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2021年12月28日火曜日

書評『百姓たちの幕末維新』(渡辺尚志、草思社文庫、2017)-「百姓」抜きで幕末維新は語れないハズではないか!

 

帯の宣伝コピーにもあるように「武士だけを見ても「幕末」は見えてこない」のである! なぜなら、当時の人口の8割は「百姓」だったからだ。 

この本は、江戸時代の「百姓」研究の第一人者が、「幕末維新期の農村と農民たち」について一般読者向けに解説したものだ。とくに時代転換期に入ってきた1830年代以降の「平時の農村」と、1860年代の幕末動乱期の「有事の農村」について知ることのできる好著である。 

新選組の近藤勇や土方歳三だけでなく、「偽官軍」のレッテルを貼られて処刑された相楽総三や、もともと攘夷派であった渋沢栄一もそうだったが、豪農層出身の志士たちがいたことは、ことし2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」で日本人の「常識」になったのではないかと思う。下級武士だけが「志士」となったわけではないのだ。「草莽の志士」たちである。 

もちろん豪農だけが農民ではない。江戸時代後期、とくに19世紀以降には農民層は分解し、豪農層が誕生した一方で小作人が生まれてきているように、農民層のあいだでもすでに「格差社会」が誕生していた。とはいうものの、江戸時代をつうじて、「村」を単位とした農村は百姓による「自治」が行われていたことは重要だ。 

近世に入ってから「兵農分離」によって、武士が農村から切り離されて城下に集住することとなり、それにともなって商工関係者が城下町に集められたが、それ以外の人間は一括して「百姓」として農村や漁村で生活していたわけである。村落に居住していた知識階層もまた「百姓」のなかに入っている。百姓イコール農民ではない

本書の前半では、時代転換期に入っていたとはいえ、まだまだ平和であった時代であった。その時代の「百姓」たちの日常が取り上げられ、くわしく解説されている。 

読んでいてがぜん面白くなってくるのは、後半の幕末維新という激動期に入ってからである。すでに博徒や無宿人の発生によって農村の治安状況が悪化しており、しかも「開国」による自由貿易によって物価高騰が農民を苦しめる事態となっていた。 

だが、武士は人口の1割しか占めていなかったため、武士だけではとても手が回らない状況だったのだ。そこで支配者層による「農兵」という形での組織化が、日本各地で開始されることになる。上昇志向の強い豪農層には、武士になりたいという者たちもでてくるようになる。先にあげた近藤勇や渋沢栄一などがその代表的存在だ。 

国内が内戦状態に入っていくと、長州征伐やその後の戊辰戦争においては、非戦闘員としてロジスティクスを担った「軍夫」(ぐんぷ)という形だけでなく、戦闘員としての「農兵」が戦争に投入される事態となっていった。 

内戦状態が終結し平和が回復してくると、「地租改正」が実行され、江戸時代以来の農村も「百姓」も、大いに変化を余儀なくされていったのである。身分制度が解体していっただけでなく、かつて存在した「無年季質地請け戻し慣行」は廃止され、村という単位も、長い時間をかけて崩壊していくことになる。 

この本は「幕末維新」と銘打っているので「自由民権」時代までは扱っていないが、自由民権運動の担い手は、薩長藩閥体制に不満を抱いた下級武士層だけではなく豪農層もそうであった。その意味を考えるためにも、江戸時代の「百姓」がどんな状態だったか知っておく必要がある。 

この本には、歴史的な有名人は誰ひとりとして登場しないが、読んで面白い内容の本になっている。史料にもとづいた具体的なディテールに面白さがあるからだろう。 

著者が文庫版で嘆いているように、2012年の単行本の初版から5年たっても、残念ながら「百姓」視点の幕末維新史はまだまだ少ないのが現状だ。その意味でも、この本は必読書といっていいだろう。読んでいて「百姓」にかんする「常識」が崩されていく快感(?)を覚えることになるはずだ。 




目 次
はじめに 
第1章 幕末の百姓の暮らし
 1 江戸時代の「百姓と村」
 2 出羽国の村山地方は、どんな地域だったか
 3 格差社会を生き抜く百姓たち-村山郡山口村の事例より
 4 幕末の百姓の「衣・食・住」-信濃国の事例より
 5 「村人の団結」で暮らしを守る-河内国の事例より
第2章 土地と年貢をめぐる騒動
 1 観音寺村とは、どういう村か
 2 「抜地」(ぬきち)という死活問題-観音寺村の事例より
 3 観音寺村で続発する事件
 4 抜地が招いた「年貢の滞納問題」
 5 村山郡全体に拡がる土地問題
第3章 村々が守った「定」(さだめ)
 1 近畿の百姓による集団訴訟-「国訴」
 2 村山郡の「郡中議定」では何が定められたのか
 3 郡中惣代ら村役人の活動-村山郡の場合
第4章 農兵と百姓一揆
 1 百姓たち、「農兵」となる
 2 百姓一揆の実像
 3 村山地方の大規模一揆「兵蔵騒動」とは
 4 兵蔵騒動とは何だったのか
 5 兵蔵騒動で揺れた観音寺村のその後
第5章 百姓たちの戊辰戦争
 1 幕長戦争の勝敗を決めたのは「百姓」だった
 2 東北戦線における百姓たち-『戊辰庄内戦争録』より
 3 「農兵」として戦った百姓たち-『戊辰庄内戦争録』より
第6章 明治を迎えて
 1 土地をめぐるせめぎ合いは続く-村山地方と天草地方の事例より
 2 地租改正が村に与えた影響-関東の事例より
 終章 百姓にとって幕末維新とは何だったのか
おわりに
あとがき
文庫版あとがき
参考文献


著者プロフィール
渡辺尚志(わたなべ・たかし)
1957年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。国文学研究資料館助手を経て、現在、一橋大学大学院社会学研究科教授。今日の日本の礎を築いた江戸時代の百姓の営みについて、各地の農村に残る古文書をひもときながら研究を重ねている。著書に『百姓たちの幕末維新』『武士に「もの言う」百姓たち』(いずれも草思社)、『百姓たちの江戸時代』(ちくまプリマー新書)、『東西豪農の明治維新』(塙書房)、『百姓の力』『百姓の主張』(柏書房)などがある。


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