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2023年11月29日水曜日

書評『イランは脅威か ー ホルムズ海峡の大国と日本外交』(齋藤貢、岩波書店、2022)ー 米国とイランが敵対関係にあるからこそ、イランと良好な関係を維持してきた日本の価値がある

 

『イランは脅威か ー ホルムズ海峡の大国と日本外交』(齋藤貢、岩波書店、2022)という本があることを知り、さっそく取り寄せて読んでみた。

BS番組でコメンテターとして出演しているのを YouTube で視聴して、はじめて著者のことを知った次第。

日本の前イラン大使による回想録を兼ねた現代イラン論と日本外交論である。『イランは脅威か』というタイトルだが、著者の立ち位置から考えれば、答えはおのずから明らかであろう。

米国とイランが敵対関係にあるからこそ、イランと良好な関係を維持してきた日本の価値がある。それが結論であり、わたしも大いに賛同する。

原油輸入の9割を中東に依存している日本は、ホルムズ海峡の安全維持のため、イランとの関係はきわめて重要である。たとえ日米同盟があろうと、米国に盲従してイランと敵対関係になるなんてバカげたことだ。けっして安直な道ではないが、それはそれ、これはこれ、である。

ただし、イランを含めた中東地域は、米国の勢力圏であることには変わりない。日本が単独で外交を行う余地はない米国との協調を前提としながら、独自性を発揮すべきなのである。

とはいいながらも、米国による経済制裁があるなかでは、ビジネス活動も行いにくい。それが現実である以上、ビジネス以外での関係は良好に維持しておくことが重要だ。将来的に制裁が解除されていくことも視野に入れておく必要がある。



■イランと米国は40年以上にわたって敵対関係

米国とイランが1979年の「イラン・イスラーム革命」以来、40年以上にわたって敵対関係にあり、しかもそれにイスラエルというファクターが加わって、中東情勢が複雑化していることは周知のとおりだ。

だが、1953年のモサッデグ政権の転覆以来の「反米意識」が根底にあると考えるべきだと著者はいう。米国のいいなりだった王政時代には、反米意識がくすぶっていたわけだ。英国支配が米国に支配に変わっただけだろいう認識。異民族によって支配されてきた歴史の長いイラン人は、複雑で屈折しているのである。

もともと非アラブということで良好な関係にあったイランとイスラエルだが、1979年の革命以降は、反米と反イスラエルが、ほとんどイランの国是のようになってしまっている。

イスラエルは自国の安全保障のため、なんとかしてイランの核開発を阻止したいと考えている。米国とイスラエルが密接な関係だからこそ、米国はなんとかイスラエルの暴走を押さえているが、そうでなかったならイスラエルは単独でも実行するだろう。

2020年1月には、米国はイラン革命防衛隊のスレイマン司令官の暗殺を実行している。あわや全面戦争になるかと危惧されたが、イランはうまく対応して米国との前面衝突を回避している。

まさにこのときイランに駐在していた、著者の齋藤氏によるイラン人の思考パタンと行動パタンの分析が興味深い。

湾岸のアラブ諸国での駐在経験をもつ著者は、感性を重んじて感情的にリアクションする傾向にあるアラブ人と比較して、イラン人の特性は「理性」と「論理」を重んじることに見ている。

理詰めの思考を行うイラン人は、プレイヤーとしてチェスの盤面を読みながら差し手を考えているというわけだ。

つねに「相互主義」であり、1つのアクションに対して、リアクションは1つとなる。イランは、けっして無茶なことをしでかすわけではない。一言でいえば、イラン人は賢いのである。イラン人は優秀である。言い換えれば、イラン人は手強い交渉相手なのである。

ところが、トランプ前大統領はそうではなかった。「マッドマン・セオリー」にもとづき、平気で想定外の「10倍返し」を行ってくる。このトランプの特性をイランは読み切れなかったのである、と。

チェスをさしているつもりのイランに対して、米国はポーカーをやっていたのだという著者の見立てが面白い。


■41年ぶりにイランを公式訪問した安倍外交の積極的評価

トランプ大統領(当時)によるイランへの制裁再開で、イランと米国との緊張が高まるなか、安倍晋三首相(当時)は、2019年6月に日本の首相として41年振り(!)にイランを公式訪問している。

前回の福田(父)首相(当時)は、王政時代の1978年であり、それからしばらくして王政が倒れている。当時のことを知る人間は外務省にはおらず、しかも公式訪問であるが急遽数週間前に決まったこともあって、舞台裏では苦労が多かったようだ。そんな裏話が興味深い。

著者は、この安倍外交を積極的に評価している。というのは、この時期にあえて火中の栗を拾って、イランを説得する役目を買って出たのは、世界中で安倍晋三氏だけだったからだ。

英国はイランからみれば憎むべき因縁の関係であり、国境を接するロシアも長年の確執があって関係はかならずしも良好ではない。米国による制裁によって中国とは大いに接近しており米ドル決済を回避するための「崑崙銀行」なる存在もあるが、イラン人はかならずしも中国人を好いていないようだ。

安倍首相のイラン訪問後、数ヶ月後にはローハニ大統領の日本訪問などもあったが、あくまでも「原理原則」にこだわるイランは、まずは米国が先に制裁を解除すべきだと主張して、結局折れることはなかったのは残念なところだ。

結局、安倍氏によるイランに対する説得はうまくいかなかったわけだが、あえてその役目を買って出た安倍氏の行動は、イラン側も大いに評価していたようだ。日本は信用できる、と。

イランは革命後から北朝鮮との関係は良好であり、トランプ大統領と北朝鮮の金正恩氏との交渉についても、イラン側は米国の情報を北朝鮮ルートで知っているようだと著者は推測している。というのは、北朝鮮の外交官は各国との交流を行わないためだ。


■イランの体制と「民意」との関係

ある種の「神権政治体制」にあるイランだが、民衆に支持されたために成功した「革命」の経緯からいって、民意を無視することができない。この点は重要だ。

原理原則にこだわるイランは、米国の制裁を受けながらも、なんとか経済的な苦境を耐え忍んでいる状況にある。

とはいっても、首都のテヘランでは現在の体制に対する不満が存在し、ときどきデモや暴動となって爆発しているだけでなく、「保守強硬派」だけに立候補資格が与えられた先の大統領選挙では、投票ボイコットを行って抵抗している。

新型コロナ感染症(COVID-19)に際しても、国民に休業補償を行う財政的余地がなかったことも、国民の不満になっている。

革命から40年以上たって、革命精神が後退し、緩んできているのではないかというのが、体制側の危機感である。地方では、革命の恩恵を語る人びとがまだまだ多いが、テヘランではそうではない。本書出版後もスカーフ問題をめぐっての大規模デモが発生するなど、体制側の締め付けに対する国民の不満を抑えきれるわけでもない。

国王ないしは首長のもとに勅選議会が置かれた湾岸諸国とは違って、直接選挙による大統領制と民選議員による議会をもつイランだが、ホンネとしては議院内閣制に変えたいようだ。ワンクッション置くことで、民意とは間接的な関係にもっていくことができるからだ。

保守強硬派の最高指導者ハメネイ師のもと、保守強硬派のライシ大統領となっている現在のイランだが、今後どうなっていくのだろうか。しかも、2023年の現在、次期大統領選挙ではトランプ元大統領の復活が確率的に高まっている。ふたたび緊張が高まる可能性もある。

東アジア情勢が緊迫化するだけでなく、ウクライナ戦争も一向に収束する気配もない。さらに、イスラエルでの「10・7」テロ以降は中東情勢も緊迫化している。

複雑化する世の中、なにごとも一筋縄ではいかない。イランとの関係だけでなく、日本が長年支援してきたパレスチナとの関係もまた意味をもつことだろう。

日米同盟とイランとの関係をどうバランスさせていくか、日本の政治家の見識が大いに問われるところだ。『イランは脅威か ー ホルムズ海峡の大国と日本外交』は、あくまでも日本人にとっての対イラン関係を考えるうえで、実務家が書いた貴重な内容の1冊である。




目 次 
はじめに 日本の国益とイラン 
序章 中東地域にエネルギーを依存し続ける日本 
第Ⅰ部 米国とイラン ー 高まる緊張と日本の積極外交
 第1章 安倍総理の積極外交
 第2章 ローハニ大統領の19年ぶりの公式訪日
第Ⅱ部 イランと米国はなぜお互いを信用できないのか
 第3章 モサッデグ政権転覆クーデターからイスラム革命へ
  1 なぜ日本の努力はうまく行かなかったのか?
  2 米国の怒りの原点、米国大使館占拠・人質事件
  3 モサッデグ政権の転覆 ー イランの言い分
 第4章 イラン・イラク戦争から 9・11へ ー ますます泥沼化するイランと米国の相互不信) 
  1 イラクに荷担した米国
  2 奇々怪々なイラン・コントラ事件
第Ⅲ部 ジェットコースターに乗ったイラン 2019~2021 ー 続く米国との緊張、新型コロナ、新大統領の登場
 第5章 イランはチェスを指し、アメリカはポーカーをする
 第6章 新型コロナとの闘い、そして墓穴を掘った米国
 第7章 バイデン政権と強硬派のイラン新大統領、そしてイスラエルという火種
 第8章 米国とイランの狭間で ー イランと向き合うことは日本の国益か?
おわりに 日本外交のチャンスと役割


著者プロフィール
齊藤貢(さいとう・みつぐ)
1957年生。東京都出身。1980年一橋大学社会学部卒業、外務省入省。カイロで2年間アラビア語研修を受けたのち、オックスフォード大学に留学し中東現代史を専攻。その後在サウジアラビア日本国大使館、在イスラエル日本国大使館勤務を経て、国際連合日本政府代表部で安全保障理事会の中東関係を担当。外務省国際情報課長や在アラブ首長国連邦日本国大使館公使、内閣官房内閣審議官等を経て、2012年在タイ日本国大使館公使。2015年駐オマーン特命全権大使。2018年、駐イラン特命全権大使。2019年にはサーダバード宮殿での安倍晋三内閣総理大臣とハサン・ロウハーニーイラン大統領との首脳会談に参加。2020年退官。2020年、外務省を退官。2021年から東洋英和女学院大学非常勤顧問。専門はペルシャ湾情勢、危機管理。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに wikipedia  情報で補足


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・・NHK朝ドラの「おしん」が、いかにイランなどで愛されてきたか。日本の「ソフトパワー」の大きなアイテムのひとつが「おしん」

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■日本とイランの関係







■イランから脱出した人びと




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2023年11月27日月曜日

映画『マイティ・ハート 愛と絆』(2007年、米国)をはじめて視聴した(2023年11月26日)ー 憎しみはなにも生み出さない。たとえ異なる宗教であっても人間として信頼と友情は築くことができる


 
映画『マイティ・ハート 愛と絆』(2007年、米国)を DVD ではじめて視聴した。108分。

「9・11」(2001年)の翌年、対テロ戦争の取材のため滞在していたパキスタン南部の都市カラチで、狂信的なイスラーム過激派のテロリストたちによって誘拐され人質となり、殺害されたダニエル・パール氏。米国の経済誌「ウォールストリート・ジャーナル」(WSJ)の記者であった。

その妻が書いた手記『マイティ・ハート ー 新聞記者ダニエル・パールの勇気ある生と死』(マリアンヌ・パール、高濱賛訳、潮出版社、2005)を原作にした映画である。Based on a true story とある。ほぼ実話であり、原作に忠実に映画化したとDVD付録の「メイキング映像」で監督が語っている。

おとり取材で呼び寄せられ、そのまま拘束されて人質となり、首を切り落とされるという残酷な殺された方をしたダニエル・パール氏。殺害されたとき夫は38歳、妻は33歳だった。妻は身ごもっていたが、夫は子どもの顔を見ることもできなかったのだ。

その名字パール(Pearl)からもわかるようにユダヤ系米国人であった。ゴールドやシルバー、ダイヤモンドやサファイアなど、宝石や貴金属を名字にしているユダヤ人は多い。

イスラーム過激派の取材をユダヤ系のジャーナリストが行うなんて、それだけで危険ではないかとわたしなど思ってしまうのだが、真相究明に命を賭けるジャーナリスト精神の発露とはいえ、新聞社の上司はどう考えていたのだろうか。

実際、ユダヤ人であるということが、ダニエル・パール誘拐の原因になったのである。どうやら「あなたはキリスト教徒か?」とかまをかけられ、一瞬ひるんで思わずユダヤ人だと口にしてしまったようだ。「記者はユダヤ人」だという情報が回り回って、テロリストによって誘拐される原因をつくりだしたのである。

「ユダヤ人=イスラエル=モサド=CIA」という「邪悪な連想」が、過激なイスラーム主義者たちの固定観念になっていたのが原因と考えられる。この固定観念は現在でも変わっていないのではないか?




■映画の舞台はパキスタン南部の都市カラチ

映画は、ともにジャーナリストであったこの夫婦のパキスタンにおける日常生活の描写から始まる。

夫が誘拐されてから平和な日常が断ち切られてしまうが、彼女を励ます同僚のムスリム系インド人女性記者、そして新聞社の上司たちパキスタン警察テロ対策部門(CID)のキャプテンとその部下たち。

人質の解放を待つ家族の気持ちに寄り添うかれらのあいだに、ほとんどひとつのチームのような連帯感も生まれてくる。


(インド洋に面したカラチはパキスタン第2の都市 クリックで拡大)


2001年の「9・11」後に米国の報復攻撃、逮捕され拘束された関係者は各国に設置された秘密基地で激しい拷問を受けていた。その象徴ともいえるのが、キューバにある米海軍グアンタナモ基地であった。

犯人側はグアンタナモ基地に拘束されている捕虜たちを解放せよと迫ってくるのだが、対テロ作戦を実行中の米国政府は断固として拒否する。この当時の国務長官はコリン・パウエル氏であった。

パキスタン警察テロ対策部門(CID)の総力をあげての必死の捜索活動で、ついに真犯人を追い詰めるところまでいったのだが・・・。



■ユダヤ教徒のダニエル・パール氏は宗教的に寛容であった

ユダヤ系米国人ジャーナリストのダニエル・パール氏の悲劇については、ユダヤ系フランス人の哲学者ベルナール=アンリ・レヴィ(BHL)の『だれがダニエル・パールを殺したか? 上下』(山本知子訳、NHK出版、 2005)というノンフィクションがでている。




ずいぶん前に読んだので、詳しい内容は忘れてしまったが、残念ながら日本ではあまり話題になっていなかったように思う。

ベルナール=アンリ・レヴィ氏は、アルジェリア生まれのセファルディム系「フランスのネオコン」とよばれることもあるほど、熱烈にイスラエルを支持しているが、この事件とその取材活動をつうじて著作を行ったことで、さらにその確信を強めたのであろう。


イラク戦争を扇動した米国の「ネオコン」は、もともとは民主党支持の理想主義者のユダヤ系米国人の知識人が転向し、共和党支持になった人たちだ。ブッシュ・ジュニア政権のもとで猛威を振るったことは記憶にあたらしい。



だが、ダニエル・パール氏はユダヤ系であっても、それほど熱心にユダヤ教を実践していたわけではない。ましてやネオコンではまったくない。さらにその妻のマリアンヌはフランス人で、しかも仏教信者であった。夫婦でも異なる宗教だったのである。夫の家族も彼女を温かく迎え入れていた。

マリアンヌが仏壇の前で祈るシーンや、「南妙法蓮華経」とお題目を唱えるシーンもでてくる(・・ちょうど最初から71分時点)。ハリウッド映画でお題目が唱えられるのは、黒人ディーバであったティナ・ターナーの伝記映画以来かな。

田原総一郎のノンフィクション『創価学会』(田原総一郎、毎日文庫、2022)で、この映画のことをはじめて知った。昨年の今頃のことだ。それまでこの映画のことは、うかつなことにまったく知らなかったのだ。

あるいは、すでに『だれがダニエル・パールを殺したか?』を読んでいたから、あえて見るまでもないと黙殺したまま記憶から消えていたのかもしれない。


(マリアンヌ・パール氏とその手記)

田原氏の著書によれば、ダニエル・パール氏の妻マリアンヌは18歳から創価学会の信者であり、そのなかで人格形成してきたらしい。

夫の誘拐という身を引き裂くような事態に直面しながらも、冷静さを維持しつづけた強靱な精神力と、殺害という残酷な事実を受け止め、絶望から精神的に回復したリジリエンスは、そのたまものなのであろう。

二人の結婚式が回顧されるシーンでは、ユダヤ教ならではだが、新郎が飲み干したワイングラスを足で踏みつけて割る儀式とともに、仏教信者としての新婦の信条である「力と勇気、知恵と善意」について語られている。

(・・ただし、わたし自身は、創価学会どころか法華経の信者ですらない。Buddhist ではあるが、あえていえば「南無阿弥陀仏」の念仏系。とはいえ、浄土「真」宗ではない。しかも、まったく不熱心である。神社もお寺も参拝する、ごくごく普通の平均的な日本人、つまり山本七平いうところの「日本教徒」である。念のため)


(ダニエル・パール氏 Wikipediaより)


米国人でユダヤ教徒であったダニエル・パール、フランス人で仏教信者であったその妻、そして新聞社のカラチ支局で同僚であったムスリム系インド人女性、パキスタン社会のマジョリティであるムスリムたち。

夫婦のあいだの愛と絆、そして異なる宗教をもつ人びとのあいだでも信頼と友情は築くことができることを示した映画である。そして、憎しみがなにも生み出さないことも。

あの事件からすでに20年も経過している。わたしとはほぼ同世代のダニエル・パール氏にとっては、無念なことだっただろう。

その名前は日本では言及されることが少ないが、勇気あるジャーナリストとして、ダニエル・パール氏は長く記憶されるべきである。




<関連サイト>

Mariane Pearl
・・妻のマリアンヌ・パールにかんしては日本語版もある

Daniel Pearl
・・夫のダニエルにかんしては日本語版はない。残念ながら、日本での関心の薄さを反映しているようだ。
Daniel Pearl (October 10, 1963 – February 1, 2002) was an American journalist who worked for The Wall Street Journal. 
On January 23, 2002, he was kidnapped near a restaurant in downtown Karachi and murdered by terrorists in Pakistan. 
Pearl's kidnapping was carried out by Islamist militants after Pearl had gone to Pakistan as part of an investigation into the alleged links between British citizen Richard Reid (known as the "Shoe Bomber") and al-Qaeda
Pearl was beheaded by his captors, who later released a video of his murder. Ahmed Omar Saeed Sheikh, a British national of Pakistani origin, was sentenced to death by hanging for Pearl's abduction and murder in July 2002,[1] but his conviction was overturned by a Pakistani court on April 2, 2020.(・・後略・・)

・・ダニエル・パール氏の両親は、2020年にパキスタンの最高裁に対して、殺害犯人の死刑判決を取り下げるよう請願している。米国とパキスタンの架け橋となるべく活動されてきた両親。憎しみはなにも生み出さないという信念にもとづく




<ブログ内関連記事>

・・米国を代表する経済紙WSJ(=ウォール・ストリート・ジャーナル)と日本経済新聞の違いもまた、本書を読んでいてつよく印象づけられた。・・記者クラブのない米国の新聞ジャーナリズムの基本線をつくったのがWSJであった。

・・学会そのものも強靱な組織であるが、信者もまた精神的に強靱である。先日(2023年11月15日)、創価学会の第3代会長でカリスマ的存在であった池田大作氏が95歳で亡くなったが、これからどうなるかはわからない。国内と国外でも影響の現れ方には違いがでてくるかもしれない

・・キューバにある米海軍のグアンタナモ基地内に設置された監獄で行われた拷問。アメリカ同時多発テロ以降は、中東などからのテロリズム容疑者の尋問と収容を、この基地でおこなった。その背景は、アメリカ合衆国憲法下では被疑者の人権を保障しているため、租借条約上、米国が完全な管轄権を持ち、かつ米国の主権下ではない「灰色地帯」を利用することをもくろんだものと考えられている」


■テロリズム。アフガニスタン、パキスタン、インド

・・CIAによるウサーマ・ビンラディン殺害作戦


・・タリバーンによる「人類の文化遺産」バーミヤン仏教遺跡の破壊は2001年のことであった





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2023年11月26日日曜日

書評 『イスラエル vs. ユダヤ人ー 中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業』(シルヴァン・シペル、林昌宏訳、高橋和夫-解説、明石書店、2022)ー イスラエル社会の変化。フランスと対比した米国のユダヤ人の動向

 


リアル書店の店頭で入手したのは、2023年10月31日付けの「第2刷」。「10・7」のテロをキッカケに「2023年イスラエル・ハマス戦争」が勃発してから緊急重版されたようだ。初版発行から約2年での増刷である。おそらくこんな事態が発生しなかったら、増刷はもっと先になっていたかもしれない。


■内容は日本語版の副題「 中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業」そのもの

日本語版のタイトルは『イスラエル vs. ユダヤ人ー 中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業』となっているが、原著のタイトルは、フランス語版は L'État d'Israël contre les Juifs といたってシンプルだ。英語版も The State of Israel vs. the Jews とフランス語版の直訳である。




本書の内容は、日本語の副題「 中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業」そのものである。

日本語版の出版にあたって副題として追加したのだろうが、この措置は適切であったというべきだろう。

というのも、『イスラエル vs. ユダヤ人』というタイトルはシンプルで、問題の本質にズバリ斬り込んだものだが、ユダヤ人と日常的に接することのない日本人にとっては、ピンとこないかもしれないからだ。この件については後述する。

イスラエルは、近年とくにビジネス界では「スタートアップ・ネーション」という位置づけで賞賛されることが多かったセキュリティ関連のIT分野では世界最高レベルの技術開発力をもったベンチャーが目白押しだ。そんなポジティブなイメージである。

もちろん、そうしたハイテク産業が盛んな背後には、イスラエルには徴兵制があり、そのなかでもとくに「8200部隊」という理数系に強いエリート中のエリートを選りすぐって選抜された人材が、退役後に起業するパターンが多いことも説明されてきた。
 
だが、さすがに「ハイテク軍事産業」と言われてしまうと、引いてしまうビジネスパーソンも少なくないのではないか。

実態は、まさにそのとおりなのだが、イスラエルがミリタリー分野全般で優位性をもっていることの意味を深く考えていくと、中東版「アパルトヘイト」という実態に直面せざるを得なくなるのである。

ビジネスパーソンはビジネスに徹していればいいのであって、余計なことは考えなくてもいい。そんなマインドセットもまかり通りがちだが、さすがに「10・7」をキッカケにした「2023年イスラエル・ハマス戦争のニュースを日々目にするようになったら、そんな態度をとり続けることもできなくなるのではないか。

その意味でも、まずはイスラエルの現実について、事実をきちんと知ることが大事なのだ。ポジティブな側面とネガティブな側面の両方について。

本書は、最近のイスラエルの現状について、フランスのフリージャーナリストが綿密な取材とインタビューをもとにして書き上げた本だ。

フランス語版は2020年、英語版は2021年、日本語版は2022年の出版である。2018年以降のイスラエルの状況を知ることができる。



■イスラエル社会の変化はグローバリゼーションの負の側面でもある

批判的な立場から書かれた本書は、日本人が知りたい内容以上のものを含んでいるといえる。

それは、タイトルの L'État d'Israël contre les Juifs(= The State of Israel vs. the Jews)に端的に表現されている。つまり、イスラエルという国家とユダヤ人は、もはやイコールの存在ではないということを示している。




著者はフリージャーナリストである。フランスを代表する『ルモンド』紙に長く在籍していたことからもわかるように、中道左派の立ち位置といっていいだろう。しかも、ユダヤ系のフランス人である。

「イントロダクション」では、著者自身が自分のアイデンティティについて「自分史」を語っている。

現在のウクライナ西部に生まれた労働シオニストの父親のもとに、1948年にフランスで生まれた著者は、父親の影響でシオニストの青年労働運動に参加し、累計12年間をイスラエルで過ごしている。その間にはイスラエル国防軍での3年間の兵役も体験し、キブツで暮らしてもいる。だが、最終的にシオニズムへの熱意を失ってしまったという。

イスラエルの「現実」が、フランスで考えていたような「理想」とは大きくかけ離れたものとなっていったことに幻滅したためだ。

イスラエル社会は「第3次中東戦争」(1967年)以後、大きく変化していったのである。

もはや「自民族中心主義」(ethno-centrism)の方向は止まることなく、排他的な姿勢は「アパルトヘイト」といっても言い過ぎではないような状態にパレスチナ人を追い込んでいる。第3次中東戦争から50年で、もはや不可逆的な動きとなっている。

パレスチナ人に対する殺害を含めた暴力も公然と行われているのであり、イスラエル国防軍の将兵の意識も麻痺しているとしか言いようがない。しかも宗教シオニストが国防軍の上層部まで昇進する状況になっている。もはや、かっての理想に満ちたイスラエルはどこにもない。

右派が政権をとるようになって長いが、それはユダヤ系イスラエル人社会を反映したものなのである。社会全体がいちじるしく劣化しつつあるのであり、右派政治家たちの粗野な言動も、それを支持する人たちが多いからなのだ。

かつて "ugly American" というフレーズがあったが、現在では "ugly Israeli"(醜いイスラエル人)というフレーズもあるくらい、ずうずうしく行儀が悪い。「フツパ」とはそのことだ

驚くべきことに、イスラエルではトランプ大統領の支持率が7割を超えていたのだという。

いや、世界全体がそういう方向に進みつつある。グローバリゼーションの負の側面が一気に噴出し、逆説的に悪しきナショナリズムが活性化され、権威主義的な政治リーダーをもつ国が増加している。

イスラエルもまたその一例であり、ネタニヤフ首相(現在第3次政権)がロシアのプーチン大統領や、インドのモディ首相、ハンガリーのオルバン首相や、米国のトランプ元大統領と親しかったのはそのためなのだ。

この状態では、もはや30年前の「オスロ合意」(1993年)に定められた「二国家解決」(two-state solution)は現実性を失って久しいというのが著者の認識であり、大いに説得力がある。

では、「一国家解決」は、はたして可能なのだろうか? 著者の記述から離れて、東南アジアに状況を置き換えて考えてみよう。


そう考えると、あくまでも仮定の話だが、「一国家解決」によってユダヤ系とパレスチナ系が共存する体制がありえたとしても、ユダヤ系イスラエル人を説得することがきわめて困難であろうことは容易に想像がつく。出生率の違いによって「ユダヤ人国家」の維持など不可能となるからだ。

マレーシアはパレスチナ人への連帯からイスラム組織ハマスを支持してきたことも、今回の事件で明らかになったが、1965年にマレーシアから分離独立したシンガポールが、建国当初からとイスラエルとは軍事面を中心に密接な関係にあることは、知る人ぞ知る事実である。

パレスチナ問題にかんしては、出口なしの状況がこのまま続いてしまうのかと思うと、暗澹たる気持ちになる。





■フランスと対比すると米国のユダヤ人社会の変化は明らか

イスラエルの外部に目を転じれば、ユダヤ人とイスラエルの関係は、かってのように蜜月関係にはない

とくに米国社会では、ユダヤ人のイスラエル離れが止められない動きになっている。2007年から2013年にかけて『ルモンド』紙のニューヨーク特派員を務めていただけに、米国のユダヤ人社会の動きにも詳しく書かれている。

ただし、イスラエル国外のユダヤ人がおなじ傾向をを示しているというわけではない

フランスのユダヤ人社会は、米国のユダヤ人社会とは違うと著者は指摘している。600万人前後のイスラエルと米国を除けば、フランスのユダヤ系人口は45万人であり、2018年現在で世界第3位となっている。

米国のユダヤ人社会は「改革派」のユダヤ教徒が多く、民主党支持者が多い。ロシア東欧出身者が多いとはいえ、「啓蒙思想」の申し子であるアメリカ革命の理念を受け入れている人たちである。

これに対して、おなじく「啓蒙思想」の理念を受け継いでいるフランスであるが、現在のユダヤ人社会はフランスの理念に従っていないのだという。

というのも、現在のフランス人のユダヤ人社会は、アルジェリアなど旧フランス植民地からのセファルディム系の移民がマジョリティを占めており、ロシア東欧出身者のアシュケナージ系が多かった状況とはまったく異なるものになっている。

フランスのユダヤ人社会は、基本的にイスラエル支持である。フランスのユダヤ人社会では価値観の多様性は低いのだという。したがって、ユダヤ系のフランスの知識人も、表だってイスラエルに批判的な言動をしにくい状況にある。著者はそう述べている。

イスラム教徒にいる反ユダヤ主義暴力の危険にさらされており、「シャルル・エブド事件」(2015年)ではユダヤ系の商店が襲撃されている。不安を感じているフランスのユダヤ人のイスラエルへの移住が増加しているのはそのためなのだ。

フランスのユダヤ人の若者たちは、アラブ人に対して力で対応するイスラエル国防軍に魅力を感じているらしいが、はたしてフランスのユダヤ人にとってイスラエルが最終的な安住の地とあるのかどうか。

これに対して、米国のユダヤ人には「再生ディアスポラ」なる思想も生まれてきているという。「ユダヤ人国家」ではなく、ユダヤ人のディアスポラ状態を積極的に評価していくという方向だ。

以上のように、フランスのユダヤ人社会と対比してみると、米国のユダヤ人社会の変化が、よりいっそう際だっていることが見えてくる。

フランス語世界の発信力が大幅に落ちている現在、いい意味でも悪い意味でも、米国を中心にした英語圏から発信される情報や主張が大きく世界に影響を与えていることを考えれば、「イスラエル vs. ユダヤ人」の動きもまた、不可逆的なものとなっていく可能性があるのではないか。

日本人による日本人読者向けのものではなく、米国人による米国人読者向けのものでもなく、フランス人によるフランス語読者向けの本書を読んでいると、異なる視点にいる複眼的なものの見方ができるようになる。

本書 『イスラエル vs. ユダヤ人ー 中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業』もまた、副題の「中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業」という側面だけでなく、「イスラエル vs. ユダヤ人」という側面から読むことで、世界の動きをより深く知ることができるようになることだろう。




目 次 
本書を読み解くための基礎知識 前編(高橋和夫)
イントロダクション ー 埋めることのできない溝
第1章 恐怖を植えつける ー 軍事支配 
第2章 プールの飛び込み台から小便する ー イスラエルの変貌 
第3章 血筋がものを言う ー ユダヤ人国民国家 
第4章 白人の国 ー 純血主義の台頭 
第5章 イスラエルの新たな武器 ー サイバー・セキュリティ
第6章 公安国家 ー 権威主義的な民主主義 
第7章 絶滅危惧種 ー イスラエル法制度の危機
第8章 ヒトラーはユダヤ人を根絶したかったのではない ー ネタニヤフの歴史捏造、反ユダヤ主義者たちとの親交 
第9章 黙ってはいられない ー 反旗を翻すアメリカのユダヤ人 
第10章 今のはオフレコだよ ー 臆病なフランスのユダヤ人 
第11章 イスラエルにはもううんざり ー ユダヤ教は分裂するのか 
第12章 鍵を握るアメリカの外交政策 ー トランプ後の中東情勢 
結論 イスラエル vs. ユダヤ人  
謝辞
本書を読み解くための基礎知識 後編(高橋和夫)
訳者あとがき
原注


著者プロフィール
シルヴァン・シペル(Sylvain Cypel)
パリを拠点とするフリーのジャーナリスト。
フランスの新聞『ルモンド』の国際報道部の副部長を経て副編集長を歴任。2007年から2013年にかけて同紙のニューヨーク特派員を務めた。
1948年、ボルドーに生まれ9歳でパリに移る。父親の影響でシオニストの青年労働運動に参加し、イスラエルに渡航。3年間の兵役ののちキブツで暮らし、エルサレム大学で国際関係の学位を取得。イスラエルには12年間滞在。イスラエル滞在中にシオニズムへの熱意を失う。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)

日本語訳者プロフィール
林昌宏(はやし・まさひろ)
1965年名古屋市生まれ。翻訳家。立命館大学経済学部卒業。訳書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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■ユダヤ人自身によるイスラエル神話批判と反シオニズム




■米国のユダヤ人社会とその変化


■ユダヤ系フランス人と現代フランスのユダヤ人社会

・・セルジュはセルゲイ。オデッサ(=オデーサ)にルーツのあるユダヤ系

・・ジャック・アタリはアルジェリアからの移民のユダヤ系。フランス社会のエリートであるかれは、とくにユダヤ系であることは全面にださない。哲学者のジャック・デリダもアルジェリア出身のユダヤ系フランス人であったが、デリダはユダヤ性をだしていた




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2023年11月25日土曜日

書評『ウクライナのサイバー戦争』(松原美穂子、新潮新書、2023)ー サイバーセキュリティの専門家が「サイバー戦争」という側面から「ウクライナ戦争」を分析

 
「サイバー戦争」(cyberwarfare)とは、敵国に対する攻撃を「サイバー空間」、すなわちインターネットとそれに接続されているコンピュータ内で行われる戦争のことだ。

コンピュータウィルスをつかったランサムウェアワイパーなど、悪意あるソフトウェアである「マルウェア」によって、敵国のインフラを物理的に停止させたり破壊したりして、社会を麻痺させ、戦意を喪失させる戦争行為である。

サイバー戦争の対象となるインフラには、石油やガスのパイプライン、原子力発電所、ダムなどのインフラだけでなく、金融機関や病院など社会インフラも含まれる。また、敵国の国民の情報を管理する政府機関も含まれる。

「サイバー戦争」が「見えない戦争」といわれるのはそのためだ。

ロシアが「サイバー戦争」に力を入れてきたことは周知のとおりである。ミサイルや空爆によって物理的破壊を行うことなく、比較的ローコストで行うことができるからだ。現在のロシアは、通常兵力による戦争と組み合わせた「ハイブリッド戦争」に傾斜してきた。

このロシアを中心とした「サイバー戦争」について、2022年2月に始まった「ウクライナ戦争」に即して分析と解説を行っているのが、ことし2023年8月に出版された『ウクライナのサイバー戦争』(松原美穂子、新潮新書、2023)である。著者は防衛省にも在籍していたことのあるサイバーセキュリティの専門家である。

2014年のクリミア侵攻以前からウクライナに対して行われていた「サイバー戦争」。攻撃に対して脆弱であったウクライナがサイバー戦争の脅威に目覚め、米軍や英軍その他ファイブアイズの諸国を中心にした協力を受けながら、サイバー戦能力を高めていった状況を知ることができる。

そして戦火のなか、技術者たちが通信網と電力網の維持のため、見えないところで戦っている現状にも注意が向けられる。インターネットもコンピュータも電力がなければ動かない。電力についても目を向けることが重要だ。

2022年6月のウクライナ侵攻作戦において、ロシアによる「サイバー戦争」が大規模に発動されなかったのは、どうやらプーチンが規定した「特別軍事作戦」という性格に起因するようだ。

通常でもサイバー攻撃には、1年から2年程度の周到な準備が必要だが、今回はそのような準備が事前にされていなかったようなのだ。ただし、ロシアのサイバー戦争の内在的論理までは外部からはわからない。

「サイバー戦争」は、攻撃する側(オフェンス)と防御する側(ディフェンス)にわけられるが、後者だけでなく前者の能力を高めることも大事である。やられたらやり返すことができる能力と意思は、抑止力となるからだ。米軍のこの分野におけるパワーの源泉はそこにある。また、セキュリティクリアランスを前提とした民間IT企業との連携も重要だ。

「サイバー戦争」は基本的に「平時」の攻撃であるが、「有事」においても同時に実行される。発電所や放送塔などインフラの物理的破壊をともなう戦争状態では、サイバー戦争のウェイトは「平時」よりも低くなるが、両者を同時に行うことで相乗効果をあげることはできる。

サイバー戦争の担い手は基本的に国家であるが、民間企業やハッカーも動員される。

ところが、今回のウクライナ戦争での動員を嫌って、IT技術者を中心に100万人規模のロシア人が国外に脱出してしまった。

ロシア産業の将来を暗くさせるだけでなく、ロシアのサイバー戦争遂行能力を低下させることになるのであれば、われわれにとっては悪い話ではない。

『ウクライナのサイバー戦争』が、情報ネットワークそのものへの攻撃を行う「サイバー戦争」の実態を扱ったレポートであるなら、『破壊戦 ー 新冷戦時代の秘密工作』(古川英治、角川新書、2020)は、フェイクニュースやディスインフォメーションなどの偽情報をつかった「情報工作」を扱ったものである。

この2書をあわせて読むことで、ロシアの「ハイブリッド戦争」の実態を、「サイバー戦争」と「認知戦」(cognitive warfare)という側面から、より複眼的に理解することが可能となろう。そして、台湾有事への影響や、日本と日本人にとっての教訓も引き出すことが必要である。

サイバー戦争に注力しているのはロシアだけではない。われわれの周辺では中国や北朝鮮という大敵が控えている。そのためにも、ウクライナ戦争におけるサイバー戦争の実態について知る必要がある。



目 次
はじめに
第1章 「クリミア併合」から得た教訓
第2章 サイバー戦の予兆:2021年秋~2022年2月
第3章 サイバー戦の始まり:軍事侵攻前日~2022年6月
第4章 重要インフラ企業の戦い
第5章 ロシアは失敗したのか
第6章 発信力で勝ち取った国際支援
第7章 ハッカー集団も続々参戦
第8章 細り続けるロシアのサイバー人材
第9章 台湾有事への影響
おわりに 日本は何をすべきか 
謝辞

著者プロフィール
松原実穂子(まつばら・みほこ)
NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト。早稲田大学卒業後、防衛省に勤務。フルブライト奨学金を得て、米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)に留学し修士号を取得。シンクタンク勤務などを経て現職。著書に『サイバーセキュリティ』。(出版社サイトより)



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