1999年に出版された『日本クーデター計画』は、評論家・福田和也による「日本改造法案大綱」のようなものだろう。「日本改造法案大綱」 は「二・二六事件」の思想的黒幕とされて銃殺刑にされた北一輝(きた・いっき)による著作のタイトルのことである。
この本の存在を知ったのは、じつは昨年(2013年)のことだ。それまでまったく存在すら知らなかったのは、1999年という年がどんな年だったのかを思い出してみれば理解できる。まさに多事多難な年であったのだ。
この本を2014年のいま、なぜ取り上げるのかについては後述する。
■「1999年」は日本にとってどういう年だったのか
1999年は2000年という千年に一度という「ミレニアム」の前年であり、『ノストラダムスの大予言』では7月に人類滅亡するとされていた年である。
この本がベストセラーになった1973年に小学校高学年であったわたしの世代は、「学研」の雑誌が提供するオカルト的なものにどっぷりとつかっていたわけだが、さすがにその後も信じていたわけではない。わたしより2歳年上の福田氏もおそらく似たようなものだろう。いわゆる「オウム世代」でもある。
それよりもビジネスパーソン一般にとっては、いわゆるコンピューターの「2000年問題」が大きくのしかかっていた年である。
それだけでなく、その前年の1998年には長銀(=日本長期信用銀行)が破綻して国有化され、さらにその前年には山一證券が破綻し自主廃業にむけ営業を停止した年でもある。1995年の阪神大震災とサリン事件で世の中に激震が走りながらも、日本はずるずると転落状況がつづき、金融機関がつぎつぎと破綻していった1999年は、まさに世の中全体が「世紀末」的な状況にあった。
1998年の「長銀破綻」はわたし自身の人生をも翻弄したのであるが、1999年には勤務していた関連会社を退職し長い旅にでていた。ユーラシア大陸を東端から西端まで陸路で移動するという3か月以上にわたる大陸横断の旅である。そんな状況でなかったら、とても長い旅に出ることなどできなかった。
いま書いていて思いだしたが、シベリア鉄道の旅でバイカル湖の停車駅であるイルクーツクからモスクワまで同室で過ごしたロシア人男性がノストラダムスの予言を信じており、世界が滅亡するのではないかと真顔でおびえていた。そういえば、あれは1999年7月のことであった。
長旅に出る前のことだが、東京都内で引っ越しも行っており、長旅から帰ってきてからも荷物の片付けなどやることがきわめて多かった。なんだかんだでバタバタしていたので、1999年年に出版された新刊本や話題本でも知らないものが少なくないのはそのためでもあったわけだ。
個人的な話はさておき、たとえ勤務している会社の破綻に直面しなくても、そのような話題がマスコミにあふれていたのが1999年という年であった。
そんな時代のなかで出版されたのが『日本クーデター計画』ということになる。いわば「世直し」試論であり、「日本改造法案大綱」のような思考実験である。それを歓迎(?)する「空気」が日本に充満していたのだろう。
■『日本クーデター計画』の内容
内容についてだが、すでに15年前(!)のものであり、当然のことながら2014年現在では状況が変化している。状況とは日本と日本人を取り巻く外部環境のことであり、文脈と言い換えてもいい。
この15年間に起こった「事件」としては、2008年のリーマンショック、2011年の「3-11」の東日本大震災と大津波、そして福島第一原発事故をあげることができる。
だが、状況は変わっても、日本が危機的状況にあるという点は変わらない。いや、むしろ問題はさらに悪化しつづけているというべきだろう。閉塞感はますますつよくなりつつある。
その意味では、出版から15年経過した現時点で、『日本クーデター計画』の内容をみておく意味が皆無であるとは言えるのではないか。
『日本クーデター計画』においては、金融恐慌による経済破綻と安全保障上の危機が同時に発生した時、どうなるかという想定から出発している。2014年時点なら、金融恐慌もさることながら、国債価格暴落による国家財政破綻が引き金になるとすべきところであろう。
『日本クーデター計画』においては、あるべき日本の姿を求めてクーデターが勃発したら、このような「綱領」で政策が実行されるという内容が書かれている。焦点はクーデターそのものよりも、どのような「日本改造」を実行するかということにある。
クーデターの実行そのものに重点があった「二・二六事件」とは違い、「二・二六事件」の青年将校たちががまったく想定もせず、用意していなかった、クーデター後の「国家改造」の見取り図をプランとして描いたものだ。
以下に「目次」を掲載しておこう。
主旨
クーデターを実施すべき状況
①日本破産
②アメリカ発世界恐慌
③中国の経済的破綻と軍事的暴発
④朝鮮半島有事
⑤中東有事
クーデター実施の方策
クーデター政権の政策(短期)
①追放令
②金融政策
③経済政策
④社会政策
⑤土地政策
⑥防衛政策
⑦景気対策
クーデター政権の政策(中・長期)
①国体
②政治体制
③防衛政策
④外交政策
⑤エネルギー政策
⑥国土再興
⑦故郷建設
⑧少子化対策
⑨共同体の再生
⑩教育制度
結び
あとがき
「クーデターを実施すべき状況」として挙げられている、 ①日本破産、②アメリカ発世界恐慌、③中国の経済的破綻と軍事的暴発、④朝鮮半島有事、⑤中東有事 にかんしては、1999年時点と2014年時点では違いはあるが、基本的に問題構造としては変わらないことがわかる。
「クーデター実施の方策」については、記述はうすい。この本があくまでも「思考実験」であって、具体的な「クーデター実行」そのものに大きな関心があるのではないからだろう。その点にかんしては、あくまでも絵空事だ。
重点は、「クーデター政権の政策(短期)」と「クーデター政権の政策(中・長期)」にある。どんな変革であっても、「中・長期」の政策を実行するには「短期」の政策でまずは安定軌道に乗せることが必要になる。
これは企業再建においても同様だ。まずは出血を止めることが先決で、時間を稼ぎながら構造的な問題に着手するのが定石である。
■「国体」、「国土再興」、「故郷建設」、「共同体の再生」
著者の福田和也氏にとっても、主張したかったは「クーデター政権の政策(中・長期)」の中身だろう。「国体」や「国土再興」、「故郷建設」、「共同体の再生」といった文言に思想家としての真骨頂がある。やはりこの人は社会科学の学徒というよりも、文芸評論家だなと思わされる点だ。
これに対して「少子化対策」が最後まで出てこないのは、1999年時点ではまだ問題意識として低かったためか。2014年時点でわたしがいちばん違和感を感じたのはこの点だ。また、「エネルギー政策」については、すでに「3-11」を体験した日本人にとっては、当然のことながら違和感の多い内容である。
このように書いたが、「国体」、「国土再興」、「故郷建設」、「共同体の再生」は、いずれも「日本」そのものにかかわる根本的なものだ。日本という国土とそのうえに生きてきた日本人にかかわるものである。
ここでいう「国体」はもちろん国民体育大会のことではない。国の体を意味する「國體」のことである。司馬遼太郎風にいえば「この国のかたち」ということになろう。「国体」についての議論はここでは省略する。
いつまでこのペースで進行するかは不明だがグローバル化が1999年時点よりもさらに進展し、グローバル化のなかで、国や民族というナショナルなものが溶解してしまうのではないかという危機意識が日本国民に共有されるようになってきている。
こんな状況にあるからこそ、「国体」、「国土再興」、「故郷建設」、「共同体の再生」について、指導者だけでなく国民レベルで思考する必要があるのではないか。これは政治的立場のいかんにかかわらず、日本人にとって意識すべきテーマであるとわたしも考える。
日本は、日本人にとっての「ホーム」であり、けっして「アウェイ」ではないからだ。自分の問題として受け止めなくてはならないのである。
著者プロフィール
福田和也(ふくだ・かずや)
1960年、東京生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。同大学院文学研究科仏文学専攻修士課程修了。現在、慶應義塾大学教授。文芸評論家として文壇、論壇で活躍中。93年『日本の家郷』で三島由紀夫賞、96年『甘美な人生』で平林たい子文学賞、2002年『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢』で山本七平賞を受賞した(本データは最新刊の紹介データ)。)
<関連サイト>
日本改造法案大綱(北一輝) wikipedia
<付記> 『日本クーデター計画』(福田和也、文藝春秋、1999)が出版された当時はいまだアマゾン・ジャパンは設立されていなかった! (2014年3月12日 記す)
このブログ記事を書いたあと、ふとしたことから『「日本」を超えろ』(福田和也、文藝春秋、1999)という本が書庫からでてきた。
本には鉛筆のメモ書きで「10/17・18 1999」とある。つまり1999年10月17日と18日で読了したという意味だ。本の奥付には「平成11年10月20日 第1刷発行」とある。つまり発行日の前に店頭で入手して読了したということだ。
『日本クーデター計画』は、「平成11年4月10日 第1刷発行」とある。うまりわたしは、『「日本」を超えろ』(福田和也、文藝春秋、1999)を購入して読んでいながら、『日本クーデター計画』のことはまったく知らなかったということになる。
その理由は本文に記したとおりだろうが、さらに付け加えれば1999年10月時点では、『日本クーデター計画』はすでに店頭になかったか、すくなくとも平積みではなかったというおとだろう。この手のタイトルの本をわたしが見逃すはずがないからだ。
もしかするとアマゾンなどのネット書店で著者別で書籍検索をしていなかったのかもしれない。そう思って、ネット検索してみたところ amazon.co.jp という項目がwikipedia日本語版で見つかった。
その項目によれば、「2000年11月1日、Amazon.comの日本版サイト「Amazon.co.jp」としてオープン」とある。『日本クーデター計画』はもちろん、『「日本」を超えろ』が出版された時点では、ネット書店はまだ海の物とも山のものとも知れない状態であったわけだ。
どうりで、『日本クーデター計画』の存在をまったく知ることがなかったわけだ。福田和也氏の熱心な読者というわけではなかたったこともあるだろう。ネット検索で著書を調べることができる以前は、書誌情報を印刷媒体で調べなければならなかったのである!
おそらくこのせいもあって、『日本クーデター計画』の存在は忘れ去られてしまったのかもしれない。
この15年の変化のなかには、ネット書店の完全定着という事実を書き記さねばらないわけだ。
そういえば、2000年代初頭はまだネット書店も初期段階で混戦状態だったわけだなあ。生き残ったもの、その後参入してきたもの、まさに栄枯盛衰の歴史そのものである。
せっかくの機会なので、『「日本」を超えろ』について簡単に紹介しておきたいと思う。1999年という年がどういう歳であり、どんな議論がされていたのか知る貴重なドキュメントにもなるからだ。カッコ書きの「日本」に意味がある。ライトモチーフは「近代の超克」である。
目 次
「日本」を超えろ・・福田和也
世界の敵「中華帝国」は必ず滅びる <政治・外交>・・中西輝政
勝負は数年。日米は再逆転する <経済> ・・竹中平蔵
ロボカップは日本版「アポロ計画」だ <科学技術>・・北野宏明
二十一世紀に「日本」を売りものにするな <文化>・・磯崎新
学校は権威ある頑固親父に徹せよ <教育> ・・浅田彰
会社崩壊で新しい日本人が生まれる <宗教>・・山折哲雄
いま書いていて思いだしたが、「学校は権威ある頑固親父に徹せよ」(浅田彰)が興味深いので、この本は処分せずに取っておいたのだ。1980年代後半に浅田彰氏から受けていたイメージとはだいぶ異なる発言内容に意外感と共感を感じたから記憶に残っているのだろう。
また、「世界の敵「中華帝国」は必ず滅びる」という政治学者・中西輝政氏の発言には、2014年時点からみて大いに感心している。学者として発言にブレがない首尾一貫した姿勢は高く評価したい。
すでに絶版であり、図書館でも除籍されている可能性があるが、アマゾンのマーケットプレイスなどネット古書店では入手可能なので、関心のある方は読んでみるといいと思う。先にも書いたように1999年という歴史的ドキュメントとして、またそれぞれの論者の発言にブレがないかどうか検証するために。
(2014年3月12日 記す)
■2010年代日本の「閉塞状況」
書評 『警告-目覚めよ!日本 (大前研一通信特別保存版 Part Ⅴ)』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2011)-"いま、そこにある危機" にどう対処していくべきか考えるために
書評 『国家債務危機-ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2011)-公的債務問題による欧州金融危機は対岸の火事ではない!
書評 『国債・非常事態宣言-「3年以内の暴落」へのカウントダウン-』(松田千恵子、朝日新書、2011)-最悪の事態はアタマのなかでシミュレーションしておく
書評 『国債クラッシュ-震災ショックで迫り来る財政破綻-』(須田慎一郎、新潮社、2011)-最悪の事態をシナリオとしてシミュレーションするために
石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・
書評 『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛、ハヤカワ文庫、2010 単行本初版 2008)-「アフター1995」の世界を知るために
■クーデターとしての「二・二六事件」
78年前の本日、東京は雪だった。そしてその雪はよごれていた-「二・二六事件」から78年(2014年2月26日)
二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)
4年に一度の「オリンピック・イヤー」に雪が降る-76年前のこの日クーデターは鎮圧された(2012年2月29日)
「精神の空洞化」をすでに予言していた三島由紀夫について、つれづれなる私の個人的な感想
「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)
■「閉塞状況」を打破した先にあったものは何だったのか・・・
書評 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)-「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!
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