先週のことだが、「日本近代建築の父アントニン・レーモンドを知っていますか-銀座の街並み・祈り」に立ち寄ってみた(2016年1月28日)。銀座の教文館創業130年記念企画である。
アントニン・レーモンドといっても、知っている人はあまり多くないだろう。わたしも5年ほど前までは知らなかった。
でも、フランク・ロイド・ライトなら知っている人もいるのではないだろうか? フランク・ロイド・ライトはアメリカを代表する建築家で、帝国ホテル(旧館)の設計者である。
アントニン・レーモンドは、そのフランク・ロイド・ライトに誘われて帝国ホテル建築のために1919年に来日したアメリカの建築家だ。その後、日本で独立して建築事務所を開設し、第二次世界大戦前後の40年間も日本で建築の仕事をしていた人だ。戦争中の10年間はアメリカに戻っていた。
(レーモンドが設計して事務所も置いていた銀座の教文館ビル 筆者撮影)
この企画展は、銀座の教文館の130年記念として開催されているものだ。教文館は昨年(2015年)のNHK朝ドラの主人公・村岡花子が勤務していたキリスト教関連の出版社で書店でもある。
レーモンドは現在も存在する教文館ビルを設計し、そのなかに事務所もおいていたそうだ。完成は1933年(昭和8年)のことである。
日本の教会建築や銀座の建築物など多数の「近代建築」を設計し、日本の建築家に大きな影響を与えたというレーモンド。 代表的な作品で現存しているものとしては銀座の教文館ビルのほか、立教大学聖パウロ礼拝堂、目黒の聖アンセルモ・カトリック教会、南山大学など多数あるが、建築物の多くはすでに解体されてしまっているのは残念なことだ。
日本の教会建築といえば、おなじく戦前に来日して活躍したヴォーリズがいるが、メンソレータム(・・現在は商標権の関係からメンタームとして再出発)でも有名なアメリカ人である。教会建築と洋風建築の普及に大いに貢献した人物だ。ヴォーリズほど知られていないレーモンドだが、もっとも一般的な認知度があがるべきだろう。なぜなら、レーモンドはヴォーリズとは違って、本格的に建築学を勉強した人だからだ。
(レトロな雰囲気の教文館内部 筆者撮影)
もともとはハプスブルク帝国統治下のチェコで1888年に生まれ、プラハ工科大学で建築を学んだのちにアメリカに移住した人である。「生きた建築史博物館」ともよばれるプラハで青春時代を過ごしたことは、建築家にとってはきわめて大きな財産だったのではないだろうか。
日本に定住することにした理由には、フランク・ロイド・ライトの影響を脱することもあったようだ。近代建築に日本的な要素を加えることで差別化を図り、独自の境地を開くという発想。あまりにもカリスマ的な人物の影響圏から出発すると、そこから自立するには並大抵ではない苦労が伴うものだ。
戦時中はアメリカに戻っていたが、その間に対日作戦で重要な役割を果たしたことは明記しておくべきだろう。アメリカ陸軍(・・当時まだ空軍は独立していなかった)の戦略爆撃作戦の一環である焼夷弾攻撃の実効性を高めるために行われた実験のため、日本の木造家屋の模型を設計したのがレーモンドだったのだ。
そんなレーモンド(1888~1976)と日本とのかかわりを知ることは意味のあることだ。スペースの関係から教会建築と銀座の建築物に範囲を限定した企画であるが、関心のある人は立ち寄ってみるのもいいかと思う。3月10日まで。入場料500円。
<関連サイト>
教文館創業130年記念企画 アントニン・レーモンド展
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書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる
・・「アメリカは日本の戦意をくじくため、民間人(=シビリアン)に対する違法な爆撃作戦を遂行したが、原爆と同様に徹底的に研究したうえで実行に移している。効果的かつ効率的(effective and efficient)な成果をあげるために採用したのが焼夷弾であった。日本家屋の特性を踏まえたものであった。焼夷弾攻撃の実験は、アリゾナ州の砂漠のなかで行われた。木造で燃えやすい日本家屋の実物大の模型を作製し、焼夷弾実験を繰り返して詳細なデータを収集し解析を行っていたという。その成果を踏まえて実行されたのがB29による東京空襲作戦なのである。
そしてその日本家屋の模型建設にかかわっていたのが、戦前と戦後の日本で洋風建築普及に大きな貢献をしたアントニン・レーモンドというチェコ出身でアメリカに帰化した建築家であった。帝国ホテル設計者フランク・ロイド・ライトの弟子として初来日したレーモンドは、アメリカの軍籍をもつインテリジェンス・エージェントでもあったのだ。いわゆる諜報活動に従事していたのである。
このエピソードは第2章で取り上げられているが、ワシントンハイツという「建築物」を描いた本書の隠れたテーマを示唆するものできわめて重要なものだ。」 アメリカに帰化したレーモンドには、第一次大戦で米陸軍情報部勤務の軍歴がある。
「信仰と商売の両立」の実践
・・教会建築と洋風建築
NHK連続ドラマ小説 『花子とアン』 のモデル村岡花子もまた「英語で身を立てた女性」のロールモデル
■建築関連
「ルイス・バラガン邸をたずねる」(ワタリウム美術館)(2009年12月27日)
書評 『若冲になったアメリカ人-ジョー・D・プライス物語-』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007)-「出会い」の喜び、素晴らしさについての本
・・「メルセデスのスポーツカーを買うためのカネを用意してニューヨークに来たカネ持ちの青年が、父親の友人であり、かつて帝国ホテルの設計も行った建築家フランク・ロイド・ライトに連れられて入った日本画廊で出会った1枚の日本画に魅了され、逡巡した末に大枚はたいて購入してしまったことから物語が始まる。」
「ルイス・バラガン邸をたずねる」(ワタリウム美術館)(2009年12月27日)
「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」
ここにも伊東忠太設計のインド風建築物がある-25年ぶりに中山法華経寺を参詣(2015年1月20日)
『前田建設ファンタジー営業部』(前田建設工業株式会社、幻冬舎、2004)で、ゼネコンの知られざる仕事内容を知る
解体工事現場は面白い!-人間が操縦する重機に「人機一体」(=マン・マシン一体)を見る
■教会建築
フィリピンのバロック教会建築は「世界遺産」-フィリピンはスペイン植民地ネットワークにおけるアジア拠点であった
書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー
・・現代日本に出現した信仰とは無縁の教会もどき建築物
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