「理系離れが進行している」という危機意識に充ち満ちた発言が聞かれるようになってから、どれくらいの年月がたっているだろうか?
「3-11」後にく驚いたのは、日本国民の「理科のリテラシー」が想像以上に低くなっていたことだ。
リテラシー(literacy)とは、もともと識字率の識字のことを意味していたコトバだが、現在では意味が拡張されて、理解してつかいこなす能力のことを意味するようになっている。
「理科のリテラシー」とは、理科の基本知識を理解したうえで身につけてつかいこなす能力のことを意味していえうろ御理解いただきたい。
わたし自身、いままでいろんな機会で、日本人とくらべるとアメリカ人の理科や数学のリテラシーが低いと発言してきたが、どうやら撤回しなければならないようだ。
なんといっても驚いたのは、核分裂について学校で教えなくなっていたという話だ。この話を聞いて愕然とした。大学入試の受験科目にないからという理由で理科を選択しない学生が増えているという話は以前から聞いていたが、そのあまりの功利的な姿勢が、知らないうちに、みずからの命を危険にさらしていることにどれだけ気がついているのだろうか? 「3-11」後には、核分裂にかんする教育が復活すると報道はされている。
「ゆとり教育」の悪影響が、日本人の生命を危険にさらしている。
いや、ゆとり教育で目指されていた総合的学習こそ、理科のリテラシーを高めるはずのものだったのではないか?
しかしそうはいっても、化学のメンデレーエフの周期表はちゃんと勉強しないと、物理法則の基本を勉強しないと、生物の基礎知識がないと、ゆとりでもなんでもない。
受験で選択していないからわからない? 理科はキライだから思い出したくもない?
いやいや、それでは困ります。
では、まずは、「地学」からはじめよう! たしかに物理や化学は、いまから勉強し直すのは敷居が高いかもしれない。だからまずは地学から。
地学とは地球科学の略、地球とは自分たちが生きている星のことだ。「地球にやさしい」というキャッチフレーズはクチにしても、地球がそのそもどんなものか知っていなければ意味はない。
そしてなによりも、地震国で火山国の日本に住んでいる以上、自分が立っている大地がどのような構造をもっているのか一通りの知識をもっていることは、命にもかかわる重要な知識である。
それには、高校地学の教科書を復習するのがいちばんだ。
いろいろ教科書や参考書をさがしてみたが、その結果、『新しい高校地学の教科書(現代人のための高校理科) 』(杵島正洋/松本直記/左巻健男、講談社ブルーバックス、2006)がもっともいいという結論に達した。
編著者は、いずれも高校で教鞭をとっている現役の教師ばかり(執筆時)だから、高校生の理解の程度も熟知している。だから、安心して本書を読んでいけば、ひととおりの地学の知識を得ることができる仕組みになっている。
「さくいん」も用意されているが、辞典としてつかうよりも、最初から理解しながら読むのが王道というべきだろう。もちろん、もっとも知りたいと思う章から読み始めるのもいいことだ。
目次を掲載しておこう。これで地学がカバーする範囲を具体的に把握することができるはずだ。
はじめに
第1章 地球の形と構造
第2章 地球をつくる岩石と鉱物
第3章 地震・火山・プレートテクトニクス
第4章 変わりゆく地表の姿
第5章 地球と生命の進化
第6章 大気と水が織りなす気象
第7章 海洋がもたらす豊かな環境
第8章 太陽系を構成する天体
第9章 恒星と銀河、宇宙の広がり
やってみよう
コラム
地学がカバーする範囲はきわめて広い。物理や化学が基礎化学の性格がつよい学科であるとすれば、地学は総合科学の色彩のきわめて濃い学科である。範囲は地球を越えて宇宙にまで及ぶ。
上記に掲載した目次でみれば、第1章から第4章までは狭い意味の地球科学に該当する。これ4には第7章も加えていいだろう。第5章は、化石などを研究対象とする古生物学ともオーバーラップする領域だ。第6章は気象学、第8章と第9章は宇宙物理学、それ以外の各章とも化学とオーバーラップしている。さらにいえば、地層には歴史も含まれるし、国語・数学・英語という基礎科目を補強するものでもある。
わたしの母校では、地学は高校一年で履修する「地学Ⅰ」しか開講されていなかった。30年以上前ですら、地学を専門に教えることのできる教師の絶対量が不足していたのだ。高校時代は『地球の歴史 第2版』(井尻正二/湊 正雄、岩波新書、1974)を愛読していたわたしは、高校三年時には、ほんとうは「地学Ⅱ」を選択したかったのだが選択不能だった。そのかわり「物理Ⅱ」を選択することにした。
そういったむかし勉強したから地学はもういいという人も、この本を読むべき価値があるのは、「第3章 地震・火山・プレートテクトニクス」があるからだ。「プレートテクトニクス理論」が定着したのはそう古い話ではないが、この理論について知っていることは、地震国日本に住む人にとっては常識とならねばならないのだ。
「現代人のための高校理科」のシリーズからは、地学のほか、物理、化学、生物が出版され、それぞれ着実に版を重ねている。
ブルーバックスなど手にとって読んだことがないという人も、ぜひ自分がもっとも好きだった科目から手にとってみるといいと思う。試験勉強ではないのだから、気楽に楽しみながら読み進めたい本である。ぜひ、理科全般にわたって再学習をすすめてほしい。
「理科のリテラシー」は、あなたとあなたの大事な人たちを救う知識である。まずは足もとにある大地の学習から!
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著者プロフィール
杵島正洋(きしま・まさひろ)東京大学理学部地学科、同大大学院修士課程で韓国の地質を研究し、現在は慶應義塾高等学校教諭・慶應義塾女子高等学校講師。専門は地質学・理科教育(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
松本直記(まつもと・なおき)現在、慶應義塾高等学校教諭・慶應義塾湘南藤沢中等部講師・NHK高校講座地学(気象分野)講師。気象予報士。主に地学を題材として新たな科学教育の展開を模索している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
左巻健男(さまき・たけお)東京大学教育学部附属中・高等学校教諭、京都工芸繊維大学教授等を経て同志社女子大学現代社会学部現代こども学科教授。専門は理科教育、環境教育。新理科教育ML代表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
<関連サイト>
地形判読のためのページ(国土地理院)
(2016年6月21日 項目新設)
<ブログ内関連記事>
■理科全般
Study nature, not books !・・19世紀米国の海洋学者、地質学者、古生物学者であったルイ・アガシーの名言
「天災は忘れた頃にやってくる」で有名な寺田寅彦が書いた随筆 「天災と国防」(1934年)を読んでみる
「地震とナマズ」-ナマズあれこれ
「リスボン大地震」(1755年11月1日)後のポルトガルのゆるやかな 「衰退」 から何を教訓として学ぶべきか?
スリーマイル島「原発事故」から 32年のきょう(2011年3月28日)、『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島-』(広瀬隆、ダイヤモンド社、2010) を読む
ファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる
■地学関連
『崩れ』(幸田文、講談社文庫、1994 単行本初版 1991)-われわれは崩れやすい火山列島に住んでいる住民なのだ!
地層は土地の歴史を「見える化」する-現在はつねに直近の過去の上にある
■2012年度新学期特集
① 総論
福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ!
②古文(国語)
書評 『平安朝の生活と文学』(池田亀鑑、ちくま学芸文庫、2012)-「王朝文化」を知るために
③数学とコンピューター
書評 『コンピュータが仕事を奪う』(新井紀子、日本経済新聞出版社、2010)-現代社会になぜ数学が不可欠かを説明してくれる本
④地学と理科
本編
⑤社会科学
(予定)
(2014年10月7日 情報追加)
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(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)
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(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)
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