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2019年3月31日日曜日

書評『ユダヤ大悪列伝』(烏賀陽正弘、論創社、2017)- 金融詐欺というホワイトカラー犯罪の多くは・・・



ユダヤ大悪(だいわる)列伝』(烏賀陽正弘、論創社、2017という本が面白い。金融詐欺というホワイトカラー犯罪の多くがユダヤ人がらみのものであることを、詐欺師とその事件簿としてまとめたものだ。 米国を中心にしているのは、金融資本主義の総本山であることを考えれば当然であろう。

アイヴァン・ボウスキー、マイク・ミルケン、バーニー・メイドフ・・・。米国のビジネス界を揺るがしたこの面々は、いずれもユダヤ系米国人だ。アービトラージ(=サヤ抜き)で1980年代の話題をさらったボウスキーは「インサイダー取引」で逮捕され、「ジャンクボンドの帝王」と呼ばれたミルケンはボウスキーとのからみで逮捕され失墜した。 

ボウスキーやミルケンといった名前は、1985年に大学を卒業してビジネスマンになった私には懐かしい。逮捕前であったが、なんせボウスキーの著書『マージャー・マニア』は1986年に日本語版が日本経済新聞社から出版されていたくらいだ(笑)。この本は書店の店頭で見たことがある(読んではないが)。

左派のオリバー・ストーン監督(この人もユダヤ系)の『ウォール街』(1987年)という映画が公開された頃である。日本はバブル時代であり、米国もまた狂瀾怒濤の時代であった。その後、インサイダー取引の規制が強化されているが、法のスキマを利用した金融詐欺は後を絶たない。 

しかし、もっとも詐欺事件が多く発生し続けているのが投資詐欺だ。英語では「ポンジ・スキーム」(Ponzi scheme)と呼ばれる詐欺だ。日本では「ネズミ講」と呼ばれるこの詐欺は、まったく後を絶たないことは周知の通り。仕組みはきわめて単純なのだが、利回りの高さに惑わされてだまされる人が後を絶たない。だから、絶対に消えることがないのだ。 先進国が中心だが、全世界的な低金利状態ではなおさらだろう。

2008年の「リーマンショック」が引き金となって発覚したのがバーニー・メイドフ(Bernie Madoff)によるポンジ・スキームだ。

NASDAQ会長まで歴任した業界の大物でユダヤ人社会の名士が、長年にわたって主導してきた巨大詐欺事件。 ところが、これは高度な金融操作でもなんでもなく、ポンジ・スキームだったのだ。メイドフが投資活動などまったくしていなかったことが、長年にわたって顧客のみならず、管理監督する立場のSEC(証券取引委員会)にも見抜かれなかったというのが驚きだ。 

しかも、メイドフのケースでは、スピルバーグ監督やアウシュヴィッツの生き残りの作家エリー・ヴィーゼルを含めた同胞のユダヤ人からの「信用」を悪用したことがユダヤ人社会では大きな衝撃となった。だからメイドフは、ユダヤ人にとっては、許されざる犯罪者なのである。 

終身刑として受刑中であるが、獄中で暴行されてを鼻をへし折られたのだという。被害者から報復されたのだ。それほど、怒りを買っているのである(追記:2021年4月に末期の腎臓病で死亡)。

投資詐欺だけではない。議会へのロビー活動や慈善活動を舞台にした詐欺も多いことが、この本には書かれている。多額のカネが動く世界では、かならず着服したり悪用しようという輩が現れるこの世界でもユダヤ人が目立つのだ。

しかも、そういった詐欺師の多くはユダヤ教の信仰に篤く、慈善活動にも熱心なケースが多いという。

なぜ投資詐欺事件というホワイトカラー犯罪の多くにユダヤ人が関わっているのか? ユダヤ人にはアタマが切れる人間が多いことは確かだが、それだけが理由ではなさそうだ。著者もその理由について考察しているが、ユダヤ人の倫理に対する「二重基準」がその理由にあるのではないか。 

『ユダヤ人とユダヤ教』(市川裕、岩波新書、2019)でも解説されているが、ユダヤ教は「聖俗」を完全に分離している。言い換えれば、「平日と安息日」を完全に分離していることだが、これが背景にあるようだ。

「平日」は大いにカネを稼ぎ、「安息日」にはユダヤ教の戒律を守る。そして大いに慈善活動として寄付をする。慈善活動は、ユダヤ教の世界では礼賛されるだけでなく、むしろ義務とされている行為だ。だから、詐欺師たちも慈善活動には精を出す(笑) 

詐欺行為にかんしては、騙す方も悪いが、騙される方も悪い。最初に騙されるのは仕方がないとしても、同様の詐欺に再び引っかかるのはバカである。学習能力がなさ過ぎる。 

金融の世界でいう「信用」は、実社会での「信用」をベースに成り立っている。だが「信用」もまた悪用されるものだということは、くれぐれも肝に銘じておきたいものだ。 


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目 次
はじめに
第1章 お金との固い結びつき
第2章 巨額金融スキャンダル
第3章 ポンジ・スキームの詐欺師たち
第4章 ロビイストのスキャンダル 
第5章 慈善事業を食い物に
結び
参考文献

著者プロフィール 
烏賀陽正弘(うがや・まさひろ) 
京都大学法学部卒業。幼少期をニューヨークと中国で過ごす。東レ(株)に入社後、国際ビジネス業務に従事して広く活躍し、そのために訪問した国は100カ国超にのぼる。海外より帰任後、同社マーケティング開発室長を経て独立し、現在、国際ビジネス・コーディネーター、著術家、翻訳家として活躍中。ユダヤ関連の著書に、『ユダヤ人金儲けの知恵』(ダイヤモンド社)、『ユダヤ人ならこう考える! 』、『超常識のメジャーリーグ論』、『頭がよくなるユダヤ人ジョーク集』(以上、PHP新書)、『ユダヤ人の「考える力」』(PHP研究所)などがある。


PS 懲役150年の刑に服していたバーナード・メイドフが末期の腎臓病で死亡(2021年4月14日)

Bernie Madoff is dead. The man who outdid Charles Ponzi by perpetrating a $19 billion fraud that demolished the life savings of many clients while giving another black eye to the financial industry was serving a 150 year-sentence. Madoff, who suffered from end-stage kidney disease, was 82. (The Bloomberg BusinessWeek 20210415)

<参考> Bernie Madoff(Wikipedia)




<ブログ内関連記事>

■金融資本主義関連

映画 『ウォール・ストリート』(Wall Street : Money Never Sleeps) を見て、23年ぶりの続編に思うこと

CAPITALISM: A LOVE STORY

書評 『超・格差社会アメリカの真実』(小林由美、文春文庫、2009)-アメリカの本質を知りたいという人には、私はこの一冊をイチオシとして推薦したい

喉元過ぎれば熱さを忘れる?-「リーマンショック」から10年(2018年9月15日)

書評 『マネー資本主義-暴走から崩壊への真相-』(NHKスペシャル取材班、新潮文庫、2012 単行本初版 2009)-金融危機後に存在した「内省的な雰囲気」を伝える貴重なドキュメントの活字版

書評 『世紀の空売り-世界経済の破綻に賭けた男たち-』(マイケル・ルイス、東江一紀訳、文芸春秋社)-アメリカ金融業界の周辺部からリーマンショックに迫る人間ドラマ

書評 『マネーの公理-スイスの銀行家に学ぶ儲けのルール-』(マックス・ギュンター、マックス・ギュンター、林 康史=監訳、石川由美子訳、日経BP社、2005)


■ユダヤ関連

書評 『ユダヤ人とユダヤ教』(市川裕、岩波新書、2019)-「ユダヤ教」が規定してきた「ユダヤ人」を4つの側面からコンパクトに解説した本書は「世界」を理解するための「必読書」だ!

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む

書評 『ユダヤ人エグゼクティブ「魂の朝礼」-たった5分で生き方が変わる!-』(アラン・ルーリー、峯村利哉訳、徳間書店、2010)-仕事をつうじて魂を磨く!

書評 『こんにちは、ユダヤ人です』(ロジャー・パルバース/四方田犬彦、河出ブックス、2015)-ユダヤ人について知ることは日本人の多様性についての認識を豊かにしてくれる


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2019年3月28日木曜日

書評『ユダヤ人とユダヤ教』(市川裕、岩波新書、2019)-「ユダヤ教」が規定してきた「ユダヤ人」を4つの側面からコンパクトに解説した本書は「世界」を理解するための「必読書」だ!



老舗的存在の岩波新書だが、どうしても出版元の岩波書店のリベラル色がですぎたタイトルが多い。だが、そんな岩波新書ではあるが、「これは!」という良書がたまに出現することがある。

その1冊が『ユダヤ人とユダヤ教』(市川裕、岩波新書、2019)だ。日本のユダヤ研究の権威によるコンパクトな一般読者向けの解説書だが、これほど内容の濃いものはない。これだけの入門書は、かつて存在しなかった。日本人に手になる、日本人のための「ほんもののユダヤ入門書」が、ようやく登場したといっていい。

「ユダヤ教」と、「ユダヤ教」が規定してきた「ユダヤ人」を、4つの側面からコンパクトに解説している。「歴史」「信仰」「学問」「社会」という4つの側面である。この切り口は、著者によれば編集者からの提案らしいが、この順番で見ていくと、「ユダヤ教」と「ユダヤ人」が密接不可分であったことが理解されるはずだ。ユダヤ教をユダヤ人の存在そのものに即した理解が可能となる。

著者の基本線は、「ラビ的ユダヤ教」というユダヤ教本流の理解を目指したものだ。最大の特徴は、西欧的偏見と偏向から脱していることにある。ギリシア思想の形而上学を排したのが「ラビ的ユダヤ教」であり、いわゆる「ヘレニズム」(=ギリシア思想)の対する「ヘブライズム」ではない。ヘブライズムとは、キリスト教的概念だ。

日本であふれているユダヤ関連本は、キリスト教的偏向から脱してない。これは私自身、いまを去ること30年以上前だが、大学学部の卒論で「ユダヤ史」をテーマに書いたとき以来の大きな不満だ。一般的に宗教学者は、「ユダヤ=キリスト教」というタームを使いがちだが、これほど誤解を生み出す概念もないキリスト教はユダヤ教から生まれたが、ユダヤ教そのものはキリスト教の影響とは関係なく存在する。

ユダヤ教世界の少数の知識人の言説だけでなく、その背後にいる一般大衆を視野に入れると見えてくるものがある。実体に即していえば、ユダヤ教はむしろ「セム的一神教」として、むしろイスラームと近い存在なのだ。 ユダヤ教とは、ユダヤ人の生活すべての規範となる律法であり、法体系なのである。だから、「宗教」(レリジョン)というとらえ方では抜け落ちてしまうものが多い。

『旧約聖書』(そもそもユダヤ人は「旧約」とは言わない)の最初の5つである「トーラー」(「モーセ五書」ともいう)だけでなく、『タルムード』が重要なのである。 中世においてはイスラーム世界ではユダヤ人が共存して活躍していたことへの言及は、日本人の「常識」に反するものがあるので重要だろう。

ユダヤ人のビジネス面の活動について、マルクスを引き合いにユダヤ教のからみの解説がある。 「社会」の重要な側面である「経済」についての解説だが、これはは必読だ。「俗」なる平日と「聖」なる安息日に典型的に現れている、ユダヤ教の二重基準について知ることができる。個人的には、最近はあまり言及されることのないドイツの詩人ハイネが、おなじく「同化ユダヤ人」であったドイツの革命思想家マルクスと抱き合わせで取り上げられているのも、なんだか懐かしい。

また、19世紀リトアニアで始まった「タルムード改革運動」の記述があることも、本書の大きな特徴だ。この動きは現在につながるものであり、ユダヤ人がなぜ議論に強いのか、思考力があるのかの理由の一つが説明されることになる。『タルムード』には、思考力を鍛えるための仕掛けがあるのだ。

たった188ページの新書本だが、中身はじつに濃厚だ。飛ばし読みもいいが、じっくり読むに値する。もちろん、コンパクトな新書本なので、書かれていないことが多いが、エッセンスのエッセンスが書かれていると受け止めるべきなのだ。

「いま書き終わって、自分のユダヤ人論、ユダヤ教論が初めて生まれたという感慨がわいている」と著者は「あとがき」で述懐している。凝縮された新書本の背景にある膨大な知識と研究成果がにじみ出ているのである。

『ユダヤ人とユダヤ教』は、「世界」を理解するための必読書として推薦したい。誤ったユダヤ理解は、もう終わりにしたいものである。最低限この本を読んでから、議論していただきたい。







目 次
序章 ユダヤ人とは誰か
第1章 歴史から見る
 第1節 古代のユダヤ人たち
 第2節 イスラム世界からヨーロッパへ
 第3節 国民国家のなかで
第2章 信仰から見る 
 第1節 ラビ・ユダヤ教
 第2節 ユダヤ教の根本原則
 第3節 神の時間秩序 
 第4節 「宗教」としてのユダヤ教 
第3章 学問から見る 
 第1節 タルムードの学問
 第2節 論争と対話 
 第3節 ユダヤ哲学 
 第4節 ユダヤ精神の探求 
第4章 社会から見る 
 第1節 ユダヤ人の経済活動 
 第2節 ユダヤ人の人生の目標 
 第3節 近代メシア論 
 第4節 ユダヤ社会の現実 
文献解題 
あとがき 


著者プロフィール 
市川裕(いちかわ・ゆたか) 
1953年生まれ。1982~85年ヘブライ大学人文学部タルムード学科特別生等、1986年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。専攻、宗教史学、ユダヤ思想。著書は『ユダヤ教の精神構造』(岩波書店、2004)、『ユダヤ教の歴史(宗教の世界史7』(山川出版社、2009)など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)。






(付録)このエピソードに注目!

『ユダヤ人とユダヤ教』の76ページには、ユダヤ新年に長崎のシナゴーグでユダヤ人の礼拝を見て斎藤茂吉が詠んだ歌が紹介されているが、じつに感慨深い。


猶太紀元五千六百八〇年 その新年のけふに会へりき 満洲よりここに来たれる若者は 叫びて泣くも卓にすがりて


出典は、『歌集 つゆじも』(斎藤茂吉、岩波書店、昭和21年)である。「大正八年雑詠 長崎訪問(1919年)」にある。ネット上の青空文庫で読める。全部で3首あるが、紹介されていない3首目には、ビジネスで長崎に在住していたユダヤ人名士の名前が登場する。


九月二十五日 

古賀、武藤二氏とともに猶太殿堂ジナゴークを訪ふ。猶太新年なり 

猶太紀元(ユダヤきげん)五千六百八〇年その新年のけふに会へりき 
満州よりここに来れる若者は叫びて泣くも卓(たく)にすがりて 
長崎の商人(しやうにん)としてゐる Lessner(レスナー)も Cohn(コーン)も耀(かがや)く法服(ほふふく)を著(き)つ




(国会図書館デジタルコレクションより)

残念ながら、現在の長崎にはシナゴーグは存在しない。ユダヤ人墓地があるのみだ(わたしは、ずいぶん昔になるが、ここを訪れたことがある)。

1882年生まれの茂吉は、長崎のシナゴーグを訪れた1919年当時は37歳、その3年後に欧州留学している。ウィーンは言うまでもなくユダヤ人比率の高い大都市で、精神分析学の創始者フロイトはユダヤ教徒であった。茂吉は、すでに長崎でユダヤ体験をしていたことになる。



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『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・

きょうは何の日?-ユダヤ暦5272年の新年のはじまり(西暦2011年9月28日の日没)

書評 『命のビザを繋いだ男-小辻節三とユダヤ難民-』(山田純大、NHK出版、2013)-忘れられた日本人がいまここに蘇える

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)

書評 『精神分析の都-ブエノス・アイレス幻視-(新訂増補)』(大嶋仁、作品社、1996)-南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは、北米のニューヨークとならんで「精神分析の都」である

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む

書評 『ユダヤ人エグゼクティブ「魂の朝礼」-たった5分で生き方が変わる!-』(アラン・ルーリー、峯村利哉訳、徳間書店、2010)-仕事をつうじて魂を磨く!

書評 『ユダヤ人が語った親バカ教育のレシピ』(アンドリュー&ユキコ・サター、インデックス・コミュニケーションズ、2006 改題して 講談社+α文庫 2010)

書評 『こんにちは、ユダヤ人です』(ロジャー・パルバース/四方田犬彦、河出ブックス、2015)-ユダヤ人について知ることは日本人の多様性についての認識を豊かにしてくれる

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?

ユダヤ教の「コーシャー」について-イスラームの「ハラール」最大の問題はアルコールが禁止であることだ
・・ユダヤ教とイスラームは、生活全体を律する律法という点において、むしろ共通性が多い。「信と知を行として一体のままに理解」するユダヤ法とイスラーム法。「比較して言えば、キリスト教はギリシア哲学の理性をうけついで信と知を分けたが、ユダヤ教は信と知を行として一体のままに理解している。この点においては、ユダヤ法はイスラム法と共通する。法が宗教・道徳と不可分であるのも、当然のことなのである」(『世界の法思想入門』(千葉正士、講談社学術文庫、2007)より引用)

(2019年4月14日 情報追加)



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2019年3月26日火曜日

JBPress連載コラム第48回目は、「20世紀の2人の「天才」は戦場で何を体験したのか-勇敢な志願兵だったヒトラーとウィトゲンシュタイン」(2019年3月26日)


JBPress連載コラム第48回目は、20世紀の2人の「天才」は戦場で何を体験したのか-勇敢な志願兵だったヒトラーとウィトゲンシュタイン(2019年3月26日) ⇒ 
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55850

ヒトラーをまったく知らないという人は、さすがにいないでしょう。哲学に関心がなければ、ウィトゲンシュタインについては知らないかもしれません。 


(ヒトラーのカラー化された公式ポートレート(1938年) 左胸に第1次世界大戦で授与された「鉄十字勲章」 Wikipediaより)


ヒトラーを天才というのは躊躇があるかもしれませんが、結果責任という点では情状酌量の余地はないものの、ヒトラーが天才的政治家であったことは否定できないと思います。ウィトゲンシュタインは、文字通りの天才哲学者でした。 



(58歳のウィトゲンシュタイン(1947年) Wikipediaより)


今回は、そんなオーストリアが生んだ「20世紀の2人の天才」を取り上げ、「世代論」という切り口で共通性を考えてみたいと思います。 第1次世界大戦が勃発したとき、2人はともに25歳。まだ何者でもない若者に過ぎなかった・・・ 


小難しい内容ではないので、「読み物」として楽しんでいただきたく。この機会にウィトゲンシュタインについて、知ってもらえれば幸いです。 

本文はこちらから ⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55850



(スマホ版の導入ページ)






<ブログ内関連記事>

JBPress連載コラム第47回目は、「フェイク文書が世界に広めた反ユダヤ主義(前編・後編)」(2019年3月12日・13日)

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」

書評 『使える哲学-ビジネスにも人生にも役立つ-』(古田博司、ディスカヴァー・トウェンティワン、2015)-使えなければ哲学じゃない!?



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2019年3月25日月曜日

書評『孤独な帝国 日本の1920年代  ポール・クローデル外交書簡1921~27』(奈良道子訳、草思社文庫、2018)ー フランスの国益のために働いていた駐日大使が本国に報告した大正時代の日本

   
『孤独な帝国 日本の1920年代-ポール・クローデル外交書簡1921~27』(ポール・クローデル、奈良道子訳、草思社文庫、2018)は、フランスの国益のために働いていた駐日フランス大使が本国に報告した「大正時代の日本」の記録である。

その当時から詩人で劇作家として有名であったクローデルだが、本職は外交官であった。本書は、1921年から1927年にかけて、本国での長期休暇をはさんだ足かけ7年間の日本滞在記録である。

この時期は、まさに「大正時代」にそっくりそのまま重なり合う。クローデルは、大正天皇の崩御(1926年12月25日)後の「大喪の礼」への参加を最後に、次の任地であるワシントンに向けて出発する。大喪の礼だけは、どうしても見届ける必要があると本国の了解を得ていた。クローデルは駐米大使として、今度は1929年の「世界大恐慌」をその震源地で体験することになる。歴史の証言者としてのクローデルに注目する必要がある。


(新任の駐米大使クローデル「TIME誌1927年3月21日号」 Wikipediaより)

1920年代の日本を、外国の外交官という外部の目でみる面白さが本書にある。それもたんなる旅行者の日記や旅行記ではない。外交官の日記でもない。外交官が、任地で本国の国益のために働いた記録である。当然のことながら、国益追求のために本国に提言した内容も含まれている。

だから、詩人クローデルの別の側面とった読み方も可能だろうが、文筆の才に恵まれた外交官クローデルの公式文書として読むことも可能である。むしろ、後者の読み方のほうが、得るものは多いだろう。私もそうだが、とくに詩人クローデルのファンではない人にとっては、そのほうが自然なアプローチである。

駐日大使として日本滞在中の、とくに大きな出来事であったのが1923年の関東大震災である。震源地は相模湾沖であり、地震の直接の被害は東京よりも横浜のほうが大きかったのである。東京は地震のあとに拡がった火災が死傷者発生の大きな理由であった。

駐日大使みずから横浜に救援に赴いており、その記述は現場からのものとしてじつに印象深い。横浜は、開国後の日本が最初に開いた国際貿易港の一つであり、フランスにとっては幕末以来、重要な拠点の一つであったからだ。

また、幕末以来といえば、日仏関係強化という観点からの、幕府の顧問として入っていたフランス人技術者たちにかんする記述もある。フランス人ヴェルニが設計と建設に携わった横須賀のドック(1871年完成)は、2010年代の現在でも現役として使用中だ!


(単行本カバーより)

クローデルが大使として赴任していた当時の日本は、第1次世界大戦による激変後とはいえ、まだまだ大英帝国が支配する世界であった。貿易関係では米国が最大で、文化面では世界大戦の敗戦国でありながドイツの影響が強いという状態。幕末と比べて、当時の日本ではフランスの影響力はきわめて小さなものでしかなかったことが本書を読むとよくわかる。

だからこそ、クローデルは日仏会館の開設に奔走し、日本におけるフランス文化の紹介、フランス語教育の拡充にもチカラを入れているのだ。いわばソフトパワー面からのイメージ向上策であり、極東におけるフランスの国益増進を図ろうとしたわけである。その意味では、きわめて職務に忠実な外交官であった。

1920年代は西欧列強による植民地支配の時代であり、日本からもっとも近いフランスの植民地は仏領インドシナ(ベトナム、ラオス、カンボジア)。クローデルは、日本と仏領インドシナとの貿易拡大のためにも奔走している。クローデルは経済分野が専門であり、鉄鋼製品の日本輸出や、世界大戦ではじめて実用化された軍用航空機の販促にもチカラを入れている。フランス売り込みのセールスマンでもあったわけだ。

クローデルがカトリック詩人であったことは有名だが、フランスの国益という観点から「パリ外国宣教会」のプレゼンスの弱体化を憂いている。日本のキリスト教再興は、フランスの宣教師によるものであったが、バチカンの方針で、九州の宣教区がイタリアのサレジオ会などに奪われつつあり(・・サレジオ会が日本での布教を開始したのは1920年代半ばから)、パリ外国宣教会は宣教区としての長崎を喪失する。こういう記述もまた、なかなか知る機会がないので興味深い。




クローデルには、朝日の中の黒い鳥』(1927年)という日本滞在から生まれたエッセイ集がある。このエッセイ集に登場する文章と、テーマとして重なる記事が、本書に収録された外交書簡にも登場する。ちなみに「黒い鳥」とはカラスのことだが、黒鳥(クロドリ)はクローデル(Claudel)と似た響きがあり、クローデル自身が気に入っていたのだという。


(帯にはイサベル・アジャーニ演じるカミーユ・クローデル)

クローデルといえば、ロダンの女弟子で愛人でもあった美貌の彫刻家カミーユ・クローデルを想起する人もいるだろう。狂女を演じさせたら天下一品のフランス女優イサベル・アジャーニが主演の映画『カミーユ・クローデル』の主人公だが、カミーユはポールの実の姉であった。


(16歳の弟ポールをモデルにしたカミーユの彫刻 Wikipediaより)

クローデルが外交官になったのも、日本赴任を希望していたからだ。ポール自身、姉の影響もあって日本への関心が芽生えたのだという。ロダンの日本趣味については言うまでもないだろう。

夢がすぐに実現することはなかったが、明治維新とおなじ1868年生まれのクローデルが駐日大使として日本に赴任したのは53歳の円熟期であり、50歳代全体を日本と密接な関係のもとに過ごしたことになる。これ以上の幸福はなかったのではないだろうか。しかも、日本赴任の前に中国には長く滞在しており、その経験が中国文明をとは異なる日本文明の独自性を理解する大きな土台になっていたと考えられる。

それにしても、日本語版のタイトルにある「孤独な帝国」はじつに絶妙なものがある。第1次世界大戦を連合国の一員として戦った日本だが、台頭する米国との軋轢が増大するなか、ワシントン条約によって日英同盟が廃棄され、日本はアングロサクソン世界から孤立し始めていた。国際情勢からみれば、日本が孤立を恐れ、不安にかられていた時代でもあるのだ。

大正時代とは、個人の権利が増大した大衆の時代であると同時に、明治時代後期にピークを迎えた健全なナショナリズムが斜陽化していった時代でもある。そんな時代の日本を知ることのできる得がたい記録として、またすぐれた資料として読む興味深い。

それにしても、日本語版の翻訳者は、翻訳者の域を越えて、じつに細かい点まで事実関係の検証作業を行っており、本書の資料的価値を大いに高めている。文庫版は600ページ近いが、最初から最後まで飽きることなく読み進めることのできる内容である。この時代の日本に関心のある人にとっては、得がたい記録といえよう。






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