今年2021年4月に国立歴史民俗学博物館にいったとき、たまたまミュージアムショップで見つけて購入した『世渡りの修養 処世訓言集』(渋沢栄一、徳間書店、2021)を読んでみた。晩年の渋沢栄一が講演などで語った内容を1冊にまとめたものだ。
『世渡りの修養』は、1918年の出版、『処世訓言集』は、1929年の出版。徳間書店版には編集の手が加わっているとはいえ、いずれも100年近く前のものなので、正直なところやや読みにくいのは否定できない。
内容は、渋沢栄一の持論である「道徳経済合一説」にもとづいたもの。いわゆる「論語と算盤」である。いろんなところで語った講演を集めたものなので、内容的に繰り返しが多いが、渋沢栄一のナマの語り口を味合うことができる。
面白いのは、「論語と算盤」というフレーズだが、本格的に意識して覚悟を決めたのは、明治6年(1873年)に大蔵省を辞職し、完全に民間人としての後半生のスタートを切ったときのことだと本人が述べていることだ。
もちろん、論語をはじめとした儒教の古典を素養として身につけていた渋沢栄一だが、実業家として生きるにあたって自分のバックボーンになるものはなにかとあらためて考えたときに、仏教でも神道(≒国学)でもなく、儒教(≒論語)だとしたのは、たまたま自分はそういう人生を送ってきたからだと語っていることだ。けっして「論語先にありき」ではないのだ。 明治6年の自覚から始まったのである。
だから、講演のなかで聴衆に向かって、自分の場合は儒教だが、自分以外の人にかんしては儒教でもキリスト教でもいいのだと明言しており、かならずしも儒教にこだわっているわけではない。その点は、本質論を押さえたうえでの謙虚で誠実な態度というべきだろう。
■米国人実業家のバックボーンであったフリーメーソンを評価
人から薦められて「新訳聖書」も読んでみたと語っている。
その話のからみで、交流のあった米国の実業家が「フリーメーソン」の会員であると聞いて、自分でもその内容について調べてみたらしい。「精神の真修養法」にでてくる話だ。結論としては、フリーメーソンの説くところと儒教の教えには共通性があると言う。
フリーメーソンは日本ではまだまだ誤解されているようだが、歴史的な経緯はさておき、現代においては、慈善活動に力点をおいた、ある種の修養団体だといっていい。フリーメーソン会員になることは、米国社会では名士と見なされることでもある。
なるほど、自分のなかに確たる「原理原則」(プリンシプル)をもっている人は、他者の教えに対しても柔軟な姿勢を示すことができるわけだ。
■若き日の情熱を否定しない
そんな渋沢栄一だが、若き日の幕末に「攘夷家」であったことを、後年に至っても、けっして全面否定しているわけではない。「国民将来の覚悟」にでてくる話だ。
幕末の日本で教師として越前藩に滞在していた米国人ウィリアム・グリフィスが、渋沢栄一が使節団を率いて明治42年(1909年)に米国を訪問した際、その歓迎式典で述べた内容に対する反論だ。
反論の主旨は、たまたま開国当時の米国に日本侵略の意図がなかっただけで、その当時においては、異国に対して「攘夷」の姿勢をとることは、けっして間違っていたわけではないのだ、と。 大英帝国もフランスもまたアジアで植民地を拡大する最中であったことは、当時の日本人には周知の事実であった。
渋沢栄一は、最後の最後までナショナリストであったというべきであろう。確固たる自信をもつナショナリストだからこそ、国際人となりうるのである。
理想肌で血の気の多い人だったことはたしかだが、たとえ外国人であっても言うべきことは言うという姿勢が好ましい。それこそ国際人というものだ。 たとえ通訳を介してであっても、自己主張はしなくてはならないのである。
■「古人の後を求めず、古人の求めたる所を求めよ」
講演集なので、おなじ話が何度も繰り返されていたり、やたら難読漢字が多い(・・ただし編集部によってルビがつけられ、意味も解説されている)し、この本を読んでも、100年後に生きる読者にとっては、すべてが直接役に立つとは思わない。
とはいえ、肉声で語る生身の渋沢栄一が感じられて面白い本である。渋沢栄一を無批判的に礼賛するのではなく、彼が生きてきた時代のなかで理解することが重要なのだ。
大事なのは、「古人の後を求めず、古人の求めたる所を求めよ」(芭蕉)である。 渋沢栄一の人生の軌跡をたどって、教訓として受け取るべきものは受け取って自分の人生に活かすこと。それが重要なのである。取捨選択するのは、あくまでも読者自身である。
<関連サイト>
・・1918年刊の原文。旧かな旧字体で読みにくいが口語体
(2022年7月25日 項目新設)
<ブログ内関連記事>
・・フリーメーソンについて解説
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