調べ物のために、ひさびさに『米欧回覧実記』を引っ張り出してきて、パラパラやっている。
『米欧回覧実記』は、1871年(明治3年)から1年10ヶ月にわたって米国と欧州を訪問し、実地検分を行った「岩倉使節団」の公式記録である。執筆を担当したのは、佐賀藩出身の久米邦武。
正式なタイトルは『特命全権大使 米欧回覧実記』である。「岩倉使節団」の「特命全権大使」が500円札の岩倉具視だったからそうなっているわけだ。
「副使」は、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文に山口尚芳。和服でチョンマゲに革という(!)という、いちど見たら絶対に忘れない岩倉具視を中心にした集合写真で有名だ。
(左から木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通 Wikipediaより)
主目的であった「条約改正交渉」は不成功に終わったが、西洋近代文明のエッセンスを調査しつくした「岩倉使節団」の歴史的意義はきわめて大きい。
『米欧回覧実記』は、なによりも豊富に挿入されたリアルな銅版画がビジュアル的に見ていて楽しい。
(華盛頓の合衆国国会堂ほか 岩波文庫版より)
描かれているのは名所旧跡や自然だけでなく、鉄道や学校や工場などもある。使節団は手分けして精力的に訪問しており、貪欲なまでに知識を吸収しようとした明治人の意気込みが感じられる。「何でもみてやろう」の明治維新版というべきか。
『米欧回覧実記』は全部で5巻のうち、第1巻が米国にあてられている。第2巻は英国、第3巻から第5巻までが欧州大陸の大国と小国である。
使節団は、東回りでまず西海岸のサンフランシスコから上陸し、大陸を横断して東海岸へ移動、米国だけで9ヶ月を過ごしている。英国は4ヶ月、残りの大陸諸国は9ヶ月である。
「岩倉使節団」について調べているうちに、使節団がワシントンにあるハワード大学(Howard University)も訪問していることを英文資料で知った。黒人のハーバードとよばれる名門校で、2024年大統領選に出馬している民主党の大統領候補カマラ・ハリス氏も卒業生の一人である。
参考までに「第11巻 華盛頓府ノ記 上」の記述を引用しておこう。(*岩波文庫版の第1巻 P.213) 1872年2月17日(旧暦)のことである。ちなみに日本が太陽暦に切り替わったのは、1872年11月9日のことである。
○一二時三十分ヨリ、更ニ黒人学校ニ至ル、先年南北ノ戦ハ、黒人ノ軛(くびき)ヲトクノ論ヨリ、モツレテ大戦争トナリ、4年ノ間血ヲ流セシニ、遂ニ平定シ、始メテ黒人モ他ト同ク自主ヲ得タレトモ、従来牛馬ノ如ク苦役シ、人間交際ヲ知ラヌ、椎魯(ついろ)ノ民ニシテ、今ニナリテモ白皙(はくせき)人ハ、自然之ト歯スルヲ恥ル風ナリ、故ニ黒人ノ公学校ヲ興シ、白人同様ニ教育ヲ受ケシムレトモ、猶其校ヲ異ニセリ、(・・・後略・・・)
1977年出版された岩波文庫版は、こんな風に「漢字カナまじり文」でじつに読みにくい。40年以上前に購入しながら、現在にいたるまで通読していないのはそのためだ(・・単なる怠惰というべきか)。
だが幸いなことに、慶應義塾大学出版会から現代語訳が出版されており、しかも2008年には新書サイズの普及版もでているので、大いに助かっている。しかも、注釈つきで、原文の間違いも指摘されているのはありがたい。別巻の索引は役に立つ。
先日、ようやくトクヴィルの『アメリカのデモクラシー』(1832年)を通読したのだが、わが日本の『米欧回覧実記』(1877年)は、その40年後のアメリカ社会の生きた記録となっている。
岩倉使節団が訪れたのは「明治維新」(1868年)から3年後、「南北戦争」の終結(1865年)からから7年後のことであった。ようや米国社会が落ちつきはじめた頃であり、当時の米国大統領はグラント、南北戦争で北軍を勝利に導いた将軍であった。
フランス革命後の混乱する政治状況のなか、デモクラシーのあるべき姿とその限界を1830年代初頭のアメリカに見たフランス貴族の政治思想家トクヴィル。
1870年代初頭の米国の機械文明に感嘆しながらも、あるべき政治形態を立憲君主制の英国、さらには新興国のドイツ帝国に見いだすことになった明治新政府の指導者たち。
ともに外国人の目でアメリカ社会を観察した『アメリカのデモクラシー』と『米欧回覧実記』は、日本では「南北戦争」とよばれる大規模な「内戦」(The Civil War:1861~1865)の「ビフォア&アフター」として読むことも可能だな、と、気がついた。
今後も『米欧回覧実記』を最初から最後まで通読することは、なさそうな気がするが、レファレンスとしては大いに活用していきたいと思っている。もちろん、現代語訳版はできれば通読したいとは思っているのだが・・・
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