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2023年8月29日火曜日

書評『韓国文学の中心にあるもの』(斎藤真理子、イーストプレス、2022)― 文学作品をつうじて「逆回し」で「現在」から「過去」にさかのぼって考える韓国現代社会史

 

韓国文学に熱い視線が向けられているという話は、よく目にするようになった。

『82年生まれ、キム・ジヨン』という本が日本でベストセラーとなり、女性読者のあいだでで大きな話題になっていることも知っている。最近は早くも文庫化された。

また、「Z世代」とよばれる若年層のあいだでは韓国文化への関心が高いようだ。韓国の若年層もまた日本文化への関心が高いようだ。「Z世代」(Gen Z)とは、1990年代後半から2010年生まれの世代をさしている。

若い世代どうしで相互理解が進むのはたいへんよいことだ。好き嫌いは別にして、まずは知ることが大事だからだ。

かれら自身は意識することもないだろうが、中高年層の男性を中心とした「嫌韓」とは一線を画している。というより、過去をよく知らないから偏見なく接することができるのかもしれない。

そんな熱視線を浴びている「韓国文学」について解説された本があるということをネットで知った。『韓国文学の中心にあるもの』(斎藤真理子、イーストプレス、2022)がそれだ。著者は、『82年生まれ、キム・ジヨン』の翻訳者である。


■「逆回し」で「過ぎ去らない過去」を意識させる構成

なぜ韓国文学がいま熱いのか、その理由を知りたくてこの本を読んでみることにした。

桜色というか、薄いピンク色のカバーの表紙のこの本は、女性読者を意識したものなのだろう。書店でも海外文学か女性エッセイのコーナーに置かれていた。

読み始めたら、ぐいぐいと引き込まれていくのを感じた。どんどん先を読みたくなってくるのだ。たんなる解説書を超えた、深い洞察に満ちた本である。この本じたいがひとつの作品として捉えるべきだ。

思ったよりも中身の濃い、重厚な内容であった。韓国文学がもつ倫理性、韓国哲学研究者の小倉紀蔵氏のことばを借りたら「道徳志向性」にそうさせるものがあるのだろうが、著者の文体にもあるのだろう。「ですます調」はいっさいつかわない、ある種の硬質な文体である。

きわめて知的で、深い考察をつづる文体。語彙の選択の適切さ。対象が対象であるだけに、内省的で、慎重にならざるをえないという面もあるだろう。つまりこのテーマを扱うには、知的にならざるをえないのである。




現代から始めて、過去にさかのぼっていくという構成がいい。

まずは話題になった『82年生まれ、キム・ジヨン』から話が始まる。著者のチョ・ナムジュ自身が1982年生まれ、小説が発表されたのは2016年、日本語訳がでたのが2019年である。韓国での映画化2019年でその翌年には日本公開されている。導入としては最適だろう。




この本が読ませるのは、「現在」から始まって、どんどん「過去」にさかのぼっていく構成となっていることだ。

「現在」は「過去」の集積のうえに存在するからだけではない。韓国の現在には、「過ぎ去らない過去」が見え隠れしているからだ。「過去」が「過去」になっていないのが韓国社会なのである。重層的な構造になっているのである。

現在から過去にさかのぼっていく構成は、本書でも取り上げられている『ペパーミント・キャンディー』(2000年)とおなじだ。

「IMFショック」(1997年)で壊滅的打撃を受けた韓国で猛威を振るった「新自由主義」のなか、起業するが夢破れ、人生に挫折していくある青年の物語である。




「20年間の韓国現代史を背景に、ひとりの男が絶望の淵から人生の最も美しい時期までをさかのぼっていくという手法」と、DVDの解説にある。男性としては、どうしても感情移入してしまう内容なのだ。

現代女性の生きづらさを描いた『82年生まれ、キム・ジヨン』に匹敵するといっていいかもしれない。

わたしはこの映画はDVDで何度も繰り返しみているが、原作は読んでいないので正確なことは言えない。おそらく原作もその構成をとっているのだろうとしておく。

わたしは、それを「逆回し」と称して、現在から過去にさかのぼる形式の歴史書を執筆している。『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)がそれだ。リーマンショックから始まり、アメリカ独立と同年に出版されたアダム・スミスの『国富論』までさかのぼった試みだ。

じつはこの構成は、『ペパーミント・キャンディ』をヒントにしていることを、ここに告白しておこう。


■あまりにも過酷な韓国現代史と、そこから生み出されてきた韓国文学

『韓国文学の中心にあるもの』も、「逆回し」の手法で現在から、「セウォル号事件」と「キャンドル革命」、「IMF危機」、「光州事件」、「朴正熙(パク・チョンヒ)時代」、「朝鮮戦争」、「植民地支配からの解放時代」へとさかのぼっていく。

近過去が現在に大きな影響を及ぼしているのは当然だが、すでに70年以上前の過去も過去になっていないのが韓国社会である。

韓国現代史は、近過去もその前の過去も、あまりにも過酷で、さかのぼれば、さかのぼるほど過酷になっていく。

韓国へのコミットの度合いは大きく異なるものの、わたしは1960年生まれの著者とはほぼ同世代なので、ある種の共通経験と共通感覚をもっている。

「朴正熙時代」の末期から韓国を意識しだしたわたしは、「光州事件」もまたリアルタイムで知っている。しかも、それらは他人事としてではない。当事者の体験として韓国人自身から軍隊時代の体験として聞いていた。だが、それ以前の歴史はあくまでも映画その他をつうじて知っているに過ぎない。

イデオロギー戦争であった朝鮮戦争がもたらした不幸、その前史となる日本からの解放時代がすでに分断状況が激化していたことなど、「過ぎ去らない過去」を意識することが日本の読者には必要なのだ。韓国を知ることは、日本について知ることにもつながるのである。

いわゆる「恨」(はん)など手垢のついた概念をつかわずに、現代日本に生きる読者を念頭に考えるという姿勢がいい。あくまでも日本語訳をつうじて接する読者にとっての意味を考えるためだ。

ここで取り上げられた小説は、映画化された映画は別にして、はるか昔の金素雲によって書かれた日本語の著作以外はほとんど読んでいない。だが、作品ごとに適切な解説がなされているので、たとえ読んでいなくても、その作品とその背景にある世界観を手に取るように理解できる気分になってくる。

読んでいてひじょうに印象に残ったのが、チョ・セヒによる『こびとが打ち上げた小さなボール』という小説だ。

「維新時代」すなわち朴正熙時代に戒厳令が敷かれていた時代に書かれた奇跡のような連作は、韓国では現在も読み継がれていて「ステディ・セラー」なのだという。日本語でいうロングセラーよりもアクチュアリティの高い表現である。

この小説も著者である斎藤氏によって日本語訳され、しかもつい最近になって文庫化されたようだ。ぜひ読んでみたいと思う。*





(画像をクリック!)


目 次 
まえがき
第1章 キム・ジヨンが私たちにくれたもの
第2章 セウォル号以後文学とキャンドル革命
第3章 IMF危機という未曾有の体験
第4章 光州事件は生きている
第5章 維新の時代と『こびとが打ち上げた小さなボール』 
第6章 「分断文学」の代表『広場』 
第7章 朝鮮戦争は韓国文学の背骨である 
第8章 「解放空間」を生きた文学者たち 
終章 ある日本の小説を読み直しながら 
あとがき
本書関連年表
本書で取り上げた文学作品
主要参考文献


著者プロフィール
斎藤真理子(さいとう・まりこ)
翻訳者、ライター。1960年新潟市生まれ。明治大学考古学科卒業。1980年から大学のサークルで韓国語を勉強、91年からソウル延世大学語学堂に留学。92年から96年まで沖縄で暮らす。訳書に『カステラ』(パク・ミンギュ著、ヒョン・ジェフンとの共訳、クレイン)、『こびとが打ち上げた小さなボール』(チョ・セヒ著、河出書房新社)、『ピンポン』(パク・ミンギュ著、白水社)など。『カステラ』で第一回日本翻訳大賞受賞。2020年、『ヒョンナムオッパへ』(チョ・ナムジュ他、白水社)で韓国文学翻訳大賞(韓国文学翻訳院主催)受賞。(斎藤真理子 かみのたね(フィルムアート社 ウェブマガジン)に掲載されているもの)

 


<関連サイト>

・・こちらもまた読ませる文章。日本語の文章力の高さが、名翻訳を生む力になっているのだろう



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2021年9月19日日曜日

書評『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ、新潮文庫、2021)―「ブレクジット」(=EU離脱)後の英国の現在の空気がビンビンつたわってくるライブ感で読ませる


単行本がでてから2年間で60万部突破という『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ、新潮文庫、2021)を読んだ。著者の本は、読むのはこれで3冊目だ。  

イングランド南部の海岸にある地方都市ブライトンを舞台に、日本出身の母親(著者のこと)と労働者階級出身のアイリッシュ系英国人の配偶者のあいだに生まれた一人息子の成長物語。この本も、読み出すと最後まで読みたくなってしまう。 

「イエローでホワイト」というのは言うまでもなく肌の色。「ブルー」というのは、すでに日本語にもなっているように憂鬱(ユーウツ)という意味。カトリック系の公立小学校(そんなのが英国にはあるのだ)を卒業して、中学に入学して、ノートに書きつけた息子の学校生活と家庭生活、地域生活が人間関係を中心に描かれる。 

そこにあるのは「多様性」(ダイバーシティ)。だが、この「多様性」は、「みんなちがって、みんないい」といった類いのキレイ事の話ではない。 

人種、民族、宗教、階級、LGBTQ。こういった見える化された違いと目に見えない違いが、複雑にからみあって多様性を生み出し、その多様性が差別感情を生み出し、さまざまな形の暴力も誘発する。 

そんな状況のなかを生き抜いてきた著者にとっても、「地雷」を踏みかねないのが現在の英国の現実なのだ。そんなシーンがこの本には満載だ。 

「他者に対するエンパシー」ということばと概念が、この本をつうじて有名になった。 「エンパシー」(empathy)は、同情を意味する「シンパシー」(sympathy)と似ているが、後者が感情の動きだけであるのに対して、前者は知的に認識して行動に移すことまで含まれている。 

このエンパシーによって、複雑な多様性のある社会を生きてくことが、英語で「他人の靴をはく」(to put oneself in someone's shoes)と表現される。感じるだけでなく、行動に移すことが大事なのだ。 この表現も単行本をつうじて有名になったことは周知のとおり。

こういったメッセージは、すでになんども語られているので、これ以上は書く必要もないと思う。 

だが、本というのはどういう読み方をしてもいいわけであって、自分にとっては「ブレクジット」(=EU離脱)後の英国の現在の空気がビンビンつたわってくる、そのライブ感に強く感じるものがあった。 

「中流階級崩壊」という点において、新自由主義を推進したサッチャー後の英国の後追いをしている日本だが、不可逆的な流れとして、ますます多様性が当たり前となることは間違いない。 

そんな日本社会で生きていくための「予行演習」として、この本を読むことが必要なのではないかと思う。脳内シミュレーションである。 

繰り返すが、「多様性」はキレイ事で済まされることのない社会の現実(リアリティ)なのである。英国の状況は、他人事と考えないことだ。 


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PS 続編である『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』が2024年6月に文庫化された



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・・マーガレット・サッチャーの死を祝う人たちが英国には多くいた



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2020年8月3日月曜日

新型コロナウイルスのパンデミックによってグローバリズムは「強制終了」させられた!-「反グローバリズム」の関連本3冊をいまの時点で読んでみる(2020年8月)



新型コロナウイルスのパンデミックによってグローバリズムは終わったのである。「強制終了」にスイッチが入ったのである。グローバリゼーション(=グローバリズム)は、けっして自然現象でもなんでもない。

過去に3回の動きがあったグローバリゼーション。そのすべてが、人為的に開始されるが、いったん始まって軌道に乗ってしまうと、誰にも止められなくなって暴走してしまうことは共通している。

前回の第2次グローバリゼーションは、第一次世界大戦とその後に続いた世界恐慌によって、そして第二次世界大戦によって「強制終了」させられた。

今次のグローバリゼーションは第3次であるが、拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トエンティワン、2017)にも書いたとおり、1979年から始まったものだ。ソ連経済の弱体化という政治目的で開始されたものであり、製造業が衰退していた米英アングロサクソンが、金融分野の「規制撤廃」という「自由化」で推進したものである。 

その根底にあるイデオロギーは「新自由主義」(=ネオリベラリズム)である。この新自由主義がソ連崩壊後も止まることなく日本を含めて全世界を巻き込んで続いていたのである。だが、潤ったのは「1%」に過ぎない。経済格差が深刻化し、現在に至っていることは言うまでもない。リーマンショックを経験したあとも、ふたたび暴走を続けていたのである。

もはや、誰にも止めることができない「暴走機関車」と化していたグローバリゼーションだが、変調の兆しはすでに顕在化していた。英国のブレクジットであり、「アメリカ第一主義」を掲げて登場した米国のトランプである。 

そして、今年2020年、まさに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック化によって、劇的な形でグローバリゼーションに「強制終了」にスイッチが入ったのである。

「新型コロナウイルスの感染者増大が大変だ!」と、マスコミはがなり立てている。だが、何ごとであっても一面的にのみ捉えるべきではない。

新型コロナウイルスのパンデミックのおかげでグローバリゼーションは終わったのである。 この点は、不幸中の幸いといえるだろう。後世からそう評価されることは間違いない。

短期的だけでなく、中期的にも苦しいが、長期的にはよくなるはずである。グローバリゼーションの終焉は、ポジティブに捉えるべきなのである。

もちろん「国際協調」は大事なことだ。一国だけで問題解決できない。現在完了形として「すでにグローバル化している世界」においては、国際協調は不可欠である。だが、「国際協調」と「グローバリゼーション」は別物だということを認識しなくてはならない。


■「反グローバリズム」関連本を読む 

いまさらという感じがなくもないが、いまこの時点であらためて「反グローバリスト」たちの著作を続けて読んでみた。

●『グローバリズムが世界を滅ぼす』(エマニュエル・トッドほか、文春新書、2014) 

●『グローバリズム その先の悲劇に備えよ』(中野剛志/柴山桂太、集英社新書、2017)

●『英語化は愚民化-日本の国力が地に落ちる』(施光恒、集英社新書、2015) 

グローバリゼーション(=グローバリズム)を支えているイデオロギーは「新自由主義」(=ネオリベラリズム)であり、米英アングロサクソンの英語圏の思想でもある。

上記の著作では、このグローバリズムが徹底的に批判されている。2020年時点で読む意味があるのは、いまだに「グローバリゼーション信者」が、エリート層には少なからず存在するからだ。この勢力は、なかなか消滅することはないであろう。今後は、頑強な抵抗勢力となっていく。

財界を中心に、「グローバリゼーションは終わらせてはいけない!」などと叫び続ける輩(やから)が少なからずいるだろうが、そういう輩の言うことは徹底的に黙殺すべきである。バブル再来を期待する輩と同様、いやもっとたちが悪い。

重要なことは、国民全体が幸せになることである。日本の場合は米国ほど酷くはないというものの、一握りの「1%」の人間ではなく、残り「99%」の人間が幸せにならない経済など間違っているのである。

日本国民の圧倒的多数にとって重要なのは、グローバリストの言語である英語ではなく、母語である日本語を守り抜くことである。

グローバリゼーションは終焉したが、まだまだ長年にわたって混乱が続くことは避けられない。だが、この混乱を通り抜けたあとは、ふたたび「秩序が回復」するだろう。そう考えて、生きていくべきなのだ。

あくまでもポジティブに、勇気を持って。




<ブログ内関連記事>

書評 『終わりなき危機-君はグローバリゼーションの真実を見たか-』(水野和夫、日本経済新聞出版社、2011)-西欧主導の近代資本主義500年の歴史は終わり、「長い21世紀」を生き抜かねばならない

書評 『超マクロ展望-世界経済の真実』(水野和夫・萱野稔人、集英社新書、2010)-「近代資本主義」という既存の枠組みのなかで設計された金融経済政策はもはや思ったようには機能しない

書評 『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2008)-12世紀からはじまった資本主義の歴史は終わるのか? 歴史を踏まえ未来から洞察する

書評 『国力とは何か-経済ナショナリズムの理論と政策-』(中野剛史、講談社現代新書、2011)-理路整然と「経済ナショナリズム」と「国家資本主義」の違いを説いた経済思想書


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2018年9月4日火曜日

書評 『王室と不敬罪-プミポン国王とタイの迷走-』(岩佐淳士、文春新書、2018)-このタイトルではバンコク紀伊國屋書店の店頭に並ぶことはないだろう


『王室と不敬罪-プミポン国王とタイの迷走-』(岩佐淳士、文春新書、2018)という本が出版された。8月20日にでたばかりの今月の新刊だ。amazonで購入して、さっそく読んでみた。

それにしても、タイトルがあまりにも直球ど真ん中すぎる。タイに現在も関わっている人、過去に関わったことのある人なら、あらためて言わずもがなことだろう。こんなタイトルの本を出版するとは、この著者はよほど腹が据わっているのか、それとも・・?

2014年の最新のクーデター以降、いまだに民政移管が実現せず軍政が続いているタイ王国。立憲君主制のタイであるが、王政と民主主義の関係は、プミポン国王ラーマ9世がご健在であられた頃とはまったく様相を異にしている。民主化(といっても限定付きだが)以前の軍政時代のミャンマーを想起しないわけにはいかないのである。

ところが、この本は実際に読んでみると、タイトルから連想されるほどの刺激的な内容ではないことがわかる。参考文献をよく読みこなしたうえで関係者へのインタビューによるナマの声を拾い上げ、現在に至るタイ現代史を一般読者向けによく整理した内容になっている。タイにかんするホンネとタテマエの落差を明らかにした内容だ。

ただし、その参考文献のなかには、具体的な書名はここには書かないが、タイには持ち込み禁止の英文文献も含まれている(・・その英文書籍は、私も通読している。日本国内では入手可能だ。だが、出版されてから12年もたつが、日本での翻訳が出る気配もないのはなぜ?)。

個々の事象にかんして、著者自身の個人的な見解も加えられているが、私もその見解にはおおむね同意する。とかく王室関連の話題は、それこそ「不敬罪」のからみがあるので検証不可能なものが多い。そのため、推論するしかないのだ。

ただし、間違ったクチコミ情報が多いので、情報は精査する必要がある。フェイクニュース対応に限らず、情報リテラシーが求められるところだ。これは「不敬罪」が存在するタイでは、なおさらのことだろう。


■2014年クーデターから新国王即位までのタイ情勢

著者は、毎日新聞の記者で2012年4月から2016年9月までバンコクに駐在していた外信記者。まさにその赴任期間中にクーデターが発生し、現在まで続く軍政が開始されただけでなく、プミポン前国王の崩御とワチラロンコーン新国王即位があった。この本のもとになったのは毎日新聞に連載された記事とのことだ。 私はその記事は読んでいない。

だが、こんなストレートで直球なタイトルの本は、たとえ日本語であってもタイ国内への持ち込みは不可だろう。バンコク空港の税関で検査官にカバンを開けられて見つかったら、英語文献ほどその可能性は大きくないが、即没収される可能性もある。常識的に考えれば、この著者にタイ再入国許可が下りない可能性が高いし、無理に再入国は考えないほうが無難であろう。


(Kinokuniyaのネット書店の在庫状況 左からタイ、シンガポール、マレーシア 2018年9月2日現在の情報)

海外に出店している日本の紀伊國屋書店のネット店(Bookstore Kinokuniya)で在庫確認してみるとよい。東南アジアのタイ、シンガポール、マレーシアで在庫検索してみたところ、案の定タイでは在庫確認はおろか、タイトルさえ検索できなかった(上掲の画像の一番左がタイ)。皆さんも試みてみるといいだろう。タイの紀伊國屋書店の日本語書籍のサイトは以下のとおり。⇒ https://thailand.kinokuniya.com/t/books/japanese-books

著者も新聞社も、タイでは販売はおろか著者も再入国不可能の可能性もあることは想定内のことなかどうかは知らない。この本に書かれた内容は、タイの政治経済に関心のある人(・・とくに実際にかかわっている人)にとっては、当たり前と思えるようなことも多いので、イマイチといった感想が出るだろうし、あまり関心のない人にとってはどうでもいいようなことかもしれない。タイに興味はあるが、詳しくは知らないといった読者向けというべきだろう。

とはいえ、これをもって「不敬罪と王室」にかんする一般論にはしないほうがいい。タイのエスタブリッシュメントが、現在世界中に蔓延しているポピュリズムを否定しているという点をもって、素晴らしいなどとはとは思わない方がいい。あくまでも、タイという固有のコンテクストのなかで解釈すべき事象だからだ。


■「王政と民主主義はそもそも本来相容れない」???

本書を貫くスタンスにかんして私が違和感を感じたのは、著者が「王政と民主主義はそもそも本来相容れない」とアタマから決めてかかっていることだ。

1976年生まれという世代のせいなのだろうか、受けてきた教育のせいなのだろうか、それとも勤務先の毎日新聞社のスタンスによるものなのか? 著者の念頭には「立憲君主制の本家本元である英国」の存在が欠けているような印象を受ける。

たしかに「タイ式民主主義」は、米ソ冷戦時代の反共政策のもとに生まれてその後定着した歴史的な産物であり、その有効性は現在では大幅に形骸化してしまっている。

「不敬罪」など存在しなければ、問題も発生しないということもまた、否定しようのない事実ではあり、現代に生きる日本人としては、「不敬罪」が野放図に乱用されている現状が望ましいとはとても思えない。治安維持法が存在した戦前の日本を知識と知っていれば、当然の反応だろう。

だが、タイ王国のゆくえは、タイ国民自身が考えるべき問題であり、そのことは絶対に忘れてはいけないことだ。ビジネスであれ、それ以外の分野であれ、関係者は状況を正確に把握し、将来を予測するために、あくまでも本書に記載された知識を活用するというスタンスに徹しなければならないのである。知識として知ってくことは重要だが、クチに出してぺらぺらと語るようなことではない。

そのためには、最新情報を踏まえて執筆された本書は、タイについてあまり知らない人にとっては、ある意味では役にたつ内容となっているといえよう。「不敬罪」をタブー視しない英語文献なら多数あるが、日本語でこのテーマにかんして書かれた本は少ないからだ。 

もっとも、タイといえば、観光(とくに夜の)にしか関心のない層には、まったく無縁の内容だろうが(笑)




目 次 
プロローグ 「タイ式民主主義」の光と影  
第1章 プミポン治世の終末  
第2章 「タイ式民主主義」とは何だったのか 
第3章 タクシンは「反王制」なのか 
第4章 2014年クーデターの真実 
第5章 プミポン国王後のタイ  
エピローグ
謝辞
主要参考文献



著者プロフィール 
岩佐淳士(いわさ・あつし) 
毎日新聞外信部記者。1976年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2001年毎日新聞入社。福島支局を経て2006年4月に東京社会部。東京社会部では東京地検特捜部を担当し、小沢一郎氏の資金管理団体「陸山会」を巡る政治資金規正法違反事件などを取材した。2010年4月に外信部に異動。2012年4月から2016年9月までアジア総局(バンコク)特派員。タイやミャンマーなど東南アジア各国の政治・社会のほか、中国とフィリピン、ベトナムが対立する南シナ海の領有権問題などを取材した。2016年10月、東京本社に帰任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)







<ブログ内関連記事>

JBPress連載第12回目のタイトルは、「タイではなぜクーデターがスムーズに行われるのか-「勅令・枢密院・不敬罪」3つのキーワードでタイを理解する(2017年11月7日)

タイのあれこれ (8)-ロイヤル・ドッグ 
・・「タイ語のマンガ版が興味深いのは、タイ王国憲法では、「神聖にして絶対不可侵」の存在である国王陛下を(・・戦前の大日本帝国憲法と同じ)、いかにマンガに登場させるかという点にかんして作者が大いに悩んだという。その結果、国王陛下はすべて白塗りで、透明人間のような描き方となった」

書評 『タイ 混迷からの脱出-繰り返すクーデター・迫る中進国の罠-』(高橋徹、日本経済新聞出版社、2015)-「2014年クーデター」は「混迷からの脱出」を可能としたか?
・・プミポン国王在世の末期まで扱っている

『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World』(足るを知る経済)は資本主義のオルタナティブか?-資本主義のオルタナティブ (2)
・・プミポン国王が主唱した仏教経済哲学。これと対立していたタクシン首相の新自由主義的な経済思想

JBPress連載コラム第31回目は、「まるでスイスのような知られざるタイの避暑地-タイ北部の山岳地帯でコーヒーが栽培されるまで」(2018年7月31日)

タイ王国のラーマ9世プミポン国王が崩御(2016年10月13日)-つひにゆく道とはかねて聞きしかど・・・

タイのラーマ9世プミポン前国王の「火葬の儀」がバンコクで行われた(2017年10月26日)

「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)


この本が面白い!-26年ぶりに再読した『トルコのもう一つの顔』(小島剛一、中公新書、1991)、そしてその続編である漂流する『漂流するトルコ-続「トルコのもう一つの顔」』(旅行人、2010)
・・著者は、トルコ共和国への再入国禁止を2回くらっており、2回目の禁止は現在に至るまで解けていない




(2017年5月18日発売の拙著です)





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2010年1月23日土曜日

書評『現代日本の転機 ―「自由」と「安定」のジレンマ』(高原基彰、NHKブックス、2009)― 冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史




■冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史■

 1976年生まれの33歳の社会学者が、石油ショックが発生した1973年以降の社会変動を、社会理論の観点から冷静に整理した、この30数年間の日本現代史。

 1980年代にかけて実現した「超安定社会」は、バブル崩壊後の1990年代には機能不全に陥りはじめた。そして2000年代に入って最終的に「日本型新自由主義」のもと一気に崩壊したことが明るみになり、多くの人たちが裏切られたという思いを抱いている。「被害者意識」に充ち満ちている現在の日本。

 雇用と仕事の破壊は、地域や家庭の崩壊をともない、誰の何に対すする被害者意識かもわからないまま、無力感と閉塞感が強まるばかりである。

 このもやもやとした、つかみどころのない閉塞感の原因がどこにあるのかを考えてみたい人には、ぜひ読んでみることをすすめたい。

 「あまりにも過去が早く忘却される」日本では、現状を正確に把握するためには、歴史的な経緯を整理しておくことがきわめて重要だからだ。

 「超安定社会」とは歴史的な偶然により実現したものであり、しかもそれは日本人が自ら抱いた自画像であった。崩壊したいま明らかになったのは、その自画像は実は幻想だったということである。

 「日本的経営」という、正社員男子とその配偶者である専業主婦、そして子供(たち)という家族をセットとしたシステムのもとにおいては、社会福祉もまた会社と不可分のものとなっていた。しかし、このシステムがパートタイムの主婦やアルバイトの若者を「第二身分」として前提としていたことに、多くの人たちは気がついていなかった。

 激化するグローバル競争のなか、経済界が経済合理性の観点から「日本的経営」に決別し、「新自由主義」を選択したことは、1980年代後半からビジネス社会に身を置き、とくに人事管理に深くかかわった経験を私にはよく理解できる。しかし、その私も現在の日本の状況は想像できなかった。私もまた「幻想」のなかにいたのだろう。

 失ってみてはじめてわかった「超安定社会」、「一億総中流社会」という幻想。幻想であった以上、もはやこの「超安定社会」に戻ることもありえない。崩壊を嘆いてみても、ノスタルジーにひたるのも無意味なことだろう。

 ましてや裏切られたと被害者意識をもっても、何も生み出さないのではないか。

 著者もいうように、個々人が手探りで進むしかないのである。処方箋を優秀なエリートに作ってくれると期待するのは、もうやめたほうがいい。また裏切られることになる。

 冷静に現実をみつめるために、この30数年間の日本現代史を、著者と一緒ににみつめてみることを、すすめたい。

 処方箋を、自分自身で見つけるために。



(画像をクリック!)



<初出情報>

■bk1書評「冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史」投稿掲載(2009年12月21日)


<書評への付記>

 著者のデビュー作であった前著『不安型ナショナリズムの時代-日韓中のネット世代が憎みあう本当の理由』(洋泉社新書y、2006)は、きわめて刺激的な本だった。

 本書もまた、日本の読者だけでなく、韓国や中国の読者も最初から想定に入れて執筆されている。新しい世代の学者のこういった姿勢はたいへん望ましい。本書が韓国や中国の対日観に何かしら貢献してくれるものと期待する。

 本書はよりマクロな視点で現代史、それも1973年頃から直近までの現代史を扱っている。「一億総中流幻想」の形成とその崩壊、1970年代に石油ショックを乗り切った日本では、格差社会が欧米に30年近く周回遅れて到来したこと、についての分析である。

 こういう視点はきわめて重要である。
 ただし、基本的に社会学者による歴史分析であるので、やや社会理論の概念が過多な感じは否めない。
 それでも、じっくり読む価値ある本である。

 私もその一人であるが、1970年代から1980年代前半を社会人として過ごしていない人は、自分が自覚的に体験していない時代を、知的に理解するために。またその時代を体験してきた人は、自らの生の軌跡を、理論的に検証してみるために。
 ビジネスマンであれば、とくに経営企画担当者は目を通しておくことを奨めたい。将来予測ををするためには、過去について正確な自己認識をもっておくことが必要だからだ。

 ぜひ、書評『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)もあわせて、ご覧いただきたい。「一億総中流幻想」の意味を考えるうえで、田中角栄はどうしても押さえておかねばならない歴史的存在である。





<関連サイト>
                
中国の友人に聞かれた。「なぜ君たちは、自分をかわいそうだと思うのか?」-『現代日本の転機―「自由」と「安定」のジレンマ』の高原基彰氏に聞く(日経ビジネスオンライン」(2010年8月6日)


<ブログ内関連記事>

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる

書評 『失われた場を探して-ロストジェネレーションの社会学-』(メアリー・ブリントン、池村千秋訳、NTT出版、2008)

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・希望よりも勇気!

(2013年7月2日 追補)


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