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2012年6月17日日曜日

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!


■梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!・   

梅棹忠夫の代表作といえば、『文明の生態史観』であることは、誰にも異存はないだろう。それだけインパクトの大きな論文であったのだ。

わたしがはじめてこの論文が収録された文庫本を読んだのは大学2年のときだったと記憶している。1981年頃の話であるから、いまから30年前の話になる。

正確な記憶がないのだが、この本を知ったキッカケは、推薦図書のリストの一冊にあげられていたのではないかと思う。

社会科学の総合大学に入学したわたしが真っ先に取り組んだのは、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(・・いわゆる通称「プロ倫」)であったが、『文明の生態史観』もまた、それに劣らず重要な文献であるとされていたはずだ。

1981年当時は、社会科学の分野では、まだまだマルクス主義が勢力を保っていた。ソ連が崩壊したのはそれから10年後、1991年のことであるから、すでに凋落の兆しが見えていたとはいえ、ウェ-バーとならんでマルクスは必読書であったのだった。

梅棹忠夫の 『文明の生態史観』 は、ある意味では自然科学の観点からみた、マルクス主義とは異なる意味での「唯物論的」なものの見方であったといえるかもしれない。

もともと理科少年で、しかも生物と地学が大好きなわたしのような人間にとっては、『文明の生態史観』は、文学作品よりもピンとくる内容であったことは確かだった。しかも、高校時代には小室直樹の一般デビュー作『ソビト帝国の崩壊』をリアルタイムで読んでいたので、共産主義や社会主義に対する幻想をもたないどころか、嫌悪感すらもっていたことも大きい。


大学キャンパスではいまだに社会主義幻想の残滓(ざんし)とでもすべきものは残っていたが、それはビジネスマン養成大学とは、学問的には社会科学が研究対象であったことも大きいだろう。この点については、書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論 も参照していただきたい。


もっとも、バブル経済前夜であり、「西の京大、東の一橋」と語られていたキャンパスは、ちょうどその頃に開業したディズニーランドになぞらえて語られることも多かったのだが。

しかも、わたしが学んだ一橋大学の歴史学においては、社会科学の先達としてのマルクス本人には敬意を表しながらも、唯物史観にもとづく「発展段階説」には否定的であった。つまり、社会科学者としてのマルクスは尊敬しても、唯物史観はイデオロギーに過ぎないという姿勢が強かったのは幸いであった。

この見方は、唯物史観(=マルクス主義) VS. 生態史観(=梅棹理論) という枠組みで、あざやかに整理して見せた歴史学者・川勝平太の一連の著作を読んだことで、おぼろげながらその意味がわかってきたのだが、これはまた別の機会に取り上げることとしよう。


■文明とは? なぜ文化ではなく、文明か?

日本語では、「文化」と「文明」はあまり意識して区別されていないような気もするが、梅棹忠夫はこの両者を明確に区分して使っている。

文化はドイツ語のクルトゥーア(Kultur)に該当するのに対し、文明はフランス語のシヴィリザシオン(civilisation)に該当するという理解もあるが、ドイツ語にもフランス語起源のツィヴィリザチオン(Zvilisation)、フランス語にも文化を意味するキュルチュール(culture)というコトバはある

『文明の生態史観』のなかで、梅棹忠夫はつぎのような表現で、文化と文明の違いについて書いている。引用は「文明の生態史観」という同名の論文から。

戦前は文明国ということばをよくきいた。戦後はもっぱら文化国で、文明をいわなくなったのはどういたことだろうか。戦争にまけて、鼻べちゃになったので、文明国の名を返上したのだろうか。しかし日本は、戦争にまけても、依然として高度の文明国である。ある部分では、戦前よりも文明の度がすすんでさえいる。
いちいち文明の特徴をあげるまでもないが、たとえば、巨大な工業力である。それから、全国にはりめぐされたぼう大な交通通信網。完備した行政組織、教育制度。教育の普及、豊富な物資、生活水準の高さ。たかい平均年齢、ひくい死亡率。発達した学問、芸術。

以後、梅棹忠夫は一貫して「日本文明」という表現を使用していることは、梅棹忠夫の読者なら十二分に了解していることだろう。

なお、『文明の生態史観』(中公文庫版)は、以下の論文から構成されている。( )内は論文の初出年度(・・発表されてない場合は執筆年度)である。


東と西のあいだ (1962年)
東の文化・西の文化 (1956年)
文明の生態史観 (1957年)
新文明世界地図-比較文明論へのさぐり (1957年)
生態史観から見た日本 (1957年) 
東南アジアの旅から-文明の生態史観・つづき (1958年) 
アラブ民族の命運 (1958年)
東南アジアのインド (1958年)
「中洋」の国ぐに (1961年)
タイからネパールまで-学問・芸術・宗教 (1962年)
比較宗教論への方法論的おぼえがき (1965年)


なお、「東南アジアの旅から-文明の生態史観・つづき」(1958年)の内容を発展させたものが、『東南アジア紀行』となっている。この本については 『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある を参照していただきたい。



■「生態史観」とは何か?-簡単に振り返っておこう

「戦後の日本人に元気を与えた論文」として評価の高い「文明の生態史観」であるが、基本的には「中洋」の発見ということがもっとも大きなポイントであることは言うまでもない。

「中洋」とは「西洋」でも「東洋」でもない、その中間地帯にあるもの。具体的にいえばインド亜大陸(sub-continent)がそれに該当する。

先にも引用したように、梅棹忠夫は「日本は高度文明国」であるという認識を根底においている。中国文明の影響を受けながらも、独自の一つの文明を成立させているのが日本文明である、と。

従来の見方によれば、日本は「東洋」の一国ということになるのだが、日本は東洋という枠組みにはおさまるものではない。中国文明とは異なる文明である。

そこで、梅棹忠夫が提示したのが「生態史観」という考え方である。文明の発達度合いによって、世界を第一地域、第二地域に分け、西ヨーロッパの数カ国と日本という高度文明国の第一地域とし、それ以外のユーラシア大陸全土を第二地域とした。

ユーラシアでものを考えるための基本的フレームワーク(枠組み)が、「東南アジアの旅から-文明の生態史観・つづき」に収録された2つの概念図である。斜線が引かれた乾燥地帯が、東洋でも西洋でもない「中洋」に該当する。


a図の説明
(出典:「東南アジアの旅から-文明の生態史観つづき」(1958)


b図の説明
(出典:「東南アジアの旅から-文明の生態史観つづき」(1958) 



この2つの概念図で明らかなのは、ユーラシア大陸をはさんで反対側に位置している西ヨーロッパと日本が、構造的には同じポジションに位置しているということだ。

つまり、生態学的に地球規模でみれば、第一地域に属する日本と西欧はきわめて似た存在なのであり、そこで発生し発達した「文明」が似通っているのは、ある意味では当然なのである。

梅棹忠夫によれば、文明というものは、自然環境とその社会自体の変化によって起こるものであり、地域により違った発展がありうるのは当然である。これを、生態学用語から転用した「遷移」(succession:サクセッション)という概念でもって説明しているのだが、この発想が、もともと自然科学者から出発した梅棹忠夫の独創的なところなのである。

『文明の生態史観』が発表されてから約40年後に書かれた『文明の生態史観はいま』(梅棹忠夫、中公叢書、2001)で、梅棹忠夫は、この概念図について、どのような発想のもとに作製されたのか、歴史学者の川勝平太との対談みずから語っているので引用しておこう。


あれは気候学をベースにしているんです。気候学の基本概念には「理想大陸」というものがあります。たとえば北半球の大陸では、地球自転の影響で偏西風がおこり、それが地球自転の偏向力によって北へ曲がるのです。その結果、理想大陸の中央には乾燥地帯が斜めに走る。この図ではトポロジー(位相幾何学)の関係性を図にする手法を用いており、あえて距離や方向性については捨象してあります。
・・(中略)・・
もうひとつ、やはり『文明の生態史観』には書いていませんが、そのベースにあるのはケッペンの精密な気候区分なんです。森林の樹種をタイプ分類すると、西ヨーロッパは硬葉樹林のゾーンで、日本は照葉樹林のゾーンになる。これは対応します。
・・(中略)・・
そうなんです、生態史観の基本には、地球幾何学があるんです。その美しさが文科の人にはわかってもらえない。世界文明というものは合理的にできているのです。それは地球の構造からきているわけです。

(出典:『文明の生態史観はいま』 P.42~44)

 


(ケッペンの気候区分 wikipediaより)


■「中洋」の発見
   
基本的には「中洋」の発見ということがもっとも大きなポイントであると書いたが、これについては、梅棹忠夫も編集委員の一人に名をつらねて、最終巻の『人類の未来』を書く予定であった河出書房版の『世界の歴史 19 インドと中近東』というタイトルに注目していただきいたい。

インドは、梅棹忠夫が『文明の生態史観』で指摘したように、そこは西洋でも東洋でもない「中洋」としかいいようのない世界なのだ。日本や中国、韓国をふくんだ東アジア世界とはまったく異質の世界である。

「インド世界」はむしろその西側に位置する、いわゆる中近東に近いことは、歴史をみれば明らかなのである。その意味では、現在にいたるまで『世界の歴史 19 インドと中近東』(岩村忍・勝藤猛・近藤治、河出文庫、1990)の価値は減じてない。これもまた、東洋学をベースにした「京大歴史学」の成果である。

文庫版のカバーの左側にある、かの有名なタージ・マハールはムガル帝国の皇帝が建設させたものだが、ムガル帝国はイスラーム王朝であり、しかも公用語はペルシア語であったのだ!

文庫版は現在でも入集可能なので、機会があればぜひ手にとっていただきたい歴史書である。

インドを考える際には、英国の植民地となる以前、ムスリム帝国であったムガール帝国が長く支配していた歴史的経緯を考えれば、「中洋」という枠組みで考えたほうがしっくりといくはずなのだが。ちなみに、ムガール帝国の公用語はペルシア語であったことは、世界史で大学受験をする受験生にとっても、盲点の知識かもしれない。

なおインド西部には、イスラーム化されたイラン(=ペルシア)から、ゾロアスター教徒が逃れてきてコミュニティを形成している。パルシーと呼ばれる民族集団である。


梅棹忠夫が提唱した「中洋」という文明地域概念であるが、かならずしも一般化しているとはいいがたい。

国会図書館のデータベースで「中洋」をタイトルに含む本を検索してみても、『文明の生態史観』を収録した『梅棹忠夫著作集 第4巻』(石毛直道ほか編、中央公論社、1990)を除いては、『中洋の商人たち-インド・ペルシャ・アラブの商才民族-』(日本経済新聞社 編、日本経済新聞社、1982)くらいしか見つからない。『中洋の歴史と文化-杉勇古代オリエント学論集-』(杉勇、筑摩書房、1991)という本もあるが、これは専門研究者の専門論文集であろう。

「新興国」として中国とならんで話題になることの多いインドであるが、『中洋の商人たち』という新聞連載をもとにした書籍を出版している日本経済新聞じたいが、「中洋」というコトバと概念をすっかり忘れてしまっているようである。

梅棹忠夫が、最晩年に残したコトバを引用しておきたい。

梅棹 「文明の生態史観」は、少なくともアジアとヨーロッパの両方が見えていて、ちゃんとわかっていないと理解できないと思う。わたしは若いとき、学生時代から、いまの東方文化研究所、東洋学センターの流れのなかにはいっている。・・(中略)・・「文明の生態史観」も東洋学のなかに入っていると思ったらいいやろうな。そして、名前のとおり「生態学」。生態学という流れを理解してほしい。・・(中略)・・そう、みな「生態」がぬけてしまっている。とくに生態史観の基本になっているのはサクセッション理論、これは歴史論なんです。・・(後略)・・

(出典:『梅棹忠夫語る』P.34~36

(特別展「ウメサオタダオ展」 の図録 『知的先覚者の軌跡』(2011年)より )



■「日本はアジアではない」(梅棹忠夫) 日本は「海洋国家」である

梅棹忠夫は、『文明の生態史観』で、日本と西ヨーロッパが文明として対応する関係にあるとしたが、「西欧文明」はさらに「海洋文明」と「大陸文明」に区分しなくてはならない。この両者は、まったく異なる文明のタイプである。

ユーラシア大陸をはさんだ日本と英国とのポジションの近似性について考えることが必要だろう。日露戦争前に、なぜ「日英同盟」が成立したのか、これは政治だけでは理解できないことだ。地球儀を回してみることではじめて理解できることである。

これについては、梅棹理論の創造的発展となった歴史家・川勝平太の『文明の海洋史観』(中公叢書、1997)に言及しなくてはならない。

英国が大陸ヨーロッパではないのと同様、日本はアジアではないのである!!

このことは、 書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010) でも詳しく書いたが、いまだ日本人の常識となってないのが残念なことだ。

日本と大陸の距離よりも、英国と大陸の距離のほうが短いので、英国はより大陸の影響を受けているのであるが、それでも地政学的にみて日本と英国がきわめて似たポジションにあることは、梅棹忠夫と同時代人であった京都大学教授・高坂正堯(こうさか・まさたか)の『海洋国家日本の構想』を読めば、納得できることだ。書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008) を参照。

たしかに、アングロサクソン世界の衰退が始まっており、海洋国家・米国を中心にしたアングロサクソン世界の重要なメンバーとして国際社会のなかで生きてきた日本は、今後の進路について思考停止状態になっていけないことは言うまでもない。

しかし、新興国と呼ばれる中国もインドもしばらくは勃興するが、ふたたびユーラシア大陸の動乱に巻き込まれて没落していくことも否定できないことだ。いまこれを書いているわたしが生きているあだは、中国やインドはさらに成長するであろうとしても、その後については衰退は必至であろう。

文明の中心は移動するだけなのだ。この重要な教訓は、地球レベルで生態学的に考える「生態史観」からは、当然のように導き出される結論である。

なお、日本と英国の比較については、梅棹忠夫の理論とはまったく独立に英国側から行われた『イギリスと日本-マルサスの罠から近代への跳躍-』(アラン・マクファーレン、船曳建夫監訳、北川文美/工藤正子/山下淑美訳、新曜社、2001)という大著がある。

まだこの本は読んでいないので、ここではコメントはできないが、歴史人類学の立場から、同じ島国という生態系が、同じような文明を生み出してきたことを解明したものである。近い将来、一読してコメントを書いてみたいと思っているのだが・・・。


■文庫版裏表紙に記された小松左京のコトバ

最後に、梅棹忠夫とは同じ関西人で盟友でもあった小松左京の『文明の生態史観』評を引用して、この記事の締めとしたい。文庫版の裏表紙に記されている文章である。

『文明の生態史観』は、戦後提出された最も重要な「世界史モデル」の一つであろう。それは、これまで東と西、アジア対ヨーロッパという、慣習的な座標軸の中に捉えられてきた世界史に革命的といっていいほどの新しい視野をもたらした。この視野によって複雑に対立し、からみ合う世界の各地域の文明が、はじめてその、「生きた現実」の多様性を保ったまま、統一的に整理される手がかりが与えられたといっていい。発表後数年を経てなお色あせぬのみか、将来、一層みのり多い成果が、この視野からもたらされるであろうと期待している。(小松左京、1974年発行の中公文庫版初版) 

この「予言」は、そのコトバとおりに実現した。さすが、SF作家であり未来学的な著作も多い小松左京氏ならではの評言であろう。小松左京もまた今年2011年に亡くなったのは残念である。


(画像をクリック!)




PS 画像を一枚追加した(2014年3月27日 記す)。



<ブログ内関連記事>

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ


■長期的スパンで歴史を読むために

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)
・・ブローデルの日本の封建制にかんする発言は、自然科学から出発した梅棹忠夫が提唱した「文明の生態史観」と一致している。ブローデルの発想も自然地理学からのものであることは大きな意味をもっていると考えてよいのではないか

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)

書評 『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)
・・1492年にはじまった西欧500年の支配史は1991年のソ連崩壊によって終わる

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)・・封建制が西欧と日本だけのものであることも指摘

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

書評 『ヨーロッパとは何か』(増田四郎、岩波新書、1967)

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)

「想定外」などクチにするな!-こういうときだからこそ、通常より長いスパンでものを考えることが重要だ

「理科のリテラシー」はサバイバルツール-まずは高校の「地学」からはじめよう!


■海洋国家としての日本

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)
・・通商国家日本の生存条件について書かれた戦後日本の古典的名著。梅棹忠夫とともに戦後日本の論壇をリードした京大の知性

書評 『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み

書評 『江戸時代のロビンソン-七つの漂流譚-』(岩尾龍太郎、新潮文庫、2009)


(海洋国家としての英国)

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評 『「海洋国家」日本の戦後史』(宮城大蔵、ちくま新書、2008)

書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)


■「封建制」について

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)
・・ブローデルの日本の封建制にかんする発言は、自然科学から出発した梅棹忠夫が提唱した「文明の生態史観」と一致している。ブローデルの発想も自然地理学からのものであることは大きな意味をもっていると考えてよいのではないか

書評 『封建制の文明史観-近代化をもたらした歴史の遺産-』(今谷明、PHP新書、2008)-「封建制」があったからこそ日本は近代化した!

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論


■ユーラシア大陸国家の興亡-海洋国家・日本の反面教師

書評 『モンゴル帝国と長いその後(興亡の世界史09)』(杉山正明、講談社、2008)
・・大陸国家の本質について考えることは、それとは全く異なる生存条件をもつ海洋国家・日本について考えるための合わせ鏡となる

書評 『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」-機密公電が明かす、戦前日本のユーラシア戦略-』(関岡英之、祥伝社、2010)

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

書評 『ノモンハン戦争-モンゴルと満洲国-』(田中克彦、岩波新書、2009)


■地球の法則

「理科のリテラシー」はサバイバルツール-まずは高校の「地学」からはじめよう!
・・地学とは地球科学の略。地学の知識は現代人の教養であるべき

書評 『ああ正負の法則』(美輪明宏、PARCO出版、2002)-「正負の法則」は地球の法則である
・・地球が自転しているから、地軸が傾いているから、地球には昼夜の区別があり、四季がある


■梅棹忠夫関連

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・最晩年の放談集。日本人に勇気を与える元気のでるコトバの数々

書評 『梅棹忠夫のことば wisdom for the future』(小長谷有紀=編、河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論

梅棹忠夫の幻の名著 『日本探検』(1960年)が、単行本未収録の作品も含めて 2014年9月 ついに文庫化!

(2014年10月30日、2016年1月20日 情報追加)


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2012年1月4日水曜日

政治学者カール・シュミットが書いた 『陸と海と』 は日本の運命を考える上でも必読書だ!


■政治学者カール・シュミットが書いた 『陸と海と』は日本の運命を考える上でも必読書だ!■

「友-敵理論」や「ノモス論」で有名な政治学者カール・シュミットの『陸と海と ー 世界史的一考察』は、「海洋国家」である日本の運命を考える上でも必読書だ。

この本はいつ読んだのか正確な記録がないので思い出せないのだが、本にはさんであったレシートをみると、大学生協で購入したもののようだ。

大学学部時代の恩師である阿部謹也先生の著書に引用されているのでその存在を知ったのだと記憶している。

したがって、大学在学中に読んだのではないかと思う。克明なノートをとりながら読んでおり、作成したカードが本ににはさんであった。

カール・シュミットの本は、未来社からライトブルーの表紙のパーパーバックで何冊も翻訳が出版されており、たまたま大学で政治学を教えていた人が訳者の一人であったためであろう、大学生協には参考図書として大量に山積みされていたのであった。

未来社からは、『政治的ロマン主義』、『政治神学』などが翻訳出版されている。

『陸と海と』も含め、朱色の表紙のハードカバーは、未来社とは別に、違う訳者たちによって福村出版からでていた。このほか『政治神学再論』や『大地のノモス』などが出版されていた。

カール・シュミット(Carl Schmitt、1888~1985年)は、ドイツの法学者・政治学者。第二次大戦後はナチスの御用学者という烙印を押されたにもかかわらず、20世紀を代表する政治学者として評価が高い。

『陸と海と-世界史的一考察-』の内容は、世界史の教科書にはでてこないが、きわめて重要な視点でつづづった、西洋を中心とした近現代史の物語である。

要約してしまえば、人間の生存条件ではそのそも「陸」にあったため、どうしても「陸」の視点からものを見がちだが、「陸」から「海」へと行動範囲が拡大し、旧約聖書の『ヨブ記』の象徴的な表現を使えば、ビヒモス(=クマなどの陸の怪物)から「リヴァイアサン」(=クジラなどの海の怪物)へと中心がシフトしたのが、近現代史の特色である。

陸の国の海の国に対する戦い、海の国の陸の国に対する戦いが世界史である、というのがシュミットの基本的立場である。副題の「世界史的一考察」とは、ブルクハルトを意識したものだろうか。

しかも「陸」と「海」につづく第3のエレメントとしての「空」が人間の行動範囲のなかにはいってくる。いいかえれば制海権から制空権へのシフトである。二次元の平面から三次元の立体への視野の拡大である。

「陸」から「海」へ、そして「空」へと展開したのはシュミットのコトバをつかえば「空間革命」であった。

近代に限っても、ヴェネツィア共和国、オランダ、英国、米国と覇権国はシフトしてきた。日本もまた、これら「海洋国家」につらなる存在であるが、リヴァイアサンになるかにみえて、すでに衰退プロセスに入っているわけである。

このように要約してしまうと、なんだ当たり前じゃないかという感想が還ってきそうだし、またこういう歴史観は、日本でもすでに小説家の塩野七生など、専門の歴史研究者以外がとりあげて展開してきたものなので、2012年現在ではけっして目新しいものではない。

だが、わずか100ページ強の小冊子に過不足なく語り尽くしたこの本は、面白くて読んでためになる本なのだ。

海上交通や海上貿易だけでなく、捕鯨や海賊も本格的に取り上げ、英国の「海洋国家」への移行と、それにつづいて登場した米国についてもくわしく語られる。

この物語のなかで、国際法や思想史関連の話題が語られるのである。思想史家の生松敬三が取り上げたのも、なるほどという気もする。

「海洋国家」とは何かというポイントは、日本もまた「海洋国家」として生存することを宿命つけられている以上、人生の早いうちにこうしたものの見方は身につけておきたいものだ。

また、いまのような混迷する時代だからこそ、巨視的な視点による世界史で歴史観を養うことも重要である。世界の見方を身につける必要がある。

カール・シュミットの政治学関連の本は、なかなか難解で読みにくいが、この本は薄くていたって読みやすい。というのも、これは自分の娘のために書いた本だからだ。

しかし、内容はかなり濃いだけでなく、きわめて重要な指摘にみちみちているので必読書として推薦したいのである。

ざっと読んでみるのもいいし、歴史的事実を調べながら、また世界史地図帳でトレースしながら読んでみるのもいい。


現在でも出版社をかえて復刊されているので入手も容易である。ぜひ一読することを薦めたい本である。


 (画像をクリック!)



PS 2018年に翻訳で定評のある哲学者によって「新訳」が刊行された

2018年8月23日に、『陸と海 世界史的な考察(日経BPクラシックス)』というタイトルで日経BP社から、哲学者の中山元氏による新訳が出版された。数々の哲学書の平明で明快な日本語訳の数々を出しているのが中山元氏。私は、中身はまだ見ていないが、問題なくおすすめできると思う。(2018年9月6日 記す)



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<原本タイトル>

原本のタイトルは、Carl Schmitt: Land und Meer - Eine weltgeschichtliche Betrachtung, Reclam Verlag, Stuttgart 1954. 2008年にドイツで新版が出版されている。



<ブログ内関連記事>


■海洋国家としての日本

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)
・・通商国家日本の生存条件について書かれた戦後日本の古典的名著。

書評 『「海洋国家」日本の戦後史』(宮城大蔵、ちくま新書、2008)

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)

書評 『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み

書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)-日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・

書評 『モンゴル帝国と長いその後(興亡の世界史09)』(杉山正明、講談社、2008)-海洋文明国家・日本の独自性が「間接的に」あきらかに


■500年単位で歴史を読む

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)

書評 『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)

書評 『ヨーロッパとは何か』(増田四郎、岩波新書、1967)

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)

「想定外」などクチにするな!-こういうときだからこそ、通常より長いスパンでものを考えることが重要だ

(2014年8月26日 情報追加)


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2011年12月24日土曜日

書評『黒船の世紀 上・下 ― あの頃、アメリカは仮想敵国だった』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)― 日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・



■『坂の上の雲』後に激変した国際環境で、時代の「空気」はいかに形成されていったか?

本書『黒船の世紀 上下 ー あの頃、アメリカは仮想敵国だった』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011)は、同じ著者による『昭和16年夏の敗戦』の10年後の1993年に初版が出版された歴史ノンフィクションの力作である。

日露戦争終結直後から、太平洋をはさんだ日本と米国のあいだに勃発した「太平洋戦争」に至るまでの約40年の歴史を、現在では忘れられた「日米未来戦記」の数々とその作者たちをを取り上げて、戦争という「空気」がいかに形成されていったかを描き切っている。

司馬遼太郎原作のNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』は、三年越しの放送も今年2011年の年末で完結することとなったが、日本海海戦でロシア帝国を制した日本人たちを待っていたのは、バラ色の未来でも何でもなかった。さらなる脅威は日本海の向こうからではなく、太平洋を越えて米国からやってくることになったのだ。

日露戦争における日本の勝利で太平洋の戦力バランスが一挙に崩れたとき、米国は日本を「仮想敵国」として設定した。そして日米双方でさかんに出版されたのが「日米未来戦記」であった。これら「日米未来戦記」は太平洋の両岸で、戦争に向けての「空気」をつくりだすことになっていく。

太平の夢を醒まされ、力づくに開国を迫られたうえに弱肉強食の近代世界に放り込まれた日本。そして、「黒船」コンプレックスという被害者意識の恐怖を精神の深層にわだかまらせてきた日本人。その日本人の意識と無意識のなかに徐々に形成され、一般国民に対米開戦を積極的に支持させるに至った「空気」は、結果として日米開戦を積極的に後押しし、支持する原動力になる。

海軍軍人にとっては「日米未来戦記」はあくまでもシミュレーション小説であったのに対し、一般国民にとっては、脅威が強調されることで敵愾心と戦意をあおる効果を発揮することになったのだ。

本書は読み物としてじつに面白い。

「1945年(昭和20年)の「第一の敗戦」にいたる約40年の歴史を、日米双方で大量に書かれた日米戦争ものという「未来予測小説」の作者たちとその作品を軸に、同時代史として復元しながら語ったものだが、読んでいて同時代に立ち会っているかのような臨場感がある。

1907年の 「白船」騒動など、日本人の記憶から消えて歴史の教科書にもまったく登場しない事実を掘り起こした著者の問題意識もすばらしい。

本書はまた、近代世界における新しいプレイヤーであった「海洋国家・米国」と、遅れて否応なく近代世界に乗り出した「海洋国家・日本」の、太平洋の制海権をめぐる確執の物語として読むこともできる。

日本が本格参戦しなかった第一次世界大戦では、航空機の時代が急速に発展し、勝敗を決するファクターが「制海権」から「制空権」へと移行していく。そして迎えたのが太平洋戦争と日本の敗戦であった。

1941年(昭和16年)の日米開戦から70年目にあたる2011年であるが、この年の3月11日を境に「戦後」が終わり、すでに「3-11後」になったといわれる。「第三の敗戦」とさえいわれる「3-11」後の日本であるが、これからの時代を切り開くために不可欠なのは歴史的想像力を鍛えることだろう。

まずは虚心坦懐に、太平洋をめぐる日本人の「想像力の歴史」である本書を読んで、同時代史として感じることから始めて見てはいかがだろうか。

日米戦争は1941年(昭和16年)にいきなり始まったのではない。そしてまた「3-11」で歴史が一新されたわけではない。歴史は断絶したように見えながらも、じつは連続しているのだ。


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<初出情報>

■bk1書評「『坂の上の雲』後に激変した国際環境のなか、時代の「空気」はいかに形成されていったのか?」投稿掲載(2011年12月22日)
■amazon書評「『坂の上の雲』後に激変した国際環境で、時代の「空気」はいかに形成されていったか?」投稿掲載(2011年12月22日)


PS 角川ソフィア文庫から新版が出版(2017年11月25日)

 『黒船の世紀』は、「<外圧>と<世論>の日米開戦秘史」というサブタイトルをつけて、角川ソフィア文庫から一冊本として2017年11月に出版されたことを付記しておこう。今回の新版のサブタイトルは、本書の内容を1行に要約したすぐれたコピーとなっている。(2017年12月27日 記す)。


目 次

上巻

プロローグ

第Ⅰ部 太平洋へ向かうベクトル
第1章 外圧と薄幸の異端児
第2章 『次の一戦』の結末
第3章 "リー将軍" の冒険
第4章 忍びよる黄色い影法師
第5章 平和は美しいか醜いか

第Ⅱ部 日米未来戦記の流行
第6章 欧州の荒野に立ちて
第7章 戦争は最大の冒険なり
第8章 あるスパイの回想
参考文献

下巻
第Ⅱ部 日米未来戦記の流行(承前)
第9章 英国人の『太平洋大戦争』
第10章 強い日本を求める空気
第Ⅲ部 物語と現実の交錯

第11章 東京大空襲を予知して
第12章 戦争を知らない作家の登場
第13章 ニューヨークで聞いた "怪談"
第14章 なぜ真珠湾なのか
第15章 オレンジ色の作戦

エピローグ

単行本へのあとがき
参考文献
*巻末特別対談*
東日本大震災は「21世紀の黒船」か(vs. 御厨貴)



 著者プロフィール
猪瀬直樹(いのせ・なおき)
作家。1946年、長野県生まれ。『ミカドの肖像』(1986年)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『日本国の研究』(1997年。文藝春秋読者賞受賞)は、政界の利権、腐敗、官僚支配の問題を鋭く突き、小泉純一郎首相から行革断行評議会委員、道路公団民営化推進委員に任命される契機ともなった。東京工業大学特任教授など幅広い領域で活躍。2007年6月、東京都副知事に就任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

文庫版の上下にわけて収録されている「参考文献」を眺めてみよう。

著者によって内外の古書店や国会図書館でじつに丹念に掘り起こした収集された「日米戦争予測小説」の関連書籍のリストを眺めているだけで、よくもこれだけ多くの日米戦争ものが出版されて読まれていたのかと驚きを禁じ得ない。

文庫本の上下で600ページもある力作だが、きわめて面白い読み物なのでぜひ一度は読んでみてほしいと思うのだが、いくつか「書評」には書いてない点をトピックとして取り上げておきたいと思う。


■日米関係がもっとも険悪化していた時代に書かれた本

初版の単行本は1993年に出版された。その際の副題は 「ガイアツと日米未来戦記」であった。

ガイアツとは外圧のこと。この当時のことは、「フォーリン・アフェアーズ・アンソロジー vol.32 フォーリン・アフェアーズで日本を考える-制度改革か、それとも日本システムからの退出か 1986-2010」(2010年9月)を読んで、この25年間の日米関係について考えてみる と題した記事をこのブログに書いてあるので参照していただきたい。

「黒船来航」以来の日米関係の歴史は、1941年から1945年ににかけての「太平洋戦争」以前と以後にわけて考えるのが一般だが、現代につらなる問題点を考えるには、「日露戦争」以前と以後で考えると問題点が明確になる。

日露戦争における日本の勝利で太平洋の戦力バランスが一挙に崩れたとき、米国は日本を「仮想敵国」として想定することになる。

端的にいえば、米国の植民地であったフィリピンの安全保障と、中国大陸における経済利権の問題である。そして、米国に移民として渡った日系人をめぐる問題でもあった。

「日露戦争」以後の日米関係史は、日本の完膚無きまでの敗北によって、日本が米国の従属国となり、太平洋をめぐる覇権が米国の一方的な勝利になった時点で完成したはずであった。だが、歴史はつねに流動的な存在である。

中国大陸の覇権を握ったのが米国の息のかかった国民党ではなく、米国とはイデオロギー的な対立関係にある共産党となった時点で、日本の位置づけが大幅に変わることになる。

詳細は省略するが、米国の庇護のもと強大化した日本はついに米国の虎の尾を踏み、1980年代には激しい「経済戦争」を戦う状態になる。この点については、前掲のブログ記事と、書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009) をご覧いただければ幸いである。

1990年代に入ってからは、米国の強い圧力のもと、日本が米国の都合のいいように国家改造を強いられて今日にいたっていることは、あえて書くまでもない。


■日米関係史は、米中関係史でもある

日本が海洋国家であることは、日本が大陸から切り放された島国であるから理解しやすいが、米国もまた海洋国家であることはついつい忘れられがちである。

ユーラシア大陸とは大西洋と太平洋という二つの大海を挟んで孤立した大陸っであるアメリカ大陸は、大きくわければ北米と中米と南米になる。そのうちアメリカ合州国が位置するのが北米だ。

米国は近代国家そのものであるが、欧州に比べれば遅れて近代世界に参入した海洋国家である。日本もまた遅れて近代世界に参入した海洋国家である。

日本が安全保障と経済的利益確保の観点から朝鮮半島と中国大陸に進出したのは、欧州の列強と比べたら遅かったのと同様、米国もまた中国大陸に進出するのは欧州には遅れをとった。米国は、米西戦争の勝利の結果フィリピンを植民地としたが、中国では植民地を確保しなかったがゆえに、「門戸開放」を主張したのである。

この意味において、日米関係史は、米中関係史でもあると理解することに大きな意味があるのだ。これは、日米関係、日中関係、米中関係という二国間関係を日米中と三国をならべてみればすぐに理解できることだ。中国をめぐっての関係であったのだ。

本書に登場する "リー将軍" とは、李将軍ではなく、ホーマー・リー(Homer Lea)という米国人のことである。孫文とは交友関係にあり、革命軍の軍事顧問となったホーマー・リーは、映画 『1911』 にも、片足を引きながら歩く小柄な人物として登場するが、『無知の勇気』という「日米未来戦記」の走りともなる本を出版した人物でもある。

『無知の勇気』では、日本にフィリピンを奪われた末に米国が敗北するというストーリーだが、中国に肩入れしたこの "リー将軍" が、日本を仮想敵国とする本のパイオニアとなったことは、なかなか意味深なことでもある。

ただし本書は、中国問題は主軸には据えていない。あくまでも太平洋の両岸に位置する日本と米国の太平洋の覇権をめぐる物語である。


■軍人と民間人のマインドセットの違い

米国にとってはもちろん、日本も戦争当事者となる戦争スペシャリストである軍人にとっては、日米の兵力差が明らかで、ほぼすべてが「想定内」であった。

軍人は日米の兵力差を冷静に数字で捉えていたが、感覚的にものを捉える一般国民はまったく違っていた。この後者が作り出した「空気」が、数字でものを考える軍人すら飲み込んで押し流していったことは、 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)に活写されているとおりである。

まさに日露戦争の講和後の日比谷焼き討ち事件に表れたように、強い日本を渇望する大衆はきわめて感情的に物事を捉え、振る舞っていたのである。それは徐々に形成されていった「空気」も大きく影響していたのである。

しかも制海権においても軍艦数で劣り、技術の進歩により航空兵力の発達で制空権も奪われかねない恐怖。この空襲恐怖が現実のものとなったことはあえて言うまでもない。制海権のみが問題であった時代、主戦場はフィリピンだと想定されていたが、山本五十六連合艦隊司令著感がパールハーバー攻撃を主張したのは、こうした変化が前提にあった。


■■『坂の上の雲』後の時代の「空気」こそ知るべき歴史的事実

中公文庫版の解説として行われた政治学者・御厨貴との対談のなかで指摘されているように、日本にとっての機会も脅威も、つねに海の向こうからやってくるものなのだ。

司馬遼太郎の原作でも、ドラマでも取り上げられなかった『坂の上の雲』以降の歴史こそ、現在に生きる日本人がもっともっと深く知らねばならないものであるのだ。



P.S. この記事で、2011年度は 250本目となった。


<関連記事>

・・猪瀬直樹氏のいう「白船」のことである。
「グレート・ホワイト・フリート(Great White Fleet)は、1907年12月16日から1909年2月22日にかけて世界一周航海を行ったアメリカ海軍大西洋艦隊の名称。「GWF」と略されることもあり、また「白い大艦隊」「白船」と訳されることもある。名前の由来は、参加した艦艇が平時色である白の塗装で統一されていたことによる。
(・・・中略・・・)
航海の目的はアメリカの海軍力を世界中、特に日露戦争に勝ったばかりの大日本帝国(日本)に誇示すること、アメリカ西海岸のアメリカ国民に軍備拡張の支持、具体的には戦艦4隻を新造するための予算を取り付けることが目的だったといわれている。
(・・・中略・・・)
日本への訪問は斎藤実海軍大臣の提言によって、周航開始後の日本側からの招待に応じて行なわれたものである。日本を訪問した米国大西洋艦隊と日本の接伴艦隊のうち主力は下記の通りであり、1908年10月18日から25日まで横浜港へ4列8隻ずつで停泊した。日本側は日露戦争の戦利艦も含め旧式艦が多かった。」



<ブログ内関連記事>

■猪瀬直樹の「日米関係三部作」

書評『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹、中公文庫、2010、単行本初版 1983)-いまから70年前の1941年8月16日、日本はすでに敗れていた!

書評 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(猪瀬直樹、文春文庫、2011 単行本初版 2009)


■海洋国家としての日本

書評 『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)

書評 『「海洋国家」日本の戦後史』(宮城大蔵、ちくま新書、2008)

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み


■制空権を奪われた「海洋国家・日本」の無念

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)

書評 『新大東亜戦争肯定論』(富岡幸一郎、飛鳥新社、2006)

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011)

書評 『原爆と検閲-アメリカ人記者たちが見た広島・長崎-』(繁沢敦子、中公新書、2010)


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2011年2月22日火曜日

書評『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)― 無尽蔵の富が埋蔵されている日本近海は国民の財産だ!


■「世界4位の海洋大国」日本。無尽蔵の富が埋蔵されている日本近海は国民の財産だ!■

 日本は、国土面積が世界61位であるにかかわらず、領海・排他的経済水域(EEZ)の面積は世界第6位、そして海岸線の長さも世界第6位である。

 だが、海を「二次元の面積」ではなく、「三次元の体積」でみると、日本の海はなんと世界4位である! 体積でみたら 1,580立法キロメートル、中国のなんと5倍。日本がまぎれもなく「海洋国家」であり、しかも「海洋大国」であることは明らかなのだ(*左に掲載の表紙を参照)。

 しかもその「世界4位の海」には無尽蔵の富が埋蔵されているのだ。国内消費量94年分のメタンハイドレードが海底や砂層の孔隙に存在するのをはじめ、黒潮は一年間に原発500年分の海中ウランを運んでくる。そしてまた海底熱水鉱床にはレアメタルが確実に存在する。あとはこれらをどう捕集し、採掘し、利用するかにかかっているのだ。
 また、世界三大漁場である日本の沿岸漁業は、栽培漁業である養殖とあわせると、日本人の食生活を今後も支えていくことができるのである。
 人口減少による衰退が懸念されている日本であるが、視点を海に向ければ、かなり明るいことがわかってくる。
 
 これらの無尽蔵の富は、われわれ日本国民に天から与えられた大きな財産である。であるがゆえに、この財産を虎視眈々と狙う不法者が近隣諸国に存在するのは不思議でもなんでもない。
 
 紛争となっている尖閣諸島だけでなく、竹島、沖ノ鳥島、肥前鳥島、北方領土も含めた離島の存在の理解を深めることが必要だ。離島こそ日本の生命線と捉え、離島を死守することこそ、近隣諸国におかしな考えをもたせないようしなくてはならない。著者はそのための方法論を提案している。
 
 海洋政策、海洋安全保障、現代海賊問題、国境問題および離島問題の研究を専門とする著者は、「海に守られた日本から、海を守る日本へ」の意識転換を日本国民呼びかけている。

 どうしても「島国」意識が抜けず、関係者以外は「海洋国家」意識をもちにくい日本であるが、日本の海を政治経済の観点から知るための入門書として、『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)を一読することを奨めたい。


<初出情報>

■bk1書評「「世界4位の海洋大国」日本。無尽蔵の富が埋蔵されている日本近海は国民の財産だ」投稿掲載(2010年12月25日)
■amazon書評「「世界4位の海洋大国」日本。無尽蔵の富が埋蔵されている日本近海は国民の財産だ」投稿掲載(2010年12月25日)


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目 次

はじめに-日本がもつ世界四位の海水量
第1章 偉大な力をもつ「日本の海」
第2章 「日本の海」に眠るエネルギーと鉱物資源
第3章 水産資源と先進技術が生む高度成長
第4章 「日本の海」の大チャンス
あとがき-海を守り続ければ未来は必ず明るい


著者プロフィール

山田吉彦(やまだ・よしひこ)

1962年、千葉県に生まれる。東海大学海洋学部教授。経済学博士。海洋政策研究財団客員研究員。学習院大学経済学部を卒業したあと、多摩大学大学院修士課程を経て、埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)勤務を経て、1991年から日本財団(日本船舶振興会)に勤務。海洋船舶部長、海洋グループ長などを歴任。2008年東海大学准教授に就任、2009年教授となる。海洋政策、海洋安全保障、現代海賊問題、国境問題および離島問題の研究を行う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものを wikipedia によって増補)。



<書評への付記>

 現在の日本人の快適な生活が大きく海に依存していることに、多くの日本人は日頃意識することなく、しかも無関心のようだ。どうしても「島国」意識が抜けず、関係者以外は「海洋国家」意識をもちにくいためだろう。

 何といっても「食糧とエネルギー」のほとんどを大きく海外からの輸入に依存しているが、金額ベースでみて約7割が「海上輸送」に依存している。海上運賃は航空運賃よりはるかに安いので数量ベースでみたら、比率はもっと高くなることはいうまでもない。

 同じ講談社現代新書からでた 『日本は世界5位の農業大国-大噓だらけの食料自給率-』(浅川芳裕、講談社+α新書、2010)とあわせて読むべきであろう。この本については、このブログですでに紹介している。書評 『日本は世界5位の農業大国-大噓だらけの食料自給率-』(浅川芳裕、講談社+α新書、2010) を参照。

 しかし、島国の陸地で営まれる農業と、この島国を囲む海での営みは似て非なるものといってよいだろう。
 
 海は、第一次産業である漁業と養殖業、そして食品加工業だけの存在ではない。海には、無尽蔵の資源が埋蔵されているのだ。これは陸地の比ではないのだ。



<ブログ内関連記事>

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)
・・海は日本の生命線!

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009) ・・海上保安庁巡視艇と北朝鮮不審船との激しい銃撃戦についても言及。海上保安官は命を張って国を守っている!

『何かのために-sengoku38 の告白-』(一色正春、朝日新聞出版、2011) を読む-「尖閣事件」を風化させないために!

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)・・sengoku38 による「尖閣ビデオ」投稿の件について、2010年11月11日時点の情報で書いたもの。その後、増補。

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)・・航空母艦なき現在、陸上にある海軍航空基地は最前線である!

書評 『日本は世界5位の農業大国-大噓だらけの食料自給率-』(浅川芳裕、講談社+α新書、2010)・・本書の姉妹編(と、すくなくとも出版社はそう思わせたい?)


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