川氏のもとで勉強していた。

戦前の超国家主義運動の思想と行軌の中に、問題解決の一つの方向を模索した「はぐれ者第二世代」。この代表は1946年生まれの団塊世代の松本健一氏である。松本氏は、仙谷由人元内閣官房長官の大学時代の友人であり、民主党政権において内閣官房参与(東アジア問題担当、2010年10月から1年間)を歴任している。

このほか、竹内好や渡辺京二もまた、著者によって「内在的右翼批判者」として位置づけられている。左翼でも右翼でもなく、近代とナショナリズムという思想に真正面から取り組んできた思想研究者であり思想家である。

わたしとまったく同じ世代で1963年生まれの著者は、「はぐれ者第三世代」(?)となるのだろうか。同じような関心でものを見ている人が同世代にいると知るのは、じつによろこばしい。「右翼」についても、批判のための批判ではない、内在的で知的なアプローチが必要だからだ。

こんなことを思って本書を購入してからすでに7年、このたびようやく読んでみることにしたのは、著者による 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(新潮選書、2012) と  『国の死に方』(片山杜秀、新潮新書、2012) があまりにも面白かったからだ。まずは原点となる本書をよまずに、著者の思想を知ることはできないと思ったからでもある。

最初はとっつきにくいかなと思ったが、読みだすとこれがまたじつに面白い。

古いものでは1985年(・・いまだソ連が崩壊していなかった時代だ!)に執筆された論文も含まれているが、一冊の本としてよく構成され、ストーリー展開に淀みがないのはじつに見事であるとしかいいようがない。

「近代の右翼思想」というタイトルは、あくまでも「歴史事象」を指しているのであり、現代という時代を解剖するものではない。また、右翼思想の復権という意味でもない。「内在的右翼批判者」の立場で分析した「右翼思想」である。



■日露戦争後の「喪失感」が右翼思想を「病的」にした

本書が扱っている「近代日本」は、日露戦争後から敗戦までに限定されている。

したがって、戦後日本の「右翼」から連想される靖國神社や三島由紀夫、日露戦争以前の西郷隆盛や頭山満、内田良平などの「伝統右翼」はいっさい論じられない。その意味では、『近代日本の右翼思想』というタイトルだが教科書的な記述ではないので、あらかじめ注意しておく必要がある。

日露戦争後の時代を、著者は以下のように説明している。


精神的な根無し草となった近代人らしい近代人が大挙して生まれ、日本の近代は精神史的に本当に近代らしくなってくる。・・(中略)・・ 日露戦争という大きな切れ目のあとにこそ、失われた過去も強く意識されるようになる。それまでの明治の右翼は、頭山満や内田良平のように、前近代の伝統とのつながりを自明とする、自信たっぷりな、大人風の右翼だった。それが日露戦争後には、何だかはっきりとは分からないけれども、とにかく頼れる過去が自分から消えてしまったという喪失感に苛(さいな)まれ、何をなくしたのかじつはよく認識できないのだが、それでも取り戻してみたい何かがあると叫びたくなる、言わば近代的で、橋川文三好みの表現を使えば、どこか「病的」なところのある右翼に入れ替わっていった。(P.14)(*太字ゴチックは引用者=さとう)


「精神的な根無し草となった近代人らしい近代人が大挙して生まれ」たことによって、「日本の伝統というものが、倫理道徳から細かな生活習慣にいたるまで急速に蒸散してしま」った時代。

日露戦争後の日本とは、司馬遼太郎の『坂の上の雲』につづく時代である。「何だかはっきりとは分からないけれども、とにかく頼れる過去が自分から消えてしまったという喪失感」とは、達成感のあとの虚脱感と言い換えてもいいかもしれない。

なんだかいまの日本人の気分でもあるような気もする。いや、時代はすでにその先に進んでいるというべきか。



■近代日本における「右翼」と「躓きの石」としての天皇

日本という文脈に限定すれば、右翼と左翼の違いは天皇をどう見るかにある。この違いはきわめて大きい。

戦後の天皇は「象徴」となったが、戦前は「現人神」(あらひとがみ)とされていた。連綿としてつづく天皇制という制度は抽象的な存在だが(・・「天皇制」というコトバは「左翼用語」である)、天皇が生身の肉体と意志を備えた人間でもあること。

帯には、「躓きの石としての天皇 超克されざる「近代」-近代日本のパラドクス」、とある。まさに、天皇が「現人神」であるというそのことが、戦前の右翼思想を躓かせることになったのである。

その意味でも、戦前の「変革運動」の歴史は1937年(昭和12年)には終わっていたという著者の認識は重要だ。

1932年(昭和8年)に「変革の思想と運動体」としての「左翼」は壊滅、1936年(昭和11年)には二・二六事件のクーデター失敗で「変革思想と運動体」としての「右翼」も壊滅。天皇のために行ったはずの企てが、「立憲君主としての天皇」によって否定されるというパラドックス。

左翼思想も右翼思想も壊滅したあとに出現したのは、ほとんど思考停止状態といっても言い過ぎとは思えない無思想への転落。思想は思想であることをやめ、実質的に思想は死んだのである。

1931年から始まった日中戦争(・・いわゆる支那「事変」)は、以後ずるずると人命と国家予算を浪費しながら大東亜戦争へと突入し、最終的に国家じたいが壊滅することになる。



■日露戦争後の「右翼思想」の流れと「右翼思想の死」

本書は、章立てとタイトルがあまりにもウマすぎる。最初から最後まで一貫した流れを読み取ることができるような巧みなストーリテリングである。


第1章 右翼と革命-世の中を変えようとする、だがうまくゆかない
第2章 右翼と教養主義-どうせうまく変えられないならば、自分で変えようとは思わないようにする
第3章 右翼と時間-変えることを諦めれば、現在のあるがままを受け入れたくなってくる
第4章 右翼と身体-すべてを受け入れて頭で考えることがなくなれば、からだだけが残る


「革命」「教養主義」「時間」「身体」というキーワード。最後の「身体」を除けば、一般には「右翼」からは連想されないものである。

各章の副題をそのままつづけて書いてみると、日露戦争後から大東亜戦争の敗戦までの右翼思想の流れがストーリーとなっているので面白い。


世の中を変えようとする、だがうまくゆかない。どうせうまく変えられないならば、自分で変えようとは思わないようにする。変えることを諦めれば、現在のあるがままを受け入れたくなってくる。すべてを受け入れて頭で考えることがなくなれば、からだだけが残る。


変革思想とその挫折、諦念と無力感。そして最終的に行きつくところは現状肯定という無思想。この流れは、戦前の右翼思想だけではなく、戦後の左翼思想にもあてはまると思うのだがいかがだろうか。

1980年代後半のバブル経済のなか、「左翼」が高度資本主義を肯定するにいたって消滅していったことを記憶している人も少なくないだろう。1991年のソ連崩壊によって「左翼」は最終的にとどめをさされたが、「反共」を旗印にしていた「右翼」もまた、同時に存在意義を失ってしまった。

「左翼」陣営では、共産主義という「赤」から、身体とエコロジーという「緑」に転化していったのは日本だけではない。

「スローフード」というイタリアの左翼から生まれて日本にも普及している思想があるが、グローバル資本主義がもたらす「ファストフード」に対抗するこの思想は、「過去を理想化」する点において、むしろ右翼的ですらある。右も左も混戦して違いが明確ではなくなってしまったのだ。



■「ユートピア」がことごとく挫折した後の「閉塞感」

さきに司馬遼太郎の『坂の上の雲』について触れたが、NHKによってドラマ化され2009年から足かけ3年にわたって放送されたことも想起しておきたい。

製作者の意図がどこにあったか正確には知らないが、視聴者として思ったのは、よくできたドラマだが、原作の小説が発表された「高度成長時代」の日本とは異なり、ドラマ版においては「失われた過去」をなんとかよみがえらせたいという切ない(?)思いを感じさせたということであった。日露戦争当時の日本を、「過度に理想化された過去」としてあらたに語っていることになるのかもしれない、と。

「戦後」がすでに完全に終わった現在、それは「近代」が完全に終わった現在と言い換えてもいい。

消滅したはずの「左翼」は、残滓がまだあちこちに散在しているものの、ふたたび「右翼」が台頭してきたといわれることが多い。いわゆる「ネット右翼」に代表される排外主義と偏狭なナショナリズムである。

日露戦争後と同様、「健全なナショナリズム」というよりは「病的」に映ることは否定できないが、「右翼」をめぐる状況は日露戦争後とは性格は大いに異にしていることに注意しなくてはならない。

現在は、グローバル化が進展するなか、格差社会が拡大しつつあるだけでなく、日本全体もまた少子高齢化によって衰退しつつある。「閉塞感」が強まっているわけだが、衰退するがゆえの「追い込まれ感」と、膨張するがゆえの「押し込められ感」は、おなじ「閉塞感」であっても、方向性も内容もまったく異なるのである。

戦前日本の「右翼」が直面したパラドックスについて語った本書は、その後に出版された同じ著者による 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(新潮選書、2012) と  『国の死に方』(片山杜秀、新潮新書、2012) と同様、じつに読ませる内容の本であるが、本書からストレートに教訓をくみ取ることは難しい。それは本書の弱点でもある。

日本という国は明治維新という成功した「革命」後は、思想が現実に敗れ去る「思想の死」を、すでに「戦前の右翼思想」、「戦後の左翼思想」と二度にわたって体験している。

「衰退する日本」という現実への焦燥感が生みだす気分がいかなる思想を生み出すのか、それとも生みださないまま終わっていくのか、考えてみたくなるのだ。

すくなくとも思想が現実をリードするよりも、現実のほうがはるかに急速なスピードでわれわれを追いたて、追い込みつつあるのが現状だ。3年前の「3-11」さえ現実に押し流されて「無力感」がつのるばかりである。多くの人が社会を変えたい、変わってほしいと思っているのにかかわらず・・・。

繰り返すが、現在の「閉塞感」は、「ユートピア」がことごとく挫折した後の「衰退する日本」という現実に起因するものだ。だが、そもそもユートピアというものは挫折するものだ。ユートピアという「夢」は、つねに「現実」に裏切られる。ユートピアは白昼夢である。いや、薬物を使用しないハルシネーション(幻覚)というべきかもしれない。

ユートピアが幻覚に過ぎないを知ったうえでニヒリズム(虚無主義)に陥ることなく、ひたすら「いま、ここ」を出発点に、現実をみつめるリアリズムに徹することができるかどうかが今後の分かれ道だろう。現実主義と虚無主義はまったく異なるものだ。

しかし、リアリズムに徹するというのは、とかく情緒に流されやすい日本人には困難な課題である。もちろんわたしも日本人であるので、けっして例外ではない。厳しく自戒しなくてはならないことはいうまでもない。

社会変革は、右派の社会運動でも左派の社会運動でもなく、アメリカのグーグルやフェイスブックのように、ビジネスをつうじて実行するのがまっとうではないかと思うのだが・・・


(画像をクリック!)

目 次

はじめに
第1章 右翼と革命-世の中を変えようとする、だがうまくゆかない
 1. 「超-国家主義」と「超国家-主義」
 2. 万世一系と「永遠の今」
 3. 玉・恋闕(れんけつ)・崇拝
 4. 動と静の逆ユートピア
第2章 右翼と教養主義-どうせうまく変えられないならば、自分で変えようとは思わないようにする
 1. 「口舌の徒」安岡正篤
 2. 教学と維新
 3. 真我と至尊
 4. 日露戦争の真空
 5. 大正教養主義
 6. 錦旗革命論
第3章 右翼と時間-変えることを諦めれば、現在のあるがままを受け入れたくなってくる
 1. 文武天皇の「中今」(なかいま)
 2. 「老子伊福部教」
 3. 西田幾多郎の「慰安の途」
 4. 「俗流西田主義」
 5. 長谷川如是閑のプラグマティズム
第4章 右翼と身体-すべてを受け入れて頭で考えることがなくなれば、からだだけが残る
 1. アンポンタン・ポカン君の思想
 2. 手のひら治療
 3. 現人神(あらひとがみ)
おわりに

著者プロフィール

片山杜秀(かたやま・もりひで)1963年生まれ。思想史研究者、音楽評論家。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学法学部准教授。著書に『音盤考現学』、『音盤博物誌』(ともにアルテスパブリッシング、この2冊で吉田秀和賞、サントリー学芸賞を受賞)、『近代日本の右翼思想』などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに情報追加)。


<付記>

■「1930年代の思想」全般を押さえるために

本書と同じ時代の「思想」を扱ったものに 『昭和思想史-暗く輝ける1930年代-』(荒川幾男、朝日選書、1989 初版 1971)という本がある。

この本で扱われている思想は、圧倒的に左翼思想のほうに重点が置かれている。知的な印象から、マルクシズムの立場に立った左翼思想のほうが、思想らしい思想であると感じるのも無理はない。「国家改造」をめぐる思想にかんしては北一輝、大川周明、安岡正篤などの右翼思想家も「第二賞 国家精神の政治的神話」として扱われているが、分量的には1/4にとどまっている。


■「右翼思想」そのものを正面から扱った本

『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)は、タイトルから想像されるようなスタンダードな教科書ではない。

教科書的な記述を求めるのであれば、立花書房という専門出版社からでている警察官むけの実務書を読むべきだろう。

『わかりやすい極左・右翼・日本共産党用語集 四訂』(警備研究会、立花書房、2012)は、警察官の昇格試験用のテキストなので、読みやすくわかりやすくコンパクトに記述されている。

司法という、基本的に監視し、取り締まる側から書かれたものだが、記述は事実に即した公平なものである。つまりはファクトベースのリアリズムに立脚しているということだ。法治国家・日本の知られざる良書である。思想犯というのは扱いが難しいのである。

政府刊行物センター(霞が関)など全国主要都市の官報販売所で市販されているはずだが、一般書店では扱っているかどうかわからないので、ネット書店から購入するのがおすすめである。




<ブログ内関連記事>

書評 『国の死に方』(片山杜秀、新潮新書、2012)-「非常事態に弱い国」日本を関東大震災とその後に重ね合わせながら考える

書評 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(片山杜秀、新潮選書、2012)-陸軍軍人たちの合理的思考が行き着いた先の「逆説」とは


書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?
・・国家=民族? 日本国民=日本民族? 戦前も戦後も、この「国家=民族」というフレームワークから抜け出すことができないのが日本の右翼思想の問題点であり弱点はないかと思うのだが。国家主義と民族主義の違いについては、日本民族とは合わせ鏡の関係にあるユダヤ民族と比較検討すると、いろいろ見えてくるものがある。国家(ステート)もさることながら、民族(ネーション)として生き残るためにはなにが必要か、そのことは徹底的に真剣に考え尽くさねばならない。すくなくともユダヤ民族は、国家はおろか言語すらバラバラであっても一体性を保ちつづけたのである

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』(ドイツ、2008年)を見て考えたこと
・・戦後ドイツの「1968年世代」による極左テロ。イタリアも日本も同様の歴史をたどる

マンガ 『テロルの系譜-日本暗殺史-』(かわぐち かいじ、青弓社、1992)-日本近現代史をテロルという一点に絞って描き切った1970年台前半の傑作劇画

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end