(当日配布されたパンフレットより)
インドのナレンドラ・モディ首相が近隣諸国以外では初の外遊を日本に決定して来日中(2014年8月30日~9月3日)である。
昨日(2014年9月2日)に開催された 「ナレンドラ・モディ インド首相講演会 My Vision of India」に参加してきた。日本経済新聞社の主催によるビジネス関係者向けセミナーの一環である。
申込者4,000人に対して1,200人が当選したということで競争率は約3.3倍である。就任してから3ヶ月のモディ首相への関心とインドビジネスへの期待の高さがうかがわれる。概要は以下のとおりである。
ナレンドラ・モディ インド首相講演会
【日時】 2014年9月2日(火) 15:00~17:00(14:00 開場)
【会場】 ホテルオークラ東京 本館1F「平安の間」(東京都港区虎ノ門2-10-4)
日本経済新聞社はナレンドラ・モディ インド首相をお迎えし、講演会を開催いたします。 グジャラート州首相時代に国内外の企業を誘致し高成長を実現した手腕がインド全体に広がるのか、日印間の新たなビジネスパートナーシップの契機となるのか。今年5月末の就任から間もない同首相が打ち出す新たな経済政策は日本企業だけでなく世界から注目されています。
プログラム / Program
【講 演】 ナレンドラ・モディ インド首相
【歓迎挨拶】 鈴木修 スズキ会長兼社長 以下略
※言語はヒンディー語、日本語、英語の3ヵ国語でご案内いたします。
会場は虎ノ門のホテルオークラ。そうじゃなくても霞ヶ関や赤坂のアメリカ大使館に近いのでふだんから警戒が厳しい地域だが、さすがにインド首相のような大物ともなると警戒はさらに厳重である。持ち込み制限があるだけでなく、ホテル内に設置された金属探知機によるセキュリティ・ゲートをくぐるので、会場に入るだけで30分以上もかかった。かなり早めに会場にはついていたのだが。
(会場内の写真撮影ができないので、これで勘弁を・・・)
セキュリティ・ゲートの前でジャーナリストの櫻井よしこさんを見かけた。中国嫌いのインドびいきの人だから招待されたのだろうか。わたしの目の前を横切ったのでそれとわかったのだが、思ったより、ずいぶん小柄な方だった。
わたしは招待客でもないし、プレス(=報道関係)でもないので、写真撮影ができないだけでなく、座席は半分よりうしろになる。縦長の宴会場なので、うしろのほうではよく見えないのが難点。講演中のモディ首相はゴマ粒なみの小ささで、モニターに映しだされた画像を見るくらいなら、テレビのビジネスニュースで十分ではないかと思ってしまう。スポーツ観戦で感じるのと同じ心境だ。
そうはいっても「現場」ならではのこともある。今回よくわかったのは、モディ首相はあえてインドの共通語であるヒンディ語でしゃべる人だということ。ときどきまじる英単語は明瞭な発音なので聞き取れるが、それ以外のヒンディ語は同時通訳の音声にたよらざるを得ないのが面倒くさい。同時通訳レシーバーが大嫌いなわたしだが、これだけはいかんともしがたい。
まあこれだけなら、インターネット中継してくれればそれですむ話だ。どうも日経の対応は世の中からはるかに遅れているという印象を持たざるを得ない。
(2014年9月2日のNHKニュースより)
講演のキーワードは「メイク・イン・インディア」(Make in India)。どうやら「メイド・イン・ジャパン」(Made in Japan)のもじりのようだが、インドを製造業の一大拠点にしたいという構想のようだ。だから、日本とは補完関係になるという趣旨なのだろう。
モディ首相は、インドには「3D」が揃っているという。「3D」というのは、モディ首相の表現ではなく、わたしが勝手に書いているのだが、モディ首相は3つの英単語を並べて述べていた。Democracy(民主主義)、Demography(人口統計)、Demand(需要)の3つである。
この三拍子が揃っている国はなかなかないのは否定できないところだ。インドは「世界最大の民主主義国家」であり、国内需要も旺盛である。
モディ首相は、直接は言及しなかったが、人口規模は同程度であっても、民主主義とはほど遠い一党独裁で、内需も乏しい中国との対比が念頭にあるのだろう。政権交代の結果、返り咲いたBJP(=インド人民党)の党首としては当然の発言だろう。BJPはヒンドゥー至上主義とも関連のあるナショナリスト政党である。
もちろん、インドは州の独立性の強い「多言語国家」である。モディ首相の講演後に「歓迎挨拶」を行ったスズキの鈴木修会長の発言にもあったように、「インドは EU のようなもの」という比喩は適切だ。30年前からインドで自動車製造を合弁のマルティ・スズキ(Multi Suzuki)で行ってきた鈴木氏だけに説得力がある。多様性は、ポジティブでもありネガティブな意味合いをもつことは、すくなくともビジネスパーソンであれば、アタマの中に入れておくべきことだ。
議論好きで延々と自己主張する人が多いインド人だが、さすがに分刻みで動かなくてはならない政治家だけに、モディ首相の講演は比較的簡潔なものであった。日経論説委員の「グローバリゼーションとナショナリズムの関係についての質問には、1時間でもしゃべりたいようなことを答えていた。
日本を離れる9月3日は、就任から100日目に当たる。記念すべき日に日本に来たということは重要なことだが、外交から目を転じて内政ということになると、就任から3ヶ月のメディアとの「ハネムーン期間」が終わったことも意味している。
モディ首相にとっては、これからが本番である。正念場である。さまざまな問題の山積するインドであるが、グジャラート州知事時代に実行した改革をインド全体で実行できるかどうか、大いに期待したい。
(2014年9月2日のNHKニュースより)
<参考>
ナレンドラ・モディ インド首相(His Excellency Mr. Narendra Modi, Prime Minister of India)
(出典: http://www.nikkei-events.jp/india/speaker.html)
1950年9月17日、インド西部グジャラート州のワタナガル生まれ。貧しい家庭だったため、子供の頃は兄弟とともに鉄道の駅でチャイ(紅茶)を売って生計を助けた。
10代からインド人民党(BJP)の支持母体で、ヒンズー教思想や文化の復興、革新を目指す「民族義勇団(RSS)」に参加。雑用係から次第に頭角を現した。グジャラート大で政治学を学び、1987年にBJP入党。95年から全国レベルでの党幹部を歴任し、2001年にグジャラート州首相に就任。当時同州は大地震に見舞われた直後で、当初は壊滅したインフラの改修・復興に奔走した。
(会場で無料配布していた日経の英語雑誌のカバー)
その後、電力や道路・港湾などインフラ整備を進めるとともに投資手続きの簡素化に取り組み企業の誘致に成功。インド自動車大手タタ自動車だけでなく、海外からも米フォード・モーターやマルチ・スズキなど自動車産業を相次いで誘致した。この実績は「グジャラート・モデル」と呼ばれ、開発を主導した手腕は企業の間で「まるで最高経営責任者(CEO)」と評価が高い。
(「グジャラートの奇跡はインド全体に適用可能か?」・・上掲雑誌より)
昨年9月にBJPの首相候補に選出されると「グジャラート・モデルを全土に広げる」と訴え、支持を広げた。今年5月に実施した総選挙では、BJPが過半数の議席を獲得、それまでの与党・国民会議派から10年ぶりの政権交代を実現。同月26日、首相に就任した。
親日家としても知られ、2007年と12年に来日。日本の経済界とも関係が深い。
*松田氏は、この本のなかで、インド人の方が中国人よりも製造業に向いているのではないかという考察を述べている
Make in India(メイク・イン・インディア)公式サイト(英語)
モディ首相の「Made in India」とは直接関係ないが、インドの歌姫アリーシャ・チナイに「Made in India」(1995年)という曲があって、インド人から絶大な支持を受けたことを思い出した。
Alisha Chinai - Made In India Video - YouTube
(2016年11月3日、2017年8月11日 情報追加)
<関連サイト>
モディ首相 「日本で奇跡起こせる」(日本経済新聞電子版サイト 2014年9月2日) ・・当日の講演のダイジェスト版の動画(2分17秒)
インドで採用進む日本の理工系教育、ITよりもロボットや新幹線に関心 (日経テクノロジーオンライン、2014年9月5日)
・・「インドの産業といえばこれまではITだったが、その人気は落ちている。では、どういう分野に興味を持っているかというと、日本が得意とするロボットや新幹線だ」(ラーニングシステム株式会社代表の菊池氏の発言)。 いまはインドででは、アメリカ政府が推進している STEM教育(Science, Technology, Engineering and Mathematics)の方向にシフトしつつある。これがモディ首相のいう「メイク・イン・インディア」(Make in India)構想の背後にあるのだろう
(1995年インド北部にて若き日のわたくし 経済改革から4年目のインド)
モディ首相、最初の100日で多くの成果ただし内政、外交とも難しい課題が山積 (帝羽 ニルマラ 純子、東洋経済オンライン、2014年9月12日)
モディ政権の今こそインド投資の好機 (サンジーヴ・スィンハ、日経BizGate、2016年9月28日)
(2016年9月30日 情報追加)
<ブログ内関連記事>
■モディ首相のバックグラウンドであるヒンドゥー・ナショナリズム
書評 『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中島岳志、中公新書ラクレ、2002)-フィールドワークによる現代インドの「草の根ナショナリズム」調査の記録
・・モディ首相のバックグラウンドであるヒンドゥー・ナショナリズムについて知るにはもっとも手頃な一冊。なぜモディ首相は英語ができるのにヒンディー語を使用するのか
書評 『インド日記-牛とコンピュータの国から-』(小熊英二、新曜社、2000)-ディテールにこだわった濃厚な2ヶ月間のドキュメントで展開される日印比較による「近代化論」と「ナショナリズム論」
・・ヒンドゥー・ナショナリズムをバックにしたBJPが躍進した最初期のインドの「空気」を記録した貴重な記録。グローバリゼーションの進展のなか、経済改革に大きな舵を切ったからこそナショナリズムがのプレゼンスが大きくなってきてきているのである。
■インドの科学と技術、ビジネス
書評 『インドの科学者-頭脳大国への道-(岩波科学ライブラリー)』(三上喜貴、岩波書店、2009)-インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる
日印交流事業:公開シンポジウム(1)「アジア・ルネサンス-渋沢栄一、J.N. タタ、岡倉天心、タゴールに学ぶ」 に参加してきた
書評 『飛雄馬、インドの星になれ!-インド版アニメ 『巨人の星』 誕生秘話-』(古賀義章、講談社、2013)-リメイクによって名作アニメを現代インドで再生!
■インド文明とインド文化
梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・インド世界と中東という「中洋」の発見
「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記
インド神話のハヤグリーヴァ(馬頭) が大乗仏教に取り入れられて馬頭観音となった
タイのあれこれ(17) ヒンドゥー教の神々とタイのインド系市民
「無憂」という事-バンコクの「アソーク」という駅名からインドと仏教を「引き出し」てみる
合掌ポーズの「ワイ」はクセになる-タイのあれこれ(番外編)
・・インド人もナマステといいながら合掌ポーズをとる挨拶をする
■ボリウッド映画
ボリウッド映画 『ロボット』(2010年、インド)の 3時間完全版を見てきた-ハリウッド映画がバカバカしく見えてくる桁外れの快作だ!
・・2012年日本公開のタミル語映画
ボリウッドのクリケット映画 Dil Bole Hadippa ! (2009年、インド)-クリケットを知らずして英国も英連邦も理解できない!
ボリウッド映画 『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(インド、2007)を見てきた
■インド社会の問題
大飢饉はなぜ発生するのか?-「人間の安全保障」論を展開するアマルティヤ・セン博士はその理由を・・・
アマルティア・セン教授の講演と緒方貞子さんとの対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」(日立創業100周年記念講演)にいってきた
書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察
書評 『必生(ひっせい) 闘う仏教』(佐々井秀嶺、集英社新書、2010)
・・インド社会の底流にあるどす黒い現実に目を向けるという意味でも必読書
アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド
書評 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)-ミッション・ビジョン・バリューが重要だ!
(2014年9月23日 情報追加)
(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)
end