本書は、2010年代中国の「第二代農民工」の実態に迫るルポと考察である。
『中国絶望工場の若者たち-「ポスト女工哀史」世代の夢と現実-』というタイトルは、「中国絶望工場」と「女工哀史」という、先行する2つのルポルタージュ作品を踏まえたものだ。
『中国絶望工場』とは、2008年に出版された、アメリカの女性ジャーナリストのアレクサンドラ・ハーニーの著書のタイトル。中国がなぜ「世界の工場」となったか、そして今後どうなっていくかのヒントを得ることができる本だ。
『女工哀史』とは、1925年(大正14年)に出版された、細井和喜蔵による繊維工場のルポ。劣悪な工場労働の現実についての詳細なルポルタージュである。
たしかに、アップルの iPad などの製品の組み立てを請け負っているフォックスコン(富士康)での連続自殺事件のニュースを耳にしていると、「女工哀史」、あるいは「絶望工場」かという気にさせられる。だがもちろん若い女性だけではない。若い男性も働いている。
「絶望工場」で働いているのは、エリートでも富裕層でもないフツーの中国人。新しい都市住民として台頭する「第二代農民工」である。トータルで約1~1.5億人いるといわれる彼らは、われわれの大半がふだん接することのない中国のマジョリティである。フォックスコン(富士康)での連続自殺事件だけでなく、反日デモで暴れまわったのも彼らの一部である。
その意味では、第1章から第3章までのルポが興味深い。突撃型の取材精神には脱帽である。その現場で働いている、あるは働いていた個々人の中国人のナマの声を拾い上げているからだ。「日系企業に対する愛憎」(・・そう愛と憎しみは両立する)や「将来の夢」などを聞くと等身大の「第二代農民工」たちを人間として知ることができる。
時間の関係から十分にルポが行えなかったと著者は語っているが、逆に第4章では分析と考察がなされているので書籍としては充実したものとなったようである。中国社会の現実にかんする著者の見識は、取材経験の蓄積の裏付けがあり説得力がある。
「農民戸籍」という身分差別を前提にした中国の「内国アパルトヘイト」、「内国植民地状態」はアタマでは知っていても、本書で語られる内容であらためてそのナマナマしい実態を知ることになる。根強くのこる都市戸籍者たちの農村戸籍者たちへの恐怖と差別意識。
一方、農村部では意外と守られていないのが「一人っ子政策」だ。男の子が生まれるまで何人も女の子を生むという実態。もちろん罰金を払っての上だが。しかし、そのため末っ子である男の子が甘やかされる構造ができあがるわけでもある。それが自殺者が多いという現象につながっているのかもしれない。
マズローの欲求段階説にしたがえば、「第一代農民工」が生存欲求と安全欲求をすでに満たしたとすれば、すでに生活の最低レベルはクリアした状態で育ってきた「第二代農民工」は、自己実現とまではいかなくても承認欲求の段階まで来ているのではないだろうか。
都市部で働く「第二代農民工」は、いわゆる「蟻族」(イーズー:ありぞく)とかさなる側面もある。「蟻族」とは、「大学はでたけれど・・・」という若者たちのことだ。大半が大学には進学していない「第二代農民工」たちもまた、先の全人代で国家主席に就任した習金平が連呼した「チャイナドリーム」には程遠い現実を生きなければならない点においては共通したものをかかえている。
反日暴動の主役となったのは「第二代農民工」であるが、一方では一人ひとりの所得は低いとはいえ、1億から1.5億人というマスを形成しているかれらは消費者としても存在感がある。
かれらの実態を知ることなく、中国ビジネスを行なうことはできないだろう。ビジネスにかかわっていなくても、隣国の社会についてある程度知っておくことは重要だ。
なんせ1億人強もいるのである。日本の総人口とほぼ同じ規模の大集団なのである。
目 次
まえがき
第1章 山東省の日本出稼ぎ村
第2章 ストライキはなぜ起きるか
第3章 フォックスコンの光と影
第4章 第二代農民工が抱える潜在的リスク
第5章 意識の高い農民工の登場
第6章 新しい農民工と日中関係-「希望工場」をつくるのはだれか
長いあとがき
著者プロフィール
福島香織(ふくしま・かおり)
奈良県生まれ。大阪大学文学部を卒業後、1991年、産経新聞社大阪本社に入社。1998年に上海・復旦大学に1年間、語学留学。2001年に香港支局長、2002年より2008年まで中国総局記者として北京に駐在。2009年に退社後、フリー記者として取材、執筆を開始(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
<関連サイト>
中国新聞趣聞~チャイナ・ゴシップス(日経ビジネスオンラインに連載中の福島香織氏による記事)
<ブログ内関連記事>
書評 『中国貧困絶望工場-「世界の工場」のカラクリ-』(アレクサンドラ・ハーニー、漆嶋 稔訳、日経BP社、2008)-中国がなぜ「世界の工場」となったか、そして今後どうなっていくかのヒントを得ることができる本
『中国美女の正体』(宮脇淳子・福島香織、フォレスト出版、2012)-中国に派遣する前にかならず日本人駐在人に読ませておきたい本
書評 『蟻族-高学歴ワーキングプアたちの群れ-』(廉 思=編、関根 謙=監訳、 勉誠出版、2010)-「大卒低所得群居集団」たちの「下から目線」による中国現代社会論
書評 『新・通訳捜査官-実録 北京語刑事 vs. 中国人犯罪者8年闘争-』(坂東忠信、経済界新書、2012)-学者や研究者、エリートたちが語る中国人とはかなり異なる「素の中国人」像
書評 『中国台頭の終焉』(津上俊哉、日経プレミアムシリーズ、2013)-中国における企業経営のリアリティを熟知しているエコノミストによるきわめてまっとうな論
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書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)-ひたすらゼニに向かって驀進する欲望全開時代の中国人
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・・中国には、波多野鶴吉はいないのだろうか? 『女工哀史』の時代に先進的経営を実践した経営者について
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