「JFK-その生涯と遺産」展(国立公文書館)に行ってきた(2015年3月25日)。東京の開花宣言がでた3月23日の翌々日のことである。靖國神社のある九段まで散歩がてらに、国立公文書館の竹橋に立ち寄ってみたという次第。
平日だが、熱心な参観者が多数いて食い入るように展示品を見ていたのは、入場無料ということもあるだろうが、やはり駐日大使に娘のキャロライン・ケネディ氏が任命されて着任してから、日本でのケネディ人気が復活していることも背景にあるのだろう。その意味では時宜にかなったイベントであるといえよう。
1917年の出生から、1960年の大統領就任、そして43歳という若さでの悲劇的な最期(1963年)までを、ボストンにあるジョン・F・ケネディ大統領図書館・博物館(John F. Kennedy Presidential Library and Museum) が所蔵する貴重な展示品が特別公開されている。
とくに興味深いのは、日本とのかかわりだ。そもそもケネディ家はボストン出身なので、日本との縁はきわめて深い。ケネディ家はアイルランド系で直接は関係ないが、幕末から明治初期の日本貿易はボストンの貿易商がになっていたことはアタマにいれておいたほうがいい。
もちろん日本人にとって関心が高いのは、太平洋戦争という敵味方にわかれてのJFKと日本人との熱いかかわりだろう。
若き日のJFKは、帝国海軍の駆逐艦と衝突して大破した米海軍魚雷艇の艦長として危機を乗り切ったリーダーシップを発揮した人だ。関連する展示品がじつに貴重だ。
展示にはないが、ブッシュ大統領(父)もまた米海軍パイロットとして日本軍に撃墜された人であったことを想起する。かつての日米関係がじつに熱いものであったのは、戦争体験を共有した世代が中心にいたからだろう。その頃とくらべると、現在の日米関係に熱さがないのは当然といえるかもしれない。
ケネディ大統領が、尊敬する人物として上杉鷹三(うえすぎ・ようざん)の名前をあげたことにも展示で触れてほしかったところだ。日本人を理解するために、1908年に出版された内村鑑三の『代表的日本人』(The Representative Men of Japan)を読んでいたのだろう。
(イベントの公式サイトより)
それにしても約1,000日強のケネディ大統領の在任期間中は、冷戦が熱戦になりかねない危機的な時代であった。
展示の中心となるのは「人類危機の13日間」となったキューバ危機である。革命キューバの後見人であったソ連との核戦争の危機がかろうじて回避されたのが、1962年10月14日から28日までの行き詰まるような13日間であった。ケビン・コスナー主演で『13デイズ』として映画化されている。
この13日間の状況が、機密解除された公文書(declassified documents)を中心に展示されており、歴史ファンでなくても興味深いのではかなろうか。ラジオなどによる演説の原稿もみな、複製ではなく実物である。なんといっても、実物にまさるものはない。
ただ残念に思ったのは、ベトナム戦争への関与にかんする展示がなかったことだ。今回の展示会ではケネディ大統領のポジティブな側面だけがクローズアップされており、キューバでの反革命謀略工作であったピッグス湾や、ベトナム戦争エスカレートへの序曲となったグリーンベレー派遣などがいっさい取り上げられていなかった。
たしかに「橋を架けた大統領」としての功績と構成への遺産はきわめて大きい。すでに50年以上前の「歴史」に属する時代ではあるが、国際社会における日米関係史を振り返る意味でも意義あるイベントとなっている。
会期は5月10日まで。いい季節なので、皇居お堀近くの竹橋から九段にかけての散歩で立ち寄ってみたらいいだろう。
「JFK-その生涯と遺産」展(国立公文書館)
ジョン・F・ケネディ大統領図書館・博物館(John F. Kennedy Presidential Library and Museum)
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(2015年4月4日 情報追加)
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