TVでニュースを見ていたら、私小説の作家・西村賢太氏が亡くなったことを知った。享年54。
早すぎる死である。家庭の事情で中卒後の若い頃から始めた肉体労働の苦労が人知れずカラダを蝕んでいたのだろうか。タクシーのなかで容態が急変し、心臓が止まったのだという。ご冥福を祈ります。合掌
西村賢太氏の小説は、芥川賞受賞作の『苦役列車』(新潮文庫、2014)の1冊しか読んでいないので、その文学について語る資格はない。
だが、この『苦役列車』という小説は、圧倒的な迫力をもった私小説であった。限りなくリアルに近いフィクション。ノンフィクション性が濃厚な私小説というフィクション。
こういった広い意味での仕事もの、労働もののマンガや体験記を読むのが好きで、比較的よく読んでいるのだが、この『苦役列車』はそのなかでも一頭地を抜くものがあった。だから、一読したあとも強く記憶に残っているのだ。
労働体験ものといえば、日本の知識人たちが賞賛してやまない『工場日記』という作品がある。フランスの知識人シモーヌ・ヴェイユのものだが、第二次大戦前のフランスでルノー関連の部品工場で働いた体験を記したものだ。
だが、わたしはこの作品のどこがいいのか、まったく理解できないのだ。
裕福なユダヤ系の医師家庭に生まれた左派のインテリ女性が(・・彼女の兄は有名な数学者のアンドレ・ヴェイユである)、労働者の過酷な状況に同情して、労働者の境遇を知ることが大事だと考えてみずから体験してみたといったレポートのような作品だ。
働くことを余儀なくされたから働いたのではない。 短期間、労働者を体験しただけだ。 辞めようと思えば、いつでも辞められる環境。
のちに聖女扱いされるようになったシモーヌ・ヴェイユは、たぐいまれな「共感能力」をもった人であったようだが、彼女がアタマで考えていたのとは違い、ほんとうの意味での労働者ではない。底辺で過酷な生活を強いられた労働者ではない。喰うための労働ではない。
カラダの弱かった彼女にとっては、つらい体験であっただろうことは理解できる。だが、それに比べたら、理由がなんであれ、底辺やそれに近いところで労働することを強いられた人たちの体験記とは、リアリティのレベルが違うのである。思考能力や表現能力の差ではない。圧倒的なリアリティのレベルの違いなのだ。
そんなことを以前から思っていたのだが、西村賢太氏の訃報を聞いて、今回はじめて文字化してみた。
ところで、ひさびさに『苦役列車』を本棚から引っ張り出してページをめくってみたら、なんと文庫本の解説を石原慎太郎氏が書いているではないか!
その文章を読むと、小説家としての石原慎太郎氏が、おなじく肉体派の西村賢太氏の作品をきわめて高く評価していたことがわかる。芥川賞受賞作の『太陽の季節』も、ある意味では肉体派の私小説といっていいかもしれない。
その石原慎太郎氏も、つい先日の2月1日に89歳でお亡くなりになったばかりだ。西村賢太氏は石原慎太郎氏のあとを追うようにして3日後に亡くなったのである。
まことにもって残念なことである。あらためて二人のご冥福を祈りたい。合掌
<関連サイト>
・・西村賢太氏は、「石原慎太郎氏の 訃報(ふほう)に接し、虚脱の状態に陥っている。(・・中略・・)十代の頃から愛読していた小説家の逝去は、やはり衝撃の度合が違う。これでもう、私が好んだ存命作家は 唯の一人もいなくなってしまった。 (・・中略・・)初期の随筆『価値紊乱者の光栄』を読むに至って、愛読の中に敬意の念が色濃くなっていった。(・・中略・・)石原氏の政治家としての面には 毫も興味を持てなかった。しかし六十を過ぎても七十を過ぎても、氏の作や政治発言に、かの『価値紊乱者の光栄』中の主張が一貫している点に、私としては小説家としての氏への敬意も変ずることはなかった。
それだけに、後年芥川賞の選考委員としての氏が、落選を繰り返す拙作をその都度文中の “身体性” に着目して唯一人推し続けて下すっていたことは、忘れられぬ徳である。(・・後略・・)
と書いている。この追悼文の3日後に、まさか自分があとを追うように死ぬとは考えもしなかったことだろう。だが、この追悼文を残せたことは西村賢太氏にとって、不幸中の幸いだっといえるかもしれない。虚脱感が西村賢太氏の死を招いたのかもしれないが・・・
・・「世間に顧みられず、貧困の中で死んだ戦前の作家、藤澤清造の「没後弟子」を自称した西村さんは、「無頼派作家」と言われた。だが、書くことには真面目で頼りになる人だった。」
<ブログ内関連記事>
・・「ただ僕にはね、仕事のなかにあるもの--つまり、自分というものを発見するチャンスだな、それが好きなんだよ。ほんとうの自分、--他人のためじゃなくて、自分のための自分、--いいかえれば、他人にはついにわかりっこないほんとうの自分だね。(中野好夫訳)
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