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2023年10月3日火曜日

書評『ロシアのなかのソ連 ー さびしい大国、人と暮らしと戦争と』(馬場朝子、現代書館、2022)ー ソ連崩壊から30年たったいまも「ソ連70年」の痕跡が消えることはない

 

『ロシアのなかのソ連 さびしい大国、人と暮らしと戦争と』(馬場朝子、現代書館、2022)という本を読んだ。カバーの絵に惹かれたからでもある。ベラルーシのアニメーション作家 Valentine Goubarev氏によるものだという。

 この本を読むとよくわかるのは、ソ連崩壊から30年たったいまなお「ソ連70年」の痕跡が消えることはないということだ。

というより、ふつうにロシアで生きている人たち、そのなかでもソ連崩壊を体験した年齢層、つまり40歳台から50歳台以降の人たちにとってはソ連時代はノスタルジーの対象なのである。

1970年代のブレジネフ時代が高く評価されているのだという。

ブレジネフ時代は、1962年生まれのわたしにとっては小学生時代から中学生時代にあたるがソ連時代ではもっとも安定していた時代である。言い方を換えれば、停滞していた時代でもある。

だがそれは、激動が当たり前のロシア史においては希有な時代であったというべきかもしれない。

冷戦時代であったとはいえ、初期の激動でも末期の激動でもない中だるみの時代だが、米ソが均衡状態にあったから、すくなくともロシア国内においては平和が維持されていたのである。

まさにそんな時代の1970年、18歳でソ連に留学して以来、50年以上にわたってソ連/ロシアにかかわってきた著者が体験し、観察してきたロシア社会をエッセイとしてつづったものだ。

留学生活は6年間帰国後はNHKの番組制作ディレクターとして40本以上の作品にかかわり(・・巻末にフィルモグラフィーがある)、退職後はふたたび5年間をロシアで暮らしている。

暮らしのなかで出会うふつうの人たち、仕事でかかわった人たち、取材対象の人たちとのかかわりから、ロシアとロシア人の地肌のようなものが見えてくる

70年にわたって社会主義に慣らされた人たちの感覚は、ときに社会主義国と揶揄されることもある日本で暮らす日本人の感覚からしても、かなり遠いとしかいいようがない。だが、その違いを理解することが重要なのだ。日本の常識をあてはめてはいけないのである。

もともと日本ではロシア嫌いが多いが、アートだけは別領域というべきかもしれない。この本でもっとも魅力的なのは、アニメーション作家のユーリー・ノルシュテインについて書かれた文章だ。

オペラやバレエといった世界から、アニメーションにいたるまで「ソ連時代の良質な遺産」はひじょうに多い。この点にかんしては、異論はないのではないだろうか。

冷戦時代の日本では、「ソ連は嫌いだが、ロシアは好き」という人は少なくなかった。戦後日本社会では、満洲で略奪と暴行の限りを尽くし、シベリア抑留という非道を行った憎むべき国という記憶が消えることのなかったからだ。

社会主義国で軍事大国のソ連は憎むべき存在だが、ロシア文学をはじめとしたロシア文化は好きという意味である。わたしもそうだった。「シベリア出兵」に行かされた祖父もまたそうだった。

2022年2月にウクライナへの侵略を開始したロシアは、当然のことながらふたたび批判と否定、そして嫌悪の対象になっている。とはいえ、「国としてのロシアは嫌いだが、ロシア文化は好き」と内心で思っている人も、じつは少なくないのではないかと思う。

あえて公言する必要はないが、ある種のバランス感覚は維持したいものである。いやな面も多いが、いいところもないわけではない。人物だけでなく、社会全体にかんしてもおなじである。そんなバランス感覚を維持するためにも、こういう本を読む意味はある。

いやな面も、いいところもひっくるめたロシア。そんなロシアを全体として、しかも冷静かつ虚心坦懐に見たいものではないか。


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目 次 
はじめに ロシアはソ連に回帰するのか
第1章 えっ!資本主義!?
 ロシア的働き方
 格差と平等の狭間で
 市場経済はあまくなかった
 実はアメリカ好き? 
第2章 さびしい大国
 ロシアはヨーロッパかアジアか
 ロシアの「大国願望」
 イデオロギーって何?
 みんな一緒が好き
 ロシア正教の底力
第3章 暮らしのなかのソ連、民主主義ってなんだ?
 民主主義嫌い
 女性の力
 離婚大国
 休む力
 迷信深いロシアの人たち
 危機対応力
 芸術大国
 言論の自由  
第4章 ソ連・ロシアの戦争
 大祖国戦争
 アフガニスタン侵攻
 ウクライナ侵攻
おわりに
フィルモグラフィー 
 
 
著者プロフィール
馬場朝子(ばば・ともこ)
1951年熊本生まれ。1970年よりモスクワ国立大学文学部に6年間留学、帰国後、NHKに入局、ディレクターとして番組制作に従事。「スターリン 家族の悲劇」「トルストイの家出」「ロシア 兵士たちの日露戦争」「未完の大作アニメに挑む―映像詩人ノルシュテインの世界」「揺れる大国 プーチンのロシア―膨張するロシア正教」などソ連・ロシアのドキュメンタリー番組を40本以上制作。退職して現在はフリー。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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・・いまだ残るソ連時代の痕跡


・・1960年代のレニングラードの状況は日本とは大違いであった


(2023年10月8日 情報追加) 


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2023年9月21日木曜日

四半世紀ぶりに井筒俊彦の『ロシア的人間』(初版1953年)を読み直してみた(2023年9月)- 内容が古びることのない「文学に現れたるロシア思想の研究」とでもいうべき古典的名著


 
ひさびさに井筒俊彦の『ロシア的人間』(中公文庫、1989)を読み返してみた。約四半世紀ぶりである。イスラーム哲学の研究者として著名な著者による異色の著作である。

中公文庫(旧版)で『ロシア的人間』を読んでからすでに四半世紀近い。弘文堂から初版がでたのは奥付によれば1953年(昭和28年)2月20日、独裁者スターリンは現役であった。

スターリンが急死したのは、その翌月の1953年3月5日のことだ。スターリンの急死の報を受けて、日本の株式市場では「スターリン暴落」が発生している。日ソ国交回復は1956年10月のことである。

単行本として復刊されたのち、中公文庫版として文庫化されたのは1989年1月、ソ連が末期的状況となっていたが、いまだ崩壊していなかった。井筒俊彦もまだ存命であった。ソ連が崩壊したのは1991年のことだ。

だがそんな状況にあった1953年においても、1989年においても、ソ連ではなく、あくまでもロシアと表記していたことに意味がある。

当時の日本では、ソ連をロシアと言い換える人は、きわめて少数派であった。だが、TIME誌など英文雑誌では  USSR でも Soviet Union でもなく、つねに Russia と表記していた。英語圏の人間は本質を突いていたのだ。井筒俊彦もまた本質を見抜いていたわけである。




わたしがこの本のことを知ったのは、大学の学部時代のことだ。

井筒俊彦といえば『イスラーム思想史』の著者であったが、古代ギリシア語を駆使して『神秘哲学』を書いているだけでなく(この本を入手して、読んでいたのも大学時代のことだ)、なんとロシア語を駆使して『ロシア的人間』なんて本まで書いているのか、と。驚異的としかいいようがないな、と。

大学の図書館で検索カードをめくって(・・かつて図書館には検索用のコンピューターなど導入されてなかったのだ!)、図書館の蔵書には『ロシア的人間』は何冊もあった。弘文堂による初版である。おそらく研究室単位で購入したものが、教員の退官とともに図書館に返却されたのだろう。

だから、はじめこの本に触れてから、すでに40年以上たっている。その後、初版の『ロシア的人間 ー 近代ロシア文学史 ー』(弘文堂、1953)は、ネットオークションで安価に手に入れることができた。基本的に中公文庫版と本文に違いはない。


■19世紀はロシア文学の全盛期

なぜ井筒俊彦が「19世紀ロシア文学」にのめり込んでいたのか?

もちろん、ロシア文学が現在よりはるかに多くの日本人に読まれていたという時代背景もあるだろう。だが、なによりも井筒氏がもっとも深入りしていたドストエフスキーを中核とする「19世紀ロシア文学」に、第2次大戦後に大流行した「実存主義」の先駆けを見ていたこともあるようだ。

「実存」というべきか、「存在」というべきか、『神秘哲学』の著者は、生涯にわたって人間存在の根底にうごめくカオスを凝視しつづけた人であった。

『ロシア的人間』は、もともと慶應義塾大学通信制のテキストとして2分冊で出版されていたらしい。慶應義塾大学文学部の英文科に席をおきながら、言語学だけでなくロシア文学まで講じていたという。

第5章から第14章までは「各論」ともいうべきもので、個々の文学者について取り上げられている。自分が好きな作家がどう扱われているか、そんな観点から読むのもいいだろう。

取り上げられた作家は、ロシア文学の開祖ともいうべきプーシキンからはじまり、 初期のレールモントフとゴーゴリ、最終的に無神論に行き着いた評論家のベリンスキー象徴派詩人のチュツチェフ、きわめてロシア的な作家のゴンチャロフ、西欧派のトゥルゲーネフ全盛期の大作家トルストイとドストエフスキー、そして帝政時代の最後をしめくくり、つぎの時代への橋渡しとなったチェーホフである。 

著者としては、ほんとうは実存的な関心からドストエフスキーだけでまるまる1冊書きたかったのではないかと思う。全編にわたって通奏低音として流れているのがドストエフスキーである。

「マドンナの理想を抱きながら、ソドムの深淵に惑溺する」とは、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』にでてくる有名なフレーズである。井筒俊彦はこのフレーズ引用して、自分の父親はそんな人だったと『神秘哲学』に書いている。

そもそも人間とは矛盾に満ちた存在だが、ロシア人はとくにその傾向がつよいのかもしれない。ロシアという存在は、ある種の日本人に特有の単細胞な教条的思考や希望的観測をつねに裏切る存在である。

日本人読者にとって、ほとんどなじみがないのが象徴派詩人のチュッチェフだろう。おそらくいまだ一編も日本語訳されていないのではないか。

チュッチェフだけではないが、『ロシア的人間』には井筒俊彦自身による日本語訳が掲載されている。『神秘哲学』の著者であり、ロシア語でロシア文学を読み込みんだ井筒俊彦だからこそなせるわざというべきだ。そして、間違いなく井筒氏の好みの詩人なのである。

ドストエフスキーのフレーズに先行するのが、チュッチェフの有名なフレーズ「ロシアはアタマでは理解できない」(Умом Россию не понять:ウモーム・ラシーユ・ニェ・パニャーチ)である。このフレーズは、すでに誰が作者かわからないほど一般化している。

まったく相矛盾する自己認識が同時に両立しているのがロシア人のメンタリティーなのである。われわれの尺度でロシアを理解しようとしても、どだい無理な相談なのである。


■「文学に現れたるロシア思想の研究」とでもいうべき古典的名著


井筒俊彦の『ロシア的人間』は、津田左右吉の著書をもじっていえば、『文学に現われたるロシア思想の研究』とでもいうべき内容である。「ロシア的人間」の「ロシア思想」、さらにいえば「ロシア神秘主義思想」というべきか。

ロシア語には精通していたが、この本を書いたときもそれ以後も、著者にはソ連(=ロシア)への渡航経験はないのである。あくまでも「19世紀ロシア文学」をロシア語の原文で読み解くことで、「ロシア的人間」を探求してみせた内容なのである。

全編をつうじてキーワードとなる概念は、以下のようなものだ。

ロシア文学、ロシア人、ロシア神秘主義、キリスト教、東方正教会、キリスト教、カオス、ディオニュソス的、黙示録、終末論、無神論、第三のローマ、奴隷の宗教、などなど。

総論ともいうべき「最初の4章」で上記の概念が繰り出されている。「総論」こそ繰り返し読むに値する

第1章 永遠のロシア
第2章 ロシアの十字架 
第3章 モスコウの夜 
第4章 幻影の都

ロシアを考えるにあたって重要なことは、13世紀から約240年にわたってモンゴルの支配下にあったこと、いわゆる「タタールのくびき」といわれているものだ。*

*ただし、これはロシア側からの見方であって、モンゴル帝国のジョチ・ウルス(=キプチャク・ハーン国)の支配のもとでは、過酷な支配はなかったというのが近年の定説である。

だが、異民族支配から脱したあとも、1861年に解放されるまで「農奴制」がつづいていたことを忘れてはならない。諸外国とは違ってロシアの場合、モスクワにいる一握りのロシア人が、支配者として圧倒的多数のロシア人を奴隷化していた時代が、約2世紀にわたってつづいたのである。そういえば、チェーホフの祖父も農奴であった。

モンゴルの支配をあわせると、約5世紀にわたって奴隷時代がつづいたことになる。*この意味を過小評価することなどできはしない。国民性、あるいは民族性に大きな刻印を記しているといっても過言ではないだろう。

*ロシアで「農奴制」が確立したのは1647年であり、廃止されて農奴が解放されたのは1835年。正確にいうと200年のことである。とはいえ、農民の自由がきわめて制限されていたことは否定できないことだ。


首都をモスクワから、「西欧の窓」とよばれたサンクトペテルブルクに強引に移転したピョートル大帝の存在なくして、「19世紀ロシア文学」は生まれなかったのである。プーシキンからチェーホフにいたる「19世紀ロシア文学」は、「サンクトペテルブルク文学」でもある。


■じつはきわめてアクチュアルなテーマを語っている

17世紀後半から18世紀前半にかけて生きたピョートル大帝は、積極的に西欧化を推進した天才的政治家であったが、その一方できわめてロシア的な専制君主でもあった。「第4章 幻影の都」から引用しておこう。

彼はあくまでもロシアの天才、ロシアの英雄であった。中庸の徳なるものを絶えて知らぬロシア魂の象徴的顕現としてのみ初めて正当に理解できる人物。すなわち彼は最もロシア的な暴力革命の権化(ごんげ)なのである。

1953年の時点でこう断言しているのである。ソ連礼賛があたりまえであった日本の知識人のなかでは、きわめて例外的な姿勢といえるかもしれない。引用をつづけよう。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

事実、ピョートル大帝は生まれながらの革命家、徹頭徹尾ロシア的な天成の革命家であった。彼はテロリズムの積極的建設的意義を認めて、これをロシアの政治史に実践導入した最初の人物である。彼にはロシアの運命に関する遠大な計画があり、人類の未来について真に予言的な見通しがあった。(・・・中略・・・) テロリズムの仮借なき行使が、必然的に無辜(むこ)の人民の血を流し、無数の人々からその個人的幸福を奪わずには済まないにしても、全ロシアの未来のために、この人道的悪は偉大なる「善」となる。(・・・中略・・・)
まぎれもなく、この道を行くピョートル大帝はレーニンの先駆者、18世紀のレーニンであり、彼の決行した暴力的な国政改革は、コミュニズムの暴力革命の原型であった。

さらにテロリズムにかんするトロツキーの発言を引きながら、つぎのように議論を展開している。

つまり人を惨殺することそれ自体に善悪があるのではなく、ただ何のために殺すかという目的の如何(いかん)によって殺人の善悪が決まると言うのである。だから、その目指す目的が正義と真理である以上は、目的実現を阻害しようとする一切の敵に対してどんな種類の暴力を振るっても正しいのだ。(・・・中略・・・)
トルストイとは反対に、ドストイェフスキーは、良きにつけ悪しきにつけ、ピョートル大帝とその事業の深刻な結果を生涯の最後まで最大の関心事として考え続けた


きわめてアクチュアルな発言であると言えるのではないだろうか。ソ連崩壊後の21世紀のロシアを考えるにあたっても、説得力のある指摘というべきである。

しかしながら、スターリンへの言及がまったくない。現在の日本人なら、まずはレーニンよりもスターリンを想起するだろう。だが、スターリンはレーニンの思想の忠実な継承者であったので、あえてその名前を出す必要はなかったのかもしれない。

先に見たように、この本が出版された1953年2月時点ではスターリンはいまだ健在であった。フルシチョフによるスターリン批判」は、スターリンが急死した翌月から3年たった1956年のことである。この年の10月には「ハンガリー動乱」が発生している。


(『ロシア的人間』初版の「奥付」)

レーニンやトロツキーへの言及はあるが、スターリンについて言及していないのは、存命中の人物ゆえ出版社サイドからの要請があったのかもしれない。

とはいえ、井筒俊彦のこの記述から、なによりもソ連体制の開祖はレーニンであり、レーニンの方針がすべての原点であったこと、そしてさらにその原型がピョートル大帝であることがわかる。あえてスターリンについて言及しなくても、スターリンがレーニンの直系であることは自明の理としているのであろう。

アジア主義者の大川周明の要請のもと、戦前からアラビア語によるイスラーム研究に従事していた井筒俊彦である。いわゆる「転向」とはいっさい無縁であった。そもそも、共産主義的世界観とキリスト教的終末観の共通性を見ている井筒氏である。当然といえば当然だろう。

戦前から戦後にかけて、その姿勢にブレはないようだ。というよりも、自分の関心事が最優先で、それ以外のことは基本的に無関心だというべきかもしれない。天才の天才たるゆえんである。


■「語学の天才」であった井筒俊彦だが、なぜロシア語なのか?

『井筒俊彦とイスラーム 回想と書評』(坂本勉/松原秀一編、慶應義塾大学出版会、2012)の編者である坂本勉氏の「序 イスラーム学事始めの頃の井筒俊彦」に興味深い記述がある。

この時期(1937年~1945年)に先生は起きてから寝るまで一日中、アラビア語の生活に明け暮れたということを後になっていろいろなところで回想しています。しかし、それと並んでロシア語にもこの時期に打ち込んでいます。想像するに、これはムーサーといっしょに勉強していくのに、英語が通じないということもあったのでしょうか。(・・・中略・・・)私自身はムーサーとの実践的な会話という必要性こそが、先生をロシア語の学習に駆り立てたのではないかと推測しています。


アラビア語とイスラームの師であった、ロシアはロストフ州生まれのタタール人学者ムーサー・ジャールッラーと会話するため、実用的な目的からロシア語に専念したという推測。これは大いに説得力がある。そのロシア語を駆使して読み込んだロシア文学に、ロシア神秘主義思想の発見と共感と没入が生じたと考えれば納得がいくのである。

メソディスト派のミッションスクールである青山学院中学出身の井筒俊彦にとって、アメリカ英語は得意中の得意だった。

チュッチェフを軸に『ロシア的人間』をとりあげているのが、ソロヴィヨフ研究者の谷寿美氏による「『ロシア的人間』ー 全一的双面性の洞察者」である。上掲の『井筒俊彦とイスラーム 回想と書評』(坂本勉/松原秀一編、慶應義塾大学出版会、2012)に収録されている。


■『ロシア的人間』の原型である『露西亜文学』

『ロシア的人間』は、もともと慶應義塾大学通信制(?)のテキストとして2分冊で出版されていたらしい。『露西亜文学』が慶應義塾大学出版会から2011年に復刻されている。




それぞれの章ごとに、受講する学生向けの「研究課題」が設問の形で掲載されている。この設問を読むと、なにを読み取るべきか、井筒俊彦がロシア文学になにを見ていたかがわかるのである。参考のために引用しておこう。

第1章 露西亜文学の性格 

研究課題
⑴ 露西亜文学は何故ひとに沈鬱な印象を与えるのか。 
⑵ 露西亜的人間の性格がディオニュソス的であるとはどういうことか
⑶ 露西亜の自然露西亜的魂の関聯を説明せよ。
⑷ 露西亜文学はどのような意味で哲学的人間学なのか。

第2章 露西亜の十字架

研究課題
⑴ 韃靼人侵入の精神史的意味を述べよ。
⑵ 「露西亜の黙示録」とは何か。
⑶ 共産主義的世界観は基督教的終末観と如何なる関係にあるか。 

第3章 ピョートル大帝の精神

研究課題
⑴ ピョートル大帝の精神史的意味を説明せよ。
⑵ 「第三のローマ」とは何か。


慶應義塾大学出版会から復刻された『露西亜文学』には、あらたに発見されたという「附録 ロシアの内面的生活 ― 十九世紀文学の精神史的展望」が収録されている。

また、ドストエフスキーの新訳で話題になった亀山郁夫氏による「解題」は本書にはふさわしい。なぜなら、井筒俊彦のロシア文学理解の根底にはドストエフスキーがあるからだ。

すでに言及しているが、自分の父親の複雑な性格について、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』から「マドンナの理想を抱きながら、ソドムの深淵に惑溺する」というフレーズを引いてくるくらいだから。


■経済学でいう「経路依存性」はロシアについても当てはまる

1953年に初版が出版された『ロシア的人間』は、すでに70年前の著作である。先に述べたように、『文学に現れたるロシア思想の研究』とでもいうべき古典的名著だといってよい。

「19世紀ロシア文学」の作家論として、あるいはロシアという複雑な存在について考えるため、さまざまな読み方が可能な著作として、今後も読み返される価値のある本である。

1989年の中公文庫(旧版)の「後記」で、井筒氏はこう記している。

ペレストロイカという新しい文化理念の導入によって、今、ロシアはその面貌を変えつつある。おそらくこれからのロシアは、新しい文化パターンの創出に向かって大きく旋回していくことだろう。だが私が本書で描き出そうとした。ロシア人の魂の奥底にひそむ根源的人間性だけは、そうたやすく変わらないだろう。

時代はさらに旋回し、1991年にソ連が崩壊してロシアが復活し、さらに旋回してプーチンの独裁体制がつづいている。つまりロシアの地肌がふたたび露出するようになっているのである。

1993年に亡くなった井筒俊彦が、ロシアの行く末まで見通していたかどうかはわからない。だが、いずれにせよロシアという存在が、ロシア以外の尺度で測ろうとしても困難なことには変わりない。

経済学でいう「経路依存性」(path dependency)は、当然のことながらロシアについても当てはまるのである。なぜならロシアは、ロシア人によって構成されているからだ。

1917年のロシア革命によって誕生したソ連は、1991年に崩壊した。約70年にわたってつづいたのある。ソ連時代を払拭するのには最低でも70年はかかるであろう。2023年の現在はいまだ30年を経過したに過ぎない。

いや、「タタールのくびき」から始まる5世紀にわたる「奴隷時代」を考慮に入れれば、ロシアは変わらないというべきかもしれないのである。

 
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目 次 (中公文庫の旧版)
序 
第1章 永遠のロシア
第2章 ロシアの十字架 
第3章 モスコウの夜 
第4章 幻影の都
第5章 プーシキン 
第6章 レールモントフ 
第7章 ゴーゴリ 
第8章 ベリンスキー 
第9章 チュッチェフ 
第10章 ゴンチャロフ 
第11章 トゥルゲーネフ 
第12章 トルストイ 
第13章 ドストイェフスキー 
第14章 チェホフ 
後記
『ロシア文学的人間』と読み替えて(袴田茂樹)


著者プロフィール
井筒俊彦(いづつ・としひこ)
1914~1993年。東京都生まれ。1931年、慶應義塾大学経済学部予科に入学。のち、西脇順三郎が教鞭をとる英文科へ転進。1937年、慶應義塾大学文学部英文科助手、1950年、同大学文学部助教授を経て、1954年、同大学文学部教授に就任。1969年、カナダのマギル大学教授、1975年、イラン王立哲学研究所教授を歴任。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2022年5月6日金曜日

書評『ロシア点描 ー まちかどから見るプーチン帝国の素顔』(小泉悠、PHP研究所、2022)-まさにグッド・タイミングの出版

 
出版されたばかりの『ロシア点描-まちかどから見るプーチン帝国の素顔』(小泉悠、PHP研究所、2022)を読んだ。まさにグッド・タイミングの出版だ。  

「ウクライナ戦争」が勃発してから、マスコミで引っ張りだこの「時の人」による最新刊。こんな状態だからこそ、ロシアとロシア国民の素顔を知る必要ありというわけで、語りおろし原稿を大幅に書き直したうえで、2月24日以降の状況を踏まえて大幅に加筆したという。 

2009年から足かけ3年間のモスクワ生活体験をベースに、現在ロシアに滞在中の関係者から収集した情報でアップデートした内容。まだ40歳の若さで、しかも軍事オタクというのが、なかなか類書にはない特色かな。本人は松戸出身で、配偶者はロシア人のようだ。

ささっと読める内容で、ロシアをまったく知らない人にはもちろん、ある程度知っている人にも有益だろう。おすすめ。 



目 次
第1章 ロシアに暮らす人々編
第2章 ロシア人の住まい編
第3章 魅惑の地下空間編
第4章 変貌する街並み編
第5章 食生活編
第6章 「大国」ロシアと国際関係編
第7章 権力編

著者プロフィール
小泉悠(こいずみ・ゆう)
東京大学先端科学技術研究センター専任講師。1982年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、未来工学研究所客員研究員などを経て、2022年1月より現職。ロシアの軍事・安全保障政策が専門。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版、サントリー学芸賞)などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2019年2月26日火曜日

JBPress連載コラム第46回目は、「知られざる戦争「シベリア出兵」の凄惨な真実 「失敗の本質」の原点がそこにある」(2019年2月26日)


JBPress連載コラム第46回目は、知られざる戦争「シベリア出兵」の凄惨な真実 「失敗の本質」の原点がそこにある(2019年2月26日) ⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55568


いまだに解決しない北方領土問題。この問題がボトルネックとなり、日本とロシアの間では平和条約も締結されず、国境線の最終画定も終わっていない。 

日ロ関係を理解するためには、まずは戦前の約70年間について振り返ってみておくことが重要だろう。それは「熱戦」の時代であった。 

日ロ間で戦われた4つの戦争とは、「日露戦争」(1904~1905)、「シベリア出兵」(1918~1925)、「ノモンハン事件」(1939年)、第2次世界大戦末期の「日ソ戦争」(1945年)である。 


(シベリア出兵は最初は多国籍軍だった Wikipediaより)

今回はその中から、多大な戦費と戦死者数を出したにもかかわらず、現在の日本ではいまだに“知られざる戦争”となっている「シベリア出兵」について重点的に取り上げたい。 


(ウラジオストクを行進する米国軍 Wikipedia)

前回のコラム記事(「高級チョコを日本に広めたロシア人が受けた仕打ち」 で、白系ロシア人のモロゾフ一家が難民として日本に移住することになった背景がこの戦争の時代であった。 

つづきは本文にて  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55568



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