2026年2月28日に開始されたイスラエルと米国のイランイスラーム共和国に対する共同軍事作戦は、すでに2週間目に突入している。
中東湾岸諸国とは違って、戦争の直接被害を受けない東アジアの日本であるが、ホルムズ海峡の実質的封鎖にとなう石油価格上昇など、経済面を中心に間接的な影響が出始めている。
イランと米国、イランとイスラエルの敵対関係は、古くて新しい話ではあるが、「レジーム・チェンジ」すなわち現在のイスラーム共和国体制が転覆されるのか否か、現時点ではまだ見通しはつけにくい。
さまざまな識者がイラン情勢について語っており、わたしも YouTube では日本語情報だけでなく、米英以外の英語情報も視聴しているが、偏向のはなはだしいオールドメディアだけでなく、当然のことながらネット情報にかんしてもポジショントークからは距離を取るように努めている。
■イランの内在的に考えるため歴史を振り返ってみる
現在進行中の問題を考えるにあたっては、いったん距離をおいて過去の歴史を振り返ってみるのがよい。
先日は『イラン現代史 ― イスラーム革命から核問題、対イスラエル戦争まで』(黒田賢治、中公新書、2025)という本を読んで、1979年のイスラーム革命前後から2020年代の現在にいたる歴史を振り返ってみた。
だが、イランにかんしては、イスラーム革命以前についても見取り図をもっていたほうがいい。そう考えて『物語 イランの歴史 ― 誇り高きペルシアの系譜』(宮田律、中公新書、2002)を書棚から引っ張り出してきた。
購入してから、なんと24年(!)たってはじめて通読してみたが、これは面白い本であった。在外イラン人の事情にも詳しい、イラン通のイスラーム研究者による本書で、歴史をつうじて形成されてきたイラン人の日常生活とホンネ、そしてメンタリティーが手に取るように理解できるのだ。
もちろん、四半世紀も前の記述なので「終章 イランはどこに向かうのか?」は、さすがに現時点でアウト・オブ・デイトになっている。とはいえ、その章の副題にある「イスラームからイラン・ナショナリズムへ」は、現在のイランを考えるにあたって、じつに示唆に富む。
というのも2002年ですでに、シーア派による神聖国家の体制に違和感を感じているイラン人は、宗教的な規制を押しつけてくる抑圧的な権威主義に反発を感じているのである。イスラーム的な普遍性よりも、ナショナリズムに拠り所を求めるようになってきているのである。
イランのナショナリズムを支えているのは、ペルシア語は言うまでもないが、アケメネス朝やササーン朝などの古代ペルシア帝国の栄光の歴史である。一方、19世紀以降は近代化に遅れをとり、英国やロシアによって半植民地化された屈辱の歴史の裏返しの感情に起因するものだ。
古代ペルシア帝国以来、イランは5000年以上にわたって官僚制によって成り立っていた国である。古代においては、西アジアにおける先進文明の担い手として周辺地域に影響をあたえており、その点では3000年の歴史をもつ東アジアにおける中国とよく似ているというべきだろう。
イラン国民(・・ただし、本書では記述がないがイランは多民族国家でありペルシア系は6割程度である)は、プライドの高い誇り高き人びとなのである。アラブやトルコなど周辺諸民族に対して優越感を抱いている。
そんなイラン国民であるが、抑圧的な状況下での苦難がつづくと「救世主願望」が表面化してくる。これは歴史をつうじてなんども繰り返されている現象だ。
救世主願望は、メンタリーとしてある意味では他律的であり、結果として独裁者を招きかねない(・・イソップのカエルの寓話を想起)。イスラーム化される以前の支配宗教であったゾロアスター教が、ペルシア系イラン人の精神の基層部分にあるためかもしれない。
■トランプは「救世主」となりうるか?
イランの歴史を振り返って見てくると、つぎのようなことを考えてみたくなる。
今回のイランに対する軍事作戦を主導しているイスラエルと米国であるが、トランプ大統領はイラン国民にとっての「救世主」となるのだろうか、という問いだ。
現時点では、地上軍派遣は行わない(・・カーター政権時代、米軍はアメリカ大使館人質救出作戦で大失敗している)、体制転換までは行うが、そこから先はイラン国民がやるべきことだ、と賢明にもトランプ氏は明言している。
イラン・イスラーム体制との最終戦と位置づけ、長期戦も辞さない覚悟のイスラエルに引きずられることなく戦争を早期に終結させることができれば、「救世主」として評価されることになるかもしれない。
あるいは、「救世主」ではなくても、そのキッカケをつくった存在として評価されることになるかもしれない。だが、その後のイラン再建は困難な道筋をたどることになるのではないか?
いずれにせよ、戦争が膠着化して長期化しないことを望むばかりだ。イラン情勢は中東情勢にとどまることなく、今後の東アジア情勢にも大きな影響をあたえるからだ。東アジアで米軍のプレゼンスが低下することは、日本の安全保障にも大きな悪影響を及ぼすことになる。
おなじアジアの国として共通性もあることもあって、イランとは長きにわたって良好な関係を保ってきた日本ではあるが(・・もちろん正倉院の話をしているのではなく、近代以降の話に限定する)、「台湾有事」を視野に入れると、米国との関係はなかなかむずかしいものがある。
西アジアの地域大国としてのイランは、たかだか建国250年の米国とは違って、古代においては先進文明としての帝国であった。
レジーム・チェンジ(=体制転換)が実現するかどうかはわからないが、栄光の歴史を背景にもつイラン国民のナショナリズムは、いかなる方向にイランを導いていくのだろうか?
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目 次序章 イラン人の日常生活と文化第1章 ペルシア帝国の栄光とイラン文化の形成第2章 イラン文明のイスラームとの融合第3章 西欧帝国主義との出会いと宗教社会第4章 民族運動の台頭と挫折第5章 イラン‐アメリカ相互不信の背景第6章 イランの伝統文化の探求第7章 模索するイランのイスラーム終章 イランはどこへ向かうのか? ― イスラームからイラン・ナショナリズムへ あとがき 参考文献/イラン略年表
著者プロフィール宮田 律(みやた・おさむ)1955年生まれ。専門は、現代イスラム地域研究・途上国の国際政治・イラン現代史・イラン現代政治。慶應義塾大学文学部史学課卒業。学位は、歴史学修士(カリフォルニア大学ロサンゼルス校・1985年)。一般社団法人現代イスラム研究センター理事長。現代のイスラム主義の運動、過激派の世界観と活動、米国の中東イスラム政策、米国の軍産複合体、日本と中東イスラム世界の関係、中村哲医師の活動など平和創造の在り方、オリエント世界を中心とする世界史、ナショナリズムの世界史的発展、中東イスラム世界の文化と現代世界など幅広い分野で数々の著作がある。(Wikipediaより)
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