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2016年7月23日土曜日

書評 『パックス・チャイナ-中華帝国の野望-』(近藤大介、講談社現代新書、2016)-2012年に始まった「習近平時代」を時系列で振り返るとクリアに見えてくるもの


『パックス・チャイナ-中華帝国の野望-』(近藤大介、講談社現代新書、2016)を通読してみた。中国と朝鮮半島を中心とする東アジア取材をライフワークとするジャーナリストによる書き下ろしである。
  
日々の情報を追っていると、「いま」の状態があたかも以前から続いているかのような錯覚を抱いてしまうが、それがあくまでも錯覚に過ぎないことは、過去を事実ベースで振り返るとよくわかってくる。それが歴史の効用というものだ。

そんな感想をあらためてもつのは、この本が習近平が就任した2012年11月から現在に至るまでの中国の国際関係を「中米関係」(または「米中関係」)を軸に時系列で追った内容だからだ。

読みながら、あのときはそうだったな、と思い起こしながらアタマを整理することができる。中国の歴史的トラウマと、建国の父・毛沢東にみずからをなぞらえ、ロシアの独裁的指導者プーチンをロールモデルとし、ソ連崩壊後のロシアモデルを手本にしてきた習近平の野望と悲願がどこにあるかを知ることもできる。

中国に対して厳しい弛度で望んだ元国務長官ヒラリー・クリントンが大統領に選出される(と予想される)2016年1月までに南シナ海の領有を完成させるという計画、さらにいえば、日本でも翻訳がでた『百年マラソン』(・・日本語版タイトルは『China 2049-秘密裏に遂行される「世界制覇100年戦略』)で知られるようになった、1949年の中華人民共和国建国から100年後の2049年に米国にとってかわって世界の覇権を握るという中国の秘密戦略。これらを事実関係に即してたどっていく。

どうしても日本国在住の日本人であるために、「日中関係」中心にものを見がちだが、強大化する中国の視野にあるのは、あくまでも米国である。「中米関係」あるいは「米中関係」である。中国からみれば、日本は北朝鮮とならんで「やっかいで手に負えない国」とみなされている。こういう視点は面白い。複眼的な視点を得ることができる。

国際関係と軍事を中心にしている本なので、経済の話はウェイトとしては小さいが、何事であれすべてに政治が優先するのが「社会主義市場経済」を標榜する中国であることを考えれば納得のいく話だろう。そもそも習近平自身が経済オンチ(!)なのだが、中国共産党の思考において、政治優先は習近平に限った話ではない。あくまでも政治のための経済である。

したがって、中国にとって経済もまた重要な政治カードである。それは「一帯一路」(One Belt, One Road)構想や、AIIB(=アジアインフラ投資銀行)のような構想だけでなく、チャイナマネーにものを言わせて黙らせるという手法だ。

これは、アフリカ諸国だけでなくアジア各国でも行われてきた。カンボジアやラオスはすでに完全に取り込まれている。日本人が「親日」と見なしているインドのモディ首相ですら、日中を天秤にかけていることを知らねばならぬ。AIIB創設に際して中国に屈服した英国やドイツをはじめとするEUについては言うまでもない。ただし、中国経済の魅力が陰れば、単なる空手形(からてがた)にしかならないのが、この単純明快な手法の限界である。カネの切れ目は縁の切れ目か。

タイトルの「パックス・チャイナ」というのは著者の造語。20世紀の覇権国・米国による「パックス・アメリカーナ」19世紀の覇権国・英国による「パックス・ブリタニカ」になぞらえたものだ。石平氏なら「中華秩序」と表現するだろう。正確にいえば「新・中華秩序」か。

1840年にアヘン戦争の敗北から動揺が始まり、1894年の日清戦争において西欧近代化の先兵となった日本によって破壊されたのが、中国中心の東アジア世界の国際秩序であった「冊封(さくほう)体制」(・・いわゆる華夷秩序)。その復活こそ中国の悲願なのである。ある意味、17世紀に西欧で生まれたウェストファリア体制への挑戦と考えることもできる。そもそも日本は江戸時代以来、中国の華夷秩序には属していなかった。

中国を好きか嫌いかにかかわりなく、中国の真の意図を知ることは日本人にとってきわめて重要。なぜなら、日本から見れば、中国こそ「やっかいで手に負えない国」だからだ。

このテーマに関心のある人にとっては、内容充実して、読んで面白い本だとおすすめしたい。




目 次

はじめに
序章 東方の二人の敵(2012年~2013年)
第1章 習近平外交始動(2013年)
第2章 東アジア緊迫(2013年秋~2014年春)
第3章 日米離反工作(2014年春~秋)
第4章 オバマの屈服(2014年後半)
第5章 日本外しの策謀(2015年)
第6章 ワシントンの屈辱(2015年秋)
終章 米中対決(2016年)

著者プロフィール


近藤大介(こんどう・だいすけ)
1965年生まれ、埼玉県出身。東京大学卒業後、講談社入社。中国、朝鮮半島を中心とするアジア取材をライフワークとする。講談社(北京)文化有限公司副社長を経て、現在『週刊現代』編集次長。『現代ビジネス』コラムニスト。『現代ビジネス』に連載中の『北京のランダムウォーカー』は300回を超え、日本で最も読まれる中国関連ニュースとして知られる。2008年より明治大学講師(東アジア論)も兼任。『中国経済「1100兆円破綻」の衝撃』『日中「再」逆転』『対中戦略』『「中国模式」の衝撃』他、著書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。





<関連サイト>

チャイナマネーが「国際秩序」を買う-ASEAN外相会議一致困難 (遠藤誉、2016年7月25日)
・・「ラオスで開催されているASEAN外相会議で南シナ海に関する判決を共同声明に盛り込めないように、中国は早くからカンボジアとラオスを抱き込んでいた。南シナ海沿岸国でないASEAN内陸国を狙った中国の戦略を読む。」

(2016年7月25日 項目新設)

<ブログ内関連記事>

書評 『なぜ中国は覇権の妄想をやめられないのか-中華秩序の本質を知れば「歴史の法則」がわかる-』(石平、PHP新書、2015)-首尾一貫した論旨を理路整然と明快に説く
・・「中華秩序」を破壊したのが近代日本であったという事実。これはしっかりとアタマのなかに入れておかねばならない。琉球処分と日清戦争における日本の勝利によって、「中華秩序」は破壊された。だからこそ、中国の指導者は絶対に日本を許せないのである。」

日清戦争が勃発してから120年(2014年7月25日)-「忘れられた戦争」についてはファクトベースの「情報武装」を!

朗報! 国際仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)が「中国の南シナ海支配にNO」の審判を下した!(2016年7月12日)

書評 『中国4.0-暴発する中華帝国-』(エドワード・ルトワック、奥山真司訳、文春新書、2016)-中国は「リーマンショック」後の2009年に「3つの間違い」を犯した

書評 『それでも戦争できない中国-中国共産党が恐れているもの-』(鳥居民、草思社、2013)-中国共産党はとにかく「穏定圧倒一切」。戦争をすれば・・・
・・「戦争になったら、間違いなく中国共産党は滅びる。中国共産党=中華人民共和国である以上、「亡党亡国」となるのは必定なのである。」

書評 『語られざる中国の結末』(宮家邦彦、PHP新書、2013)-実務家出身の論客が考え抜いた悲観論でも希望的観測でもない複眼的な「ものの見方」
・・この記事に掲載した各種資料を参照

書評 『中国外交の大失敗-来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ-』(中西輝政、PHP新書、2015)-日本が東アジア世界で生き残るためには嫌中でも媚中でもない冷徹なリアリズムが必要だ

書評 『完全解読 「中国外交戦略」の狙い』(遠藤誉、WAC、2013)-中国と中国共産党を熟知しているからこそ書ける中国の外交戦略の原理原則

書評 『尖閣を獲りに来る中国海軍の実力-自衛隊はいかに立ち向かうか-』(川村純彦 小学館101新書、2012)-軍事戦略の観点から尖閣問題を考える

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂聰、新潮社、2009)-「平成の林子平」による警世の書
・・海上保安庁巡視艇と北朝鮮不審船との激しい銃撃戦についても言及。海上保安官は命を張って国を守っている!

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)-国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論
・・海は日本の生命線!

(2016年7月24日 情報追加)



(2012年7月3日発売の拙著です)








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