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2021年4月19日月曜日

書評『プーチンの国 ― ある地方都市に暮らす人々の記録』(アン・ギャレルズ、築地誠子訳、原書房、2017)― 定点観測20年の記録でロシア人のホンネをあぶり出す

 


ロシア取材歴40年というベテラン女性ジャーナリストが、ロシアのある地方都市を20年間にわたって「定点観測」したノンフィクション作品だ。

この本を読んでいると、なぜ普通のロシア人たちがプーチンを支持しているのかが、手に取るようにわかる。そしてまた、プーチン批判の先頭に立っているナヴァルヌイなど反体制派の支持が地方都市に拡がってゆかない理由もよくわかる。 

「ある地方都市」とは、ウラル山脈の南端、つまりユーラシア国家ロシアのアジア側に位置する東シベリアの地方都市チェリャビンスクのことだ。 

といっても、すぐにはピンとこないだろうが、数年前に巨大隕石が落下(!)した都市だといえば思い出すかもしれない。著者もまた、2013年の隕石落下から話を説き起こす。 


■首都モスクワは広大なロシアそのものではない

なぜ「地方都市」で「定点観測」なのかというと、首都モスクワは広大なロシアそのものではないからだ。 

米国人の著者は、モスクワは「ワシントンとニューヨークとシアトルとシカゴがひとつになったような」と説明するが、日本人なら「政治・経済・文化の中心である東京みたいな」の一言で済んでしまうだろう。 

東京と日本がイコールじゃないように、モスクワとロシアはイコールではない。圧倒的多数のロシア人は広大なロシアの地方で生きている。だから、モスクワを見ていても真のロシアはわからないのだ。 

そんな問題意識にもとづいて選ばれたのがチェリャビンスクだが、とくに考えがあって選んだわけではないらしい。


最終的にオフィスの壁に貼った大地図に向かって投げた、先のとがった鉛筆が刺さったのがチェリャビンスクだったに過ぎないのだ、と著者は語っている。ほんとうがどうか知るよしはないが、たしかにそうでもしなかったら選ばれることはなかっただろう。 

著者がチェリャビンスクで取材を開始したのは、ソ連崩壊後の1993年。それから毎年のように訪れていたが、2012年からはフリーになったので長期の滞在が可能となって、居住者として腰を下ろした観察が可能となった。 

さまざまな人びとと、直接ロシア語によるコミュニケーションによって、地方都市に生きる普通のロシア人(・・といっても属性はきわめて多岐にわたるが)が、日々なにを考え、生きているのか、具体的なライフストリーで語ることを可能にしている。 

具体的にどんな人たちかというと、目次をみるのが手っ取り早い。 

第1章 カオス 
第2章 安定 
第3章 アイデンティティ
第4章 タクシー運転手コーリャ
第5章 LGBTの人生
第6章 ロシアの家族問題
第7章 頑固な親たち
第8章 奮闘する医師たち
第9章 薬物依存者とHIV感染者
第10章 校舎と兵舎
第11章 信仰を持つ者
第12章 ムスリムのコミュニティ
第13章 人権活動家ニコライ・シュール
第14章 法医学者アレクサンドル・ヴラソフ
第15章 言論の自由
第16章 核の悪夢
第17章 景色を変える
第18章 レッドライン

1回限りの接触もあるし、長年にわたって付き合いのある人びとも登場する。典型的な地方都市に生きる人びとの記録といってもいいだろう。 


■されどチェリヤビンスクは単なる地方都市にあらず

とはいえ、チェリャビンスクには単なる地方都市とは言い切れないものがある。というのは、第2次大戦後にスターリン主導によって建設された核開発の中心都市でもあり、周囲には現在でも「閉鎖都市」が存在する。このため、放射能汚染が現在でも尾を引いていることにも触れられている。

チェルノブイリだけが問題ではないのだ (*ただし、チェルノブイリ原発はウクライナにあり、汚染地帯は風下のベラルーシが中心)。 

1991年のソ連崩壊から30年となるが、その間の激変のなかで普通の人びとは翻弄されてきたのである。普通の人びとが、願うのはなによりも生活の安定というのは、ロシアならずともおなじであろう。 

米国人ジャーナリストによるノンフィクションであるだけに、米国社会との対比もまた興味深い。まったく異なるようでもあり、ある意味では似たような側面もあるのが大陸国家の米国とロシアである。ともに社会的には大きな問題を抱えている点は共通している。 


ソ連崩壊後に民主化期待の高かった時代には、米国の影響の大きかったロシアだが、現在ではそんな日々はすでに過去のものとなっている。

「反米」で国内統一を図ろうとするプーチンの意図は、地方では成功しているのである。プーチンが地方在住者の気持ちをつかんでいるからだ。この点を無視してロシアを語るのはナンセンスというべきであろう。

いくら民主化運動の活動家がモスクワでデモを実行しようが、地方都市の住民の関心は高くないのである。

草の根レベルの話を拾い上げたノンフィクションとして、じつに貴重な内容であるだけでなく、じつに読みでのある作品に仕上がっている。翻訳もまた、たいへん読みやすかった。

 


著者プロフィール
アン・ギャレルズ(Anne Garrels)
米国のジャーナリスト。外国特派員。作家。1951年マサチューセッツ州生まれ。1972年にハーバード大学ラドクリフ女子大学卒業後、ABC(米国を代表する放送局)に入社。モスクワ支局長、中央アメリカ支局長等を歴任。1988年、NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)入社。チェチェン、ボスニア、コソボ、アフガニスタン、パキスタン、イスラエル、イラク等を取材。2012年にNPRを退社後はフリー。2003年、国際女性メディア財団「勇気ある報道賞」受賞。2004年、ジョージ・ポルク賞(ラジオ報道部門)受賞。著書に『Naked in Baghdad』(2004年)と、本書『プーチンの国 Putin Country』(2016年)がある。


<関連サイト>

[Putin Country] | C-SPAN.org (YouTube 54分 著者によるブックトーク)
Putin Country Anne Garrels talked about her book, Putin Country: A Journey Into the Real Russia, about the rise of Russian President Vladimir Putin and the changes in Russia over her time covering the country for National Public Radio (NPR). JUNE 7, 2016 


秘密めいた閉鎖都市(ロシア・ビヨンド日本語版 2016年5月02日)
・・「ソ連時代に創設された、閉鎖都市という、重要な戦略施設が隠され、厳重な警備で隔離されていた街は、現在でも残っている。特別な許可証がなければ、ここに立ち入ることはできない」

(2021年4月23日 情報追加)


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■ソ連時代の核開発と原発事故



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2021年1月21日木曜日

書評『グローバル資本主義 vs アメリカ人』(篠原匡、日経BP、2020)-グローバリゼーションが生み出した根本問題が解決しない限り米国は変わらない

 
日本時間では本日(=米国時間では2021年1月20日)、米国ではバイデン新大統領が就任した。だが、祝賀ムードとはほど遠い。

さすがに州兵(=ナショナル・ガード)という軍隊による厳重な警備体制を敷いているので、ワシントンの就任式そのものは、つつがなく進行したようだ。だが、全米各地では不穏な空気が充満している。

米国の大統領がトランプ氏からバイデン氏に変わろうと、グローバリゼーションによって拡大した経済格差がにわかに縮小するとは考えにくい。はたしてバイデン氏が癒やしを与えるBことが可能かどうかは定かではない。そもそもトランプ氏が浮上したのは、米国の底辺層の草の根の怨念のつまった、声なき声を拾い上げたからだ。昨年11月の大統領選で役半分の得票を獲得したトランプ支持者の動向が気になるところだ。 

大統領選以前の2月に出版されたものだが、『グローバル資本主義 vs アメリカ人』(篠原匡、日経BP、2020)という本がある。大統領選後になってから読んで見たが、米国の底辺層の草層の声を拾い上げたこの取材記録を読んでいると、根底にある問題が解決しない限り、誰が大統領であろうと米国は変わらないという感想を持たざる得ない。本の帯のコピーにあるとおりだ。  

2019年3月まで日経BP社のニューヨーク支局長だった著者は、とくにメキシコ国境(=ボーダー)の街を中心に回って、草の根のナマの声を拾い集める取材を行っている。その一部は日経BPオンラインで読んでいたが、まとまった書籍として通読すると、それが点描であるに過ぎないとはいえ、イメージをつかむことが可能となる。 

一言でいってしまえば、すべては現場にあり、ということだ。問題は現場にあり、問題の解決方法もまた現場にある。ニューヨークやワシントンといった経済や政治の中枢から見ていてはわからないのだ。メディアで作り上げられた固定観念を捨てることが必要だ。 

いずれにせよ、米国という存在は、日本人が考えているようなものではない。多種多様なバックグラウンドをもち、多種多様な生き方や考え方が、多種多様な価値観のもとに存在している国だ。立場が違えば、ものの見方もまったく異なる。わかりやすい図式で理解しようとしても、しょせんムリなのだ。 

その意味では、この本の著者は、最近よく耳にする「(21世紀の)南北戦争」(Civil War=内戦)などのわかりやすい構図を持ち込むことをしないことには大いに好感がもてる。

「Qアノン」などの陰謀論に扇動された「極右勢力」や、「アンティファ」(Antifascist)などの「極左勢力」が、現在の米国人の代表であるはずがない。見間違ってはならない。

「国境に生きる普通の人びと」、「銃規制をめぐる賛否両論」、「オピオイド(などのドラッグ)が蝕む炭鉱地帯」「公教育復活にむけての関係者の努力」「市民権獲得のために米軍に入隊した中南米出身の兵士たちのその後」「先住民たちのいま」「メガチャーチに代表されるキリスト教」。

こういったテーマは、個々のテーマではこれまでも描かれてきたが、米国社会の底辺層から中間層を知るには格好のテーマであろう。 

もちろん、底辺層で苦闘する人びとだけでなく、テキサス州で活発化している「風力発電ビジネス」(再生可能エネルギー)の話や、メキシコ国境のティファナの IMMEX(かつてのマキラドーラ)ビジネスなどの新しい動きを取り上げた章は、日経BPの記者ならではのものであり、読んでいて興味深い。 (*なるほど、テキサス州にハイテク産業がシフトする状況の背景がわかるというものだ。テキサス州は州単独で送電網をもっているという)。

米国の全体像を捉えることは、誰にとっても難しい課題である。俯瞰的に見るバーズアイとともに、足許から見上げる視点も重要だ。個人でできるのは、個々のピースをできるだけ集めて全体像を類推することのみだ。でも、それをやらなければ米国というものは見えてこない。困難な課題ではあるが、続けていかなくてはならない課題なのである。


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著者プロフィール
篠原匡(しのはら・ただし) 
日経ビジネス副編集長 1975年生まれ。1999年慶應義塾大学商学部卒業、日経BPに入社。日経ビジネス記者、日経ビジネスオンライン記者、日経クロスメディア編集長、日経ビジネスニューヨーク支局長を経て、2019年4月から日経ビジネス副編集長。執筆、編集に加えて、動画ドキュメンタリーの企画・制作も手がける。著書に『腹八分の資本主義』(新潮新書)、『おまんのモノサシ持ちや! 』(日本経済新聞出版社)、『神山プロジェクト』(日経BP)、『ヤフーとその仲間たちのすごい研修』(日経BP)などがある。


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2014年9月16日火曜日

書評『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中島岳志、中公新書ラクレ、2002)― フィールドワークによる現代インドの「草の根ナショナリズム」調査の記録



『ヒンドゥー・ナショナリズム 印パ緊張の背景』(中島岳志、中公新書ラクレ、2002)は、「ヒンドゥー・ナショナリズム」にかんする、現地フィールドワークにも基づく体験と思索の記録が読ませる力作だ。

なによりも執筆当時27歳の著者自身の「主語」が明確なのがよい。「自分」という研究者自身の存在が、研究対象に与える影響に自覚的なとことがいい。研究者は無色透明な存在ではありえないのである。

下手な要約よりも「著者からのコメント」をそのまま引用させていただくこととしよう。amazon に掲載されているものである。著者にとっては初の単著であろう。自著紹介の姿勢がポジティブでよい。


「著者からのコメント」(著者 中島岳志, 2002/07/29)
インドはどこに向かっているのか?
現代インドにおいて、RSS(=民族奉仕団)を中心としたヒンドゥー・ナショナリズムの潮流が急速に拡大している。1992年12月のアヨーディヤーにおけるモスク破壊事件。RSS から派生した BJP による政権奪取。そして、今年(2002年)のグジャラート暴動とアヨーディヤーのラーム寺院建設問題。近年のインドを揺るがす大きな問題の背景に常に関係するヒンドゥーナショナリズムの潮流を捉えることは、現代インドと関わる際、非常に重要であり、かつ必要不可欠である。
本書は、この RSS をはじめとした「サング・パリワール」諸団体の内部に入り込み、フィールドワークを行なってきた私の現場報告である。
RSS が最も重要視する毎日の「シャーカー」というトレーニング活動。「サング・パリワール」の団体が運営する学校や福祉団体の活動の現場。ヒンドゥー・ナショナリズムの有力なイデオローグへのインタビュー。緊張が続くアヨーディヤーにおけるRSS・VHPの活動。デモや政治集会の現場など、外部からはなかなか見えにくいヒンドゥー・ナショナリズムの最前線を、解説を付しながら詳細に伝える。ヒンドゥー・ナショナリズムの拡大にいたるインド現代史も収録。写真多数。(*太字ゴチックは引用者=さとう)


すでに12年前に発表された本である。現時点では副題の「印パ緊張の背景」は不要だろう。時事的テーマを扱うことの多い中公新書ラクレといいうフォーマットでの出版であったためだと推測されるからだ。

内容はそういった時事的なものよりも、現代インド社会の底流に流れているものをあぶり出してみせたことにある。「ヒンドゥー・ナショナリズム」という潮流そのものを、素手でつかみ取ろうという気負いもまたよい。

「右派ナショナリスト」団体というインド人の社会集団のなかに、若き日本人研究者が一人で入っていくということ。それは、研究対象であるインド人からみれば「異分子」以外の何者でもない。他者の言動が「自分」に与える影響だけでなく、「他者」の言動が「自分」に与える影響も当然ならがある。

フィールドワークとはそういうものだ。もちろん、著者の立ち位置からくる思考にすべて賛同する必要はない。著者の体験と考察というフィルターをとおして見えてくるものを、読者が自分自身のフィルターをといして吟味してみたらよいのである。

自分自身で直接体験できない対象であるからこそ、読者自身にもこのような態度が不可欠なのだ。


■「近代化」=「ネーション」構築のまっただ中にあるインド

1974年生まれの日本人にとって、インドを研究することが何を意味するのか、ナショナリズムを研究することが何を意味するのか。1995年のオウム事件を19歳の時に体験しているのが、1974年生まれの世代である。そしてまた、「就職氷河期世代」でもある。自分という「存在」を意識せざるを得ない世代である。存在不安を抱えた世代なのである。

「近代のゆきづまり」のあとに出現した「宗教復興」という時代の流れに敏感なのはそのためだ。先行する世代でも一部の人間は気づいていたが、けっしてマジョリティではなかった。この感覚と、それにもとづいた自覚が、本書のような力作を生んだのだろうし、その後の旺盛な著作活動の原点となっているのであろう。

フィールドワークの記録の面白さは、著者の意図した解釈とはかかわりなく、読者それぞれの「読み」が可能だということにある。

たとえば、本書の「第1章 草の根のナショナリズム」というフィールドワークの記録に登場する「シャーカー」についての記述を読んでいて思うのは、インド人の「近代化」がまさにその渦中にあるという事実だ。

カラダをつうじて「規律」をたたき込むことによって、秩序感覚や時間感覚、自発性といった「近代」を内面化させる手法。これは明治時代に徴兵制と義務教育をつうじて日本人もたたき込まれたものだ。個人主義的なインド人に規律をたたき込み、カーストにとらわれない「均質なインド国民」をつくりあげるのである。日本人にとっては既視感がある現象だ。

インドはいま、草の根レベルで「近代化」が行われているのである。「近代のゆきづまり」のあとに出現した「宗教復興」という時代と同時進行で観察されるという不思議さ。これは同じく「近代化」を体験した日本とのズレである。

著者自身の問題関心とは異なるかもしれないが、わたしはこの章を読んで納得するとともに、大いに安心を覚えた。これなら、インドが製造業大国となる必要条件はできつつあるな、と。

この件についてはブログに書いた、日体大の『集団行動』は、「自律型個人」と「自律型組織」のインタラクティブな関係を教えてくれる好例 や 修道院から始まった「近代化」-ココ・シャネルの「ファッション革命」の原点はシトー会修道院にあった を読んでいただきたい。パラドクシカルであるが、個人レベルの自律があって、はじめて集団としての自律も可能なのである。

規律をたたき込み、身分差別意識を払拭させることで、「国民」で構成される「ネーション」を成立させることの大きな意味。

もちろん、共通の敵を設定することで求心力を求めるという負の側面もあるのだが、西欧も日本もこの「近代化」プロセスを経ているからこそ、次のステージに行くことができたのである。順番を間違えてはいけない。その意味では、解釈は別にして事実関係を記してくれたことを評価したい。

組織という社会集団の一員として働くとはどいうことか、組織を動かすとはどういうことか、ここらへんは、大学院生しか体験していない27歳の若者にはアタマでは理解したつもりでも、カラダでは理解できない点だろう。著者がその後どういう経験を積んだかは知らないが、思考が成熟していることを望みたい。



■インドは「アジア主義」の枠内で捉える必要はない

わたしは、『中村屋のボース-インド独立運動と近代日本のアジア主義』(白水社、2005)を読んでおおいに感心したのが著者の作品を読んだ最初の経験だ。大川周明や頭山満といった右翼人のインドとの接点が、チャンドラ・ボースではない、「中村屋のボース」を軸に描かれている。これもまた力作である。

「アジア」は、中国や韓国などの東アジアだけではないのである。東南アジアも南アジアも「アジア」である。

「アジアは一つ」(岡倉天心)は、唯一神的汎神論の響きのある表現だが、その意味ではインド的でもある。「一にして多、多にして一」である。多様性をもった一つの存在だ。

反米保守の西部邁(にしべ・すすむ)氏と親しい中島岳志氏は、「リベラル保守」(?)を自称しているようで、「アジア主義」の復権を図ろうとしている印象を受けるのだが、わたし自身は、もはや「アジア主義の時代」ではないと考えている。基本は親米でいくのが現実的だからだ。「アジア "主義" の時代」ではなく、「アジアの時代」なのである。

だがさらにいえば、わたしはむしろ、梅棹忠夫が『文明の生態史観』で表明している「中洋」という地理認識のほうが、インドを考えるうえではるかに重要だと考えている。西隣に中近東世界と隣接した南アジアという認識である。西洋と東洋の中間に位置する「中洋」である。

大英帝国の植民地となる前に、インドはイスラーム王朝であるムガール帝国によって支配」されていたわけである。インドは、東南アジアには直接的に、東アジアには間接的に影響を与えてきたが、インドそのものは中近東世界の影響を多大に受けてきた存在である。イスラームと西欧による支配という重層的な歴史が、現代インドを性格づけている事実なのである。

だからこそ、インドにとって「内なるイスラーム」とどう向き合うかが、ナショナリズムを偏狭なものとするか、開かれた健全なものとするかの分かれ道と考えるべきなのである。反イスラーム色を全面に出している「ヒンドゥー・ナショナリズム」について知っておくことが重要なのはそのためだ。

はたして RSS は、今後も偏狭なナショナリズムを追求していくのか、それとも政権党である BJP との関係から穏健なナショナリズムとなるのか? 

いまから12年前の本であるが読む価値があるのは、たんなる文献調査ではない、生きた現実をフィールドワークした記録だからである。


(画像をクリック!)


目 次

地図  ―  南アジアとインドの州
序章 ヒンドゥー・ナショナリズムの現場から
第1章 草の根のヒンドゥー・ナショナリズム  ―  RSSのシャーカー活動
第2章 ムスリムとの対立
第3章 RSSの諸活動
第4章 宗教ナショナリズムの台頭
第5章 現代インドの現場からの問い  ―  リベラリズムの限界・宗教復興の可能性
あとがき


著者プロフィール
中島岳志(なかじま・たけし)
1975年、大阪生まれ。大阪外国語大学外国語学部卒業。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。学術博士(地域研究)。現在、北海道大学大学院法学研究科准教授。専門は南アジア地域研究と近代政治思想史。アジア研究を背景に日本の近代政治思想史を読みかえ、再構築する仕事を続けるとともに現代の政治状況についても積極的に発言している。『中村屋のボース』(大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞)など著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

『若き俊秀と語るインドと日本』(ホスト:西部邁、ゲスト:中島岳志 西部邁ゼミナール 2009年4月25日放送)

(2018年1月22日 項目新設)



<ブログ内関連記事>

■BJP(=インド人民党)関連

「ナレンドラ・モディ インド首相講演会」(2014年9月2日)に参加してきた-「メイク・イン・インディア」がキーワード

書評 『インド日記-牛とコンピュータの国から-』(小熊英二、新曜社、2000)-ディテールにこだわった濃厚な2ヶ月間のドキュメントで展開される日印比較による「近代化論」と「ナショナリズム論」


■ナショナリズム関連

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!

書評 『国力とは何か-経済ナショナリズムの理論と政策-』(中野剛史、講談社現代新書、2011)-理路整然と「経済ナショナリズム」と「国家資本主義」の違いを説いた経済思想書


■インド文明とインド文化

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・インド世界と中東という「中洋」の発見

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記

インド神話のハヤグリーヴァ(馬頭) が大乗仏教に取り入れられて馬頭観音となった

タイのあれこれ(17) ヒンドゥー教の神々とタイのインド系市民


■インド社会の問題

大飢饉はなぜ発生するのか?-「人間の安全保障」論を展開するアマルティヤ・セン博士はその理由を・・・

アマルティア・セン教授の講演と緒方貞子さんとの対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」(日立創業100周年記念講演)にいってきた

書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察

書評 『必生(ひっせい) 闘う仏教』(佐々井秀嶺、集英社新書、2010)
・・インド社会の底流にあるどす黒い現実に目を向けるという意味でも必読書

アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド

書評 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)-ミッション・ビジョン・バリューが重要だ!


■参与観察によるアジアのフィールドワーク

書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い

書評 『搾取される若者たち-バイク便ライダーは見た!-』(阿部真大、集英社新書、2006)-バイク便ライダーとして参与観察したフィールドワークによる労働社会学


■1974年生まれの世代

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
・・著者の太田氏は1974年生まれの若手宗教学者

書評 『毒婦。木嶋佳苗 100日裁判傍聴記』(北原みのり、朝日新聞出版社、2012)-これは「女の事件」である。だから「女目線」でないとその本質はわからない
・・木嶋佳苗は1974年生まれ

本の紹介 『「空気読み」企画術-「消費者の隠れたニーズ」を見つけ出す-』(跡部 徹、日本実業出版社、2010)の紹介
・・著者は1974年生まれ

書評 『仕事漂流-就職氷河期世代の「働き方」-』(稲泉 連、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-「キャリア構築は自分で行うという価値観」への転換期の若者たちを描いた中身の濃いノンフィクション
・・「就職氷河期世代」(1993~2005)、いわゆる「ロストジェネレーション」(ロスジェネ)たちの世代は、1971年から1983年生まれまでの世代

(2014年9月23日、10月23日、2016年3月7日 情報追加)


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2012年7月26日木曜日

書評 『赤 vs 黄-タイのアイデンティティ・クライシス-』(ニック・ノスティック、めこん、2012)-分断されたタイの政治状況の臨場感ある現場取材記録



買ったまま読んでなかった 『赤 vs 黄-タイのアイデンティティ・クライシス』(ニック・ノスティック、めこん、2012)を読んだ。

2006年以来、赤シャツと黄シャツという、わかりやすい対立構造が続いているタイの政治状況だが、2010年の3月から5月にかけては、「バンコク騒乱」というカタチで、ほとんどバンコク市内が内戦状態になったことは日本でも大々的に報道されたので、覚えている人も多いのではないかと思う。

本書は、2006年のタクシン政権以来、対立が顕在化した「赤 vs 黄」を、現場で取材をつづけてきたドイツ人のフォトジャーナリストの著者が、豊富な写真とともに一冊にまとめたものだ。

原著が出版されたのは2009年なので、2010年の「バンコク騒乱」は扱っていないのが残念。ただし、対立の基本構造を時系列で追っているので、あとからトレースするにはありがたい一冊になっている。著者はタイ語にも堪能で、事件現場で体当たり取材をしている人なので、記述には臨場感がある。

わたしは、クーデター前後から頻繁に訪問するようになり、2008年のバンコク国際空港封鎖事件の頃はバンコクに住んで仕事していた。まさに、本書が扱っている時期にバンコクに住んでいたわけだ。

もちろん、現地の英語紙やテレビで時々刻々と変化する情勢は追っていたが、ビジネスパーソンの本業は当然ながらビジネスであるので(!)、ディテールまでは把握仕切れていなかった。

著者は、赤シャツ(UDD)側であると見なされて、命の危険も感じていたようだが、黄シャツ(PAD)とくらべて赤シャツ(UDD)のほうが、外部に対してより開放的で、ジャーナリストの取材も受け入れているということも背景にあるようだ。

赤シャツ(UDD)側から見れば、日本のエスタブリッシュメントからはいまだに評価の高いチャムロン氏と彼が率いるサンティ・アソーク(Santhi Asoke)という新興仏教教団の性格も見えてくる。黄シャツ(PAD)がカルト化しているという指摘は、なるほどと思わされるのだ。

いままで政治的な「声」をもたなかった農民を中心とする一般大衆が、はじめて政治的主張を行うようになったのが赤シャツ(UDD)の政治活動の本質である。これは歴史の必然的流れといっていい。一般大衆が歴史の主人公になってきたのである。タクシンの政治的カリスマ性とは別個の現象として捉えるべきなのだ。

日本でも、いま原発反対デモが活発化してきているが、党派性を廃した開かれたデモである限り、政治的な「声」としての意味をもつといってよいのではないだろうか。

たとえ暴力的な性格がつよいとはいえ、この点については、タイのほうが民主主義の追求にかんしては積極的であるような印象を受けるのである。もちろん、日本はそういった暴力的な時代はすでに「卒業」しているというべきかもしれないが、ようやく日本人も草の根レベルで目覚めてきたというべきかもしれない。

そんなことを考えながら、バンコク時代の日々を思い出しつつ、読み終えた次第。

訳注が訳文のなかに折り込まれているのが、ややうっとおしいことを除けば、読みやすい記録だといえよう。






*PADは、People's Alliance for Democracy の略。民主市民連合。黄シャツ。
*UDDは、National United Front of Democracy Against Dictatorship の略。反独裁民主戦線。赤シャツ。



目 次

年表 PADとUDDから見たタイ政治の動き*2006年-2011年9月
地図
はじめに
プロローグ
第1章 2001~2005年:タックシンの時代
第2章 2005~2006年:黄色派の形成
第3章 2006~2007年:クーデタと赤シャツの誕生
第4章 ゲーム開始
第5章 2008年8月29日:法治社会の崩壊
第6章 2008年9月2日:マカーワン橋の闘い
第7章 2008年10月7日:黒い火曜日
第8章 余波、幕間
第9章 最後の決戦
第10章 アピシットへの抗議
第11章 ゲームは終わらない
後記
原註
訳者あとがき-PADとUDDは、何を問題にして対立しているのか


著者プロフィール

ニック・ノスティック(Nick Nostitz)
1969年生まれ。1993年以来バンコクに居住して働いているドイツ人写真家のペンネーム。タイ語に堪能で、一般旅行者が見ることのないタイ社会の底辺を専門にしている(the professional name of a German photographer who has lived and worked in Bangkok since 1993. Fluent in the Thai language, he specializes in the lower levels of the country's society seldom seen by casual visitors.)(wikipedia 英語版の記述による)。

翻訳者プロフィール

大野 浩(おおの・ひろし)
1956年東京生まれ。1979年、慶応義塾大学経済学部卒、太陽神戸銀行入行。シンガポール支店、ロンドン支店勤務を経て、1998~2001年、タイさくら金融証券会社、タイさくら金融会社勤務。2007~2010年、財団法人日本タイ協会事務局長、常務理事。2011年、三明化成株式会社勤務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<書評への付記>

原書のタイトルは、Red vs. Yellow: Volume 1: Thailand's Crisis of Identity で、タイの英語出版社 White Lotus(白蓮出版) から2009年に出版されたもののようだ。


日本語版には、つづきは続編として執筆するとあったが、それは Red Vs. Yellow, Vol. 2: Thailand's Political Awakening (タイの政治的覚醒)として2011年に出版されていることもわかった。



とくに第2巻の副題である「政治的覚醒」は、著者の歴史認識のただしさを示しているといえよう。ぜひ読んでみたいが、日本語訳がでるのかどうかは現時点では不明。

原著は、バンコクでならまだ入手可能かもしれない。


PS なお、第2部は『赤vs黄 第2部-政治に目覚めたタイ-』(めこん)として、2014年10月にに日本語版が出版された。(2015年9月5日 記す)





<ブログ内関連記事>

「バンコク騒乱」から1周年(2011年5月19日)-書評 『イサーン-目撃したバンコク解放区-』(三留理男、毎日新聞社、2010)

書評 『バンコク燃ゆ-タックシンと「タイ式」民主主義-』(柴田直治、めこん、2010)
・・「バンコク騒乱」については、日本語で読めるこの二冊を推奨したい。前者は日本人フォトジャーナリストによる写真集、後者はバンコク駐在の新聞記者によるドキュメント

来日中のタクシン元首相の講演会(2011年8月23日)に参加してきた

「第67回 GRIPSフォーラム」で、タイ前首相アピシット氏の話を聞いてきた(2012年7月2日)

書評 『クーデターとタイ政治-日本大使の1035日-』(小林秀明、ゆまに書房、2010)

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)
・・タイ社会の変化の深層を知るための必読書

書評 『タイに渡った鑑識捜査官-妻がくれた第二の人生-』(戸島国雄、並木書房、2011)
・・タイ社会を治安維持の観点から警察官の視点でみる

タイのあれこれ 総目次 (1)~(26)+番外編




(2012年7月3日発売の拙著です)





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