NHK連続ドラマ小説(通称「朝ドラ」)は、いま『花子とアン』。
『赤毛のアン』を日本語に翻訳した村岡花子の生涯を描いたもの。「戦争」を挟んで「戦前」と「戦後」を生きた女性を主人公にするという基本路線はしっかりと守ってます。
NHKの最近のテーマは「女性と英語」かな。「英語で身を立てた女性」たちのロールモデルの紹介。
昨年(2013年度))の大河ドラマ『八重の桜』には、日本の女子留学生第一号の大山捨待と津田梅子が登場してましたが、津田梅子はいうまでもなく津田塾の創立者。英語で身を立てる道を日本女性に開拓した先駆者ですね。
村岡花子はミッションスクール東洋英和の出身。山梨県はカナダ・メソジスト教会が宣教が行ったなので、いちはやくキリスト教の洗礼を受けた静岡出身の父親の人的なつながりからカナダ・メソジスト教会が創立したミッションスクールに入学。それが東洋英和であったということです。
津田梅子のアメリカに対して村岡花子はカナダですが、「女性と英語と「英語で身を立てた女性」というテーマは、文部科学省の方針とも合致していると言うことでしょうか。
「英語・アメリカ・キリスト教」というと語呂がいいのですが、「英語・カナダ・キリスト教」もまた近代日本の西欧近代化において無視できない影響を与えてきたということでしょう。『赤毛のアン』の日本語訳をつうじて、直接また間接的にきわめて多くの日本人女性たちに影響を与えてきたわけですから。
ドラマも後半に入ってから、原案となった『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』を読んでみました。孫娘にあたる村岡恵理氏による、丹念に事実関係を跡づけた労作です。
この本を読むと、村岡花子という人はドラマ以上に波瀾万丈の人生を送った人であることがわかります。同時にドラマは事実そのものではなく、かなり脚色されていることもわかります。
数多くの出会いに恵まれた村岡花子の生涯は、その恵まれた機会において、多大な努力を行い、その才能を世のため人のために活かし、自分がやるべきことをやった人生だといえることです。
津田梅子はアメリカで11年間にわたって英語漬けの少女時代を送ってますが、村岡花子は日本国内でカナダ系のミッションスクールで10年間にわたって英語漬けの生活を送っています。この時代に村岡花子ほど英文学を英語で読み込んだ人は、それほど多くはないのではないでしょうか。
とはいえ、ミッションスクールの授業も午前中は日本語によるもので、午後は英語によるものであったようです。とくに寄宿生は、朝から晩まで規則正しい生活を送るだけでなく、休日にはキリスト教の勉強や社会奉仕もあったようです。
「日本語学」では、国語、漢文、数学、理科、日本史、日本地理、習字、裁縫といった授業を日本人教師から受け、午後の「英語学」では聖書、リーダー、英文法、英作文、英文読解、英会話、英文学、世界史、世界地理といった授業を婦人宣教師から英語で受けた。(P.51)
最近、日本でも国際バカロレア(IB)がトレンドとなりつつありますが、どの科目を英語で、どの科目をローカル言語である日本語で行うかについての参考になるかもしれません。英語だけではだめなのです。アイデンティティの根幹となる日本語が大切なのです。
村岡花子の場合も、日本国内にいながらにして、英語の読み書きや会話には不自由しなくなっても、日本文学の素養がかけていることを痛感した、ということが重要です。ミッションスクールで「腹心の友」となった柳原白蓮から紹介してもらい、歌人の佐佐木信綱のもとで和歌の勉強もしていることは特筆すべきことでしょう。『アンのゆりかご』には村岡花子の和歌も多数収録されています。
すぐれた翻訳者の条件とは、外国語に堪能だけでなく、母語である日本語にも堪能であることが求められることを示しているわけです。最初から翻訳家として生きるつもりはなかったようですが、『赤毛のアン』が現在も読み継がれてきたのは、村岡花子の英語力だけではなく日本語表現力があずかって大きいことを示しているのでしょう。
村岡花子の生涯をドラマ化したことは、近代日本における英語とキリスト教の意味について考える点においても意味のあることだといえるでしょう。できればドラマだけであく、原案となった『アンのゆりかご』も読んでみることをおすすめします。
(画像をクリック!)
著者プロフィール
村岡恵理(むらおか・えり)
1967(昭和42)年生れ。成城大学文芸学部卒業。祖母・村岡花子の著作物や蔵書、資料を、翻訳家の姉・村岡美枝と共に保存し、1991年より、その書斎を「赤毛のアン記念館・村岡河子文庫」として、愛読者や研究者に公開している(不定期・予約制)。また『赤毛のアン』の著者、L.M.モンゴメリの子孫やプリンス・エドワード島州政府と交流を続け、日本とカナダの友好関係促進につとめる。東日本大震災で保護者を亡くした子どもたちの支援を目的とした「赤毛のアン募金」の運営に参加している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
ドラマの影響で村岡花子の「腹心の友」であった柳原白蓮に対する関心が急上昇中だという。文藝春秋社もこの機会に装幀をあらたなものに変更して、文春文庫版の『恋の華・白蓮事件』の重版に踏み切ったようだ。電子書籍版もあるとのこと。ご参考まで (2014年8月6日 記す)
<関連サイト>
NHK連続ドラマ小説『花子とアン』 公式サイト
<参考> 山梨県におけるカナダ・メソジスト教会の宣教
『日本の近代社会とキリスト教(日本人の行動と思想 8)』(森岡清美、評論社、1970)は、 ぜひ復刊を望みたい基本書
・・山梨県におけるキリスト教の布教については以下の目次を参照
4. 日下部メソジスト教会 (・・カナダ・メソジスト教会系、勝沼方面)
日下部教会への関心/教線勝沼方面に伸びる
指導的信徒像/日下部教会の成立
教勢伸張の背景/東方区の分割
小野と自給独立/自給問題の背景
自給への歩み/信徒の苦心
自給の達成/自給達成への契機
勝沼教会との比較/教勢の発展
組合を足場として/禁酒運動との結合
禁酒運動と地域社会/西保村の禁酒運動
各地の禁酒運動
明治維新後に将軍家は静岡に移封され、その地に招聘された教師としての宣教師が伝えたキリスト教が支えを失った旧武士階級に受け入れられ、洗礼を受けた日本人信者が宣教師となって静岡から山梨方面へ伝道を行った。その結果、カナダメソジスト教会は、静岡・山梨。東京のトライアングルが形成されることになった。東洋英和の系列校はこのトライアングル上にあるのはそのためである。
書評 『明治キリスト教の流域-静岡バンドと幕臣たち-』(太田愛人、中公文庫、1992)-静岡を基点に山梨など本州内陸部にキリスト教を伝道した知られざる旧幕臣たち を参照されたい。
<関連サイト>
港区の東洋英和女学院 : ヴォーリズを訪ねて
・・東洋英和の建物は1933年にヴォーリズが設計
(港区の東洋英和の本部 筆者撮影)
<ブログ内関連記事>
書評 『恋の華・白蓮事件』(永畑道子、文春文庫、1990 単行本初版 1982)-大正時代を代表する事件の一つ「白蓮事件」の主人公・柳原白蓮を描いたノンフィクション作品
・・東洋英和の同窓生で村岡花子と「腹心の友」となった白蓮もまた波瀾万丈の人生を送った人
マンガ 『はいからさんが通る』(大和和紀、講談社、1975~1977年)を一気読み
・・大正ロマン! ただしモデルの跡見女学園はミッショスクールではない。『花子とアン』は明治時代末期のカナダ系ミッションスクール東洋英和
映画 「百合子、ダスヴィダーニヤ」(ユーロスペース)をみてきた-ロシア文学者・湯浅芳子という生き方
・・大正時代はまたロシア革命の時代でもあった
書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経
・・NHKテレビ小説(通称朝ドラ)『花子とアン』(2014年度上半期)でナレーションを担当しているのが美輪明宏
■日本の「近代化」とキリスト教
讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された
日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について
・・「英語・アメリカ・キリスト教」の三位一体
NHK大河ドラマ 『八重の桜』もついに最終回-「戦前・戦中・戦後」にまたがる女性の生涯を戊辰戦争を軸に描いたこのドラマは「朝ドラ」と同じ構造だ
・・「西洋化(=欧化)とキリスト教(・・とくにアメリカのプロテスタンティズム)については、非常に重要なテーマであり、同志社大学の建学にからめて大河ドラマで取り上げたという意義はきわめて大きいというべきでしょう。これもまた多くの日本人はふだんほとんど意識することがないテーマだからです。
書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティグ」を考えるヒントに
書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ
「信仰と商売の両立」の実践-”建築家” ヴォーリズ
・・キリスト教伝道のため来日し日本に帰化したヴォーリズ。東洋英和の建築もヴォーリズが設計
書評 『新渡戸稲造ものがたり-真の国際人 江戸、明治、大正、昭和をかけぬける-(ジュニア・ノンフィクション)』(柴崎由紀、銀の鈴社、2013)-人のため世の中のために尽くした生涯
・・「英語・アメリカ・キリスト教」という共通点でつらなる人脈のひとつの中心は新渡戸稲造は盛岡藩士の息子
映画 『終戦のエンペラー』(2012年、アメリカ)をみてきた-日米合作ではないアメリカの「オリエンタリズム映画」であるのがじつに残念
・・原作本の主人公の河井道(かわい・みち)という女性は、『BUSHIDO』の著者で教育家の新渡戸稲造の薫陶を受けた日本人キリスト教徒。恵泉女学園を創設した教育家
■ラジオの時代
書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した!
・・「ラジオのおばさん」と呼ばれていた村岡花子の時代、教養番組には仏教系の修養を内容とするものもあった
NHKの連続テレビ小説 『カーネーション』が面白い-商売のなんたるかを終えてくれる番組だ
(2014年8月19日、9月24日 情報追加)
(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)
end