子どもの頃から「左利き」(レフトハンド)の人に対しては関心をもっていた。
わたし自身が「右利き」(ライトハンド)であるため、少数派である「左利き」の存在が目立つからであり、左手で字が書けることに驚きとともに、理系的(?)な観察精神が喚起されたからだ。
そんな「左利き」について驚きを感じたのは、アメリカに留学したときのことだ。いまから30年以上も前のことである。
授業中に左手でノートをとっている学生が少なくないことに気がついたのだ。「左利き」が当たり前のようにいるのか、と。日本と違って、「右利き」に矯正されることがないのだろうな、と。
そしてまた、最近知ったばかりなのだが、作家で政治家であった石原慎太郎もまた「左利き」だったこともある。 芥川賞を受賞した『太陽の季節』は2日で書き上げたが、左利きで書いた原稿が汚くて読みにくいので、3日かけて清書しなおしたのだ、と。
その特徴だったチックのような症状も、子どもの頃に学校で「左利き」を矯正された際にぶたれたことが遠因になっていたらしい。
■「左利き」の人が書いた万人のための本
そんなわたしが、最近読んで大いに納得しているのが、『左利きの言い分 ー 右利きと左利きが共感する社会へ』(大路直哉、PHP新書、2023)という本だ。
全体をつうじて網羅的に書かれているが、ほぼすべてのファクトにはエビデンスが示されており、人口の1割前後の発現確率である「左利き」について、身体そのものと、身体と脳、身体文化という観点から論じられている。
字を書く際や箸を持つ際、習字の際の苦労など、現代社会に生きる「左利き」の人の特性や、社会生活を送るうえでの苦労の数々について、はじめて気づいたことも多々ある。
人物エピソード的には、先にあげた石原慎太郎だけでなく、坂本龍一や正岡子規、エリザベス2世、さらには東條英機といった著名人も「左利き」だったことを知る。
その人物を知るうえでは、「左利き」という要素がその人の精神にあたえる影響を無視してはいけないのだ。
具体的な苦労は直接その本を読んでいただければいいが、江戸時代の武士で「左利き」だった人は、刀剣の扱いには苦労していたことも書かれていて、はっとする思いがした。
刀は左の腰にさして、右手で抜くというのが作法だが、「左利き」の武士は矯正されたのだろう、と著者は推測している。身体文化のテーマとして考える必要がある。
現代に生きる「左利き」の人の苦労を知るだけでなく、歴史理解のためには、「左利き」の苦労を考慮にいれなくてはならないと痛感する。
■カバーのイラストの内容が気になったから
ところで、この本が気になって手にとったのは、カバーのイラストの内容が気になったからだ。
「駅でモヤモヤ」という吹き出しの文と、自動改札を通過する際に左手でタッチする女性のイラストが描かれ、小さな文字で「自動改札では腕をクロスさせなければならない」と書かれてある。
「右利き」のわたしはいつも「左手でタッチ」しているので、なぜモヤモヤするのか違和感を感じたのだ。というのも、 財布のなかにPASMOが入れてあって、その財布はズボンの左のポケットに入れているので、左手で財布を取り出して左手でタッチするのが、わたしにとっては当たり前の日常になっているからだ。
このイラストが気になって、自動改札を通過する際には、自分の前を歩いている人の行動を観察しているが、たしかに左手でタッチする人は少ない。「右利き」は右手でタッチするのが当たり前のようだ。
もしかすると、そんなわたしは少数派なのかもしれないな、と。 とはいえ、「左利き」の女性でスカートをはいている場合は、腕をクロスさせる際にモヤモヤを感じるのかもしれないなと、あらためて気がついた。
自分の常識でもって、無意識のうちに判断してはいけないな、と自戒する。 自分の場合は、利き手ではない左手をつかいこなせるように、意識的に訓練してきたことがあるのかもしれない。
テニスやゴルフなどと違って、あるいは剣道とも違って、合気道の稽古においては、左右の両半身をバランスよく鍛えることが求められていることもあるのだろう。
■「右利き」の人は「左利き」の人の苦労を知るべき
現代人のほとんどはキーボードで入力するので、利き手以外の手も使用することが当たり前になっている。
とはいえ、人口の9割を占めるマジョリティである「右利き」の人は、「左利き」の人が抱えている苦労について知り、「インクルージョン」(包摂)の観点から、「ユニバーサルデザイン」の重要性を意識し、積極的に導入を働きかけていくことが求められる。
だからこそ、この本は「右利き」の人こそ読むべきである。
どうしても効率性の観点から「右利き」が優先されがちであるが、「左利きにやさしい社会」づくりが必要なことを認識しなくてはならないのである。
目 次まえがき序章 左利きはどのくらい存在し、なぜ生まれるのか第1章 左利きの苦労第2章 世界の宗教は左利きをどう捉えたのか第3章 日本における左利きの歴史第4章 左利きの脳と身体は優れているのか第5章 左利きの才人、偉人たち第6章 「右利き社会」から「左利きにやさしい社会」づくりへ主要参考文献左利きのためのサポートファイル
著者プロフィール大路直哉(おおじ・なおや)大阪府高槻市生まれ。滋賀県大津市育ち。左利き。早稲田大学卒業後、英国滞在中に左利き専門店との出会いがきっかけで利き手への探究心が開花。帰国後、出版関連業などに携わりつつ、日夜、歴史に埋もれた左利きの姿を追うべく関連記事や文献の発掘にいそしみ左利きに関する著作を出版。その後も左利きへの問題意識が絶えることはなく、2018年に映像クリエイター兼カメラマンの masajiro とともにウェブサイト「日本左利き協会」を設立。左利きにとって役立つ情報発信や総合学習への協力など、左利きと右利きがともに共感し合えるコミュニティづくりに取り組んでいる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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