「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 志士 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 志士 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年12月17日金曜日

書評『相楽総三とその同志』(長谷川伸、中公文庫、1981)は、非命に斃れた草莽の志士たちの記録を心血を注いで掘り起こしたノンフィクションの鑑(かがみ)

 


昭和18年(1943年)に初版が出てからすでに80年近くたつ作品だ。購入してからすでに40年(!)もたっているが、通読したのは今回がはじめて。

ようやく読み終えたというのは、この2週間読んでいたということだけでなく、40年間のさまざまな思いを吐露したものでもある。作者の長谷川伸(1884~1963)も、この世を去ってからすでに60年近くたっている。

相楽総三(さがら・そうぞう)とは幕末の志士勤王派のいわゆる草莽(そうもう)の志士である。本名は小島四郎。大名貸で財をなした下総国相馬出身の富豪で、江戸に居住していた小島家に生まれた御曹司である。渋沢栄一もそうであったが、維新の志士には豪農や豪商出身者が少なくない。

相楽総三とその同志たちが結成したのは「赤報隊」(せきほうたい)その多くが藩の背景をもたない浪士で、剣術と平田国学の教えによって勤王派となった人たちであった。渋沢栄一が剣術を修行し、漢学を教養としていた点と好対照となるだろう。ただし、おなじ勤王とはいえ、平田国学と水戸学を中心とした陽明学の違いは意外と大きいかもしれない。

相楽総三が名をあげたのは「薩摩藩邸焼き討ち事件」である。この事件は、幕府を挑発するために薩摩藩の西郷隆盛が立案し実行させたものだ。西郷の指示を受けたの相楽総三ら関東浪士は、約300人の浪士を厚め、幕府に対して挑発行為を繰り返した結果、幕府側はまんまとそのワナに引っかかったのである。薩摩藩の「別働隊」として大きな役割を果たしたのである。

相楽総三とその同志の一部は、作戦展開上、焼き討ちされた薩摩藩邸から応戦せず、薩摩藩の軍艦で品川から命からがら脱出し、兵庫から上陸して陸路で京都に上洛している。その京都で「赤報隊」が結成された。

そこで相楽総三が強く主張したのは甲府を攻めて、江戸を背後から叩くという作戦だった。だが、官軍の意志に反したこの作戦の断行が、抗命とみなされることになる。

京都から中山道を経て信州の下諏訪に至り、そこを本拠地として活動していた最中に、非情にも西郷隆盛や岩倉具視の率いる官軍から「偽官軍」の汚名を着せられ、捕縛されさ辱めを受けたのち、弁明を述べることも赦されず、相楽以下数人は斬首され、しかもさらし首となった。粛清されたのである。ときに相楽総三30歳の最期であった。 死に際は立派であったという。

どうやら官軍側の認可のうえで、相楽が農民たちに約束した「年貢半減」が粛清の原因となったようだ。財源問題からそれが実行不可能と悟った官軍が、そのなかでも岩倉具視が、都合の悪くなった赤報隊を抹殺することに決したらしい。革命運動にはつきものの粛清とはいえ、悲劇的としかいいようがない。 


■相楽総三と「赤報隊」の名誉回復に60年

冤罪が雪がれ名誉回復がなされたのは、なんと死後60年たった昭和3年(1928年)のことであった。薩長が牛耳る藩閥政治が続いていたあいだ、相楽総三と赤報隊のことはタブーとなっていたのである。 

その名誉回復のストーリーが「木村亀太郎泣血記」として冒頭に置かれている。祖父の非命を知った孫が、長年にわたって奔走した結果、ようやく実現した血涙の記録である。 

この話のなかに、木村亀太郎が男爵となっていた渋沢栄一と対面し、助力を乞うたエピソードが登場する。

渋沢自身は、相楽総三とは直接面識はなかったが、その同志であった竹内練太郎(のちの金原忠蔵)などと一緒に高崎城焼き討ちを計画した同志だった。この未遂に終わったテロ計画と竹内練太郎の話は、渋沢栄一の自伝である『雨夜譚』でも語られている

その後、赤報隊に入った金原忠蔵こと竹内練太郎は、小諸藩との戦闘で戦死している。そんなこともあって、渋沢栄一もまた相楽総三とその同志たちの名誉回復には影ながら大きな支援をしたらしい。 

著者は「自序」でこう記している。なぜ相楽総三とその同志たちを取り上げたかの理由である。 

明治維新の鴻業は公卿と藩主と藩士と、学者、郷士、神道家、仏教家とから成ったの如く伝えられがちだが、そしてまた、関東は徳川幕府の勢力地域で、日本の西は討幕、東は援幕と印象づけられがちだが、その二つとも実相でないことを『相楽総三とその同志』は事実に拠って弁駁表明している・・

解説を執筆している弟子の村上元三氏によれば、またこのようにもつねづね言っていたという。 

明治維新というものは、京都の公家、薩摩や長州などの倒幕派、それに神官などだけで達成したものではない。関東の武士、ほかに賊軍とされて功績を地に埋もれさせられた名もなき人びと、世にごろつきといわれる人間たちの働きも、あずかって大きな力があった

相楽総三もまた、その一人であった。著者は「自序」の冒頭にこう記している。

相楽総三という明治維新の志士で、誤って賊名のもとに死刑に処された関東勤王浪士と、その同志でありまたは同志であったことのある人びとのために、十有三年間、乏しき力を不断に注いで、ここまで漕ぎつけたこの一冊を「紙の記念碑」といい、は「筆の香華(こうげ)」と私はいっている。 

地味な内容で、あまり読まれないであろうことがわかっていながらも、著者はあえて取り組んだという。13年間の月日をかけて資料を集め、執筆し、自費出版で出したものだ。

たしかに、地味な内容である。だが、著者にとっては縁もゆかりもない人びとの、権力に都合によって抹殺された記録を掘り起こし、記録としてまとめたこの仕事は、大いに顕彰されるべきものであろう。 

相楽総三たちが処刑された下諏訪は、甲府とともにわたし自身も社会人になってからの数年間、出張で何度も通った地だ。かつて中山道の宿場町として栄えた地である。

だが、1980年代後半のその当時、下諏訪で相良総三のこと耳にしたことはまったくなかった。だから、この本を購入していながら読むこともなかったのだろう。問題意識がなかったのだからだろう。おなじく中公文庫から復刊された長谷川伸の『日本俘虜史 上下』のほうは大学時代に読んで大いに感心していたのだが・・。


■折口信夫が長谷川伸に直接伝えた「よいものを書いて頂いてありがとうございました」

購入してから40年目にして、ようやく読む決意を固めたのは、先日のことだが、村上一郎の『草莽論 ー その精神史的自己検証』(ちくま学術文庫、2018 初版1972)の末尾に近くにある文章を目にしたからである。この文章じたいがすばらしいので引用しておこう。(*太字ゴチックは引用者=さとう)


岩田正の『釋迢空』(紀伊國屋新書)によって知ったのだが、折口信夫は或る時、車中で長谷川伸と乗り合わせ、一面識もないこの作家につかつかと歩み寄り、名刺を出して、「よいものを書いて頂いてありがとうございました」とていねいにお辞儀をしたそうである。よいものとは、『相楽総三とその同志』のことであった。折口の久坂玄瑞の歌に対する渇仰は知られているが、東国草莽への想いも、ひとかたならぬものがあったことを知り、わたしは折口信夫を少しく好きになったのである。(P.285) 


おそらく折口信夫にとっては、平田国学に準じた草莽の志士たちのことが他人事ではなかったのではないだろうか。柳田國男も折口信夫もまたそうだが、日本民俗学は平田国学の圧倒的影響のもとに生まれたものであるからだ。

伊那の平田国学の徒は、下諏訪で処刑された相楽総三とその同志たちの死を悼んで「魁碑」(さきがけひ)を建立している。企画展の図録明治維新と平田国学』(国立歴史民俗博物館、2004)には、その図像が収録されている。


 (『明治維新と平田国学』(国立歴史民俗博物館、2004)より)


わたしもまた「維新の負け組の末裔」とはいえ、官軍であった「相楽総三とその同志」たちとは縁もゆかりもない者である。

だがそれにもかかわらず、折口信夫ならずとも「よいものを書いて頂いてありがとうございました」と、この場を借りていまは亡き著者には伝えたい。 


画像をクリック!



PS 『相楽総三とその同志』の中公文庫版は現在入手不能だが(・・文庫版もあまり売れなかったようだ)、現在は講談社学術文庫から再刊されている。 


PS2 相楽総三と赤報隊

その後、相楽総三と赤報隊については、さまざまな研究蓄積がなされている。相楽総三については、『日本近代化の思想』(講談社学術文庫、1986)でも民衆史の鹿野政直氏が言及しているように、民衆史の観点から、とくに左派からは大きな関心を寄せられてきたようだ。とはいえ、先鞭をつけた本書の価値は、いささかなりとも減ずるものはないと言って過言ではないだろう。


PS3 「赤報隊」の前に「偽官軍」として処刑された事件があった

福岡在住の作家で郷土史家の浦辺登氏の教示で、赤報隊の前に「偽官軍」として処刑された事件があったことを知った。天草(熊本県)と宇佐(大分県)でおきた「花山院隊事件」である。この「偽官軍事件」の犠牲者である草莽の志士たちもまた、維新史に取り上げられことなく闇に消されていたらしい。非命に斃れた草莽の志士たちの鎮魂は、いまだ終わっていないのである。


PS4 相楽総三とその同志たちの肖像画なり写真は残されていないのはなぜか?

活動家やテロリストなどは当然だが、相楽総三とその同志もまた「地下活動」をしていたので、変名を使用しており、肖像画や写真が残されていないのは当然だと考えるべき。渋沢栄一の丁髷姿の写真は、幕臣となってフランス渡航前のものであり、近藤勇の写真もまた正式に幕臣になる前だが、浪士隊時代のものではなく、新選組隊長時代のものである。


PS4 「赤報隊」と名乗るテロリストについて

「赤報隊事件」とは、1987年に朝日新聞阪神支局で記者が散弾銃によって殺傷されたテロ事件だ。言論機関を狙った卑劣な犯罪である。当時から右翼関係者による犯行だとされていたが、迷宮入りしたまま時効が過ぎ、現在に至るまで真相が明らかになっていない。 朝日新聞記者の30年にわたる執念の取材の成果である『記者襲撃-赤報隊事件30年目の真実』(樋田毅、岩波書店、2018)は、「統一教会」関与疑惑に迫っている。テロリストの「赤報隊」と相楽総三の「赤報隊」には、なんら関係はない。

(2021年12月30日、2025年7月17日 情報追加)


<ブログ内関連記事>




■相楽総三とその同志とのつながりのあった尊皇攘夷の志士であった渋沢栄一




■下総と平田国学



■相楽総三とその同志を切り捨て、死に追いやった岩倉具視と西郷隆盛


 



■下諏訪という土地の重層性

・・諏訪神社のある諏訪の重層的な土地柄についての話がある

(2021年12月20日、12月30日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2013年10月16日水曜日

夢野久作の傑作伝記集『近世怪人伝』(1935年)に登場する奈良原到(ならはら・いたる)と聖書の話がめっぽう面白い



夢野久作の快作 『近世怪人伝』(1935年)に登場する奈良原到(ならはら・いたる)と聖書の話がめっぽう面白い。

前半生を悔い改めた元暴力団員たちのキリスト教伝道団(!)が自らの反省を語った刺青クリスチャン 親分はイエス様』(ミッション・バラバ、講談社プラスアルファ文庫、2001)という抱腹絶倒だがえらくまじめな自伝集があるが、それよりもはるかに面白いのが『近世怪人伝』に登場する元福岡藩士の奈良原到(ならはら・いたる)という無名人の語りである。

「青空文庫」に全文がアップされているので、ぜひ読んでいただきたいが、「まえがき」と聖書にまつわる語りだけでも紹介しておこう。

夢野久作は、主人公による語りが特徴の独特な文体をもった作家であった。読みやすくするため改行を増やしておいた。かなり長い引用になるが、夢野久作については後述する。まずは引用文を読んでいただきたい。

まえがき

筆者の記憶に残っている変った人物を挙げよ……という当代一流の尖端雑誌新青年子の註文である。もちろん新青年の事だから、郵便切手に残るような英傑の立志談でもあるまいし、神経衰弱式な忠臣孝子の列伝でもあるまいと思って、なるべく若い人達のお手本になりそうにない、処世方針の参考になんか絶対になりっこない奇人快人の露店を披(ひら)く事にした。

とはいえ、何しろ相手が了簡(りょうけん)のわからない奇人快人揃いの事だからウッカリした事を発表したら何をされるかわからない。新青年子もコッチがなぐられるような事は書かないでくれという但書(ただしがき)を附けたものであるが、これは但書を附ける方が無理だ。奇行が相手の天性なら、それを書きたいのがこっちの生れ付きだから是非もない。サイドカーと広告球(アドバルン)を衝突させたがる人間の多い世の中である。お互いに運の尽きと諦めるさ。

・・(中略)・・

奈良原到

前掲の頭山、杉山両氏が、あまりにも有名なのに反して、両氏の親友で両氏以上の快人であった故奈良原到(ならはら・いたる)翁があまりにも有名でないのは悲しい事実である。のみならず同翁の死後と雖(いえど)も、同翁の生涯を誹謗(ひぼう)し、侮蔑(ぶべつ)する人々が尠(すくな)くないのは、更に更に情ない事実である。

奈良原到翁はその極端な清廉潔白と、過激に近い直情径行が世に容(い)れられず、明治以後の現金主義な社会の生存競争場裡に忘却されて、窮死(きゅうし)した志士である。つまり戦国時代と同様に滅亡した英雄の歴史は悪態(あしざま)に書かれる。劣敗者の死屍(しかばね)は土足にかけられ、唾(つばき)せられても致方(いたしかた)がないように考えられているようであるが、しかし斯様(かよう)な人情の反覆の流行している現代は恥ずべき現代ではあるまいか。

・・(中略)・・

国府津(こうづ)に着いてから正宗の瓶と、弁当を一個買って翁に献上すると、流石(さすが)に翁の機嫌が上等になって来た。同時に翁の地声がダンダン潤おいを帯びて来て、眼の光りが次第に爛々炯々(らんらんけいけい)と輝き出したので、向い合って坐っていた二人が気味が悪くなったらしい。箱根を越えない中(うち)にソコソコと荷物を片付けて、前部の車へ引移ってしまったので、翁は悠々と足を伸ばした。世の中は何が倖(しあわせ)になるかわからない。筆者もノウノウと両脚を踏伸ばして居ねむりの準備を整える事が出来た。その二人の脚の間へ翁が又、弁当箱の蓋にオッ立てた蝋燭(ろうそく)の火を置いたので、筆者は又、油断が出来なくなった。

翁は一服すると飯を喰い喰い語り出した。

「北海道の山の中では冬になると仕様がないけに毎日毎日聖書を読んだものじゃが、良(え)え本じゃのう聖書は …… アンタは読んだ事があるかの ……」

「あります …… 馬太(マタイ)伝と約翰(ヨハネ)伝の初めの方ぐらいのものです」

「わしは全部、数十回読んだのう。今の若い者は皆、聖書を読むがええ。あれ位、面白い本はない」

「第一高等学校では百人居る中で恋愛小説を読む者が五十人、聖書を読む者が五人、仏教の本を読む者が二人、論語を読む者が一人居ればいい方だそうです」

「恋愛小説を読む奴は直ぐに実行するじゃろう。ところが聖書を読む奴で断食をする奴は一匹も居るまい」

「アハハ。それあそうです。ナカナカ貴方(あなた)は通人ですなあ」

「ワシは通人じゃない。頭山や杉山はワシよりも遥かに通人じゃ。恋愛小説なぞいうものは見向きもせぬのに読んだ奴等が足下にも及ばぬ大通人じゃよ」

「アハハ。これあ驚いた」

「キリストは豪(えら)い奴じゃのう。あの腐敗、堕落したユダヤ人の中で、あれだけの思い切った事をズバリズバリ云いよったところが豪(えら)い。人触(ふ)るれば人を斬り、馬触(ふ)るれば馬を斬るじゃ、日本に生れても高山彦九郎ぐらいのネウチはある男じゃ」

「イエス様と彦九郎を一所(いっしょ)にしちゃ耶蘇(やそ)教信者が憤(おこ)りやしませんか」

「ナアニ。ソレ位のところじゃよ。彦九郎ぐらいの気概を持った奴が、猶太(ユダヤ)のような下等な国に生れれば基督(キリスト)以上に高潔な修業が出来るかも知れん。日本は国体が立派じゃけに、よほど豪い奴でないと光らん」

「そんなもんですかねえ」

「そうとも …… 日本の基督教は皆(みな)間違うとる。どんな宗教でも日本の国体に捲込まれると去勢されるらしい。愛とか何とか云うて睾丸(きんたま)の無いような奴が大勢寄集まって、涙をボロボロこぼしおるが、本家の耶蘇はチャンと睾丸(きんたま)を持っておった。猶太(ユダヤ)でも羅馬(ロウマ)でも屁とも思わぬ爆弾演説を平気で遣(や)りつづけて来たのじゃから恐らく世界一、喧嘩腰の強い男じゃろう。日本の耶蘇教信者は殴られても泣笑いをしてペコペコしている。まるで宿引きか男めかけのような奴ばっかりじゃ。耶蘇教は日本まで渡って来るうちに印度洋かどこかで睾丸(きんたま)を落いて来たらしいな」

「アハハハハ。基督の十字架像に大きな睾丸(きんたま)を書添えておく必要がありますな」

「その通りじゃ。元来、西洋人が日本へ耶蘇教を持込んだのは日本人を去勢する目的じゃった。それじゃけに本家本元の耶蘇からして去勢して来たものじゃ。徳川初期の耶蘇教禁止令は、日本人の睾丸(きんたま)、保存令じゃという事を忘れちゃイカン」

筆者はイヨイヨ驚いた。下等列車の中(うち)で殺人英傑、奈良原到翁から基督教と睾丸(きんたま)の講釈を聞くという事は、一生の思い出と気が付いたのでスッカリ眼が冴えてしまった。

奈良原到翁の逸話はまだイクラでもある。筆者自身が酔うた翁に抜刀で追っかけられた話。その刀をアトで翁から拝領した話など数限りもないが、右の通(とおり)、翁の性格を最適切にあらわしているものだけを挙げてアトは略する。

因(ちなみ)に奈良原翁は嘗(かつ)て明治流血史というものを書いて出版した事があるという。これはこの頃聞いた初耳の話であるが、一度見たいものである。


どうだ、まいったか!?(笑) 

野卑で下品でグロテスクなまでの表現に満ち満ちていますが、それは奈良原翁本人の語りであるので悪しからずご了承いただきたく。

ちなみに上記の文章に登場する高山彦九郎(1747~1793)とは、江戸時代中期の熱烈な尊王思想家。戦前の修身の教科書に登場していた人物だそうですが、現在ではまったく知名度がありません。京都の三条大橋のそばに、ひざまずいて御所を望拝する銅像があります。

しかしまあ、イエス・キリストを「奇人」として知られていた高山彦九郎になぞらえるとは・・・

(京都の三条大橋そばの高山彦九郎像 筆者撮影)


奈良原翁の述懐は、幕末維新の白刃のもとを駆け抜けた武士のキリスト教と聖書との出会いの一例でありますね。

旧士族、とくに負け組となった旧士族のなかにはキリスト教徒になった者が多々ありますが、いずれもまじめくさったものが多いなか、新撰組出身の結城無二三(ゆうき・むにぞう)や、この奈良原到のようなテロリストのなれの果てのような例もあったことは記憶の片隅にでもおいておきたいものではありませんか?(・・ただし、奈良原到がキリスト教徒になったかどうかは、わたしにはわかりません)。

イエス・キリストを、「キリストは豪(えら)い奴じゃのう。あの腐敗、堕落したユダヤ人の中で、あれだけの思い切った事をズバリズバリ云いよったところが豪い」。また、「猶太でも羅馬(ロウマ)でも屁とも思わぬ爆弾演説を平気で遣やりつづけて来たのじゃから恐らく世界一、喧嘩腰の強い男じゃろう」と、心の奥底から共感しているのは、みずからも前半生を重ね合わせているのでしょうか。

なぜ武士が明治になってからキリスト教に出会って惚れこんだのか、その一つの解答にはなっているのではありますまいか?



「クリスチャン」という表現にまとりつくステレオタイプなイメージを壊すべき

この文章をあえて長々と引用したのは、わたしは「クリスチャン」という日本語が嫌いだからです。

英語の christian をそのままカタカナにしたのがクリスチャンですが、英語の christian とは違い、日本語でクリスチャンというと、どうしてもまじめだが融通の利かない人というイメージが固定化しているように思えてなりません。

わたし自身はキリスト教徒ではありませんが、わたしの知っているキリスト教徒の日本人は、かならずしもステレオタイプな「クリスチャン」ばかりではありません。いや、むしろそうでない人のほうが多いでしょう。

だからわたしは、「クリスチャン」ではなく「キリスト教徒」とという表現をいつもつかっているのです。仏教徒といえば千差万別であることはこの日本では自明なのに、クリスチャンというとイメージが固定していしまうのは避けるべきではないか、と。

カトリックには作家の遠藤周作のようにシリアスな純文学を書く一方で、ユーモア小説を量産していた人もいますが、それは個人的特性だと言って片づけられてしまう恐れがあるのではないでしょうか。

どう捉えるもその人の自由。わたしも奈良原翁と同様、イエス・キリストはかなり暴力的な人であったという印象をもっております。



夢野久作について

この文章が江戸川乱歩も連載をもっていた探偵小説の雑誌『新青年』に発表されたのは1935年(昭和10年)、その時代もまた幕末と同様にテロが横行した時代でありました。

翌年の1936年2月26日には日本を震撼させた二二六事件が勃発していますが、その直後の3月11日に夢野久作は急逝しています。享年48歳でした。


(夢野久作 wikipedia より)


「この本を書くために生きてきた」という述懐の 『ドグラマグラ』(1936年)という巨編を残して世を去った夢野久作は、右翼の巨頭であった杉山茂丸(すぎやま・しげまる)の長男でありました。

杉山茂丸や、その盟友で右翼結社・玄洋社の社長であった頭山満については、このブログでも 『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし! で取り上げてあります。いずれも明治維新に際して藩主の優柔不断のために苦杯をなめることになった旧福岡藩士です。

 『近世怪人伝』(1935年)は上掲の奈良原到は言うまでもなく、頭山満と杉山茂丸といた両巨頭から無名人に至るまで、最初から最後までとおして読んでいただきたい傑作なのであります。

冒頭に掲載したのは福岡の葦書房が創業25年記念として非売品として配ったものを古書店で購入したもの。わたしが読んできたのは、『夢野久作全集11』(ちくま文庫、1992)です。いずれも入手困難ですが、さいわいにもネット上の「青空文庫」で無料で読むことができます。

わたしは、この本を手にとってしまったが最後、そのたびについつい読みふけってしまうのであります。それほど面白いのです。抱腹絶倒しながら読めば、なぜか不思議な元気がでてくる内容です。

ぜひこの文章の前もふくめた全文をお読みいただきたいと思う次第です。




PS 2015年6月19日に文春学藝ライブラリーより、『近世怪人伝』が久々に復刊されます。青空文庫でも無料で読めますが、書籍の形で読みたい人はぜひ! (2015年6月17日 記す)



<ブログ内関連記事>

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!
・・「夢野久作といえば『ドグラマグラ』という小説で知られているが、その父は杉山茂丸という右翼の巨頭であった。茂丸の交友関係のなかに登場する最重要人物が頭山満であり、その姿は『百魔』(講談社学術文庫、)に活写されているだけでなく、息子の夢野久作(・・本名・杉山泰道)の『近世怪人伝』(昭和10年)に愛情をこめて描かれていることは知る人ぞ知ることだ。わたしの愛読書の一冊でもある。現在は、ちくま文庫に収録されているので、興味のある方はぜひお読みいただきたい」(・・ちくま文庫版は現在は入手困難。本文中に書いたように青空文庫で)

書評 『霊園から見た近代日本』(浦辺登、弦書房、2011)-「近代日本」の裏面史がそこにある

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門 ・・まずはこの一冊というべきナショナリズム入門


■武士と聖書とキリスト教

書評 『聖書を読んだサムライたち-もうひとつの幕末維新史-』(守部喜雄、いのちのことば社、2010)-精神のよりどころを求めていた旧武士階級にとってキリスト教は「干天の慈雨」であった

書評 『武士道とキリスト教』(笹森建美、新潮新書、2013)-じつはこの両者には深く共通するものがある

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・まず日本に入ってきたのは漢訳聖書であった

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに

「旧江戸川乱歩邸」にいってみた(2013年6月12日)-「幻影城」という名の「土蔵=書庫」という小宇宙

「自分のなかに歴史を読む」(阿部謹也)-「自分発見」のために「自分史」に取り組む意味とは
・・夢野久作の傑作『ドグラ・マグラ』などについて触れてある




(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2010年11月11日木曜日

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)



かくすれば かくなるものと知りながら 
  やむにやまれぬ 大和魂

 幕末の志士たちに多大なる影響を与えた吉田松陰の歌である。

 現代語訳すれば、以下のようなものになるだろうか。 
 
このようなことをすれば、このような結果になることを十分承知していながら、止むに止まれぬ気持ちから行動に踏み切った。これこそが日本人の魂なのだ。

 神童の誉れ高き学者でありながら、直情径行といってもよいほどの熱い行動の人であった吉田松陰。失敗に終わった米国密航計画について、獄中で振り返って詠んだ歌だ。
 長州出身ではない私は、正直なところ吉田松陰はあまり好きではないのだが、この歌にあふれる熱い思いには、人を動かすチカラがあることは誰にも否定できまい。

*********

 海上保安官による「尖閣ビデオ流出」事件、YouTube にアップされた映像は翌日朝にみたが、ハンドルネーム sengoku38 の快挙には快哉を叫びたくなったものである。

 中国漁船(・・実は工作船)が海上保安庁の巡視艇に故意に衝突してきて、その結果漁船は拿捕され、船長が逮捕された事件でる。その後、不可解な形で船長を釈放した政府の決定から始まった国民の落胆と怒りは、主権侵害行為に対する無為無策だけでなく、むしろ敵失に近い意志決定に対してのものである。

 事件発生当初から、ビデオの全面公開をしてもらいたいと思って、twitter にもずっと投稿を行っていた私である。「国民の知る権利」をないがしろにし、自国の固有領土という「国民の生命財産」を守る姿勢を見せない政府に対する怒りがあるのは、国民の大半と意見をともにしている。

 昨日(2010年11月10日)、ビデオのアップを行ったのが神戸のネットカフェであることが捜査の結果発覚した。公務員の守秘義務違反なる罪で捜査令状をとった警察が、 YouTube を所有する Google から資料を押収して判明した。
 そしてついに、本人が上司に自分がやったことを告白し、自首することになったというのが事の顛末だ。

 報道によれば、海上保安官(sengoku38)の真意は以下のようになる。どの報道機関でも同様の報道を行っているので要旨をまとめておこう。

「国民には見る権利がある」
「一部の人間の都合で機密でないモノが機密になっている」
「良識ある人間であれば映像を見れば答えはどっちにあるか分かるはずだ。そこをなぜ PR しないのか」
「隠していいのか、判断材料として見てもらうのが一番。うやむやになってはいけないと思った」
「映像は元々国民が知るべきものだ」
「本当に私がやったことが国民全体の倫理に反することであれば甘んじて進んで刑にも服す」

 この国家公務員の覚悟を知って安心した。まさに、吉田松陰の歌「かくすれば かくなるものと・・・」そのものではないか。
 分別盛りの43歳、家族をかかえた一人の日本男子にとって、けっして一時の激情に駆られての行為ではあるまい。しかし、告白するかどうかそうとう悩んだことだろう。
 覚悟のうえで行動に踏み切った海上保安官の行動には、日本人として賞賛を送りたい。


 国民の多くが政府に対する不信感を抱くにいたっている。
 日本という国家のメルトダウンが始まっているのではないか? 亡国への道へと勢いをつけて転落しつつあるのではないかという不安である。

 時代の「空気」は明らかに、昭和初期の五・一五事件に似てきている。このクーデタ未遂事件においては、国民の声は反乱者に同情的で、寛大な処置を求める意見も多かったという。
 今回も、勇気ある内部告発者である海上保安官にたいする同情の声が 8割を超えるという。

 国民の官僚不信にかこつけて、自らの保身と情報隠蔽に走る政府と政権党。
 国防の現場を知ろうとしない政権幹部の奢り、国民の知る権利をないがしろにする政府の姿勢・・・
 そしてその尻馬ののって国民世論をミスリードする役割を果たしているマスゴミ。
 しかし、国民はバカではない。世論調査の結果が何よりもそれを示している。
 
 このままズルズルと落ち込んでいくと、最悪の事態を迎える可能性もないとはいえない。強力なリーダーを求める国民の願望が、ふたたびファシズムへの道を招かないとは誰にいえようか?
 いったん「空気」が醸成されると、ダムが決壊したような勢いで一気に動き出すのが日本人である。

 今回の「尖閣ビデオ流出」の件、「やむにやまれぬ」内部告発の行動そのものは賞賛したいが、国家公務員としての守秘義務違反の罪にかんしてはかなり微妙なところだろう。公開の場である裁判で、法廷の場でシロクロ決着つけるしかあるまい。うやむやにすべきではない。
 そうでないと、国民の政治不信は頂点に達するであろう。

 事の本質は中国ではない。この国の政府なのである。命を張って公務に専心している海上保安官、海上自衛官の憤懣は十二分に理解できる。
 スキを見せるからつけこまれるのである。これは国際社会というジャングルにおいては不思議でも何でもない行動だ。スキを作っているのは・・・いうまでもなかろう。
 
 もちろん、中国政府と中国そのものが一体ではないことも当然だ。中国政府と中国人も一体ではない。今回のノーベル平和賞受賞の件をみれば十分に理解できるところだ。

 ビジネスマンである私は当然のことながら実利を重んじる。
 しかし、人間には絶対に譲ってはならないものがある。何ごとも是々非々で臨まねばならない。

 この件については、いろいろ思うこともあるが、また別の機会に譲ることとしたい。

**********

 米国密航計画が挫折し、自首したうえで国事犯として獄につながれた吉田松陰。処刑が決まって辞世の歌を詠んだ。最後に紹介して締めとしたい。


身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 
  留め置かまし 大和魂


画像をクリック!



<ブログ内関連記事>

単独でアクセス数3万を越えた記事が出現!(2013年12月9日)
・・ブログ記事 「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)は3万アクセス突破。現在も記録更新中

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲) 

「行動とは忍耐である」(三島由紀夫)・・・社会人3年目に響いたコトバ

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)
・・「空気」が支配しやすい日本について

ネット空間における世論形成と「世間」について少し考えてみた
・・「空気」が支配しやすい日本について

米国は「熱気」の支配する国か?-「熱気」にかんして一読者の質問をきっかえに考えてみる 
・・Tea Party Movement について考える

バカとハサミは使いよう-ツイッターの「軍事利用」について
・・メディアとしてのツイッター、YouTube みな使い方次第で「武器」になる

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009) ・・海上保安庁巡視艇と北朝鮮不審船との激しい銃撃戦についても言及。海上保安官は命を張って国を守っている!

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)・・航空母艦なき現在、陸上にある海軍航空基地は最前線である!

(2015年1月5日 情報追加)



P.S. その後の「流出」海上保安官の処遇について

 結局、「尖閣ビデオ」を YouTube に流出させた海上保安官は、免職とはならずに一年間停職という処分を海上保安庁から受けることとなった。本人はすでに辞職願を提出していたので、退職となる。落としどころとしては、こんなところだろう。検察は書類送検することになっているが、起訴猶予となると見られている。

 道義的には「流出」海上保安官には、国民として私は全面賛成、しかし「情報漏洩」にかんしては職務規律違反であることは否定できない。海上保安庁の組織としての綱紀粛正の観点からいっても、落ち着くところに落ち着いたというべきである。

 本人としては、職を賭して流出に踏み切ったわけだから、公開はしても、後悔の二文字は絶対にクチにしてほしくはない。

 今後の本人の身の振り方については、道義的に正しいことをしたのだから、間違いなく誰か篤志家が身元を引き受けることとなろう。もしそうでなければ、日本人自身が義に薄い国民として軽蔑されることになる。しかるべきポジションで、生活に困らぬよう手をさしのべていただきたい。

(2010年12月22日 記)





P.S. 2 外国人記者クラブでの会見と著書について

 2011年2月14日、sengoku38 こと元海上保安官の一色正春(いっしき・まさはる)氏が、外国特派員協会で記者会見で質疑応答を行っていることを、取材中のジャーナリスト上杉隆氏のツイートでたまたま知って、Ustream にいる中継をリアルタイムで見ることができた。

 質疑応答の内容も人物も、思っていたとおり、きわめてまっとうであった。

 一色氏が本を出版することも、ツイッターの書き込みで知った。『何かのために sengoku38の告白』(一色正春、朝日新聞出版、2011)、さっそく amazon で取り寄せ、さきほど目を通してみた。
 この著書もまた、きわめてまっとうな内容であった。そうでなくても、すでに尖閣事件が風化し始めている。一色氏が著書で主張されているように、あらためてあの事件の本質が何であったのか、国民のひとりひとりが考えるべきだと思う。

 私が書いた上記のブログの文章で「自首した」とあるが、同書によれば「出頭」はしたが、「自首」したのではないと明確に否定している(P.141)。私の認識違いであり、この場を借りて修正させていただきます。(2011年2月20日) (*ブログ本文は記録性の意味があるので、修正はしないままにしてある)
 
『何かのために-sengoku38 の告白-』(一色正春、朝日新聞出版、2011) を読む-「尖閣事件」を風化させないために! を2011年2月21日にアップしたので、ご参考まで。



PS3 特定秘密保護法」が12月6日に国会で可決

とはいえ、「尖閣ビデオ」を公開した元公務員も、「特定秘密保護法」が12月6日に国会で可決しましたので、これは仮定法ですが、施行された以降に発生したのであったなら、その時の政権が何党であろうが、同種の「情報漏洩事件」は処罰されることになっていたかもしれません。

このブログ記事は、民主党が政権党であった 2010年11月11日 づけの記録としての歴史的価値(?)はあるかもしれません。  

なお、このブログ記事は、2013年12月9日に3万アクセスを越えました。

(2013年12月10日 記す)



PS4 2015年度のNHK大河ドラマは『花燃ゆ』

2015年度のNHK大河ドラマは『花燃ゆは、吉田松陰の末妹で、後に久坂玄瑞の妻となる杉文(すぎ・ふみ。のちの楫取美和子)を主人公とした大河ドラマ。松下村塾を陰から支えた女性である。吉田松陰は杉家に生まれて吉田家に養子に出て家督を継いだ人。

なお、このブログ記事は、2015年1月5日現在、すでに4万5千アクセスを越えております。

(2015年1月5日 記す)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end