(二宮神社の拝殿)
二宮神社は、周辺の神社とあわせて4市9社で「下総三山の七年祭」が行われることで、それなりに有名らしい。船橋に住むようになってから5年がたったが、引っ越してきた2009年がちょうどその「七年祭」の年だったのにかかわらず、結局行けずじまいに終わってしまっていたのであった。
だが、次回の「七年祭」は2015年秋、先のことなどわからないわけだし、とにか積み残しの課題は早く解決するに越したことはない。というわけで、ことし2015年の初詣先としたわけだ。
(ご神木の大イチョウ)
■下総国の一宮は香取神宮。二宮は・・
二宮神社は、千葉県船橋市三山5丁目20番1号にある。別名で三山明神(みやまみょうじん)ともいうのは土地と密着した関係があることがわかる。三山は御山からきているらしい。
二宮というからには一宮もあるわけだが、船橋市は下総の国であり、下総の国の一宮は全国的にも有名な香取神宮である。千葉県南部の上総の国は、太平洋岸の玉前神社が一宮であり、上総一ノ宮という駅名にもなっている。船橋市の二宮神社は、すでに鎌倉時代から下総の国の二宮とされてきたようだ。
二宮神社は、正直いって交通の便があまりよくない。クルマで行けばいいのだが、クルマがなければバスで行くか徒歩で行くしかない。バスならJR津田沼駅から20分、徒歩なら新京成電鉄の薬園台駅から歩いて20分かかる。初詣中は初詣ダイヤで、バスの本数はなぜか極端に少なくなっている。
(参道から拝殿を望む 鳥居の左にご神木のイチョウ)
二宮神社は徳川家康以来、徳川将軍からの寄進は幾度にも及んだそうで、『成田参詣記』(1858年)には「三山明神の図」として登場する。成田山新勝寺の参詣ルートであった成田街道(・・現在の国道296号線)沿いにあるためだろう。成田街道からは、歩けば20分くらかかる。
(「三山明神社の図」 『成田参詣記を歩く』より)
本日は正月の三が日目なので、初詣客は思ったよりも多い。クルマで参詣に来る人も多いようで、駐車場に並ぶクルマの列には長いものがあった。
■藤原時平+出雲系+八幡系という複雑な祭神
学問の神さまとなった菅原道真を太宰府に追いやった左大臣・藤原時平を主神として祀っているのは、この地域がもともと藤原氏の所領だったためらしい。藤原時平を祀った時平神社が隣接する八千代市にあるようだが、国民的には人気のない藤原時平を祀った神社は全国的に見てもめずらしいのではないだろうか。その意味でも参詣する意味があるのではないかと思ったのである。
祭神には出雲系もあり、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)と櫛稻田比賣命(くしなだひめのみこと)の夫婦神、それに大國主命(おおくにぬしのみこと)。これに加えて、明治時代の終わりには八幡系の大雀命(おおささぎのみこと)と譽田別命(ほんだわけのみこと)が合祀されている。大雀命(おおささぎのみこと)は仁徳天皇、譽田別命(ほんだわけのみこと)は応神天皇である。
道をはさんで反対側に神宮寺(真言宗豊山派)があるが、明治維新時の「神仏分離令」によって神社と寺が分離される以前は、二宮神社の別当寺であったらしい。二宮神社は、祭神にかんしては、なかなか複雑である。
ところで今回わたしは新京成電鉄の薬園台駅方面から、二宮神社まで歩いたのだが、薬園台駅近くの成田街道沿いでうれしい偶然の発見があった。湯殿山を中心とする出羽三山信仰の石碑である。
(成田街道の薬園台駅近くにある湯殿山信仰の石碑 筆者撮影)
船橋とその周辺は、出羽三山の湯殿山信仰圏のようだが、ここにも木食上人がいたのである。観信という名前だそうだ。木食とは五穀断ちをして木の実だけを食べてミイラ仏となる修行のことだが、18世紀に生きた観信の詳しい経歴はわからない。ここで高幢庵(こうとうあん)という庵を結んで木食の行をつづけたらしい。
さまざまな信仰が複雑に重なり合って存在してきたのが日本であるが、庶民信仰の世界というものは、思ったよりも深く、そして広いことを実感されたのであった。
二宮神社(公式サイト)
二宮神社(船橋市) wikipedia
「下総台地に鎮座する神社の呪術的配置形象 ― 下総三山七年祭神社,藤原時平神社,天満宮等 の位置関係に関する予備的検討」(松下博宣、東京情報大学研究論集 Vol. 26 No. 1 pp. 1-11(2022)
・・時平神社の立地にかんする研究。時平神社系列を封殺するような配置の天神系、水害との関連など文理融合の研究成果
(2024年4月18日 情報追加)
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