『猿の惑星』という本を読んだ。言うまでもなくハリウッド映画『猿の惑星』の原作である。
じつは2016年のサル年になるまで知らなかったのだが、原作はアメリカではなく、フランスの作家ピエール・ブールのSF作品だったのだ。創元SF文庫から1968年に日本語訳が出版されている。映画の公開にあわせての出版であろう。
映画の詳しい内容は忘れてしまったので、原作との違いはよくわからないが、1963年という時点で、こういう作品を書いた著者の着眼点にはおおいに感心する。
ここでいうサルとは、ゴリラとチンパンジーを中心とし、さらにオランウータンを加えた「類人猿」である。進化論の観点からいって、ヒトときわめて近い関係にあるサルだ。ちなみに映画版のタイトルは Planet of the Apes であり、類人猿(ape)と明記されているのはそのためだ。
(映画版ポスター)
人間が動物の社会に放り込まれるというシチュエーションは、すでに18世紀の英国の作家ジョナサン・スウィフトが 『ガリバー旅行記』で作り出している。日本ではあまり知られていないが、ガリバーは第4回目の航海で「馬の国」にいくことになっているのだ。
そう考えると、サルが支配する「猿の惑星」に人間が巻き込まれるという発想は、かならずしも目新しいものではないかもしれない。
だが、サルと人間が逆転しているという設定が人間をいたく刺激するのである。しかも、「猿の惑星」においては、人類の文明が衰退して滅亡し、そのあとにサルが支配者となって人類同様の文明社会を築き上げているというのだ。
「類人猿」は、進化論の観点からいって、ヒトときわめて近い関係にある。そう、この原作は、進化論や脳科学といった21世紀現在ではさらに関心が強くなる傾向にあるテーマが一貫しているのだ。進化論に対する抵抗感がまったくない日本人には想像しにくいが、西欧人にとってはかならずしもそうではなかったのである。
(フランス語原作のカバー)
ピエール・ブール(1912~1994)というフランス人作家についてもまったく知らなかったが、なんとクワイ河マーチで有名な映画『戦場にかける橋』の原作者でもあるらしい。
もともとはエンジニアで、1936年から1939年まで当時は大英帝国領であったマレー半島でゴム園の監督者として勤務したが、第二次大戦中はフランス本国がドイツ支配下に入ったため、東南アジア現地でレジスタンス活動に従事。日本軍に捕まったあと仏印植民地軍に引き渡されて、戦争終了前に脱走となかなか波乱万丈な人生を送っている。
東南アジアだけでなく、アフリカも含めて植民地で前半生を過ごした人である。戦前の植民帝国時代のフランス人である。マレー人や華僑を中心としたアジア人労働者と日常的に接し、間近で観察してきただけでなく、欧州にはいないサルも観察することが容易な環境にいたわけだ。
『猿の惑星』の発想がどこから湧いてきたのかは、著者自身はなにも書いていないのでよくわからないが(・・すくなくとも日本語訳には記述はまったくない)、サルは日本人を含めたアジア人の比喩であるという説をどこかで読んだ記憶がある。
『猿の惑星』をみた日本人は、まさかそんなことだとは考えもしないだろうが、アジア人に対する視線が無意識のうちに著者の思考に影響を与えている可能性はある。
だが、一読してみた印象としては、『猿の惑星』イコール日本人支配という説はどうでもいいような気がする。発想の原点がどこにあるかはさておき、先にも書いたように、作品そのもののテーマはそこにはないからだ。
<ブログ内関連記事>
『ガリバー旅行記』は『猿の惑星』の先行者か?-第4回目の航海でガリバーは「馬の国」を体験する
映画 『アバター』(AVATAR)は、技術面のアカデミー賞3部門受賞だけでいいのだろうか?
・・舞台は地球からかなり遠くにある「惑星パンドラ」であり、そこには「先住民ナヴィ」(Navi)が住んでいる
書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)-科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯
・・北京原人の発見者のひとりでったイエズス会司祭
『サル学の現在 上下』(立花隆、文春文庫、1996)は、20年後の現時点で読んでもじつに面白い-「個体識別」によるフィールドワークから始まった日本発の「サル学」の全体像
・・ゴリラ、チンパンジーの生態について詳しく書かれている
映画 『レイルウェイ 運命の旅路』(オ-ストラリア・英国、2013)をみてきた-「泰緬鉄道」をめぐる元捕虜の英国将校と日本人通訳との「和解」を描いたヒューマンドラマは日本人必見!
書評 『東京裁判 フランス人判事の無罪論』(大岡優一郎、文春新書、2012)-パル判事の陰に隠れて忘れられていたアンリ・ベルナール判事とカトリック自然法を背景にした大陸法と英米法との闘い
・・アンリ・ベルナール判事は、「植民地帝国フランス」の海外植民地アフリカの司法官僚としてキャリアのほぼすべてを過ごした人であった
書評 『驕れる白人と闘うための日本近代史』(松原久子、田中敏訳、文春文庫、2008 単行本初版 2005)-ドイツ人読者にむけて書かれた日本近代史は日本人にとっても有益な内容
書評 『「肌色」の憂鬱-近代日本の人種体験-』(眞嶋亜有、中公叢書、2014)-「近代日本」のエリート男性たちが隠してきた「人種の壁」にまつわる心情とは
(2016年2月8日、6月10日 情報追加)
(2020年12月18日発売の拙著です)
(2020年5月28日発売の拙著です)
(2019年4月27日発売の拙著です)
(2017年5月18日発売の拙著です)
ツイート
ケン・マネジメントのウェブサイトは
ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
禁無断転載!
end
(2020年5月28日発売の拙著です)
(2019年4月27日発売の拙著です)
(2017年5月18日発売の拙著です)
(2012年7月3日発売の拙著です)
ツイート
ケン・マネジメントのウェブサイトは
ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。
禁無断転載!
end