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2014年2月26日水曜日

78年前の本日、東京は雪だった。そしてその雪はよごれていた ー 「二・二六事件」から78年(2014年2月26日)


1936年2月26日、いまから78年前に起きたのが「二・二六事件」。昭和11年に発生した陸軍のクーデター事件のことです。

78年もたつと、当事者はもちろん関係者で現存している人もほとんど亡くなり、話題になることも亡くなっていく。しかし、話題になることが少なくなればなるほど、かえって反比例的に時代は近づいてゆくのではないか? そんな「逆説」を感じるのはわたしだけでしょうか。

「二・二六事件」関連の本は、これまでかなりの数を読んできましたが、そのなかでもピカイチなのは、昭和史を主テーマにしているノンフィクション作家・澤地久枝氏によるこの2冊。

『妻たちの二・二六事件-遺されたものの三十五年-』(中公文庫、1975 単行本初版 1971)
『雪はよごれていた-昭和史の謎 二・二六事件最後の秘録-』(日本放送出版協会、1988)


先週、先々週と、東京都心部もふくめて関東地方は記録的な大雪となって大きな混乱となりましたが、78年前の本日も東京は雪でした。そしてその雪はよごれていたのでした。「雪はよごれていた」とは・・・。

ずいぶん昔の本で、わたし自身も読んだのはすでに四半世紀前(!)ですが、それでもつよく印象に残っています。



『妻たちの二・二六事件』は、クーデターの中心になった青年将校たちを、未亡人たちから聞き取りをつうじて描いたもの。青年将校たちは自決した者以外は特設軍法会議で即席裁判の上、すべて銃殺刑されているため「未亡人」となったわけです。

基本的に軍事テクノロジーを扱うエンジニアであるのが軍人というものの本質ですが、ゲーテを読み文学を論じる青年将校たちが描かれており、かれらがいずれも「教養主義」の申し子であったことがわかります。

文学を愛するエンジニア。これだけみれば「文理融合」という美しい響きを感じるかもしれませんが、ここに欠けているのは社会科学の素養。これは「二・二六事件」の7年後に学徒出陣で動員された商大生の手記と比較すれば明らかなことだと思います。クーデター後の国家運営の見取り図が視野に入っていなかった青年将校たちの欠点が何であったかがわかると思います。

『雪はよごれていた』は、「NHK特集 消された真実-陸軍軍法会議秘録-」で放送された内容の活字化。特設軍法会議の首席裁判官が残した膨大な資料をもとに構成された番組では、当時の憲兵隊がクーデター計画をキャッチし電話を盗聴していたこと、そして盗聴内容が録音されレコードとして残されていたことが発見されたことが明らかにされ、北一輝の肉声を聞いたこともつよく印象に残っています。残念ながらこの本は現在は入手不能。

『妻たちの二・二六事件』は現在でも入手可能のロングセラーなので、まだ読んだことがない人はぜひ読んでほしいと思います。

先にも書きましたが、「二・二六事件」が話題になることが少なくなればなるほど、反比例して時代が近づいてゆくのではないか? 事件の当事者で現存している人がほとんどいなくなっただけでなく、朝のテレビニュースで取り上げられることもまったくなくなり、「事件」のリアリティがますます薄まっている感がなきしにもあらずですが・・・。

そんな気がしてならないのは、いまの日本は日に日に「閉塞感」が強まっているからです。しかも、いまだに東北復興も実現していない状況。たった3年前の「3-11」ですらこんな状況・・・。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というのは「史上最強のナンバー2」であったドイツ帝国の宰相ビスマルクの名言ですが、「事件」がすでに「記憶」から消え、「歴史」の彼方に去ってしまったときが、ほんとうはいちばん怖い。

「歴史は繰り返す」と俗にいいますが、まったく同じことが繰り返されることはありません。さすがにクーデターがふたたび起こるとは考えにくい。

とはいえ、「閉塞感」が強まっていくとき、日本人がいかなる行動をとるのかについてのケーススタディになるのが「二・二六事件」ではないでしょうか。

わたしは、「二・二六事件」は、けっして過ぎ去った過去の話だとは考えておりません。「二・二六事件」は、一度でも「組織人」を経験したことがある人なら、感覚的に理解できるはずの「事件」だと思います。

そうでなくても「忘却」したいと思うのが人間というもの。繰り返し繰り返し語ることによってしか、「記憶」を風化させないことが大事だと思うのですが・・・






<関連サイト>

「NHK特集 消された真実-陸軍軍法会議秘録-」 (NHKアーカイブス 1988年放送)

「青年日本の歌 昭和維新の歌」(YouTube)

映画 『226』 予告篇 (YouTube)

映画「動乱」特報・劇場予告 (YouTube)
・・映画 『動乱』(1980年の日本映画)


<ブログ内関連記事>

二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)

4年に一度の「オリンピック・イヤー」に雪が降る-76年前のこの日クーデターは鎮圧された(2012年2月29日)

「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)・・個人の心情に基づく個人の行動。公僕は組織を巻き込んではならない

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 

「われわれは社会科学の学徒です」-『きけわだつみのこえ 第二集』に収録された商大生の手紙から

書評 『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹、中公文庫、2010、単行本初版 1983)-いまから70年前の1941年8月16日、日本はすでに敗れていた!
・・陸軍首脳部は当然のことながら日米の国力の差は数字で把握していた

書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ-』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論


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2014年2月23日日曜日

「ホリスティック」に考える ー「医学」のアナロジーで「全体」を観る視点を身につける


先日のことだが、「漢方」関係の方とお話しする機会があり、「断食」の話で盛り上がったのだが、ふと思い出して20年ぶりに『ホリスティック医学入門-全体的に医学を観る新しい視座- (ビオタ叢書 1) 』(日本ホリスティック医学協会編、柏樹社、1989)という本を引っ張り出してきて、パラパラと読んでみた。

副題に 「全体的に医学を観る新しい視座」とある。なんで医学関係でも医療関係者でもないのにこんな本を読んだのかというと、企業組織は人体のアナロジーで考えると理解しやすいと思っていたから。カネは会社にとって血液(のようなもの)だとかよく言われているが、そのためには「全体」で考えることが重要なのだ。

「全体は部分の集合ではない!」

いまではそうめずらしくもないが、20年前はまだまだ西洋的思考にもとづく「要素還元主義」が当たり前だった。いまでも「全体最適」というコトバは定着したものの、依然として「部分最適」なソリューションが行われていることが多い。

おそらく「診断」そのものに問題があるのだろう。数値だけみてもその関連がわからなければ意味はない。全体をみるといっても、そう簡単にできるものでもない。だが、たんなる「診断技術」の問題でもない「診断」における「視点」の問題である。

表紙には、「なぜ、いま、ホリスティック医学なのか」として、つぎのような文言がならんでいる。

現代医学・東洋医学・心身医学・自然療法など、現行医学の長所と短所を見極め、包括的に統合する全体的な新しい医学-ホリスティック医学の流れや思想から、世界のホリスティック医学事情までを初めて紹介する画期的入門書!

つまり現代医学とオルタナティブ・メディスン(=代替医療)を融合させようという視点だ。それが「ホリスティック」、すなわち「全体」を観る視点である。

表紙のウラには、「ホリステック医学の概念」が5項目でまとめられている。

1. ホリスティック(全的)な健康観に立脚する
2. 自然治癒力を癒しの原点におく
3. 患者がみずから癒し、治療者は援助する
4. さまざまな治療法を総合的に組み合わせる
5. 病への気づきから自己実現

「ホリスティック」の語源とそこからの派生語についても書かれている。

holistic(ホリスティック)という言葉は、ギリシア語の holos(全体)を語源としている。そこから派生した言葉に whole, heal, holy, health・・・などがあり、健康-health-という言葉自体がもともと「全体」に根差している。


もともと大学時代に合気道の修行に専念していたこともあり、この分野には多大な関心があった。

「全体は部分の集合ではない!」 

このコトバの重要性はなんど繰り返しても繰り返し過ぎることはない。「専門」としての「部分」はもちろん大事だが、「全体」として「統合」する視点や教養がないとけない。これができるのは、残念ながら組織においてはトップに限られるそれ以外のメンバーは「俯瞰して視る」という視点を意識的にもたねばならないのだ。

さらにいえば、「部分」そのものが「全体」であるというホロンという考えも視野に入れておきたいところだ。この考えはジャーナリストで思想家のアーサー・ケストラーによるものだが、やや哲学的に過ぎるかもしれない。「ホロン」(holon)とは、全体を意味するホロス(holos) と存在を意味するオン(on)というギリシア語の合成語だ。

1980年代後半には「ホロニック・マネジメント」という形で、「個」と「組織」の難問を解決する思考方法として脚光を浴びたが、その後はあまり耳にすることもなくなって久しい。考え方そのものは興味深いが、実践レベルでの実行が困難なためだろう。

「医学」そのものは専門に勉強しなくても、「医学」のアナロジーでものを見て考えることは、ビジネス関係者にとってもきわめて重要だ。もちろん、ビジネス関係者以外にとってもきわめて重要だ。

あらためてそう思ったので、あえて「ホリスティック」という考えを紹介した次第である。


<ブログ内関連記事>

"Whole Earth Catalog" -「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」を体現していたジョブズとの親和性

『形を読む-生物の形態をめぐって-』(養老孟司、培風館、1986)は、「見える形」から「見えないもの」をあぶり出す解剖学者・養老孟司の思想の原点 ・・ケストナーのホロンは階層構造であることが指摘だれている

医療ドラマ 『チーム・バチスタ 3-アリアドネの糸-』 のテーマは Ai (=画像診断による死因究明)。「医学情報」の意味について異分野の人間が学んだこと
・・病理診断について

書評 『面接法』(熊倉伸宏、新興医学出版社、2002)-臨床精神医学関係者以外も読んで得るものがきわめて大きい "思想のある実用書"
・・全体性を重視した面談法

「半日断食」のすすめ-一年つづけたら健康診断結果がパーフェクトになった! ・・西式、甲田式という日本発の減量法を実践

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)

書評 『千日回峰行<増補新装>』(光永覚道、春秋社、2004)
・・最初の700日目とその後の300日目にはさまれた、生まれ変わりのための激しくも厳しい 9日間の断食・断水・不眠・不臥の苦行についても語られる

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!
・・著者の高木一行氏は1カ月間の断食を実行している(・・これは真似しないよう!)

書評 『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981)-イエスとその教団の活動は精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている
アナクレピオス

書評 『こころを学ぶ-ダライ・ラマ法王 仏教者と科学者の対話-』(ダライ・ラマ法王他、講談社、2013)-日本の科学者たちとの対話で学ぶ仏教と科学

シリコンバレーだけが創造性のゆりかごではない!-月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2012年1月号の創刊6周年記念特集 「未来はMITで創られる」 が面白い
・・Stuart Brand の Whole Eaarth Catalog

「上から目線」が必要なときもある-リーダーや戦略家は全体を見わたすバーズアイという視点が必要だ!

書評 『経営の教科書-社長が押さえておくべき30の基礎科目-』(新 将命、ダイヤモンド社、2009)-経営者が書いた「経営の教科書」
・・経営者は「全体」を見る視点が不可欠

(2015年7月21日 情報追加)


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2014年2月22日土曜日

フイギュアスケート、バレエ、そして合気道 ー「軸」を中心した回転運動と呼吸法に着目し、日本人の身体という「制約」を逆手に取る


2014年ソチ冬季オリンピック開催(2014年2月1日~23日)と重なってしまったため、すでに記憶から消えてしまっているかもしれませんが、ローザンヌ国際バレエコンクール最終選考で日本人が一位と二位を独占したというニュースが話題となったことを思い起こしてほしいと思います。

ローザンヌで優勝した17歳の男子高校生の二山治雄さんは、オリンピックの男子フィギュアスケートで金メダルを獲得した19歳の羽生結弦選手と重なり合わせてみてもいいかもしれません。

フィギュアスケートが氷上のバレエといわれることも多いことから、それはけっして突飛な連想でもないでしょう。この二人の男子は年齢が近いだけでなく、意外なことに、いずれもそれほど長身ではありません。

よく伸びた手足に小顔なので長身に見えますが、羽生結弦選手は身長171cm、二山治雄さんは公表数字はありませんが、「世界に挑む 若き日本人ダンサーたち~第42回ローザンヌ国際バレエコンクール~」(NHK 2014年2月16日放送)というテレビ番組でバレエ関係者がしていたコメントでは、170cm前半とありました。西洋人にくらべると体格面で劣っているのは否定できませんね。

ローザンヌのバレエ・コンクールにかんして、面白いコメントが目にとまったので紹介しておきたいと思います。新聞社のサーバーから記事が削除される可能性もありますので、全文を引用しておきましょう。

【ローザンヌバレエ席巻】体形と意欲、日本人向き こつこつと技術習得  (MSN産経ニュース、2014年2月2日)

ローザンヌ国際バレエコンクールは、2年前の2012年にも当時17歳の菅井円加(すがい・まどか)さんが優勝するなど日本人バレエダンサーの躍進が目立つ。
背景には、跳躍など一つ一つの技を高いレベルでこなす技術力が指摘されている。 舞踊評論家の佐々木涼子さん(69)は「基本からしっかりと積み上げた技術力が極めて高い水準に達している」と分析。「一般的にバレエは優美なイメージが強いが、実は技術の優劣がはっきりと出る踊り。こつこつと技を磨く日本人の性格に向いている」と話す。 40年以上バレエ指導に携わる法村(ほうむら)友井バレエ団(大阪)の法村牧緒団長(68)は、「日本人は欧米人に比べて小柄で手足も短い分、重心をコントロールしやすく、難しい技を身につけやすい」とし、日本人の体形が、技術向上に一役買っていると指摘する。
日本人ダンサーは練習意欲も際立っているといい、法村さんは「国内でもコンクールが盛んで、勝つために技を磨く意識が非常に高い」。二山治雄さんが日本人男性として1989年の熊川哲也さんと並び優勝を果たしたことで、「男性のバレエも勢いが増していくと思う」と期待を込めた。(* 太字ゴチックは引用者=さとう)

「日本人は欧米人に比べて小柄で手足も短い分、重心をコントロールしやすく、難しい技を身につけやすい」、という指摘が興味深いですね。

とくに「重心をコントロールしやすく」という指摘は、基本的に日本の武道と同じです。


「軸を中心にした回転運動」

個人的な話になりますが、いまから20年以上前、アメリカの大学院に留学中にボランティアでアメリカ人大学生たちに合気道(Aikido)を指導していたことがあります。

その経験をつうじてわかったのは、白人も黒人も一般的に下半身の股下が長く、重心をコントロールしにくいということ。

重心(center of gravity)は、武道では「臍下丹田」といってへそ下三寸にあるとされていますが、脚が短いほうが重心が低くなるのでコントロールしやすいことは否定できません。これは大相撲の外人力士、とくに欧州出身の力士を観察していれば理解できることだと思います。すり足で動く相撲では、重心が高いと安定感を欠くのです。

フィギュアスケート、バレエ、そしてと合気道をはじめとする日本武道。西洋のパフォーミングアートであるバレエ、東洋の武道。華やかな前者と地味な後者。いっけんまったくかけ離れていますが、身体運動でかつ回転運動を基盤に置いているという点にかんしては共通性があります。

そもそもスポーツはすべて軸を中心とした回転運動が基本にありますが、フィギュアスケートやバレエ、そして武道ほど、実際に自分がやっていないとしても、目に見える形で現れますので、観察して実感することができるといってよいでしょう。

バレエとの対比においては、東洋の伝統舞踊にも言及しておく必要があります。

カンボジア王国のシハモニ国王は、シハヌーク前国王から皇太子に指名されるまで、フランスのパリで20年以上にわたってバレエ教師の職についていたことは東南アジア通なら常識でしょう。カンボジアに帰国後には、クメール舞踊協会の代表をつとめていました。クメールとはカンボジアのことです。

カンボジアがフランスの植民地であったこと、シハモニ国王の母親がフランス系カンボジア人であることは多少は関係があるかもしれません。シハモニ王子が、なぜバレエの道に進んだのか詳しいことは知りませんが、当時は社会主義圏にあったチェコのプラハでバレエを学んだようです。

優美なクメール舞踊はインド舞踊やタイダンスと同様、じっさいにやってみればわかると思いますが、手の返しがひじょうにむずかしい。伝統舞踊は子どものときに必修として教育されているようですが、そうでなければ大人になってからは習得は困難でしょう。

タイの国技ムエタイは白兵戦で戦うために開発された武術ですが、ムエタイの試合前には優美な舞踊が披露されます。蹴りを中心にしたムエタイは、バレエなみのカラダの柔軟性が基本にあります。

むかし、合気道の師匠である有川定輝先生からお聞きしたことですが、日本の武道の源流はインドにあるのだ、と。インドから中国を経由して日本に入ってきた点は、武道は仏教と共通しています。


バレエと合気道

話を日本の武道に戻しましょう。武道のなかでバレエともっとも近いという印象をもつのが合気道でですね。


バレエと合気道の関係については、バレエの世界から合気道の世界を経て、独自の「呼吸法」を開発して普及につとめている西野皓三氏の存在を想起すべきでしょう。そして西野氏の弟子でバレエ時代からずっと従ってきた弟子の由美かおるの存在も(写真上下)。


合気道だけではありません。柔道も、空手もみな軸を中心にした回転運動が根底にあります。柔道の投げ技、空手の回し蹴りを想起してみればいいでしょう。ともに軸足を支点にした回転運動です。

合気道開祖の植芝盛平翁のもとには、日本舞踊関係者などが多く入門して、その秘訣を学ぼうとしていたそうです。合気道も日本舞踊もすり足を基本にしています。すくなくともこの事実から、武道と舞踊の密接な関係については理解できると思います。

武道というコトバができる以前は「武芸」といわれていたことも、本質において「芸」としての共通性があることが示唆されています。能や歌舞伎などと同じく、「芸」としての共通性ですね。

合気道においては、「呼吸法」がきわめて重要な意味をもちます。さきに武道と仏教はインドから発して中国経由で日本に伝来した点に共通性があると言いましたが、「呼吸法」にかんしても、ヨーガの呼吸法が禅仏教をつうじて中国から日本に伝わったことの意味も大きいものがあります。禅の呼吸法は、言霊(ことだま)学をつうじて合気道に多大な影響を与えている、古神道(こしんとう)の呼吸法にも影響を与えているのでしょう。

わたし自身はバレエをやった経験はないので、バレエの観点からの話はできませんが、バレエと合気道の関係について、西野皓三氏と由美かおる氏の対話を手掛かりに考えてみたいと思います。


西野皓三氏と由美かおるの対話から

『西野式呼吸法 バイオスパーク』(由美かおる、講談社、1985)という本があります。由美かおるが、その師である西野皓三氏の「西野式呼吸法」を解説した内容の本です。

いまから30年近く前に出版された本で、すでに絶版で入手できませんが、たまたま蔵書整理していた際に「再発見」しました。パラパラとめくって読んでいたら、ひじょうに興味深いことが書いてあることに気がつきました。

第3章「西野式呼吸法はこうして生まれた」は、由美かおるがその師匠である西野皓三に話をうかがうという形で、「西野式呼吸法」誕生に至る経緯が西野皓三氏のライフヒストリーに沿って説明されています。

人体の構造について熟知している医学生だった西野氏が、バレエから初めて合気道を経て、中国拳法を習得し、独自の「呼吸法」に到達した経路が、下図においてよく表現されています。この3つに共通するものが「呼吸法」なのです。

(西野式呼吸法は西野皓三氏のライフヒストリーそのもの P.46より)


西野氏はわたしも教えを受けた合気会で師範もされていたこともあり、壮年時代の西野氏が合気会で段位をとっていた由美かおるの受けをとる演武は、ずいぶん昔のことですが武道館で見たことがあります。

西野皓三と由美かおるの対話から重要な点をいくつか抜書きしておきたいと思います。太字ゴチックの個所は、いずれも引用者(=さとう)によるものです。

由美 先生は日本人だから、当然のこととして、西欧のバレエから日本の舞や武道に戻ってきたわけですね。
西野 戻ってきたというよりは、広がってきたという感じだろう。バレエの動きが内から外へぐんぐん広がっていくのとは対照的に、日本の動きは内に秘められた微妙さが重要になるのだが、武道に、そうした日本の動きのもつ原点がいくつも含まれている。・・(中略)・・ そんなわけで、日本の動きをぼくは合気道で学ぼうと思った。合気道を始めてよかったと思う。

その後、西野氏は中国拳法も習得しています。

西野 合気道で、日本古来の武術の技の粋と心を学び、争わざる心を培われ、そして、中国拳法では澤井(健一)先生によって、中国古来の内攻の力(体の奥底から出る力)を使った武術の強さを教えられた。太極拳の高弟たちの強さは群を抜いている。

体の柔らかさと呼吸の関係についてはこう述べています。

西野 双葉山も柔らかくて、美しい力士だった。柔らかいということは当然呼吸と深い関係がある。それに美しいということ、これは何をやるにも大事なことで、特に体を使う表現で美しくないものはまずダメだ。

「ねじる」ということに論が及ぶ。ここから先が本題です。バレエ、合気道、中国拳法の比較論が展開されています。長くなりますが、じっくり読んでいただきたいと思います。かならず「発見」があるはずです。

由美 そういえば、バレエのねじりはすごいですね。
西野 バレエは、空間を制覇した芸術だといわれている。近代バレエが本格的に完成したのはアン・ドールという決定的なねじりができ上がってからだ。アン・ドールは両足を180度開くポジションのことだが、これが完成するまでに200年かかっている。
由美 そんなにかかっているんですか。バレエのねじりには他に、アン・ド・ダンというのもありますね。

(西洋のバレエと日本の武道の中間に中国武術がある P.60より))

西野 アン・ドールが外側(遠心的)に開くのに対して、内側(求心的)にねじることがアン・ド・ダンだ。この二通りのねじり方は太極拳でも合気道でも、一応完成された動きには必ずある。使い方や動きの意味はそれぞれ違うが、体を外側、内側にねじるといった動きの根本は同じだ。・・(中略)・・ 合気道では外にねじる動きは転換(てんかん)で代表され、内にねじる動きは入身(いりみ)に代表されるといっていいだろう。
由美 私も何となく、太極拳と合気道の流れるような動きが似ていると思っていました。
西野 ただ、同じねじりといっても、それぞれに特徴がある。バレエは背筋をスッと伸ばし、腕や脚を大きく開いて外に外に広がる遠心的なもので、日本の舞いや武道の動きは、肘や膝を内へ内へと向ける求心的なものだと思う。もちろん、バレエにも求心的な動きがあり、日本の舞いや武道にも遠心的に動くものがあるが、根本的には西欧は外、日本は内という感じだ。そして、中国拳法(太極拳や形意拳など)の動きは、ちょうどその中間のような気がする。
由美 地理的にも真ん中にありますものね。

(バレエと中国武術の近似性 P.62より)


洋の東西によって身体運動の基本的方向性が異なるものの、基本は共通していることが確認されたと思います。

バレエと合気道の中間に中国拳法(=中国武術)を置いてみると、共通性がくっきりと浮かび上がってきますね。上に掲載した図を、じっくりと眺めてみるといいでしょう。

わたしが大学時代に合気道を教わった有川定輝先生は、中国武術は日本武道よりもはるかにカラダの柔軟性が要求されると語っていました。インド武術は中国武術よりもさらに柔軟性が要求されるのだ、と。インドを中心においてみえると、身体運動の観点からみれば、バレエと中国武術が対応しているといえるかもしれません。

このように考えてくると、いっけん関係ないと見えるバレエと合気道の関係も見えてくるでしょう。まずは基本的な「型」(パターン、ポジション)の習得からはじまり応用に進むという共通性をもちながらも、相違点は主たる運動の方向性と柔軟性の度合いにあることがわかりますね。


日本人の身体という「制約」を逆手に取る

日本人のフィギュアスケーターも、バレエだけでなく合気道にも目を向けてみたらいいのではないでしょうか。日本人のバレエダンサーも、合気道などに目を向けるべきではないでしょうか。

野球の世界では、王貞治氏や広岡達朗氏が合気道の修業をつうじて「野球道」を探求していたことは知られています。桑田真澄氏も、古武術の甲野善紀氏の教えをフォーム改造に応用しています。アメリカのベースボールが、日本の野球として定着するプロセスにおいて、このような取り組みがあったことを想起することも必要でしょう。

メジャーリーグで現役をつづけているイチローもまた、低い重心の中心軸をつくるため、相撲の四股(しこ)のようなスタイルで下半身を強化しいます。テレビでヤンキーズの試合を見るときにはぜひ注目してほしいと思います。

日本人は、日本人の身体という「制約」から完全に脱することが不可能である以上、むしろそれを逆手に取って日本人であることを徹底的に深掘りしてみることが大事ではないでしょうか。徹底的にフィギュアスケートやバレエのテクニックを身に付けたうえで、さらに日本伝来の身体運動に目を向けてみる。壁にぶちあたったときには、かならず試みてほしいのがこういった取り組みです。

日本人がスポーツという西洋文明の粋のなかで活動するためには、意識して取り組むべき課題ではないでしょうか。教育学者の斎藤孝氏は、「腰・ハラ文化の再生」が必要だと、『身体感覚を取り戻す-腰・ハラ文化の再生-』(NHKブックス、2000)において主張されています(*注)。耳を傾けるべき主張だと思います。

もちろん、これはスポーツに限らず、現代文明を生きる日本人すべてにとっての課題であるというべきでしょう。「足元を掘れ、そこに泉あり」、というではありませんか! 自らのうちなる日本を意識することがあたらしい時代を開くカギなのです。





(*注) 本文の最後で触れた 『身体感覚を取り戻す-腰・ハラ文化の再生-』(NHKブックス、2000) については、いまから13年前の2001年に ネット書店の bk1(・・現在は honto)にわたしが書評を書いていますので、ここに再録しておきます。

 この本は、斎藤孝氏が脚光を浴びるキッカケになった本で、原点とでもいうべき内容の濃い一冊といってよいでしょう。


本書はまさに警世の書である!「失われた10年」よりもっと深刻な事態が進行しているのだ (投稿者:サトケン)
 
日本人が椅子の生活を始めてから、たかだか30年しかたっていない。それまでずっと続いていた、畳に座り、胡座(あぐら)をかき、正座する生活においては、腰・ハラは自然と鍛えられていた。「失われた10年」というフレーズがあるが、それよりもっと深刻な事態が進行しているのだ。高度成長によって日本人の生活が激変したことと、従来からあった身体感覚の喪失はパラレルに観察される現象だ。

本書はまさに警世の書である。日本の腰・ハラの身体文化の衰退とともに、「練る」「磨く・研く」「締める」「絞る」「背負う」といった日本語の基本動詞が失われつつあることに、著者は大きな注意を喚起している。日本人の精神性を規定してきたこれらのコトバが失われることは、日本人のアイデンティティが崩壊することを意味してもいる。現在の日本人は国際的に自己を確立しなければならないというのに、日本人としての軸を欠いたまま漂っていくのみでは、国際社会で尊敬されるハズがないのも当然だ。

欧州を旅行してとにかく目立つのが日本人の姿勢の悪さである。欧米人は老人と子ども以外、男も女も関係なくみなピシっと背中を伸ばして歩いている。これは彼らが日本国内で歩いているときも同じである。一度かれらの歩く姿をじっくりと観察していただきたい。日本人の姿勢の悪さは、精神のたるみに対応しているといわざるをえない。生活が洋風化したから姿勢が悪くなったのではないのだ。昔の日本人の姿勢がよかったことは、本書に収められた幕末や明治初期の写真からもうかがわれる。

ぜひ本書を読んで問題の深刻さに気づき、自らの姿勢を(もちろん物理的に!)正すことから、まず意識改革の第一歩を踏み出して欲しい。著者は1960年生まれの教育学者で、本書は年寄りの繰言ではない。  (投稿: 2001年3月28日)


<関連サイト>

西野式呼吸法 (公式サイト)

バレエダンサーとしての西野皓三(27歳)
・・写真でみる若き日の西野皓三氏



<ブログ内関連記事>

「ブレない軸」 (きょうのコトバ)

「軸」がしっかりしていないと「ゆがみ」が生じる-Tarzan No.587 「特集 軸を整えて、ゆがみを正す」(2011年9月8日号)

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!
・・「中心軸」の重要性を語って止まなかった肥田春充(ひだ・はるみち)

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである

書評 『正座と日本人』(丁 宗鐵、講談社、2009)-「正座」もまた日本近代の「創られた伝統」である!
・・「正座」はやらないほうがいい

書評 『日本力』(松岡正剛、エバレット・ブラウン、PARCO出版、2010)-自らの内なる「複数形の日本」(JAPANs)を知ること

バレエ関係の文庫本を3冊紹介-『バレエ漬け』、『ユカリューシャ』、『闘うバレエ』

コトダマ(きょうのコトバ)-言霊には良い面もあれば悪い面もある
・・山岸涼子のバレエマンガ『言霊』を取り上げている

【セミナー告知】 「異分野のプロフェッショナルから引き出す「気づき」と「学び」 第1回-プロのバレエダンサーから学ぶもの-」(2012年11月29日開催)

【セミナー終了報告】 「異分野のプロフェッショナルから引き出す「気づき」と「学び」 第1回-プロのバレエダンサーから学ぶもの-」(2012年11月29日開催)

書評 『人種とスポーツ-黒人は本当に「速く」「強い」のか-』(川島浩平、中公新書、2012)-近代スポーツが誕生以来たどってきた歴史的・文化的なコンテクストを知ることの重要性


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2014年2月21日金曜日

ブランデーで有名なアルメニアはコーカサスのキリスト教国 ―「2014年ソチ冬季オリンピック」を機会に知っておこう!

(マイコレクションよりアルメニア・ブランデー)

ロシア史上初の冬季オリンピックが、2014年2月7日から23日まで、黒海東岸のリゾート地ソチで開催されています。

日本選手の活躍も目覚ましく、海外で開催された冬季オリンピックでは最多の8つのメダルを獲得しています(2月21日現在)。

メダルがもっとも期待されていた選手が残念ながら涙をのんだのも、またオリンピックという特別の存在でありますが、そのなかの一人がフィギュアスケートの浅田真央選手。

フリーの演技では自己ベストを出したものの、前日のショートでのミス連続がたたって最終的に6位と、入賞はしたものの残念ながらメダルは逃しました。

その浅田選手が個人戦前の調整のため、アルメニアに移動して合宿しているというニュースが報道されていました。2月10日から15日までアルメニアの首都エレエヴァンのスケートリンクで調整していたようです。

テレビの報道では、ただアルメニアとしか言ってないので、もしかするとソチと同様にロシア国内と思って聞き流していた人が少なくないかもしれません。


アルメニアはカフカース(=コーカサス)の内陸国

たしかにソ連時代にはアルメニアはソ連邦を構成する共和国の一つとしてソ連内にありました。

ソ連崩壊後はアルメニア共和国として独立し、れっきとした主権国家として、ロシア共和国とはまったく別の国として存在しています。

首都モスクワからソチにいくよりも、ソチからアルメニアの首都エレヴァンにいくほうがはるかに近いのですよ! 日本スケート連盟が、アルメニアに合宿所を確保したのはさすがというべきですね。

ここに Google Map からアルメニアが中央にくるように地図を切り取ってみましたのでご覧ください。アルメニアの地政学が手に取るようにわかるでしょう。


(地図の左上にソチ 隣国のグルジア以外はみなイスラーム国)


この地図をみると、アルメニアが「文明の十字路」と呼ばれるカフカースの、そのまさに中心にあることがわかります。

この地図にはアルメニアと北で接しているグルジアだけでなく、冬季オリンピックの開催地ロシア共和国のソチ(地図の左上)とイランの首都テヘラン(地図の右下)、イラクの首都バグダッド(地図の中央下)がすっぽり収まってしまいまいます。

この一帯はカフカースと呼ばれている山岳地帯です。一般には英語風にコーカサスと呼ばれています。この山岳地帯はロシアにとっては南端にあたり、東端の極東シベリアとならんでロシアにとっての辺境地帯です。

アルメニアの真北にグルジアをはさんでウラジカフカスという地名がロシアにありますが、これはウラジ・カフカース、すなわちカフカースを制服せよ、という意味。東端のウラジオストクがウラジ・ヴォストーク、すなわちヴォストーク(=東方)を征服せよという意味であるように、対(つい)をないているわけです。


アルメニアといえばブランデー

旧ソ連では、赤ワインといえばグルジア、白ワインといえばモルドヴァ、ブランデーといえばアルメニアと相場が決まっていました。いずれも辺境の小国です。

ロシアといえばウォッカですが、ロシア料理にこれといった独自性がなく、民族料理の寄せ集めであることと似ています。チョウザメの卵のキャビアはカスピ海、羊の串焼きのシャシリクはトルコ、餃子のペリメニはシベリアからきています。よくいえばロシアは多民族国家である、ということになります。

ロシアではブランデーといわずにコニャックといっています。アルメニアブランデーの銘柄はアララット(意味は後述)。


(外箱の下部にロシア語で「エレヴァン・コニャック工場」と書いてある)


ほんとうは、コニャックはフランスのコニャック地方のものしか名称としては認められていないのですが、ロシア語では普通名詞になってしまっているので黙認されているのでしょうか。

アルメニア・ブランデーは、英国の首相チャーチルが「気に行ったので一生分買い込みたい」といったいうことで有名になりました。芳醇でまろやかな味わいは、ブランデーに蒸留する前の葡萄酒(ワイン)のレベルの高さが背景にあるのでしょう。

隣国のグルジアは「ワイン発祥の地」といわれています。ワインはこの地から黒海をつうじてギリシアに伝わっていったのであって、その逆ではありません。また、長寿の国としても有名で、ヨーグルトが長寿食として有名になったのも、ブルガリアもさることながらグルジアの存在が大きいのです。

アルメニアは、旧約聖書に登場するノアの箱舟が到着したアララット山を民族のシンボルとしています。ブランデーの銘柄名として先にも出てきたアララットですね。ただし現在はトルコ領内に
あります。

隣国のグルジアもまたキリスト教国です。グルジアもアルメニアも、きわめて古い時代のキリスト教。グルジアは正教会、アルメニアはアルメニア正教会。アルメニア正教会はエルサレムにも教会をもっています。この二カ国は、イスラームの大海に浮かぶキリスト教の小島のような存在であるわけです。

アルメニアといえば、ソ連時代に製作されたアーティスティックな映画『ざくろの色』で有名なアルメニア出身の映画監督セルゲイ・パラジャーノフについて触れないわけにはいかないでしょう。

また、間もなく発生から100年を迎えるトルコによるアルメニア人ジェノサイド(1915年)についても触れないわけにはいかないのですが、それについてまた別の機会にしたいと思います。

とりあえずは、アルメニアという国がカフカース(=コーカサス)に存在するgということだけでも、アタマのなかに入れておきたいものですね。そしてアルメニア・ブランデーも!

浅田真央選手も、日本へのお土産にアルメニア・ブランデー買って帰るのかな?

アルメニアとグルジアに行くというのは、わたしにとってはいまだ実現していない夢いつの日かかならず実現したいと思いつづけています。思えばかなう、かな!?


<参考書>

アルメニア関係でこれまでわたしが読んできたものに限る。かなり以前から関心があって読んできたのだが、いまだ訪問が実現していないのが残念。

『アルメニア(文庫クセジュ)』(ジャン=ピエール・アレム、藤野幸雄訳、白水社、1986)
『悲劇のアルメニア』(藤野幸雄、新潮選書、1991)
『アルメニア史-人類の再生と滅亡の地-』(佐藤信夫、泰流社、1986)
『アルメニアを知るための65章(エリア・スタディーズ)』(中島偉晴、メラニア・バグダサリヤン編著、明石書店、2009)


 

<ブログ内関連記事>

アルメニア民族関連

映画 『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014年、独仏伊露・カナダ・ポーランド・トルコ)をみてきた(2015年12月27日)-トルコ人監督が100年前のアルメニア人虐殺をテーマに描いたこの映画は、形を変えていまなお発生し続ける悲劇へと目を向けさせる
・・世界中に離散したアルメニア民族の運命

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)
・・中東においては、イスラームよりも、おなじ一神教のキリスト教のほうが歴史がはるかに長い!

書評 『ろくでなしのロシア-プーチンとロシア正教-』(中村逸郎、講談社、2013)-「聖なるロシア」と「ろくでなしのロシア」は表裏一体の存在である
・・「ムスリム人口がマジョリティとなり、スラブ系がマイノリティとなったとき、ロシア正教もまたマイノリティの宗教となるのである。イスラームの大海に浮かぶ小島のような存在になるのかもしれない。スラブ人にとってはかなり暗い(?)未来図ではあるが、想定外とは言い切れないものがある」  周囲をイスラーム諸国に囲まれたアルメニアはすでにキリスト教の孤島のような存在である。2050年には世界人口の1/4がムスリムになると予測されているが、あらかじめイメジネーションを駆使して想定内にしておくことが必要。アルメニアの存在は、そのいい事例となるかもしれない?

書評 『インド人大富豪 19の教え』(山椒堂出版、2009)
・・「その次は、『アルメニア人大富豪20の教え』かい? しかしまあこのタイトルじゃ売れそうもないな。アルメニア人商人がユダヤ商人顔負けにしたたかだ、という事実はふつうの日本人は知らないだろうしね」  架空のビジネス書の書評(笑) アルメニア商人はユダヤ商人よりもしたたかというのが世界の常識

はじけるザクロ-イラン原産のザクロは東に西に
・・ザクロは、アルメニアにもまたがあるザクロス山脈から!?


料理と酒

in vino veritas (酒に真理あり)-酒にまつわるブログ記事 <総集編>

ユダヤ教の「コーシャー」について-イスラームの「ハラール」最大の問題はアルコールが禁止であることだ

幻の芋焼酎・青酎(あおちゅう)を飲んで青ヶ島の苦難の歴史に思いをはせ、福島の苦難について考える

『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界

映画 『大統領の料理人』(フランス、2012)をみてきた-ミッテラン大統領のプライベート・シェフになったのは女性料理人

西川恵の「饗宴外交」三部作を読む-国際政治と飲食の密接な関係。「ワインと料理で世界はまわる」!

タイのあれこれ (13) タイのワイン

「泥酔文化圏」日本!-ルイス・フロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』で知る、昔から変わらぬ日本人

『izakaya: The Japanese Pub Cookbook』(=『英文版 居酒屋料理帖』)は、英語で見て・読んで・楽しむ「居酒屋写真集」+「居酒屋レシピ集」

味噌を肴に酒を飲む

(2014年9月1日、11月3日、2016年5月7日 情報追加)


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