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2012年7月30日月曜日

ETV「日本人は何を考えてきたのか」 第8回「人間復興の経済学をめざして ー 河上肇と福田徳三」は見るべき価値のある番組


「日本人は何を考えてきたのか」 第8回「人間復興の経済学をめざして」 が、昨日(2012年7月29日)にNHK・Eテレで放送された。90分間の内容の濃い番組であった。

取り上げられたのは、大正時代の2人の実践派の経済学者、河上肇(1879~1946)と福田徳三(1874~1930)。まずは、放送内容を公式ウェブサイトから引用させていたくとしよう。

大正から昭和の時代、貧困などの社会問題に取り組んだ経済学者がいた。日本のマルクス経済学研究の草分け、河上肇、そして厚生経済学を提唱した福田徳三である。二人は、論争し合いながら、日本に経済学を普及させていった。
河上は、ヨーロッパ留学で資本主義社会の矛盾を目の当たりにし、「貧乏物語」を発表、時代を代表するベストセラーとなる。しかし、同書が批判を受けると、マルクス主義経済学の研究を続け、資本主義経済の枠組みそのものの変革を目指すようになる。河上の思想は日本のみならず、毛沢東、周恩来ら中国にも影響を与えていく。
一方、ドイツで学んだ福田は、生存権、労働権を主張し、社会政策への強い関心を抱いていた。関東大震災の直後に被災地を歩いて、社会調査を行い、「復興経済」を被災民の立場にたって構想した。晩年に厚生経済学を研究し、今日の福祉国家構想の先駆けとなった福田の研究は3-11後、改めて注目を集めている。 

一般的な知名度からいったら、はるかに河上肇のほうが知られているだろう。

わたしも、名著『貧乏物語』は、わたしは社会科学を学び始めた大学一年のときに読んで感銘した思いがある。これぞ、「人間の顔をした経済学だ」、と。これは、その当時よく耳にすることのあった「人間の顔をした社会主義」のもじりである。

大学卒業までには、河上肇の『自叙伝』を全巻読み通した。岩波文庫で全五巻のボリュームのある自伝である。

だが、社会主義からマルクスに至り、さらには非合法の共産党に入党して地下に潜った河上肇の思想に心酔したわけではない。宗教に根ざした、そのきわめて求道的な生き方に共鳴したというわけだ。河上肇は経済学者というよりも、求道者が経済学をもって現実に肉薄したというべきかもしれない。

貧困発生の原因を個人ではなく、社会科学的に捉えようとした河上肇の『貧乏物語』は、格差社会が進行するなか、ふたたび脚光を浴びるようになってきた。あえて説明するまでもなく知名度は高いといっていいだろう。

「日本経済学の父」である福田徳三は、一般的な認知度は低いかもしれない。だが、晩年にたどりついた厚生経済学の観点から、関東大震災後の復興について奔走した人であったことを知っておきたいものだ。



 
(講談社学術文庫から復刊された福田徳三の代表的著作)


放送でも紹介されたように、福田徳三はキリスト教徒であり、聖書を愛読していた人であり、経済学と倫理は切っても切り離せない関係にあった。また、ギリシア語やラテン語までこなす語学の天才でもあった。一橋大学と慶應義塾大学においては、「日本経済学の父」として記憶されているはずだ。

河上肇と福田徳三の二人の経済学者はライバルであり、わたしも大学時代に大きな影響を受けた。わたしは、卒論でこの二人のエピソードを取り上げている。

あるとき、岩波書店からでていた『河上肇全集』を開架式の図書館でパラパラとページをむくっていたら、二人の若き日のエピソードが目にとまった。

福田徳三は、経済学理論だけでなく、経済政策という実践、さらには経済史まで、経済学にかかわるすべてにつうじていた草創期の独創的な学者である。その彼には、「トマーゾ・ダキーノの経済学説」という論文があり、聖トマス・アクィナスの『神学大全』(スンマ・テオロギカ)から経済理論を抽出して論じた文語体の論文がある。

聖トマス・アクィナスは、キリスト教神学をアリストテレス哲学によって体系化したドメニコ会の大学者で、その経済理論も基本的にアリストテレスの「流通の正義」に則っている。

わたしはこの福田徳三の論文を読んで、経済学説史、経済思想史における「利子禁止」説について、広くかつ深く知ることができた。中世ヨーロッパでは高利(usury)は禁止されていたのである。

内容はさておき、この論文を「国家学会雑誌」に掲載するために自宅まで取りに行ったのが、若き日の河上肇なのであった。そのことが河上肇の回想として記述されていたのであった。

福田徳三は、その晩年には、モスクワで開催された国際会議の場で英国代表のケインズと激しくやりあったというエピソードもある。きわめて論争的な人であった。


河上肇も福田徳三も、あくまでも人間を軸において経済を考えていた点が、現在とは大きく違うところかもしれない。

英語の Economics は、もともとの意味が「家政学」であるのに対して、日本語の「経済」は、江戸時代以来の「経世済民」の略であるという点の違いかもしれない。「経世済民」とは、「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」という意味である。

アリストテレスやトマス・アクィナスを持ちだすまでもなく、スコットランド出身のアダム・スミス自身が、一般に『国富論』と訳されている『諸国民の富』(The Wealth of Nations)を出版するまえに、『道徳感情論』(The Theory of Moral Sentiments)を出版していたことを知れば、経済と倫理が密接な関係にあることは、本来は自明なことなのだが・・・・。

「経世済民」の略である「経済」というコトバをもつ日本語もまた、そもそも経済とはきわめて倫理的な性格が強かったことを示していることを思いだしたいのである。

とはいえ、こういう番組でふたたび「人間に軸を置いた」経済、すなわち「「人間復興の経済学」に脚光があてられることは、日本の未来のために、たいへん喜ばしいことであるといってよい。

再放送の機会があれば、ぜひ見てほしい番組である。いろんなことを考えさせてくれる番組である。






<関連サイト>

国立の達人:一橋大学:福田徳三 (一橋新聞サイト)


<ブログ内関連記事>

・・一神教の宗教思想と経済との関係について経済思想で考える

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む・・同上。この二つのブログ記事で、一神教の宗教思想と経済思想については、ほぼ書き尽くした



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2012年7月29日日曜日

「ロンドン・オリンピック 2012」開会式の「ヘイ・ジュード」-英国のソフトパワーここにあり!


2012年7月27日に、ついにロンドン・オリンピック(London Olympics)が開幕しました。

オリンピックで注目すべきなのは、もちろん日本選手の活躍ぶりだが、開会式もまた見逃せないものがありましたね。

お気づきになった方もいるかと思いますが、開会式で使用されたコトバは、まずフランス語でつぎに英語でした。

ロンドンは英国の首都ですから英語が使用されていますが、英語圏以外では、フランス語、英語、現地語の順番になるようです。

近代オリンピックの提唱者は、よく知られているようにクーベルタン男爵ですが、この人はフランス人でした。スポーツの世界は基本的に現在でも欧州が仕切っていますが、近代オリンピックは英語支配の世の中である現代世界でも、いまでもフランスの息がかかっているというわけなのです。

開会式は、各国選手団の入場行進だけではなく、イベントもまた楽しいものです。

今回もさまざまな趣向をこらしたイベントが盛りだくさんで、エンターテインメントとして楽しませてもらいましたが、なんといっても圧巻はビートルズの元メンバーであるポール・マッカートニーによるライブと、参加者全員による「ヘイ・ジュード」の合唱でした。

「ヘイ・ジュード」(Hey Jude)は、実質的にはポール・マッカートニー作曲で、しかもリード・ボーカルも担当している曲。わたしがはじめて知ったのは中学生の頃ですが、発表されたのは1968年。いまから44年前ということになります。おどろきですね!ビートルズじたい、結成されてから50年!半世紀前ではないですか。

「ヘイ・ジュード」は、世界で大ヒットになっただけでなく、いまではほとんどクラシックナンバーといってもいいほど知られた曲でしょう。7分もある曲ですし、シンプルで覚えやすいリフレインがほとんど無限にくりかえされるので、合唱しやすいですね。


思想性ということでは、同じシングルに収録された「レボリューション」(Revolution)を作曲したジョン・レノンのほうが上かもしれませんが、親しみやすいポップス性ではポール・マッカートニーのほうが上でしょう。

ジョン・レノン亡きいま、1942年生まれの現在70歳のポール・マッカートニーが現役で活躍しているのはすばらしいことです!

ビートルズは戦後英国が生み出したソフトパワーの一つ。

「ソフトパワー」というコンセプトは、政治学者のジョゼフ・ナイが提唱したものですが、軍事力のハードパワーに対して、文化力などのソフトなパワーの重要性を主張したものです。

ソフトパワーというコンセプトができる前のことですが、女王陛下は外貨獲得に貢献したという理由でビートルズを叙勲しています。ビートルズのメンバーは、1965年に MBE勲章を受勲されています。先見の明があったということでしょうか。

また、ポール・マッカートニーは 1997年にはナイトに叙勲されています。ですから、正式には Sir James Paul McCartney Jr, MBE となるわけです。サーの称号は与えられていますが一代貴族でしょう。とはいえ、階級制度のある英国ならではですね。

ハードパワーの面では、すでに栄光が過ぎ去って久しい英国ですが、これまで生み出してきたソフトパワーの面では、計り知れないものがあるのも確かです。

この点は、日本もまた大いに学びとるべきことだといっていいでしょう。


<関連サイト>

ヘイ・ジュードHey Jude/The Beatles (YouTube)


<ブログ内関連記事>

書評 『大英帝国の異端児たち(日経プレミアシリーズ)』(越智道雄、日本経済新聞出版社、2009)-文化多元主義の多民族国家・英国のダイナミズムのカギは何か?
・・ビートルズのメンバー4人はみなアイルランド系である。最初のプロデューサーはユダヤ系であった

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評 『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」

書評 『民衆の大英帝国-近世イギリス社会とアメリカ移民-』(川北 稔、岩波現代文庫、2008 単行本初版 1990)-大英帝国はなぜ英国にとって必要だったのか?

書評 『「イギリス社会」入門 -日本人に伝えたい本当の英国-』(コリン・ジョイス、森田浩之訳、NHK出版新書、2011)





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2012年7月28日土曜日

映画 『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』(2011年、フランス・英国)をみてきた


映画 『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』を見てきました。7月21日から日本公開されています! http://www.theladymovie.jp/

今年の春から急激に変わり始めたミャンマーですが、アウンサンスーチーさんも国会議員に選出されて24年ぶりに外遊に出るなどということは、昨年の今頃にはまったく「想定」すらできなかったことでした。

こんな状況では、映画 『The Lady』は、もはや日本で公開されることはないのかもしれないと諦めていましたが、ついに公開されることとなり、たいへんうれしく思います。


映画の内容はアウンサンスーチーさんの知られざるライフストーリー

映画は、「ビルマ独立の父」で、しかも自分自身の父でもあったアウンサン将軍が、英国からの独立を目前にして、同じ同胞であるビルマ人政敵が送り込んできた暗殺部隊によって射殺された日の朝のシーンから始まります。アウンサンスーチーは、アウンサン将軍の娘なのです。

もう一つの舞台が、家族で幸せな生活を送っていた英国の名門オックスフォード大学と大学町オックスフォード。アウンサンスーチーさんはオックスフォード大学留学時代に知り合ったチベット学者のマイケル・アリス博士(Michael Aris)と結婚し、2人の息子をもったのです。

人生の転機になったのが、故国ビルマから届いた母親が重病との知らせ。しかし、ちょうどそのとき、独裁政権のもとで圧政に苦しんでいたビルマの大学生を中心に民主化を求めるデモ行動が勃発、すでに多くの犠牲者を出していたのでした。1988年のことです。

「独立の父」の娘として、故国のためにチカラになってほしいという要請を断り切れずにビルマにとどまることを決意したアウンサンスーチーは、まさかそれがつらい人生のはじまりになるとは思いもせず・・・。

両親につながる故国ビルマ(=ミャンマー)と家族が暮らすオックスフォード交互に繰り返されるシーンは、まさに「引き裂かれた愛」。ビルマへの愛、家族への愛、ともに断ちがたく・・・・。

わたしが見たのは、有楽町の角川シネマですが、観客の多くは女性であったようです。上映後に映画館を出る際にチラと見ると、涙で顔をぬらしている方が少なくなかったようでした。



映画の背景にかんする話など

アウンサンスーチーを演じている主演女優のミシェル・ヨー(Michelle Yeoh)は、マレーシアでは「美人の里」と知られるイポー(Ipo)出身の華人系マレーシア人のハリウッド女優。

監督のリュック・ベッソンについては、あえて説明するまでもないでしょう。フランスには歌手のジェーン・バーキンをはじめアウンサンスーチーさんを支持する人たちが多いことは知っておいていいでしょう。

この映画は、2011年のフランス・英国合作です。フランス映画ですが、セリフの大半はイギリス英語とビルマ語。アウンサンスーチーさんが英語でしゃべるシーンがやや多いなという気がしますが、ビルマ語では字幕を入れなくてはならないので、映画演出上のものだと受け止めるべきでしょう。

主なロケ地は、隣国のタイのようですが、気候風土的にはかなり似ているので違和感はないと思います。

独立後のビルマ(=ミャンマー)と旧宗主国の英国の微妙な関係など、アウンサンスーチーさんのライフストーリー以外にも、読み取るべき情報が多々ある映画です。ヤンゴンにおける英国大使館がどういう意味をもっていたのか考えてみるのもいいでしょう。独立ビルマは、現在に至るまで英連邦には加盟していません。

国際的に孤立していたミャンマー軍事政権ですが、ネ・ウィン将軍が失脚後に権力を握ったタンシュエ将軍に対し、日本政府がソフトアプローチで外交的圧力をかけていたことも、映画のなかでは描かれています。

日本人としてはアウンサン将軍だけでなく、独裁者ネ・ウィン将軍が日本とは密接な関係をもっていたことは、ぜひアタマのなかに入れておきたいものです。戦時中に日本陸軍がビルマ独立の志士たちを訓練したことが、日本とネ・ウィン将軍との密接な関係にあったことは、幸か不幸かこの映画には描かれていませんが。

あれだけの長い期間の自宅軟禁と家族との別離、どうやって耐えられたかについての叙述が映画にはあまりありませんでしたが、書評 『銃とジャスミン-アウンサンスーチー、7000日の戦い-』(ティエリー・ファリーズ、山口隆子/竹林 卓訳、ランダムハウス講談社、2008) によれば、上座仏教のウィパッサナー瞑想法の修行によって心の平安をキープする訓練をしていたのだそうです。

禅仏教やチベット仏教については普及しているフランスですが、上座仏教についての理解はまだまだ低いのかもしれません。


終わりに

ミャンマーは果たしてほんとうに変わったのか、そう判断するのはまだまだ時期尚早だと思いますが、ミャンマーについて知るためにも、ぜひ見ておきたい映画です。

みなさんもぜひ、機会をつくって見ていただきたいと思います。

(有楽町のビックカメラ8階の角川シネマ)





<関連サイト>

映画 『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』 公式サイト

The Lady (2011) Trailer - HD Movie - Luc Besson Movie(トレーラー 英語版)

ビルマ(=ミャンマー)と英国の関係については、「原麻里子のグローバルビレッジ」で、映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」のなかでわたしがしゃべってますので、ご参考まで。






<ブログ内関連記事>

書評 『銃とジャスミン-アウンサンスーチー、7000日の戦い-』(ティエリー・ファリーズ、山口隆子/竹林 卓訳、ランダムハウス講談社、2008)

三度目のミャンマー、三度目の正直 (5) われビルマにて大日本帝国に遭遇せり (インレー湖 ④)
・・アウンサン将軍と日本の関係について書いたおいた

『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』の出版前の2012年4月に受けたインタビューを再録します
・・ミャンマーについて語っている

日本語の本で知る英国の名門大学 "オックス・ブリッジ" (Ox-bridge)
・・アウンサンスーチーさんも卒業しているオックスフォード大学のPPEについて触れている

「ミャンマー再遊記」 全8回+α

「三度目のミャンマー、三度目の正直」 総目次 および ミャンマー関連の参考文献案内

お茶は飲むもの、食べるもの-ミャンマーのティーハウスと食べるお茶ラペットウ

ミャンマーではいまだに「馬車」が現役だ!-ミャンマーは農村部が面白い

書評 『抵抗と協力のはざま-近代ビルマ史のなかのイギリスと日本-(シリーズ 戦争の経験を問う)』(根本敬、岩波書店、2010)-大英帝国と大日本帝国のはざまで展開した「ビルマ独立」前後の歴史

(2014年5月17日 情報追加)



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2012年7月27日金曜日

「遊ぶ奴ほどよくデキる!」と喝破する大前研一の「遊び」の本を読んで、仕事も遊びも全力投球!




「勉強本」ばっかり読んでいても仕事ができるようにはならない。

遊ばないヤツは、仕事もできないのだ!

どうせ読むなら、「遊ばないヤツは、仕事もできない!」と喝破する大前研一の「遊び」の本を読んで、仕事も遊びも全力投球するべきだ!!

これまで読んできた大前研一の「遊び本」を最近のものからが逆順に並べてみるとこんな感じになる。


●『旅の極意、人生の極意』(大前研一、講談社、2006)
●『遊ぶ奴ほどよくデキる』(大前研一、小学館、2005)
●『遊び心』(大前研一、学習研究社、1988)


こう並べてみると、1980年代後半に社会人になって、しかもコンサルティングファームなんかに入ったので、大前研一から大きな影響を受けていることを感じる。

大前研一の『企業参謀』は当時の愛読書だったが、その延長線上で『遊び心』もまた1980年代後半には愛読していたというわけだ。『遊ぶ奴ほどよくデキる』 は、その後の展開もふくめた最新版ということになる。

ともに、いわゆる自己啓発書ということになるのだろう。

ワークライフバランスをダイナミックに展開するとこういう風になるということだ。ワークだけでなく、ライフの面においても、知らず知らずのうちに大前研一の考えが自分のなかで血肉化しているのをあらためて感じる。

遊びとしては、なんといっても旅がいい。

若い時は貧乏旅行もいいが、すこしカネができたら知恵をめぐらして、高級リゾート地の高級ホテルを格安で利用することも視野に入れるべきだろう。その意味では『旅の極意、人生の極意』は、よきガイドになる。学生時代、通訳とツアガイドで稼いでいたという大前研一ならではの内容だ。ぜひ最新版改訂版がほしいものである。

旅先で本を読むのもまた一興だ。

旅という非日常的な環境に身をおくこと自体が、五感をフルに解放することになるだけでなく、旅はゆたかな経験となって、エピソード記憶として刻み込まれることになる。

そして、そんな経験とあわせて本を読めば、かけ算でゆたかな経験となって脳裏に刻み込まれることになるわけだ。

豊富なエソード記憶こそ、イノベーション発想の原点。ビジネス書というサプリメントだけを読んでいたら、カラダもココロもやせほそるばかり。

「引き出し」を増やしたかったら遊ぶべし!

夏こそ遊べ! 遊ばないヤツは、「専門知識は豊富でもツマライナイやつ」(拙著の副題)になってしまうぞ!










<ブログ内関連記事>

What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)

『BBT on DVD 大前研一LIVE』(トライアル版)を視聴してみた

書評 『警告-目覚めよ!日本 (大前研一通信特別保存版 Part Ⅴ)』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2011)-"いま、そこにある危機" にどう対処していくべきか考えるために




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2012年7月26日木曜日

書評 『赤 vs 黄-タイのアイデンティティ・クライシス-』(ニック・ノスティック、めこん、2012)-分断されたタイの政治状況の臨場感ある現場取材記録



買ったまま読んでなかった 『赤 vs 黄-タイのアイデンティティ・クライシス』(ニック・ノスティック、めこん、2012)を読んだ。

2006年以来、赤シャツと黄シャツという、わかりやすい対立構造が続いているタイの政治状況だが、2010年の3月から5月にかけては、「バンコク騒乱」というカタチで、ほとんどバンコク市内が内戦状態になったことは日本でも大々的に報道されたので、覚えている人も多いのではないかと思う。

本書は、2006年のタクシン政権以来、対立が顕在化した「赤 vs 黄」を、現場で取材をつづけてきたドイツ人のフォトジャーナリストの著者が、豊富な写真とともに一冊にまとめたものだ。

原著が出版されたのは2009年なので、2010年の「バンコク騒乱」は扱っていないのが残念。ただし、対立の基本構造を時系列で追っているので、あとからトレースするにはありがたい一冊になっている。著者はタイ語にも堪能で、事件現場で体当たり取材をしている人なので、記述には臨場感がある。

わたしは、クーデター前後から頻繁に訪問するようになり、2008年のバンコク国際空港封鎖事件の頃はバンコクに住んで仕事していた。まさに、本書が扱っている時期にバンコクに住んでいたわけだ。

もちろん、現地の英語紙やテレビで時々刻々と変化する情勢は追っていたが、ビジネスパーソンの本業は当然ながらビジネスであるので(!)、ディテールまでは把握仕切れていなかった。

著者は、赤シャツ(UDD)側であると見なされて、命の危険も感じていたようだが、黄シャツ(PAD)とくらべて赤シャツ(UDD)のほうが、外部に対してより開放的で、ジャーナリストの取材も受け入れているということも背景にあるようだ。

赤シャツ(UDD)側から見れば、日本のエスタブリッシュメントからはいまだに評価の高いチャムロン氏と彼が率いるサンティ・アソーク(Santhi Asoke)という新興仏教教団の性格も見えてくる。黄シャツ(PAD)がカルト化しているという指摘は、なるほどと思わされるのだ。

いままで政治的な「声」をもたなかった農民を中心とする一般大衆が、はじめて政治的主張を行うようになったのが赤シャツ(UDD)の政治活動の本質である。これは歴史の必然的流れといっていい。一般大衆が歴史の主人公になってきたのである。タクシンの政治的カリスマ性とは別個の現象として捉えるべきなのだ。

日本でも、いま原発反対デモが活発化してきているが、党派性を廃した開かれたデモである限り、政治的な「声」としての意味をもつといってよいのではないだろうか。

たとえ暴力的な性格がつよいとはいえ、この点については、タイのほうが民主主義の追求にかんしては積極的であるような印象を受けるのである。もちろん、日本はそういった暴力的な時代はすでに「卒業」しているというべきかもしれないが、ようやく日本人も草の根レベルで目覚めてきたというべきかもしれない。

そんなことを考えながら、バンコク時代の日々を思い出しつつ、読み終えた次第。

訳注が訳文のなかに折り込まれているのが、ややうっとおしいことを除けば、読みやすい記録だといえよう。






*PADは、People's Alliance for Democracy の略。民主市民連合。黄シャツ。
*UDDは、National United Front of Democracy Against Dictatorship の略。反独裁民主戦線。赤シャツ。



目 次

年表 PADとUDDから見たタイ政治の動き*2006年-2011年9月
地図
はじめに
プロローグ
第1章 2001~2005年:タックシンの時代
第2章 2005~2006年:黄色派の形成
第3章 2006~2007年:クーデタと赤シャツの誕生
第4章 ゲーム開始
第5章 2008年8月29日:法治社会の崩壊
第6章 2008年9月2日:マカーワン橋の闘い
第7章 2008年10月7日:黒い火曜日
第8章 余波、幕間
第9章 最後の決戦
第10章 アピシットへの抗議
第11章 ゲームは終わらない
後記
原註
訳者あとがき-PADとUDDは、何を問題にして対立しているのか


著者プロフィール

ニック・ノスティック(Nick Nostitz)
1969年生まれ。1993年以来バンコクに居住して働いているドイツ人写真家のペンネーム。タイ語に堪能で、一般旅行者が見ることのないタイ社会の底辺を専門にしている(the professional name of a German photographer who has lived and worked in Bangkok since 1993. Fluent in the Thai language, he specializes in the lower levels of the country's society seldom seen by casual visitors.)(wikipedia 英語版の記述による)。

翻訳者プロフィール

大野 浩(おおの・ひろし)
1956年東京生まれ。1979年、慶応義塾大学経済学部卒、太陽神戸銀行入行。シンガポール支店、ロンドン支店勤務を経て、1998~2001年、タイさくら金融証券会社、タイさくら金融会社勤務。2007~2010年、財団法人日本タイ協会事務局長、常務理事。2011年、三明化成株式会社勤務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<書評への付記>

原書のタイトルは、Red vs. Yellow: Volume 1: Thailand's Crisis of Identity で、タイの英語出版社 White Lotus(白蓮出版) から2009年に出版されたもののようだ。


日本語版には、つづきは続編として執筆するとあったが、それは Red Vs. Yellow, Vol. 2: Thailand's Political Awakening (タイの政治的覚醒)として2011年に出版されていることもわかった。



とくに第2巻の副題である「政治的覚醒」は、著者の歴史認識のただしさを示しているといえよう。ぜひ読んでみたいが、日本語訳がでるのかどうかは現時点では不明。

原著は、バンコクでならまだ入手可能かもしれない。


PS なお、第2部は『赤vs黄 第2部-政治に目覚めたタイ-』(めこん)として、2014年10月にに日本語版が出版された。(2015年9月5日 記す)





<ブログ内関連記事>

「バンコク騒乱」から1周年(2011年5月19日)-書評 『イサーン-目撃したバンコク解放区-』(三留理男、毎日新聞社、2010)

書評 『バンコク燃ゆ-タックシンと「タイ式」民主主義-』(柴田直治、めこん、2010)
・・「バンコク騒乱」については、日本語で読めるこの二冊を推奨したい。前者は日本人フォトジャーナリストによる写真集、後者はバンコク駐在の新聞記者によるドキュメント

来日中のタクシン元首相の講演会(2011年8月23日)に参加してきた

「第67回 GRIPSフォーラム」で、タイ前首相アピシット氏の話を聞いてきた(2012年7月2日)

書評 『クーデターとタイ政治-日本大使の1035日-』(小林秀明、ゆまに書房、2010)

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)
・・タイ社会の変化の深層を知るための必読書

書評 『タイに渡った鑑識捜査官-妻がくれた第二の人生-』(戸島国雄、並木書房、2011)
・・タイ社会を治安維持の観点から警察官の視点でみる

タイのあれこれ 総目次 (1)~(26)+番外編




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2012年7月25日水曜日

書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論


ふつうのビジネスパーソンであれば、このようなタイトルの本を読むことはないかもしれない。しかも出版社は大月書店だ。これだけで、敬遠してしまいがちだ。

わたしも、ふつうのビジネスパーソンとは、やや色合いの異なる人間だが、それでもこのタイトルと表紙カバーの写真を見ると、すこし引いてしまう。

写真はベルリンの中心、ブランデンブルク門の近くにある、ホロコーストにおけるユダヤ人犠牲者のメモリアルパークである。墓地に似せてつくられた「記憶」のための建造物である。わたしが最後にベルリンにいったのは2008年だが、そのときはまだ建設中であった。

この本を読むことにしたのは、じつは著者を直接知っているからである。すでに四半世紀以上会っていないとはいえ、学生時代に同じ歴史学のゼミナールに所属していた。だが、1990年以来、22年間ずっとドイツに在住しているとは知らなかった。

著者は、ドイツの大学で博士号を取得したあと、現地の日本人学校で歴史を教える教師の道を選んだようだ。したがって、ベルリンの壁崩壊からドイツ再統一という歴史的事件から20年後の現在までのドイツ社会の変化を身をつうじて熟知しているわけである。

ビジネスパーソンでもジャーナリストではない、オルタナティブな立場としての歴史教師は、子どもの教育をつうじて、現地日本人社会とドイツ社会との接点に立つ存在である。こういう人生のキャリアを歩んできた日本人が、ドイツ社会の変化をどう見ているのか、たいへん興味深いことである。

「1968年世代」がドイツ社会を大きく変えたという指摘は多くの本でもなされているが、歴史教育という場における変化が具体的に語られている。

ドイツでは、日本と違って、直近の過去である現代史のウェイトのきわめて大きな教育が行われてるようだ。しかも、自分のアタマで考えさせる教育である。

本書のキーワードは、タイトルにもなっている「記憶」。1990年代以降の欧州では「記憶の文化」ということがメインストリームとなっているようだ。「記憶」が歴史をつくる、記憶はつねに更新され、活性化されねばならないという姿勢。

ナチスドイツの時代からすでに4世代目に入っているいま、現代ドイツの若者たちは、著者によれば、個人としては直接に責任を負うものではないが、過去には責任をもつという姿勢が根付いてきているようだ。きわめて健全なことである。ドイツ再統一後に生まれた世代が、いま社会人となってきているのである。

そんな若者たちを取り囲む現実とは、EU統合と経済危機、移民問題、徴兵制廃止、脱原発といった諸問題である。5人に1人が移民で構成されるドイツ。この現実をどう捉え、そのなかで生きていくかが問われているのである。

「記憶」は文字として固定化されることによって「記録」となる。そしてまた建造物や博物館の展示もまた、「記憶」を想起するための「記録」となる。こうした取り組みが必要不可欠なのは、記憶はきわめて曖昧であり、容易に変容されやすく、また捏造されやすいからだ。

本書のカバー写真にある、ホロコーストにおけるユダヤ人犠牲者のメモリアル施設もまたその一つの表現形態だ。いわば「記憶」を個人のアタマのなかだけではなく、「見える化」し「可視化」することによって、見る者たちにつね「記憶」を想起させることを目的とした建造物なのである。

個人の人生そのものである「記憶」が、国家や民族など集団の「記憶」となり、「歴史」となるためには、一人一人の個人が「記憶」を想起し、声に出し、個人と個人のあいだで「対話」をかわしてゆくことで「共通認識」をつくりあげていく以外に方法はありえない。これは、わたしなりの解釈である。

個人をベースにした欧州社会ならではの智恵なのかもしれない。「記憶の文化」とはそういうことであろうか。

軸足をドイツに置いてきた著者だが、けっして一方的なドイツ礼賛とならないのは、故郷はあくまも日本でありながらドイツ社会の現実に生きているという自覚があるからだろう。この自覚は、現代ドイツ人の5人に1人を占める移民の自覚にきわめて近い。ドイツの移民は、日本でも比較的よく知られているようなトルコ系のガストアルバイター(外国人労働者)とその二世・三世だけでなく、中東欧やバルカン半島、ドイツ系移民の帰還者、そしてベトナムなど多種多様である。

本書は、ビジネスや経済、あるいはジャーナリズムをつうじたものではない、オルタナティブな立場からのドイツ社会論であり、ドイツの歴史教育の現場における思索の記録である。

ドイツを含めた欧州の大陸諸国は、日本にとっては地政学的な意味も異なり、もはや単純に模倣すべき先進国ではないが、先進国・日本の未来を考えるうえでの評価軸として、先進国である現代ドイツは意識しておくべきなのである。似て非なる存在として。





目 次

第1章 記憶を伝える
-1. 歴史の授業-第三帝国(ナチス政権時代)を学ぶ
-2. ホロコーストの課外授業『ゲルダの沈黙』
-3. 市民に伝える記憶
コラム 変わりゆくドイツの学校制度
第2章 記憶は変わる
-1.戦後二つのドイツの記憶と歴史認識の変化
-2. 統一ドイツと冷戦後のヨーロッパの記憶
第3章 記憶と対話
-1. ゲオルク・エッカート国際教科書研究所を訪ねて
-2. ドイツ・ポーランド教科書対話をたどる
-3. 移りゆく時代とともに
第4章 記憶と未来-課題と挑戦
-1. 記憶と平和
-2. 記憶と統合
-3. 記憶を未来に伝える
おわりに-忘却に抵抗する国 ドイツの選択
関連年表
主な参考文献


著者プロフィール

岡 裕人(おか・ひろと)
1962年兵庫県生まれ。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1989年渡独、コンスタンツ大学大学院歴史学科にて「ドイツ農民戦争」の研究で博士号取得。ドイツ桐蔭学園理事・校長代理を経て、2012年4月よりフランクフルト日本人国際学校事務局長。ドイツ滞在はベルリンの壁崩壊の年から22年におよび、その間歴史教育・研究に携わってきた。著書に『シュテューリンゲン方伯領の農民戦争と15世紀半ば以降のその前史』、共著に『世界史カリキュラム 国際化に向かう歴史教育』(共にドイツ語)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

第1次大戦開戦から100年:ドイツ人が抱く複雑な感情 (JBPress、2014年8月5日)
・・「ドイツの20世紀の歴史には第2次大戦が非常に大きな影を投げかけているために、1914~18年の第1次大戦のことは記憶からほとんど取り除かれてしまっている。・・(中略)・・第2次大戦の後、多くのドイツ人はその歴史を忘れようとした。ナチズムに対する自分の責任、そしてそれとともにあの戦争に関係するものすべてを、自分が失ったものも含めて忘れようとした。供や孫が成長するにつれて、戦争を経験した世代は、かつての苦労に対する同情ではなく、つらい質問――特にホロコースト(ユダヤ人大虐殺)に関する質問――にさらされるようになった。 その結果、多くのドイツ人は、つらかった経験の記憶を家族レベルでも国レベルでも共有することなく、戦時の罪を巡る議論に巻き込まれていった。」  The Economist の翻訳記事から。第一次世界大戦の経験を共有していない点は日本とおなじだが、第二次大戦については日本とは状況が異なることがわかる。歴史を否定した「戦後」という点においては共通しているが。

(2014年8月5日 項目新設)


Brexit でドイツの徴兵制度が復活? 英離脱で窮地に立たされているのはむしろ EU だ(シュヴァルツァー節子、日経ビジネスオンライン、2016年9月5日)
・・「現在ドイツ基本法は、「徴兵制度撤廃」ではなく、「徴兵制停止」状態であるため、煩雑な法的手続きなく復活可能である」

(2016年9月5日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

ドイツ社会

書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?

書評 『あっぱれ技術大国ドイツ』(熊谷徹=絵と文、新潮文庫、2011) -「技術大国」ドイツの秘密を解き明かす好著

ベルリンの壁崩壊から20年-ドイツにとってこの20年は何であったのか?

ドイツ再統一から20年 映画 『グッバイ、レーニン!』(2002) はノスタルジーについての映画?

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・ドイツにおける「1968年」世代

映画 『善き人のためのソナタ』(ドイツ、2006)-いまから30年前の1984年、東ドイツではすでに「監視社会」の原型が完成していた

書評 『向う岸からの世界史-一つの四八年革命史論-』(良知力、ちくま学芸文庫、1993 単行本初版 1978)・・挫折した「1848年革命」におけるハプスブルク帝国の首都ウィーンとスラブ系移民


「記憶」について・・著者が考察対象にしていない脳科学の立場からみた「記憶」そのものの性質
  
書評 『脳の可塑性と記憶』(塚原仲晃、岩波現代文庫、2010 単行本初版 1985)

書評 『ネット・バカ-インターネットがわたしたちの脳にしていること-』(ニコラス・カー、篠儀直子訳、青土社、2010)

書評 『受験脳の作り方-脳科学で考える効率的学習法-』(池谷裕二、新潮文庫、2011)記憶のメカニズムを知れば社会人にも十分に応用可能だ!

(2014年8月5日 情報追加)


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2012年7月24日火曜日

書評 『あっぱれ技術大国ドイツ』(熊谷徹=絵と文、新潮文庫、2011) -「技術大国」ドイツの秘密を解き明かす好著


ドイツは、「19世紀末から20世紀前半にかけて世界最高の技術大国・科学大国」であった。これは、アメリカの工科系大学では最高学府であるMIT(=マサチューセッツ工科大学)でも、当時はドイツ語が必修であったことからもわかる事実だ。

その地位は、いまやアメリカや日本に譲ってあまり目立たなくなっているような印象をうけるが、じつは現在でもドイツは、「消費者の目に見えにくい部分でイノベーション力を維持している」(著者)のである。

その最たる例として著者が取り上げているのが、第1章のベーヴェ・システック社。文書の自動封入の機械では、世界のトップメーカーであるという。いわゆるB2B(Business to Business)企業であり、一般消費者の知らない法人分野では、きわめて大きなで存在感を発揮しているメーカーである。

わたしも、もちろんこの会社のことは知らなかったが、戦後に起業していまでは大企業となっているこの会社も、ドイツを特徴づけている、いわゆるミッテルシュタント(Mittelstand:中規模企業)だという。日本でいえば中堅中小企業がこれに該当するといっっていいだろう。

ドイツ人経営コンサルタントのヘルマン・ジモン(Hermann Simon)のいう「隠れたチャンピオン」(hidden champions)の一つと考えてよいのだろう。ニッチ市場に特化して、世界シェアを占める無名のミッテルシュタント(中規模企業)が活躍しているのがドイツなのである。

ポルシェやディーゼル、ツェッペリンなどの綺羅星のような発明家は本書でも取り上げられているが、世界的な知名度は高くなくても、現在でも多くの起業家を輩出している国がドイツなのである。たとえ、アメリカのソリコンバレーほどの派手さはないとしても。

その意味では、いまでもドイツは職人魂をもった「ものづくり」の国であり、それによって生み出されたユニークな製品が外貨を稼ぐという経済構造で、現在では欧州ナンバーワンの地位を揺るぎないものにしているわけだ。

本書にでてくるキーワードは、ミッテルシュタント(中規模企業)のほかに、テュフトラー(Tüftler)というものがある。著者によれば、「細かい手作業や試行錯誤、実験、いろいろと考えることによって、なにかあたらしいモノを生み出したり、難しい課題についての解決方法を見つけようとしたりすること」、だという。

まさに、これがドイツ人のものづくり精神の根幹をなしているのである。この点にかんしていえば、日本人とドイツ時は似ている面があるようだ。

本書はまた、このテュフトラー精神をもっとも発揮している南ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州のシュヴァーベン人について大きく取り上げており、目を開かれるものがあった。

ドイツ統一以前のヴュルテンベルク王国のことであるが、資源もなにもないという、ないないづくしの農業国が、シュタインバイスという傑出した人物のリーダーシップのもと、巧みな産業政策と教育によって、インキュベーションをつうじてシュヴァーベン人の「起業家精神」が引き出したことが語られている。

ちなみにバーデン=ヴュルテンベルク州は、南ドイツだがプロテスタント地域であるという。この地域から、自動車関連を中心に綺羅星のようにものづくり起業家が輩出したのであった。

本書は、著者自身による軽妙なタッチのイラストとあいまって、知られざるドイツについての好読み物になっている文庫オリジナル作品である。





目 次

まえがき
第1章 世界を制覇したドイツ技術者魂-ベーヴェ・システック社
第2章 ドイツ経済を支える中規模企業
第3章 テュフトラーの国・ドイツ
第4章 歴史に名を残すテュフトラーたち
第5章 きっちりドイツ人の根源は?
第6章 社会保障もきっちり行うドイツ
第7章 「信頼の資本」とミッテルシュタント
あとがき
参考文献・参考ウェブサイト


著者プロフィール

熊谷 徹(くまがい・とおる)
1959年東京生れ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。欧州の安全保障問題、EUの政治・経済統合、対テロ戦争、ドイツ経済などについて、取材、執筆を行っている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


 
”Hidden Champions of the Twenty-First Century: The Success Strategies of Unknown World Market Leaders” by Hermann Simon, 2009 ドイツを中心に世界中の「知られざるエクセレント中小企業」に焦点をあてた本


<関連サイト>

Toru Kumagai Official Website (ジャーナリスト熊谷徹氏の公式ウェブサイト)

ドイツ製造業の強さのカギはどこにあるか  ローランド・ベルガー氏インタビュー(前編) (ダイヤモンド・ハ ーバード・ビジネス、2014年5月8日)
・・「日本企業はドイツ企業に比べて、経営を多角化する傾向が強い・・(中略)・・ ドイツ企業、特に中小企業は、製品分野、技術、市場を絞り込み、一点集中で事業を行います。そのほうがグローバル展開しやすいからです。ある一分野に特化して世界中に事業を展開していくことは、市場拡大のみならず、技術力を高め、コストの一元化により経営の効率化を図ることができる。「規模の経済」「範囲の経済」の恩恵が受け、なおかつスキルも備わるというわけです」  ローランド・ベルガー氏は、ローランド・ベルガー創業者で名誉会長。日本訪問100回以上の日本通

日本企業の課題は、ホワイトカラーの生産性 ローランド・ベルガー氏インタビュー(後編) (ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス、2014年5月9日)

ドイツの教訓:世界が鑑とするミッテルシュタント (JBPress、2014年7月17日)
・・The Economist 翻訳記事 「世界がミッテルシュタント企業から学ぼうとしているのと同じように、ミッテルシュタントも世界から学ぶのに忙しい」

日本人の「大企業病」が起業を阻んでいる (ウリケ・シェーデ、2014年8月25日)
・・「ドイツは、日本と正反対です。多くのドイツ人は大企業を必要悪と見なしており、大企業の社長は、権力が強くお金持ち過ぎるため、かえってうさんくさく思われているはずです。ドイツ人が尊敬しているのは、「ミッテルシュタント」(中規模の会社)です。・・(中略)・・ ドイツ人は、ある程度社会的な地位を気にしますが、実力社会でもあるため、最終的には能力を基準に評価するのが一般的です。たとえ「必要悪」の大企業でも、本当に優秀な優良企業であるなら好きなのです。これにも歴史的な背景があるのでしょう。例えば1517年、マルティン・ルターは「95カ条の論題」を基にカトリック教会に挑戦し、この強大な相手と戦うにつれて多くの同士を集め、実力でプロテスタント教会を生み出しました。 このようなシチュエーションに憧れるからこそ、ミッテルスタントに参加できたスタート・アップを、ドイツ人は褒め称えるのです」  アメリカの大学院で日本的経営を教えるドイツ人教授の発言

(2014年5月8日、7月17日、8月25日、11月18日 項目追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?
・・同じ熊谷徹氏による新刊

ドイツを「欧州の病人」から「欧州の優等生」に変身させた「シュレーダー改革」-「改革」は「成果」がでるまでに時間がかかる
・・同じ熊谷徹氏が記事多数執筆


ドイツの起業家

書評 『自動車と私-カール・ベンツ自伝-』(カール ベンツ、藤川芳朗訳、草思社文庫、2013 単行本初版 2005)-人類史に根本的な変革を引き起こしたイノベーターの自伝


ドイツ経済を支える「ミッテルシュタント」

ドイツ製文房具は機能的でかつデザインもよい-鉛筆に特化したシュテットラー社は「隠れたチャンピオン」

書評 『世界に冠たる中小企業』(黒崎誠、講談社現代新書、2015)-知られざる日本の「グローバルニッチトップ企業」の紹介
・・日本にも同様の中堅企業がある


ドイツが官民一体で強力に推進する「インダストリー4.0」

ドイツが官民一体で強力に推進する「インダストリー4.0」という「第4次産業革命」は、ビジネスパーソンだけでなく消費者としてのあり方にも変化をもたらす


ドイツ経済

書評 『ブーメラン-欧州から恐慌が返ってくる-』(マイケル・ルイス、東江一紀訳、文藝春秋社、2012)-欧州「メルトダウン・ツアー」で知る「欧州比較国民性論」とその教訓
・・ギリシアやその他の破綻経済国家と比較することで、ドイツ人の国民性が浮き彫りになる

書評 『ユーロ破綻-そしてドイツだけが残った-』(竹森俊平、日経プレミアシリーズ、2012)-ユーロ存続か崩壊か? すべてはドイツにかかっている

(2014年5月8日、2015年10月4日、2016年2月20日 情報追加)



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2012年7月23日月曜日

書評『原発と権力 ー 戦後から辿る支配者の系譜』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)ー「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる


「原発推進政策」を軸にすると、「敗戦国日本」の戦後政治経済史が手に取るように見えてくる

「原発推進政策」を軸にすると、「敗戦国日本」の戦後政治経済史が手に取るように見えてくる、そんな感想をもつ中身の濃い、読み応えのある一冊である。

すでに多くのノンフィクション作家が原発推進をめぐるこの戦後政治経済史について書いているが、本書のいたる所でその分析力の鋭さと洞察力の深さに、なんどもうならされる思いをさせられた。

それは、著者がすでに『田中角栄-封じられた資源戦略石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(草思社、2009)において、エネルギー問題を軸にすえた戦後史への鋭い斬り込みを示していることにもあるのだ。

広義の安全保障には、軍事力だけでなく、国民生活の根本にかかわるエネルギー問題と食糧問題が大きな意味をもつ。本書によれば、1970年代の前半の日米「再処理」交渉では、「核不拡散」政策によって、日本の再処理に首をタテにふらなかった米国を押し切って「再処理」へと踏みだした経緯があったのである。

「石油の一滴は血の一滴」という名台詞を吐いたのは第一次大戦当時のフランス首相クレマンソーだが、日本が第二次大戦で敗れ去ったのもまた、エネルギー源である石油が絶対的に不足していたからだ。

「敗戦国日本」が「唯一の被爆国」でありながら、政治家たちが原子力に着目したのはエネルギー問題の観点だけでなく真の国家独立を獲得するために核武装へのつよい憧れが原発推進の「隠れた動機」であったことも、本書ではつぶさに検証される。

権力ときわめて相性のいいのが原子力だ。こと原子力をめぐっては党派を超えて戦時中の大政翼賛会的体質が見え隠れするのはそのためなのだ。

政治家、官僚、電力会社という鉄のトライアングルをめぐる関係も、じつは一筋縄ではいかない複雑さがあることを感じ取り、日本が高度経済成長とひきかえに、いかに国土だけでなく人心をも荒廃させてきたか。

これらのことを知るためにも、ぜひ読んでおきたい本である。


<初出情報>

■amazon書評「「原発推進政策」を軸にすると、「敗戦国日本」の戦後政治経済史が手に取るように見えてくる」(2012年3月26日 投稿掲載)





目 次

はじめに
第1章 「再軍備」が押しあけた原子力の扉
第2章 原発導入で総理の座を奪え!
第3章 資源と核 交錯する外交
第4章 権力の憧憬 魔の轍「核燃料サイクル」
終章 二一世紀ニッポンの原発翼賛体制
あとがき
主要参考文献


著者プロフィール

山岡淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)
1959年愛媛県生まれ。出版関連会社、ライター集団などを経て、ノンフィクション作家へ。「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマに近現代史、建築、医療、政治など分野を越えて旺盛に執筆。主な著書に『国民皆保険が危ない』(平凡社新書)、『医療のこと、もっと知ってほしい』(岩波ジュニア新書)、『狙われるマンション』(朝日新聞出版)、『成金炎上昭和恐慌は警告する』(日経BP社)、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄封じられた資源戦略』(ともに草思社)、『日本を大切にする仕事』(英治出版)などがある。(本データは出版社のサイトから転載)。




 <関連サイト>

「潜在的核保有国・日本」への不信 オバマが安倍から「核」取り上げた(山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員]、ダイヤモンドオンライン 2014年3月27日)
・・「米国は日本の原子力技術の水準を認め、潜在的核保有を半ば容認しながら管理下に置いて利用してきた。その一方で、国際原子力機関(IAEA)を通じて日本の核物質管理を徹底して監視している。 「IAEAの査察で最重点に置かれているのが日本です。用途が定かでないプルトニウムや高濃縮ウランをこれほど大量に保有いている国はないからです。兵器転用が疑われているということです」 経産省の官僚は言う。そんな国が「戦後レジームからの脱却」に本気で動き出したら穏やかではないと、他国は思うだろう」  こういう見方がけっしておかしなものではないことは知っておくべきだ


<ブログ内関連記事>

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)
・・「3-11」の前に出版されたものだが、ぜひ『原発と権力』とあわせて読んでおきたい一冊

書評 『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎、岩波新書、2000)-「市民科学者」の最後のメッセージ。悪夢が現実となったいま本書を読む意味は大きい
・・原子力産業草創期にエンジニアとしてかかわった著者の軌跡

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!

書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?


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