ことし2014年は、第一次世界大戦が勃発してから百年。さまざまな機会に振り返りが行われているが、一般的な日本人が想像する以上に、第一次世界大戦が時代の「大転換」になったことは、あらためて強調しておきたい。1914年当時は「第一次」でなく、人類がはじめて体験した「世界大戦」であったのである。
この本は、文化史から出発して百冊以上の本を出してきた博識の著者が、1914年に始まる「センチュリー」(=100年)の最初の「デケイド」(=10年)を振り返ったものだ。1914年についてのみ書かれた本ではない。
新書本なので、深く突っ込んだ議論がなされているわけではないが、1914年が大転換点になったことをさまざまな側面から見るオムニバス方式の内容だ。
二部構成で、前半は政治経済と軍事、情報といったハードな側面。後半は、文化というソフトな側面から。1914年からの最初の10年について要領よく知りたい人は、前者はコンパクトにまとまっているので、これを読むだけで十分だろう。
ただし事実誤認と思われるような点や、参照や依拠している文献の問題点を感じざるをえない箇所が散見される。治安維持法関連の項目など、最新の研究成果を踏まえているとは言い難い。日本関連のことにかんしては、一言でいえば史観が古くさいのだ。
第一次世界大戦については、2014年には、あらたに何冊も出版されているので、別の本を読むことを薦めたい。これらについては後日このブログでも取り上げる予定だ。
むしろ、後半の文化面こそ著者本来の関心分野であるだけに、モダン・アートにかんする章など面白いものもある。ただし、総花的で薄い記述に終わっているという印象は免れえない。ラフスケッチといった印象である。
細かい事実関係の誤りなどに目をつむれば、1914年前後がいかに、大転換期になったかの概観をつかむことは可能だろう。
■「100年単位」をタイムスパンとすることの意味と限界
著者も書いているように、10年はデケイド(・・著者はディケイドと書いているが間違い。英語の発音としては「デケイド」でなくてはならない)、30年は世代(=ジェネレーション)、100年(=センチュリー)は3世代強となる。
人間の一生は通常100年を越えることがないので、自分が体験していないことはイマジネーションの限界を超えている。最近よく思うのだが、30年前のことですら、ほとんど覚えていない。遠い国の話のような気もするくらいだ。自分とは関係ないような気さえする。
だから100年前のことが、かえってあたらしく感じられるのだ。自分が体験していないからこそ新鮮なのである。
だが、100年単位でみることは重要だが、わたしは、いまを考えるにあたっては、100年単位というよりも500年単位でみたほうがより正確だと考えている。現在は100年前と似ているというよりも、16~17世紀に似ていると考えるべきなのだ、と。
歴史を考えるに当たって、どの程度のタイムスケールで考えるかという問題なのだ。
出版社がつけた帯には、「歴史は再び繰り返されるのか」というキャッチコピー書いてあるが、これは愚問というべきだろう。著者もまた同様の感想を書いているが、歴史そのものは繰り返されることはない。似たようなパターンは出現しても、内容は同一ではない。
歴史は短期・中期・長期でみるべきだと強調したのは、20世紀最大の歴史家フェルナン・ブローデルである。この見方は経済学を,学んだ者であれば違和感はないだろう。景気循環にかんするジュグラーの波やコンドラチェフの波など聞いたことがあるはずだ。
その意味では、100年前を振り返ることの意味はあるが、あくまでも限定された意味であると捉えるべきなのだ。100年は長期だが、さらなる長期の300年あるいは500年で見ないと見えてこないものがある。現在はその500年周期の移行期と考えるべきなのだ。
したがって、本書は軽い読み物として、ざっと読み飛ばす程度でちょうどよいのである。
目 次
プロローグ
Ⅰ
第1章 第一次世界大戦はいかに起こったか
第2章 ヴェルサイユ条約の責任
第3章 国家の秘密と情報戦
第4章 日本と第一次世界大戦-シベリア出兵
Ⅱ
第5章 少女趣味の時代-宝塚少女歌劇の誕生
第6章 ジェンダーとセックス-女性の出発
第7章 モダン・アートの革命-光と闇
第8章 世界は曲がりはじめた-相対性理論と量子論
第9章 生命と遺伝子-人間とはなにか
第10章 メディアが若かった時-大衆文化の神話時代
エピローグ
著者プロフィール
海野弘(うんの・ひろし)
1939年東京都生まれ。評論家。早稲田大学文学部卒業。出版社勤務を経て、美術・映画・音楽・都市論・歴史・華道・小説などの分野で執筆活動を展開。著書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
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■1914年と世界大戦
「サラエボ事件」(1914年6月28日)から100年-この事件をきっかけに未曾有の「世界大戦」が欧州を激変させることになった
書評 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(片山杜秀、新潮選書、2012)-陸軍軍人たちの合理的思考が行き着いた先の「逆説」とは
・・日本国民にとって「第一次世界大戦」は直接の関係はなかったが、陸軍軍人たちにとっては必ずしもそうではなかったという事実
漱石の 『こゝろ』 が出版されてから100年!-漱石と八雲の二つの Kokoro (心) (2014年)
■歴史を見るタイムスパン
「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
500年単位
書評 『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)-地政学で考える
書評 『終わりなき危機-君はグローバリゼーションの真実を見たか-』(水野和夫、日本経済新聞出版社、2011)-西欧主導の近代資本主義500年の歴史は終わり、「長い21世紀」を生き抜かねばならない
書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために
書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)-「知の巨人」ブローデルが示した世界の読み方
『なんとなくクリスタル』から出版されてから33年-あらためて巻末の「統計資料」に注目してみよう
・・30年前なんて遠い星の出来事のような感じがする
書評 『1995年』(速水健朗、ちくま新書、2013)-いまから18年前の1995年、「終わりの始まり」の年のことをあなたは細かく覚えてますか?
・・ついこないだと思っていたことも、じつはほとんど記憶のなかにないという驚愕の事実
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