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2023年11月6日月曜日

書評『宗教と過激思想 ― 現代の信仰と社会に何が起きているか』(藤原聖子、中公新書、2021)― 社会的公正の実現を主張する人たちが切迫感にかられて暴力やテロに訴える背景にあるものとは

 


思わず手に取りたくなるタイトルである。「宗教」と「過激思想」と、2つのことばが「と」で挟まれている。だが、ほんとうは「宗教」は「過激思想」であると、「は」で挟んだほうがいいかもしれない。

そもそも、どんな宗教であれ、社会から受け入れられ、成熟化して「穏健化」するまでは「過激」である。自己主張のかたまりであるからこそ、新興宗教に限らず、どんな宗教でも他の宗教との違いをことさら強調する。設立最初は「過激」にならざるをえないはずだ。

とはいえ、暴力的で「過激」に見える宗教が目立つのはなぜか。とくに2000年代に入ってから「過激」さが際立っているのがイスラーム主義者のテロや暴力行為。前近代では「異端」とされていた宗教思想は、現代では「過激」な宗教思想となっている。英語では religious extremism という。

著者は、過激な言動の背後にある「思想」に注目している。暴力やテロなどの過激な行動を起こす「人物」は、それぞれに個別の動機や背景があるが、外部からその真意をうかがい知ることはむずかしい

それに対して、ことばで表現された「思想」は分析の対象として適切だ。しかも、比較分析が可能となるし、その分析から傾向を導きだすことができる。


■事例研究の対象としての「世界宗教」

著者は、結論ありきのアプローチではなく、事例を分析しながら現代の過激な宗教思想の「共通性」をあぶりだそうと試みている。

まずは、「世界宗教」あるいは「普遍宗教」とされている世界の三大宗教について、イスラム系過激思想、キリスト教系過激思想、仏教系過激思想から事例をとりあげている。

イスラム系過激思想からは、20世紀エジプトのイスラーム思想家サイード・クトゥブ米国の黒人解放指導者マルカムXが対比されているが、この2人がイスラーム主義者であり、かつ同時代人であったという指摘に、はっとささられる。

宗教が先にありきか、民族主義が先にありきか。これがかれらの相違点だ。マルカムXは、暴力を肯定していたわけではない。そこが、アルカーイダやISISの源流とされるクトゥブとの違いだ。

キリスト教系過激思想からは、白人でありながら黒人解放のため暴力も辞さず、「テロリストの父」とよばれる19世紀のジョン・ブラウン、中絶反対のためテロも暴力も辞さない米国の「プロ・ライフ」の福音派のキリスト教徒たち。

そして、仏教系過激思想からは、日本で「一人一殺」を実行した井上日召、暴力の向かう先が他者ではなく自分に対してであるが、焼身による抵抗運動をおこなうチベットの僧侶たちがとりあげられる。

暴力も辞さない過激な宗教思想は、けっして「一神教」特有のものではないことが明らかになる。一神教か一神教多神教かという、通俗的な二分法では見えてこないものがあるのだ。


■「民族宗教」と暴力化する「ナショナリズム」
 
過激な宗教思想は、世界宗教だけではない。

むしろ「民族宗教」こそ、かえって見えやすい形で「ナショナリズム」とむすびつきやすいみずからが属する集団の「アイデンティティを、他者を否定するかたちで明確化するのである。

自民族至上主義他民族排斥主義を主張する過激な宗教思想。「ナショナリズム」を近代に生まれた代替宗教と考えれば、これらの過激な思想は、ナショナリズムの極北といえるものであろうか。

取り上げられているのは、イスラエルとインド、そして日本の民族宗教である。ユダヤ教は「一神教」、ヒンドゥー教と神道は一般に「多神教」と分類されているが、むしろ「民族宗教」という側面に注目すべきである。本質的な差違は、一神教か否かという点には存在しない。

米国生まれでイスラエルに移住した正統派ユダヤ教のラビのメイル・カハネは、その暗殺後も、カハネ主義としてテロ組織認定されながらも、イスラエルでは熱烈な支持者がいる。選民思想の極地ともいうべき極端な思想である。


ヒンドゥー至上主義を唱える政党 BJP が、現在のモディ政権の出身母体であることは、比較的よく知られていることだ。隣国パキスタンやインド国内のイスラーム主義者によるテロや暴力からの脅威を批判し、それに対抗するための過激な言動を実際の政策に反映させている。

このインドの状況は、現在のイスラエルとよく似ているのではないか。

ムスリムとの共存を説いた「インド独立の父」ガンディーはヒンドゥー教徒であったが、過激なヒンドゥー至上主義者の青年によって暗殺されている。近年のインドでは、ガンディー暗殺犯を英雄として礼賛するインド人が増えているという情報もある。

インドとイスラエルは期間に違いがあるとはいえ、ともに英国の統治下から「独立」したことも共通している。この件は本書とは直接関係はないが、その他にも共通点が少なからずあることに気がつかされた。

神道系過激思想からは、安藤昌益が取り上げられているのは意外であった。

現在のイスラエルやインドの状況を想起させるような、戦前の「国体思想」につながる本居宣長や平田篤胤の思想ではなく、いっけん平和思想に見える安藤昌益の思想の過激性に注目している。

東洋系の宗教に共通するテーマだが、「梵我一如」や「天人合一」と表現される宗教思想のもつ正負両面に注目する必要がある。

ポジティブな側面とは「人類みなきょうだい」という人類愛の思想、ネガティブな側面とは「天に代わって悪を撃つ」ことが許されるという思想である。後者はテロを正当化することにつながりやすい。

宗教が説く人類愛と、不公正を糺すためにテロに訴える宗教思想は、じつは同根なのである。



■なぜ過激な宗教思想は暴力やテロと結びつきやすいのか

著者は、事例研究から過激な宗教思想の共通点を抽出している。著者が整理した4項目を、さらにわたしなりに書き直しておこう。


1. 「公正」な社会を求めていること。たんなる幸福ではなく、社会的な公正が実現されていないことを批判し、「不公正を糺す」ための行動が必要だとする
2. 問題解決に「いまでなければいつ?」という「切迫性」を感じていること
3. 西洋近代が生み出した民主主義、リベラリズム、社会主義、宗教性のないナショナリズムでは社会的公正は実現しないとし、問題解決を宗教そのものに求める
4. 自分が信じる宗教が、社会的公正実現の唯一のあり方だとみなし、そこに敵の存在を前提にした否定的な形での「アイデンティティ」を見いだす。「世界宗教」の場合は、国境を越えたネットワークを志向し、「民族宗教」の場合は国境線で明確にウチとソトを区分する道を選ぶ


「公正」とは英語でいえばジャスティス(Justice)のことだ。「公正な」(just)な社会の実現こそがカギである。経済格差が拡大し、平等とはほど遠いという不公正自分が割を食っているという不公平感。いずれも近代社会であるからこそ、生まれてくる感情である。

社会的公正を実現しなくてはならない。だが、民主主義的なプロセスなどまどろっこしい。「切迫感」を感じるからこそ、直接的な行動、つまり暴力やテロに訴える。短絡的にそう思いがちがちなのである。そして、その行動の背景には、過激な宗教思想があることが多い。

ただし、革命のような体制変革ではなく、あくまでもテロの段階にとどまる。パフォーマンス的なのである。

この本を読んでいると、明解に整理された結論がむりなく導きだされるのを感じて、ある種の心地よさを感じる。だが、はたしてだから読者であるわれわれは、いったいどうすべきなのかという疑問も生まれてくる。

おそらく、このような本を読む人は、過激な宗教が背景にある暴力やテロ事件が多発する理由を知りたいと思う人が大半であって、実際に過激な宗教思想を抱いていて、社会的公正の実現のためにテロを起こそうなどという人はいないだろう。

とはいえ、ネットに横行する陰謀論が引き金になっているケースは増大しつつある。トランプ主義者たちによる米国の連邦議会襲撃事件の引き金になったのも、ディープステート(DS)などのオカルト的な陰謀論であった。いとも簡単に陰謀論に絡め取られてしまう危ない状況。

本書が出版されたのは2021年5月、その翌年の2022年7月には、「安倍元首相銃撃事件」が発生している。

暗殺者の行動に、宗教的な背景が直接的に影響を与えているかどうかは別にして(・・井上日召の場合も、後付け的性格が濃厚だと著者が指摘している)、日本では「テロの伝統」があることを忘れてはならない。

本書ではサタニズム(悪魔主義)について簡単に触れられているが、過激な宗教思想だけでなく、オカルト的な陰謀論の影響についても、考察を深める必要がある。

著者の表現をつかえば、「思想内在的過激性」についての自覚が必要なのである。



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目 次 
はじめに 「イスラム過激思想」という造語への疑問 
序章 宗教・過激に関わるいくつかの言葉 
第1章 「アンチ西洋」ではくくれない ― イスラム系過激思想 
第2章 「弱き者のため」のエネルギーはどこから ― キリスト教系過激思想 
第3章 善悪二元論ではないのに ― 仏教系過激思想 
第4章 ナショナリズムと鶏卵関係か ― ユダヤ教・ヒンドゥー教・神道系過激思想 
第5章 過激派と異端はどう違うか 
終章 宗教的過激思想とは何か 
おわりに 「宗教的過激思想」が照らし出すもの 
あとがき
参考文献

著者プロフィール
藤原聖子(ふじわら・さとこ)
1963年東京生まれ。1986年東京大学文学部卒業、2001年シカゴ大学大学院博士課程修了(Ph.D)。東京大学大学院人文社会系研究科准教授などを経て、2017年から同教授。著書 には、『現代アメリカ宗教地図』(平凡社新書、2009)、 『教科書の中の宗教―この奇妙な実態』(岩波新書、2011)、 『ポスト多文化主義教育が描く宗教 イギリス<共同体の結束>政策の功罪』(岩波書店、2017)など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものにWikipedia情報を付加)



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2021年5月2日日曜日

ロープシンの『蒼ざめた馬』― 20世紀初頭ロシアのテロリストのサヴィンコフがペンネームで書いた作品

 

「テロリストといえばイスラム」と盲目的に連想してしまう人が多いだろう。アル・カーイダによる「9・11」の同時多発テロ(2001年)以降のことであるが、それはソ連のアフガン侵攻(1979年)に始まった一連の出来事から生まれてきたものだ。

だが、かつて日本でも、1930年代においては、「昭和維新」なるスローガンのもとに、要人を狙ったテロが頻発した。「戦後」も1960年頃まではテロが行われている。

右翼少年によって社会党の浅沼委員長が刺殺された事件がもっとも有名なものである。また、アナキズム系左翼による三菱重工業本社ビル爆破事件などの爆破テロや、赤軍派によるテルアビブ空港乱射事件なども行われた。

「昭和維新」とは、「明治維新」を先例とした名付けである。「明治維新」に至る幕末は、テロの時代であった。日本においては、幕末の「志士」こそテロリストの原型であったのだ。


つまり、テロやテロリストは、けっして日本の風土とも無縁ではないのである。

自らの思想や政治的な信念を、非暴力的な対話ではなく、暴力で実現しようとするのがテロリストのマインドセットである。「テロリスト」とは、「テロ」ないしは「テロル」を実行する人物のことを意味している。

「テロ」(テロル terror)とは、日本語では「恐怖」を意味することばだ。殺人を含めた破壊行為を見える形で行うことで、直接被害にあわなかった人びとに「恐怖」を与えることを目的にした行為のことである。

近代的な意味における「テロ」が、はじめて登場したのは「フランス革命」である。アナトール・フランスの小説のタイトル『神々は渇く』に表現されたように、革命は流血をともなうものである。しかも、それは凄惨なテロをともなうものだ。

「テロ」が政治的手段としてつかわれるようになったのは、ロシア帝国の専制政治体制に対する抵抗運動からだが、「テロリストといえば、ロシアの革命家たち」であった。



テロリストには「彼らなりの大義」があった-「勝てば官軍、負ければ賊」

テロリストというのは、じつにむずかしい存在だ。どいうことかというと、どんなひどいテロ行為であっても、「勝てば官軍」という要素があるからだ。テロは悪か正義か、立場によってまったく異なる評価がされるのはそのためだ。

もちろん、「イスラム国」のテロリストが残虐でかつ卑劣であることは言うまでもない。しかし、かれらにはかれらの大義やロジックが存在する。かれら以外には、とうてい受け入れがたい価値観であるとしても、彼らにとっては「大義」なのである。これはきわめて重要なポイントだ。

アルジェリアがフランスから独立するための戦争を行っていたのは、1954年から1962年にかけての8年間だが、独立派の手法は爆弾による一般市民への無差別攻撃という都市型テロそのものである。

『アルジェの戦い』(1966年、イタリア、アルジェリア合作)という有名な映画がある。トレーラーだけでも見ておくといいと思う。日本でも公開されて高く評価されたらしいが。都市型テロそのものである。カフェが爆破されるシーンは圧巻だ。




もしこの独立戦争が失敗に終わっていたら、独立運動もテロ以外のなにものでもなかったという評価がくだされたことだろう。

「ならぬものはならぬ」というのは会津の教えだが、テロ行為もまた「ならぬものはならぬ」と言い切ることが必要だ。「価値観」による経営が大事だと、わたしはつねづね言っているのだが、しかしその価値観が世の中の価値観に反するものであってはならない

明治維新の元勲であった伊藤博文もまた元テロリストであった。革命家やテロリストは、あくまでも結果論によって評価が生まれる。

そしてその伊藤博文は、朝鮮人テロリストの安重根(アン・ジュングン)によって満洲の哈爾浜駅で射殺された。安重根の評価が日韓で真逆となっているのも、当然といえば当然だろう。

たとえ大義がただしいとしても、失敗した革命は、歴史の表舞台に登場することはなく葬り去られる。伊藤博文も安重根も、ともに「成功」したテロリストであったからこそ歴史に名をとどめているのである。


■テロリストの「かなしき心」を語った詩人がいる

石川啄木の名前を聞いたことのない日本人はあまりいないだろう。啄木といえば歌人という連想がでてくるはずだ。「我泣き濡れて 蟹とたはむる」というフレーズくらいは耳にしたこともあるだろう。

だが、啄木は歌人であるだけでなく詩人でもあったことを知っている人は、少ないかもしれない。

その石川啄木にはこんな詩がある。詩人としてのテーマは、歌人としてのテーマと重なるものがある。なお太字ゴチックは、引用した私によるものだ。


ココアのひと匙 一九一一・六・一五・TOKYO

われは知る、テロリストの
かなしき心を――
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らむとする心を、
われとわがからだを敵に擲(な)げつくる心を――
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有(も)つかなしみなり。

はてしなき議論の後の
冷(さ)めたるココアのひと匙(さじ)を啜(すす)りて、
そのうすにがき舌触(したざはり)に、
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。


ちょうど110年前の1911年の作品だ。1911年6月15日前後に集中している。「大逆事件」でもっとも有名な「幸徳事件」(1910年)に触発されて作成された? 関係者は翌年1911年1月に処刑されている。

詩集の「呼子と口笛」からの引用は、ネットで無料公開されている「青空文庫」による。この一連の作品は「連作」として、ぜひつづけて全部読むことを薦めたい。

「ヴ・ナロード V NAROD」(=人民のなかへ!)と叫んだロシアの革命家ナロードニキたちのことから始まり、日々の仕事に疲れた勤労少年が、手に入れることのできない夢や希望を意味しているのであろう、空を飛ぶ飛行機を見上げる姿を詩った「飛行機」という詩で終わる。

ロシアでは、啄木が書いているように、1911年の50年前の1860年代に社会運動家のナロードニキたちによる「ヴ・ナロード運動」が行われたが、知識人や学生によるアタマでっかちな運動は農村では受け入れられることはなく挫折に終わっている。

皇帝アレクサンドル2世のもと、ストルイピンの政策によって「農奴解放」が1861年に実行に移されたものの、農民の意識と知識階層のズレはきわめて大きかったのである。そして、改革の不徹底が、テロリストを生み出す遠因となったのであった。

啄木の「はてしなき議論の後  一九一一・六・一五・TOKYO」も見ておこう。啄木が言及しているのは 「ヴ・ナロード運動」を唱えたロシアのナロードニキたちのことである。


はてしなき議論の後  一九一一・六・一五・TOKYO 
われらの且(か)つ読み、且つ議論を闘たたかはすこと、
しかしてわれらの眼の輝けること、
五十年前の露西亜の青年に劣らず。 
われらは何を為なすべきかを議論す。
されど、誰一人、握りしめたる拳こぶしに卓をたたきて、
 ‘V NAROD!’ と叫び出いづるものなし。


「われらは何を為なすべきか」は、レーニンも愛読していたという、ナロードニキのチェルヌイシェーフスキーの『何をなすべきか』(1863年)のことをさしているだろうか? 「五十年前の露西亜の青年」たちが読みふけった小説である。

だが、啄木がこう書いた1911年の時点では、チェルヌイシェーフスキーの日本語訳は登場していなかったようだ。あるいは英訳本が念頭にあったのだろうか?


■かつてのテロの本場は帝政末期のロシアであった

日露戦争後に「血の日曜日事件」(1905年1月9日)が勃発したあと、社会革命党(エスエル)戦闘団の党員たちによるセルゲイ大公爆殺(1905年2月17日)が決行される。

暗殺事件の詳細については、エスエル戦闘団を指揮したサヴィンコフによって『テロリスト群像』に描かれている。馬車で移動していたセルゲイ大公は爆殺された。




暗殺決行前夜の心理状態については、サヴィンコフはペンネームのロープシン名義で『蒼ざめた馬』に描いている。テロの実行者は逮捕されて処刑、仲間2人は自殺し、サヴィンコフ1人が生き残ったのである。

たしかに啄木が詩うような「かなしき心」ではあるものの、テロ実行者の内面の空虚としかいいようのないニヒリズムを感じないわけにはいかない。大義のために人を殺す。その意味に耐えきれない、意味を見出せないテロリストも人の子である。

ロープシンの『蒼ざめた馬』は、かつて日本でも一世を風靡した作品である。「蒼ざめた馬」とは「青い馬」のことであり、出典は『ヨハネ黙示録』6章8節である。

1960年の安保闘争後に現代思潮社で編集者であった陶山幾朗氏の『「現代思潮社」という閃光』(現代思潮新社、2014)には、ロープシンの『蒼ざめた馬』をめぐる晶文社との出版競争の話がでてくる。

全共闘世代によく読まれたようで、異端の文献を発掘し、出版し続けた現代思潮社から出版されていた単行本は、いまでも早稲田あたりの古本屋なら簡単に見つけることができるはずだ。1960年代に出版された単行本が日焼けしてほこりをかぶったまま棚の上方にささったままになっていることだろう。




岩波現代文庫から2007年に復刊されて、ふたたび簡単に入手できるようになった。私はこの岩波現代文庫版ではじめて読んでみたが、テロリストの心理について知るためには第一級の作品であることは間違いないと思う。

岩波文庫版の内容紹介を引用しておこう。

秋の夜が落ちて、星が光りはじめたら、わたしは最後の言葉を言おう―20世紀黎明のロシアの漆黒の闇を、爆弾を抱えて彷徨するテロリストたちの張り詰めた心情と愛と孤独。社会革命党(エス・エル)戦闘団のテロ指導者サヴィンコフがロープシンの筆名で発表した終末の抒情に富んだ詩的小説は、9・11以後の世界の黙示録である。


その後のサヴィンコフについては、『黒馬を見たり 附サヴィンコフの告白』(ロープシン、川崎浹訳、現代思潮社、1968)に記されている。残念ながら、こちらは岩波文庫から復刊はされていない。



1917年の革命ののち、ボルシェヴィキに反対して「ロシア内戦」においては白軍の武装蜂起を指導し、その後は亡命生活を送っていたが、ボルシェヴィキにはめられてソ連に入国後に即逮捕。最期は投身自殺という数奇な運命をとげている。

サヴィンコフにかんしては、芦田均元首相が外交官時代のモスクワ駐在中にロシア革命を現地で体験し、サヴィンコフとパリで面会したことが、回想録の『革命前後のロシア』(自由アジア社、1958年)(*)に記されている。革命干渉戦争が行われている際、サヴィンコフはコルチャーク提督のオムスク政府の代表の1人となっていた。

(*)初版のタイトルは『革命前「夜」のロシア』(1950)であった。『革命前「後」のロシア』はその増補版である。




芦田均によれば、「サヴィンコフはロシア人としては小柄な物静かな男であった。髭のないとがった顔は蒼白な皮膚に小皺が目立った。話すときには低い声でゆるゆると、しかしはっきりと歯切れの良い口調であった。何とはなしに腹に一物ある曲者であることを思わせた」とある。

面会する前にはすでに、ロープシン名義の『蒼い馬』をロシア語の家庭教師について読んでいたそうだ。

『ロシア革命前後』には「ロシアのテロリスト」という1章があるが、サヴィンコフについては5ページを割いて、その最期にかんしても記している。よほど印象に残る存在であったのだろう。


■啄木はロシア革命を知ることなく逝った

ロシアの帝政が倒れたのは第1次世界大戦中の1917年のことであった。そのとき、啄木はすでに亡くなっていた。啄木が亡くなったのは、「呼子と口笛」に収録された一連の詩が書かれた翌年の1912年のことである。

石川啄木が詩人として語っていることは、大塩平八郎を礼賛した三島由紀夫とどれだけ違うというのだろうか?? 

政治的立場の違いはあれ、ともに「知行合一」をモットーにしていた点に違いはない


  


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・・「火薬陰謀事件」(1603年)という世界史上初の大規模テロ未遂事件の主人公顔フォークスにヒントを得たアンチヒーロー転じた監視社会と戦うヒーロー

書評 『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち-帝政転覆の主役を演じた背景を探る-』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)-ユダヤ人と社会変革は古くて新しいテーマである

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 
・・「われは知る、テロリストのかなしき心を-」(石川啄木)

書評 『成金炎上-昭和恐慌は警告する-』(山岡 淳一郎、日経BP社、2009)-1920年代の政治経済史を「同時代史」として体感する
・・「人間の欲望に突き動かされ、意志を乗り越え、制御不能となる暴走するマネー。マネーに蹂躙され、失われる倫理観。暗殺というテロリズムの横行。それが「昭和恐慌」の時代であり、その後、破滅に向かって突き進んでいった日本なのであった」

『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる

映画 『ザ・コーヴ』(The Cove)を見てきた
・・「エコ・テロリスト」たちの言動をかれらの視点から描いたドキュメンタリー映画

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・「「1968年世代」の中心にあった「ドイツ赤軍」の、1967年から10年にわたる過激な革命運動に焦点を当てた、ドキュメンタリー映画とも見まごうような2時間半の大作」

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)-対テロリズム実務参考書であり、「ネットワーク組織論」としても読み応えあり

夢野久作の傑作伝記集『近世怪人伝』(1935年)に登場する奈良原到(ならはら・いたる)と聖書の話がめっぽう面白い


「ドイツ表現主義」の画家フランツ・マルクの「青い馬」

「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する
・・「原発事故の起こった土地の名前であるチェルノブイリとは、ウクライナ語では「にがよもぎ」という意味だそうだ。しかも、その「ニガヨモギ」は『黙示録』に出てくるのだと」


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2021年2月4日木曜日

映画『ファイト・クラブ』(1999年、米国)をはじめて視聴した(2020年12月26日)ー 21世紀以降の若者の意識の動きを先取りした傑作

 
有名だがまだ見てなかった映画を見ている今日この頃だが、ようやく『ファイト・クラブ』(1999年、米国)を見ることができた。昨年2020年12月のことだ。主演のブラッド・ピットがカッコいい。

社会の底辺層で、出口なしの状態で鬱屈している男たちのルサンチマンを解放するクラブ、それがファイト・クラブだ。 

思う存分殴り合うことでフラストレーションを解消するだけでない、コトバを媒介にしない肉体のぶつかり合いのなかに、至高の絶頂体験(=エクスタシー)を一瞬だけ味わうのだ。社会的地位も、カネのあるなしも一切関係ない、ある意味では on an equal footing な世界がそこにある。ただし、男だけの閉鎖的なメンズクラブだ。




この秘密クラブを主催するのはブラッド・ピットが演じる主人公。だが、彼はもう一人の主人公である自動車の事故査定を行うビジネスマンの「影」なのか、「幻想」なのか? 

名前をなくし、全員が丸刈りとなり、個性を抹消して没個性となった「同志的結合」のファイト・クラブが向かう先は? 

物欲を否定したシンプルな世界への指向性。たしかに、これは21世紀以降の若者の意識の動きを先取りしたものであるかもしれない。描かれているのは暴力的世界であり、ある種の暴力革命への指向性でもあるのだが。2001年の「9・11」を予見していたという評価があるが、それは一面に過ぎないだろう。 

ただし、この映画が製作され公開されてから、2021年でもう21年以上もたつのだ。 

映画のなかにはスマホも携帯電話もいっさい登場しない。最初からそう意図していたのかどうかはわからないが、なんだかすごく古い時代の話のような気がしてしまう。SFではないから、それはそれでいいのだが・・・ 




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2014年11月12日水曜日

映画『悪童日記』(2013年、ハンガリー)を見てきた(2014年11月11日)― 過酷で不条理な状況に置かれた双子の少年たちが、特異な方法で心身を鍛え抜きサバイバルしていく成長物語



東京・有楽町のTOHOシネマズ シャンテで、映画 『悪童日記』(2013年、ハンガリー)を見てきた。この映画は絶対に見ておきたかった。その期待はまったく裏切られることはなかった。いや、期待を大幅に上回る衝撃作であった

過酷で不条理な状況に置かれた双子の少年たちの物語だ。逃れることのできない宿命と受け止め、特異な方法で心身を鍛え上げながら、したたかに、タフにサバイバルしていく濃厚な一年。ハードボルドな成長物語でもある。

そこに貫かれているのは、どんなことがあっても生き抜くという、強烈な意志のチカラである。哲学者ニーチェの著書のタイトルを借りれば、『チカラへの意志』であり、少年たちが最終的に到達したのは、自分たち以外は何も信じないという『善悪の彼岸』である。

善悪ではなく美醜という価値観。そして価値観の転倒と混乱。美しい少年たちによる、美しくない行為。美しさを生き残りの手段につかうが、その美しさゆえに破壊される登場人物たちもいる。「神」がすでに教会にはいないこともまた、徹底的に確認される。

さすがヨーロッパ映画。一般大衆受けを狙ったハリウッド映画とはまったく違う。安楽死と自殺幇助にかかわるテーマも含めた、芸術的なテイストをもちながらも、哲学すら感じる重厚な映画である。


第二次世界大戦末期から敗戦後のハンガリー

『悪童物語』というのは原作の日本語版のタイトルにあわせている。原作のオリジナルのタイトルは、フランス語で Le grand cahier、つまり大判のノートブックのことだ。双子の少年たちは、このノートブックに日記をつづるのだが、『悪童物語』という日本語版のタイトルは秀逸であったといえる。   

『悪童物語の主人公の双子の少年たちは、たしかに「悪童」そのものである。ワルガキ以外の何者でもない。だが、彼らが置かれている状況は平時ではない。有事なのだ。第二次世界大戦末期の1944年のハンガリーである。当時は、本来は同盟国であったはずのナチスドイツに占領されていた。

文字通り物理的な意味で生き延びるために、過酷な状況をサバイバルするためには「悪童」という生き方しか、選択肢にはなかったのだ。




舞台はオーストリア国境に近いハンガリーの田舎町。ハンガリーは、基本的にプスタと呼ばれる広大な草原が拡がる農業地帯である。都会育ちの少年たちが暮らしていたのは、おそらく国際都市ブダペストという想定だろう。ハンガリーもまた、都市と農村ではまったくの別世界である。

ハンガリーは中欧の一小国。その存在そのものが現代世界のなかで翻弄されてきた。陸続きの大陸国の宿命としかいいようがない。

第一次世界大戦で敗戦するまでは正式名称をオーストリア=ハンガリー帝国、通称ハプスブルク帝国の一翼を担う存在であった。敗戦後の共産革命、そしてその反動の独裁政治を経て、失地回復のためナチスドイツと手を組んで第二次世界大戦に参戦したのであったが・・・

映画でも1944年から1945年という設定以外の事実は明らかにされていない。十分な知識をもたない少年たちの視点としては不思議なことではない。映画を見る側も、そういった知識にこだわる必要がないのは、サバイバルという普遍的なテーマが一貫しているからだ。

その後の敗戦国ハンガリーは、戦勝国ソ連の衛星国としての社会主義政権となるが、1956年には「ハンガリー革命」においてソ連軍と激しい戦う。冷戦構造の崩壊によって西側に復帰するが、経済政策の失敗で失業者が増大し、ふたたび極右の台頭を招くという、左右への振幅の激しい国であることを書き加えておこう。


(フランス語版のオリジナル『悪童日記』 「映画化」とカバー下にある)



「過酷な日常」は戦前のヨーロッパの文脈で捉えるべき

第2次世界大戦下の過酷な時代を生き抜いた双子の日記を通して世界を見つめた映画である。

過酷な環境は、少年たちを肉体的にも精神的にも特異な方法で鍛え上げる。互いに平手打ちしながら肉体も精神も鍛え上げる訓練。

「殴れるものなら殴ってみろ」という、すさまじまでの挑発的な凄味あるセリフ。「右の頬を打たれたら、左の頬をさしだしなさい」という、新約聖書のイエスのコトバをそのまま文字通りつかったものだ。

双子たちの唯一の読み物であった古い聖書からイエスからの引用だが、イエスがこのフレーズに込めた真意を知ったような気もする。そう、このセリフは挑発なのだ。

肉体を鍛錬すれば、気迫が生まれる。心身二元論ではない、心身相関の哲学である。誰から教わったのでもない、自分たちみずからが体験から編み出した哲学とその実践だ。

この哲学が生み出されてきたのは、疎開先の祖母から日常的に平手打ちされるだけでなく、見知らぬ他人から泥棒扱いされ、強烈な平手打ちされる体験からでもある。

映画を見ていて思ったのだが、ヨーロッパでも第二次大戦の頃までは、平気で鞭打ちをしたり、厳しく折檻していたのである。修道院の孤児院が舞台の映画ならかならずでてくるシーンだ。この映画の主人公である双子の少年たちも、実質的に「戦災孤児」といってもかまわない。

平手打ちというと、わたしの少年時代までは、当たり前のように行われていた。「踏ん張って腹にチカラを入れろ! 歯を食いしばれ!」、といわれてから往復ビンタを食らっていた。教師による生徒の平手打ちで、生徒の鼓膜が破れる事件が続出して教室での平手打ちは下火になったが・・。

日本の軍隊では平手打ち(=ビンタ)は当たり前だったが(・・日本の初等中等教育は戦前の軍隊の影響が強い)、もしかすると、平手打ちはヨーロッパが起源なのかもしれない。江戸時代の日本にはさまざまな「お仕置き」があったとはいえ、平手打ちがあったという話は聞かないからだ。

ドイツでは、日本人女性が、なんと2001年時点でドイツ人女性から平手打ちされたケースもある。表沙汰にならないだけで、いまだにヨーロッパでは平手打ちは消えていないのかもしれない。

シンガポールで以前、国際的問題になったアメリカ人の「悪童」に対する鞭打ちも、じつは植民地時代に英国がシンガポールに持ち込んだものだ。スイスでも教育家のペスタロッチが登場する以前は、暴力は当たり前だったようだ。

ヨーロパ全体で、教育現場においてすら暴力は当たり前だったと考えるべきだろう。





原作を読んでいても映像作品から受ける衝撃は大きい

原作を読んでいなければ、衝撃の大きさは計り知れないだろう。原作をすでに読んでいても、映画版は勝るとも劣らない内容に衝撃を受ける。

原作の『悪童物語』は、1956年の「ハンガリー革命」で難民となってスイスに移住することを余儀なくされたアゴタ・クリストフによるものだ。移住したのはスイスのフランス語圏。著者はサバイバルのために必死になって身につけたフランス語で自己表現を試みる。みずから「敵語」とよぶフランス語でだ。

フランス語で発表したために世界的ベストセラーとなり得たが、映画版は全編ハンガリー語(=マジャール語)で通している。これは正解ではないかと思う。すでに著者は亡くなっているが、もし生きていたら喜んだのではないだろうか。さすがに著者も、母語のハンガリー語では書けなかったかもしれない内容だ。

おそらくハンガリー以外では、欧州諸国でも市場ごとに吹き替えしてしまうのだろうが、幸いなことに日本ではハンガリー語のまま日本語字幕つきで見ることができる。ドイツ人将校がしゃべるドイツ語以外は、最初から最後までハンガリー語のみだ。

わたしはハンガリー語はほとんど理解できないが、それでもまったく構わない。こういう根源的なテーマは、やはりその民族の母語でないと表現できない。母語ならではの息づかいを感じることができればそれでいいのだ。同じようなテーマの日本映画でも、もしセリフが英語に吹き替えられていたら、興ざめだろう。

原作にあって映画では割愛さえているシーンも多々ある。さすがに映像表現としてはためらわれるシーンだからだろう。それでもこの映画は凄い。

むかし角川文庫のキャッチコピーに、「見てから読むか、読んでから見るか」というものがあったが、『悪童日記』もまた小説と映画の双方を味わってほしいと思う。

原作をすでに読んでいる人にも、ぜひこの映画は見るべきだといっておきたい。




<附録>

『悪童日記』(ハヤカワ文庫epi、2001)は、単行本初版は 1991年の出版、フランス語オリジナル は 1986年の出版である。

原作は数ページの小編で構成されている。双子の少年たちが日々の出来事を「大判ノート」に綴った内容という設定だ。目次を紹介しておこう。

目 次

おばあちゃんの家に到着する
おばあちゃんの家
おばあちゃん
労働
森と川
不潔さ
体を鍛える
従卒
精神を鍛える
学校
紙と鉛筆とノートを買う
ぼくらの学習
ぼくらの隣人とその娘
乞食の練習
兎っ子
盲と聾の練習
脱走兵
断食の練習
おじいちゃんのお墓
残酷なことの練習
ほかの子供たち

郵便配達夫
靴屋さん
万引き
恐喝
非難
司祭館の女中
入浴
司祭
女中と従卒
外国人将校
外国語
将校の友人
ぼくらの初舞台
ぼくらの見世物(スペクタル)の発展
芝居
警報
"牽(ひ)かれて行く" 人間たちの群れ
おばあちゃんの林檎
刑事
訊問
監獄で
老紳士
ぼくらの従姉(いとこ)
宝石
ぼくらの従姉とその恋人
祝福
逃走
死体置場
おかあさん
ぼくらの従姉の出発
新しい外国軍の到着
火事
終戦
学校再開
おばあちゃん、葡萄畑を売る
おばちゃんの病気
おばあちゃんの宝物
おとうさん
おとうさんの再訪
別離

淡々とした、そっけないような簡素な文体。フランス語の原文はみてないが、あえてそうしたという側面と、母語ではないことよる限界の両方があるのだろうか。

続編の『ふたりの証拠』『第三の嘘』とあわせて三部作は、間違いなく今後も生き続ける作品だろう。あまり文学作品を読まないわたしですら衝撃を受けた。



<関連サイト>

映画 『悪童物語』 公式サイト(日本版)

A nagy füzet(映画のハンガリー語タイトル wikipedia英語版)



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