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2019年1月29日火曜日

JBPress連載コラム第44回目は、「耳で学ぶ!格調高い英語が身につくとっておきの教材-語学学習と教養のオールインワン型学習のススメ」(2019年1月29日)


JBPress連載コラム第44回目は、「耳で学ぶ!格調高い英語が身につくとっておきの教材-語学学習と教養のオールインワン型学習のススメ」(2019年1月29日)  ⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55299

前回のコラムで取り上げた「シュリーマン式」は、視覚と聴覚など五感すべてを使う語学学習法として、きわめて理に適ったものではあった。 

だが、大声で暗唱できる場所は限られている。大声を出していると近所迷惑どころか、児童虐待を疑われて警察に連絡されるかもしれない。いまの日本で大声を出せるのはカラオケボックスくらいだろう(笑) 

だからこそ、徹底的に耳で聴く学習法にこだわってみたいのである。 しかも、シュリーマンの時代から150年間のテクノロジーの発展を活用しない手はないではないか。

具体的にいえば、オーディオブックを徹底的に聴き込むというメソッドである。本をまるまる一冊、耳で聴き込むのである。 

つづきは本文で  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55299



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JFK暗殺の日(1963年11月22日)から50年後に思う

Two in One, Three in One ・・・ All in One ! -英語本は耳で聴くのが一石二鳥の勉強法

書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した!

「シャーリプトラよ!」という呼びかけ-『般若心経』(Heart Sutra)は英語で読むと新鮮だ





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2013年10月27日日曜日

書評『サウンド・コントロール ―「声」の支配を断ち切って』(伊東乾、角川学芸出版、2011)― 幅広く深い教養とフィールドワークによる「声によるマインドコントロール」をめぐる思考



現役の指揮者で大学教官である著者は、『さよならサイレントネイビー  ―  地下鉄に乗った同級生』(集英社、2006)という著書で作家としてデビューしている。

本書『サウンド・コントロール  ―「声」の支配を断ち切って』(伊東乾、角川学芸出版、2011)は、オウム真理教に参加したことによって地下鉄サリン事件にかかわり、死刑判決を受けた同級生の物理学徒について書かれた本だ。

「サイレントネイビー」とは、みずからの行為についてはいっさい弁明をしないという日本海軍の美学のようなものだが、みずからの行為について沈黙を守るのではなく、世の中にむけて弁明せよというのが著者の主張だ。だが、内容については共感できる部分と、なんだか言いようのない違和感を感じる両面があったことを覚えている。

本書 『サウンド・コントロール-「声」の支配を断ち切って-』について話を進めると、「サウンドコントロール」というと、オーディオデバイスや音声入出力端子についての音響工学の話のようだが、内容はまったく違う。『さよならサイレントネイビー』の続編といっていい内容の本だ。

大量虐殺の発生したルワンダの裁判から始まった記述は、ソクラテスを裁いた古代ギリシャ裁判員法廷、封建制日本の裁きの場であるお白州、ナチス・ドイツのホロコースト、現代日本のマルチメディア裁判員法廷と、いっけんバラバラでとりとめのないような印象を受ける。

著者が本書で一貫して主張したいのは、「声の支配の権力性」と「音によるマインドコントロール」がもつ問題という一点に収斂(しゅうれん)される。

音声、すなわち聴覚が人間にとってより根源的な知覚であることは、本書では触れられていないがソクラテスのデルフォイの神託や、ジャンヌ・ダルクへの神の呼びかけを考えてみればわかることだろう。

声の支配によるコントロールがより根源的なものであることは、これもまた本書では触れられていないが、マスコミといえば新聞とラジオしかなかった戦前、しかもJOAK一局しかラジオ放送がなかった戦前日本のことを考えれば想像することは困難ではない。

マインドコントロールは声によって行われる。これはオウム真理教においてもマントラという形で行われていた。そもそも大乗仏教と密教には音声によるマインドコントロールが埋め込まれている。

本書は 『さよならサイレントネイビー』の続編とも言うべき内容なのだが、そのために逆に読後感があまり心地よくない。いまひとつ著者の思想には共感できないものを感じるからだ。

違和感の源泉は、著者が4代(?)つづくキリスト教の家に生まれたという出自にあるのかもしれない。圧倒的多数の一般日本人とはやや異なる視点でものをみているためもあろう。「空気」に着目した山本七平や「世間」に着目した阿部謹也のように。

わたしにとっては、著者の問題意識はアタマでは理解できなくはないのだが、なぜか言いようのない違和感が残るのは否定できない。鶴見俊輔に感じるのと同じ、共感と違和感のまじりあった感想に似ているような気がする。もしかすると、それは著者が戦略的に狙っていることなのかもしれないが・・・。

だが、取り上げられたテーマと考察そのものは、じつに知的好奇心を刺激するものが多い。

法務官僚からキリスト教に改宗した古代ローマの聖アンブロジウスがキリスト教に埋め込んだ音声による権力装置、音響学にも造詣の深かった作曲家の父をもつガリレオ・ガリレイにおける「音楽の知」など、じつに読み応えがある。クラシックの音楽家である著者は、キリスト教がその根幹にある西欧文明について熟知しているからだ。

数学や物理学と音楽は密接な関係にあるが、それにとどまらず西欧的な意味のリベラルアーツを身につけている著者の守備範囲はきわめて広くかつ深い。数学と物理学、音楽と法学と人文学の融合。まさに「文理融合の知性である。

読み方は読者次第だ。


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目 次

  飛べない白鳥のイントロダクションⅠ
第1部 南へ 一九九四/二〇〇七年、ルワンダ 草の上の合議
 第1章 サバンナの裁判員
 第2章 雨のガチャチャ
  飛べない白鳥のイントロダクションⅡ
第2部 西へ 司教座と法廷 ローマからギリシャへ
 第3章 ガリレオのメトロノーム
 第4章 官僚アンブロジウスの遠謀
 第5章 玉座は蜂を駆逐する
  飛べない白鳥のイントロダクションⅢ
第3部 東へ 白い砂の沈黙 日出づる国の審判で
 第6章 石山本願寺能舞台縁起
 第7章 銀閣、二つのサイレンサー
 第8章 裁きの庭と「声」の装置
第4部 北へ メディア被曝の罠を外せ! サウンド・コントロールと僕たちの未来
 第9章 確定の夜を超えて
  跋 それでも鳥は北を目指す
あとがき

著者プロフィール 

伊東 乾(いとう・けん)
1965年、東京生まれ。作曲家、指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学理学部物理学科、同大学院総合文化研究科博士課程修了。2000年より東京大学大学院情報学環・作曲=指揮・情報詩学研究室准教授。第二次世界大戦時の音楽メディア情宣への批判を原点に、人間にとって「聴く」とは何かをジャンルを越えて問いつつ、作曲・演奏・基礎研究などに取り組む。第1回出光音楽賞ほか受賞多数。2006年にはオウム真理教のマインド・コントロールを追った『さよなら、サイレント・ネイビー―地下鉄に乗った同級生』(集英社)で第4回開高健ノンフィクション賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




<ブログ内関連記事>

書評 『指揮者の仕事術』(伊東 乾、光文社新書、2011)-物理学専攻の指揮者による音楽入門

書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した!
戦前においてラジオは唯一のマスメディアであり、しかもJOAK一局しかないかったからだ。この点については、著者による 『ラジオの戦争責任』(PHP新書、2008)においてすでに触れている。大東亜戦争の突入したのは。ラジオによって増幅された国民の声であったことも指摘されている。

書評 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)-「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い! ・・戦争へと押しやった国民の声はラジオによって増幅された可能性が高い

「海軍神話」の崩壊-"サイレント・ネイビー"とは"やましき沈黙"のことだったのか・・・

書評 『対話の哲学-ドイツ・ユダヤ思想の隠れた系譜-』(村岡晋一、講談社選書メチエ、2008)-生きることの意味を明らかにする、常識に基づく「対話の哲学」

【セミナー開催のお知らせ】 「生きるチカラとしての教養」(2013年6月27日)

「オックスフォード白熱教室」 (NHK・Eテレ)が面白い!-楽しみながら公開講座で数学を学んでみよう
・・アートと数学の関係についても講義

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された
・・音楽による「洗脳」はここからはじまった。すでに不可逆の流れとして日本人の脳は西洋化されている


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2011年12月19日月曜日

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (2)― 『日本語の将来 ― ローマ字表記で国際化を』(NHKブックス、2004)


■ローマ字からカナモジへ。そして、最後の到達点はふたたびローマ字に

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (1) では、ローマ字時代からカナモジ時代にかけての梅棹忠夫の日本語論を取り上げた。

『日本語の将来-ローマ字表記で国際化を-』(梅棹忠夫=編著、NHKブックス、2004)は、梅棹忠夫がふたたび日本語をローマ字で表記する主張を展開したものである。

本書で展開されるのは、「日本語の表記はローマ字化しないと、21世紀のなかばには日本文明は滅亡する?」という主張である。

しかし、本書の amazonレビューをご覧になってみるといい。そこにあるのは酷評の数々。漢字にこだわる日本人の無意識の地雷原(?)を踏んでしまったのだろうか? 神経を逆なでしてしまったのだろうか?

本書で展開されているのは、はっきりいってきわめて過激な主張である。あるいは荒唐無稽とうつるかもしれない。

だが、じつは著者がはじめて主張するわけではない。すでに明治初期の欧化主義者たちによる啓蒙団体「明六社」メンバーの西周(にし・あまね)が「国語洋字化」、すなわち日本語表記のローマ字化を主張していた。

幕末には、幕臣であった前島密(まえじま・ひそか)が漢字を廃止してカナモジ化すべきだと主張している。郵便制度の父・前島密は、その主張を「漢字御廃止之議」として将軍・徳川慶喜に建白書として上申している。しかし、その後の明治時代が同音異義の和製漢字語の氾濫で、さらに混乱をきわめたことはすでに前回書いたとおりだ。

日本語の音声体系は、母音(vowel)が5つしかないのできわめて簡単、しかも文法にかんしても、動詞の変化はきわめて規則的でほとんど例外がない。身分制度のもとで発達した、やっかいな敬語が現在でも生き残っているが、社会の変化にともなって、へつらい表現である謙譲語が衰退し、丁寧語と尊敬語が残っているのみだ。

ところが、文字体系にかんしては、正書法(・・いわゆる表記法)はいまだにスタンダードなものが制定されておらず、同音異義の漢字語が大量に存在して、「耳できいてわかる」日本語になることを阻害している。

これがおおざっぱな梅棹忠夫の主張だが、パソコンでローマ字入力で日本語を書きながら、多くの人がじつは感じていることではないだろうか? いっそのことローマ字で日本語が表記できるなら、どんなにラクだろうか、と。

いくら変換機能が進化しようが、ほぼ100%完全に変換できるのはまれである。

文体は人によって好みがわかれるし、わたし自身もできるだけ漢字を減らして書きたいと思っているのに、漢字変換機能によって、接続詞など不要なものまで漢字に変換されるのには、おおいに閉口している。

ワープロ普及による反動、時代の逆行に対する嘆きは、わたしにはよく理解できる。


■視覚障害者にとってのバリアフリー、ユニバーサル化の観点からの発言として

梅棹忠夫の発言は、失明して視覚障害者となった立場からの発言として耳を傾ける必要がないだろうか。視覚障害者の情報格差をなくすためのバリアフリー、ユニバーサル化という論点でもある。

梅棹忠夫が、突然の失明で目が見えなくなってからも知的生産を続行できたのは、もともと耳できいてわかる日本語を使うことを実行していたからだ。

また、ローマ字で書くようになってから、文章がわかりやすいものとなった、という。難しい漢字の同音異義語を避けるため、和語でやさしく言い換えるようにしたからだと。

たしかに梅棹忠夫の文書は、現時点からみても漢字をミニマムにしているので、ひらかながひじょうに多い文章で、慣れないと逆に読みにくいといえなくもない。

だが、考えてみれば、公文書は漢文をもとにしたものが多かったとはいえ、平安時代の王朝文学は女流文学が中心であり、ひらかなによる文章が主流となっていたのだ。

『源氏物語』が一人で目で読むものではなく、一人がおこなう朗読を複数のひとが耳で聞くものであったことは、菅原孝標女(すがはらのたかすえのむすめ)が 『更級日記』(さらしなのにき)で少女時代を回想している記述であきらかなとおりだ。

現代でもラジオは、耳できいてすぐにわかるような言い回しを徹底するなど、かなり慎重な対応をしているようだが、TVのバラエティ番組では、字幕が画面の1/.3も占めるまでにエスカレートしており、おそろしく後退していると言わざるえない。

平安時代には、せっかく耳で聞いてわかる日本語の文章が確立したのに、なんという後退、歴史に反する逆行現象であることか。問題の根源は、近代化をすすめていた明治時代にある。



■日本語の表記をローマ字化しないと、21世紀のなかばには日本文明は滅亡する?

「日本語の表記をローマ字化しないと21世紀のなかばには日本文明は滅亡する」、といっても、だれもまともに受け取らないだろう。

だが、梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える をみていただければわかるように、1970年頃には 「人類の未来」 を構想していた梅棹忠夫だ。

年をとったから、将来に対して悲観的になった年寄りの繰り言だろうという評価もなくはないだろうが、ちょっと立ち止まって考えてみる必要がなくはないだろうか?

まず何よりも、「情報論」の立場からすれば、インターネットの登場によって、これだけ情報量が膨大な量に増大しているのに、情報処理スピードにかんしては、ローマ字オンリーの言語と日本語とでは、大きな処理能力差が存在し続けるのであれば、日本語の将来に悲観的になるのもムリはないという気もしなくはない。

梅棹忠夫はまた『情報の文明学』(中公文庫、1999 単行本初版 1988)という名著を著した人でもある。

われわれの日常経験からいっても、漢字かなまじり文は慣れれば読むスピードはローマ字オンリーより早いだろう。だが、入力スピードは日本語の場合、漢字変換という作業がくわわるのでどうしても遅くなりがちだ。

日本人の7割以上がキーボードでローマ字入力しているのに、漢字変換で時間のロスがあることは否定できない。マン・マシン・ツールという観点からみると、日本語の表記法に問題があることは否定できない。

さらに、梅棹忠夫が主張している点でなるほどと思わされることがある。それは本につける索引(=インデックス)についてである。欧米の著作には、文学作品以外ではほぼつけられている索引がなぜ日本語の本にはあまりないのか?

『梅棹忠夫著作集』の編集で、もっともやっかいで、時間がかかったのが索引(=インデックス)の作成だという。漢字の読みが一定していないので、機械的に索引がつくれないのが日本語の大きな問題点だというのだ。

たしかに、これは説得力がある。つねに「分類よりも検索を!」と主張してきた梅棹忠夫だ。索引のついていない本の価値がきわめて劣るのは言うまでもないだろう。

何をインデックスとして抽出しているかをみれば、その本の中身はだいたいわかるものだ。目次を詳しくすることで対応も不可能ではないが、やはりそれには限界がある。



■日本語はできるが、読めない、書けない日本人はじつは少なくない

あまり気が付いていないだろうが、じつは日本や海外にに居住する日本人や日系人で、日本語は聞いてしゃべることはできるが、読み書きはできないという人は少なくない。

先日、MITのメディアラボ所長に就任した伊藤穣一(Joi Ito)は、日本生まれだが10代半ばまでカナダ、米国で過ごした日本人。日本語は聞いて話すことができるが、日本語の本は読まずに活字の情報源はすべて英語らしい。

タレントの西田ひかるはカリフォルニアで生まれ育った日本人だが、彼女もまた活字として読むのは英語だけらしい。

若き日にそれぞれ英国と米国で留学生活を送った白洲次郎と白洲正子夫妻は、夫婦の会話はときに英語であったとも言われている。

このような有名人だけでなく、日本語は読まない(・・読めない)日本人はけっして少なくない。

これは米国滞在中、わたし自身が実感したことでもあるが、日系米人や日系ブラジル人などとの交友で、日本語で話していても漢字がわからないという日本人はすくなくなかった。しかし普段は英語をしゃべる彼らも、日本語でしゃべるときは発想が日本人になっていることに気が付く。

反対に、日本語がしゃべれずに英語しかしゃべらない日系人は、実質的にアタマの中身は英語人だ。日本生まれの日本人だが少年時代に両親とともに英国に移り、現在も英国に在住して英語で創作活動を行う作家のカズオ・イシグロなどその最たるものだろう。彼は日本語はじゃっかんわかる程度らしい。

「国際語としての日本語」という観点に立てば、ローマ字で日本語を表記することのメリットはじつに多い。日本を世界にむかって発信するに際して英語をつかって行うのもいいが、ローマ字の日本語で発信することも必要ではないかと思う。

フェイスブックをやっていると、日本語を勉強している日本ファンが少なくないことがわかる。漢字やかなの読み書きができないかれらとは、わたしはローマ字の日本語で会話している。

本書が出版された当時、ローマ字会の会長であった梅棹忠夫がいうように、ワープロ入力と同じ、ふりがな方式でのキーボード入力をそのまま打ち出せば、ローマ字による日本語になる。あと気を付けるのは、わかち書きだけだろう。

わたしはいままでローマ字はヘボン式で入力していたが、日本語の文法を考えると、ほんとうは訓令式ないし、その改良版である「99式」をつかうのがいいようだ。これは本書で学んだ重要なことである。 

ドイツ語だってドイツ統一後、インターネット時代に対応するために正書法が改訂されている。ö(= o にウムラウト)をつかわずに、oe で対応させる方式に移行している。

こういった実例もアタマのなかに入れておく必要があろう。



■日本語最大の問題である同音異義語はどうなっていくか?

ローマ字化すれば競争原理によって、同音異義語は出現頻度によって自然と淘汰されて落ち着くところに落ち着くだろうというのが梅棹忠夫の楽観的見解だ。

本書に収録された「綿羊と回教」(2001)という文章は、その50年前にはフツーにつかわれていた綿羊と回教というコトバが、2001年時点ではつかわれなくなっていることを大いに評価していたものだ。

綿羊(めんよう)とはヒツジのこと、回教とはイスラームのこと。いずれも現在は、ヒツジ(ひつじ)やイスラームと表現するのが当たり前になった。この点をさして、梅棹忠夫は、50年単位でみると進歩があるのではないかという、楽観的というか慰めのようなことを漏らしている。

耳で聞いてわからないコトバが「集合知」によって自然淘汰され、べつのコトバに言い換えられる。現代日本語では、いわゆるカタカナ語が増えた結果でもあるが、肯定的な評価も可能であるということである。

英語由来の外来語が増えても、発音は日本語のものに変化させられてしまう。保守派が懸念しているより、日本語の生命力はつよい。なにものをも貪欲に取り込んで、自分流のものに変えてしまう吸収力。

わたしは、漢字がアルファベット文明に対する防波堤などという愚論に与するつもりはまったくない。それは、おなじく漢字文明圏にあったベトナムや韓国朝鮮の現状をみれば明らかだし、そもそも漢字文明圏ではなかったタイやカンボジアといったヒンドゥー文明圏を観察すればすぐにわかるからだ。 いずれも濃厚にアジア性を残しているではないか!

わたしが、作家や知識人の「日本語防衛論」とは一線を画している梅棹忠夫の議論に耳を傾けるのはそこにもある。



■とはいえ、「梅棹ローマ字論」への違和感や疑問については述べておかねばなるまい

ただ、本書に収録された対談を読んでいて思うのは、「知の巨人」であった梅棹忠夫に反論できない物足りなさが対談者のすべてから感じられることだ。

「生涯において議論に負けたのはアフガニスタンでの一回きりだ」と豪語する梅棹忠夫に、あえてたてつくものがいないというのも、日本語ローマ字論の議論においては、不幸なことであったかもしれない

梅棹忠夫が、「くもん選書の日本語三部作」でも述べているように、明治維新後の早い段階で、日本語をカナモジ化するなり、ひらかなのかなもじ化するなり、ローマ字化するなりしていれば、そのまま定着したであろうことは、トルコやベトナムの事例をみれば理解できる。

しかし、すでに教育程度も向上し、ワープロ(パソコン)などの情報機器が普及した現在、カナモジであれローマ字であれ、転換することはきわめてむずかしいのは当然だ。あらたな革命でも起こるか、強制力をもって導入しない限り日本語のローマ字化は不可能だろう。

なによりも懸念されるのは、過去の知的遺産との断絶だ。ローマ字化以前に出版された出版物をそのままローマ字化することは不可能であろう。

もしそれを強行すれば、ローマ字化したベトナムや、完全にハングル化した北朝鮮のように、漢字で書かれた文献は専門研究者以外は読むことができないという事態となってしまう。

たしかに、『万葉集』や『古事記』など、かな文字発明以前の文献は、われわれの大半はいずれにせよ漢字そのもので書かれた原文を読むわけではなく、漢字で表記された万葉仮名をさらに書き下した文を読んでいるにに過ぎない。だからこれらの古典はローマ字化しても、じつはあまり実害はない。

だが、カタカナとひらかなが発明されて以降の日本語は、漢字かなまじり文が主流となり、いやな表現だが「二重言語」体制になってしまっている。すでに漢字は抜き差しならないまでに、日本語のなかに取り込まれてしまっているのである。

とはいえ、実用性の高い文献であれば、いまからでも遅くない。ローマ字化を最初から念頭において書けば、漢字の読めない外国人にも大いに門戸が開かれることになることは間違いない。「開かれた日本語」であるためには、ローマ字化の文書が増えることはけっして悪い話ではないのだ。

社会言語学者の田中克彦は、「かわいい日本語には旅をさせよ」と言っているが、日本語を母語としない人たちによって、日本語が国際語として鍛えられていくことになるだろう。


■梅棹忠夫の日本語論の原点にはモンゴル体験も関係しているのだろう

社会言語学者の田中克彦はモンゴル学者でもあり、『漢字が日本語をほろぼす』(田中克彦、角川SSC新書、2011)の「あとがき」のなかでこう記している。

最後まで果敢にたたかった、梅棹忠夫さんのようないたましい例も私のすぐ近くにある。梅棹さんのような素朴で明快で単純な果敢さを、私はそのまま引き受けて実行するわけにはいかないが、その精神を私のことばに翻訳して・・(以下略)・・ (同書 P.264)。

ともにモンゴル研究から学問をはじめた梅棹忠夫と田中克彦は、何度か対面しているが、『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)に収録された対談「21世紀の文明の行くえと国際語のあり方」(1995年)で、梅棹忠夫は若き日のモンゴル体験と、敗戦後引き揚げてきた占領下日本での不快な体験が、アンチ米国とアンチ英語になったことを語っている。そしてその結果、エスペラント語を本格的にやることになったのだ、と。

この対談では、梅棹忠夫が筋金入りのエスペランティストであったことの理由が明確に語られており、ある意味では、もともと理系であった梅棹忠夫のほうが、 田中克彦よりもはるかにラディカルな言語思想家で実践家であったことがわかる。

戦時中に内モンゴルでフィールドワークを行っていたことが梅棹忠夫の原点であることは、『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)を読むとよく理解できることだが、日本の敗戦後、内地に引き上げてきた際に感じた占領軍に対する反発が、英語嫌いで米国には一度も足を踏み入れたことがないという姿勢をとらせたようだ。

そのあらわれが国際補助語としてのエスペラント語であり、自然科学者としてのローマ字日本語であった。

耳で聞いてわかる日本語の改革に生涯をかけて精力を注いでいたことに、失明後も旺盛な知的生産を行うことのできた秘密の一端があるようだ。

また、音声言語としてのモンゴル語も、少なからず影響を与えているように思われる。

田中克彦は、中国の周辺民族は漢字は絶対に受け入れず、独自の文字体系を作り上げる努力をしてきたことを語っている。それだけ、漢字の魅力、いや魔力というべきか、漢字のもつイメージ喚起力は強いのだ。

漢字のもつ魔力については、碩学・白川静(しらかわ・しずか)博士が繰り返し主張してきたように、漢字はもともとシャマニズムと呪術の産物なのである。漢字のもつ呪術的なチカラに負けてしまう著者と読者が多いことが、日本語で書かれた文章につきまとう最大の問題点である。

梅棹忠夫の 『回想のモンゴル』によれば、モンゴル文字をつかったモンゴル語のタイプライターは活字が横組みになっていて、縦書きに打ち出せることが書かれている。これを読むとなるほどと思うのである。すでに戦前そうだったわけなのだ。

梅棹忠夫にとってのモンゴル体験の意味、これはフィールドワークや知的生産といった分野だけでなく、日本語論もふくめた、さまざまな意味においてキチンと押さえておきたいテーマなのである。


■最後に

そして、日本語ローマ字化論も荒唐無稽な論として片付けるのではなく、またいたづらに感情的に反発するのではなく、21世紀以降も日本が、日本人が、日本文明が生き残っていくためには何をどうすればいいかについて、大きなヒントを与えてくれる論であることを知ってほしいと思う。

もちろん、完全な日本語ローマ字化は不可能に近い試みではあることは否定できないのだが・・・。


(⇒ 本編は、梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (1) -くもん選書からでた「日本語論三部作」(1987~88)は、『知的生産の技術』(1969)で黙殺されている第7章とあわせ読むべきだ の続きである)


(画像をクリック!)



PS 読みやすくするために加筆修正を行った。趣旨にはいっさいの変更はない。 (2014年3月12日 記す)


<関連サイト>

カナモジカイ 

「日本ローマ字会」は「国際日本語学会日本ローマ字会」へ名称が変わりました。

wikipedia で検索可能な項目

漢字廃止論
国語国字問題
カナモジ会

なお、エスペラント語は、中国網(チャイナネット)で音声を聞くこともできる。



<ブログ内関連記事>

■日本語の表記方法について

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (1) -くもん選書からでた「日本語論三部作」(1987~88)は、『知的生産の技術』(1969)で黙殺されている第7章とあわせ読むべきだ

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる
・・情報参謀の堀大佐は、「いっそのことローマ字にしたほうがいい」と陸軍部内で主張したという記述がある

日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について
・・漢字語が急速に増大していた明治時代の近代日本。少女時代に米国にわたり11年にわたって英語で教育を受けた帰国子女たちの苦労がいかに大きなものであったことか。胸の内を英語でつづっていた理由を考える必要がある

スローガンには気をつけろ!-ゼークト将軍の警告(1929年)
・・この記事で触れた、鶴見俊輔の「お守りことば」にも通じる呪術性が「八紘一宇」などの意味不明瞭な和製漢語には多い 

「役人の一人や二人は死ぬ覚悟があるのか・・!?」(折口信夫)
・・国語国字改革に際して折口信夫が弟子にもらした憤り


■モンゴル学者で社会言語学者・田中克彦と梅棹忠夫

書評 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)
・・とくにモンゴル学者で社会言語学者の田中克彦との対談を参照。「ある意味では田中克彦よりもはるかにラディカルな言語思想家で実践家であったことがわかる。耳で聞いてわかる日本語の改革に生涯をかけて精力を注いでいたことに、失明後も旺盛な知的生産を行うことのできた秘密の一端があるようだ」。

書評 『漢字が日本語をほろぼす』(田中克彦、角川SSC新書、2011)
・・その田中克彦の最新論考

書評 『お馬ひんひん-語源を探る愉しみ-』(亀井孝、小出昌洋=編、朝日選書、1998)-日本語の単語を音韻をもとに歴史的にさかのぼる
・・社会言語学者の田中克彦は、「かめい たかし」と表記していた国語学者の亀井孝の弟子。収録されている「かァごめかごめ」(1971年)という論文は内容もさることながら文体に特徴がある。ひらかなの多い、しかも分かち書きの文章は、日本語が漢字を廃止してかな文字化したりローマ字化したらこういう文章になるという見本と考えてもいい」


■梅棹忠夫関連

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・最晩年の放談集。日本人に勇気を与える元気のでるコトバの数々

書評 『梅棹忠夫のことば wisdom for the future』(小長谷有紀=編、河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える

書評 『まだ夜は明けぬか』(梅棹忠夫、講談社文庫、1994)-「困難は克服するためにある」と説いた科学者の体験と観察の記録

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!

(2014年3月12日、2016年3月13日 情報追加)


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2011年12月16日金曜日

書評『まだ夜は明けぬか』(梅棹忠夫、講談社文庫、1994)ー「困難は克服するためにある」と説いた科学者の体験と観察の記録



■「困難は克服するためにある」と説いた梅棹忠夫の失明体験観察記録■

『まだ夜は明けぬか』(梅棹忠夫、講談社文庫、1994) が、先日なんと17年ぶりに第2刷が発行された。

わたしはこの文庫本が出版されてすぐに読んだが、長いあいだ品切れになっていたのはじつに残念なことだと思ってきた。

昨年2010年に梅棹忠夫が亡くなってから、今年も次から次へと特集が組まれ、新たな本が編集され、また長らく品切れだった本が復刊されているのは、たいへんうれしいことだ。

梅棹忠夫の人生は、挫折とその克服によって全うされたものであったことを書いておくべきだろう。

山歩きにのめり込んで授業に出なかったために放校された三高時代から始まって、日本隊が初登頂を実現したマナスル登頂計画の前にして肺結核で二年間療養、そして学者としては致命的な両目の失明、と挫折につぐ挫折も経験している。 

とくに本書は、梅棹忠夫の数ある挫折のうちで最大のものといえる失明体験について体験記と自分自身を観察したドキュメントになっている。

中国で感染したウイルスによる突然の両眼失明は、老年期に入って学問研究の総括をすべき時期に遭遇した悲劇であった。視覚による観察が命である学者にとって、視覚を失うということは、想像をはるかにこえた試練であり、それは壮絶な体験であったのだから。

しかし、『梅棹忠夫 語る』でもつよく断言しているように、「困難は克服するためにある」という精神力が最大の挫折を乗り越えさせるチカラとなっただけでなく、長年の懸案事項でもあった「著作集」の編集という一大プロジェクトを完遂させるキッカケと原動力になったのもすごいことである。

本書は、そうした挫折と闘病をリハビリによって挫折を乗り越えた記録であり、かつ自分自身のカラダすら観察対象として記録した自然科学者の記録でもある。失明による視覚機能の喪失によってあわられた世界は、著者にとっては最後の秘境であったといってもいいかもしれない。

本書はその探検と観察の記録であり、また骨太の人生論にもなっている。書店の店頭にまだ在庫があるこの機会にぜひ購入して読んでほしい本である。




目 次

まえがき

夜はまだ明けぬか
退院まで
みえないなりの知的生産
薄明をいきる
音楽に挑む
本づくり
初出一覧
文庫版のためのあとがき



<書評への付記>

もともと「耳で聞いてわかる日本語」を提唱してきた著者だけに、失明してからも著作集の編纂やあらたな執筆も比較的可能としたのであろう。

この「耳で聞いてわかる日本語」については、別途ブログで書く予定にしている。



<ブログ内関連記事>

■失明体験をした人が書いた本

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・「7歳で完全失明、15歳で突然視力を回復、自殺未遂、人生40年と見定めての10年間の放浪生活と思索の日々」を送った "沖仲仕の哲学者" ホッファー

コロンビア大学ビジネススクールの心理学者シーナ・アイエンガー教授の「白熱教室」(NHK・Eテレ)が始まりました
・・高校時代に病気によって視力を失った心理学者による授業。この授業を TV で見る限り、授業内容がこまかい事実や数字まで含めてすべて教授のアタマのなかに入っており驚かされる

書評 『まっくらな中での対話』(茂木健一郎 with ダイアログ・イン・ザ・ダーク、講談社文庫、2011)
・・人為的に視覚が効かない世界で、聴覚と触覚をフルに使用する世界を体験

書評 『山本覚馬伝』(青山霞村、住谷悦治=校閲、田村敬男=編集、宮帯出版社、2013)-この人がいなければ維新後の「京都復興」はなかったであろう
・・成人になってから全盲になった人の長い後半生

書評 『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)
・・江戸時代後期?の盲目の国文学者・塙保己一(はなわ・ほきいち)の驚異的な記憶力について触れている


■科学者の闘病体験記

書評 『寡黙なる巨人』(多田富雄、集英社文庫、2010)-脳梗塞に倒れた免疫学者による 「人間の尊厳」回復の記録


■梅棹忠夫関連の記事

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・最晩年の放談集。日本人に勇気を与える元気のでるコトバの数々

書評 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)

・・とくにモンゴル学者で社会言語学者の田中克彦との対談を参照。「ある意味では田中克彦よりもはるかにラディカルな言語思想家で実践家であったことがわかる。耳で聞いてわかる日本語の改革に生涯をかけて精力を注いでいたことに、失明後も旺盛な知的生産を行うことのできた秘密の一端があるようだ」。

書評 『梅棹忠夫のことば wisdom for the future』(小長谷有紀=編、河出書房新社、2011)


書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える

(2014年6月24日 情報追加)


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2011年12月15日木曜日

書評 『まっくらな中での対話』(茂木健一郎 with ダイアログ・イン・ザ・ダーク、講談社文庫、2011)-視覚にたよらずに聴覚や触覚などの五感による体験。まずは活字で疑似体験してみよう


■視覚にたよらずに聴覚や触覚などの五感による体験。まずは活字で疑似体験してみよう■

東京の渋谷・神宮前に常設になった施設 「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」、一度はいってみたいと思いながらもまだ実現できていませんが、幸か不幸か「3-11」後に起こった「原発事故」という人災による「計画停電」(=輪番停電)のおかげで(?)、夜の時間帯に「真っ暗闇」を体験することになりました。

夜中に「計画停電」にあたると、室内だけでなく、外もすべて明かりが消えてしまいます。懐中電灯や予備の電源を使わない限り、まったくの暗闇になってしまう。こんなに真っ暗な夜を過ごすのは久々です。あらためて電気のありがたさを感じるとともに、同時に明るすぎる現代の生活に疑問を感じたりもします。

茂木健一郎も本書のなかでふれている、善光寺の「お戒壇巡り」は私も体験したことはありますが、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」はまだ体験していません。「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」は、体験していない人も体験した人も、体験の意味を考えるために、ぜひこの一冊を薦めたいと思います。

視覚にたよらずに、聴覚や触覚などの知覚器官をフルに活性化してみるという体験。こういう体験は、あくまでも体験するものであって、本や活字で二次体験すべきものではないのだとしても。

本書を読んで、ぜひ一度、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」体験したいと強く思いました。


<初出情報>

■bk1書評「視覚にたよらずに聴覚や触覚などの五感による体験。まずは活字で疑似体験してみよう」投稿掲載(2011年5月1日)
■amazon書評「視覚にたよらずに聴覚や触覚などの五感による体験。まずは活字で疑似体験してみよう」投稿掲載(2011年5月1日)






<書評への付記>

「東北関東大震災」後に発生した「原発事故」によって、東京電力管内では「計画停電」(=輪番停電)が実施されました。

実際に体験された方は記憶につよく刻み込まれていると思いますが、停電が晴れた日の昼間の時間帯であれば、日常生活には多少の不便もあるものの大きく困ることはありません。

もちろんビジネスマンとしては、「計画停電」にはいろいろ言いたいことも多いのですが、なかなかできない希有な体験として捉えることも、人生とうまくつき合うためには必要な心得かもしれないと思って見たりもします。

時間帯が夜の時間にかかっていると、ほんとうに真っ暗になってしまうのですね。こんな暗闇は近郊とはいえ都市に住んでいるのが大半のいまの日本人には遠い存在になっていたかもしれません。

わたし子どもの頃は、大きな落雷のあるたびに停電したものでした。だが最近では電力供給が安定しているので停電はほとんど経験することがなくなっていました。

かつては、どんな家庭でもかならずロウソクとマッチが用意されていたものでしたね。最近はスイッチひねればガスがつくし、オール電化の家庭ではガスすら使う事もない状況となっていた。安心の結果の慢心でしょうか。

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」、ぜひ一度いってみたいと思いながらもまだ実現していません。関東の「計画停電」該当地域に居住している人は、「計画停電」のときを思い出しながら、「まっくらななかでの対話」をそれぞれの家庭やその他の集まりで意図的に体験してみるのもいいかもしれません。



<関連サイト>

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」公式サイト

目に見えない壁を取り除く「暗やみの中の対話」  A・ハイネッケ氏(ダイアログ・イン・ザ・ダーク創設者)の半生(上) 渡邉奈々) (日経ビジネスオンライン、2014年6月16日)
・・「僕が伝えたいことは、僕たちが『障害』と呼んでいるある特定の能力の欠如の定義は、『コンテクスト(文脈)』によって変わるということなんだ。 それが、この取り組みを通して最も伝えたいことのひとつなんだよね」とハイネッケは続ける・・(中略)・・「僕は、他人ではなく自分の幸福感を追求する利己的な利他主義者なんだ。周りの人たちを愛し、幸せにすることによって初めて幸福感を得るし、達成感も得られる。これまで25年間やってきた仕事は、すべて自分を幸せにするためにやってきたんだ。誰かのためにとか、いたずらな自己犠牲なんて僕は信じない」

社会起業を、規模拡大するうえで一番大事なこと  A・ハイネッケ(ダイアログ・イン・ザ・ダーク創設者)の半生(下) 渡邉 奈々) (日経ビジネスオンライン、2014年6月24日)

(2014年6月16日、24日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『チェンジメーカー-社会起業家が世の中を変える-』(渡邊奈々、日本経済新聞社、2005)-「社会起業家」というコトバを日本に紹介した原典となる本

書評 『脳と日本人』(茂木健一郎/ 松岡正剛、文春文庫、2010 単行本初版 2007)・・聴覚を含めた五感の重要性

■日本版「ダイアローグ・イン・ザ・ダーク」

善光寺御開帳 2009 体験記・・「お戒壇巡り」について書いている。御本尊の真下の真っ暗な回廊をめぐるのだが、この回廊は全長45メートルもあるという


■全盲の人の人生に学ぶ

書評 『まだ夜は明けぬか』(梅棹忠夫、講談社文庫、1994)-「困難は克服するためにある」と説いた科学者の体験と観察の記録
・・これから業績をまとめに入るというときに視力を失った学者の、後半生の生き様

コロンビア大学ビジネススクールの心理学者シーナ・アイエンガー教授の「白熱教室」(NHK・Eテレ)が始まりました
・・高校時代に病気によって視力を失った心理学者による授業。この授業を TV で見る限り、授業内容がこまかい事実や数字まで含めてすべて教授のアタマのなかに入っており驚かされる

書評 『山本覚馬伝』(青山霞村、住谷悦治=校閲、田村敬男=編集、宮帯出版社、2013)-この人がいなければ維新後の「京都復興」はなかったであろう
・・成人になってから全盲になったものの多大な功績を残した山本覚馬

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・「7歳で完全失明、15歳で突然視力を回復、自殺未遂、人生40年と見定めての10年間の放浪生活と思索の日々」を送った "沖仲仕の哲学者" ホッファー

書評 『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)
・・文盲の大学者・塙保己一(はなわ・ほきいち)の記憶力について触れておいた

■視聴覚障害と闘う人生

映画 『英国王のスピーチ』(The King's Speech) を見て思う、人の上に立つ人の責任と重圧、そしてありのままの現実を受け入れる勇気
・・聴覚療法士との対話

(2014年6月16日、24日 情報追加)





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2011年9月26日月曜日

「ナマステ・インディア2011」(代々木公園)に立ち寄ってみた-五感をフルにしてでインドに最接近


 ナマステ!

 昨日(2011年9月25日)の日曜日、「ナマステ・インディア2011」(代々木公園)に立ち寄ってみた。

 代々木公園で開催される恒例のお祭りで、昨年につづいて二年連続で訪問したことになる。

 毎年春の恒例のイベントとなっている「タイ・フェスティバル」が、「3-11」の影響で今年は中止になたのがまことにもって残念なのだが、まあ「インド・フェスティバル」でよしとしようか。

 「ナマステ!」(Namaste !)とは、インドだけでなく、ネパールでも使われる合掌スタイルをしながらする挨拶のコトバのことだ。

 中央ステージでは、大音響のインド音楽にあわせて、インド舞踊のパフォーマンス。見て、聞いて、そして楽しむ。とにかく楽しむのだ。平和はほんとうにありがたい。


■「ナマステ・インディア2011」会場とNHKホールとの往復運動で「聴覚」と「味覚」の世界を行ったり来たり

 「ナマステ・インディア2011」会場は、物販や飲食が中心で、日本にいながらにしてインド気分を味わえる。

 来ているのは日本人が圧倒的に多いが、インド人の姿もかなり見られる。インド人は男どうし、カップルや家族などで来ている。在日インド人にとってもまた楽しいイベントだろう。

 日本人にとっては、楽しみはなんといっても本場のインド料理だろう。

 かくいうわたしも、じつはカレーを食べるのが目的でお昼の時間帯に会場に到着するようにスケジュールを調整したのだが、その直前の予定が30分以上長引きこれは断念、オペラ鑑賞の幕間(休憩時間)を利用して、インド・フェスティバルに立ち寄ってみたというわけだ。

 じつは、この日は朝からてんこ盛りのスケジュールだったのだ。

 朝から順番に、「没後50年・日本民藝館開館75周年-暮らしへの眼差し 柳宗悦展」に行ってから、その足で日本民藝館(駒場)まで行き、渋谷駅構内では岡本太郎の壁画「明日の神話」を見てから、原宿にいって用事をすませ、それからオペラを鑑賞するためにNHKホールについたときには、すでにオペラが始まる10分前。これじゃあとても「ナマステ・インディア2010」に立ち寄っているヒマはない。

 オペラについては、このブログに バイエルン国王ルードヴィヒ2世がもっとも好んだオペラ 『ローエングリン』(バイエルン国立歌劇場)にいってきた-だが、現代風の演出は・・・ と書いた。「没後50年・日本民藝館開館75周年-暮らしへの眼差し 柳宗悦展」については、「没後50年・日本民藝館開館75周年-暮らしへの眼差し 柳宗悦展」 にいってきた として書いておいた。あわせてごらんいただけると幸いである。



 オペラ会場の NHKホールでは、ワーグナーの『ローエングリン』。「ナマステ・インディア2011」会場で聴きいったのはベンガルの宗教音楽。なぜか、このベンガル音楽のリズムにカラダが動いてしまう。

 西欧と南アジア、このまったく対照的な音の世界を往復していると、あまりにも両極端だなと思いつつ、インドではインド音楽にどっぷりと浸りきり、オペラの会場にもどってオーケストラによる前奏曲を聴くと、ただちに西欧音楽の世界のまっただなかに没入する。われながら不思議な感じだ。

 少なくとも音の世界に関しては、日本人である以上、日本的な感性が DNAレベルで継承されているとはいえ、じつは明治時代以来の西洋音楽一点張りの教育で、耳は西洋音階で作られているのである。だから、西欧音楽に違和感を感じないのは当たり前なのだ。

 その意味では、むしろインド音楽のほうが違和感があって当然なのだが、これもまたワールドミュージックが大量に流れ込んできた世代に属しているわたしの世代は、多くの種類の音楽を享受できる環境にあるのが幸いしているというべきか。ジャンルを超えて、「いいものはいい」とハッキリいえるのもありがたいことだ。
 
 味覚のほうは、音楽がかかわる聴覚よりも保守的なので、ある一定以上の年齢になるとあたらしい味覚は生理的に受け付けないようだが、幸いなことにわたしの世代の人間は、20歳代はじめの頃から、世界中の料理を食べる環境に恵まれてきたので、舌が肥えているというよりも、多様な味をそのまま味わう術を身につけているといえる。

 カレーだってそうだ。日本のカレーライスはすでに日本食の定番となっている和食(?)だろうが、インドのカリーとはおおきく異なる。しかも、ナンでカリーを食べるようになったのは、そう昔のことではない。

 五感をつかって洋の東西をで比較してみるのもおもしろい。日本(人)というポジションがいかにユニーク(=唯一無二)なものであるかを実感することができるわけなのだ。





<関連サイト>

「ナマステ・インディア」


<ブログ内関連記事>

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記






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2010年6月22日火曜日

Two in One, Three in One ・・・ All in One ! -英語本は耳で聴くのが一石二鳥の勉強法



 「一粒で二度美味しい」というのは、手をあげて走る人のロゴマークで有名なグリコのキャラメルのキャッチコピーだが、一度に二つ(Two in One)、三つ(Three in One)、あるいはすべてを同時にやってしまう(All in One)のが、実は効率が良いだけでなく、効果的な方法論でもある。


■「ながら」は悪いの?

 私が中学生の頃は、ラジオを聴きながら勉強していると親からよく「ながら」はやめろといわれたものだ。「ながら」とは、「何々しながら」の略だが、たしかに日本語の音声を聴きながらでは集中力が落ちるのは否定できない。どうしても面倒くさい勉強より、ラジオでしゃべっている DJ のトークのほうに注意がいってしまうためだ。

 私はいま英語の音声を流しながら書いているが、これはリズムつくりの上で非常によい。ビジネス情報専門のBloomberg TV がウェブサイト上で無料で放送しているので(・・無料だと画像の質が悪いが、音声は問題ない)、画面を見ないで音声だけ聴いている。いや聞いているというべきか。 英単語は断片的に耳に飛び込んでくるが、集中して聴かないと内容までは理解できない。まあ、これは日本語でも同じことだろう。

 むかしコンサルティングファーム勤務時代にやっていたのは、残業中にヘッドフォンで音楽を聴きながら、キーボードに向かって文章を書いていたことだ。
 これはきわめて効率的である。まわりの人間の雑音をいっさいシャットアウトし、音楽のリズムにあわせてそれこそリズミカルに両手の指が動くからだ。

 幼名を厩戸豊聡耳皇子(うまやどとよとみみおうじ)といった聖徳太子ではないので、すべての音声を同時に処理することは人間には不可能だろう。一説によれば、聖徳太子は10人が同時にしゃべる音声を理解できたのではなく、当時の国際情勢のなかで渡来人も多い環境のなかで、いろんなコトバを聞き分けていたということらしい。


■行き帰りの通勤電車のなかで英語本の朗読テープを聞く

 音声にかんしては、会社にはいってからだが、こういうことをやっていた。英語の勉強のために、行き帰りの通勤電車のなかで英語のテープを聞いていたのである。これは、米国留学に出発した27歳より前のことである。

 むかし流行していた教材に「ヒアリング・マラソン」というのがあって、電車のつり革広告でいつもお目にかかっていた。オーソン・ウェルズが朗読するシドニー・シェルダンの小説をひたすら聞くという教材で、たしか『家出のドリッピー』とかいう小説だったと思うが、私はまったく聞いたことがないのでわからない。

 私がやっていたのは、米国のビジネス書を朗読したテープを、行き帰りの通勤電車のなかでヘッドフォンステレオ(≒ウォークマン)で聴くということだった。その当時の英語力では一回聴いただけではもちろん理解はできなかったが、「読書百遍、意自ずから通ず」ではないが、英語音声も何度も繰り返し聴いているとわかってくるのが面白い。
 こうやって聴いたテープでいまでも覚えているのは、「リー・アイアコッカ自伝」(・・クライスラーを再建したCEO)、「ドナルド・トランプ自伝」(・・不動産王、現在も復活して活躍)などなど。何度も耳で聴いた内容は、思った以上に血となり肉となっている(?)のである。

 米国ではいまでもカセットテープ版があるのは(・・現在は CD や iPod 向けもある)、自分でクルマを運転しながらこうしたテープを聞く人が多いからだ。目で読むことができないので、耳を使う。時間節約術としても、効果も点でも耳で聴くのは理に適っている。


■通勤電車のなかで英語版新約聖書の朗読テープを聴く

 音声を使った勉強法で、私がやってみた最大のものは、通勤電車のなかで英語版新約聖書(New Testament)のテープを聴いていたことだろう。①新約聖書、②英語リスニング、③通勤時間活用、の3つの要素を一体化してしまうという方法である。

 大学時代、「新約聖書時代のユダヤ史」という授業をとったことがある。英語の文献を読みながら、イエスが生まれる前のユダヤ史を勉強するというもので、私はキリスト教徒ではないが知的関心から参加したのである。
 授業内容はさておき、教授がいっていたコトバで記憶に残ったのは、「国際ビジネスマンを目指しているのであれば、常識として聖書ぐらい読みなさい」というものだった。文語訳の旧新約聖書はもっていたが、当然のことながらほとんど読まないままビジネスマンになってしまったのである。

 勤務先が当時は大手町だったので、ときどき日本橋の丸善本店にいっては洋書売場にいっていたのであるが、あるとき見つけたのが英語版の新約聖書を朗読したカセットテープのセットだった。いくらしたのか忘れてしまったが、そんなに安くはなかったような気がするが、とにかく買ってしまった。
 New King James Version だったと記憶しているが、格調高い King James Version(欽定訳聖書)をより現代風に改訂したものだろう、これを最初から最後まで全部聴いたのである。
 気になるものは何度も繰り返し聴き、信者でない私にはまったく関心のないものは一回聴いたらそれで終わり、というやり方でとにかく全部聴き通した。
 「福音書」や「黙示録」といった面白い内容のものは何度も聴いたものである。おかげで、福音書のなかのさまざな登場人物のセリフが耳に残っている。イエスを主人公にしたハリウッド映画にもでてくるものだが、画像なしに耳で音声だけを聴いていると、なぜか非常に強い印象として訴えるものがあるのだ。

 Crucify him ! Crucify him !(その男を磔にせよ!)
 You will deny me three times until dawn.(夜明けまでにあなたは私を3回否認するだろう)
 
 こういったセリフは20年以上たっても記憶に新しい。
 視覚記憶よりも聴覚記憶のほうが、より人間の内面に訴えるものが強いのだろうか。

 というわけで、この通勤電車のなかで新約聖書の英語版のテープを聴く勉強法は、ぜひおすすめしたい。

 このほかにも、チベット仏教徒としても著名なハリウッド俳優のリチャード・ギアが朗読した、『チベット死者の書』(Tibetan Book of Death)や、『英訳 孫子の兵法』(The Art of War)など、いい教材がたくさんある。

 聖書は西洋文明の基礎教養だが、東洋の教養である「孫子の兵法」も、米国のビジネスパーソンのあいだでは比較的よく知られていることも付け加えておこう。たとえば、To win without fighting is best. などという表現がでたら、それはいうまでもなく「戦わずして勝つ」の意味である。



■視覚だけでなく聴覚の活用も

 耳で聴くのは目が疲れないだけでなく、視覚情報とは異なる聴覚情報という特性がある。五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)をうまく活かした勉強法があるということは知っておいたほうがいいのではないか?
 現代人は視覚情報に80%以上を依存しているというデータもある。視覚以外の五感がフルに活用されているだろうか。

 一つの目的に一つの方法だけでなく、複数の目的達成を一気にやってしまうと、効率的だけでなく効果的なのである。相乗効果といっていいかもしれない。

 これが Two In One(ツーインワン)、Three in One(スリーインワン) あるいは All in One(オールインワン)という時間活用法である。




<ブログ内関連記事>

The Greatest Salesman In the World (『地上最強の商人』) -英語の原書をさがしてよむとアタマを使った節約になる!

いまあらためて「T型人間」、「Π(パイ)型人間」のすすめ-浅く幅広い知識に支えられた「専門プラスワン」という生き方で複眼的な視点をもつ

書評 『知的複眼思考法-誰でも持っている創造力のスイッチ-』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996)

"try to know something about everything, everything about something" に学ぶべきこと 

(2014年8月17日 情報追加)




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