つい最近まで1週間も知らなかったのだが、2016年3月21日にインテル元会長のアンドリュー・グローヴ氏が亡くなった。享年79歳。 半導体のマイクロプロセッサー分野では世界最強のインテル社を作り上げた米国を代表する経営者の一人である。まさにハイテク界の巨人といって過言ではない。
かつて「ウィンテル」というものが大々的に喧伝された時代があった。マイクロソフト(MS)のウィンドウズ(Windows) とインテル(Intel)の半導体が最強のコンビとなっていた時代のことだ。
ウィンドウズの「ウィン」(Win)とインテルの「テル」(Tel)をあわせて「ウィンテル」(Wintel)。 その「ウィンテル時代」のインテルを率いていたのがアンドリュー・グローヴ元会長だ。
(ノートパソコンに貼られた「ウィンテル」のシール)
IT(情報技術) の中心がソフトウェア重視になった現在だが、ソフトを走らせる半導体の存在なくして情報機器は成り立たない。この両者はクルマの両輪といえるだろう。
アンドリュー・グローヴ氏はみずから著書を何冊か書いているが、そのなかでも Only the Paranoid Survive: How to Exploit the Crisis Points That Challenge Every Company(1996)(=「パラノイド(偏執狂)だけが生き残る」)は最高の経営書のひとつといっていいだろう。わたしはこの本を英語版のペーパーバックで読んだ。
外部環境の激変のなか、インテルがいかにサバイバルに成功したか、その実体験をもとに書いた経営書だ。わたしは、この本は経営書のなかでは最高のものだと考えている。『インテル戦略転換』(七賢出版、1997)というタイトルで日本語訳されている。
(グローヴ氏の半自叙伝)
そんなグローヴ氏だが、じつはハンガリー出身のユダヤ系で、ハンガリーから命からがら脱出してアメリカに移住した「難民」である。アメリカの大学で化学工学を専攻し、ケミカル・エンジニアとしてキャリアを開始した。インテルは創業者としてではなく、3人目の社員として入社した。
ソ連の支配に対して自由を求める市民たちによる1956年の「ハンガリー革命」は、最終的にソ連軍の戦車隊によって力で制圧されたが、その際に多くのハンガリー人が難民として脱出したのであった。スイスのフランス語作家アゴタ・クリストフもまたその一人である。
グローヴ氏は Swimming Across: A Memoir (2001) という半自叙伝でその間の事情を詳細に記している。『僕の起業は亡命から始まった-アンドリュー・グローブ半生の自伝-』(日経BP社、2002)というタイトルで日本語訳も出版されたが、わたしなら『波乱万丈の半生を泳ぎきる』とでもしたいところだ。ただし、出版当時は現在進行形であった。この本は出版後すぐに英語のハードカバー版で読んだ。
ハンガリーからの「難民」を受け入れたアメリカ、そのアメリカで生き馬の目を抜くハイテク業界で成功したアンドリュー・グローヴ氏。まさに波乱万丈の生涯であったといえるだろう。
ご冥福を祈ります。合掌。
<関連サイト>
インテル、グローブ元会長の壮絶な人生歴史に翻弄された半世紀からパソコン伝道師に(JBPress、2016年3月28日)
ウィンテル時代を築いた組織作りの天才、逝く (The Economist)(日経ビジネスオンライン、2016年3月31日)
・・「インテルの3巨頭-グローブ、ムーア、ノイスの3氏-が何十年にもわたって半導体革命を牽引してきた最大の理由は、まったく性格の異なる3人が、相手の頭脳に対する尊敬だけで結びついたことにある。 ノイス氏は明確なビジョンを持った人物だ。ムーア氏はテクノロジーの巨人。グローブ氏もテクノロジーの専門家だが、彼を知る多くの人にとって意外なことに、経営でも天才的な才能を発揮した。インテルにやる気と規律をもたらし、困難に見舞われた時には、窮地を救った。 米国は若いアンディー・グローブ氏を温かく迎え入れ、全体主義から避難するための場を与えるとともに、高度な教育を授けた。そして同氏は、米国を半導体革命の中心に置き続けることで、米国に恩返しをした。グローブ氏の人生は成功物語であるとともに、教訓をもたらす存在だ。」(記事より)
(2016年3月31日 情報追加)
巨星墜つ リー・クアンユー氏逝く(2015年3月23日)-「シンガポール建国の父」は「アジアの賢人」でもあった
■ハンガリー系ユダヤ人関連
映画 『サウルの息子』(2015年、ハンガリー)を見てきた(2016年1月28日)-絶滅収容所でゾンダーコマンド(=特殊任務)を遂行していたハンガリー系ユダヤ人の「人間性」を維持するための戦いは・・・
書評 『私はガス室の「特殊任務」をしていた-知られざるアウシュヴィッツの悪夢-』(シュロモ・ヴェネツィア、鳥取絹子訳、河出書房新社、2008)-体験者のみが語ることのできる第一級の貴重な証言
書評 『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)-地政学で考える
・・著者のジョージ・フリードマン氏はハンガリー生まれのユダヤ系
■米国のハイテク業界と移民
書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?
・・グーグルの共同創業者の一人であるセルゲイ・ブリンはソ連に生まれて子ども時代に米国に移民したユダヤ系である
映画 『正義のゆくえ-I.C.E.特別捜査官-』(アメリカ、2009年)を見てきた
・・アメリカの移民政策の最前線にいる移民捜査官
■ハンガリー難民関連
ハンガリー難民であった、スイスのフランス語作家アゴタ・クリストフのこと
映画 『悪童日記』(2013年、ハンガリー)を見てきた(2014年11月11日)-過酷で不条理な状況に置かれた双子の少年たちが、特異な方法で心身を鍛え抜きサバイバルしていく成長物語
・・原作はアゴタ・クリストフ
『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版、2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する
欧州に向かう難民は「エクソダス」だという認識をもつ必要がある-TIME誌の特集(2015年10月19日号)を読む
(2016年3月31日 情報追加)
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