「東洋文庫ミュージアム」にはじめていってきた。
2011年10月に開設されたばかりのあたらしいミュージアムである。しかも
図書館のミュージアムというのもめずらしい。近くまでいく用事があったので立ち寄ってみた。
東京都文京区駒込に「東洋文庫」という図書館と研究施設がある。ここに
所蔵された100万冊をこえる貴重な書籍の存在は世界中に知られており、東京大空襲を実行した米軍も、この施設は空爆目標から意図的にハズしたという話を聞いたことがある。実際には被災しなかったことから、あながち都市伝説でもないようだ。
それはなによりも、東洋文庫の起源に関連しているのだろう。
東洋文庫の核(コア)になったのは「モリソン文庫」という、中国を中心としたアジア関連の2万4千冊に及ぶ蔵書である。1911年の辛亥革命当時、北京にあったモリソンの蔵書は、革命の混乱のなか安全な場所に運び出されて焼失を免れたという。
ジョージ・アーネスト・.モリソン(1862~1920)は、英国のタイムズ紙で健筆をふるっていたジャーナリストで、辛亥革命後には大総統に就任した袁世凱の政治顧問をつとめたオーストラリア人である。20年に及ぶ北京在住中に収集した蔵書は、
当時から質量ともに一級で、世界的に有名であったという。リタイアしてオーストラリアに戻ることを決意し、蔵書を手放すことにした際は、
世界中から取得したいという引き合いがあったらしい。
ただし、西洋語も漢籍も読みこなせる研究者がいるという条件で、
1917年(大正6年)日本が買い取ることになったのが経緯だということだ。
カネを出したのは三菱財閥の当主であった岩崎久彌である。現在価値で70億円を即金で出したという。財閥解体後の現在でも、三菱グループの社会貢献の一環と位置づけられているようだ。
東洋学(オリエンタル・スタディーズ)とは、中国から中近東まで広く東洋(オリエント)を対象とした、西洋で始まった総合的な学問のことである。日本語でオリエントというと、どうしても古代エジプトやバビロンを連想してしまうが、ここでいうオリエンタル・スタディーズの幅は広い。極東の日本までふくめたアジア全体が視野に入る。
東洋文庫が、あえてこの東洋学という名称と概念を維持しているのは、
歴史研究を基礎に置いていることを意味しており、けっして時代遅れではない。
歴史研究を欠いた地域研究に価値はない。
じつは、東洋文庫がある本駒込の近くに住んでいたこともあり、名前はしっていたが一度も訪れたことがなかったのは、わたしが専門の東洋研究者ではないからだが、ときおり都営地下鉄千石駅にむけて外国人が歩いている姿は何度も見ていた。おそらく東洋文庫に通う研究者たちなのだろう、と。
今回はじめて訪れたのは、先月のことだが、
昨年2011年の10月に東洋文庫にミュージアムができたことを知ったからだ。なんと図書館に併設された博物館である。ライブラリー・ミュージアム!
東洋文庫ミュージアムの説明を引用しておこう。
東洋文庫(東京・駒込)は、広く一般の方々に東洋学について興味を持ってもらうことを目的として、東洋文庫ミュージアムを開設しました。1924年に設立された東洋文庫は、東洋全域の歴史と文化に関する様々な文献資料の収集・研究を行ってきました。これまでは研究図書館としての特性上、東洋学の研究者が主な利用者でした。より多くの方々に東洋学の面白さを知っていただくために、従来公開していなかった貴重書などを今後積極的に東洋文庫ミュージアムで展示していきます。
「このライブラリー・ミュージアムはすごい!」 もうこの一語に尽きる。英語で言えば Wow !!! である。展示スペースは、一階と二階のツーフロアしかないのだが、この贅沢さはスペースの大きさだけではかれるものではないのだ! 「現物」としての本が醸し出す雰囲気はデジタル書籍とはまったく違うのだ。
ミュージアムの一階には、研究員が厳選した書籍の現物がガラスケースのなかに陳列されているのだが、アジア各地のものだけでなく、
ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』や、
アダム・スミスの「『国富論』(The Wealth of Nations: 諸国民の富)などの現物は、社会科学を大学で勉強した人間にもウレシイものがある。
アダム・スミスの
有名な「見えざる手」の原文が an invisible hand と単数であることも知ることができた。「神の見えざる手」ではまったくないし、複数形でもないし、右腕か左腕かもこの英語原文からはわからない。
目玉はなんといっても二階に展示されている「モリソン文庫」。この文庫は閉架式なので手にとって見ることはできないのだが、天井までズラリと本棚に陳列された本はまさに圧巻。思わず見上げて見とれてしまう。ほんと興奮する! 本好きなら絶対にいくべきだ。
しかも写真撮影はフラッシュをたかなければOKというのもウレシイではないか。思わず何枚もsつえいしてしまった。
また、キリシタン関係、アジア近代史関係の書籍もウレシイ。とくに
王妃マリー・アントワネットが愛蔵していたという『イエズス会士中国書簡集』の現物。ヴォルテールをはじめ、18世紀のヨーロッパ人にとって理想の地であり、憧れの地であった中国から 布教のため滞在していたイエズス会士たちによる報告書は当時の知識人ったいには絶大な影響を与えていたのである。
また、日本で印刷出版されたキリシタン本の一冊である
『ドチリーナ・キリシタン』の原本なども見ることができる。ローマ字表記された日本語で書かれた、初心者むけのカトリックの教義書である。
マルコポーロの『東方見聞録』のエディションを77種類(!)も所蔵しているというのもスゴイ。これまた現物が展示されている。
常設展示ではないが、いまの見物は辛亥革命100年ということもあって、その関連の一次資料である。なんといっても、
若き日の毛澤東が宮崎滔天にあてた直筆の書簡をこの目でみたのは大きな収穫だった。ただし、これらの展示資料は借り物であるので写真撮影ができないのは残念だった。
東洋文庫は建て替えを機に、一般人に向けてのコミュニケーションの場としてミュージアム開設を決めたという。モリソン文庫購入を了解した岩崎久彌が愛した小岩井農場によるカフェが併設されている。今回は時間がないのでカフェでくつろぐことはしなかったが、外から見る限りなかなかステキなカフェである。
ミュージアムショップもなかなか趣味のいい品物やカタログなどが置いてある。
『時空をこえる本の旅50選』(東洋文庫編、2010)というカタログを購入した。
本駒込には、アジア文化会館、東洋大学など、アジアを名前にもつ施設が集中している、落ち着いた高級住宅街でもある。ぜひこの東洋文庫ミュージアムを訪れるためだけでも東京に来る価値はあるといっておこう。
【所在地】〒113-0021 東京都文京区本駒込2-28-21
【アクセス】 JR・東京メトロ南北線「駒込駅」から徒歩8分、都営地下鉄三田線「千石駅」から徒歩7分、都営バス上58系統・茶51系統「上富士前」から徒歩1分
【休館日】 毎週火曜日(ただし、火曜日が祝日の場合は開館し、水曜日が休館)、年末年始、その他、臨時に開館・休館することがあります。
【URL】 www.toyo-bunko.or.jp/museum/【開館時間】 ミュージアム 10:00〜20:00(入館は19:30まで)
ショップ マルコ・ポーロ 10:00〜20:00
オリエント・カフェ 11:30〜21:30(ラストオーダーは20:30まで)
<関連サイト>
東洋文庫ミュージアム(公式サイト)
財団法人 東洋文庫(公式サイト)
<参考文献>
George Ernest Morrison (wikipedia 英語版)
『東京人 2011年12月号 特集:東洋文庫の世界』(都市出版、2011)
『アジア学の宝庫、東洋文庫-東洋学の史料と研究-』(東洋文庫編、勉誠出版、2015)が、東洋文庫90周年記念として、2015年5月に出版されている。(2015年7月5日 記す)
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